――本日の気温、三十六度。  湿度高め、不快指数も超高め。  今朝、見たニュースでは、キャスターがしきりに熱中症に対する注意を呼びかけていた。  ――夏だった。  なのに。  鍋だった。 「はい」  南先輩が、ずい、と具が山盛りになった小鉢を突き出す。 「……」  誰も手を出さない。  全員、額にだらだらと汗をかきながら、先輩の差し出した小鉢を見つめるだけ。 『この暑いのにどうして鍋なんだ……?』 『誰がこんなことやろうって言い出したんですか? 馬鹿なんですか? 死ぬんですか?』 『でも、せっかく先輩が作ってくれたのに、断われないよ……』  そんな皆の心の声が聞こえてくる。 「……」  先輩は鍋を中心に車座に座った後輩達を見渡す。  で、 「タクロー」  俺の方に小鉢を! 「お肉いっぱい入れてあげた」  ずい 「お野菜もたっぷり」  ずずずい 「味付けも完璧」  微笑する。  めちゃくちゃ暑いはずなのに、涼しげな笑顔が眩しい。 「あー、えーと……」  断りたい。 「どうしたの?」  ? というお顔をされる。  小首を傾げる仕草が可愛らしい。 「遠慮はいらない」  じっ、と小さな子供のような無垢な瞳で見つめられる。  めちゃめちゃ断りづらい。 「み、南先輩、俺、実は鍋はちょっと……」 「爺ちゃんの遺言で、鍋だけは食べちゃなんねえと……!」  何とか回避を試みる。 「兄さん、私の祖父を勝手にころさないでください」 「あ痛たたたっ?!」  隣の妹が遠慮なしに手の甲をつねってくる。 「しまった……。家族がいるのを忘れていた……!」  妹に攻撃された部分を涙目で摩る。 「タク……」  計が思いっきり嘆息する。 「拓郎、お前アホだな」 「成績が超絶に低空飛行な友人にさえアホ呼ばわりされて、俺はさらに凹んだ」 「誰が超絶に低空飛行かっ!」 「え? 修二、何で俺の心を? 読心術?!」 「思いっきり、普通にしゃべってたじゃねぇか!」 「いかん、あまりの暑さについ本心を……」  わざと大仰に頭を抱えるフリをする。 「本心なのかよ!」 「偽らざる俺の気持ちです」 「マゴコロをキミに!」 「いるかっ!」  このくそ暑いのに俺と修二のファイトが始まる。 「あ~っ、ちょっとケンカは禁止~」 「じゃれあってるだけ」 「二人とも子供ですね。困ったものです」 「ですが、私は身内に加勢するために」 「さりげなく兄さんにスタンガンを――」 「渡すなよ!」  修二と二人で危険な身内につっこんだ。 「冗談です」  笑顔でそう言いつつ、ポシェットに金属製のブツをしまう。 「冗談なのになんで現物持ってるんだよ!? 七凪ちゃん!」 「あ、神戸先輩、今日も暑いですね。兄がいつもお世話になってます」 「何事もなかったかのように世間話すかっ?! 七凪さんマジパネェっす!」  怯えた修二が俺の背中に隠れた。 「それより、タクロー」  先輩が小鉢を再び俺の目前に。 「冷めるといけない」  いや、冷めてほしい。 「特盛にした」  それがかえって嫌です。 「……」 「……タクローに」 「……タクローに食べてほしい」  先輩の目尻にきらりと光るモノが。  え?! ちょ?! 南先輩泣いてる?! 「拓郎! てめぇ! 南先輩泣かしてんじゃねぇ!」  先輩大好きな修二がすぐに声をあげる。 「めそめそめそ……」 「くすんくすん……」  いかにもとってつけたような嘘泣きだった。 「す、少しだけ、食べてあげれば? タク」  クラスメイト兼幼馴染の計が、折衷案を提示する。  俺だって、南先輩のためにそうしたい。  が。 「……」  煮えたぎる鍋の音と、もうもうと沸き立つ蒸気に俺の心は今にも折れそうになる。  困り果てた俺は、隣に座った七凪を見る。 「?」  兄さん、何ですか?  七凪は目で答えた(たぶん)。 「――」  兄・ピンチ・助けて・妹!  まるでモールス信号のように、七凪にアイコンタクトでメッセージを送る俺。 「――」  了解です、兄さん!  と、応えてくれた(きっと)。 「――」  ありがとう! さすが七凪だ! 兄ちゃん、お前みたいな妹がいて幸せだよ!  そう返信する。 「――」  もう、そんなこと……恥ずかしいからやめてください。兄さんの馬鹿(はぁと)。  と、ラブリーな返事が来た(かもしれない)。 「南先輩」  すっくと、愛しの妹さんが先輩を見据えて立ち上がる。 「ん?」 「――先輩がどうしても、兄さんにこのお鍋を食べて欲しいという意向はわかりました」 「私が一肌脱ぎましょう」 「ちなみに、一肌脱ぐといってもここで制服を脱ぐわけではありません」 「当たり前だよ!」  俺の妹は実はちょっとズレた子だった。 「私が肌をさらすのは兄さんと二人きりの時だけです!」 「ぶっ?!」  七凪の不穏当な発言に計と修二が同時に吹いた。 「拓郎、お前、妹と……さすがにそれはないわ……」 「タク、エッチすぎ……」  二人ともドン引きしていた。 「違う! そんなことしてない!」 「そうです! するのはこれからです!」 「これからもしないのっ!」  誰かこの妹を何とかして。 「どうして?! 兄さんひどいです!」 「兄さんの馬鹿! シスコン! 妹専用!」 「でも愛してます!」  どっかで聞いた言い回しである。 「今夜、兄さんに一生ドーテーでいる呪いをかけます! 通販で買ったこの魔術書で!」  すんすん鼻を鳴らしながら、デス○ートっぽい表紙の本を読み始める。 「やめて! 何かそれマジモンぽいからっ!」  それもあの小さなポシェットから?! 「え、えーと、七凪はタクに具体的にはどうしてほしいの?」  不憫な俺を見かねたのか計が間に入ってくれる。 「兄さんに素直になってほしいだけです」 「で、うわべだけ抵抗する私の処女を強引に……うふふ……」 「ふふふ……」  妹は恍惚とした表情をしていた。 「へ、へ~~~っ…………」 「そっか~~…………」 「…………」  幼馴染は語るべき言葉をなくしていた。 「タク、ごめん……」 「あたしでは無理でした!」  白旗をあげていた。 「いいよ、計。お前はよくやってくれたよ……」  友人に感謝の意を表す。 「とにかく」  こほん、と咳払いをする。 「私が、妹大好きな兄さんのために」 「兄さん@嫁にするなら妹以外ありえない、のために!」  勝手に決めないで! 「私が兄さんにあーんして、食べさせてあげます」 「そうすれば、たとえどんなにお鍋が熱くても、兄まっしぐら――」  猫かよ。 「いや、それはしないけど」 「!!!」  世界が終わるような顔をしていた。 「…………」 「……」 「あ」  ずっと小鉢を持って停止していた南先輩が、思い出したかのように活動を再開する。  そして。 「タクロー、あーん」  箸で熱々の白菜をつまんで、俺に差し出す。 「あーん」  ぱくっ  反射的に食べさせられてしまう。 「美味しい?」 「ふ、ふぁい」  実際は熱くて味とかよくわからない。  でも、南先輩みたいに綺麗な女性にあーんしてもらえたのは、男にとって人生の大きな喜びである。  青春味。 「兄さん、どうして南先輩なら食べるんですか?!」 「ぐーで叩きますよ?!」 「あ痛たたたたっ! 七凪、もう叩いてる! 叩いているから!」  妹からご無体な攻撃を受ける。 「先輩、俺にもください!」  七凪に折檻されている俺をよそに、修二がしゅばっ! と手をあげる。 「ん」  とっても素直な先輩は言われるがまま今度は春菊をつまんで、修二の方に。 「……余計なお世話かもしれないけど、神戸、いいの?」 「え? 何がだよ? 真鍋」 「だって、南先輩の使った箸はタクが一度口をつけているんだよ?」 「タクと間接キスになっちゃうけど……!」 「!?」 「南先輩にあーんは死ぬほどしてほしい!」 「だが、拓郎とキスは死ぬほどしたくない!」 「二律背反! あんびばれんつっ!」  頭を抱えて苦悩していた。  気持ちはわかるが、傍から見てるとただのアホだった。 「南先輩、私にください」 「ん」  修二が悩んでる隙をついて、七凪がぱくっと春菊を奪取する。 「もぐもぐ……」 「これで、兄さんと五十六回目の間接キスです……」  とっても嬉しそうに衝撃的なことをさらっと言う。 「数えてるの?!」 「兄メモにつけてあります。妹として当然です」 「兄メモ?!」 「別名、兄さん観察日記です」  そこでドヤ顔ですか七凪さん。 「お前、夏休みの課題じゃないんだから……」  アサガオの観察記録とかと同列で嫌だなぁ。 「はい、今年はこれを課題として提出しようかと」 「提出したら泣く!」  兄は涙目で抗議する。 「七凪ちゃんは本当に拓郎が好きなんだな……」  修二がため息とともに声を吐き出す。 「はい、大好きです」 「あげませんよ?」 「七凪ちゃん、俺をそんな目で見てたの?!」  親友は激しくショックを受けていた。  俺だってBでLな展開は勘弁してほしい。 「こりゃーっ!」 「ちっこいジョシが あらわれた!」 「せ、先生に向かって、ちっこい女子とは失礼じゃないかね、しゃわたりくんっ!」 「てか、キミ古くね?!」 「え? あ、すみません」  またつい本音を口にしていた。 「小豆ちゃん、どうした? また学園長に叱られたのか?」  修二が優しいお兄さん風に鬼藤先生に話しかける。  相手は俺達の担任なんだけど。 「可哀想……」 「元気出してください」 「お鍋をどうぞ」  女子三人も、小さな子供を気遣うような態度で接する。  皆、慈愛に満ちた瞳をしていた。  相手はこの放送部の顧問なんだけど。 「叱られてないよ! ていうかいつも私が叱られてるみたいな認識はやめてよっ! 失礼やで!」  両腕をぶん回して騒ぐ。  めっちゃ子供っぽいその動作がめっちゃ似合っていた。 「小豆ちゃん、無理に先生ぶらなくてもいいんだぜ?」 「ジョシが なかまに なりたそうに こちらをみている!」 「私はモンスターかよ! パーティ組むのかよ! だから、懐かしいな!」 「先生、食べない?」 「もちろん食べるよ」  やっぱ食べるんすか。 「はい」  こんもりと具が盛られた小鉢を先輩が差し出す。 「ありがとー! うわ~っ、あつ~! でも美味しそ~」  お子様スマイルで受け取る先生。 「もぐもぐ……だいたい、きみ、ひゃちは……」  肉を頬張る。 「ぶひつは、はぐはぐ、ひゃき、へんきんって、わかって、もぐもぐ、いるひょに……」  海老にかぶりつく。 「あまつさえ、わたしに、ぱくぱく、はぐっ、ひゃまって、こんなに、おいひい……ごっくん、うん、これはきっとビールに合うね!」  注意すべき立場の先生が一番食っていた。 「鬼藤先生もこれで共犯ですね……」 「ん」  俺の後ろで七凪と南先輩がひそひそと密談をしていた。 「……」 「拓郎、女ってさ……」 「ああ、全部言わなくてもわかるよ、修二……」  男子部員は女子部員達の計算高さに戦慄した。 「うーまーいーぞー!」  一方、先生は無邪気に夏鍋を堪能していた。  平和である。 「しゃわたりくふんっ!」  冬眠前のリスのような口で話しかけられる。 「はい」 「――っくん、缶ビール買ってきて。ダッシュで」 「パシリっすか?!」 「もちろん、キミのおごりな!」 「イジメ反対!」 『あははは!』 「あ、いい風~♪」 「汗が乾くな~」  海からの風に計と修二が思わず笑みをこぼした。  夏鍋を何とか全員で平らげて、帰路につく。  修二の提案で今日は海沿いの道を選んだ。 「兄さん、今日の夕食は軽い物がいいですね」  潮風に髪を揺らしながら、七凪が俺の左隣に並ぶ。  七凪の定位置だ。 「そうだな。でも母さんは腹減ってるんじゃないかな」 「お母さんには、別のものを一品余分に作ります」 「そのへんは料理上手な妹に一任する」 「はい」  嬉しそうに微笑む。  いつもこんな風なら、文句なしに可愛いんだが。 「……」  涼風に南先輩も目を細める。  スーパークールビューティーな先輩もさすがにあの夏鍋は堪えたのだろう。 「やっぱ夏に鍋は無理がありましたね」  右横にいる先輩を見る。 「でも、タクローが私の一番得意な料理が食べたいって言ったから」 「鍋が一番なんですか?」 「ん」  こくんと首肯する。  幼子のようなしぐさが愛らしい。 「だから、頑張った」  肩の高さできゅっと小さくこぶしを握る先輩。  表情はいつも通りフラットだ。  でも、ほめてほしいぞオーラが出まくっていた。 「すっごい美味しかったですよ」  もちろん、素直にそう答える。  修二同様、俺だって南先輩大好きっ子ですから! 憧れですから! 「ふふ」  ぱああああああっ!  嬉しそうに笑う先輩から高貴な光が! 後光が!  女神光臨の瞬間である。 「南先輩の笑顔、サイコー! ステキー!」  修二が諸手をあげて、先輩を賛美する。 「先輩、サイコー! マンセー!」  俺も続く。 「……この鍋の味が美味しいね、とタクローが言ったから」 「7月2日は鍋記念日」  新たな記念日が誕生した。勝手に。 『イエス! 7月2日は鍋記念日!』  南先輩の言うことには無条件に従う男子二人。 「夏に鍋記念日……?!」 「……神戸先輩も、兄さんもアホですか?」  残りの女子二人は若干引いていた。 「兄さんは薬味はネギだけですね」 「うん、さんきゅ」 「では、どうぞ」 「いただきます」  七凪と差し向かいで、ソーメンをいただく。  結局、母さんは接待で午前様になるらしい。  今日は一度も母さんと顔を合わせなくて済んだ。  そのことに俺は安堵していた。 「兄さん、ツユの濃さはこれくらいでよかったですか?」 「うん、美味しい」 「よかったです」  屈託なく笑う七凪を見て、少し胸が痛んだ。  俺が母親を避けているのを七凪は快く思ってはいない。 「兄さん、今日は頑張ってイリコからダシをとってみたんですよ」  家族なんだから、仲良くして欲しいと。 「出来合いのモノとはやっぱり風味が違いますね」  七凪が正しい。当然だと思う。  でも―― 「兄さん?」 「兄さん、どうしたのですか?」  未熟な自分が嫌になる。 「む~~っ」  ちゃんと七凪の望むような兄にならないと―― 「妹あたっくるです!」 「――え? おわっ?!」  いつの間にか俺の真横に来ていた七凪にしがみつかれる。  めいっぱい力をこめて、ぎゅ~っと抱きしめられた。 「な、何? どうした七凪」  箸を置いて、妹を見る。 「何じゃありませんっ」  くっつきながらジト目で見上げてくる妹さん。 「妹が話しかけているのに、全然反応しないなんてひどいじゃないですか」 「兄の風上にも置けません。嫌いです」 「ごめんなさい」  素直に謝る。 「許しません」  笑顔で拒絶。 「えー、七凪に嫌われるのは兄ちゃん、つらいなぁ」  頭を優しく撫でながら言う。 「はぅっ……」 「そんなことしたって、ゆ、許しません!」  頬を染めてぷいっと視線を逸らす。  反応が可愛い。  だから、もっと撫でることにする。 「は、はぅぅ……」 「あ、ダメ、兄さん、そんな、私にソフトタッチで触れて、ああっ……!」 「誤解を招くような言い方しないの」  七凪の反応がエロティークになってきた。  手を止める。 「――え? あっ、兄さん、もしかして、もう……終わりなのですか?」 「そうだけど」 「ぐすっ」  泣き出す。  えー!? 「こんな中途半端なところでやめるなんて、兄さんは鬼畜すぎです!」 「妹を調教するつもりですか?! 自分好みの愛奴隷にでもするんですか?!」 「なってもいいですけど!」  いいのかよ?! 「お、女の子が愛奴隷とか言わないのっ」  妹の衝撃発言に兄はただうろたえる。 「じゃあ、もっと撫でてください」 「妹を愛でてください」 「わかったわかった」  撫でるのを再開。 「ふふっ」  七凪が顔を俺の胸に擦り付けながら微笑む。 「しょうがないヤツだな」  苦笑しながら、手を動かす。  女の子の髪の匂いがふんわりと漂う。  ちょっとだけどきどきする。顔には絶対出さないが。 「兄さん」 「ん?」  七凪が再び顔を上げて、俺を見る。 「兄さんは、いつも真鍋先輩を見送りますね」 「今日だってわざわざ遠回りしてまで……」  じろりんとにらまれる。 「え? そ、そう? でもそんなに遠くないし」  ごまかすように言う。 「ぶっちゃけ、好きなんですか?」 「違う、そんなんじゃない」 「何があるかわかんないからさ、女の子だし」  要は心配症なだけ。  大切な人を失うのは、もう嫌だから。 「兄さんは女性に優しいですね……」 「そ、それは別に悪いことじゃないよね?」 「イヤラシイです」  えー?!  お兄ちゃんショック。 「私にも優しくしてほしいです」 「してるじゃん。七凪にも計と同じくらい優しくしてるつもりだよ?」 「同じ……ですって……?」  何故か七凪は目をカッと見開き、 「兄さん、ふざけるんじゃありませんよ、この野郎」  俺を激しく非難した。  ええー?! 「妹と他の女性を同列に扱うなんて、とんでもない!」 「私には少なくとも真鍋先輩の512倍優しくしてもらう権利があります」 「その数値の根拠はどこから?!」  驚きながらも、頭を撫でる手は止めない。  俺もたいがい七凪に甘い。 「はぁ……兄さんはどうしたら、私をもっと可愛がってくれるのですか?」 「俺、七凪のことすっごい可愛がってるつもりだし、大事にしたいと思ってるけど?」  それはこの家に来てから、ずっと変わらない俺の想いだ。 「……」 「……それは、一人の女性として?」  潤んだ瞳を向けられる。 「妹として」 「兄さんにはがっかりです」 「何で?!」  妹の目はもうすっかり乾いていた。 「はぁ……」 「兄さんが私を押し倒してくれる日はまだ遠そうです……」  心底がっかりしたような声で言われる。 「兄は妹にそういうことはしません」  ブラコンすぎる妹の額を軽くこづいた。 「はう」 「兄さんはケチンボさんです」  こすこすと額を自分で摩りながら、七凪が口をへの字に曲げる。  で、 「兄さん、私は政治家を目指すことにします」  突然、将来の進路について語り始める。 「そして、兄の嫁は妹以外不可という法案を国会に提出します」  可決したらこの国がヤバイ。 「だいたい、兄さんと私は……」  きゅっと腕をつかまれる。 「……血はつながってません。今の法律的にもセーフです」 「それは――」  確かにそうなんだけど。  でも、七凪の俺に対する気持ちは恋とは微妙に違う気がする。  親愛の情や、憧憬の念。  それが異性に向けられた時、恋愛感情と混同してしまうことは多いだろう。  かつての俺がそうだったように。  だから。 「――家族的にはアウトなんじゃない?」  俺はあくまで兄として、七凪の気持ちを受け止める。 「……兄さんは意地悪です」  妹はぽぐっと俺の胸を一回叩く。 「不出来な兄ですまないね」  優しく髪を梳くように撫でる。 「シスコン」 「そうかもな」 「妹専用」 「はいはい」 「でも、愛してます……」 「ありがとう」 「もっと撫でてください」 「わかったよ」 「ふふ……」  その後、俺は30分近く七凪の頭を撫でることになる。  ソーメンは、当然超のびていた。 「そうか、引き取り手が見つかったか」 「良かったじゃないか、少年」  ――あんまりだった。  先週、僕に里親が見つかった。  その事実を僕は師匠にどう切り出そうかと、一週間も悩んだ。  今までずっと僕を助けてくれた師匠との突然の別れ。  それは僕にとって、とうてい受け入れがたいことだった。  師匠だって、きっと悲しむと思っていた。  師匠のつらそうな顔なんて、見たくない。  言えない。  でも、時間は残酷に過ぎていく。  このままでは、さよならも言えなくなってしまう。  それは、それだけは、絶対にやってはいけないことだと僕は経験で知っていた。  だから、一大決心をして師匠に言った。  泣きそうなのを、必死に我慢して言った。  それなのに―― 「めでたいな、お祝いにジュースでもおごってやろう」  なんて、のんきなことを師匠は言い出した。 「師匠の馬鹿っ!」  思い切り怒ってやった。 「なっ?! なんで私がキミに罵倒されないといけないんだ?!」 「ひどいぞ、拓郎くん」  ひどいのはどっちだ。  僕はもう施設にはいられなくなったのに。  師匠とも今日でお別れなのに。 「師匠、僕、今日で施設を出ないといけないんだよ?!」 「そうだな」 「もう、この海岸にも来られないんだよ?」 「――そうだな」 「師匠とも、もう……」  会えない、とは言葉にできなかった。  言葉にすると、きっと泣いてしまうとわかっていたから。 「たとえ、そうだとしても……」  師匠は両手の指を僕の前で組んで見せた。  不思議な手。  そこから師匠は色々なモノを生み出した。  鳩、花束、小さな世界中の国旗。  僕の大好きな魔法の手。 「キミが幸せになれるのなら、私は嬉しいよ」  長い指が解かれる。  師匠の手のひらには、缶ジュースが載っていた。  僕は目を見張る。 「すごい」  怒りを一瞬忘れてしまう。 「ほら、約束通りおごってやる」  黒い缶を押し付けられるように渡される。 「師匠の魔法はすごい」  もう何度言ったかわからない台詞を、気がついたらまた口にしていた。 「ちゃんと、タネはある。魔法じゃないさ」 「この世のあらゆる出来事にはみんな理由があるんだ。それを忘れたらダメだぞ、少年」  にっと笑って僕の頭を軽く叩く。  ああ、僕はどれくらい、この笑顔に救われただろう。  たった一人で施設に放り込まれた僕を。  両親の死を食い止められなくてふさぎこんでいた僕を。  偶然、この海岸で出会った師匠が救ってくれた。  ――こんな所で何を黄昏ているんだ? 少年  そう声をかけてくれた日のことを、僕は決して忘れない。 「行きたくない」 「師匠と別れたくない」 「いや、ダメだ」 「それは停滞だ、拓郎くん」 「テイタイ?」 「立ち止まるという意味だ、少年」 「人は常に未来に向かって歩き続けるものなんだ」 「キミが立ち止まることは、私が許さない」  師匠は厳しかった。  優しい時もあるけどだいたいは厳しい。 「未来なんて、好きじゃない」 「ずっと、このままでいい」 「おいおい」  形のいい眉を寄せて苦笑する。 「未来視ができるキミが未来を否定してどうする?」 「好きでできるわけじゃないよ」  捨てられるものなら捨ててしまいたい。  こんな能力。 「まあ、確かに色々大変だとは思うが……」 「それもキミを構成する大切な要素のひとつだ」 「嫌わずに付き合っていけ」 「でも、誰も信じてくれない」 「それに、変えられない未来を見せられても……怖いだけなんだ」  交通事故で両親が命を落とすことを僕は事前に知っていた。  いや、視えていた。  でも、僕がいくら言っても大人は誰も取り合ってはくれなかった。  そして―― 「……」  両の目に涙が滲んでくる。 「泣くな、少年」 「泣いてない」  手の甲で速攻、涙を拭って強がった。 「……なあ、拓郎くん」  師匠は僕の肩に手を置いた。  温かな体温が伝わってくる。 「キミのその特別な能力にも、きっと存在する理由がある」 「それを探してほしい」 「キミの人生の師として、私はそれを切に願うよ」 「もう怖いから、未来なんて視ない」  ぷいとそっぽを向く。 「ひどいな、師匠がこうして頼んでいるんだぞ?」 「師匠なんて嫌いだ」 「そうか? だが、私はキミのこと――」  いきなり強い風がふいた。 「ぶっ?!」  師匠のスカートがめちゃくちゃめくれていた。  一瞬で、僕の顔もめちゃくちゃ熱くなる。 「し、師匠、隠して!」 「――んっ? どうしてだ?」  スカート全開なのに、当の本人は涼しい顔。 「だって、師匠のパンツが見えちゃってる!」  わたわたと慌てふためいて、指さす。 「違う、キミは間違ってるぞ拓郎くん」 「これはブルマだ。キミの同級生もはいてるだろ?」 「ウチの学校はスパッツだよ!」 「何だそうなのか。本当に少なくなってるんだな、コレ」  お尻の辺りの布地を引っ張る。  そのせいでさらに食い込んだ。 「いいから、もう隠してよ! 恥ずかしいから!」 「それも間違ってるぞ、拓郎くん」 「パンツじゃないから恥ずかしくないんだ」 「そーいう発言はダメだよ! 師匠!」  色々な意味で。  やっと風が収まって、スカートが元に戻る。  それでも、師匠の痴態はもう僕の目にすっかり焼きついてしまった。 「ははは、最後にいいものを拝めて良かったな、拓郎くん」 「自分で言わないでよ……」 「これでキミは、私のことをブルマ師匠として一生覚えてくれるんだな……嬉しいよ」 「それでいいの?!」  ブルマ師匠って。  確かに忘れられないけど。 「どんな形であれ、キミの心にずっと居座れるんだ」 「こんな嬉しいことはないさ」 「師匠……」  いつも師匠はこんな大切なことをさくっと言う。  この人と出会えて本当に良かった。  それだけは神様に感謝してやってもいい。 「……」  涙がまたにじんでくる。 「うつむくな、少年」 「う、うん……」 「キミの未来はきっと輝いている! 素晴らしいものになる!」  この温もりを忘れないように、と心に誓う。  大好きな人の温もりを、絶対に。 「うん!」  力強く返事を返す。 「鳥は歌い、花は咲き誇り、世界はキミに優しく微笑んでくれる!」 「うん!!」  拳をにぎって、天に突き上げる。 「ブルマ師匠が保証する!」 「なんか色々台無しだよ!」  あがったテンションが一気に落ちた。 「はっはっはっ、人生一筋縄ではいかないということだ」  うりうりと頬を指先でつつかれる。  からかわれた。  やっぱり僕の師匠はひどい人だった。  だけど、僕はそのひどい師匠が大好きだった。 「飲め、それ餞別だ」  僕の持っている黒い缶を指差す。  急かされて、仕方なくプルタブを開けた。  缶と同じような色をした黒い液体に口をつける。 「にがっ!」 「ブラックコーヒー」 「それが人生の苦味というヤツだ、拓郎くん」 「ウソだっ!」  本当に一筋縄ではいかない。  この人が。 「キミがその味を好きになる頃――」 「また、会おう」 「……ん?」  刺すような夏の朝日で目が覚めた。  ――また、会おう。  夢で見た少女の言葉がまだ耳に残っていた。 「また随分なつかしい夢を見たな……」  あれから10年。  この家に来たばかりの頃は、毎晩のように彼女のことを夢に見ていた。  そのたびに、胸が張り裂けるように痛んだ。  が、その痛みももう今ではほとんど感じない。 「……当然か」  10年あれば人は別人のように変わる。  それは成長なのか、単に適応してしまっただけなのか。  だけど――  あの時の少女は、今の俺を見てどう思うだろう。  もう未来を視なくなった俺を。 「時間か」  思考とともに目覚ましの音を止める。  もう昔のことを考えるのはやめよう。  今日も元気に学園に行って、無為で無益な青春タイムを満喫するのだ! 「さて、顔を洗って――」  ベッドから立ち上がろうとすると、 「おはようございます、兄さん」 「――はい?!」  妹が俺のふとんからひょっこりと顔をのぞかせた。 「な、七凪さんですか?!」  あまりのことについ確認する。 「そうですけど」 「愛する妹の顔を忘れるなんて、兄さんひどいです」 「罰として、兄さんの制服の背中に『妹最高! 本気夜露死苦!』と刺繍します」  俺はどんだけ痛い兄なんだ……。  ていうか、それにしても。 「何で体操着なん?」  動揺して関西風になってしまった。 「ど、どうしてって……」  もじもじする妹。  その際、ブルマに包まれたお尻が揺れて気になった。  超気になった。 「に、兄さんが好きかと思って……」  なにーっ!?  俺のトップシークレット(性癖)が漏洩しているっ!? 「な、何故に、卿はそんな風にお思いになるのですか?」  さらに動揺して下仕官のようになる俺。 「ち、違いますよ、誤解しないでください兄さん」 「私は別に兄さんの部屋に忍び込んで、勝手にパソコンを起動、さらにパスワードを解析して突破、あまつさえ全ドライブのフォルダを検索して神フォルダなんて見つけてません!」 「見つけちゃったんですね? 俺の超プライベートを侵害しちゃったんですね?!」 「だから誤解ですよ! ブルマ画像が8793枚あるなんて全然知りません!」 「枚数まで完璧に把握して?!」 「紺色が兄フェイバリットだなんて、分析してません!」 「傾向までモロバレですか?!」 「ちょっとパンツ出てるのが、好みなんてわかっても全然引いてません!」  ごめんなさい変態でごめんなさい。 「……七凪」 「な、何ですか?」 「介錯は頼んだぞ……」  辞世の句を考え始める。 「ダメです! 兄さん死んではいけません!」 「変態だって、いいじゃないですか!」  いやな励まされ方だ。  ていうか、やっぱり変態って思ってるじゃありませんかナナギー。 「そ、それより、兄さん、ほら」 「妹のブルマですよ」  ふりふりとお尻を振る。 「うおっ……」  くらっとする。 「さ、触ってもいいんですよ?」  ふりふり 「おお……」  未成熟な身体のラインを包んだ紺色の聖衣が俺を誘う。  ああ、何だか切ない気持ちになる。  それはきっと、ブルマが単なるエロアイテムでなく、どこか人々の郷愁を呼び覚ます魔法の杖だからだ。 ※個人の感想です 「さあ、兄さん……」  頬を染めながら、兄を誘う妹さん。  ふらふらと手をのばしそうになる兄さん。  が。 『ふ、それはブルマにして、ブルマにあらずだ、拓郎くん』 「はっ?! 師匠?!」  天からの声。  俺をブルマ道へと導いた人が、俺を引き止める。 「ダメだ、七凪……」 「? どうしたんですか、兄さん」 「お前のブルマはとっても魅力的だ。だが、まだ足りないモノがある……」 「え? それはどんな……」 「サイドに白ラインが二本入ってない……」 「そこまでこだわるんですか?! どこまで変態なんですか?! さすがに引きましたっ!」  妹は驚愕した。  ごめん俺やっぱり変態でいいです。 「と、とにかく、」  何とか事態を収拾せねば。  こんなとこ母さんに見られたら、沢渡家はおしまいだ。  毅然とした態度をとろう。 「勝手に俺の布団に忍び込んじゃダメ」 「そういうことしちゃダメって言ったでしょ?」  小さな子を叱るような口調で言う。  甘い兄でごめんなさい。 「か、勝手じゃありません」 「兄さんにちゃんと入っていいか確認しました」 「えー? 全然覚えないけど」 「兄さんを起こすといけませんから、耳元でそっとささやくように言いました」 「それ意味ないし」  確信犯ばりばり。 「まあまあ兄さん、そんな瑣末なこといいじゃありませんか」 「ここで、私といっしょに兄の香りのする枕を堪能しましょう」 「それ、俺、自分の匂いだから!」  ちっとも嬉しくない。 「じゃあ、ここでいっしょに寝転んで、私とピロートークでも」 「ピロートーク言うな」  この小悪魔っ子め……。 「おはよう、拓郎さん」 「あ、おはようございます」  リビングには母さんがいた。  少し驚く。  いつもはこんな時間には起きてこない。 「今日は早いんですね」 「ええ……」  少し眠そうに苦笑した。 「たまには拓郎さんや七凪と朝食を食べたくなって」 「昨日遅かったのに無理しなくても」 「ありがとう。でも平気よ」  にこやかに笑う。  もう少しも眠たそうじゃない。  あいかわらずきちんとしてる。立派な人だ。 「トースト焼けました」 「二人とも飲み物はどうしますか?」  キッチンから七凪が顔をのぞかせる。 「私はコーヒーをくれる? 七凪」 「はい。あ、兄さんもコーヒーですよね?」 「うん。あ」 「? どうかしましたか?」 「俺は砂糖なしにして。ミルクもいらない」 「え? 今朝はブラックですか?」 「うん」 「苦いですよ? いいんですか?」 「それが人生の苦味だ、七凪くん」 「意味がわかりません」  「やれやれウチの兄さんはまったく」と言う風に、息を落として妹はキッチンに向かう。 「今の台詞決まったと思ったのに……」  思い出の中の少女のようにはいかない。 「ふふ、拓郎さんたら」  柔らかく母さんが笑った。  俺と母さんの間の空気が弛緩する。  それだけでも、言ったかいはあった。 「お待たせしました」  七凪は香ばしい香りの立つカップを三つテーブルに。  続いて、トースト、ベーコンエッグ、それにサラダ。  どれもまるでホテルの朝食のように完璧な出来。 「いつもすまないわね、七凪」 「それは言わない約束ですよ、お母さん」  小芝居も完璧だった。  ナイス親子。 「では、いただきましょう」 「いただきます」 「いただきます」  全員で手を合わせて、朝食開始。  早速コーヒーを。 「にがっ!」 「だから、言ったじゃないですか」 「苦い! もう一杯!」 「青○ですかっ?!」  ツッコミも完璧な七凪である。  ナイス妹。 「おはよ、タク、ナナナギー」  バス停に向かう途中、いつものごとく計と合流する。 「おはようございます、真鍋先輩」 「あと、ナナナギーは禁止です」  妹は俺の左隣で憮然とした。 「えー、せっかく正確に呼んであげたのに~」  でも幼馴染は一向に堪えていない。 「正確じゃありません。私はななぎ、です。リテイクお願いします」 「わかったよ、ナナナナギー」 「さらに増えてるじゃないですか?! イジメですかっ?!」  二人とも仲いいな。 「おす」  俺はひらひらと計に手を振る。 「おーす」  その間に、計は小走りで俺の右隣に。  全員がいつものポジションへ。 「あ、タク寝癖ついてる」 「ふーん」 「ふーん、じゃなくて直さないの?」 「そこは幼馴染のキミに期待したい」 「え? 何それタク、あたし意味わかんないんだけど」 「――は? マジでわかんないの? あなたそれでも俺の幼馴染なんですか? 真鍋さん!」  オーバーアクションで驚いてみる。 「どうして、そこまで驚くのですか?! 沢渡さん?!」  計も思いっきり両腕を上げて大げさな動作をとる。 「はぁ……」 「また兄さんと真鍋先輩のコントが始まるんですか……」  七凪が隣で息を吐く。  そのため息には、「もう飽きましたんで、手早くお願いします」という意味が思いっきり如実に表現されていた。  でも、始めたからには続ける。 「なんていうか、幼馴染にさ、期待されてるリアクションみたいなものがあるじゃん?」 「計は昔っから、その辺が甘くね?」  無意味に語尾を上げて言ってみる。 「あたしに誰が何を期待していると言うのですか、沢渡さん」 「いっぱいいるって! あきらめちゃダメだ!」 「妹じゃなくても、ツンデレじゃなくても、まだ勝つチャンスはある! あるよね?」 「あなたは誰に確認しているのですか、沢渡さん」  なかなかシャープなツッコミである。 「で、やっぱりここは王道で行くべきだと俺は思う」 「つまり、私は幼馴染として、王道キャラではないと卿は仰るのですか?」  計もだんだんとエンジンがかかってきた。 「僭越ながら……」 「……く、そうでござるか……。ならば、沢渡の」  設定が少々変わってきたがスルーする。 「何でしょう?」 「この駄幼馴染にもわかるように、王道幼馴染のリアクションというものをご教授いただきたい」 「承知した!」 「ありがたき幸せ」 「まず、王道幼馴染は寝癖を見つけたら――」  一度咳払いをして、のどを整える。 「あっ、またあんたは寝癖なんかつけて……! みっともないわね!」  1オクターブ高い声で、ツンデレ系を演じてみる。 「もう、あんたはあたしがいないと、ホンッッットにダメなんだから!」 「ほら直してあげるから、こっち向きなさいよ! まったく……」  ジェスチャーを交えて必死で説明する。 「――沢渡さん」 「え? まだ途中なんですけど、真鍋さん」 「裏声がキモい」 %48「いきなり素に戻るなよ!」%0  俺がつらいから。 「あ、終わりですか?」  ケータイをイジっていた七凪が俺達の方を見る。 「うん、終わったよ~」 「いつも兄がすみません」 「タクは小芝居が好きでしょうがないよね~」  女子二人が談笑しつつ、俺の前をとっとと歩いていく。 「何をしてるんですか? 急ぎますよ、兄さん」 「そうそう。タクの小芝居のせいで、バス乗り遅れて遅刻とか嫌すぎるし」 「ちょっ! お前だって結構ノリノリでやって――」 「……あ」  鈴の音のような澄んだ音とともに欠片が、俺の頭の中に挿入される。  ――少し先の『未来』からイメージの欠片が飛んできた。 「はぁ……」  息を落とす。少しだけ憂鬱になった。  たまにこういうことがある。  視るつもりはなくとも勝手に未来が視えてしまうことが。  もう俺は未来なんて視たくないのに。 「……タク?」 「兄さん?」  気がつくと、二人が心配そうな表情で俺を見ていた。  いかん。すぐに切り替えないと。 「ごめん。なんでもない」 「でも、顔色悪い……平気?」 「あ、うん、大丈夫。いつもの健康体だ」  気分はブルーになったけど。 「でも、走るのはやめた方がいいかな……」 「バス行っちゃうけど、しょうがないね。あたしも遅刻付き合うよ」 「あ、真鍋先輩、兄さんには私が付き添いますから……」  俺を心配してくれる二人。  そんな二人に、俺はたった今知った『未来』を教える。 「大丈夫。今日はバス十分くらい遅れて来る」 「ゆっくり歩いても間に合う」 「え? 本当? タク」 「うん」 「兄さん予報、久しぶりですね」  七凪も計も昔から俺が単に勘がいいと思い込んでいた。  俺は未来視のことを、あの少女以外には誰にも話していない。 「二人とも、行こう」  俺は二人を即して歩き出す。 「はい」 「うん」  二人も俺の両隣のポジションについて歩き出す。  バスは俺の予告通り10分遅れで到着した。  バスを降りて約1分で学園には着く。  余裕はあるので、三人でたらたら歩く。 「始業までどうやって時間つぶそう」 「40分はあるしね」  そう。現在の時刻はまだ7時50分。  朝のショートホームルームまで30分以上ある。 「朝だけでも、バスの本数が増えればいいんですけど」 「無理だろうな、今だってあの時間帯俺達しか乗ってないし」 「増えるどころか減るって話もあるくらいだ」 「もし減ったら自転車に切り替える?」 「それしかないですね」 「上り坂多いから疲れるな」 「足太くなっちゃう。嫌だなー」 「他はやせるからいいじゃん」 「!? それはあたしが太ってるという意味ですか?! 沢渡さん!」  ファイティングポーズをとりながら俺ににじり寄る。 「ち、違いますよ! 落ち着いてください、真鍋さん」  慌てて、七凪の背後に回る。 「おのれー」 「お前、体重のこと気にしすぎだ!」 「……ここで小芝居はやめてくださいよ、二人とも」 「七凪はもう自分の教室行く?」 「いえ、部室に寄ってからにします」 「昨日、読みかけの本を忘れてしまったので」 「そっか、ならあたしも付き合ったげるよ」 「ありがとうございます」  嬉しそうに七凪が笑む。 「じゃ、行こ!」  計が七凪の肩を押しながら、階段を上りかける。 「計、鞄運んどいてやるから、かせよ」 「よろしく♪」  ぽんと投げ出された薄い鞄が、放物線を描いて俺のところに飛んでくる。  キャッチした。 「軽い鞄だなぁ」 「教科書、全部置きっぱだから!」  胸を張っていた。 「真鍋先輩、少しは勉強もされた方が……」 「いいからいいから、さ、行こ行こ!」 「あ、そんなに押さなくても」  ぱたぱたと上履きの音をさせつつ、二人は二階へ。  ちなみに計はスカートが翻って下着が少し見えていた。 「……今度注意してやろう」  隙だらけでこっちが困る。  人気のない廊下を一人うつむいて歩く。 「はぁ」  なんとなく気分が沈んでいた。  未来視をしてしまったせいだ。 「もう視たくないのに……」  あの時師匠にはああ言われたが、俺はやっぱり未来視を積極的に使うことはなかった。  変えられないツライ運命を前もって知ることに、どんな意味があるのか。  却って先倒しで苦しむだけだ。  だったら、視ない方がいい。 「変えられない未来を視たって――」 「――変えられるぞ」  え?  いつか、どこかで聞いた声。  その声に俺は顔をあげる。 「未来は変えられる」  窓からの風に髪を揺らしながら、朝日の中、微笑む。  思わず息を飲んだ。  それくらい目の前の少女はキレイで――懐かしかった。 「例えば、明日」  俺の戸惑いなど、どこ吹く風。  目の前の少女は話し続ける。 「どうしようもない不幸がキミを襲うとしよう」  ひどい例えだ。  遠慮なしで不躾な態度。  そんなところまで、まるで。 「そう、例えば太陽が爆発するとかな」  満面の笑顔で言った。  俺を幼い頃救ってくれた、あの笑顔を思い出す。  切なさに、心が震える。 「キミはその時、どこにいるだろう?」 「山のてっぺんで一人ぽっちなのかもしれないし」 「大都会のど真ん中で一人ぽっちなのかもしれない」  どっちにしろ一人ぽっちかい。  そんなことを心の中で思いつつも、視線は彼女から離れない。 「だけど、キミは歩くことができる。走ることができる」 「どこかに向かうことができる」 「大好きな人のところを、目指していいんだ」 「たとえ、明日、地球が爆発するとしても」 「太陽じゃなかったっけ?」  ようやく声を出せた。  今まで、しゃべることすら忘れて見惚れていた。 「細かいことを言うな、キミは」 「どっちでも、この場合は大差ないじゃないか」  口を微かにへの字に曲げて、軽くにらんでくる。 「空気を読んでくれ」  自分が間違ったのに、こっちを非難してきた。  我がままでマイペース。  そんなところまで、同じ。 「つまり、だ」  こほん、と一回咳払い。  照れ隠しなのがわかった。  そういう人だったから。 「私達は、どんな危機が訪れようと、できることはあるんだ」 「たとえ、明日死ぬにしても」 「何処に立っているかくらい、誰といるかくらい、選ぶことができる」 「それは、自らの意思で未来を変えたとは言えないかい?」  彼女らしいまっすぐな答え。  それが、今の俺には痛い。  10年間逃げてきた俺には、痛い。  再び、風が吹く。  それを合図にしたように、止まっていた時間が動き出した。 「あ、あの……」 「ん?」 「――君は、誰?」 「――そんなわけで、転校生です」 「何がそんなわけなん? 小豆ちゃん」 「はーい、神戸は小豆ちゃん言ったから後で屋上な!」 「え? すんません、俺、年下はちょっと……」 「誰がおめーに告白するか! それに私は年上だ! 神戸後で腹パンな!」  朝のショートホームルームが始まる。  いつもは誰もが軽く流すこの時間も、本日はちょっと違った。 「――三咲爽花だ」 「姉の仕事の都合で、こんな時期だが転校してきた」 「何分不慣れで皆には迷惑をかけるかもしれないが、仲良くしてほしい」  ペコリと頭を下げる。 「はい、全員拍手!」  俺は委員長として率先して盛り上げる。  すぐに拍手が鳴る。  ウチのクラスは気のいいヤツばかりで、委員長は楽である。 「三咲さん、よろしくね」 「ああ、よろしく」 「ねね、どこから引っ越してきたの?」 「クラブもう決めた?」 「ウチの園芸部入ってよ! 楽しいよ!」  早速、質問と勧誘攻勢が始まった。 「あ、えーと、その」 「ちゃんと質問には答えるが、その、ひとつずつにしてくれないか?」  三咲は嬉しそうにしながらも、苦笑する。  どうやらすぐになじめそうである。 「先生、席はどうしますか?」  とはいえ、もうすぐ授業なので事態の収拾を図る。 「あ、そっか。えーっと、今、空いてるのは沢渡くんの隣と、一番後ろの席か~」 「じゃあ、一番後ろの席!」 「ちょ?! 何で俺を避けるんすか?!」 「ふっ、キミの隣にすると思ったか?! 甘いぞ沢渡くんっ!」 「私はそんなお約束は嫌いだっ!」  ずいっと架空のテレビカメラに向かって、主張した。  小豆ちゃんはとても天衣無縫なのである。 「だいたい、何でいつも転校生が来ると、主人公の隣がたまたま空いてるんだよ?!」 「そんなの不自然じゃん!」  教卓を激しく叩いて自説を語る。 「そんなの俺に言われても、知りませんよ……」 「設定が安易なんだよ!」 「設定って言っちゃダメ!」  本当にフリーダムだった。 「そんなわけで、三咲さんは一番後ろの席ということで――」 「すんませーん、遅刻しましたー」  申し訳なさそうにやって来た渡辺が、一番後ろの席につく。 「貴様の席かよ?!」 「え? そうすけど」 「まぎらわしいよ! ワタナベ! おめーもあとで屋上!」 「すんません、俺、年下はちょっと……」 「おめーにも告白しねーよ! ていうかそのネタはもうやったよ!」  小豆ちゃんは超憤慨していた。 「……先生、すまない」 「結局、私は沢渡くんの隣でいいのだろうか……?」  ずっと立ちっぱなしの三咲は困った表情をしていた。 「いいんじゃない?! 沢渡くん委員長だし! お約束だけどなっ!」  どうしてキレ気味なんだよ。 「――沢渡くん、キミは委員長だったのか」  席につきながら、俺を見て微笑む。  あの笑顔をまた向けられて、俺はまた少し混乱する。 「ああ、まあ成り行きで」  でも、当たり前のことだけど三咲が10年前のあの少女のハズはない。  ただの他人の空似だろう。 「成り行きで委員長になれるものか。キミは人望があるんだな」 「そうでもないけど」 「そんなキミの隣で、心強いよ」  う。  その笑顔はダメだって。 「と、とにかく、よろしく」 「わかんないことあったら何でも聞いてくれ」  ごまかすように、そう言って俺も笑った。  少しぎこちないけど。 「ああ、よろしくな」 「あ、早速で悪いが教科書を見せてくれないか?」 「急なことで、間に合わなかったんだ」 「あ、うん」  俺の机と三咲の机をくっつける。  真ん中に教科書を置く。 「この学校では今、どの辺りをやってるんだ? 沢渡くん」  ぐっと三咲が俺の方に顔を寄せてくる。  七凪とも計とも違う髪の匂いがした。 「あ、えっと、その……。ここだけど」  開いてあるページの上段を指で示す。 「ふむ、微積はそんなに差がないみたいだな……。でも、教科書が違うせいか少し――」  髪をかき上げながら、三咲がさらに寄ってきた。  肩が俺の腕に当たってる。  いかん、ちょっとどきどきしてきた。 「あ、み、三咲さん、その……」 「ん? 何だい? 沢渡くん」 「ち、ちょっと近すぎる……と思う……」 「え? そうか? これくらい普通だろう?」 「いや、やっぱ近いと思うよ?」 「やれやれ、純情なんだな。沢渡くんは」  にやっと口の端をつりあげる。  ちょっとイジワルな微笑だった。 「少しは女子に慣れた方がいいぞ」  そんなことを言いつつ、さらに寄ってきた。  う、こいつ間近で見ると、すごい美人だ……。  ダメだ。顔が熱くなって―― 「こりゃりゃーっ!」 「ぐあっ?! な、なんすか?!」  小豆ちゃんがいきなり俺の耳のそばで、叫んだ。 「そんなお約束な青春は禁止だ!」 「だから、どうしてキレ気味なんすか?!」 「五月蝿い! 小さくて悪かったな! 沢渡くんも後で屋上な! 告白しねーぞ!」 「小豆ちゃんとそんな展開ありえねー」 「何だとぉ?! 展開しろよ! 両親に紹介するから!」 「してほしかったんすか?!」  俺は小豆ちゃんに襟首をつかまれつつ、目を白黒させた。 「ふふっ」 「楽しいクラスだな。気に入ったよ」  三咲はそんな俺達のやりとりを見て、またあの笑顔になった。  あっと言う間に午前の授業は終わる。 「三咲さんは弁当?」  教科書を片付けながら、本日出来立てのクラスメイトに声をかける。 「いや、食堂に行こうと思う」 「作ることもあるが、せっかくだからここの学食を試してみたいんだ」 「わかった。おーい! 計」  教室の隅で友人達とダベってた幼馴染に手を振る。 「何? タク」  数名の女子とともにやってくる。 「昼飯、三咲さんもいっしょに学食行ってやってくんない?」 「うん、いいよ」  すぐに快諾。 「でも、タクは? 学食じゃないの?」 「そうだけど、こういうのは女子同士だけで行ったほうがいいだろう?」 「俺はちょっとしたら、修二と行く」 「神戸なら、さっき外に食べに行っちゃったよ」 「え? マジ?」 「今日、牛丼屋さんが半額なんだって」 「あいつ、俺も誘ってくれればいいのに」  友情より食い気かよ。 「もしかして、私がいるから遠慮してくれたのかもしれないな」 「沢渡くん、キミもいっしょに行こう」  えー? 「俺は遠慮しとくよ」 「何故、私を避ける?」 「いや、三咲さんを避けてるわけじゃないけど」 「なら、いいじゃないか。ここにいる真鍋くん達ともキミは随分親しそうだ」 「キミがいても何も問題はない」 「うん、あたしはいいけど」 「むしろ歓迎」 「今日、部活で後輩に自慢できるし!」  いったい何を自慢するのか。 「……ほう」 「キミは本当に人気があるんだな、委員長」 「是非、あやかりたいものだ」 「ないない、人気とかない」 「ただイジられてるだけだから」 「えー、あたしの10年越しの想いはどうなるんですか、沢渡さん」 「感情こもってねー」  早速イジられた。 「行こう、沢渡くん」 「気になる転校生とお近づきになるせっかくの機会を棒に振るな」 「自分で言うなよ」  結局、男一人に女子四人で学食へ。  全員、日替わり定食を買って席に座る。  その時、同じテーブルの男共がざわめきだした。 「何だあの野郎、一人で女四人も連れまわしやがって……」 「あいつっすよ先輩、例の放送部の……」 「いい気になっていられるのも今のうちだぜ……沢渡ぃ……」  何かめっちゃにらまれてる。だから、嫌だったのに―― 「――って、てめぇ、修二じゃねーか!?」  隣に座っている修二に、速攻ツっこんだ。 「あ? なんだやんのか、コラッ!」 「やらねーよ! ていうか何でキレてんだよ! あとどうして学食いるんだよ!」  腹が減ってるのにツッコミまくる。 「なんだと?! てめぇは女連れてこれねーヤツは学食来るなって仰るんですか?!」 「違うわ! お前牛丼食いに行ったんだろうが?!」  どうして半端に丁寧語なのか。 「ああ行ったさ……今日は半額だったからな……喜び勇んで行ったさ……」 「じゃあ、もう昼メシ終わってるだろ」 「拓郎、人生には色々と落とし穴がある……」  いきなり遠い目をする。 「確かに半額だった……それは俺も認めてやる……」 「だが」 「だが?」 「量はいつもの3分の1だった……」  うわっ、ひどっ。 「だから、こうして食いなおしてるんだよ! でも金ねーから、素うどんなんだぜ?! 笑いたきゃ笑えよ!」 「俺じゃなくて、店にキレてこいよ……」 「馬鹿野郎! そんなことしたら、お店の人に迷惑だろうがっ?!」  意外と常識のあるヤツだった。 「わかったよ、俺のカニコロッケ一個わけてやるから落ち着け」  自分の皿を修二の方に寄せてやる。 「拓郎、俺はお前のためなら命が張れるぜ……」 「お前の命、軽っ」  呆れつつ、ようやく箸をとる。 「くっ、くく……」 「ん? お前は確か……三咲?」 「笑ってすまん、神戸くん」 「き、今日から、キミともクラスメイトの、くっ、くく、い、三咲爽花だ。よ、よろしく頼む……」 「しかし、面白いな……キミ達は……ぷっ、く……」  三咲はテーブルに額をつけるようにして、うつむきながら必死に笑いを堪えていた。  ぷるぷる肩を震わせている。 「あー、ツボに入っちゃたんだね」 「三咲さん、笑いの沸点低いな」 「大丈夫? そろそろ食べ始めないと、時間なくなっちゃうよ?」 「く、あ、あはは! だ、駄目だ、とても食べられ……あはははは!」 「初対面なのに、失礼なヤツだな……」 「あ、いや、すまな――」 「ほら、このメンチカツでも食って落ち着きな」 「それ、俺のだろうがっ!」 「あははははは! や、やめてくれ、く、苦し……あははははっ!」  転校生は腹を抱えて身体をくの字に曲げて爆笑していた。 「犬が居ぬ」 「あははは!」 「猫が寝込んだ」 「あははは!」 「拓郎、随分明るい転校生だな」 「お前のせいだろうが!」  もう箸が転がっても笑いそうだ。 「布団が吹っ飛んだ」 「あははは!」 「お前までやるなよ?!」  三咲が落ち着いたのは、それから15分後のことだった。  食べ終わる頃には、昼休みは終わっていた。  放課後。 「沢渡くん、ちょっといいか?」 「ん? いいけど、何?」  三咲の声に、隣を見る。 「――あ、あの」  何故かうつむいて、もじもじし始める。  微妙に頬も赤いような。 「どうした?」 「つ、付き合って、欲しいんだ……!」 「ごめん、さすがにトイレは女子と行ってほし――」 「誰がそんなことキミに頼むか!」  ボケ終わる前に、ツッコミが来た。 「だいたいキミはどうしてそっちにボケるんだ?! 隣で女子が赤くなって付き合ってほしいと言ってるのに、そっちなのか?!」 「たまには変化球を混ぜないと」 「今のは私的には大暴投だ……」  転校生は嘆息していた。 「冗談はともかく、何に付き合えばいい?」 「クラブ見学をしたいんだ」 「え? 今からクラブ入るの?」  あとちょっとで夏休みだというのに。 「ウチの学園、部活は必須じゃないよ? 二年の今から入るなんて聞いたことないなぁ」 「別に前例がないからと言って、入部しては駄目ということではないだろう?」 「まあ、禁止ではないけど」 「学生生活の華は部活動だ」 「やらないなんて、青春を生きる若人としてどうかと私は思う」  随分時代がかった価値観だな。 「若人って言い方自体、年寄りくさくない?」 「う、五月蝿いな。たまたま言ってしまっただけだ」 「今の話題とは関係ない。委員長、空気を呼んでくれ」  むー、と眉根を寄せて拗ねる。  子供っぽい表情。  整った顔立ちのせいで若干大人っぽく見える三咲も、こうしてみるとやはり俺の同級生だ。 「わかったよ、お供する」 「何でも、なんなりと言ってくれ」 「さすが沢渡くんだ」  すぐ機嫌は直る。  さっぱりした性格のようだ。 「もう候補は決めてあるんだ。そんなに手間はとらせない」 「わかった。じゃあ早速行くか」 「ああ!」 「――え? 入部希望者?」 「はい、それで今日見学を……」  三咲の第一希望、ソフトボール部。  何でも―― 「白球にかける青春! やっぱりこれだろう!」  とのことらしい。  見た目によらず熱血である。 「よろしくお願いします」 「あー、うん、でもな~~~っ」 「何か不都合でもあるんですか?」 「キミもウチの学生なら知ってると思うけど、ウチは全国レベルじゃん?」 「ええ、知ってます」  確か去年は県大会で優勝したはずだ。 「部員は七十人もいるし……。それに入部したら最初は球拾いばっかだし……」 「二年の夏からだと、レギュラー狙うのはかなり厳しいと思うよ」 「それだとせっかく入ってもらっても、悪いって言うか」 「なるほど」  この先輩の言うことも一理ある。 「いえ、待ってください」  一歩前へ出る。 「もちろん最初は球拾いでかまいません」 「しかし、真に実力があるならば、どんな事情があろうといずれはレギュラーになれるはずです!」 「違いますか?!」  三咲は真剣だった。  目の前のキャプテンさんが気圧されるほどに。 「それはまあ……」 「三咲さん、何年やってたの?」 「初心者だ」  素敵な笑顔で言い放つ。 「先輩、大変失礼しました。さ、次行こう」  親切な先輩女子に頭を下げて、三咲の手を引く。 「な?! どうしてそんな展開になるんだ? 沢渡くん?!」  じたばたと暴れる。 「どうもこうも、初心者がそう簡単に全国レベルの選手に追いつけるか!」 「可能性を安易に捨てては駄目だ、沢渡くん」  見事なドヤ顔だった。 「その自信はいったいドコから来るんだよ……」 「それが私とキミとの人間としての器の差だな、沢渡くん」  いや神経の太さの差だ。 「はいはい、とにかく練習の邪魔だから、もう帰りましょう? ね?」 「小さな子供をあやすように言うな!」  きゃー、ぎゃーとグラウンドでケンカする。  周囲のソフト部員達は何事かと言う目で俺たちを見ていた。  赤っ恥である。 「え、えっとね、キミ達」 「一応、入部テスト受けてみる? それで結果が良ければ入ってもらうということで」 「本当ですか! 主将!」  ぱあぁぁっ! と笑顔を輝かせる三咲。  まだお前の主将じゃないだろ。 「いや先輩そんなにこの夢見がちっ子を甘やかさなくても」 「誰が夢見がちかっ!」 「まあまあ、せっかく来てくれたんだし、あたし投げるから打ってみて」 「わかりました!」 「先輩、ホントすみません、ウチの夢見がちな転校生がご迷惑を……」 「だから、夢見がち言うなっ!」 「じゃあ、10球投げるから」 「1球でもヒット打てたら、合格ね」 「はい!」  三咲は制服姿にメットだけという姿で打席に立つ。  かくいう俺もマスクを借りて、捕手をつとめていた。  正捕手の生徒にまで手間をかけさせたくなくて、自ら志願した。 「沢渡くんだっけ? 本気でいくけど、怖かったらいつでも言ってね」 「ありがとうございます」 「サインは決めた通りね。いい?」 「いつでも、どうぞ!」 「わかった。いくよ! ――ふっ!」 「――速っ」  正直構えたところに来なかったら捕れなかった。 「――え?」  三咲はバットを持ったまま微動だにしない。 「1ストライクだね。キミよく捕れたね! いい運動神経してるよ」 「とんでもないっす」  俺の返球をグローブで受けながら先輩女子は余裕の笑顔。  たぶん、まだ全力じゃない。 「おい、これたぶん男でもそう簡単に打てないぞ」 「く……」 「ここで止めてもいいと思うけど」 「何を言ってるんだ、沢渡くん」 「今は球筋を見ていたんだ」  負けず嫌いだなぁ。  そういうのは嫌いじゃない。  でも、気合だけでは実力差は埋まらない。 「いくよ」  振りかぶる。  一切、手を抜く気はないようだ。 「はっ!」 「やっ!」  ミットにボールがおさまってからのフルスイング。  振り自体はシャープだったが、やっぱり目が全然追いついていない。 「く~~~っ……!」 「今のどまん中だぞ」 「わかっている!」 「アレにかすりもしないんじゃ……」 「五月蝿いぞ、まだわからない」 「次が勝負だ」  三咲が微笑する。  ん? この状況で何か手があるのか。 「沢渡くん」  返球を受けた先輩が、額を触った。  サイン。  俺は無言で小さくうなずく。 「三球目――」  振りかぶる。  でも、さっきよりは微かに動作は小さい。  その差の意味は―― 「はっ!」 「よし! ――え?」  バントの体勢に入った三咲の頭より高く、ボールは高めに外される。 「くっ!」  三咲がくらいつこうとバットを伸ばす。  しかし、無情にもボールは立ち上がっていた俺のミットに。 「ナイスキャッチ!」 「そっちもナイス前進です」  投げると同時にダッシュして前進守備をしていた先輩にボールを戻す。 「バントを読まれていた……?」 「ああ」 「沢渡くんが気がついたのか?」 「先輩からサイン出てた。何かやりそうって感づいたんじゃない?」 「そうか……」 「……すごいな」 「すげーよ、やっぱ全国レベルにはかなわないだろ」 「ふん、相手が強いからといって、早々に勝負を諦めてどうするんだ」 「キミも男だろう。もっとあがいてみたいと思わないのか?」 「そんな無理しなくても、出来ることをやっていけば……」 「それは停滞だ、沢渡くん」  ――え?  一字一句違わない懐かしく厳しい言葉が、俺の胸をちくりと刺激する。 「沢渡くん、ぼーっとしてると怪我しちゃうよ!」 「あ、す、すみません」  先輩女子の声に我に返る。 「いい? 四球目」 「お願いします!」  三咲はバットをめちゃくちゃ短く持っていた。  意地でも当ててやる――そんな気概が俺にも伝わってくる。  うらやましい。  素直にそう思った。 「頑張れ」  自然に声がこぼれた。 「――」  しかし、集中している三咲にはたぶん俺の声は届かなかった。  それで、いい。  三咲、打って――  ?!  未来視。  俺の中にまた、未来からのイメージが沸き起こってくる。  その内容は―― 「え……?」 「いくよ」  先輩が振りかぶる。  ヤバイ。止めなくては。  でも、それは意味があるのか?  未来は変えられない。  なら、絶対にボールは放たれる。  そして、それはすっぽ抜けて、三咲の顔面に直撃してしまう……! 「はっ! ――あっ!」 「ちっ!」  理屈じゃなくて、身体が勝手に反応して前に出た。  三咲にぶつかる前にボールを! 『キミも男だろう。もっとあがいてみたいと思わないのか?』  あの三咲の言葉が俺を突き動かしたのかもしれない。 「っ!?」 「危ない!」  俺の予見した通り、ボールは三咲の顔めがけて飛んだ。  このままでは、三咲は大怪我をしてしまう。  が。 「くっ!」 「――なっ?!」  三咲はまるで、剣道の竹刀を振り下ろすようなスイングでボールを叩く。  いわゆるダイコン切り打法だった。  そして。 「ぐはっ?!」  勢いあまったバットが弧を描いて、マスクを被った俺の顔面に。  俺は無様に倒れる。後頭部を痛打した。 「――え? ちょ?! 大丈夫か?! 沢渡くん!」 「ど、どうして飛び出して来るんだキミは?! おい、しっかりしろ!」 「ご、ごめんなさい。すっぽ抜けて……でも、どうしてキャッチャーが倒れて……」 「沢渡くん、傷は浅いぞ! 私が今すぐ保健室に……!」  三咲の声がだんだん遠くなる。  あー、これは気を失うなとわかった。  まあ、それはそれとして。  とんでもないことが起こった。いや、起こされた。  三咲は――  未来を変えた。 「私のおごりだ。飲んでくれ」 「いいの?」 「キミの額に貼ってある大きな絆創膏は誰のせいだ?」 「打撃妨害をした俺のせいじゃないかな」 「……そうかもしれないが、キミが止めるのに入部テストを受けたのは私だ」 「そもそも、クラブ見学に付き合えと言ったのも私だろう」 「……そのくらいはさせてくれ」  すまなさそうな顔をしてうつむく。 「じゃあ、ありがたくもらうことにする」 「是非、そうしてくれ」  ようやく三咲の表情が緩む。  だから、俺もホッとした。 「――次の期末も赤点だったら夏休み補習なんだよなー」 「えー、皆で旅行って決めたじゃん!」  陽の傾きかけた放課後の学食。  開放的な空気の中で、皆が談笑していた。 「でも、良かったの?」 「何がだ?」 「ソフト部の試験、四球で止めちゃって」 「いいさ。あれで納得できた」 「白球にかける青春は、このくらいにしておこう」  三咲は微笑して、自分の缶ジュースを飲み始める。 「三咲がいいならいいけど。あ、ごめん」 「――ん? 何がだ?」  缶から口を離して、俺を見る。 「呼び捨てにしたから」 「何だそんなことか。気にしないでくれ」 「神戸くんは初対面から呼び捨てだったぞ。キミもそれでいい」 「あいつは失礼なヤツだからな」 「ふふ、いいじゃないか。クラスメイトなんだ」  三咲が破顔する。  懐かしい、とまた感じてしまう。  今朝、初めて三咲と出会った時の感覚が蘇ってきた。 「ん? どうした?」 「え? あ、ごめん」  いかん、じっと見つめすぎた。 「別に謝らなくてもいいが……」 「キミはたまに私をじっと見つめるな。どうしてだ?」 「あー、いや、その……」  説明しづらい。  師匠のことを話すと、未来視についても触れてしまいそうで。 「惚れたか?」  満面の笑み。 「じゃあ、それで」 「何だ、そのとりあえず的な台詞は」 「ちょっと傷ついちゃったぞ」 「ウソつけ。三咲は強い女のコだろう。それくらいはもうわかるぞ」 「わかってないな、沢渡くんは」 「女というものは、強さと弱さの両方を持ち合わせているんだ」 「それを時と場合によって使い分けるのが肝要なのさ」 「女のコってずるいなぁ」  確かに七凪や計を見てるとそんな感じはするけど。 「ははは、いい勉強になったろう? 持つべきものは異性の友人だな」  話しやすいコだな。  美人だし、すぐ人気者になりそうだ。  あ、駄目だ。また三咲見つめてるぞ、俺。 「あ、そうだ。この後はどの部見に行く?」  ごまかすように話題を振る。 「そうだな……。バレーか、テニスか、あるいはラクロスか……」 「全部、運動部なんだな」 「ああ!」 「やっぱり運動部の方が青春だろう?」  昭和的熱血な青春観だ。  これじゃあ、とても我が放送部には誘えない。 「沢渡くんも随分運動神経はいいみたいだし、運動部なんだろう? あ、すまん、キミ今日は休んでも平気だったか?」 「大丈夫だ」 「ウチの部。超ゆるいから」 「よかった。配慮が足りなかったな、謝罪する」 「本当にいいのに」 「ありがとう。キミは面白いし、話しやすいし、親切だ。うん、いいな!」 「惚れた?」 「HAHAHAHAHA!」 「その笑い方ちょっとイラっとする、三咲」  男のコだって傷つくのに。 「さて、」 「クラブ見学の続きに行く」 「そっか、行こう」 「いや、待ってくれ」  三咲は立ち上がりかけた俺を手のひらを向けて制した。 「キミはもう御役ご免だ、沢渡くん」 「え? 何で?」 「もうこんな時間だ。キミはキミの部に戻ってくれ」 「でも」  ちょっと心配だ。  三咲はしっかりしてるとは思うけど、まだ転校一日目だ。 「大丈夫だ。案ずるな委員長」 「どの部か決まったら報告する。では明日また会おう」  笑顔で転校生は立ち去っていく。  追いかけて無理に付き添うのも良くないか。 「頑張れよ」  手を振った。 「ああ!」  三咲もぶんぶんと両手を激しく振る。  子供っぽいしぐさ。  周囲の生徒達が何事かと俺と三咲を交互に見た。  ちょっと恥ずかしい。 「――あ」  出口辺りで足を止めて、振り返る。 「それ、ちゃんと飲んでくれよ、沢渡くん」  そう言い残して、三咲は出ていった。 「……」  俺は黙ってテーブルを見る。  水滴のついたブラックコーヒーの缶が鎮座していた。 「暑っ……」  汗といっしょに額の絆創膏をぬぐい取る。  もう大して痛くない。  こんなの貼ってたら七凪を必要以上に心配させてしまう。 「今日もあちいな……」  片手に三咲にもらった缶コーヒーをぶら下げて歩く。  特に用事はない。  そうすると、足は自然に部室へと向く。 「今日は何人来てることやら」  昨日は全員で夏鍋やったし。  今日あたりは、さしずめ先輩と七凪くらいか。  まあいい。  三人でまたとりとめもない会話を延々としますか。 「さて」  部室に到着。 「ちぃーす」  掛け声とともに扉を勢いよく開け放つ。  むあっとした空気が、まずやって来て、 「!?」  次に計の肢体が目に飛び込んできた。 「……」  思考が停止した。 「……」  お互いに。 「…………」  何でこいつこんなトコで着替えてるの? 「と、計のボディラインを見ながら思う」 「ちょ……」  隙だらけとは思ってたけど、まさかこれほどとは。 「などと、計の紅潮した艶かしい肌を目の前にしつつ嘆息する」 「あ、あのねぇ、タク……」  もう子供じゃないんだし、自分だけじゃなく周囲のためにも配慮すべきだろ? 「でも、意外に着やせするんだなぁ、計やるじゃん」 「……それはどうも」 「……粗末なモノをお見せして申し訳ないですねぇ、沢渡さん」 「いえいえ自信持っていいと思いますよ、真鍋さん」 「それは、そうと沢渡さん」 「何でしょうか、真鍋さん」 「ここはあたしも」 『きゃーっ! タクのエッチ! もう信じられない! 馬鹿ぁっ!』 「――って、萌え幼馴染を演出したほうがいいでしょうか?」 「確かに王道ですね」 「ならば、あたしも」 「いやいやいや! 待ってください、真鍋さん!」 「今、ここでそんなことされたら、わたくしの今後というか、沽券にかかわるというか、その色々と不都合が」 「特に七凪なんか知られたら、『兄さん、今すぐ自害してください、この野郎』と言われてもおかしくはないほどでして――」 「……だったら、わかるでしょ?」  怒気をこめた言葉を吐く。 「すんませんした!」  心から謝罪する俺。 「あんた、謝る前にすることがあるでしょ~~~~っ!?」  ぷるぷるとこめかみが震えていた。 「すぐに閉めろ――っ!」 「ぐほっ?!」  計の鞄がブーメランのように飛んできた。  俺の側頭部にクリティカルヒットする。 『タクの変態! 絶対七凪に言いつける!』  えー?! 『その後、ネットで全世界に言いつける!』  ええー?! 『殺す! 社会的に!』  ドア越しに断罪される。 「勘弁してください、真鍋さん!」  ドアにすがって、必死に謝る。  穏やかな夏の夕暮れ時。  沢渡拓郎は一人、社会的危機に瀕していたのだった。  窓から入ってくる風が微かな涼を運んでくれる。  吊るした風鈴が涼やかな音を鳴らして、静かで、平和な日本の夏を演出する。  が。 「まったく、タクは、本当に……」 「いやらしいんだから……」  正面に座った幼馴染さんはまだぷりぷりと怒っていた。 「本当ごめん計、わざとじゃないんだ」 「わざとだったら、本当に言いつけるトコだよ」  謝り倒して何とか、皆には内緒にしてもらえた。  助かった。  まだ社会的に死亡したくはない。 「タク、じーっと見るんだもん」 「ごめん、つい、その、あんまり急なもんで……」  おろおろとするだけの俺。 「エロ幼馴染」 「……すみません……」 「幼馴染失格、ニンゲン失格」 「……生まれてすみません……」  だって、突然見せられた計の身体があんまり……。  いや思い出すのはやめよう。  バレたら、また怒られる。 「あーあ、超、沈むな~~~っ」  という言葉の割りに声は案外明るかった。 「俺が言うのも何だけど、ほら、犬にかまれたと思って……」 「犬」 「わん」 「プライドはないのですか、沢渡さん」  笑う。  もういつもの計だった。 「タク、伏せ」 「わん」  テーブルに両手と顔をくっつける。 「起きろ」 「わんわん」  ばっ! と起き上がる。 「あははは」 「わん、わわん!」  いっしょにはしゃぐ。  二人きりの俺達はたまにこんな風になる。 「タク、お手」  すっと計の腕が差し出される。 「わん」  ぽん、と計の手のひらに俺の手のひらを置く。  すると。 「汗ばんでるね」  ふいに計が握ってきた。 「夏だし」  人間に回帰する。 「ねえ、タク」 「うん」 「握り返してみて」 「こう?」  計の細い指を包むように、そっと握る。 「ん~~っ……」  何かを考えるように、計がうなる。 「どうして、ですか、沢渡さん」  言いつつ、指をもっと絡めてくる。 「え? 何が?」  俺はされるがままに手を計に預けている。 「ちっとも、トキめきませんよ?」 「だって、そんなの」  今まで何度もお互い手をつないだり引いたりしてきた。  俺達は、あまりに自然にお互いに触れてきた。  今更、そんなことを言われても。 「タクもトキめかない?」 「うん」 「即答っすか」  軽く計が凹んだ。 「あたしも一応女の子なんだけど」 「知ってる」 「何が足りないのかな?」 「別に足りなくはないだろう」  計は十分に魅力的なコだ。  実際クラスで人気投票をやったら、いつも上位入賞していた。 「足りないというより、」  多すぎるのかもしれない。  共有した時間が。  だから、お互い異性としてなかなか見られないんだと思う。 「トキめけよ」 「強制されても」 「でも、あたしはトキめかないけどな!」 「勝手なヤツだな」  苦笑する。  こんなやりとりは計としかできない。 「あー、のど渇いたな」  ぱっ、と手を放して、計はイスの背もたれに体重をあずける。 「もう、ぬるいけど半分飲む?」  三咲にもらった缶コーヒーを差し出す。 「氷あったらよかったのにね」 「さすがに部室に冷蔵庫は置けないだろう」 「先、飲んでいい?」 「うん」  フタを空けてから、缶を計に差し出す。 「いただきまーす」  俺から缶を受け取って、計はのどを鳴らす。 「にぎゃい」 「だよなぁ」  俺も計もまだ人生の苦味はイマイチわからないらしい。 「ほい、半分」  飲み終わった缶を返してくる。 「ん」  受け取ってすぐ飲んだ。  やっぱり苦い。 「ねえ、沢渡さん」 「え? 何?」 「トキめきませんか?」 「うん」 「だよね~」  へらっと笑う幼馴染。  俺は残りのコーヒーを一気に飲み干す。 「暑いな~」 「そうだな」  それっきり俺達は黙り込む。  風鈴の音だけが部室に響く。  静寂。  でも、計と過ごすこんな無為な時間も悪くはなかった。 「ただいま、七凪」  計を送り届けて、家に帰る。 「おかえりなさい、兄さん――今日はソフト部でご活躍だったそうで」 「え?」  帰るなり、妹にそんな話題を振られる。 「どうして知ってるの?」 「クラスメイトにソフト部のコがいるんです」 「今日、兄さんがソフト部に道場破りに来たと、つぶやいてました」 「それ、情報改ざんされてます」  油断ならないよネット社会。 「まあ、そこは別にいいんです」 「いや、それ真実だったら俺イタイでしょ。良くないでしょ」 「問題はここです!」  七凪は自分のスマートフォンの画面を俺に見せる。 「ん?」  読む。  『七凪のお兄さん、美人といっしょに校庭、なう!』 「……」  ネット社会マジ怖いっす。 「兄さん、これは何ですか?!」  ずいっとスマホを俺の顔の前に。 「いや、えーと、それはですね……」  妹の剣幕に押されて、思考が空回りする。 「私の知らない所で、兄さんは美人とちちくりあっていたんですねこの野郎」 「いやいやいや! それは誤解ですよ、七凪さん!」 「ここに動かぬ証拠があるじゃないですか?!」  ずずいっとスマホを俺の顔前に。  なぜか印籠をつきつけられた悪代官のような気持ちになる俺。 「兄さんなんか、晩御飯抜きですなう」 「妹、ひどいなう!」  お互い会話してるのに、つぶやく。  これもネット社会の弊害である(ウソ)。 「うるさいです。兄さんの馬鹿、シスコンなう」 「妹、話を聞いてなう!」 「聞きたくないです。兄さんの妹専用、胸がなくて悪かったですね、シスコンは文化ですなう」 「妹、錯乱してるなう!」  すると、 『タク、七凪に叱られ中なう』  計のリプライがついていた! 『タクロー、美人って誰? なう』  そして、数秒後には南先輩からもリプライが!  俺が妹に叱られてる様子が全世界に実況中なう! だった。 「ノーッ! 皆、つぶやくのやめて! なう!」  と、つぶやいた。反射で。  さらに拡散に寄与してしまう。 「うおおおおおっ! さ、削除! 削除!」  慌てふためく。 「……兄さんはアホですか」 「なう」 「……ふう、さっぱりした……」  髪をバスタオルで拭きながら、部屋に戻る。 「今日は疲れた……」  バスタオルをイスにかけて、すぐにベッドに寝転んだ。  身体が布団に沈んでいくような感覚に身をまかせる。  すぐにも寝てしまいそう。  寝返りをうつ。 「あ、痛っ」  鈍い痛みが額に走った。  意識が覚醒に傾く。 「あー、今日、ソフトしたな」  もう怪我の事は忘れかけていた。  でも、どうしても忘れられない事があった。  俺の未来視ではボールは確かに三咲に当たるはずだった。  でも、結果は違った。三咲はつたないながらもバットにボールを当てたのだ。  ――確定されているはずの未来を、あいつは覆したのか? 「そんなこと……できるはずは、ない」  未来視に、俺の勝手な予測が混じったんだ。  元々『未来イメージ』と想像の間の境界は曖昧だった。  単に俺が未来視を上手く使えてないだけ。 「当然か……」 「意図的に避けてきたんだからな……」 「あふっ……」  あくびが出てきた。  すべての事象が論理的に結びついたら、途端にもう昼間のことに対する興味は失せた。 「寝よう」  そうと決まったらすぐ消灯して、速攻ベッドに倒れる。 「……」  どんどん、意識が暗闇に吸い込まれている。  その途中。  俺は女のコと抱き合い、口付けを交わす。  そんな《・》夢を、見た。  次の日の朝。 「おはよう……ございます……兄さん……」  七凪を起しに行ったら、赤い顔をしてフラフラしていたのですぐにまた寝かせた。  体温計をくわえさせる。 「たぶん夏風邪だな」  計り終わった体温計を見る。  37.3度。 「今日は休め」  七凪は身体が弱目のコなので、大事をとることにする。 「これくらい微熱ですよ、兄さん……」 「いいから休んどけ。学園には俺が連絡しといてやる」 「ほら少し熱いぞ」  額に手をあてる。 「あっ……」  熱っぽい声をあげる。 「どうした? 苦しいか? あ、水持ってきてやろうか?」  妹の紅潮した顔をのぞく。 「あ、ん……その……兄さん……」 「してほしいことがあるなら、何でも言って」 「キスしてください……!」  ガバッと勢いよく上体を起こす。 「なんでやねん」  発情した妹の額に、冷えぴったんをびしっと貼りつつツッこんだ。 「はうっ……」  弱ってる妹はそのままベッドに、ぽてんと沈む。  案外たくましいのかもしれない。 「兄さんのケチンボさん……」 「相思相愛の兄妹なんですから、キスくらいいいじゃないですか……」 「いくら相思相愛でも兄妹でキスなんか」  ん? キス?  とくん、と微かに心臓が高鳴った。  あれ? 俺、今朝の夢で誰かと―― 「? 兄さんも少し顔赤いですよ?」 「もしかして兄さん、ようやく私とキスしたくなって――」 「なりません」  全部言い終わる前に否定した。 「残念です……」 「本気で残念がらないように」 「……いつか、兄さんと……絶対……キスしてみせます……」 「……私はその機会を……いつも虎視眈々と……狙っていますから……!」  呪われるような声で言われてちょっと怖い。  実は元気なのか? 「ううっ……。それにしても風邪を引いてしまうなんて……」 「大失態です……」 「夏風邪くらいで大げさだぞ」 「今はどうしても学園を休みたくないんです……」 「私、心配なんですよ……」 「七凪は成績いいから一日の遅れくらい平気だって」 「いえ、心配なのは兄さんです」  俺かよ。 「私が休んでる間に、兄さんが昨日話題になった美人と……」 「あんなことや!」  枕を抱いてかぶりを振る。 「さらには、あんなこととか!」  枕にぽすぽすと頭をぶつける。 「あまつさえ、あんなこととか!」  ごろごろとベッドを転がって悶える。 「兄さんの変態!」 「お前のが変態だよ!」  アンちゃん、色々と残念だよ。 「真鍋先輩、兄さんが噂の美人と接触したら――」 「即座に「この人はタイヘンなヘンタイです」と教えてくださいなう、か……」 「絶対に実行するなよ」 「えー、でも七凪からのお願いだしな~」  隣に座った計がにまにまと唇を猫口にしながら笑う。 「俺のお願いを優先してくれ」 「だけど、タクまじでエロいし~」 「な、何を言ってるんですか、真鍋さん」 「根拠のない誹謗中傷はやめてください」 「昨日、うら若き乙女の着替えをのぞいたじゃ~ん」  うりうりと肘でわき腹をつつかれる。  ううっ、そこをつかれるとツライ。 「わざとじゃないのに……もう勘弁してくれませんか、真鍋さん」 「勘弁してあげたいけど、タダじゃな~」 「昨日、コーヒー半分あげたじゃん」 「乙女の価値なめんなよ」 「ふー」  ぐっと近寄った計が、耳に息を吹きかけてきた。 「はぅんっっ?!」  ぞわぞわとした感触が?! 「ふふふ、タクの性感帯は全部お見通しなのだ!」  大声で乙女が言っていた。  他の乗客の皆さんがいっせいにざわっとなって俺達を見る。  すみません、全部このちょっとアレな幼馴染が悪いんです! 「お前、顔近いって」  逃げようとする。  が、計に壁際に追いやられて動けない。 「三咲さんとはイチャイチャできるのに、あたしとはできないのですか、沢渡さん」  肩にあごをのせてくる。 「な、何を言ってるのですか、真鍋さん。私はただ委員長としてですね、」 「ふー」 「うぐうっ?!」  面白がった計が、今度は首筋に息をかけてくる。  しかも計の胸が腕にぷにぷにと当たっていた。  やっぱりこいつ無防備すぎっ。 「計にセクハラされてる、なう!」  つぶやかずに叫んだ。 「よいではないかよいではないか」 「あ~れ~、って、計マジで近いから」  口とか触れそう。  あ、こいつの唇ちっせー。  とくん。  あ、あれ? 俺また―― 「ん? どうしたのタク」 「あー、いや何でもない」  今朝方見たちょっとエロめの夢を思い出したなどとは言えない。 「タク、何で顔赤いの?」 「今日は暑いからな」  ごまかす。  こいつは妙に勘がいいからおくびにも出さないように。 「何? ようやくあたしにトキめいた?」  超嬉しそうだった。 「HAHAHAHAHA!」  三咲流に笑ってみた。 「こいつ、マジムカつく~」 「ふー」 「耳はだめ! ノーッ!」 「ふー、ふー!」 「はわわ! み、耳はらめええぇぇぇぇぇぇっ!」  ざわ……ざわ……  乗客の皆さん、ごめんなさい!  幼馴染にイジられながら、俺は心の中で土下座した。  二十分後。 「うう、俺もうお婿にいけないかも……」  さんざん計に弄ばれた俺はげっそりとして、バスを降りる。 「その時は、あたしがタクもらってあげるよ」  一方、計はとても元気だった。  肌がつやつやしている。  それにしても台詞が完全に男女逆だ。 「七凪がいたら、マジ怒られてた……」  疲れていたが暑いので、とっとと校舎をめざす。 「七凪がいたら、さすがにできないよ。殺されちゃうから」 「あいつも計には懐いてるから、それはないだろ」 「んにゃ、タクが」 「俺っすか……」  男はつらい。 「あ、そだ。タク、教室先行ってて」  上履きに履き替えたところで、計が立ち止まる。 「ん? どうした?」 「部室に忘れ物。取ってくる」 「放課後でいいじゃん」 「今日一限で提出する古文のプリントだから、それは無理だぜ」 「真っ白なプリント出しても意味ない気が……」 「何を言ってるのですか、沢渡さん」 「お前のモノは俺のモノ、タクのプリントはあたしのプリントじゃないですか」  どっかのガキ大将かよ。 「また丸写しですか、真鍋さん」  嘆息する。  少しは自分でやらないとまたテストの時泣くハメになるのに。 「頭いい幼馴染いると、助かるな♪」 「一問につき、食券一枚」 「そ、それはめちゃめちゃ暴利ですよ、沢渡さん!」 「さっき、あたしにあんなエッチなサービスをさせたくせに……!」 「俺、全然頼んでないんですけど」  むしろ汚された気分なのに。 「とにかく取ってくるから後はまかせた!」  俺の返事も聞かずにダッシュで階段を駆け登る。 「あ、計、お前、スカート……」  注意しようと思ったら、もう踊り場を元気に飛び跳ねる計が視界に入った。  またパンツ見えた。  シャーベットピンク。 「どこが乙女なんだよ……」  心配になってくる。  今度は絶対に注意してやろうと心に誓いつつ、俺はその場を去る。  一人で早朝の廊下を歩く。  軽い既知感。昨日と同じ。 「昨日は、この後……」  三咲に会った。  思い出の少女と、うりふたつの子。  昨日は教室の扉を開けて、一瞬呼吸するのを忘れた。  それぐらい驚いた。 『キミがその味を好きになる頃――』 『また、会おう』  あんな夢を見た後だったから―― 「おはよう」  教室の扉を開ける。 「――え」  また俺は息をするのを忘れそうになる。  そこには、彼女がいたから。 「やあ、おはよう」  ずっと以前の記憶の再生ではなく、  今朝、俺が見た夢の少女が。 「キミはいつも早いんだな」  微笑する。  形のいい唇を上品に曲げて。  俺は夢の中で、あの唇に触れた。 「ん?」 「あ……」  俺はその時、ようやく気付く。 「どうした? 沢渡くん」  今朝、視たのが夢ではなく、未来だったのだと。 「顔が赤いぞ、そんなに外は暑いのか?」  未来は変えられない。  なら、あの未来視も実現する。 「沢渡くん?」  近い将来、三咲と俺は―― 「おい、沢渡くん――」 「三咲、おはよう」  何とか思考を無理矢理中断した。  現実にコネクトする。 「え? ああ、おはよう……」  きょとんとする三咲を尻目に、俺はカバンを机に置く。  で、すぐ出口に向かう。  今はちょっと距離を置こう。 「おいおい。ロクに私と会話もせずに出てくのか? ツレない男だな、キミは」  しかし、三咲はいたずらっ子のような笑顔を浮かべて寄ってくる。 「あ、いや、その……」  かあっと顔が熱くなる。  まともに三咲が見れなくなる。  く、意識するな俺。 「転校したばかりの女の子を邪険にするのは感心しないな」 「してないしてない」 「昨日はあんなに親切だったのに……。あ、もしかして彼女に何か言われたのか?」 「いないいない、そんなのいない!」  何故か思い切り否定してしまった。 「そんなに力む必要はないんだが……そうか、キミはフリーなのか。意外だな」  あごの下に親指と人差し指をあてて、ふむと考える。 「いや、俺そんなにモテないし」  て、何でよりにもよって三咲とこんな会話を?! 「キミなら喜んで私の友達を紹介できるんだが……あいにく皆県外なんだ」 「いきなり最初から遠距離恋愛というのも無理があるな……」  なにやら真剣に考え始めた三咲さん。 「そうだ、いい考えがあるぞ、沢渡くん」  にこにこ顔で、えへんと胸を張る。  可愛らしい仕草だった。  ――そんな風に思うと、また意識してしまう。 「私とキミが付き合えばいい。うん、これだな沢渡くん!」 「――?!」  こいついきなり核心を?!  いかん、めっちゃどきどきしてきた! 「――なんて言っても、沢渡くんは華麗にスルー……ん? おい、キミどうした?」 「顔が今すごく赤い――」 「ごめん! 俺ちょっとカワヤヘ!」  緊急離脱を敢行する。 「沢渡くん……?」 「……」  逃げるように屋上に。 「はぁ~~……」  心臓のあたりを押さえて、大きく息を吐いた。  ようやく少し落ち着く。  今のところ、三咲は特に俺を異性とは意識していないようだ。  だから、あんな軽口が叩けるのだろう。 「……」  で、俺はどうなんだろう?  ――意識してしまっている。  でも、それはとても不自然な気がした。  三咲は嫌いじゃないけど……。  将来彼女になるのが決まってるから、異性として意識するって。 「くそっ」 「まだ振り回す気かよ!」  ネットにけりを入れた。  八つ当たり。 『キミのその特別な能力にも、きっと存在する理由がある』 『それを探してほしい』 『キミの人生の師として、私はそれを切に願うよ』 「わかんないですよ、師匠」 「ていうか、師匠なんですから教えてくださいよ」  夏空に向かって文句を吐いた。  もちろん、誰も何も教えてなどくれなかった。  壊れる。  血が流れる。  居なくなる。  そんな負のイメージが混じりあって、頭の中で具体的な未来が描かれる。  でも、未来が視えても、僕は何もできなかった。  ――お母さん、お父さん、今日は出かけちゃダメ! 『おいおい、もう留守番が嫌って歳でもないだろう?』 『今日はどうしても外せない用事なの、ごめんね拓郎』  ――違う。わがままを言ってるんじゃないんだ! 『すぐに戻ってくるから……』  ――ダメ! 行かないで! お願いだから僕の視た未来を…… 『いい子にしててね、拓郎』  ――信じて! 「タクロー」 「信じて……」 「タクロー、起きて」 「――え?」  微かな震動に、俺は覚醒する。 「起きた?」  優しい笑み。  俺的女神様の南先輩が間近にいた。 「は、はい、すみません」  誰かのつるした風鈴の音がした。  ここは、部室。今は放課後。  知らない間に眠っていたらしい。 「タクロー、ひどい汗……」  南先輩は真っ白いハンカチを取り出すと、俺の顔を拭く。  石鹸のいい匂いがした。 「先輩、いいですよ。そこまでしなくても」 「遠慮しない」 「せっかくのキレイなハンカチが俺の汗臭くなって……」 「洗えばいいだけ。それに、」  はにかむように、また微笑して、 「タクローの汗なら、私は全然平気」 「はうっ!」  身悶える。 「? どうしたの?」 「俺の心、今わしづかみにされました!」 「わしわし」  片手をにぎにぎする先輩。  たまにするこういう童女のような仕草がまた愛らしい。  先輩大好き! あなたの下僕になって一生尽くしたい! そしてたまになじられたい! (暑さで思考が残念になっている) 「はい」  俺がアレな妄想にひたっていると、先輩は目の前に俺のマグカップを置く。 「麦茶。冷えてる」 「え? そんなの購買に売ってるんですか?」 「水筒持ってきてる。保冷機能あり」  なるほど。 「どうぞ」  勧められる。 「粗茶ですが」 「いただきます」  手にとって、ありがたく喉を潤した。  うめー!  これたぶん高級品だぞ。 「結構なお手前で」  うやうやしく頭を垂れる。 「ふふ」 「涼しくなった?」 「ええ」 「部室来たら、タクロー寝ててうなされてたから」 「驚いた」 「あの……俺、何か言ってました?」 「ん」  こくんと首肯する。 「えー、変なこと言ってませんでした?」  焦る。 「言ってない」  ふるふると首を振る。 「僕の視た……って、後半は聞き取れなかった」  良かった。  ぎりぎりで危ないところは聞かれずに済んだ。 「あと、信じてって」 「タクロー、すごく必死だった」 「お恥ずかしいところを」  苦笑しつつ後ろ頭をかいた。 「子供の頃の夢?」 「ですね」 「信じてもらえなかったの?」 「ですねぇ」  同じ言葉を繰り返す。 「タクロー、その夢に」 「はい」 「私がいたら絶対信じてたよ」 「ぐはっ?!」  頭を両手で抱えて、身震いする。 「? 何?」 「俺の心、またわしづかみにされました!」 「わしわし」  破顔して、また例の仕草。  ああ! 南先輩は俺の大天使様やで! 「タクロー、今は楽しい?」 「――え?」  唐突に聞かれる。 「は、はい」 「南先輩のおかげで、毎日楽しいです」 「ありがとうございます」  この学園に入学して、しばらく俺には居場所がなかった。  先輩はそんな俺に、ここに居ていいと言ってくれた。 「タクロー、それは違う」  またふるふると首を振る。 「感謝しているのは、私」 「タクローが皆を集めてくれた」 「私一人だったら、たぶんここ終わってたと思う」 「そんなことないですよ」 「でも、私はここの生徒には嫌われてるから」 「そいつらは皆、アホですよ!」  憤慨して言い切った。 「……」 「くす」 「な、なんですか?」 「タクローが、まるで自分のことのように怒るから」 「だって、腹立ちますもん」 「ふふ」 「私から、タクローに最大級の感謝を」  と言ってお茶のおかわりをくれた。 「いただきます」  また感謝しつついただく。 「粗茶ですが」 「これ結構高級っぽいと思うんですけど」 「そう?」 「たぶん」 「タクローが、去年好きって言ったから同じのにしただけ」  え? 「よく覚えてますね」 「当然」  目を細める。  そして、小さくピースサイン。  ――無口で無表情。  ――下々の者とは口も利かないお高くとまったお嬢様。  どこのどいつがこの人をそんな風に言っているのか。  こんなにも、優しく、人を気遣える人を俺は他に知らない。 「それはともかく、タクロー」 「え? はい」  先輩は俺のすぐそばにやってくる。  至近距離。 「タクロー」 「あ……」  何の前ぶれもなく、抱きしめられた。 「久し振りだから油断してた?」 「油断ていうか」  今、色々と色々なトコが大変なことになってるんですけど。 「タクローが、皆を連れてきてくれて放送部は何とか維持できてる」 「……」 「皆、優しいし、いい子ばかり」 「私なんかを先輩と呼んで、仲良くしてくれている」 「南先輩なら、誰でも好きになりますって」  実際、皆、南先輩をとても慕っている。 「でも、たまに思う」 「タクローと二人きりだった頃の部活も、悪くなかった」 「俺、全然役に立ってませんでしたけど」 「そんなことない」 「サポートしてくれた」 「そうかなあ」  思い出す。  技術的なことを何も知らなかった俺は、毎日先輩の脚を引っ張ってただけだったような。 「やっぱりできてなかったです」  逆にサポートされまくっていた。 「精神的にサポートしてくれた」 「いっしょにおしゃべりしたり、ご飯食べたり」 「それだけで、私は随分救われた」 「あんなんで良ければ、いつでも」  ていうか先輩、俺そろそろヤバイです。  狼になりそうです。  ならないけど絶対先輩を傷つけたくないから死んでもならないけどでも理性ヤバイです。 「あ」  先輩の声がちょっと色っぽくなった。 「ど、どうかしたでございますか?」  激しく動揺する。 「拓郎、動くからくすぐったい」 「呼吸、激しすぎる」  すみません息を荒くしてすみません。 「じ、じゃあ、先輩そろそろ放して……」 「ん……」  しばし考え中。  で。 「もうちょっと我慢する」  えー?!  このままなんすか?! 「いい子、いい子……」  まるで母のように頭を撫でられた。  もってくれ、俺の理性!  必死でたぎってくるモノを精神力で押さえつける。  放課後、久し振りの先輩と二人きりの部活は天国で地獄だった。 「よう」 「おう」  部室から昇降口へ向かう途中、修二とはちあわせた。 「帰るのか?」 「ああ、先輩も先に帰ったし一人で居てもつまらん」 「先輩もういないのか、じゃあ俺も帰るか」  俺の肩をつかんで、くるっと踵を返す。 「どうせなら、もっと早く顔出しに来いよ」 「わりい、バスケ部の助っ人でな」 「公式戦はまだ先だろ」 「ああ、練習試合だ」  練習試合で助っ人って意味あんのか。 「あーあ、あの様子じゃあ、公式戦一回戦で負けだな」  面白くなさそうに嘆息した。 「何だ、負けたのか?」 「勝ったさ、俺が出てんだぜ」  ドヤ顔で言う。 「でも、相手もベストメンバーじゃなかったんだよなー」 「お前一人加わったくらいじゃ無理ってことか」  団体競技だもんな。 「ああ、そうだ。お前も公式に助っ人で出てくれないかってよ」 「出ないし」 「ひとつ出たら、他の部の助っ人も断りづらくなるだろ?」 「ああ、そうか」 「なら、俺もやめるか」 「約束したんなら、次の公式戦だけは出てやれよ」 「何かすげー、めんどーになってきたぜ……」  昇降口を抜けて、校庭に出る。  微かに頬をかすめる夕風が心地よい。 「ち、何で食券なんかで釣られちまったかなー」  隣で修二がまだぶつぶつ文句を言う。  暑苦しいヤツだな。 「お前、メシ食いすぎなんだよ。文化部のくせに」 「つーか、俺達が放送部なのがおかしくね?」 「筋肉馬鹿のお前はともかく、俺はおかしくないぞ」 「誰が筋肉馬鹿だっ!」  フックが飛んでくる。  軽く手のひらで受け止めた。 「ほら見ろ、俺と互角に渡り合えるヤツなんか、この学園じゃお前だけだぞ?」 「俺も今じゃ大人しいが……こう見えても二年くらい前はかなり悪かったんだぜ……」 「顔なら今でも……あ、ごめん」  そっと目をそむけた。 「顔が悪いんじゃねーよ! 失礼だなお前はっ!」  今度はストレート。  それも、かわした。 「ち、また引き分けか」  嬉しそうに笑って、肩を抱いてくる。 「くっついてくんなよ、暑いっての」 「んだよ、親友だろ?」 「……………………え?」 「てめえ、意外そうな顔してんじゃねぇよ!」 「さすがに泣くぞっ?!」  本当に昔悪かったのかよ。 「わかったよ、自称俺の親友」 「自称かよ!」  すでに涙目になっていた。  修二はイジるとやっぱり面白いなあ。 「冗談だよ、修ちゃん」 「畜生、いつか七凪ちゃんに言いつけてやる……」  意外に女々しいヤツだった。 「わかったわかった。帰り何かおごってやるから」 「拓郎、お前のためならいつでも死ねるぜ……」 「だから、もっと命は大切にしてくれ」  こいつとはこんな会話ばっかりだ。 「ん? おい拓郎」  修二の声に、視線の先を追う。 「……」  常緑樹の少し先。  バックネットの隅に三咲が立っていた。  肩を落として。 「どうしたんだ? あんなトコに突っ立って」 「部活見学……って感じじゃないな」  気になる。  あの元気な三咲が、あんなに背を丸めて。  でも。 「知らねえ仲じゃねぇし、拓郎、声かけてくっか」 「――え? あ、ああ」  いかん。意識するな。  あの未来視はなかったものとして行動しろ。  それが一番自然なハズだ。 「行こう」  俺は三咲の方へと足を向ける。 「おう」 「三咲」  背中に声を投げる。 「……」  でも、当の本人は気付かない。  あいかわらず、しょんぼりとその場でうつむいている。 「よう、暗いぞ転校生!」  続いて修二も声をかけた。 「……」  でも、三咲はあいかわらず反応しなかった。 「心ここにあらずって感じだな……」 「修二、昨日みたいに何かくだらないネタ言って三咲の注意を引いてくれ」 「くだらなくねーよ! ハイセンスだろうがっ!」  ?!  こいつ猫が寝込んだとか言ってたくせに……。  軽くショックを受けた。 「……わかったよ、今はお前のハイセンスが求められている場面なんだ」 「この重苦しい空気を変えてくれ」 「よし、わかった……俺の渾身のネタを見せてやるぜ……」  何故かファイティングポーズをとる。  意味があるのかツッコミたかったが、敢えてスルーした。 %48「電話には出んわ!」%0  修二は叫んでいた。  そして俺はorz。  ハイセンスすぎて俺にはわからない。 「あはははは!」  でも、効果はあった。 「誰だそんな……あ、キミ達か」 「もう帰るのか?」 「ああ、まあな」 「そっちは? 部活決まった?」 「あ……。ま、まあ……」  言葉を濁す。  またちょっと沈んだ感じになる。 「見学したんだろう?」 「いや……」  ん? 「してないのか?」 「断られた……」 「え? そんな……」 「沢渡くんの言った通り、二年がこの時期にクラブに入るのは今まで前例がないらしい」 「この時期は大会も近くて忙しい。どの部にもやんわりと断られてしまったよ」  苦笑ぎみに話す。 「マジかよ? そりゃひでぇな」 「何なら、俺も行って話つけて来ようか?」  何だか腹が立ってきた。  俺も三咲のようにのけ者にされていた時期があったから。  他人事とは思えない。 「おう! 俺と拓郎が行けばたいていのヤツらはビビって言う事聞くぜ?!」 「お前の顔は反則なくらい怖いからな」 「誰の顔が禁じ手扱いだっ! 沢渡いぃぃっ!」  修二と楽しくじゃれ合う。 「あ、いや、待ってくれ」 「気持ちは嬉しいが、事を荒立てたくはない」 「いや、修二が言ったのは冗談なんで」 「ちゃんと普通に話すから心配しなくてもいいよ」  言いつつ修二に、じゃれあいのアッパーカットを。 「お前、今のパンチマジだろ?! いてぇよ!」 「三咲に迷惑かけないように話すからさ」  修二の抗議を黙殺しつつ会話を続ける。 「ありがとう。でも、いいんだ。よく考えればわかることだった」 「初心者の二年生など、この時期に入ってもやっぱりお荷物なだけだ……」 「三咲、お前今まで何もやってなかったのか?」 「ああ、残念ながらな」 「三咲、運動神経は良さそうなのにな」  今まで何もやってなかったのが意外だ。 「仕方ないんだ。私は今まで転校ばかりだったんだ」 「長くても三ヶ月、ひどい時は二週間で転校した」 「二週間?! そりゃ短いな」  確かにそれじゃあ部活なんて入れないな。 「やっと、ここで落ち着けることになったんだが……こんな渡り鳥だった私では、なかなか受け入れてもらえないようだ」 「仕方ない、ここは諦めて帰宅部に入部するとしよう」 「毎日、家で動画サイトか某巨大掲示板でも眺めているさ……」  三咲が負のオーラをまといつつ、膝を抱えて座る。  目に見えて落ち込んでしまった。 「……ふう」  一度だけ嘆息した。  これはやっぱり未来というヤツの意思なのだろうか。  そうだとしたら、ちょっとムカつく。  普段の俺なら、逆らいたくなるところだ。  でも。 「三咲、あのさ」  こんな三咲を放ってなどおけるはずもない。  三咲、俺は――  キミとの未来をあえて無視することにする。 「ん?」  顔をあげた三咲に俺は言った。 「良かったら、俺達の部に入らない?」  そんなこんなで、次の日の朝。  全員集合の号令の下、我が親愛なる仲間達が部室に集う。 「そんなわけで、南先輩、三咲の入部を認めて欲しいんですが……」  部長の前に手を合わせてお願いする。 「二年の三咲です! こんな時期で申しわけありませんが、是非――」 「んー……」  ちらっと皆を見る先輩。  すぐに先輩の考えがわかった。  俺はイスから立ち上がる。 「皆の衆! 聞いてくれ!」 「我が放送部部長様は皆の意見も聞きたいそうだ!」 「ん」  こくこくと首肯する部長様。 「本来ならば部長の独断で決めても良いことなのに、我々下賤の者の声までわざわざ聞いてくださるというのだ!」 「ゆめゆめ、その事を忘れぬように!」 「どうして、兄さんは南先輩相手だとそんなに低姿勢なんですか?!」 「いや~、ナナギー、タク、昔から年上には弱いから」 「なっ?! 聞いてませんよ兄さん、この野郎!」  病み上がりの割りに元気な妹が、朝から俺を責め立てる。 「はいはい、そこのキュートな妹さん、ご着席くださいっ」 「そ、そんなこと言ったって、ごまかされませんっ」 「座りますけど!」 「座んのかよ?!」 「タク、七凪の扱い上手いよね……」 「タクロー、女殺し……」 「うおー、こ・ろ・さ・れ・る~」  計がぐにゃーと背もたれに体重を預ける。  早くも脱線の気配が濃厚だ。  早急に立て直さなくては! 「と・に・か・く!」  ぱんぱんと手を叩く。 「ちゃんと空気を読んで、真面目な意見を言うように! はい、真鍋さんから!」 「え? あたしからなの?」 「イエス!」 「まだ面白い事思いついてないのにー」 「ウケは狙わなくていいのっ!」  いきなり空気読んでないよ、この子。 「じゃあ、隣は修二だから……抜かして七凪!」 「はい、私は――」 「ちょっと待って七凪ちゃん! おいコラ! 拓郎!」 「はぁ、何だよ、修ちゃん……」  大きく息を吐いて、仕方なく返事する。 「俺の意見も聞けよ!」 「いや、だから真面目な意見が欲しいんだよ?」 「修ちゃんは存在自体が冗談みたいなモンじゃん?」 「本人に同意求めてるんじゃねー!」  朝からじゃれあう。  割とガチで。 「兄さん、加勢します」  七凪が例の四次元ポシェットを取り出す。 「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」 「わくわく……」  楽しそうに計と先輩がポシェットを覗き込む。  出てきたモノは――血痕のついた大きなカナヅチだった。 「じゃーん! どこでもハンマ~」 「ぱちぱちぱち」 「七凪、いきます!」  立ち上がる妹さん。 「ちょっと待って、七凪ちゃん!」 「何ですか?」 「それ、何だよ!」  七凪の手にした凶悪な武具を指差す。 「どこでもハンマー、です」 「これさえあれば、どんな敵からでも兄を守れるとっても便利なアイテムです」 「要は凶器でしょっ?! ハンマーでしょ?!」 「どこでもハンマー、です」 「どこでも、ってつけたら何持ち歩いてもいいと思ってない?!」  的確なツッコミである。 「さよなら、修ちゃん……。お前いいヤツだったよ……」  潤んだ目で親友の肩を叩く。 「俺が殺られる前提で話すんじゃねー! ていうか兄なら止めろよ!」  修二も涙目だった。  別の意味で。 「な、なんて、まとまりのない部なんだ……」  そして入部希望者は驚いていた。  あ、いかん。つい、いつものノリで遊んでしまった。  真面目にやらねば。 「わかった、俺が悪かった修二」 「お前の意見を聞かせてくれ」  軌道修正する。 「おう、まず俺は思うんだが……三咲が入ると女子率がまた高くなるな……」 「そうだな。でも、それは別に悪いことじゃないだろう?」 「だが、そうすると拓郎、また妙な噂が立っちまうかもしれないぜ?」  あー、それか。 「二年の沢渡は、放送部で女子に囲まれて王様きどりだってよ……」 「え? タク、そんなこと言われてたの?」  計が驚く。 「ん……」  ちょっと眉根を寄せつつも、先輩が肯定する。 「兄さんは目立つ生徒ですし、元々女子に人気がありましたから」 「心無い愚かでアホで女子に不人気な一部の男子学生にやっかまれているんです」 「実際はただのパシリ要員なのにねー」  けらけらと計が笑う。 「ちょっ?! あなたは俺をそんな風に見ていたのですか、真鍋さん!」  知りたくなかった真実である。 「うん!」  肯定ですかそうですか。 「……」  朝からブルーな気持ちになる俺。 「でも、どうしてタクだけなんだろ? 神戸もウチの部員じゃん」 「確かに……」  先輩と計が顔を見合わせる。 「そんなの決まってるじゃないですか」 「神戸先輩はどんな環境にいようと、モテそうに見えないからです」 「七凪ちゃん、せめてもっとオブラートに包んで言って!」 「これでも、めいっぱい包んでますけど?」  こともなげに。 「ちくしょう! 青春のバッカヤロー!」  叫んでいた。  青春関係ない。 「こんなに内容の進展しない話合いは初めてだ……」  入部希望者は呆れていた。  ていうか話し合いになってない。 「あー、ごめん」 「たまに下らないこと言うヤツらがいるのは俺も知ってる」 「でも、そんな理由で三咲を入部させないなんておかしい」 「俺はちっとも気にしない。だから、三咲を快く受け入れてほしい。頼む」  皆に頭を下げた。 「さ、沢渡くん……」 「あたしは元々賛成だしいいよ」 「兄さんの意見は私の意見ですから」 「タクローに同意」  女子部員全員の賛同を得た。  あとは―― 「――拓郎……」 「拓郎っっ! てめぇっっ……!」  興奮した修二が立ち上がって、俺の胸倉をつかんだ。 「な、何だよ?」  反対なのか? 「てめぇって、ヤツは……」 「何て、何て、いいヤツ、なんだっ……!」  感涙していた。 「まぎらわしいんだよ、お前は!」  このナチュラル天然ボーイめ。 「サイコーだぜっ! ダチ公!」  抱きつかれた。 「暑いだろうが」  顔を押して引き離す。 「何だよ、仲良くしようぜっ!」  でもまだまとわりついてくる。 「仲良きことは美しきこと哉……」 「BでLだ~。ひゃっほー!」 「神戸先輩……兄……寝取られる……絶対……させない……いっそ……今夜……」  女子三人が三者三様の反応を見せた。  七凪が今夜、何をするのかとても気になったが今はスルーする。 「三咲」  顔を見る。  そして、もう入部希望者ではない彼女に言った。 「ようこそ! 放送部へ!」 「部活でもよろしく!」 「よろしくお願いします、三咲先輩」 「不束者ですが」 「楽しくやろうぜ!」 「あ……」  三咲は一瞬だけ息を飲み、 「あ、ありがとう……」 「いや、ありがとうございます……!」  何度も俺達に頭を下げた。 「何だよ、何も泣くほどのことじゃないだろ?」  ちょっと茶化し気味に肩を叩く。 「な、泣いてなんかいないっ!」 「私は感動すると目から汁が出るんだ!」 「どんな体質だよ……」  意地っぱり娘め。  ともかく、今日から新生放送部のスタートである。  めでたい! 「よし! 皆、近いうちに三咲の歓迎会をやるぞ!」 「お~っ!」  計のテンションが上がる。 「部室で」 「ここかよ……」  そしてもう下がりだす。 「まあ、金ねーししゃーねーな」 「購買でお菓子でも買ってやりましょう」 「それくらいが落としどころか」 「え~っ、せめてコンビニくらいで買おうよ~」  計が唇を尖らせる。 「真鍋さん、そうは言ってもですね……」  つんつん  ん?  振り返ると、南先輩が俺の肩をつついていた。 「タクロー」 「はい」  振り返って、直立不動の姿勢になる。 「ここは先輩にまかせなさい」  え? 「でも、先輩一人にそんな」 「大丈夫」 「私を信じて、タクロー」  そっと俺の手を取って、ぎゅっと握られた。 「わかりました!」  すぐに了承。  先輩には超従順な俺。 「何も聞かずに判断したよ、この男!」 「く……、南先輩じゃなかったら、折檻モノですよ、兄さん……!」 「わ、私も協力します!」 「それは……ダメ」  ふるふると首を横に。 「え? で、ですが」 「あー、三咲」  先輩の考えを察した俺が割って入る。 「放送部部長様は、主賓である三咲が準備に加わることを良しとしていないのだ!」 「ん」  こくこくと頷く。 「今回はきっちりもてなされる立場で居て欲しい、とこうお考えなのだよ! そこを理解してくれ」 「そうですよね、部長!」 「ん!」  ぐっと親指を立てる先輩。 「タクロー、ぐっじょぶ」  お褒めの言葉をちょうだいした。 「とんでもございませんっ!」  ただただ恐縮しまくる。 「準備が出来たら、連絡する」 「こうご期待」  先輩が微笑する。  それは勝利の微笑みである(俺的には)。 「あざーす!」  90度の角度で礼をする。 「ここは……あそこまで的確に上の考えを読まないといけないのか?」 「思ってたより、上下関係の厳しい部なんだな……」 「いや、タクが特別なんだと思うよ?」 「兄さん……取られる……やっぱり……今夜……」  微かに聞こえる七凪の独白が超気になる。  ともあれ。  俺達に新しい仲間が加わった。  会議が終わって俺達はいったん解散した。  三咲達は教室に戻ったが、俺は職員室に向かっていた。  途中で小豆ちゃんに捕まったのだ。 「で、俺に用って何ですか?」  視線を隣の小さき人に移す。 「誰が小さき人かっ!」 「え? 何でわかるんすか?!」  今は絶対、口に出してないぞ。 「わかるんだよ! この小豆センサーにぴぴっと来るんだよ!」  髪のはねてるところを指差して自慢げに話す。 「それ、ただの寝癖じゃないですか」 「寝癖ちゃうわ! 失礼だなキミは!」 「今すぐ職員室に来いやあっ!」 「だから、今からいっしょに行くじゃないですか」 「ああ、そっか」 「なら、いいや」  いいんすか。  小豆ちゃんは怒りっぽいがあっさりとした性格なのである。 「委員長の沢渡くんにお願いしたいことがあるからさ」 「はあ」  気のない返事を返す。 「転校生の面倒を見てあげてほしいんだよね~」  へ? 「それなら、もう俺みてるつもりなんですけど……」  隣のコロポックルを見る。 「誰が伝承上の生物か!」  うおっ、すげえ。また読まれた。  本当にセンサーなのか? 「何言ってんの? 沢渡くん初めてなんだからそんなわけないじゃん」 「いや、でも」 「はいはい、紹介するから入って」  小豆ちゃんは勢いよく扉を開けると、てこてこと自分の席へ。  そこには、確かに見知らぬ少女がいた。  二人も。 「おはよう、沢渡くん」  ここの学園の制服を来た眼鏡少女(仮に少女Aとする)は気さくに俺に話しかけてきた。 「え……沢渡?」  一方、見知らぬ制服を着たおしゃれ系少女(仮に少女Bとする)は俺を見るなり驚いていた。 「マジで転校生だったんですか?」  三咲が来てまだ数日しか経ってないというのに。 「まあねー」  メンドーそうに小豆ちゃんがため息を吐く。 「元々、ウチのクラスって生徒少なかったじゃん? だから、学園長のハゲが――」 「まとめてお前んトコで、面倒みろや、ごらあああぁぁっ! ――って言うんだよ!」 「ひどい話だよね、沢渡くん」  小豆ちゃんぶっちゃけすぎ。 「先生、さすがに職員室で学園長の悪口はやめたほうが……」  あとで叱られちゃうぞ。 「え? 大丈夫だよ~。だってあのハゲは今頃、学園長室に――」  すると、小豆ちゃんの声を遮るようにスピーカーが鳴る。 『お知らせします。鬼藤先生、鬼藤先生、学園長がお呼びです。お説教するそうです。至急学園長室までお越しください』 「あいつ、エスパーかよっ?!」  驚愕していた。 『繰り返しお知らせします。鬼藤先生、鬼藤先生、学園長がお呼びです。至急学園長室までお越しください』 『お急ぎください。今から一秒遅れるごとに、賞与が500円ずつ仕分けの対象になります』 「な、なんだって――っ?!」  今は教師も大変なんだな……。  俺はそっと目頭を押さえる。 『カウント入ります。マイナス500円、マイナス1000円、マイナス1500円、マイナス2000円……』  みるみる内に小豆ちゃんのボーナスが削られていく。 「ぬ、ぬおおおおおっ! 減らされてたまるかああぁぁぁぁっ!」  ダッシュで出口へと向かう。 「あっ、ちょっと! 小豆ちゃん、転校生とホームルームは?!」 「沢渡くん! キミならできるよ!」  そんな爽やかな笑みで、責任逃れを?! 「世の中銭やで! ボーナス、カンバーック!」  気持ちいいくらい本音をさらして、小さき人は飛び出していった。  しょうがないなあ。 「あー、その、何かバタバタしてごめんね」  とりあえず二人をフォローせねば。 「ふふ、鬼藤先生あいかわらずだね、沢渡くん」  少女Aさんは初対面にもかかわらず、非常に話しやすい感じの人だ。  ていうか。 「ごめん、そういえば何で俺の名字、最初っから知ってるの?」 「え? どうしてって……」  A子さんが目を見開く。 「知らないはずないよ~。やだな~」 「でも、初対面なのに……」 「えっ?」 「えっ?」  何だ? 話がかみ合わないぞ。 「そ、それ、本気で言ってないよね……?」 「でも、転校生なんでしょ?」 「違うよ! 転校生はこっちの田中さんだけだよ!」  涙目で隣を示す。  は?  「ういっす、転校生の田中でーす♪」  隣の少女Bさんがほがらかに笑う。 「私は元々、沢渡くんのクラスメイトでしょ?!」 「な、なんだって――っ?!」  今度は俺が驚愕した。  そんな馬鹿な。  全然記憶にないんだけど?! 「また、そんなご冗談を……」  苦笑しながら、片手をひらひらさせた。 「冗談じゃないよ! 四月からクラスメイトの御幸祥子! しかも私副委員長!」  えー。  次々と語られる衝撃の真実。 「そーいう設定はもっと早く提示してよ!」 「おいおい設定とか言っちゃダメだろ?」  いつもなら俺がするツッコミを転校生が代わってくれた。 「うう……私ちゃんと、早くからいたのに……」 「え? そ、そうだっけ?」 「思い出してみてよ! ほら、沢渡くんが三咲さんと学食行った時――」 「地味すぎるよっ!」  気付くかこんなん。 「あーっ! 気にしてること言った~!」  さめざめと泣く祥子さん。 「あー、泣ーかしたー、泣ーかしたー」 「女の子忘れちゃうなんて、サイテー」  転校生に責められる。 「うう、ごめん、もう忘れないようにするから」  でも、この子本当に地味だしなぁ。 「本当にもう忘れない?」 「ん?」  田中さんは俺に近寄ると、ぐっと顔をのぞいてくる。 「女の子のこと、もう忘れない?」 「そ、そうしたいとは思ってる」 「ふーん、じゃあさ」  人懐っこい笑顔を浮かべながら、 「今度は私を思い出してみなよ」  ――え? 「久し振りだな!」  どこか懐かしい声で、彼女は言った。 「サ・ワ・タ・リ、タ・ク・ロー♪」 「流々!」 「計!」 「ひしっ!」 「何、その小芝居」  教室に着くなり、計と俺のもう一人の幼馴染は強く抱き合う。 「小芝居言うな!」 「そうそう! せっかくの感動の再会に水を差さないでよ、タク」  ダブル幼馴染にジト目を向けられた。 「どこからどう見ても小芝居だろう……」  口でひしっとか言ってたくせに。 「わかったよ、タク、お前寂しかったんだな……」 「はっ?」 「初恋相手の私が黙って引っ越したから、それがトラウマになって……」  勝手にまたそんな設定を。 「だから、世を拗ねて、前髪そんなにのばして……」  前髪関係ねー。 「ほら、お前ともひしってやってやんよ~♪」 「いらんっ!」  寄って来るのをしっしっと遠ざける。 「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」  それでも抱きついてきて髪をぐちゃぐちゃにしてくる。 「ムツ○ロウかよ!」  せめて人間扱いを要求したい。  俺の素敵ヘアーがひどいことに。  あいかわらず迷惑な女だ。 「おい拓郎、何だそのハイテンションな女は?」 「違う制服を着ているが……」 「ああ、こいつは……」 「こんちはー、転校生の田中流々でーす♪ 計とタクの幼馴染やってました~」  俺が言う前に流々がさくっと自己紹介を済ます。  誰に対しても物怖じしないのは変わってないな。 「私は三咲爽花だ。よろしく頼む」 「よろしく、三咲さん。おー、美人さんだねぇ」  と言ってにまにま笑ってにじり寄る。 「え? いや、そんな事は……え? どうして、そんなに――」 「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」 「なっ?! わっ、ちょっ?! や、やめ、うわあああああっ!」  流々に抱きつかれた三咲は身体中を撫で回されていた。 「これはまた激しいな……」  めっちゃ触ってる。  女の子同士じゃなかったらセクハラ……いや女の子同士でもセクハラか。 「あー、流々、三咲さんのこと気にいっちゃったんだね」 「おう! ヨメにする!」 「ヨメ?!」  あの三咲が激しく動揺していた。 「そっちのヤクザ顔もよろしくな!」 「ヤクザ顔じゃねぇよ! 失礼な女だな!」  いきなりウィークポイントをつかれた修ちゃんは涙目だった。 「お前、転校生なんだからもっとそれらしい行動をとれよ……」  教室入って5分くらいしか経ってないのになじみすぎだ。 「えー」 「転校生らしいって、どんなだよタクボン」  誰がタクボンか。 「いや、転校生にはさ、転校生に求められるモノがあるじゃん?」 「ユーザー様的に」 「ユーザー様言っちゃダメだろ?! お前も結構フリーダムだな!」 「やっぱ、転校生はさ、ちょっと不安げにもじもじしつつ……」  流々のツッコミをスルーして説明に入る俺。 「自己紹介の時、黒板の前でうつむきつつ、頬を染めて……」 「て、転校生の、た、田中流々と申します……よ、よろしくお願いしましゅ……」 「やん、噛んじゃった、恥ずかしいよぉ……!!」  俺は熱をこめて理想の転校生のあり方を説明する。  熱演する!  ユーザー様のために!  神のために! 『……』  でも、俺の熱意は皆に伝わらなかった。  ていうか空気が重くなってきましたよ? 「……タク」 「な、何?」 「とりあえず裏声がキモい」 「計と同じこと言うなよ!」  どうして俺の幼馴染はみんな優しくないのだろう。 「……もしかして沢渡くんは、私にも同じものを求めていたのか?」 「割と」 「そ、そうか……」  苦笑しつつ何故か俺から距離をとる三咲さん。  もしかしたら、俺は今大切な何かを失ったのかもしれない。 「拓郎はあいかわらず小芝居好きだな~」 「そうそう、ちょっと引くよねー」 「お前達だって喜んでやってるじゃねーか!」  くそ、どうしてこんなにアウェーなんだ。 「前髪のばしてるから、そうなるんだよ」 「前髪関係ねぇよ!」 「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」 「やめて! 髪いじるのやめて!」  面倒なヤツが転入してきてしまった。 「……ううっ」 「……マイ、ガッ! ユー、ファッキン! マイ、ガッ! ファッキン!」  すんすん鼻を鳴らしながら小豆ちゃんが、教室に入ってくる。  物騒なことを言いながら。 「あ、小豆ちゃん? どうしたんですか?」 「……マイナスやで、しゃわたりくん……」 「は?」 「私のボーナス、マイナス10マソやで、しゃわたりくんっっ!」  うわあっ……。 「わ、私のスイス銀行の口座がまたゼロに……! ガッデム!」  教卓につっぷしてさめざめと泣く小豆ちゃん。  不憫だ。  始業のチャイムが鳴り響く。  学生達は全員、それぞれの席に着いた。  しかし、小豆ちゃんがあれではホームルームが始められない。 「あー、小豆ちゃん、元気出して」  立ち上がって教卓のそばへ。 「うう……沢渡くん、私、とてもホームルームやる元気ない……」  ひしっと腰にしがみついてくる。 「……わかりました」  嘆息しつつ小豆ちゃんの頭を撫でてやる。  まるで小さな娘を持った気分になってくる。 「えー、そんなわけで、今日は俺が司会をします」  教室全体から、「はーい!」という返事が返ってきた。  ウチのクラスメイト達は出来たヤツばっかりで助かる。 「じゃあ、俺がやりますから、小豆ちゃんは俺の席で休んでてください」 「うう……、ありがとう沢渡くん。めっちゃすっきやで……!」  なんだかなぁ。 「すげー、ここまるでタクのクラスじゃん」 「そんなのはごめんこうむる」  偽りない俺の本音だ。 「いいから、とっとと自己紹介してくれ」  投げやり気味に言う。 「て、転校生の、た、田中流々と申します……よ、よろしくお願いしましゅ……」 「再現しなくてもいいです、田中さん……」 「手伝ってくれて、感謝やで、沢渡くん!」 「いえ、間に合ってよかったです」  放課後、小豆ちゃんといっしょに放送部に関する資料作りをやっていた。  本来は顧問だけで作るべきものだが、小豆ちゃんだけでは大変そうなのでつい手を貸してしまった。 「これからも色々と私の手足となって、下僕のように働いてね!」 「それを超いい笑顔で言える小豆ちゃんに、俺は尊敬の念すら抱きます」 「照れるぜ~」  皮肉が通じなかった。  まあ、それが小豆ちゃんらしさではある。 「じゃあ、俺はこれで」 「うん、ばいばーい!」  お互いぶんぶんと手を振って別れる。  完全に友達感覚。  そして、それも小豆ちゃんならいいかと思ってしまう。  さて、これからどうするか。  部室に行くか、もう帰ってしまうか。  歩きながら、しばし考える。 「帰るか……」  三咲の歓迎会の準備で先輩は来ないらしいし、修二は今日もバスケ部の助っ人だし。  今日は流々のせいで疲れた。帰ろう。  そうと決まれば、さっさとカバンを回収だ。 「あ、来た来た♪」 「待ってたぜ、タク」 「えー……」  俺は顔に縦線を入れながら、がっくりと頭をたれる。 「何だよ、どうして私達見て、いきなり嫌そうなんだよ!」 「ひっどーい」 「いや、二人を見て嫌そうにしたんじゃない」 「主に流々を見て……」 「もっとひどっ?! ていうか、そこは敢えて黙っとけよ!」  転校生が憤慨する。 「そっか。ならいいや♪」  でも計のご機嫌は回復した。 「よくないよ! 計もひどいな!」  しかし、転校生はさらに憤慨する。 「お前達、女子二人で旧交を温めればいいじゃん」  何故俺を待っているのか。 「えー、何を言ってるのですか沢渡さん」 「あたし達は、みんな幼馴染ーズじゃないですか」  そんなかっちょ悪いチームを組んだ覚えはない。 「タク、センターだぜ?」  脱退したいなぁ。 「ナナギーにも会いたいしさ、いいだろ、タク!」  そうか七凪も幼馴染ーズではあるな。  あいつは身体弱くてそんなに遊んでなかったけど。 「じゃあ、七凪呼び出してファミレスでも行くか」  あいつが夕飯作る前に連絡しないと。 「あいや、しばし待たれい、沢渡さん」  俺がケータイを取り出しかけたところを計が止める。 「え? 何で?」 「今日はお泊り会だから」  は? 「誰が泊まるって?」 「あたしと流々が」 「いつ?」 「ちょうど週末だし、今晩と明日」 「誰の家に?」 「ユアホーム!」  びしっと人差し指を鼻先につきつけられる。 「マイ、ガッ!」  思わず小豆ちゃんのように怒りを表現する俺。 「キ、キミ達、《 にょし 》女《 ょう》人二人が我が家を訪れると申されるのですか?!」  人差し指と中指で二人をさす。 「《 にょし 》女《 ょう》人言うな」 「何も問題ないじゃん?」  何を言うかこの娘さん達は。  計と流々、二人を連れて帰ろうものなら―― 「兄さん、私達の愛の巣に女二人連れ込むとはどういう了見ですかこの野郎」  絶対こうなるのは読めていた。  未来視を使わなくても読める!  俺がまたナナギーに怒られてしまう! 晩飯抜きにされる! いや二人だから明日の朝飯もか?! 「では、はりきって沢渡さん家の拓郎くんのトコ行こう~」 「おおーっ!」  自身の身を案じる俺をよそに、二人は勇んで教室の出口へと。 「ちょ! 待って、待ってください、お二人とも!」 「ご慈悲を!」 「お泊まり、お泊まり~♪」 「嬉しいな~♪」  幼馴染ーズは手を繋いでスキップしながら出て行った。  マイ、ガッ!  神はいないのか?!  俺は一人、教室の床に膝を折り、この世の厳しさにむせび泣いた。  そして―― 「兄さん、私達の愛の巣に女二人連れ込むとはどういう了見ですかこの野郎」  妹様からまったく予想通りのお言葉をいただいた。  神はいなかった。 「いやいやいや!」 「兄の話を聞いてください、七凪さん!」 「言い訳なんか聞きたくありません」 「罰として、兄さんは一年間、ご飯抜きです」 「兄、死んじゃう!」  予想以上に厳しかった。 「うわー、タク、あいかわらず七凪に頭あがんねー」 「兄、だっせー!」  言いつつ髪をまたわしゃわしゃしてくる。  うぜー。 「……随分、その方と仲がよろしいようで」  ナナギーの眉がぴくっと、上に跳ねる。 「ついこの間、三咲先輩といちゃついていたと思ったら、もう次ですか兄さんこの野郎」 「どうやったら、そんなに早く女心を掴めちゃったりするんですか? この遊び人野郎」  半眼でにらまれる。  ひどい。冤罪だ。 「違うって。ほら、お前も知ってるだろ? こいつ」  流々を指さす。 「え?」  小首をひねる七凪。 「えー、悲しいなー、ナナギーは覚えてくれてないのよ~?」 「え、えっと……もしかして……田中……さん?」 「そう! 私が田中です!」  胸を張る。 「ク○エ、ク○エ~」 「るーるー、るるるる、るー、るー♪」 「やめて! 真鍋さん、ギリギリを狙いすぎるのはやめて!」  真鍋計は危険な女だった。  色々な意味で。 「流々姉さん……?」 「おうとも! あいかわらず可愛いな、ナナギー」 「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」 「ひゃあっ?!」  流々は七凪に飛びつくと、ぺたぺたと撫でまくっていた。 「ああ、この髪の匂い……ええな……、美少女はやっぱええな~」  オヤジかよ。 「あっ、ちょっと、流々姉さん、くすぐっ……きゃあああああっ!」 「ええのんか? ここがええのんか~」  そしてただの変態と化す。 「ううっ、いいかげんに~。あっ、いや、んっ、ああんっ!」 「私と計を泊めるか~?」 「泊めます! 泊めます!」 「いっしょにお風呂入るか~?」 「入ります! 入ります!」 「晩ご飯は、超豪華におフランスちっくで!」 「おフランスちっくで、作ります!」  すげー。  あの七凪がどんどん要求を飲んでいく。  ていうか、計がちゃっかり便乗していた。 「ならば、よし」  ようやく七凪を解放する。 「兄さーん!」  半泣きの七凪が脱兎のごとく駆け出して、俺の背中に隠れる。  身体を震わせ、小動物のように怯えていた。 「ごめん、七凪、こんな肉食系の女共を連れてきて……」 「誰が肉食系かっ!」 「雑食系だよ!」  それでいいのか計よ。 「と、とにかくお泊めするのはいいですけど……」  乱れた髪を直しながら言う。 「寝室が問題です」 「ひとつは客間を使うとしても、まだひとつ足りません」 「えー? ナナギー、私といっしょに寝ようぜ~」 「ごめんこうむります」  超いい笑顔で拒否していた。 「ちぇっ、じゃあ、しかたねーなー」 「タク、かも~ん。私と今宵はアバンチュールな夜をすごそうぜー」  目に半分線を入れて誘惑される。 「ジト目で言われても……」 「流し目が上手くできねーだけだよ! 悪かったな!」 「あ痛たたたたたたっ!」  ポコポコパンチの洗礼を受けるハメに。 「じゃあ、あたしと流々がいっしょでいいよ」 「ま、まあ、そうなるかな」  妥当な判断だ。 「俺が居間で寝てもいいけど、男の部屋なんて嫌だろうしな」  と俺が言った瞬間、 「――!」  何故か妹様の両眼が怪しく光った。 「待ってください、兄さん」  がしっと肩を掴まれる。 「何? 七凪」 「仮にもお客様を相部屋に押し込めて、家人である私達がのうのうと一人部屋で寝るというのはいかがなものでしょうか?」 「え? お客様っていっても、計と流々だよ?」  そんなにかしこまらなくても。 「いえ、ここで手を抜いては由緒ある沢渡家の歴史に汚点を残してしまいます! 兄上!」  ナナギーのテンションが変になってきた。  危険な兆候である。 「よって、真鍋先輩には私の部屋、流々姉さんには客間を」 「え? でも七凪が居間で寝るのはダメだぞ。風邪引くかもしれないし」  こいつは身体が弱いから気をつけないと。 「兄者がそう仰るのはわかっていました」  兄者って。 「ですから」 「だから?」 「私と兄者がいっしょの寝所ということにすれば無問題」  なるほど、俺が七凪といっしょに俺の部屋で寝ればってちょっと待ておいっ!  それはマズイだろ?! 「話はつきましたので、早速夕食の準備を」  妹は嬉しそうに微笑むと、台所へと向かう。 「あ、あたしも手伝う~♪」 「私もやるか~」  上機嫌で女性陣は移動していく。 「……」  七凪が寝たらそっと部屋を出て一人で居間で寝よう。  そう固く誓う俺だった。 「…………げ、」 「……………………激烈に疲れた……!」  ベッドにたどりつく前に床に座り込んでしまう。  何てひどい夕食だったのだろう……。  いや、七凪の料理は美味かった。  本当にフランス料理をビシッ! と出してきた時には俺も驚嘆した。  だが。 『うめー、七凪、また腕上げたな!』 『ありがとうございます』 『うーん、本当に美味しいよー。ナナナギー』 『どうもです。七凪ですけど』 『うん、七凪は何を作っても美味いな。さすがだ』 『ふふ』 『こんならナナギーはいつでも、ヨメに行けるな!』 『それは兄さん次第ですね』 『七凪まだ、そんなことを……』 『兄妹でエッチなのはいけないと思います! でしょ? 沢渡さん!』 『おいおい、本気にするなよ』 『七凪は単に兄として俺を――』 『だよなー、タクは私に惚れてるし~』 『はぁ?!』 『惚れてねーよ!』 『え? だって、タクの初恋って私じゃん?』 『俺の初恋はもっと前だ! 勝手に決めるな!』 『――なっ?! 私のいないところで何勝手に恋しちゃってるんですか、兄さんこの野郎』 『七凪と会う前なんだから、しょうがないだろう。ってお前は妹!』 『えー、あたしの10年越しの想いはどうなるんですか、沢渡さん』 『棒読みで言うなよ!』 『タク、修羅場ってるな♪ あ、これもウメー』 『誰のせいだよ! ていうか暢気に食ってるんじゃないっ!』  そんなこんなで、流々にはからかわられ、計にイジられ、七凪には責められた。  食事の間中ずっと。 「家にすら俺の安息はないんですか、ブルマ師匠……」  めそめそしながら初恋の人に問いかける。  名前がちょっとアレだけど。  その時。 『何を言ってるんだ、拓郎くん! 元気を出したまえ!』 『キミには、ブルマがあるじゃないか……!』  俺の心に初恋の人からの応援メッセージが!  たぶん幻聴だけど。 「そ、そうか!」  いきおいよく立ち上がる。  イスにこしかけて、速攻でPCを起動する。 「そう、こんな時こそ……」  さくっと24桁のパスワードを入力して、例のフォルダへとアクセスする。 「ブルマさんたちに慰めてもらうべき時なのだ!」  癒してもらうのだ!  慰めるんだ!  %48自%0分を%48慰%0めるんだ! (お下劣なネタ)  実はこの間、七凪に見つけられた神フォルダの画像はすべて消去されてしまった。合掌。  正確にいうと、すべて七凪のブルマ画像に差し替えられていた。  8793枚がすべてナナギーブルマ。  俺は妹の執念に恐怖した。  だが、まだ甘い。 「ふ、あの神フォルダは我々四天王の中では最弱……」  お決まりの台詞を吐いて、嬉々としてPCを操作する。  あの神フォルダよりも、さらに深い階層にはもっと強力な――  絶対神フォルダ様がご健在なのだ! 「出でよ! 我が命!」  今こそ俺は809枚(より厳しく選別されている)のご尊顔を拝顔する! 「うりゃあっ!」  裂帛の気合とともに、ビューワーを起動。  目を皿のようにして見る。  ――全部ナナギーブルマだった。 「マイ、ガっ!」  マウスを壁にぶん投げる。 「もう、何も信じられない……!」  ただ泣いた。  逝ってしまった809枚の画像のために。  ああ、神は死んだ……。  ナナギー、お兄ちゃんもう立て(勃て)ないよ! (お下劣ですみません) 「るーるー、るるるる、るー、るー♪」  衝動的に誰も知らない遠くの街に行きたくなる俺。 「……え?」  俺がキーボードを涙で濡らしているとケータイが鳴る。  すっごい無気力で手にするのも億劫だったが、根性で出た。 「は……い……、もしもし……」  でも、声は限りなくブルー。 『タクロー?』 「へ?」  南先輩の声だった。  めずらしい。いつもはたいていメールなのに。 『タクロー、元気……ない?』  と先輩の声の方が元気がなくなってくる。 「そ、そんな事はありませんよ!」 「ちょっとささいな事件があっただけで、先輩の声を聞いたらもう元気になっちゃいました!」  すぐに明るい声を取り戻す。  それどころか、みるみるテンションが上がっていく!  先輩の声を聞いただけで! 「ああ、先輩はやっぱり俺の女神様ですっ!」  俺のスマホが神々しい光を放つ。 『ふふ、タクローはオーバー』  耳のそばで聞こえてくる声がくすぐったい。  悶える。  スマホを持ったままベッドに飛んで、ごろごろ転がった。 「せ、先輩!」 「ん?」 「尊敬してます!」  あふれる想いを言葉にのせた。 「お慕い申しあげております! ジーク! ミナミン!」  夜だからなのかいつもよりハイテンションな俺。 『おした、おし……?』  聞きづらかったのか、先輩が可愛く迷ってる声がする。  きっと今頃、小首をかしげていらっしゃるのだ。  見てー。愛でてー。 『押し倒す……?』 「はうんっ!」  そんなエッチッチな言葉を先輩が!  しまった! 何故録音していない! 俺の馬鹿っ。 『タクローが、私を押し倒すの……?』 「うわあああああっ!」  ごろごろごろ!  そんなことしねー。  したいけど絶対しねー。先輩に嫌われたくないから!  嫌われたら自決する。 「そ、そんなことしませんよ、はっはっはっ!」 「俺はこう見えても、フェミニストですから!」 『うん、タクローは女の子に優しい』 『だから、押し倒したりはしないね』 「もちろんですよ!」 『でも……』 「はい?」 『ちょっとだけ残念かも……』 「うおおおおおおんっ!」  吼えた。  俺の先輩好き好きゲージがダダ上がりである。  抱きしめてー。でも、無理。  仕方なくスマホを強く抱きしめる。 「先輩はまた、俺の心をそんなにわしづかんで……」 『わしわし……』  くそっ、マジで可愛いなこの人。  しかも天然でやってるからすごい。  男はただ振り回されるのみである。 『ところで、タクロー』 「はいはい」 『三咲さんの歓迎会の相談をしたい』 「いいですよ」 『明日開催じゃダメ?』  ん? 「俺はいいですけど、先輩にしては随分、急ですね」  いつも余裕を持って行動する人なのに。 『明日限定で安く使えるファミレスを七原町で見つけた』  七原町? 学園とは反対方向の繁華街か。  なるほど。たまには学外も悪くない。 『二時間で1スペース借りて、食べ放題、飲み放題』 「あ、それいいっすね」  金の上限が最初から決まってれば気楽だ。 『詳細は追って、メールで』 「了解です!」 「あ、俺になんかできることあったらやりますけど」 『んー……』  可愛く考え中。  しばし待つ。 『何かサプライズが欲しい』 『三咲さんを喜ばすサプライズ』 「用意しときます!」  何もアイデアはないが、とりあえず引き受けた。 『ありがとう』 『タクロー、大好き』 「ひゃっはあああああああああっ!」  もうダメ!  俺、先輩の奴隷になりそういやむしろなりたい。  なって口汚くののしられたい!(残念な性癖) 『おやすみ、タクロー』 「お休みなさいませでございまする!」  超丁重に挨拶して、電話を切った。 「ああ、やっぱり先輩は最高――」 「じー」 「――って、七凪さんですか?!」  いつの間にか、自分の枕を小脇に抱えたナナギーがいた。 「そうですよ、兄さんの最愛の妹の七凪です」 「全然気配とかなかったんだけど……」 「消してましたから」  くの一ですか、七凪さん。 「それよりも兄さん、ちょっとそこに座ってください」 「正座で」  ぱしぱしと床を叩く妹様。  目がすわっていた。 「はい……」  怖いので素直に従う。 「南先輩と何を話していたのですか?」 「いや、そんな七凪が怒るようなことは何も……」 「浮気ですか? 浮気ですね? 浮気しちゃったんですね兄さんこの野郎!」 「ま、待ってください七凪さん! 普通に部活の打ち合わせをしていただけで」 「普通に打ち合わせしていた人が、いきなり吼えたり、ベッドを転げまわったりするのですか?」 「うぐう」  二の句が告げない。 「兄さんの変態! 南先輩の声で勝手にテレフォンセッ○スなんて!」 「ちょっ?! 俺はそんな失礼なことはしませんから!」  そこまでいくともう人としてアレじゃないですか?!  その発想はなかった。 「せっかく、今夜こそ兄さんに夜這いをかけようと思っていたのに……!」  さりげなくすごいことを言うよ、この子。 「雰囲気台無しです。兄さんが変態だから」 「前から思ってたけど、俺よりナナギーの方が変態なんじゃ……」 「なんですって!?」 「あ痛たたたたたたたたたっ!」  七凪の枕で連打される。 「愛する妹になんてひどいことを! 容赦なくぶちますよ?!」  もう、ぶってる!  と、ツッコミたかったが怒られるので黙ってる俺。 「落ち着いて、妹! 許して、ナナギー!」  とにかく謝る。 「南先輩と何を話していたのか教えなさいっ!」 「だから打ち合わせです!」 「まだそんな見えすいたウソを! 怒らないから本当のことを言ってください!」  と、怒りながら言っていた。  矛盾している。  難しい年頃だ。 「兄さんの馬鹿っ、イケズっ」 「でも、永久に愛しています!」  罵倒しつつ愛を告白して、妹は去る。  この30分後、部員全員に先輩からのメールが届いて、ようやく妹のご機嫌はなおった。  『私は最初から兄上を信じていました! BY あなただけの妹、七凪』  謝罪のメールがさくっと届いた。  ナナギーブルマ画像(新作)とともに。  ……本当に難しいお年頃である。 「え? タクいっしょに行かないの?」 「うん、俺はバス一本遅らせる」  次の日の朝。  朝食を摂りながら、幼馴染ーズと会話する。 「どうしてですか?」  七凪が俺に焼きたてのクロワッサンを手渡しながら尋ねる。 「サプライズのためだ」 「ひゃぷらいず?」  パンを口いっぱい頬張りながら、流々が俺に視線を投げる。  お子様である。 「ただ普通に歓迎会やるだけじゃつまんないだろ?」 「三咲をびっくりさせたいんだ」 「へー、いいんじゃん」 「タクにしては上出来だ」 「うるさいよ」  先輩の提案なのはこの場では黙っておこう。 「で、兄さんは何を準備するんですか?」 「まだ決まってないけど?」 「え?」 「はあ?」 「おいおい……」  女子三人がいきなり、俺をダメな子を見るような目で見始める。 「今から考えてて間に合うのかよ~。10時からだろ?」 「バスで1時間はかかるから、9時のには乗るよ?」 「だから、俺は9時半のに乗るよ。30分遅刻する」 「兄さん、良ければ私もいっしょに遅れていきますけど?」 「あ、あたしもいいよ」 「いや、今回の主役は三咲だからさ、最初からあんまりメンバーが欠けないほうがいい」 「俺が行くまで、計が得意の小芝居で盛り上げといてくれ」 「小芝居得意なのは、タクでしょ!」 「私の歓迎会でもあるんだからな、ちゃんと盛り上げろよタク」  へ? 「お前も参加するの?」 「何言ってんだよ、タク」 「ナナギーと計、それにタクが入ってる部に、私が入らないわけないだろ?」 「流々も放送部入ってくれるんだって、タク!」 「おうとも!」  えー。 「はあ……」  兄妹でため息を吐く。 「何でだよ! 失礼な兄妹だな!」  ああ、俺の安息の場がまた一つ失われていく……。 「あ、もうこんな時間だよ」  計の声に時計を見る。  8時35分。  そろそろ出ないと9時の七原町行きのバスには間に合わない。 「おっと、じゃあ行くか」 「だね」 「大変、食器を洗う時間が」 「俺が片付けといてやるから、七凪も計達と行ってこい」 「でも、兄さんにそんなこと」 「いいから、早く行って楽しんで来い」 「七凪が楽しんでくれれば俺も嬉しいし」 「わかりました」 「兄さんの席、私の隣に確保しときますね」 「ありがとう」 「ふふ」  我が妹ながら可愛いヤツ。  素直な時のナナギーはぶっちゃけマジ天使だ。  お兄ちゃん、自慢の妹である。 「うわー、そのラブラブカップルな会話はなんですか、沢渡さん……」 「タクボン、そろそろシスコン直せよ……」  でも、幼馴染達は引いていた。 「さて」  食器洗いを速攻で片付けた俺は自分の部屋にいた。  先輩に頼まれたミッションを攻略中なのである。  でも、いいアイデアがまるで思い浮かばない。 「三咲のサプライズか……」  いかん。甘く見ていた。  これが男友達だったら、ちょっと過激なジョークグッズをプレゼントして場を和ませればOKなんだが。 「女の子が驚いて、かつ喜ぶ物……」  押入れをあさっても、いいものはない。  ていうか、そんな気のきいたモノが男の俺の部屋にあるはずもなかった。 「街で探すか……」  たぶんその方がマシなモノが見つかるだろう。  30分の遅刻じゃ済まないが仕方ない。 「そうと決まれば、俺も出るか」  立ち上がって、扉のノブに手を。  ――え?!  また望みもしないのに『未来』が向こうからやって来た。 「うぜー」  嘆息する。  無視したいが、勝手にイメージが視えてしまう。  バス、七、9。 「は?」  なんだこりゃ。  バスはわかるが、その後の数字は何なのか。  記号だし、漢字と英数字が混じってる。 「ひでえ、これじゃあわかんないだろう……」  俺の能力も随分劣化したものだ。 「全然使ってこなかったからな……」  とにかく、意味がわからないんじゃしょうがない。  無視して、出かけよう。  居間に降りて、戸締りを確認する。  七凪達はもうバスに乗った頃だろうか。 「七凪、バス?」  ちょっと待て。  あの七は七凪? 七凪の乗ったバスか?  あるいは――七原町。 「おい……」  9は9時か。  9時に停留所に来る七凪の乗るバス。あるいは七原町に向かうバス。  この場合は同じバスを意味する。 「待てよ……」  ドス黒い、とてつもなく嫌な予感がする。  この悪い感じを俺は覚えている。  そう。  両親を失った時とまるで同じ―― 「!」  視えた。  今度は、はっきりとしたイメージ。  9時の七原町行きのバスが、  横転していた。 「――ふざけるなっ!」  俺は外へと駆け出す。 「七凪、七凪か?!」  走りながら電話をかける。  まだ、七凪達が怪我をするイメージを視たわけじゃない。  回避はできるはずだ!  頼む、間に合え!  いつもなら気にもとめない呼び出し音が、もどかしい。  数秒が永遠に続くかのように、感じられる。 『兄さん、あ、良かった、繋がりました。あの――』 「七凪、バスに乗るな!」  七凪の声を遮って、叫んだ。 『え? ど、どうしたんですか? 兄さん』  戸惑う七凪。  無理もない。  妹に大きな声を出したことなんてほとんどない。 『理由は後で話す! だから絶対に乗るな!』 『で、でも、兄さん』 『もう、乗ってますけど……』 「!」  その言葉に一瞬、言葉を失う。  でも、まだだ。  まだ事故は起きてない! 「降りるんだ! 今すぐに!」 『な、何を言ってるんですか、兄さん』 『次の停留所はまだ先ですよ。そんなの無理です』 「運転手に頼んで止めてもらうんだ!」 「そして、できればそのまま走らないようにして……」  荒い呼吸のまま話す。 『兄さん、そんな無茶を……もう、イジワルはやめてください』 「違う! 俺は冗談を言ってるんじゃない」  まるであの時と同じ。  俺の言葉を信じなかった両親の姿が頭に浮かぶ。  ――嫌だ。  嫌だ嫌だ嫌だ!  もう誰も失いたくない! 『あ、そうだ。兄さんに至急連絡しないといけないことが――』 「俺のことはいいから、頼むから――」  俺の未来を信じて……!  ふいに、会話が途切れる。  こんな時に!  すぐにリダイヤルするも繋がらない。  計も、流々も同じだった。 「マズイ……」  あの様子じゃきっと、七凪はバスを止めない。  俺が追いついて、止めるしかない。  でも、走ってるバスにどうやって追いつくって言うんだ?!  今、この瞬間にも事故は起きてるかもしれないのに! 「く、くそっ!」 「畜生!」  俺はその場に膝を折る。  地面を何度もなぐった。  まただ。  また、俺は――  また俺は何もできずに、むざむざ家族と友人を―― 「――沢渡くん、か?」 「……え?」  知った声に顔をあげる。 「どうしたんだ、こんなところで。転んだのか? らしくもない」  両手に袋を下げた三咲が無邪気に笑う。 「三咲……」  未来は変えられると言った少女が目の前にいた。  皮肉なものだ。  どうして、今なんだ。 「私の家はこの近所なんだ。出かけようとしたらたまたまキミがいた」 「さあ、いっしょに会場に行こう」 「え、いや……」  何をどう説明すればいいんだ。 「学園行きのバス、もう来るぞ」  ――え?  学園行き? 「よう、遅かったな、拓郎」 「でも、主賓もまだだったからちょうどいい」  俺と三咲が部室に入ると、まず先輩と修二がいつもの笑顔を見せ、 「ちぇっ、ファミレスで食いまくれると思ってたのになー」 「まあ、コンビニお菓子も最近は侮れないし」 「健康には悪そうですけど」  俺が今一番会いたかったヤツらが全員そろっていた。 「流々、計、七凪……」  三人ともピンピンしていた。  良かった。  本当に……。 「兄さん、さっきの電話はどうしたんですか? 私、気になって――きゃっ?!」  思わず目の前に来た七凪を抱きしめた。 「あっ、ちょっと、兄さん、こんな人前で……」 「でも、大胆な兄さんもいいです……」  妹は俺の腕の中で夢見心地になっていた。 「うわっ、タク、マジシスコンじゃん!」 「どうしたんだ? 拓郎、ちょっとおかしくね?」  友人達が驚く。  無理もないけど、今は妹の無事を素直に喜びたい俺だ。 「先輩、急に会場の変更をお願いして、申し訳ありませんでした」 「いい」  ふるふると先輩は首を振る。 「あなたの歓迎会なのだから、問題ない」 「それにしても、三咲さん、何で制服?」 「ん? 学園に来る時は制服着用なのは常識だろう?」 「いつの時代の常識なんだよ!」  流々が呆れた声をあげる。 「でもよ三咲、どうして部室のがいいんだ? ファミレスのが美味いモン食えると思うけどよ」 「いや、やっぱり部室で歓迎会の方がいい」 「その方が青春だろう?」 「そういうことだったのか……」  三咲の時代がかった青春ぶりが、功を奏したのか。 「私もそれを兄さんに伝えるつもりだったんですが、途中で携帯が繋がらなくなって……」 「兄さんが七原に行く前に、伝わって良かったです」 「電話したけど、タクロー、ずっと話中だった」  七凪と話していたからか。 「だから、とりあえずつぶやいたけど、見てなかった?」 「すみません、あの時はちょっと俺、気が動転してて」  気付きもしなかった。  七凪から離れてケータイを見ると、確かに会場変更の連絡が。 「そう言えば、あの時の兄さんちょっと変でしたよ」 「急にバスを降りろって言われても困っちゃいます」 「運転手さんに頼んででも止めてもらえって……」 「何それ、タク変」  計が目を丸くして俺を見る。 「まあタクは昔からたまに変なこと言ってたからなー」 「そんなこといつも変なヤツに言われたくない」 「しばくぞっ」 「ふふっ」「はははは!」 「ふふっ」「あはははは!」  何とかごまかせたみたいだ。  やれやれだ。 「皆さん、どうぞ」  七凪がテーブルの上にコップを並べて乾杯の準備をする。  できた妹でアンちゃん、鼻高々だ。 「ふふ、ありがたい。感謝する」 「さて、じゃあちょっと時間遅れたけど、三咲の歓迎会を始めよう!」 「どんどん、ぱふぱふ~」 「ぱぷぱふ……」 「おい、ちょっと待てよタク」 「私もいるだろう? 忘れんなよ!」 「じゃあ、三咲プラス1の歓迎会を始めよう!」 「モブ扱いかよ!」 「三咲、モブ子さん、入部おめでとう! 乾杯!」 「乾杯!」 「モブ子じゃねーよ! 表示まで変えんなよ! ひでぇなおい!」  こうして、俺達のせーしゅんなヒトコマがまた刻まれる。  何か大きな目的があるわけでもない、ゆるゆるな日々。  愛すべき、日常に乾杯。 「ぐにゃ~~っ、暑い~~っ……」 「こんな暑いのに鍋なんかやっからだよ……」  そう。  今日もまた南先輩が得意料理の鍋を振舞ってくれた。  夏鍋再びである。  計と流々がゆでだこのような顔でテーブルにつっぷしていた。 「ていうかこの部室クーラーないのかよ……」 「ウチみたいな弱小クラブにそんなものはない……」  俺もイスにもたれてへばっていた。  暑さと食いすぎで少々ツライ。 「予算は強い運動部にまず流れますからね」  七凪は下敷きでパタパタと風を送りながら、熱気のこもった息を吐く。 「せちがらい話だぜ……」  修二は割と元気にケータイでゲームをして遊んでいた。  皆ダレてきたな。  今日はそろそろ解散か。 「タクロー」  空になった携帯ガスボンベを片手に先輩が俺を見る。 「はい」  先輩に声をかけられて、何とかシャンとする。 「三咲さんがいない」 「え? あ」  部室を見渡す。  いつの間にいなくなったんだろう?  外で涼んでるのかもしれないな。 「デザートにアイスを買ってきた」 「ドライアイスが溶ける前に、皆で」 「探してきます!」  立ち上がって敬礼する。 「ありがとう」 「タクローに、最大級の感謝を」  何かを手渡される。  缶ジュースだった。  クーラーボックスに入っていたからまだ冷たい。 「あざーす! 行ってきます!」  俺はそれを頬にあてながら、外へ。  部室を出ると、一気に閑散とする。  休日だから当たり前だけど。  運動部でもないのに休日出てくるのはウチくらいなものだ。 「もっとも遊んでるだけだけど」  独り言をこぼす。  ヤケに声が大きく響いた気がした。 「さて、三咲さん家の爽花ちゃんは……」  涼みに行ったのなら、やっぱり外だよな。  校庭へと出る。  三咲らしき人影はドコにもない。  人がそもそも少ない。  遠くの方で頑張ってるソフト部と野球部くらいである。 「青春だねぇ……」  直射日光に焼かれて、すぐに暑くなる。  先輩にもらった缶を開けて、中身を半分くらい一気にあおった。  ブラックコーヒー。  ノドが乾いていたせいか、不思議とそんなに苦味は感じなかった。 「てことは教室か?」  残りを一気に胃に流し込む。  空の缶を近くのごみ箱へ放った。 「ストライク」  また一人で廊下を歩く。  外から戻ると、空気がやけにむわっとしてることに気付く。 「外の方がマシだな……」 「あちぃっ……」  自分の足音をひたひたと響かせつつ教室に到着した。  三咲はいるのだろうか?  いなかったら、ケータイで呼び出そう。  鍵は開いていた。  で。  視線の先に―― 「あ、キミか」  探していた相手がいた。 「ちょっと驚いたよ。今は誰もいないはずだからな」 「ああ、もうすぐアイス食べるからさ」 「皆で食べようと思って」  とくん  微かに胸が脈を打つ。  でも、それは三咲がもしかしたら彼女になるかもしれない存在だからではなく――  やっぱりどうしようもなく、思い出してしまうからなんだろう。  あの人を。 「あの部はいい部だな」 「そう? 本当は少し不安だったんだ」 「ん? どうしてだい?」 「全然熱血じゃないだろう?」 「ああ、それは確かに」  嬉しそうに形の良い眉で、笑顔を描く。 「でも、あれはあれで青春って感じはする」 「そうかな? 超ゆるゆるだけど」 「何の打算もない仲間達と、無為に過ごす時間」 「そんなのは、きっと今だけに許された、私達だけの特権さ」  歳の割りに達観した考え。  でも、少しも冷めてはいない。  そんな所まで、まるで。 「そんなもんかな」 「そんなもんさ」 「で、だ」 「ん? 何?」 「そんな打算のない間柄の沢渡くんに、ひとつ質問がある」 「彼女ならいないけど」 「それは前に聞いた」  くすくすと笑む。 「もし違ってたら、笑って聞き流してほしい」 「実は聞くのに、とても勇気がいることなんだ」 「ほう、三咲さんほどのもののふがですか」  ちょっと茶化す。  もうそれくらいの仲にはなった。 「誰がもののふだ。私はこれでも傷付きやすい女の子なんだ」 「そこは何があっても忘れないでくれ」 「はいはい、わかったよ」 「もし、しょうもないことだったら、この場で二人で笑い飛ばしてすぐ忘れよう」 「それでいいか?」 「ふふ、それでいい」 「キミは話しやすくて本当に助かるよ」 「じゃあ、その冗談を早く頼むよ」 「アイスが溶ける前に戻りたい」 「ああ、そうしよう」  一瞬、ふっと三咲の表情から笑みが消え失せる。  セミが遠くで夏を歌う。  いつもの日常。  そんな時間の流れの中で、 「なあ、キミ」  まるで何でもないことのように、 「もしかしたら、」  彼女は、俺に言った。 「キミも――」 「そうか。この学園は屋上に上がれるのか」  歓迎会を抜け出して、三咲を誘ってここへ来た。  夕風が涼しくて、お互いホッと息をつく。 「三咲の前の学校は入れなかったのか?」 「ああ、色々と厳しい学校でね」 「自殺者が出たわけでもないのに、生徒は皆進入禁止さ」 「都会の学校だとそうなのかもな」  ここは田舎というほどでもないが、決して都会ではない。  地方都市とさえまだ呼べないだろう。 「それで、沢渡くんは私を呼び出して何の用なんだい?」 「もしかして、甘酸っぱい青春イベントを期待してもいいのかな?」 「できれば、俺もそーいうのが良かったんだけどね」 「今回はそうもいかない」 「だろうな」  ふっと三咲が唇を緩める。 「あの時さ、」 「キミも、って言ったよね?」 「ああ」  それは、つまり。 「その通り。私は未来視が出来る。生まれつきな」  あっさりと肯定。 「……」  驚く。  俺は今まで俺と同じ能力を持つ者を一人として知らなかった。 「あの七原町行きのバス、やっぱり事故を起していたよ」 「七凪達が乗るはずだった……?」 「ああ。原因は運転手の飲酒と対向車の余所見運転だ」 「だが、乗客はゼロで奇跡的に運転手も軽傷らしい」 「ホッとしたよ」  本当に心底安堵したように、三咲は笑った。 「俺も知ってる。地方紙のネット版で読んだ」  9時25分、七原町行きのバスが横からダンプに追突されて横転。  奇跡的にどちらの運転手も命に別状はなし。  つまり。 「俺の未来視は当たっていたわけ、か」 「そうか、認めるのか沢渡くん」 「キミも視えるってことを」 「三咲が隠さないのに、俺が隠すのは何か嫌だ。アンフェアな気がする」 「なるほど。沢渡くんらしい考え方だ」 「そういうところは好きだ。好意に値するよ」  さらりと恥ずかしいことを言うな、こいつ。  女の子なのに。 「そ、それに、信じてもらえるなら隠す必要はない」  ちょっとどもった。かっこ悪い。 「わかるよ。こんなことを話したら、たいていは嘘つきか頭がどうかしたと思われる」 「私達は隠者のように生きるしかない」 「わかってもらえないのが、一番苦痛なわけじゃないけどね」 「それもわかる。親しい人に隠し事をしてるのが嫌なんだろう? 私もそうさ」 「すげー、何でもわかってもらえる」  ちょっと、いやかなり嬉しい。 「ふふ、お互い理解者を得たわけだ」  確かにそうだな。  これ以上の理解者なんていないだろう。 「三咲もバスの横転のことを未来視で知った。で、七凪達がバスに乗らないように」 「とっさに会場を変えさせた。そうなんだよな?」 「あとはバス会社にも一応電話はした」 「もちろん、イタズラ電話として扱われたがね」  苦笑する。  だけど、本当はとても悔しいだろう。  痛いほど三咲の気持ちがわかった。 「ありがとう。三咲のおかげで、俺は家族や友達を失わずにすんだ」 「どんなに感謝してもしきれない。ありがとう」  三咲にめいっぱい頭を下げた。  俺はぎりぎりで過去の再現を避けることができたのだ。  目の前の、この子のおかげで。 「やめてくれ、沢渡くん」 「だけど……」 「キミの妹さんや真鍋くんの危機は、私にとってももう他人事じゃないのさ」 「そうだろう?」 「ああ、そうだな……」  くそ、こいつめちゃめちゃいいヤツだ。  ちょっと泣きそう。 「なあ、沢渡くんは、私と初めて会った時」 「ん?」 「『未来は変えられない』と言ったな。どうだ? 今でもそう思ってるか?」 「それは……」  三咲には悪いけど、まだその考えは捨てられない。  何故なら、俺が視たのは七凪達が怪我をする姿ではない。  横転したバスなのだ。  それは、未来視通り起きてしまった。 「ごめん、まだ思ってる」 「頑固だな、キミは」  くくっ、と笑う。  特に気分を害したわけではなさそうだ。 「三咲が俺より未来視を上手く使いこなしてるだけなんだと思う」 「バスが横転した事実は、変わってない」 「なるほど。……随分根深いんだな。キミのトラウマは」  え?  何もかも見透かされたような目で見られる。 「ト、トラウマなんかないよ」  慌てて否定する。  そんな弱みみたいなものを女の子に露にしたくない。 「いいさ、無理に聞くつもりはない」 「子供の頃の私も、色々と苦しめられたよ」  そうだろうな。  男の俺でさえ、半分封印してきたんだから。  でも、三咲はそれと向き合って今までやってきた。  俺よりずっと立派だ。尊敬に値する。 「でも、私は思うんだ、沢渡くん」 「この世に存在理由のないモノなんて、何ひとつないってね」 「だから、キミにもこの能力と上手くつきあってほしいよ」  遙か昔に聞いた言葉。  錯覚してしまいそうになる。  また、会いにきてくれたのかと。 「その言葉はありがたく受け取っておくよ」 「でも……」 「あ、ここにいたー」  ん? 「何だよ、おめー達、私達ホッといて何二人でちちくりあってるんだよー」 「え? マジ、拓郎、三咲狙いだったのかよ?」 「なっ?! 本当ですか兄さんこの野郎」  とたんに騒がしくなる。  なしくずし的に未来視の話はおしまいになった。 「タクロー、ちちくりあってた?」  ちょっと悲しそうに先輩に見つめられた。 「そんなことしてませんよ! マイ女神様!」  すかさずフォロー。 「えー、私の10年越しの想いはどうなるんですか、沢渡さん」  棒読みで計が余計なちゃちゃを入れる。 「兄さん、手当たり次第ですか? この野郎!」  ナナギーが俺の背中にへばりついて、首に腕をからませてくる。  チキンウイングフェイスロックだった。高度な関節技である。 「ぐわっ! 七凪、極まってる! 極まってる!」  ノーッ!  呼吸が! 「ふふ、仲の良い兄妹だな!」 「いと、うつくしき……」  うつくしくないです! 先輩! 「何でもいいから、タク戻ろうぜ~」 「男がヤクザ顔だけじゃ、盛り下がるんだよな~」 「ヤクザ顔言うな! この女なんとかしろよ拓郎!」  俺に言われても。  今、俺はそれどころじゃないのである。 「七凪さん、キュートなお胸が、当たってるから、その、やめて?」  何とか事態の収拾を試みる。 「わざとだから、平気です」  おい!  ナナギーの小悪魔ぶりはどんどん進化していた。  お兄ちゃんとしては複雑な気分だ。 「あー、もう! うりゃ!」 「きゃっ?!」  力任せに、七凪をおぶる。  何とか関節技からは逃れられた。 「ナナギー、子供、子供~」  計が嬉しそうに俺達の周りをぐるぐる回る。 「は、恥ずかしいから、下ろしてください、兄さん!」  わたわたと慌てるナナギー。 「よし! このまま部室へ直行だ!」  歩き始める。 「ちょっ?! 恥ずかしいです! やめて、あっ、兄さんの馬鹿馬鹿っ!」  背中を何度もこづかれるが敢えて黙殺して歩く。 「行きましょう」 「兄貴に甘えられてよかったな、七凪ちゃん」 「七凪、子供、子供~♪」 「ううっ、兄さんの馬鹿っ……」  こうして俺達の宴はまだ続く。  無為な青春万歳。 「沢渡くん」 「……え? ん?」  次の日の昼休み。  机につっぷして惰眠をむさぼっていると、副委員長であらせられる御幸祥子さんに話しかけられた。 「何でしょうか、御幸祥子さん!」  すぐに立ち上がって、ピンと背筋をのばす。 「――え? あ、うん今ちょっといいかな?」 「もちろんですよ! 御幸祥子さん!」  脇をしめて、直立不動の俺。 「あー……、その沢渡くん?」 「はい、御幸祥子さん!」 「どうして、常にフルネームで呼ぶの?」 「え? だってそうしないとまた忘れ――あ、いや、違う! そのですね……」  もごもごと口を動かす。 「うう……。やっぱり私のこと忘れそうなんだ……地味なんだ……」  御幸祥子さんは、俺に背を向けてその場で体操座りをした。  めちゃわかりやすく落ち込んでいらっしゃる?! 「ご、ごめんごめん、もう忘れることはないから!」  おろおろとしながら謝罪する。 「ウソだー! どうせ沢渡くんは私のことなんてどうでもいいんだー!」 「眼鏡だからダメなんだー! もうコンタクトに変えて、レーシック手術する!」 「二つやる必要はないよ! 御幸祥子さん!」  ちょっと錯乱しているようだ。 「どうせ私なんて、どうでもいいんだー、システム的にもー」 「システムって言わないで! お願いします!」  祥子さんは意外に無茶をする子だった。 「うう……早く萌えキャラになりたい……」  どっかで聞いた台詞だな。 「と、ところで、それがしに何用で?」  とにかく話題を変えよう。 「あ、うん。沢渡くん、放送部でしょ?」 「うん。まあ一応」  9割は遊んでるだけだけど。 「放送部、学園祭はどうするの? 今年も特に何もしない?」  あー、それか。 「たぶん、今年も生徒会からの連絡関係の仕事だけこなして終わりかな」  それ以外はテキトーに他を回りつつダベって過ごす。  俺達の学園祭の過ごし方である。 「そっか。一応、鬼藤先生に聞いてあるんだけど、返事がなくって」  小豆ちゃん絶対忘れてるんだろうなあ。  ぶっちゃけ顧問であることすら忘れている時もあるくらいだし。 「わかった。俺が小豆ちゃんにも話は通しておく」 「うん、助かる」 「それにしても、どうして祥子さんが放送部の学園祭のことまで気にしてんの?」 「え? だって、私生徒会役員でもあるし」 「――へ?」  マジかよ?! 「あーっ?! もしかしてまた忘れて――」 「忘れてません、絶対忘れてません!」  ぶんぶん首を横に振って否定した。  これ以上、御幸祥子さんの心証を悪くしたくない沢渡拓郎である。 「もし、何かやるなら早目に言ってね、プログラムに載せるから」 「了解した。あざーす! 御幸祥子さん!」 「うう、だから、フルネームはよそうよ……」  そんなわけで、本来なら部長である南先輩にお願いするのではあるがそこは空気を読む俺。  進学を控えた御忙しい先輩のお手をわずらわせちゃなんねぇ!  俺が小豆ちゃんと話しとこう。  そうと決まれば、職員室にゴーである。 「よきにはからえ!」 「ですよねえ」  予想通りのお言葉をいただいた。  一応、放課後、先輩に報告ついでに皆にも話しとこう。  まあ、結果は見えてるけど。 「学園祭か! 面白そうじゃないか!」  甘かった。  先週から熱血青春娘がいるのを忘れていた。 「学園祭か~。去年はどうしてたっけ?」 「時間帯決めて、二人一組で放送室で待機してて、連絡事項が来たら流すだけ」 「あとは各自自由行動」  ゆるゆるである。 「今年も同じじゃないんですか?」 「何かやるっつーても、何もないだろう?」 「そんな事はないだろう? もう少し話合ってみないか?」 「先輩、どうしますか?」  俺の声にこの場にいる全員が先輩に注目する。 「……去年は私も放送部を始めたばかりだから、正直あまり余裕はなかった」 「でも、来年は卒業するし」 「私が皆と何かするなら、きっとこの夏が最後の機会……」  じーっ、と先輩が部員、一人一人の顔を見る。  うう、照れる。  先輩に見つめられるのは何度やられても、うれし恥ずかしい。 「もし、私のわがままが通るなら……」 「わかりました!」 「聞いてくれ! 皆の衆!」  先輩の気持ちがわかった以上、前向きに行動するしかない。  これが、きっと最後の恩返し。 「我が放送部部長様は、何と我々と学園祭で思い出を作りたいそうだ!」 「ん」  こくん、とうなづく先輩。 「進学を間近に控えた、大変御忙しい御身でありながら、我々とともに過ごしたいと言ってくださっているのだ!」 「そこを踏まえて、協力しやがれこの野郎!」 「おいおい」 「拓郎、お前も南先輩からむと、すげー突っ走るな……」 「兄さん、今の言い方は全然お願いになってませんよ……?」 「ナナギーっぽく、言ってみた」 「兄さん、私はそんな話し方はしませんよこの野郎」  言ってるじゃん。 「私は協力する」  まずは最初からその気だった三咲が仲間に加わる。 「学園祭で、仲間と出し物! これ以上の青春はありえない!」  小躍りする勢いではしゃいでいた。  めっちゃ嬉しそう。  そこまですごいことできるかな。 「俺もいいぜ」  続いて俺同様、南先輩大好きっ子の修ちゃんが賛同してくれる。 「ありがとう」 「神戸くんに、感謝を……」  合掌する。 「いやあ、そんな、こんなの朝飯前ですよ、はっはっはっ!」  デレデレ。  その人相の悪さから学園中で恐れられている修二がこのザマである。 「よし、馬車馬のごとく死ぬ気で働けよ、修ちゃん!」  俺も心から友にエールを送る。 「おめーが言うなよ! 萎えるだろっ!」  しかし、俺のエールは素直じゃない修ちゃんには届かなかった。 「じゃあ、私も今年は青春するか~」  続いて、計。 「兄さんは本当、世話が焼けますね……」  そして、七凪も立ち上がった。 「よし、これで全員――ん? モブ子は?」  と計を見る。 「あ、モブモブは今日は家の手伝いで欠席」  モブ子でちゃんと話が通じていた。  ていうか、モブモブって。 「つぶやいて聞いてみるね~」 「『モブモブ、学園祭でせーしゅんしようぜ! なう』っと……」 「え? それでわかるのか?」 「それに、なうじゃない……」  めずらしい先輩のつっこみ。  しばし待つ。  で。 「おー、リプライ来ましたよ、沢渡さん!」 「何て?」 「『モブモブじゃねーよ! なう』だって」  そっちに食いついたのかよ?!  意味ねー。 「あ、次に『せーしゅんしてやんよー』ってあるよ」 「しゃあっ!」  ガッツポーズする。  全員一致で学園祭に放送部参加決定! 「めでたいな、沢渡くん!」 「宴会だー!」  計は早速コンビニ菓子をテーブルに広げる。 「ひゃっほー!」 「いやっひー!」  すぐに賛同する男子達。 「ちょっ?! 出し物を決めないといけないだろう? それに、昨日、歓迎会したばかりじゃないか?!」  三咲さんびっくりの図。 「調子にのるんじゃありません」 「めっ……」 『しゅみません……』  ともあれ。  まずは生徒会に報告するためにも出し物を決めないといけない。  早速会議となる。 「やっぱ喫茶店だろ、定番中の定番だぜ」 「は? 神戸何言ってんの? あたし意味がまったくわからないよ」 「まったくだ……」 「本当だよな……」 「せめてメイド喫茶とかだろ、最低でも」 「違いますよ! 放送部とまるで関係ないのが問題なんですよ! 兄さん達はアホですか?!」 「んー……」 「やっぱさ、ポエムとかの朗読じゃん?」 「えー」 「そんなん誰が聞くんだよ? 第一、計、ポエム書けるのか?」 「もちろんですよ、沢渡さん」 「公道最速――その先に何があるか、見たいんだ――」 「ドコのポエムですか?! 首都高限定ですか?!」 「真鍋くんは独特の感性をしているな……」 「んー……、んー……」 「だから、あそこでパス出してどうすんだよ! おかしいだろうが!」 「ちげーよ! あのままつっこんだって、ゲンちゃんに止められるに決まってるだろ?!」 「何てたってゲンちゃんはS(すっごい)・G(がんばっちゃう)・G・Kなんだからな!」 「えい、揉めてるうちに、ロングシュート! ゴール!」 「あっ、真鍋汚ねっ!」 「おい、キミ達……」 「そこの三人は何を遊んじゃってるんですか?! ぶっとばしますよ?」 「んー……、んー……、んー……」 「……どうして……こう……決まらないん……だろうね……?」  机につっぷしたまま計が弱々しい声をあげる。 「どうした……計? 死にそうな声出して……」  俺も机につっぷしたまま応える。 「空腹でござる……」 「同じく……」  同時に力尽きたように、口をつぐむ。  いかんゲームに熱くなりすぎたか。 「しかし、遊び以外はまるで無力なんだな、この部は……」 「本当ですね……」  そうは言われても、人はエネルギーがないと動けないのだ。 「まいったな……。どっかでメシ食ってこのまま徹夜で会議か?」 「それはダメ」  先輩が首を横に振る。 「皆、疲れてるから……今日は解散」 「こんなに時間をかけて成果なしか……」 「兄さんが真面目にやらないから……」 「すみません、集中力がなくてすみません……」  机にへばりついたまま、妹に謝る。  兄としての威厳などカケラもない。 「おわびに、明日の放課後までに何かまともなの考えてきます……」 「そうですね。それくらいはしてもらわないと」 「だねー……」  へらっと計が七凪に同調する。  お前も嬉々として遊んでただろう……。 「んじゃ、明日の放課後また集合な」 「ういー。お疲れ~」  机にくっついたまま挨拶。 「期待してるぞ、沢渡くん」 「お疲れー……。またね~……。うう、途中で、絶対何か食べてこ~」  計も腹を押さえつつ、ゆらゆら揺れながら歩き出す。 「また明日……」  皆、部室を出る。 「ふへーっー……」  俺も何とか最後の力を振り絞って立ち上がる。  マジ腹減ったよ。 「さあ私達も帰りますよ、兄さん」 「わかった……」  空腹で足がふらつく。 「大丈夫ですか? 何なら私の肩につかまってください」 「そして、さりげなく胸にタッチとかしてもいいんですからねこの野郎」 「すまん、今はいいリアクションが何も思いつかない……」  腹が減り過ぎて。 「……早く夕食にしましょうか」  ナナギー嘆息。 「早く、妹にエッチなことをするのが生きがいの兄さんに、もどってもらわないと……」 「いや、俺は、そんな兄では、ない……はず……」  蚊の鳴くような声で反論する俺だった。  そして、次の日の放課後はあっさりとやって来る。  もちろん、いいアイデアは何も思いついていません。  てへっ☆ 「――って、馬鹿っ!」  自ら額を机にぶつける。  俺の馬鹿! シスコン! 妹専用! でも好き! (ちょっと混乱している)  ああ、このままでは先輩を失望させてしまう!  七凪にも「兄さんは嘘つきさんですこの野郎」とののしられてしまう! 「わっ?! 沢渡くん、何をしてるの? どうして自傷行為を?! 何か悩んでるの?!」 「うう、聞いてください、御幸祥子さん……」 「またフルネームなのが気になるけど聞くよ!」 「実は……」  涙ながらにクラスメイトに状況を説明する。 「ふんふん、放送部で何かやりたいけど、出し物が決まらないと」 「そうなんですよ……」 「俺、今まで学園行事とか真面目に考えたことないから、まるで浮かばなくて……」 「いや、沢渡くん委員長だから、そこは考えようね? まあ、それはともかく」 「そういう時は過去、先輩達が何をやってたのか参考にしたら?」 「それだよっ! ミユキちゃん!」 「いきなり、フランクな間柄に?!」  眼鏡の向こうの瞳が見開かれる。 「ミユキちゃんの提案通り、早速昔の資料を調査してみるよ!」  光明が見えてきた!  持つべきものは心優しきクラスメイトである。 「あ、そのへんの資料ならたぶん図書室に行けばあると思うよ」 「ミユミユ、あんた最高やで!」  バンバンバン!  勢いよく眼鏡が素敵なあんちくしょうの肩を叩く。 「ミユミユって……」 「俺、図書室行ってくる!」  意気揚々と歩き出す。 「頑張ってね~」 「ありがとう! 御幸祥子さん!」 「どうして、フルネームに戻っちゃうの?!」  そんなわけで最近ちょっと仲良くなった御幸祥子さんのアドバイスを得て、図書室へ向かう。  学園祭の資料を、過去十年ほどあさって放送部の活動を調べる。 「去年はもう俺達の代だから、それより前か……」  二年前、特に何もやってない。  三年前、やっぱり何もやってない。  四年前、さりとて何もやってない。  五年前、とにかく何もやってない!  六年前、だから何もやってないんですよこの野郎!  あまりの収穫のなさに、ついナナギーを演じてしまった。 「何て、やる気のない部なんだ……」  自分達のことを棚にあげて、愚痴る。  このまま調べていくと、学園を創立した年になりそうです……。  ツライ作業になりそうだ。 「でも、今はこれにすがるしか……!」  無理矢理やる気を出して調査続行。  七年前、放送劇をやったと簡単な記載を発見した。 「お?」  やっと手がかりっぽいものを見つけた。 「部員全員で書いた脚本を皆で熱演。学園を笑いと感動の渦にまきこんだ……」  ホントかよ。  まあ多少は内輪褒めもあるだろうが、そこは学生なんだしいいだろう。  でも、これなら全員が参加できていいかもしれない。 「ん?」  心が決まりかけたところに、気になる一文を見つける。 「近隣の皆様に大変好評……?」  近隣?  このあたりって、どっちかというとお年寄りばっかで、学園祭に足を運んだりはしないと思うけど。  気になってさらに調べる。 「あ……」 「ミニFM局の開局?」 「何だ、そりゃ?」  部室で俺の提案を伝えると、部員がほぼ全員、首をひねった。 「え? 何だよ、お前達ミニFM知らないのかよ? 放送部なんだろ?」  意外に流々は知っているようだった。 「すまん、俺達素人なんで」 「去年から入部してたんだろうが?! 少しは勉強しろよ! 興味持てよ!」 「随分、自己主張の強いモブだな……」 「モブじゃねーよ! だから表示変えんなよ! いいかげん泣くぞ!」  流々はイジると楽しいヤツである。 「だけど、名前からある程度は想像できるよね」 「ミニですから、ち、小さい……小さいSMってことですか……?」 「微エロ……?」 「はいはい、そこのお嬢さん方! 今だけはエロからちょっと離れてくださいね!」  お約束すぎるネタだ。 「ナナギー、エロエロ~」  計が七凪の背中にくっついて、はしゃぐ。 「わ、私はエロくはありません!」 「ナナギー、エッチッチ~」 「違いますよ~!」  女子二人が子猫のようにじゃれ始める。 「百合展開か……ありだな」 「美エロ……?」 「俺的にもありだが、話が進まねぇんでやめてくれませんか、そこの妹と幼馴染よ」  計と七凪の間に割って入る。 「ちぇーっ」  ようやく七凪を解放する計。 「うう、兄さーん!」  計に散々いじられた七凪が俺の傍らに。 「可哀想に、あんな肉食系女子にイジメられて……」 「だから、雑食系だっちゅーに」 「……しかし、あいかわらず話の進まない部だな」 「沢渡くん、早く説明を続けてくれ。もう夜中になるのは勘弁だ」 「悪い。では」  こほん、と咳払いをして、 「七年前の先輩達はさ、ミニFM放送局を開設してたんだよ」 「で、学園祭の日は、色々な放送してたらしい」 「色々というと?」 「たとえば放送劇とか、各部活のレポートとか、テーマを決めて先生をまじえての討論とか」 「お祭の間中、ただBGM流すよりは面白いだろう?」 「それって、普通に校内放送だけでもいいんじゃね?」 「ああ、これは元々この地域に対するボランティア活動の一環でもあったらしい」 「学生の放送を流すのがですか?」 「この辺はお年寄りが多いじゃん? そういう人達は近所の学生の生の声を聞けるって喜んだらしい」 「お一人で暮らす方も多いから、それはそうかも」 「この放送を機に、地域の人達との付き合いも活性化したそうだ」 「だろうなー、地域密着型の番組を通してコミュるのが、ミニFMの醍醐味だぜ!」 「コミュる?」 「コミュニケーションに決まってるだろ、タクボン」 「わかったけど、タクボン言うな」 「面白いじゃないか、私は賛成だ!」 「私達も楽しめて、かつ地域の皆さんのためにもなる! こんないいことはない!」 「これぞ、正しき若人のあり方だ! ああ、我、理想の青春像をここに見つけたり!」  三咲が恍惚とする。  どうやら青春娘の琴線に触れたようだ。 「そんなわけで、学園祭ではミニFM局を開局して、放送を流すということで異議がある人!」 「異議なし!」 「ま、いいんじゃね?」 「いいよ~」 「同意」 「兄さんがそうしたいなら」  続々と賛同者が。  ぐんぐんテンションが上がってくる。 「よし、放送部が今まさに一丸となって――」 「反対」 「――って、空気読めよ! モブ美!」 「うっさい! もうツッこむのも面倒じゃあああああっ!」 「理由を言えや、ごらああああっ!」 「おおう! 言っちゃるわい、うらああああっ!」  飛び掛ってくるモブ美。  ドタンバタン  幼馴染と熱く語り合う。  腕力で。 「おいおい、落ち着け二人とも」 「この暑いのに……」 「はいはい、仲がいいのはわかったから、ケンカはよしてくださーい」 「神戸くん……」 「はっ! 今止めてくるっす!」 「おい、おめーら、いいかげんに……」  俺達の間に修二が割って入る。 『クロスカウンター!』 「ぐほっ?!」  俺と流々双方の放った必殺パンチをその身に受けた修二は、崩れるようにその場に倒れた。 「なかなかいいファイトだったぜ、流々……」 「ふ、お前もな、タク……」  俺と流々は額の汗を拭い、固い握手を交わす。  またひとつ新たな友情が芽生えた。  修ちゃんを犠牲にして。 「ふざけんなっ!」  ごもっともな意見である。 「キミ達といると本当に話が進まないな……」 「もはや、感心さえするよ……」 「ありがとう!」  俺は親指を立てて、爽やかな笑顔を三咲に向ける。 「皮肉だ! 少しは落ち込んでくれ!」 「はいはい、もうコントはいいから」 「流々、どうして反対なのか、言ってみそ」 「ん」  計の言葉に先輩も首肯する。 「わかった。じゃあ、皆、今から屋上行こうぜ」  え? 「流々姉さん、どうして屋上に……?」 「ん? だってよく言うじゃん」 「百聞は一見にしかず、って――」  流々に急かされて、全員よくわからないまま屋上に上がる。 「ほら、あれ見ろよ」 「あれって……」  流々の指先の向こうに見えたのは―― 「アンテナだね」 「前から気になってはいたが、少し変わった形をしてるな」 「サビサビですよね」 「そう、今、ナナギーはいいこと言った! そこが問題なんだよ!」 「あ……」  流々の言葉に先輩は何かに気付いたようだ。 「タク、もうわかったろ?」 「え? えーと」 「ヒントを……。もしくは三択に……」 「クイズじゃねーよ! アホか!」  頭ごなしに叱られる。 「肝心のアンテナがあんなんじゃ放送できないだろう?! 私はそう言ってんだよ!」  流々がびしっ! とアンテナを指差す。 「へ? あのアンテナ、ミニFMと関係あんの?」 「は? アンテナなしでどうやって電波飛ばすんだよ?」 「あのフォールデッドダイポールアンテナはミニFMの定番だろう?!」 「そうなのか?」 「へー」  部員全員で感心する。 「……おい、何でそんな基礎的なコトを知らないんだよ……?」  がっくりと肩を落とす。 「んなこと言われてもな~」 「関係ないしねー」 「俺達素人相手に何を期待してるんだよ、流々」 「だから、あんたら、素人じゃなくて放送部っっ!」  流々は屋上の中心で叫んでいた。 「あ、そうか」  後頭をかく。 「素で忘れるなよ! マジで泣くぞっ?!」  すまんこんな俺達ですまん。 「……しかし、田中くんは詳しいな」 「もしかして、前の学園でも……?」 「え? まあ前の学園でもやってたから、少しくらいは……」 「師匠! お肩をお揉みします!」  計が早速弟子入りする。 「――え? ちょ、計、そこは脇、肩ちが……あひゃはははははっ!」  脇をわきわきしていた。  前言撤回。  ただ遊んでいるだけだった。 「経験者がいるのは心強いな」 「ああ!」 「田中流々副部長、爆誕!」 「ぱちぱちぱち」 「めでたいですね」  今まで不在だった副部長の座がうまる。  本人の了承もなく。 「勝手に決めるなよ! ひどい部だな! ここ!」  副部長は憤慨していた。 「まあ、俺達本当わかってないし教えてくれよ」 「ちゃんと言うこと聞くからよ! 副部長」  修二と二人で流々を説得する。 「本当かよ、じゃあ、そこのヤクザ顔何とかしてくれよ」 「承知した! 計!」 「おーう!」 「あ痛たたたたたたたたたたたたたたたたたっ?!」  計と二人で修二をフクロに。 「すまん! 修ちゃん副部長の命令なんだ! あははは!」 「ごめんねー。ワーイ♪」 「お前ら、全然喜んでるだろ?! 遊んでるだろ?!」  しばらく修二で楽しく遊ぶ。 「――まあ、とりあえず神戸くんはいいとして」 「よくねーよ!」 「田中くん、あのアンテナ、一見老朽化しているように見えるが使えないとは限らないんじゃないか?」 「一度、見てみましょう」 「それはそうだけど……」  流々はまだミニFMをやるのに前向きじゃないらしい。 「アンテナ以外にも、トランスミッターとか機器は必要なんだよねー」 「それ高いのか?」 「ピンキリ」 「いいのは10万とか」  マジかよ。  学生にはとても手が出せないぞ。 「お金無いですし、中古を探しましょう」 「確か倉庫に先輩達が使ったのがあったはず」 「それで何とか」 「いいけど、ちゃんと動くかな~」 「とにかく俺はあのアンテナをチェックしてみる」 「断線とかしてないか」 「倉庫は残りの皆で頼む。修二が中心にやってくれ。ガラクタ多いから気をつけろ」 「了解」  とりあえず機材の状況を把握しよう。  すべてはそこからだ。 「これは……マズイな……」  はしごを使って、アンテナをいじること一時間。  老朽化はかなり深刻な状況だとわかった。  触っただけで、ポロポロ塗装はハゲ落ちるし、  あちこちひん曲がってるし、  あきらかに断線してると思われる箇所は片手の指の数を越えた。 「外面だけで、これほどとは……」  線はちゃんと放送室まで繋がってるのか?  建物の中のどこかで断線してたら、もう素人ではお手上げだぞ。  前途多難。  そんな言葉が頭を何度もよぎった。 「沢渡くん」  ん?  下からの声に、視線を移す。 「三咲か」 「そっちはどうだい?」 「えーっと……」  はしごを降りながら、何と言ったものか考える。  三咲は絶対にこの計画に期待大だからな。 「ちょっと……」 「ちょっと?」 「心が折れそう、かな……」  結局、正直に話す。 「それはかなり悪いということか……」 「俺達で修理できる自信は正直ないな」 「新しいのを設置した方が、いいかもしれない」 「そうか……」  案の定、三咲がちょっとシュンとしてしまう。 「ま、まあ、まだ無理って決まったわけじゃない」 「そっちは?」 「うん、こっちは何とかなりそうだ」 「先輩方が随分丁寧に保管してくれていた。助かったよ」 「それに手入れの仕方や機器の操作方法を記入したノートも発掘した。ほら」  一冊の大学ノートを差し出される。  開く。  うわっ。  黄色く変色したページに、細かい字がびっしりと。  本当にどのページにもびっしりと……。 「――え?」  最後のページに目をとめた。 「どうした?」  三咲が覗き込んでくる。  そこには山下一夫というごく平凡な名前とともに、その人の住所と電話番号が記載されていた。  『もしわからないことがあったら、いつでも連絡してください。』  というメッセージとともに。 「これ先輩だ……」 「ああ……」  何の変哲もない、飾り気も無い言葉。  でも、そこに放送部への愛情を、後輩への思いやりを感じずにはいられない。  ありがとうございます。  山下先輩、ありがとうございます! 「きっと、先輩方にとっても大切な物だったんだろうな……」 「うん……」  いつか後輩達が使うかもしれないと。  そんな事を考えて、きっと。  先輩、不出来な後輩ですみません……。 「このアンテナも、きっと大切だったんだ」  俺達は夕方の風を受けながら、オンボロアンテナを眺める。  いつも何気なく見ていたそれが今はとても大事な、何物にも変えがたい物に思えてきた。 「何とか復活させたいな」  三咲もアンテナを見ながら言う。  俺も思いは同じだった。  そして、その思いはより強くなった。  この古い一冊のノートで。 「アンテナの修理代、何とかならないか、かけあってみよう」 「学園も無下にはしないと思うんだ」 「そ、そうだな!」 「いいぞ、沢渡くん! 私も協力しよう!」 「ああ、頼りにしてるぞ!」 「自慢じゃないが、私は頼りになるぞ!」 「それ自慢じゃね? はははは!」 「そうだな! あはははは!」 「あはははは!」  女の子と夕陽を眺めながら笑う。  あ、何か俺今、青春じゃね?  心の片隅でそう思う。  よし! この青春パワーでどんな困難も乗り越えてやる!  必ず学園祭でミニFM局を立ち上げてみせる!  俺はそうあの夕陽に誓うのだった―― 「却下」 「即答っすか、小豆ちゃん?!」  次の日の昼休み、早速、顧問の小豆ちゃんに相談した。  その結果がこれである。  結論出るの早っ。 「ば、ばっさりだ……」  相棒の三咲も展開の早さにびっくりしていた。 「こうないふぉうふぉうにふぁんてふぁひらふぁいふぁん」  校内放送にアンテナいらないじゃん  煎餅をかじりながらしゃべる。  行儀悪っ。 「いや、学園祭でミニFM局を立ち上げたいんですよ、小豆ちゃん」 「そ、そうです。先生! そのためにアンテナを修理したいんです」 「――っくん。それってお金かかりそうだね……って、マイ、ガッ!」 「ど、どうしたんですか?」  急に発作を起したように叫びだしたぞ? 「ううっ……お金のことを思うと、つい最近のボーナスカットのことを思い出すから……」  ダーッと目の幅の涙を流す。  切ないなあ。  が、俺としてはここが交渉のポイントだ。 「まあ、元気出して。ほら修理代が余ったら皆で何か食べましょうよ」 「ぴくっ……」 「良ければ、小豆ちゃんの好きな焼肉でも……」 「ぴくぴくっ……」  そっと小声でいけない話をもちかける。  小豆ちゃんは如実に反応した。 「なっ?! おい、沢渡くん、それは賄賂――」 「いいから、ここは俺に任せろ三咲」  右手を広げて、三咲を制す。  真面目な三咲にはこういう駆け引きはできないだろうし。 「しゃ、しゃわたりくん、テールスープもつけていい?」  すぐのってくる。  御しやすい人である。 「もちろんでげすよ」  太鼓持ち風にもみ手をしながらうなづく俺。 「ぜ、絶対、塩タンは外せないよ? 絶対にだ!」 「すべて、先生の仰せのままに……」  うやうやしく頭を下げる。 「うおォン!」  小豆ちゃんの焼肉心に火がついた。 「肉……もとい、生徒のために、私がやらねば、誰がやるっ!」 「先生しかおりませぬ! 小豆ちゃんしかおりませぬ!」  どんどんマキをくべて、小豆ちゃんのやる気を燃え上がらせる。 「まかせて! 今からハゲ(学園長のこと)んトコ行ってくるから!」 「がっちり、埋蔵金せしめてくる! あと機密費とか!」  そんなものがこの学園にも?!  ていうか、学園長ヅラなの?! いや、今はそれよりも。 「小豆ちゃん、素敵!」  小豆ちゃんを超持ち上げる。 「ふふ、惚れてもいいのよ? じゃあ、行って来るね~♪」  両手をぶん回しながら、小豆ちゃんは元気に職員室を出た。 「くくく……」 「計算通り!」  悪党ズラでほくそ笑む。 「……沢渡くん、私はこういうのはちょっと……」  真面目な三咲は複雑な表情をした。 「気持ちはわかるけどここは抑えてくれ、三咲」 「目的を果たすには政治的な駆け引きだって必要なんだよ。俺だって本当はツライんだ……」 「くくく……」  つい笑いがこみあげてくる。  黒幕になった気分に酔いしれる俺。 「私にはすっごく楽しんでるように見えるんだが……」 「しゃ、しゃわたりくんっ?!」 「あれ? 早かったですね、もう話はついたんですか?」 「よく考えたら、クラブ活動の予算は生徒会の管轄やで!」 「先生は介入できないよ! したらまたボーナスカットって言われちゃったよ、マイ、ガッ!」 「小豆ちゃん、使えねー」  がっくりと黒幕は肩を落とした。 「何だと?! 自分だって忘れてたくせにっ! くのくのくのっ!」  そばにあった出席簿で連打される。 「あ、ちょ?! 小豆ちゃん痛い痛い痛い! ノーッ! 角はやめてっ!」  仲間割れ。 「やれやれ……」 「悪は栄えずだな……」  放課後。  俺は放送部の面々を集めて、作戦を練ることにする。 「そんなわけで、予算を確保するには生徒会を倒すしかない」 「いや、違う。それは絶対に違うぞ、沢渡くん」  少々熱くなった俺に三咲のツッコミが入る。 「普通に予算申請すればいいんじゃない?」 「だよな」 「いや、それではたぶん予算は下りない」 「どうしてだ? 学園祭に参加するんだ。下りるはずだろう?」 「ふっ、金を手にするっちゅーんはな……そんな簡単なモンじゃあらへんで……」 「あんさんら、そのへんわかってないんとちゃいます?」  エセ関西弁になって雰囲気をかもし出す。  浪花っぽく。 「うわっ、感じ悪っ」 「ど、どうしてだ? どうして下りないんだ?」 「実は、まだ俺と先輩が二人っきりで活動してた頃、一度申請したことがあった……」 「ん? 何か買ったのか?」 「部にある唯一のCDラジカセが壊れたんだよ。だから新しいのが欲しかったんだ」 「ああ、たまに音楽流すのに使うアレね」 「今あるってコトは、下りたんだろ?」 「アレは俺の自腹なんですっ!」  過去の怒りを机にぶつけつつ告白する。 「マジかよ?!」 「マジだよ! 一円も金くれなかったんだよ! あのケチケチ生徒会はっっっ!」  涙ながらに真実を訴える俺。 「ど、どんな理由で下りなかったんだ……?」 「実績がないから」  一年前言われたことをそのまま皆に伝える。 「は? だけど、連絡事項放送したり、細々とだけど活動はしてたじゃねぇか。実績はあるだろ」 「あんさん……ホンマに苦労が足りまへんなぁ……」  くくく、と嫌味な笑みをもらしつつ修二を見る。 「うわっ、マジ感じ悪っ!」 「ふ、生徒会の皆々様から見れば、そんなささいな活動など、チリとも思ってくれまへん……」 「ないと同じですわ~。ゼロですわ~」  ゆらゆらと身体を揺らしながら、塵芥を表現。 「じゃあ、どんなのが実績扱いになるんだよ?」 「大会で優勝するとか、国体に出るとか」 「えー……」 「沢渡くん、私達は、その、放送部なんだが……?」  三人に「お前、何言ってんの?」という目を向けられる。 「わかってるよ! 俺だってそんなことはっ!」  絶叫して、やり場のない怒りをマイ机にぶつける。 「畜生! 放送部がどうやったらそんな実績作れるんだよ?!」 「甲○園とか行くのかよ?! 連れて行くのかよ?! 南ちゃんいるけど!」  立ち上がって、頭を抱えつつその場でぐるぐる回る。 「拓郎、落ちつけ! おい、真鍋も手を貸せ!」 「めざせタクちゃん甲○園!」 「無理ーっ! 俺には無理ーっ!」 「余計興奮させるなっ!」  修二に取り押さえられる。 「うう、俺にはできなかったんや……自腹切るしかなかったんや……修ちゃん……」  友の胸で、過去の悲しい出来事を語る。 「わかった、わかった、もういい、お前は頑張ったよ……」  修二はちょっともらい泣きして、俺を慰める。  いいヤツだった。 「そうか……状況はわかったが……そうなると……」 「またタクの自腹?」  厳しい現実をつきつけられる。  それだけは避けたいんだが―― 「――って、真鍋さん、俺だけの自腹って決め付けないでください! スケープゴートはやめて!」 「ちぇ、気付いちゃった」  何て非情な女なんだ……。  沢渡拓郎は真鍋計に心底怯えるのであった。 「アンテナの修理代って、どれくらいかかるんだ?」 「まずは業者の人に見積もってもらわないと」  その見積もりを見るのも怖いけど。 「私達だけで話合ってても、らちがあかないな」 「部室には先輩と田中くんがいる。合流して相談しよう」 「ういーす、ほらタク、元気出して」  計に背中を押されながら歩く。  気が重い。 「こんちはー」 「こんにちは」 「お疲れ様です、兄さん」  部室に入ると、いつものごとく南先輩と七凪が迎えてくれた。  あれ? 「流々は来てないんすか?」  先に来て、機器の調整をしてるはずなのに。 「倉庫にいる……」 「何だか、騒いでいたようでしたけど……」 「あの子はいつもやかましいから、それは普段通りだよ!」 「だよなー」 「あははは! わかってらっしゃる!」 「ははは! こやつめ!」  幼馴染同士の計と二人で笑う。 「ひでえ幼馴染だな……」 「まったくだ……」 「誰がやかましキャラかっ!」 「ごふっ?!」  背中に衝撃が?!  つんのめって、そのまま前に倒れそうになる。 「に、兄さん?!」  ナナギーに危うくぶつかりそうに。 「とう!」  全力で身を翻す。 「あ……」 「あ……」  気がついたら正面から先輩にしがみついていた。  胸に顔をうずめつつ。 「タクロー……」 「す、すみません、先輩」 「いい」 「タクローなら、いい」  ぎゅっとされた。  おおおっ! いきなり至福の時が?! 「あ、タクロー」 「くすぐった……あ……」  先輩の声に甘い響きが。 「こらー、そんなとこでイチャつくなっ」 「兄さん、私の目の前で何をやってるんですかこの野郎」 「拓郎、てめぇいつまでもくっついてんじゃねー!」  三人にがしっとつかまれて、先輩と引き離される。  ちょっと、いやかなり残念。 「白昼堂々と、女子に抱きつくとは……」 「沢渡くん、キミはやっぱり変態だな……」 「沢渡家の恥です」 「このタイヘンなヘンタイ!」  女子からブーイングの嵐。 「違う! 流々が俺を蹴飛ばすのが悪いんだろう?!」  ちょっと嬉しかったけど。 「うっさいなー、タク」  両手でデッカイ機器を持った流々が息を吐く。 「私の上履きもタクの背中で汚れたし、お互い様だろ?」 「田中さん、マジヤクザマインドですね!」  修二よりよっぽど、こえーよ。 「それよりさー、タク、これ」  机に機器を載せて、流々が俺を見る。 「それえーと、なんだっけ? FMトランスミッター?」  昨日、流々に名前だけは聞いていた。 「めちゃ年代物だけどな、これ要は送信機なんだよ」 「へー、重要じゃん」 「うん、超重要。アンテナあってもこれないと放送できない」 「そうなんですか……」 「うわー、なんかカッコいいー」 「んー……」 「これは操作を覚えないといけないな……」  部員全員で機器を囲んで眺める。 「でさ、これ壊れてるから」 『なんじゃ、そりゃーっ?!』  今度は全員で流々を取り囲む。 「ちょっ?! 私が悪いんじゃねーよ! 元々壊れてたんだよ!」 「ひでぇ、アンテナの修理代だけでも頭が痛いというのに……ひどいよ田中さん!」 「これ以上、自分の腹切ったら死んじゃうだろっ?!」 「何で切腹の話になってるんだよ?! まったくわけがわからないよ!」  流々が目を白黒させる。 「あ、そうだ。それについての相談をしなければな」 「沢渡くんのせいで、また脱線した」 「今回は俺、そんなに悪くないよ!」  汚れ役専門とか嫌すぎる。 「……なら、相談しましょう」 「何があったの?」 「えっと、ですね――」  簡単に七凪、先輩、流々に状況を説明した。 「……そう」 「あのラジカセはタクローが買ったの……」 「はい、今まで黙ってて、すみません」  先輩には内緒にしていたのだ。  絶対、自分で払うと言い出すから。 「何でも相談してって言ったのに……」 「タクロー、めっ」  軽くにらまれる。 「ごめんなさい」  うう、先輩に嫌われてしまった。 「でも、私のために黙っていてくれたタクローは好き……」  え? マジですか?! 「好感度アップ……」 「この効果音はどこで鳴ってるんだ?!」  三咲が天井や壁を見渡す。  気にしたら負けだ。 「いや、そんな、恥ずかしいなあ、あはははは!」  くねくねしながら俺は照れる 「何デレデレしているのですか、兄さんこの野郎」 「痛い痛い痛い! ウサギになる!」  耳を思いっきり、ナナギーに引っ張られた。 「そんな可愛いもんじゃないよー」 「せいぜいブラック・○ビルだろ」  昭和臭のするツッコミだ。 「私はやはりここは生徒会に直訴すべきだと思う」 「そもそも、生徒会の論理でははなっから私達に予算を割く気がないとしか思えない」 「だよなー。あいつらふざけやがって……」 「ヤクザ顔が行って脅してこいよ」 「あ、それいいな」  何か効果ありそう。 「神戸が停学になるかもだけど」 「尊い犠牲じゃね?」 「そっか。じゃ、いいけど」 「よくねーだろ! ていうか、どうして、俺最近アウェーすぎなんだよ?!」  修ちゃん早くも涙目。 「……私が生徒会と話す」  南先輩が静かに席を立つ。  え?  それは、あんまりよろしくない。  先輩の事情をそれなりに知っている俺としては、先輩が揉め事の渦中に立つのは看過できない。 「いや、先輩は来年進学じゃないですか」 「生徒会とか学園とかとあんまりいざこざは」  とりあえず無難な表現でオブラートに包む。 「いざこざなんか起さない……」 「ただ部長としての責任を果たすだけ」  先輩の目は真剣だった。  この人のこういう生真面目さは大好きだ。尊敬に値すると言ってもいい。  でも、それが必ずしも物事をスムースに進めるわけではない。 「いや、ここは俺が行きますよ」  立ち上がる。  たぶんそれが正解のはず。 「でも……」  少し不安げなまなざし。 「大丈夫ですよ! 今度こそ予算ぶんどってきますから!」  去年のリベンジだ。 「タクの顔で脅しても、あんま効果なくね?」 「脅しじゃなくて、普通に交渉するの!」  本当にヤクザマインドだ。 「ですけど、一人で大丈夫ですか?」  七凪の表情が少し陰る。 「いや、大丈夫だよ、心配しないで」  妹に余裕の笑みを見せる俺。 「私も沢渡くんがあっさり生徒会に論破されて、泣いてしまわないか心配だ……」 「ですよね……」  そっちの心配ですか?! 「俺、そんなに弱くないよ! 絶対予算取ってくるって!」  ちょっとムキになる。 「でも、去年は論破されたじゃーん」 「うっ。あ、あれは当時の女会長がちょっと苦手だっただけだ!」  何とも話しづらい上級生だった。  とはいえ女の子ではあるので、強くも出られなかったんだよな。 「たいていのヤツになら、そうそう言い負かされたり……ん?」 「タクロー」  ちょいちょい、と先輩が肩をつついてきた。 「何ですか? 先輩」 「今の生徒会長も同じ人……」 「へ? マジですか……?」 「……」  ちょっと腰が引けてくる。 「おいおい」 「何で知らないんだよ?! アホかタクは?!」 「兄さん、少しは世間というものにも関心を持ってください……」  ナナギーに半眼でにらまれた。 「すみません……」  こんな兄でごめんなさい。 「やはり、誰かと行った方がいい」 「だね~。そうしなよ、タク」 「兄さん、私も同意見です」 「うーん、皆がそんなに言うんなら……」  全員の顔を見渡す。  先輩はやっぱり巻き込みたくないし、七凪や計はちょっと世間知的なトコで若干不安。  流々と修二は熱くなると、腕にモノを言わせそうでもっとありえない。  と、なると、 「三咲、頼んでいいか?」 「ああ、もちろんだ!」 「私が行ったら、沢渡くんの出番はないかもしれないが、悪く思わないでくれ」  ふふん、とばかりにドヤ顔になる。  本当にそうなれば助かるんだが。 「えー、あたしじゃないんですか沢渡さん」 「兄さんはイケズですっ」  幼馴染と妹にジト目を向けられる。 「何で三咲さんなんだ?」 「やっぱ、おっぱいの大きさじゃね?」  修二が頭の悪い冗談をとばす。 「――はあっ?!」 「兄さん、話がありますこの野郎!」 「そ、それなら、タクロー、私のはず……」  女子の皆さんがすぐに反応した。  どうして女の子は胸の話だとこうも簡単に食いつくのか。 「違う! 色々検討した上で三咲が適任だと決めたの!」 「だから、色々検討した結果、三咲さんの胸が一番好みだったんだろ?」  ニヤニヤしながら流々が余計なちゃちゃを入れてくる。 「――なっ?!」  三咲が俺から一歩引いて、距離をとる。 「ああ! 三咲さん、俺はそんな男じゃないよ! ほら、怖くないよ! 戻ってきて!」  必死に無害をアピールする。 「はあ、女子はしょうがねぇな……。なあ、拓郎」 「お前が諸悪の根源だっ!」  修二の後頭部に、遠慮なしの肘を入れた。 「――っ?!」  修ちゃんは安らかに眠りにつく。  床で。 「……ぐずぐずしてても時間もったいないし、三咲行くぞ」 「わ、わかった」 「修理代の見積もりは私がとっておく……」 「お願いします。じゃあ、行ってきます」  三咲と二人で出口へと向かう。 「頑張って~」 「吉報をお待ちしてます」 「ご武運を」  皆に見送られつつ、部室の外へ。  三咲と並んで歩き、生徒会室に向かう。 「……」  隣の三咲は胸を両手で隠すようにしていた。  ちょっぴり悲しい俺だった。 「失礼します」 「失礼します」 「あ、沢渡くん、それに三咲さんも」 「御幸祥子さん?」  生徒会室に入るとまずは見知った笑顔が俺達を迎えてくれた。 「またフルネームなの?!」 「あ、ごめん。何か定着しちゃって」 「もうしょうがないな……。まあ忘れられるよりはいいけどね」 「それよりどうしたの? 何か用? あ、とにかく座って。ドコでもいいよ」 「あ、アイスコーヒーならあるよ。ぬるいけど我慢してね」  手際よく作ったアイスコーヒーを紙コップに注いで出してくれた。 「副委員長は、どうしてここに?」  三咲が紙コップを手に祥子さんに尋ねる。 「あ、言ってなかったけ? 私、生徒会の書記もやってるから」 「そうか。副委員長は達筆だし、それは適任だな」 「え? そ、そうかな~。普通だよ、えへへ~」  言いつつ、黒板にこれ見よがしに『薔薇』と書く祥子さん。  確かに字はすげー上手いが、それより案外おちゃめなんですね祥子さん。 「何だ沢渡くん、クラスメイトがいるんじゃないか」 「いるけど、交渉相手は祥子さんじゃなくて、会長だよ?」 「副委員長がいる組織の長なんだ。そんなに話のわからない人ではあるまい」 「そうならいいんだけど――」 「あ、会長。こんにちは~」  俺の発言を遮るように扉がいきおいよく開く。 「あら、御幸さん、ごきげんよう」 「遅くなってごめんなさいね。来る途中、女子学生にセクハラまがいの発言をしているゴミ虫のような男子を泣かせて――ん?」  会長の視線が、コの字形に配置されたテーブルの対面に座っている俺達で止まる。  一応後輩である俺と三咲は会釈した。 「貴方たちは?」 「沢渡拓郎です」 「三咲爽花です」 「会長の湯川ナナカですわ。そっちの方は一年振りね。そちらは――ああ、転校生の方ね?」 「え? 俺のこと覚えてるんですか?」  去年一回会っただけなのに。 「当然ですわ! 私はこれでも緑南学園で三期連続、生徒会長を務めているのですよ?」 「全学生すべての情報は完全に頭にインプットされていますわ! パーソナルデータも、ウィークポイントも!」  ほっほっほっと笑いながら、自分の席に座る。  熱心なのはいいけど、弱点まで把握しないでほしい。 「ちなみに沢渡くんのウィークポイントはシスコンなこと」 「はいはい会長! そのデータには誤りがあります! 即時訂正を!」 「冗談ですわ」  ニヤソと笑う。 「く……やっぱりやりにくい人だ」  げんなりする。 「……これは中々の難敵だ……」  隣の三咲もすぐに考えを改めた。 「で、今日はどうしたの? 放送部のこと? あ、もしかして学園祭?」  黒板の前でチョークを持った祥子さんが、『本日の議題』と書きつつ俺を見る。 「そ、そうです! 学園祭のことで相談があるんです会長!」  三咲がぐっと前のめりになって、会長に視線を投げかける。 「部費を何とか工面して欲しいんです」  俺も会長の方を見る。 「難しいですわね……」  会長は出納帳と表紙に書かれたノートを開き、渋面になる。  じっとノートを見つめて、俺達とは視線を合わさない。 「確かに予算が限られているのはわかります」 「でも、ウチも今年はただ連絡事項を流すだけでなくて――」 「う~ん……」  会長はますます険しい表情をして、ノートをにらむ。 「絶対に生徒皆が楽しめるようなモノにします。ですから――」  イスを立つ。  あらためて、会長の手元を見る。  会長はノートで隠した雑誌のクロスワードパズルに熱中していた。 「ちょ?! 真面目に聞いてくださいよ!」  難しいってパズルのことかよ?! 「実績がない……」  雑誌に視線を落としながら、ポツリとこぼす。 「うっ」  ちくりと尖った言葉で胸を刺される。 「放送部はこれまで必要最低限のことしかやってきてないのは、おわかりですわよね? 沢渡くん」 「どぅーゆーあんだすたん?」 「ううっ」  途端に劣勢になる。 「ただでさえ予算は限られていて、各クラブがその争奪にしのぎを削っているというのに……」 「ほとんど実績がなく存在感もない部がこの時期になって部費の要求なんて……片腹痛いですわ~」  ゆらゆらと身体を揺らして塵芥を表現する会長。  俺がやったのとそっくりの動きだった。  確かに感じ悪っ。 「か、会長、しかし実績と言っても我々は放送部です」  三咲も俺に続いて席を立つ。 「運動部のように華々しい実績を上げろというのは、無体というものではありませんか?」 「いいえ、放送部にも全国大会に相当するものはありましてよ?」  雑誌をパタンと閉じてようやく俺達を見る会長。 「な、何?!」 「そうなんすか?」  三咲と二人して驚く。 「うん。国営放送主催のがあるね。アナウンス部門とか、朗読部門とか色々あるよ」  祥子さんがチューブファイルに閉じられた資料を開いて見せてくれた。 「こ、こんなものがあったのか……」 「勉強になるな、三咲」 「うむ、私もまだ入部して日が浅いので――って、私はともかく、沢渡くんが知らないのはおかしいだろう?!」  三咲に襟首をつかまれ、がくがく揺すられる。  不勉強ですみません。 「そんなわけで、私は決して無体を言ってるわけではないと言うのがお分かりですか? 三咲さん」  勝ち誇る会長。 「……うっ、理解はできました。しかし……」 「実績がある部が優先なのは、当然かと思いません?」 「く……」  さすがの三咲もここまで完璧に論破されては引き下がるしかないようだ。 「では、放送部の部費は今年もゼロということで――御幸さん」 「わかりました」  祥子さんが『放送部、実績がないため、今年度部費ゼロ』とキレイな字でわざわざ黒板に書く。  俺は三咲の横顔を見る。 「……」  寂しそうな横顔だった。 「……」  三咲と出会って俺はまだ日は浅い。  でも、こいつはもう誰がなんと言おうと俺の仲間で、  友達だった。  俺はそばで友達がこんな顔をしているのは―― 「ミユキちゃん、ちょっと待ったあああっ!」  嫌だ。 「え? 何?」 「結論を出すのはまだ早い」 「何をおっしゃってるのかしら、このシスコンボーイは」  やれやれとかぶりを振る会長。 「シスコンじゃありませんよ! いや、それはとりあえず置いといて」 「認めますの? 御幸さん」 「はーい」  『沢渡くんはシスコン』とまた黒板に。 「それは書かなくてもいいの! それより会長は間違っていると思います」 「シスコンではないと?」 「そっちじゃないですよ! 実績がないからと言って部費は与えないという考え方がですよ!」  イジられつつも頑張って、主張する。 「ほう、私を説得するつもり? 面白いわね」 「納得したら少しは考えてあげてもよろしくてよ?」 「ただし、下らない理由だったら来年以降もゼロ確定ですわ♪」  くすりと笑う会長。  氷の微笑だった。 「だ、大丈夫なのか? 沢渡くん」  三咲は不安げに俺を見る。 「大丈夫も何もここで引き下がったら、アンテナ直せないぞ」 「青春したいんだろ?」 「そ、それはそうだが……変なことを言ったら来年以降も……」 「早くなさい」  会長の声に視線を戻す。 「えーっとですね。俺達は確かに今は実績はありません」 「ですが、これからもないとは限らない」 「――はぁ? 意味がわかりませんわ」  会長が眉根を寄せる。 「ですから、俺達だってこれから努力して、実績を作る可能性はあるわけですよ」 「ですけど、部費ゼロじゃ将来を見据えた努力だってできません」 「それは成長の芽をつむことになるんじゃありませんか?」 「……」  俺の言葉に会長が腕組みをする。 「そ、そうだな!」  三咲が急に元気になる。 「今が不甲斐ないからと言って、ばっさり切り捨てることなど誰でもできる!」 「だが、ここは学園であり成長の場だ! それを否定されるのは納得できない!」 「……」 「……つまり」  しばらく俺と三咲を交互にじっと見ていた会長が口を開く。 「あなた方の将来のために、今、投資しろと?」 「イエス!」  ぐっと拳を天に突き上げる。  やる気ありますのアピール。 「今のゆるゆるな放送部から脱却すると?」 「イエスッサー!」  とりあえずそう答えておく。 「近い将来、全国大会に出て優勝すると?」 「サー、イエッサー! ――って、全国大会優勝?!」  調子にのってたら、ムチヤクチャ高いハードルがっ?! 「優勝します!」  でも、三咲が勝手に承諾していた。 「すごーい、二人ともやる気ある~」  『その意気や良し!』と板書する祥子さん。 「――わかりましたわ」  静かに会長が席を立つ。 「私はやる気のある者には、チャンスを与える主義ですわ」 「ありがとうございます!」  三咲が満面の笑顔を咲かす。 「ただし――」 「夏休みまでに……」 「証拠を見せろ……?」  生徒会室から戻った俺と三咲の話を聞いて、部員達が首をひねった。 「何の証拠をだよ、拓郎」 「だから、俺達のやる気」 「それが、部費を出してもらう条件なんだ」 「つまり……」  ずっと黙って俺達の話を聞いていた南先輩が、静かに声を出す。 「私達が放送コンクールに出て優勝をできるくらいの熱意を持って、今後活動をする」 「その熱意を形にしろということ」 「そういうことです」  さすが優等生の南先輩である。  俺の言いたかったことを簡潔に代弁してくれた。 「ええー、そんなの無理じゃん」  流々が機器のマニュアルを読む手を止めて、俺達を見る。 「え? なんで?」 「あんたら、やる気ないじゃん」  あっさりと核心をつく。 「確かに」 「え? 真鍋先輩そこ納得しちゃうんですか?」 「それが問題だよな」 「兄さんもそこはやる気を見せてください! どんだけ怠慢なんですか?!」  ナナギーはご立腹である。 「でもなー、やる気になったのはミニFMの立ち上げだけだろ? 俺達」 「いきなり全国大会とか……」  修二の言うことももっともだ。 「しかし、意気込みを見せないとミニFMの計画もご破算だ」 「そうなんだよなー」  ミニFMの立ち上げは何としてもやりたい。  三咲がとてもこだわってるし、OBの方々の想いもしっかりと受け取った今、諦めたくない。  この部に三咲を誘ったのは俺だ。  その責任を果たしたい。 「全国コンクールを目指すかは、学祭の後で決めないか?」 「まずは当面、アンテナの修理費確保と学祭の成功を目的ってことで」 「何で? どうせあたし達出ないでしょ。コンクールとか」 「だよなー」 「俺達ってさ、今までロクに放送部してこなかったじゃん?」 「ん」 「それはそうですね」  流々と三咲をのぞく古参部員達が首肯する。 「だから、一度ちゃんと活動してやるかやらないか決めたい」 「学祭の準備と学祭は判断するかのお試しって感じで」 「うん、その方が建設的だな」 「面白さに目覚めれば、必然的に熱心に活動する。コンクール参加もおのずと視野に入る」 「きっと学祭が終わった頃は、皆、放送部のトリコになっているさ!」  青春少女が熱く語る。 「でも、もし、やっぱやりたくねーって事になったら?」 「うーん、そん時は会長に謝って、もらった部費は皆でバイトでも何でもして返そう」  それが最低限のスジだろう。 「そんなら最初から皆でバイトしたほうが早くない?」 「……それは無理だと思う」  ふるふると先輩が首を横に。 「ウチの学祭は他校と違って早いから」 「バイトをしていたら、準備の期間が今度はなくなる」 「あ、そっか」 「やっぱり学祭に間に合わせるには、今、このタイミングで部費をもらうしかない」  後で返すにしろ、今は絶対必要だ。 「せっかくですから、兄さんはそのままやる気になってくれると私は嬉しいです」 「ん? 七凪は放送に興味あったの?」 「クラブ活動に熱心な方が、兄さんの内申も少しは良くなるじゃないですか」  計算高い妹である。  頼もしいけど。 「先輩、最終的には先輩の決断に従いますけど……俺の考えは以上です」 「ん」  こくんと頷く。 「私も皆と思い出は作りたいと思うから、拓郎の意見に賛成」 「でも、ここはやっぱり民主的に多数決で」 「了解しました! おい諸君!」  俺は部員全員の顔を見る。 「放送部部長様は、部費の確保を最優先にしたいとお考えであるが、我々のような最下層の部員の意見をも尊重したいと、ありがたくもお考えである!」 「その海より広いお心に十二分に感謝して、手を上げやがれ、三下どもっ!」 「おまっ、意見誘導してんじゃねーよ!」 「沢渡くんは、本当に先輩が絡むと人格が変わるな……」 「まずは部費はもう諦めるという人!」  誰も手を上げない。 「よし! では、やる気を見せて部費を取りたいって人!」  まっさきに俺が上げる。  続いて、三咲、南先輩、七凪、計、そして修二が手を上げる。  ん? 「? 流々、お前、保留?」  唯一、挙手をしない幼馴染に問う。 「んにゃ、私は――」 「何があろうと死ぬ気で、部費をゲットする! に一票だっ!」  口の端を不敵につりあげて笑う。 「流々! お前ってヤツは……!」  気合の入った仲間とがっしりと固い握手を交わす。  熱い友情が芽生えた瞬間だった。 「すげーよ、流々、お前輝いてるよ……」 「ふ、惚れんなよ?」 「兄貴と呼ばせてください」 「泣くまでなぐるぞ?! このシスコン!」  早くも友情に亀裂が走る。 「馬鹿な子達だねぇ……」  もう一人の幼馴染が深い深いため息を吐く。 「あーあ、学祭終わったら、全員でバイト三昧の日々になりそうだな」  修二も苦笑ぎみに息を吐く。 「今までの俺達から判断するとそうかもな」  たぶん学祭終わったら、元のゆるゆるな部に戻るんだろう。  まあ、それもまた良しだ。 「皆でアルバイトするのも、きっといい思い出になる……」 「ですねぇ」 「工事現場とか儲かるって」  ガテン系?!  先輩はちょっと世間知らずなお嬢様である。 「み、南先輩、それは女子には無理じゃありませんか……?」  七凪があせあせしながら進言。 「そうだな。南先輩、そういうのは俺とか修二とか流々がやりますから――」 「何で私がおめーら男子と同列なんだよ?!」 「兄貴じゃん?」 「明日のためにその1!」 「ぐおっ?!」  テンプルに世界を狙えるフックをもらった。 「あたしはファーストフードかファミレスかな~」 「私はなるべく目立たない職場を希望します」  すでに皆、とりあえず部費をゲットした後の返済方法について考え始めていた。  部費はもう確保できる前提なのが、図々しいというかたくましい。 「とにかく、明日から早速、『俺達超やる気ありますぜ! 期待しててくださいよ奥さん!』プロジェクトを開始する」 「どうして人妻にアピールするのですか、沢渡さん」 「俺的には大いにアリだな……」 「ボケないと気がすまないんだなキミ達は……」 「兄さんと神戸先輩はアホですかっ」 「ちょっと不安……」  その後は景気づけと称して宴会になった。  計がもちこんだ大量のコンビニ菓子が、テーブルにぶちまかれ、俺達はしゃべり倒す。  しゃべりすぎて声が枯れかけた頃、ジュースを買いに部室を出る。  戻る途中、校庭に出て少し涼む。 「暑い」  ここで缶を開けて、冷えた液体を胃に流し込んだ。 「うめー」  痛いくらい枯れたノドに心地よい。 「沢渡くん」 「お、三咲か」  背中への声に振り返る。 「お前もジュース買いに?」 「ん。まあな」  やわらかく笑む。 「それと、ついでにキミと話をしたかった」 「ついでっすか」 「いいじゃないか。こうして女子がキミと話がしたくて追ってきたんだ」 「ついででも、喜びたまえ」 「はいはい。あざーす」  笑いながら答えた。 「沢渡くん」 「ん?」 「――ありがとう」  え?  三咲からの突然の謝意に俺は戸惑う。 「な、何が?」 「今日、キミは生徒会長を必死に説得しようとしてくれた」 「そして、部員の皆も説得してくれた」 「そのお礼だ」 「だって、そうしないとアンテナ直せないだろう? 学園祭も不参加になる」 「それは嫌だったんだ。それだけだ」 「ああ。だが、本来の沢渡くんは、そんなに学園行事に熱心じゃないだろう?」 「クラスで委員長をやってはいるが、それはあくまで役割をこなしているだけ」 「部活でも、仲間といられればそれでいい――そんな若年寄りちっくな少年のはずだ」  若年寄りっすか。  でも図星ではある。 「……なのに、今日のキミは違った」 「それは……どうしてなんだろうな?」 「それは―-」  俺は何かを言いかけて、やめる。  言葉にするのは、無粋な気がしたから。  沈黙。  でも、心地のいい沈黙。 「俺もせーしゅんしたくなったんだよ」  結局、そんな風に言った。  でも、言った後、それが正解な気もしてくる。 「ふふ、素直じゃないな、キミは」 「だが、それもいい。いや、キミはそれでいい」  うんうんと頷く。 「ウソじゃないって」 「ふふ、いいさ。そういうことにしておこう」  楽しそうに目を細める。  その表情を見て、俺も自然に笑みがこぼれた。 「――沢渡くん」 「この学園に転入できて、キミと出会えて、良かったよ」 「――?!」  とくん、と心臓が鳴った。  未来視で、彼女になると教えられた少女。  俺は、未来視なんて大嫌いだけど、避けてきたけど、  この未来だけは――悪くない、と思えた。 「そろそろ戻ろう」 「きっと、皆がキミを待っている」 「俺と三咲を、だろ?」  俺は三咲の方へと歩き出した。 「……」 「ふふ、そうだな」  隣に並んで歩き出す。  ふと、気付いた。 「三咲、ジュース買ってないけど?」 「あ……。買ってくる! 先に戻っててくれ!」  薄暗い闇の中を慌しく駆けていった。  いったい、どっちがついでだったのか。 「自分だって、素直じゃないじゃん」  俺はそうつぶやくと、駆けて行く三咲の背中をしばらく見つめていた。  次の日。  俺は朝から机にノートを広げて、どんな風にやる気を生徒会にアピールするか考えていた。 「やっぱり、でっかいポスターでも貼って、活動してますよって感じ……?」  単純ではあるが、効果はありそう。  となると、どんなポスターにすべきか。  皆が注目してくれないと意味がない。 「そうなると、手っ取り早いのは……」 「やっぱり女の子ですよね!」  めちゃくちゃ安直な答えが出た。  しかし、我が放送部は屈指の女子率を誇る、いわば女の園である。  利用しない手はない。 「で、誰のポスターにするかだが……」  普通に考えると部長の南先輩だ。  容姿、性格ともに申し分の無い人物ではあるが、先輩はちょっと複雑な事情を抱えている。  ここは止めておこう。 「そうなると……」  計、流々、七凪、それに三咲の誰かということに。 「う~ん……」  誰でもいけそうな気はするが。  この子だっ! という決め手が欲しい。 「うーす。おう、拓郎早いな」  悩んでると修二がやってきた。 「ああ、今朝は七時から来てる」 「七時?! 何だよ朝イチのバスかよ」 「うむ、さっさとプロジェクトの具体的プランを決めたかったからな」 「早朝の教室なら集中できると思って」 「で、何か思いついたのか?」  修二がノートをのぞき込む。 「女子のポスター?」 「うん、女の子が可愛く笑ってて」 「『放送部は明日の学園を変えてみせますよ、奥さん!』とかあおりが入ってると良くない?」 「おう、それはいいな!」 「いいわけないだろう……」  いつの間にか三咲も俺の席の前に立っていた。  朝から嘆息していた。 「おはよう、三咲。元気ないなあ、どうしたんだよ?」 「キミ達が朝から、アホなことを言ってるからだろう? まったくもっと真面目に考えてくれ」 「ん、俺達は真剣だぞ?」 「うむ、大真面目だ」 「真面目だったらなお悪いっ!」  一喝された。 「まあここは場を和ませるための軽いジョークとして」 「本当に冗談なんだろうな……」  三咲はジト目だった。 「でも、あおり文句は変えるとして、ポスターは良くないか?」 「まあ、それなら……」  ようやく三咲の態度も軟化する。 「んで、誰でいくんだ?」 「人選が難しいな。ターゲットをドコに置くかだ」 「キミの妹さんはどうだ? 一年では可愛いと評判らしいじゃないか」 「七凪か……」  想像する。 「放送部は明日の学園を変えてみせます。ていうかまず自分が変わりやがれこの野郎」 「ダメだな」 「ん? どうしてだ?」 「あいつは見た目と違って、本質は極限まで磨かれたナイフなんだよ……」 「大衆に媚びることは良しとしない」  男前な妹である。 「そ、そうか。なら、真鍋くんか……いや、真鍋くんと田中くんの二人はどうだ?」 「幼馴染なんだろう? とても仲がいい感じのポスターが作れそうだ」 「計と流々のコンビか……」 「放送部は明日の学園を変えてみせますよ、田中さん」 「何を変えるんだよ? 計」 「んー……。とりあえずエコ? 自然エネルギー的な感じ?」 「おお、すげーな、学園関係ないけど!」  本当に学園関係ねー。 「ダメだ」 「どうしてだ?」 「あの二人にはメッセンジャー的な役割は適さないと思う」  俺同様、のらりくらりとやってきたからな。  訴えかけるモノがないというか。 「意外と難しいモンだな……」 「だが、そうなると……」  三咲も腕組みしつつ考える。 「いや、結論はもう出ている」  怪しい笑みを浮かべて、目の前の女子を見る俺。 「え? ま、まさか……」  身の危険を感じた三咲が、一歩下がる。 「ふ、そのまさかですよ、三咲さん……」  俺は席から立ち上がると、三咲の方へとにじり寄る。 「ダメだ! 私はダメだっ!」  さらに後退する三咲。 「そう言わずに、協力してくれよ」  俺はさらに一歩近寄る。 「私はまだ入部したばかりだ! 他の女子部員を差し置いてそんなことはできないっ!」  ふるふるとかぶりを振る。 「そんなことないって、もうすっかり仲間じゃん?」 「おう、三咲がやっても誰も文句言わないと思うぜ?」 「だよなぁ」  男子二人で結託する。 「ガラじゃないんだ!」 「大丈夫だって! 三咲ちゃ~ん、キレイに撮ってあげるから~」  もみ手をしながら擦り寄る。 「そういう問題じゃなーい!」  さらに逃げる。  が、黒板に阻まれて、逃げ場を失う。 「どうしてそんなに嫌がるんだよ? 変なヤツだなぁ」 「何かとてつもなく嫌な予感がするんだ……!」 「ちょっと水着になるだけじゃん~」 「やはり、そういう方向なのか~!」  頭を抱える。 「恥ずかしいなら、スクール水着でもいいよ?」 「そっちの方が何か嫌だっ!」  強く抵抗する三咲さん。 「いいから、俺達のせーしゅんのために、まさにひと肌脱いでくれ」  がしっと三咲の手を取る。 「おお、拓郎、今の上手いな!」 「感心してないで、止めてくれ!」 「大丈夫大丈夫。芸術的に撮るから」  俺は三咲の手を引いて教室の外へ。 「いやああああああああああああっ!」  クラスメイトの悲鳴が校舎に響く。  で。 「廊下で騒ぐなっ!」 『すみません……』  結局、こんなオチがついてしまう俺達であった。 「兄さんはアホですかっ」  昼休み。  放送部の昼食会兼作戦会議の場で、いきなり兄は妹に罵倒されていた。  立つ瀬がない。 「女子の水着ポスターで活動アピールって……」 「タク、おめー、発想がすでにオヤジだな……」  続いて幼馴染ーズにも呆れられ、 「はぁ……」  先輩には「お前にはがっかりだ」的なため息をつかれてしまう。  泣きそう。 「あやうく、部室で水着に着替えさせられるところだった……」 「どんなプレイですか……」 「タク、ヘンタ~イ」  超アウェーな今日の俺である。 「元気だせよ、拓郎」  ポンと肩をたたかれる。 「俺は、いつだってお前の味方だぜ?」 「修ちゃん……!」  友の優しい笑みに感動する。  やっぱり男同士の友情って素晴らしい。 「いざとなったら、俺と拓郎が脱げばいいんだからよ!」  嬉々として言っていた。 「ごめんこうむる。って、そんなポスターじゃ誰も注目しねーよ!」  激しくテーブルを叩いた。 「いや、それはそれでアリ……じゃない?」  うどんをすする手を止めて、計が俺に視線を投げかける。  えー? 「うん、少なくとも私は目をとめるな」 「右に同じ……」  続々と賛同者が。 「そ、そうなの?」 「うん、こいつら馬鹿じゃんって思いながら注目するよね!」 「それ意味ないし!」  再び激しくテーブルを叩く。  プラスチック製の湯のみの中で、番茶が波を打った。 「私は……そのポスターちょっと欲しいかもです……」  頬を染めながら七凪が俺を見る。 「え? 七凪ちゃんも俺の肉体美に興味あるの?」  嬉しそうにボディビルダーのようなポーズをとる修二。 「神戸先輩の部分は切って捨てます」 「マイ、ガッ!」  妹はあいかわらず超クールだった。 「とにかく、タクロー」 「エッチなのは禁止」 「めっ」  幼児のように叱られる。 「すみません、水着ポスターはやめます」  しょんぼりと肩を落とす。 「ん」  こくんと頷く。 「やれやれ、ようやくスタート地点に立った気分だよ……」  三咲がホッと息を吐く。 「三咲、仕方ないからメイド服で――」 「だから、その発想から離れてくれっ!」  全部言い終わる前に否定された。 「兄さん、あと3日で夏休みです」 「遊んでないで、そろそろ真面目に考えてください」  それなりに真面目ではあったんだけど、言うと絶対ナナギーに折檻されるので黙っておく。  とはいえ。 「生徒会にやる気のアピールか……」  何をしたらいいのか。 「今までにない活動をすること」 「それが生徒皆に喜ばれれば、言う事なし」 「確かに、そうですね~」 「放送部で喜ばすって……」 「やはり、何かお得な情報を提供するのがいいんじゃないか?」 「お得な情報って……たとえば?」 「近所のスーパーで何が安いとか」  爽花ちゃんは庶民派のようだった。 「いや、それはマジで近所の奥さんが喜ぶ情報だろ?」 「もうちょい、私ら同年代の嬉しいことがよくね?」 「そ、そうか……」 「その手の情報収拾なら自信があったんだが……」  やりくり上手の爽花ちゃんが残念そうな顔をする。 「でも、情報を提供するというのはいいかもしれない」 「この学園のお得情報なら、いいんじゃない?」 「学園のお得情報?」 「どんな情報だよ?」  沢渡兄妹がそろって首を傾げる。 「誰と誰が付き合ってる~とか」 「それただのゴシップじゃん。何でそれがお得情報なんだよ?」 「モテそうな人が意外にフリーとかだったら、知りたいじゃん?」  なるほど。  それは確かにお得かもしれない。 「んな情報、どうやって集めるんだよ」 「ウソなんか流せねーし、本人が嫌がったらできねーぞ」  実は割と良識のある修二がツッコミを入れる。  それも最もな意見だ。 「不快に思う人が出てはダメ」 「放送部は、私達だけのモノでは決して無い」 「うっ……そっか……」  しゅんとうつむく。 「いや、でも流々の意見は悪くないぞ」 「え?」 「兄さんまさか……」 「おい、沢渡くん、学園放送で一生徒のゴシップ情報なんか流せないぞ」 「それは絶対ダメ……」  女子の皆さんが一斉に俺をにらむ。 「いや、だからゴシップじゃなきゃいいんだろう? 本人もちゃんと納得済みで」 「それはそうだが……」 「人気のある生徒にインタビューする」 『インタビュー?』  全員がハモる。 「本人に直接答えてもらうんなら問題はない」 「確かに、そうですが……」 「それに人気のある人の生の声なら、皆も興味を持ってくれるはずだ」 「な、なるほど!」 「それなら、たくさんの生徒が私達の放送を聴いてくれそうだな!」  正面に座っていた三咲が立ち上がって、ぐっと前のめりになる。 「うん、いいかもしれないね」 「局地的に有名な方の協力を得るということですね」 「時間ねーし、それはいい手かもな」 「ん」  こくんと先輩が大きく頷いた。 「生徒に限らず、人気のある職員の方でもいい……」 「ええ、それは誰でも、人気さえあれば!」 「成功の予感……」 「タクロー、グッジョブ」  にっこりと女神の笑顔。 「あざーす!」  何とか光明が見えてきた。  夏休みまでに、派手に面白い放送して全校生徒の心を、わしわしわしづかむ! 「ところで沢渡くん」 「ん? 何?」 「企画の内容そのものはいいと思うが、夏休みまであと3日だ」 「準備や学園側の許可を得ることも考慮すると、たぶん放送できるのは1回だろう」 「具体的には誰にインタビューするつもりなんだ?」 「ふ、大丈夫だ。三咲くん」  ちょっと気取って、架空の眼鏡のフレームをぐっと押し上げる仕草をする。 「とびっっっっきりの人物に心当たりがあるっ!」  俺はくくく、とほくそ笑む。 「お~」 「それは楽しみ……」 「その辺は俺にまかせてくれ。インタビューも俺が中心で行う」 「三咲は俺をサポート、あとの皆は機器の操作を頼む」 「了解だ! 頼もしいなキミは!」 「HAHAHAHAHA! 当然だよ、三咲くん!」 『HAHAHAHAHA!』  互いにアメリカンな感じで笑いあう。 「……流々姉さん、私、少し不安です……」 「私もだ……」  そんなこんなで、我が放送部の未来を託した一大プロジェクトが発動する。  放送日時は準備期間の関係で、終業式の一日前の昼休み。  本当にギリギリ一発勝負である。  昼休み。 「沢渡くん、三咲さん、ちょっといい?」  本番を明日に控え、資料とにらめっこしている俺と三咲のところに、眼鏡のお嬢さんがやってくる。 「副委員長」 「御幸祥子さん」  二人して資料から顔をあげる。 「沢渡くん、まだフルネームで呼ぶの? さすがにもう忘れないでしょう?」 「忘れないけどお約束なんで」 「そんなお約束いらないよ、沢渡拓郎くん!」  しかえしされた。  ちょっとからかいすぎたか。 「ごめん。これからは、しょうこタンって呼ぶから許して」  目いっぱいキュートな愛称を進呈。 「えー……」  何故か不満げだった。 「副委員長、私達に何か用かい?」 「あ、そうだ。このビラなんだけど」  ぴらっと手にしていたA4のわら半紙を見せてくる。  『7月19日 放送部による特別放送実施! 震えて待て!』  と極太ゴシックで印刷してある。俺がPCで作ったんだけど。 「ここに、スペシャルゲストも登場ってあるけど……?」 「うん、今回の放送はその人のインタビューを中心にやるから」 「でも、学外から誰か呼ぶのは許可がいるよ? 申請した?」 「大丈夫。学内の人だから」 「あ、そうなんだ。なら、安心だね!」  心配してくれてたのか。  やっぱりしょうこタンは眼鏡が素敵ないい子である。 「なあ、沢渡くん、そのゲストなんだが、そろそろ誰か教えてくれないか?」 「いや、それはダメ」  ぴしゃりと。 「え? 三咲さんも知らないの? 沢渡くんといっしょにパーソナリティやるんでしょ?」 「沢渡くんが、当日まで秘密だと教えてくれないんだ」 「なんでー?」  女子二人が俺を見る。 「なんていうか……今回の放送はライブ感を出したい」 「ライブ感?」 「俺達もともとそんなに進行がうまいわけじゃないじゃん? 付け焼刃で練習したってそこは大して変わらないだろ?」 「だったら台本は最低限のモノだけ用意して、あとはいっそ素の俺達で勝負しようかなと」 「だから、事前にアレコレ情報がわかってない方がいいと思って」 「チャレンジャーだね……」 「私もとてもそう思う……」  女子二人が微妙な表情になる。 「大丈夫だって! 三咲もリアクション女王だし、何とかなる」 「そうだったんだ……」 「違う! 勝手に女芸人みたいな二つ名をつけないでくれっ! 色モノみたいな扱いは嫌だっ!」  両手で頭を抱えて大仰にかぶりを振る。  オーバーリアクションだった。 「三咲、本番では音声だけだから、そこ意識して俺がボケた時、いいリアクション頼む」 「ツッコミ担当なんだ」 「その認識はやめてくれ……」 「三咲、ツッコむ時は関西弁にしてみない?」 「なんでやねん! ――って、私はツッコミ担当じゃないっ!」  順応性が高いヤツだった。  全校生徒達の反響は上々らしい。  どちらかといえば真面目な校風のウチにこういう突発イベントはめずらしかったからだろう。  これでこの放送の評判が良ければ、きっと生徒会長も俺達のやる気を認めてくれるはず。  何としても成功させて、部費をゲットだ!  放課後になって、全員で色々と最終確認。 「ふんふん、これが台本……」  さすがに今日ばかりは顧問の小豆ちゃんも出席する。 「――て、薄っ! この台本薄すぎだよ、放送5分で終わっちゃうよ? いいの? 沢渡くん!」  ぴらぴらの台本を片手に、顧問が俺に物申す。 「それ始めと、終わりしか書いてませんから」 「おいおい」 「兄さんあれほど真面目にやってくださいと……」 「ちょっとシメとく?」 「ごめん、タクロー今回は擁護できない……」  5人の女性に取り囲まれる。  ある意味ハーレム展開。  皆、にらんでるけど。 「いや、だから普通に台本用意しても、俺達じゃ大したモンにならないって」 「大切なのは、ライブ感と親近感! それを出すためには俺と三咲の素のしゃべりが欲しいんだよ」 「一応、主旨はわかったが……」 「ぶっつけ本番で、兄さんと三咲先輩はおもしろく話せますか?」 「そこはあまり期待しないでほしいんだが……」 「アンテナの修理代、取れねえとそこで学祭も終わりだぜ? タクわかってんだろうな?」 「俺を信じてついて来てくれ」 「えー……」 「泥船には乗りたくね~」 「ひどいっ」  幼馴染二人に同時に見捨てられた。 「沢渡くん、仕方ない」 「これをキミに託すよ」  へ?  小豆ちゃんから、小さなメモ帳を受け取る。 「これ何ですか?」 「私が調べたこの学園の秘密について書いてあるから」 「ネタに困ったら使って」 「マジすか……」  まじまじとメモ帳の表紙を見る。 「へー」 「それは興味深いな……」  皆、気になっているご様子。  学園の七不思議とか、ああいうのか?  それは確かに面白いかも。 「ちらっと見てもいいですか?」 「ふふ、いいけど……腰抜かすなよ?」  自信満々の小豆ちゃん。 「じゃあ、失礼して……」  『まさか?! 学園長が本屋でウホッ! な雑誌を立ち読み!?』  『やっぱり?! シスコンで有名なT・Sくんは妹の写真で○○○○を!?』  『華麗! 美人教師鬼藤小豆先生! その美貌の秘密にせまる!』 「………………」  無言でメモ帳を閉じた。 「遠慮なく使ってね♪」 「使えるかっ!」  女性週刊誌かい。  二番目の記事が特にイヤです。やっぱり言うな。 「うわっ、えぐっ」  いつのまにか皆も小豆ちゃんのメモ帳をのぞいていた。 「タク、ナナギーの写真で何やってるの?」 「そりゃ、やっぱナニじゃない?」 「兄さんが私で……兄さんが私で……!」  妹は真っ赤になり、 「タクロー……」  先輩は憂いを帯びた表情に。 「沢渡くん、もう少しモラルというものを……」 「ワタシ、ナニもしてないあるよっ!」  動揺でエセチャイナっぽくなっていた。 「……ったく、小豆ちゃんはロクなことしないんだから……」  ぶつぶつと文句を言う。 「えー、もともとは沢渡くんがちゃんと準備しないからじゃん」 「私は悪くないもん!」  ぷくっと頬を膨らます。  子供の仕草だった。 「本当に心配しなくても大丈夫ですよ。保険もちゃんとかけてありますし」 「保険?」 「ゲストの人がすごい面白いんだよ。この人出るだけで絶対生徒は盛り上がるから」 「マジ? そんなすごい人いるの?」 「います!」 「そんな人物が、この学園に……」 「誰だろう……?」 「私はわかりませんけど……」 「ミステリー……」  全員が空中に?マークを漂わせる。 「とにかく、俺を信じてください。小豆ちゃん」 「絶対、明日の放送は盛り上がりますから!」  胸を叩く。 「ふーん、誰かわかんないけど、沢渡くんがそこまで言うんならいいか~」  こうして、準備は終わり。  瞬く間に時は流れ。  そして。  本番を迎えた。 「――って、私かよっ?!」 「さあ、三咲、はりきっていってみようか~」  台本を片手にテンションをあげる俺。 「い、いいのか? 本当にこのまま放送に入って?」  本番5分前にもかかわらず、相棒は目を白黒させていた。 「いきなり連れて来られて、何かと思ったらこんなオチ?!」 「まさかゲストにも事前に知らせてないとは……」 「ライブ感重視ですから!」 「これはライブ感じゃなくて、いきあたりばったりなんじゃん?!」 「小豆ちゃんは、変にかしこまったら面白くない」 「いつもみたいに、学園長に暴言吐いてボーナス減らされる感じが欲しいんで、そんな方向で!」 「これ以上減らされてたまるか――っ! すでにマイナスなんや――っ!」  魂の咆哮が放送室に響く。 「だいたい、何で私やねんっ!」 「もっと人気のある人いっぱいいるでしょ?!」 「いや、小豆ちゃん、すげー人気あるんですよ? 知りませんでしたか?」 「――え? そ、そうなの?」 「ええ、いつも元気だし、明るいし、美人だし」 「そ、そう? うふふ、そうかしらあん」  何故かモデル立ちになる小豆ちゃん。 「何と言っても合法○リだし」 「結局そっちかよ! 一部の人達だけの人気かよ! マイ、ガッ!」  すぐに仁王立ちに変化する。  やはり面白い人だ。 「そう! そんな感じでよ・ろ・し・く!」 「うう、私の春はいつ来るんや……」  顔にいっぱいの縦線を入れて悩みだす。 「悲壮感漂う放送になりそうだ……」 「兄さん、そろそろ時間ですけど」 「準備はいいかーい?」 「OKだっ!」 「もう、どうにでもしてくれ……」 「いやじゃあーっ! また職員室でネタにされるーっ! 学園長にイヤミ言われる――っ!」  小豆ちゃんは激しく扉を叩き、脱出を試みる。 「あ、それ、外から鍵かけてありますよ~」 「な、なんだって――っ?!」 「くくく、放送終了まで逃がしませんよ……?」  悪党フェイスで、唇の端を吊り上げる。  新世界の神っぽく。 「鬼や……鬼がおるで……!」 「すまない先生、顧問として諦めてください……」 「のおおおおおぉぉぉぉっ!」 「拓郎、はじめんぞー」 「おうとも」 「カウントする」 「3」 「2」 「1」 「キュー」  赤々とキューランプが灯る。  ついに、俺達の戦いが始まった。  何としても超おもしろい放送をするのだ。  そして。  会長にやる気を示す→部費が下りる→アンテナその他を修理→ミニFM開局→学園祭で大盛り上がり! ※わかりやすいチャート式説明  こんな感じでつかむんだ俺達の青春を! 『突撃! 緑南放送局ーっ!』 「さあ! いよいよ始まってしまいましたね、三咲さん」  つとめて明るい声を出す。 「そ、そうだな、沢渡くん!」  ふっきれたのか、三咲も元気に応えてくれた。 「あと1日で夏休みだというのに始まってしまったこの放送!」 「二学期になったら、きっと皆忘れてるんでしょうね~」 「じ、自分で言うなよ、沢渡くーん♪」  軽いジョークで場を和ます。  ここまでは台本の段取り通り。  ガラスの向こうにいる他の部員達も軽く頷く。  ケータイを持った計(教室にいる流々と連絡を取っている)も右手の親指と人差し指で輪っかを作る。  つかみはOKらしい。 「さて、今日は第一回目! 特別放送ということで、素敵なゲストをお迎えしています」 「え? そうなんですか、沢渡くん」 「やだなあ、三咲さんもう目の前にいるじゃないですか~」 「て、てへっ☆」  ――おい沢渡くん、こんなリアクション、私はしないぞっ!  マイクに入らないように筆談で怒る三咲。  ――いいんだよ! 多少の演出は必要なんだよ! エンターテイメントだよ!  やはり筆談で反論する。 「では、ご紹介しましょう! 見た目は小動物、内面は守銭奴」 「泣く子はもっと泣く、我が放送部の顧問にして、名物教師、鬼藤小豆ちゃんです!」 「誰が守銭奴かっっ!」  お約束のツッコミをもらう。  ガラスの向こうで、計がグーサイン。  よし、ウケている! 「え、えーと、では先生にはインタビューに答えていただきたいと思います」  三咲は台本通りに進行しようとしていた。  が、ぶっちゃけ台本はここまでである。  あとは、もう真っ白。 「――!」  ――何を質問すればいいんだ? 沢渡くんっっ!  筆談で尋ねてくる。  ――ちゃんと用意してある。安心しろっ!  と、答えつつ『教えて! 小豆ちゃん』と表題のあるメモ用紙を渡す。 「で、では、質問します。先生、よろしいでしょうか?」 「もう早く帰りたいから、さくっとやってよ、さくっと」  ぶーたれ気味の小豆ちゃんが、イスの上で両足をぶらぶらさせながら(足がとどかない)答えた。 「では、最初の質問です。好みのタイプの男性は――って、おい、沢渡くん、いきなりこんなんなのか?」  良識派の三咲がメモ紙を握りしめて俺をにらむ。  最初の質問から早くも段取りが狂いだす。 「いいんだよ! 小豆ちゃんはこう見えても大人だしこれくらい華麗に答えてくれるって!」 「ねえ? 小豆ちゃん」  と小さな大人な人を見る。 「ん? そんくらいいいよ」 「そ、そうですか」 「では、小豆ちゃん、ずばっと答えちゃってくださいっ!」 「優しくて、誠実な人!」 「な、何だ? 今の音は?」 「言い忘れてたけど、小豆ちゃんがウソをつくとブザーが鳴るんで」  手元でリモコンを操作しながら伝えた。 「ウソだっ! 今、絶対沢渡くんがボタン押してたじゃんっ!」 「あきらかにバレるウソをつくと俺の指が勝手に押しちゃうんです。そういう仕様なんです」 「どんな指なんだ……」 「バグの間違いじゃね?」  女性二人が呆れていた。 「さあ、とにかく、小豆ちゃん、ずばっと本当の回答をお願いします!」 「うーん、別にウソじゃないんだけどな~」 「お金持ちとかじゃなくてもいいの?」 「ん? それは世界中の女の前提条件じゃん? あえて言わなくても~」 「マジっすか……」  へこむ。  女の子に対する俺のイメージを打ち砕かれそうである。 「――まず、お前のその幻想をぶち殺す!!」 「ダメええええええっ! 殺しちゃダメえええええっ!」  早くも小豆ちゃんは全開だった。  ガラスの向こうで、計がけらけら笑っていた。 「いや先生、すべての女性がそうだとは限らないと思いますよ?」 「現に、私はお金とか気にしな――」 「どうして、ブザーがっ?!」 「三咲さんがウソついたから!」  俺から奪ったリモコンを操作しながら、しれっと答える。 「なっ?! そんなことはありませんっ!」 「私は、愛情さえあれば経済的困難など乗り越えてみせる……!」 「三咲さん、素敵!」 「ふ……」 「若いって、いいよね……」  小豆ちゃんは遠い目をしていた。 「……」 「……」  過去に何かあったのだろうか?  でも、怖いからスルーする。 「つ、次の質問に……移っても良いでしょうか?」  おそるおそる尋ねる。 「いいよ~」  もうすっかり小豆ちゃんのペースだった。  面白いけど、ちょっと心配になってきたな。 「はい、では次の質問です。鬼藤先生はどうして教職を選ばれたのでしょうか?」 「うーん……そうだねぇ……」 「将来性のある男子学生に、先にツバを」 「ちょっ?!」  小豆ちゃんは予想以上にフリーダムだった。 「あれだよ、あれ。逆光源氏計画?」 「……」  三咲は言葉を失っていた。  ひでぇ。  本当に女性に対する幻想が死んじゃいそうです俺。 「……それで、今のところお眼鏡にかなう生徒はいなかったと」 「じー」 「え?」 「じじー」  熱視線が俺に向かって?! 「ま、まさか、先生、沢渡くんを……?」  ええー?! 「いや、沢渡くんもなかなかいいよ?」  マジかよ。俺も小豆ちゃん嫌いじゃないけど。 「でも、前髪がな~」  そこかい。 「スキンヘッドにしたら、完璧なんだけど」 「すんません。別の人探してください」 「何だと?! 丸めろよ! 式の日までにっ!」  何の式かっ。  もう小豆ちゃん無双であった。  ガラスの向こうを見る。  計は床に膝を折り、腹を押さえて痙攣していた。  どうやら笑いすぎて腹筋が痛いらしい。  もうこれで充分ウケたか。 「え、えーと、じゃあ、最後の質問は俺から」 「何だ、意外に大したことなかったね~」 「これで大したことないと言い切る鬼藤先生を、私は尊敬します……」 「また一人私の信者が増えたよ、沢渡くん」  いい笑顔だった。  呆れられてるのが通じてない。 「ずばり、鬼藤先生にとって一番大切なモノって何ですか?」 「愛だよ、愛!」 「……でも、お金持ってるのは前提なんですよね?」 「もちろんでげすよ~」  気持ちいいくらいブレてなかった。 「では、第一回、『突撃! 緑南放送局』もそろそろお時間となりました~」  シメに入る。 「だ、第一回、放送はいかがだったでしょうか?」 「ちなみに第二回放送は学園祭の当日を予定しています」 「よろしければ、こんな事して欲しい、みたいな要望をいただけると嬉しいです」 「予算下りなかったら、やらないけどな!」 「小豆ちゃんも顧問なんだから、そういう後ろ向きなこと言わないのっ」 「つーん、いきなり放送室に拉致ってくる人なんて知らないよーだ」 「口でつーん言うな」 「シスコンは文化だっ!」 「脈略がねー!」 「だって、ここにシスコンの人がいるじゃーん」 「違うわっ!」 「ふーんだ、このサクランボ少年!」 「決め付けないで!」  取っ組み合いに。 「え、えーと……」 「ダメだこりゃ……」  俺達の第一回放送は幕を下ろした。  この放送は学園内で大きな反響を呼ぶ。  小豆ちゃんのパーソナリティのユニークさに賭けた作戦が当たった。  俺も全校放送でシスコン言われたけど(泣)。  第二回放送を楽しみにしているというヤツに何度も声をかけられた。  しかし、抗議の声もわりかしあった。  そして、一夜明けて。 「……」 「……」  終業式の後。  俺と三咲は思いっきり眉間にしわを寄せた会長と呆れ顔の祥子さんの前に立っていた。 「お、おはようございます」 「俺達に話があるそうで」 「……あなた達」  ぴくっと会長のまなじりが上がる。 「昨日の放送を私も聴きました」 「はい」 「今まで最低限の活動しかしてこなかったあなた達がすぐさま行動しました」 「やる気が芽生えたことは認めましょう」 「ありがとうございます」 「……ですが」  会長は机に大量の紙の束を置いた。 「生徒会に届けられた反響です」 「そんなにですか……」 「それはごく一部ね。メールで来たのは入ってないよ?」 「どうでしたか?」 「ふざけすぎだからやめろという声と、面白いから続けて欲しいという声が半々です」  マイナス票とプラス票が五分五分。思ってたよりマイナスが多い。  この場合、どうなるんだ?   数字的に考えるとプラマイゼロで、元のままか?  でもそれだともう時間がない。 「……」  三咲も俺と同じように考えたのか、表情が暗くなる。 「沢渡くん、それに三咲さん」 「はい」 「放送部の部費の申請、承認します」  え?  俺と三咲はお互い顔を見合わせる。 「今、何て……」 「確か、部費の申請を承認すると……」 「そうですわ」 「遅ればせながら、放送部に今年度分の予算をつけると、今言いました」 「マジっすか?!」 「こんなことで、私はウソは言いませんわ」 「や、やった……!」  三咲が笑う。  本当に嬉しそうだった。  だから、俺も自然に笑顔になってしまう。 「よかったね! 頑張って!」 「ありがとう! 御幸祥子さん!」 「あはは、まだフルネームなのっ?」  お約束は忘れない俺である。 「金額は他の文化部と同じ7万円」 「――以上です。もう戻って結構ですわ」 「会長」 「何ですの?」 「ひとついいですか?」 「いいですわよ」 「反対意見も結構あったんですよね?」 「ありましたわ。特に職員からの意見は反対の方が多かったですわ」 「でも、私が説得しました」 「? どうして、そこまで……?」 「お忘れになりましたの?」 「私はやる気のある人達には、チャンスを与える主義ですわ」  会長はにっこりと笑う。 「あ……」 「なにより、結果を恐れず挑戦することは、私達若者の特権でしょう?」 「青春ってヤツですか」 「まあ、そうですわね」  何この人、すげーカッコいい。  器がデカイ。  さすが生徒会長になっただけのことはある。 「きっと、学園祭でも、会長の期待に応えます!」 「できれば、あまり問題を起さない内容でお願いしたいですわね」 「超善処します!」 「……あなたが言うとイマイチ信じられませんが……今は信じましょう」 「早く、他の部員に報告しなさい」 「わかりました! これで失礼します! 三咲行こう」 「ああ! ありがとうございました!」  三咲と二人で生徒会室を出る。 「会長……」 「何ですの?」 「ふふっ、何でもないです。あ、コーヒーを淹れますね~」 「……」 「……学園祭の楽しみが、ひとつ増えましたわ」 「そうか! 部費取れたかっ!」  三咲と駆け足で部室に戻り、残っていた部員に早速報告をした。 「やったじゃん!」 「ファンタスティック……」  全員の顔が一瞬にして笑顔に。 「二人とも、よくやった! ハイターッチ!」  流々が両手を広げて、高々と掲げる。 「おうっ!」 「うむっ!」  景気のいい音が部室に鳴り響く。 「何とかギリギリ間に合いましたね、兄さん」 「ああ、本当にギリギリだったよ」  明日から夏休みだからな。  夏休みが明けて、しばらくしたらもう学祭だ。  準備をするとすれば、夏休みにやるしかない。 「休み中にアンテナを直せなかったら、アウトだったな」 「うん、でもこれで目処は立った」  あとは流々に色々教えてもらいながら進めていけば間に合うはずだ。 「夏休み中にやること決めないとね」 「大雑把に言うと、放送のインフラを整えるのと、番組内容を決めるの二つだな」  要はハードとソフトである。 「二班に分けるか」  先輩はぴっと右手の人差し指と中指を立てる。 「もしくは、全員で全部をやるか」  次に両手をぱっと広げる仕草をする。 「効率がいいのは、やっぱ分ける方だよな~」 「でも、それだとハード班は当日は割と暇ですね」 「それはそうなるだろうな」  当日にまだ機器で悪戦苦闘なんてしてたらそもそもダメだ。 「なるべく当日は全員で何かやれた方がいいと思う」 「それは、その方が青春だからですか、三咲さん」 「もちろんだとも!」  満面の笑みを浮かべて、三咲が胸を張る。  あいかわらずの青春娘だ。 「別に両方とも皆でやればいいんじゃない?」 「どうせ、みんな休み中、部室に入り浸る気でしょ? 超ヒマじゃん?」 「まあな」 「確かに」 「兄さん、今年もここでダラダラ過ごすつもりなんですか……」 「クーラーもないのに……」  暑いのがちょっと苦手な七凪が、嫌そうな顔をする。 「暑けりゃ脱げばいいじゃん」 「男性がいるんですよ? できませんよっ!」 「なら、全員水着で~」 「それも変ですよ! 先生に叱られますよ!」 「学校指定の水着なら……」 「それだっ!」 「スクール水着着て、台本書くんですか?! どんなプレイですか?!」  七凪は真っ赤になりながら怒っていた。  だけど、人前でプレイとか言わないで妹よ。 「ここだけじゃなく、たまにはファミレスとか行けばいい」 「たまになら、近くの海岸に散歩だってできるさ」 「あたし花火やりたいですよ、皆の衆」 「それいいな!」 「賛成……」 「去年は修ちゃんがネタで自分のTシャツ燃やして、超楽しかったよな」 「ネタじゃねーよ! 事故だっ!」 「再現希望!」 「やるかっ!」 『ははははは!』  部室には笑い声があふれていた。  明日から夏休み、そして学園祭の準備も目処が立った。  きっと楽しいことが、これから目白押しだ。 「ん?」 「電話だ」  全員が周囲を見渡す。 「私……」  先輩がすっと自分のスマホを取り出す。 「あ……」 「業者の人」 「アンテナ修理の?」 「ん」  こくんと頷く。  そう言えば見積もり取っとくって言ってたな。 「話してくる」  先輩はそう言うと、部室の外へと移動する。 「何はともあれ、部費下りて良かったよね~」 「その分真面目に部活しないといけなくなったけどな」  そんなこと言いながらも、俺もにまにまとしてしまう。 「何を言ってるんだ、沢渡くん! キミだってすっごく嬉しそうじゃないか!」  肩をぱしぱし叩かれる。  三咲ちゃんはテンションダダ上がりだ。 「これを機会にもう若年寄返上だな!」  肩をつかまれて、もたれかかってきた。  身体すっごいくっついているんだが。  女子なのに、気にしないのか? 「ちょっ、お前くっつきすぎ」 「ん? いいじゃないか、友達だろう?」 「友達だけど、くっつきすぎ!」 「何だ、七凪くんや真鍋くんとはしょっちゅうちちくりあってるのに」 「私とはできないのか? 傷付いちゃうぞ」  と笑ってさらにべたべたと。  ふにふに  胸まで押し付けて?! 「何を妹の前でイチャついているのですか、兄さんこの野郎!」 「このエロス! 前髪変なくせにっ!」  ナナギーと計に糾弾される。  でも、前髪は関係ない。 「三咲、暑いから離れろって」  これ以上くっつかれたら、色々と不都合が。  主に下半身関係で。 「ツレないなー、キミは」  三咲はしぶしぶと言った感じで俺から離れる。 「私の胸の感触にあたふたしている沢渡くんに萌えていたんだが」 「わざとかよ?!」  女の子って怖い。 「……ただいま」  馬鹿騒ぎをしている間に、南先輩がご帰還した。 「あ、お帰りなさい」 「……」  ん?  どうしたんだろう? 元気がないような。 「先輩……?」 「どうかしたんですか?」  俺と同じことを感じ取ったのか、部員達が先輩に声をかける。 「修理代の総額……」 「30万円……」 「――え?」  先輩の声を聞いて、しばらく俺達は言葉を失っていた。  ――万事休す。  きっと誰の頭の中にもこんな言葉が浮かんでいただろう。 「……」 「……」  大人しい南先輩や七凪は言うに及ばず、 「……」 「……」  いつも五月蠅いくらいしゃべりまくる幼馴染ーズでさえ、口をつぐんでいる。  重っ苦しい沈黙が部室の中を支配していた。  さっきまでの盛り上がりがウソのようだ。 「差額23万か……。まさか壁まで掘るとか言い出すとはなー」  修二がため息混じりに言葉を吐く。  通常のアンテナ修理だけならここまではかからない。  しかし、放送室と屋上の間のケーブルもイジるとなると費用はいきなり跳ね上がる。 「キツイな」  ボンヤリと窓の外を見ながら、俺も言葉を何とか押し出す。 「全員でバイトすれば何とかなるかもしれねーけど……」 「金がたまる頃、学園祭じゃね?」 「だよなぁ……」 『はぁ……』  同時に嘆息。 「世知辛い世の中だぜ……」 「まったくだ」 「……もうこれ以上部費は無理だよね?」 「それは難しいと思う……」 「他の部より多く寄こせなんて、さすがに言えないだろ」 「ですよね……」  全員の声が沈んでいた。  金とかリアルな問題になると途端に学生は弱くなる。  社会的弱者だ。  でも。 「学園祭か! 面白そうじゃないか!」 「――ありがとう」 「何を言ってるんだ、沢渡くん! キミだってすっごく嬉しそうじゃないか!」  何とかしてやりたい。  あんなに喜んでた三咲をがっかりさせたままなんて嫌だ。  それにあいつには、七凪や計達を助けてもらった恩もある。  今度は、俺が。 「……あれ?」  三咲に何かを言おうと思って改めて部室を見渡すと、本人がいなかった。 「三咲って、帰ったの?」  そばにいた修二を見る。 「ん? そういやいねぇな」  修二も三咲の不在に今気付いたようだ。  少し心配になる。 「俺、探してくるわ」 「どっかで、すげー落ち込んでそうだし」 「それがいいかもな」 「七凪、俺遅くなるようだったら先帰っていいから」 「あ、兄さん」 「三咲さん、心配だね……」 「一番、やりたそうだったからな……」 「ん……」 「あーあ、ままならねーよな、マジで……」 「ここじゃないか……」  また涼んでるんじゃないかと思って外に出た。  でも、三咲の姿は見つけられない。 「帰っちゃったかな……」  西に傾いた太陽を見つめながら、声を落とす。 「金かー」  親に泣きつけば何とかしてくれそうな気はする。  たぶん何とかしてくれるだろう。  だけど、それは違う気がした。  学祭で親の補助とか。  全然、青春じゃない。 「ミニFMだけ諦めるか?」  校庭に踏み出して、振り返り校舎を眺める。  逆光になって見づらいけど、アンテナの影が視界に入る。  その細い影は、とても頼りなくて、弱々しい。  今にも折れそうだ。  でも、そんな弱さが、何故だか。  今の俺には、とても好ましく思えた。  まだ終わってほしくない。  終わんなよ、って言ってやりたくなった。 「あー、くそっ」 「あのアンテナから、電波ゆんゆん飛ばしてーっ!」  叫んだ。  近くをたまたま歩いてた女子が「ひっ」と声をもらして速攻逃げていった。  おどかしてゴメン。 「ん?」  アンテナの影にもうひとつ影。  人影。 「おいおい」  見つけた。  俺は校舎へと舞い戻る。 「あ……」 「あ、じゃないでしょう。お嬢さん」  屋上に上がると、ちょうどハシゴを下りてきた三咲と視線が合った。 「急にいなくなるなよ、心配したぞ」 「一応、キミに外に出るって言ったぞ」 「え? マジ? ごめん……」  俺が気がついてなかったのか。 「いいさ、キミも上の空って感じだったし」  風になびく髪を抑えながら微笑む。  でも、少し寂しそうな笑みだった。 「何て、言うかさ」 「ん?」 「がっかりさせて、ごめん」 「何故、キミが謝るんだ?」 「キミは何も悪くないだろう? むしろ一番頑張ってたじゃないか」 「だけど、結果が全てだし」 「そんなことはない。過程だって大事さ。きっと結果と同じくらいに」 「そうなのかな……」  俺にはそんな風には考えられない。 「それにどんな事だって、見方を変えれば過程であり、結果でもある」 「最後の最後まで、わからないさ」  三咲はもう一度笑む。  今度の笑みは明るかった。  ――どんな事でも過程であり、結果でもある。  だから、勝手に『最後だと決め付けて』嘆く必要なんかない。  三咲は俺にそう言いたかったんだろう。理屈ではある。  こういう風に考えられるから、三咲は未来視から逃げなかったんだ。  どんな未来を見せ付けられても、望みを捨てない心があったから。  だけど。 「……」  やめよう。  今、両親のことを思い出しても仕方ない。  三咲の言葉を否定したいわけじゃないんだ。  ただ、うらやましい。  三咲のまっすぐな心が、悔しいくらいうらやましかった。 「ん? どうした沢渡くん」 「急に黙り込んで」 「いや、何でもない」 「それより、皆心配してるし、そろそろ戻らないか?」  ごまかすように言った。 「いや、すまないがもう少し見てみたいんだ」 「何を?」 「もちろん、アレさ」  三咲はまっすぐ右手の人差し指をのばす。  その先には、風に揺れるアンテナがひとつあった。 「そういえば、ハシゴまで持ち出してたな……」 「ああ、重くてまいったよ」 「あのアンテナなら散々俺が見たよ。残念だけど壊れてる」 「めちゃくちゃケーブルが切れてた」 「壊れているのは、私も認めるよ」  だったら……。 「じゃあ、もう見ても意味がないだろう?」 「いや、意味はある」 「どんな?」 「ふっふっふっ、沢渡くん、実は私はこう見えても諦めがとても悪いんだ」 「それは今までの三咲を見ていればわかるけど」 「なら、私が何を考えているかわからないか?」  にやっと口の端を吊り上げる。  今度はいたずらっ子のような笑顔。 「何って……」  何気なくハシゴの立てかけてある辺りを見る。  工具箱。  そして、その周辺には大小さまざまなハンダゴテやらペンチやらが転がっていた。  おい。 「自分で修理する気か?」  ちょっとめまいを覚えながら、尋ねた。 「他人に頼めないのなら、自分でやるしかないじゃないか」  あっさりと肯定。 「いや、ちょっと待ってくれ」 「そんな簡単なモノじゃないって」 「何故だ?」 「ケーブルが切れているなら繋げばいい」 「サビついているなら、サビを落として補修すればいい」 「理屈ではそうだけど、俺達には知識も技術もないし」 「なら、調べればいいさ」  本気でそう思っているようだった。  マジかよ。 「夏休み中に終われば何とかなるだろう? 時間はたっぷりある」 「さっき、図書室で参考になりそうな本も探してきたんだ」 「読んでみたのか?」 「読んだ」 「どうだった?」 「まるでわからなかった。図面の記号とか、まるで暗号だ」 「ダメじゃん」 「だから、実物と比較すればわかるんじゃないかと思ってさ、よっと」  工具を片手にハシゴを登ろうとする。  足元が何ともおぼつかない。 「とと」  風にあおられて、不安定に身体を揺らす。  見ていられない。 「おい! 危ないから下りろよ」  思わず俺もハシゴのそばに。 「あ、こら、あんまり近寄らないでくれ」 「何で?」 「パンツ見るつもりだろう?」 「見ねーよ!」  純粋に心配したのにっ。 「冗談だ。ふふ、赤くなってるぞキミ」 「やっぱり本当は純真なんだな」 「いやだけど、神戸くんとはたまにワイ談もしてるよな……やっぱり違うか?」 「話をするのと、実際に女子にそういうことをするのとは違うだろ」  その辺はわきまえてるつもりなんだが。 「私を水着ポスターに出させようとしたじゃないか」 「あれこそ冗談だっちゅーに」 「怪しいな……まあ、思春期男子は複雑なんだと解釈しておくよ」  と思春期女子に言われた。 「なあ、もしかしてさ」 「ん?」 「俺達がミニFM立ち上げてる未来視でも見た?」 「え? どうしてそう思うんだい?」 「成功するのが視えたから、こんな無茶してると思った」 「なるほど。しかし、それは不正解だ」 「視てないよ。視るつもりもない」  ハシゴの上から夕陽を見ながら言う。 「三咲も意識的には視れないのか?」 「いや、視えるよ。訓練したからな。完璧とは言わないがある程度コントロールはできる」 「どうして視ない?」 「……」  俺の言葉に三咲は一瞬だまりこむ。  夕焼けに照らされた三咲の顔は、陰影がくっきりしてるせいかいつもより大人びて見えた。  そして、どこか寂しそうにも。 「視えても視えなくても、やることに変わりはないじゃないか」 「私は未来視の結果がどうあろうと、学園祭でキミ達と放送したい」 「青春したいんだ」 「だから、行動はもう決まっている。未来を視ても意味はない。違うかい?」  じっと俺を見つめる三咲。  本当に、こいつは―― 「まっすぐだなぁ、三咲は」  感心した。 「ここまで熱心に部活するなんて、たぶんウチの学園でもお前だけだよ」 「でも、怪我したら元も子もないぞ。来年だってあるし、ちょっと熱心すぎないか?」 「……前にも一度言ったが、私は転校ばっかりだったんだよ」 「やっと、ここに落ち着けそうなんだ」 「今まで足りなかった青春成分を一気に吸収しないとな」  目を細める。  言いたいことはわかる。  でも、それにしても三咲は少し焦りすぎではないかとも思う。  立ち止まることを許されないランナーのように。  人生は長距離マラソンだ。  たまには、休まないと途中で倒れてしまう。 「三咲、ちょっと下りて来い」 「そんで休めよ。ずっと一人でアンテナ、イジってたんだろう?」  猛暑の中、熱中症にでもなったらどうするんだ。 「だが、明るいうちに故障箇所を洗い出しておきたいんだ」  かちゃかちゃ音をさせながら応える。 「俺が代わる」 「え?」 「二人同時には登れないだろう? 俺がやってる間休んでろ」 「……いいのかい?」 「いけない理由なんかない」 「徒労に終わる可能性もあるぞ?」 「そんなの百も承知だ、お嬢さん」  にやっと笑ってみせる。 「……すまない」 「いいから早く休め。青春娘」 「本当は一人じゃ不安だったんだ」 「だったら、もっと頼れよ。仲間だろ?」 「ありがとう、沢渡くん……」  互いに見詰め合う。  ちょっと感動ちっくなシーン。 「キミにパンツを見られたかいがあったというものだ……」 「見てないと言うのに」  でも、すぐにオチがついた。 「パンツがどうしたのですか? 沢渡さん」  ――え?  背中に声。  三咲といっしょに入り口あたりに視線を移す。  放送部の面々が続々とやってくる。 「やっぱりここでしたか」 「遅いぞタク。ミイラ取りがミイラになってるし」 「心配した……」  皆が俺と三咲を、ジト目でにらむ。  つい話し込んでしまったか。 「ご、ごめん」 「すまない……」 「んで、何してたんだ?」  修二が落ちていたドライバーを拾って、手のひらの上で転がす。 「諦め悪いな、おめーら」  ため息を吐く。  が。 「さすが俺のダチだぜ。俺にも何かやらしな」  すぐに嬉しそうに、笑う。 「いいのかい? 神戸くん」 「どうせ壊れてんだろ? ならやってみようぜ」 「あたしも混ぜて混ぜて~」 「右に同じ……」  アンテナ修理チームがあっと言う間にできあがった。 「兄さん」 「なんだ?」 「正直なところ、直ると思いますか?」 「状況にもよると思うけど、普通に考えてたぶん厳しいだろうな」  俺達は素人だし、技術も金もない。 「でも、やれることがあるなら、とにかく試してみたい」 「試してダメならどうするんですか?」 「それはその時にまた考える」 「いきあたりばったりですね、超失敗しそうです」 「七凪は協力してくれない?」 「超しますけど」  あっさりと。 「するのかよ?! 今の話の流れで超するのかよ?!」  田中さんびっくり。 「兄を助けるのは妹として当然ですから」  七凪ちゃんマジ天使。  兄泣きそう。 「あー、もう、すげー無駄骨だぞ、きっと……」  一番放送に詳しそうな流々は顔をしかめた。 「学園の許可だけはとってくれよ。私も転校早々、叱られたくないからな」  だけど、自分も手伝う前提で発言していた。 「キミ達……」  三咲はぽかんとした顔で、周囲の仲間達を見る。 「いいのか? 貴重な夏休みをつぶすことになるかもしれない」 「しかも、報われないかもしれないのに……」 「何言ってんだよ。それはお前だって同じだろ?」 「皆でやった方が楽しいって」 「一人で抱え込まなくていい……」 「三咲先輩は、水臭い人ですね」 「だ、だが……」  戸惑う三咲。  そんな三咲の肩を叩いて、俺は言った。 「皆も、お前とせーしゅんしたいんだってさ」  俺の言葉を聞いて、三咲は一瞬目を見開く。 「……」 「……ありがとう」  そして、全員に向かって頭を下げた。  目尻にわずかに光るモノがある。 「おい、三咲また目から汁が」 「な?! 馬鹿を言うなっ沢渡くん」 「私はそんな恥ずかしい体質じゃない」  前、自分で言ってたくせに。 「前の学校に詳しいヤツいたから、アドバイスしてもらうか~」 「後で写メ撮って送る。いいだろ? タク」 「ああ、さんきゅ、ク○エ」 「るーるー、るるるる、るー、るー」  幼馴染と組んで、幼馴染をからかう。 「誰が極寒の地で暮らしてるオッサンかっ!」 「遊んでないで、しっかり撮ってください」 『すみません……』  一番年下の七凪に叱られた。 「鬼藤先生には私から許可を取っておく」 「あ、いいんですか? 俺が言ってもいいですけど」 「ううん」  首を軽く横に振る。 「これは部長の仕事……」 「きっと説得するから、安心して」  先輩の顔を見る。  一見、いつもと同じ穏やかな表情をしていた。  でも、その目は強い決意の光を宿している。  いける。  真剣モードの先輩に敵う相手など、誰もいない。 「さて、暗くなる前にざっとチェックするか」 「外見はこの間見たからな、どちらかというとそれ以外が気になる」 「何はともあれ、いっぺん動かしてみようぜ」 「それが手っ取り早いよね」 「私は職員室に……」 「あ、私は先輩に付き合います」 「私も鬼藤先生の説得に回りますね、兄さん」 「ああ、よろしく頼む」 「行って来るよ!」 「吉報を待ってる」 「ああ!」  三人は屋上を後にする。  残った俺達は修理のための下準備だ。 「タク、ハシゴもうひとつ取ってくる。体育倉庫にあったっけ?」  気分が高揚する。 「待て俺も行く。女子一人じゃ重いって」  もちろん、明日から夏休みだからってだけじゃない。 「えー、体育倉庫であたしに何をするつもりですか沢渡さん」  仲間達と同じ目的に向かって、行動を共にする。 「何もしねーし!」  そのことが何とも。 「でも、男は皆、最初はそう言うんだよ~」 「だよな~」  何とも俺のテンションをあげさせる。 「じゃあ、俺じゃなくて修ちゃんと行ってこい」 「おお、いいぜ」 「えー」 「えー、って何だよ真鍋!?」 「わははははは!」 「拓郎も笑ってるんじゃねー!」  放送部、ただいま全員、せーしゅん中! 「ごちそう様でした」 「お粗末様でした」  七凪と二人の夕食を終えた。  今日も母さんは残業で遅い。 「七凪も明日は部活出る?」  食べ終わった茶碗を重ねながら尋ねる。 「はい、私も放送部の一員ですから」 「暑いから気をつけて。なるべく部室の中の作業にしてもらおう」  炎天下に長時間、七凪を出すのは少し不安だ。 「大丈夫だと思いますけど、兄さんがそう言うなら」  七凪も茶碗を片付け始める。 「ああ、片付けは俺がやるから」 「今日は疲れたろ? もう風呂入って休んで」 「いいんですか?」 「毎日、作ってもらってるし、このくらいは当然だ」 「ふふ」 「兄さんが、久し振りに優しいです、なう、と」  七凪が余計なことを全世界に発信した。 「おい、お兄ちゃんはいつでも七凪には優しいぞ」 「そうでしょうか?」 「果たして、そう言い切れるのでしょうか?」  ずいっとナナギーが俺に不満げな顔をして寄って来る。 「い、言い切れるであります」  下っ端兵士のように答える。 「だけど兄さん、最近は三咲先輩とばかりいっしょにいるじゃないですか」 「だから、私のことはもう飽きたのかと」 「妹に飽きるとかないのっ」 「それは女としては飽きたということですか、この野郎」 「兄さんに捨てられて私涙目、なう、と」  また全世界に俺のゴシップが広がる、なう。 「もともと、そんな目で妹を見てません!」 「ほら、早く風呂入ってこい」  妹の背中を押す。 「兄さんに早く衣服を脱げと強制され中なう♪、と」 「曲解するのはやめて!」  微妙に語尾が嬉しそうなのがナナギーのナナギーたるゆえんであった。 「はいはい、移動移動」  とにかく背中を押して、妹君のご退場を願う。 「兄さんは強引ですね……あ、わかりましたから、そんなに押さないでください」 「おやすみ、七凪」 「……もう、おやすみなさい」  ご機嫌ナナメになりつつも妹さんは居間を出た。  やれやれだ。  俺は集めた食器を持って、流し台に。  洗剤を含ませたスポンジで食器を洗う。  二人分なので、そんなに量はない。 「だけど兄さん、最近は三咲先輩とばかりいっしょにいるじゃないですか」 「……」  さっきの七凪の言葉を反芻する。  俺、そんなに三咲とばっかりいるかな?  いるか、いないかの二択ならいるとは思うけど。 「でも、クラスメイトだし、部活同じだし」  決して、あの未来視にとらわれて、彼女になるからってそばにいるわけじゃない。  三咲は話のわかるいいヤツで、そいつが学園祭で盛り上がりたいって言ったんだ。  別に手助けしたって、変じゃない。  友達なんだし、普通だ。  七凪が考えすぎなだけ。 「よし、終わり」  思考とともに、皿洗いにケリがつく。 「部屋に戻るか」  テーブルに置きっぱなしにしてたケータイを手にする。 「ん?」  七凪のつぶやきに計のリプライが。  ナナギー  『兄さんに早く衣服を脱げと強制され中、なう♪』  お計さん  『タクにはがっかりだ、なう』 「……」  スマホの画面が涙でにじんでよく見えない俺だった。  何かはわからない。ボンヤリとしてよく視えない。  でも聞き慣れない、何かが倒れるような嫌な音がした。  何度も。  そう、何度も何度も。  聞きたくなくて、耳をふさいでも聞こえる。  目をつぶっても視えてしまう。  だから、これは現実に知覚している現象じゃないくて、未来視だと、俺は気付いた。  でも、こんなあいまいなモノを見せられてもわからない。  やれやれ、とうんざりしかけた、その時。 「きゃああああああああっ!」  ――?!  三咲の声に、あわてて布団を蹴飛ばす。 「はぁはぁはぁ……」  たった今、起きたばかりだというのに、俺の呼吸は乱れていた。  背中は汗だらけ。 「何だ、今のは?」  単なる夢か?  一瞬だけ、そう考えて俺はすぐにその判断を否定した。  安易な思い込みに逃げてはダメだ。  冷静かつ、迅速に、最善の行動をしなくてはならない。  まず、状況を整理しろ。 「何か、デカイ物が倒れた……」  それで? 「それが誰かに向かっていた……」  誰に? 「三咲にっ!」  背筋が凍る感覚がした。  いつかはわからない。何年も先かもしれない。  いや、三咲の声に変化はなかった。  そんなに先のことじゃない―― 「三咲にとにかく、連絡だ」  あわててケータイを手にした。  あいつも未来視ができる。俺の言葉を信じてくれる。  何とか危機を回避できるかもしれない。 「……」  永遠に続くかと思えてくる長い呼び出し音。  頼む出てくれと何度も祈る。  繋がった! 「三咲、あの――!」  すぐに話し始める。  が。 「おかけになった電話番号は電源が入っておりません――」 「くそっ!」  すぐに切る。  何度リダイヤルしても結果は同じだった。  電話がダメなら直接会う。  それも一刻も早く。  速攻着替えて、俺は部屋を飛び出した。 「あ、兄さん早いんですね。まだ七時ですよ?」 「ごめん、七凪、俺もう出る」 「え? どうしたんですか? そんなに慌てて……」 「今は時間がないんだ。後で話すから……」 「もしかして、三咲先輩のお手伝いですか?」  ――え?  七凪の言葉に、足が止まる。 「昨日、一足早く行ってアンテナをチェックするってつぶやいて……」  アンテナをチェック?  俺の頭の中で、今朝の未来視が再生される。  あの音。  あの倒れたものは――そうか。 「七凪、三咲に学園には行くなと伝えろ」 「つぶやくのと、繋がらないかもしれないけど電話の両方で」 「え? 学園に行くな、ですか? ど、どうして?」 「ごめん、俺は万一を考えて学園に行くから! もし三咲が捕まったら俺に連絡してくれ!」 「に、兄さん?」  戸惑う七凪をヨソに外に駆け出す。  バス停まで全力で走る。  あと5分で次のバスが来てしまう。  その次のは30分後。そんなに待ってはいられない。 「はぁはぁはぁ……!」  あの未来視が今日のことじゃないならいいんだが。  でも、この間の未来視は当日のことだった。  両親の時も。  俺は近い未来を視る傾向が昔からある。 「最善を尽くせっ!」  そう言い聞かせて、走り続ける。  もしかしたら、三咲はとっくに自力で危険を回避してるかもしれない。  その時はホッとすればいい。今の俺の行為など徒労で終わればいい。  今はただ三咲の安全を第一に考える。  それが全てだ。  バスがバス停に着く。  俺は息を切らしながらそれに飛び乗った。  扉が開くと、俺はすぐバスを飛び降りた。  乗客は俺一人。  もしかしたら、同じバスに乗るかもと淡い期待をしていたがそうはならなかった。  七凪から連絡はない。  まだ三咲を捕まえられないらしい。 「まだ起きてないなら、阻止できる」  三咲が怪我をするのを視たわけじゃないんだ。  急げ! 「ふわっ……あっ、沢渡くん」 「あ、小豆ちゃん」  全速で廊下を駆けていると小豆ちゃんと会った。 「すっげー汗だくじゃん。やっぱ屋上暑い?」 「い、いえ、俺はまだ上には……。って、それより三咲見ませんでした?」 「え? 三咲さん? ううん、私もまだ来たばっかりだし、わかんない……」 「そうすか……」  やっぱりさっさと屋上に行こう。  事件はあそこで、起きるはずだ。 「それより、沢渡くん、昨日ハシゴちゃんとしまった?」  いきなりキーワードを言われて、背中に冷水をかけられたような感覚が走る。 「昨日、ちゃんとしまったはずですけど……」  俺と修二で片付けた。間違いない。 「え? おかしいな? 倉庫にないってさっき、用務員のおっちゃん言ってて――」  !  昨日の夕方片付けたハシゴが、今はない。  それは、つまり――今朝、誰かが持って行ったということ。  ヤバい。  俺の中でどんどん警戒音が大きくなる。 「間に合え!」 「あ、ちょっと? 沢渡くん?」  俺は小豆ちゃんをそこに残して、階段を駆け上がる。 「はぁはぁはぁ……!」  間に合え。間に合えっ。間に合えっっ!  何かに祈りながら、階段をひた走る。  何だっていい。神様でも、悪魔でも。  三咲を守ってくれるのなら、何だっていい。  疲れ切った脚がもつれて転びそうになる。  何とか踏みとどまって、すぐにまた走り出す。  早く三咲の元気な顔を見たい、その一心で。  薄暗い階段の前方から薄い光が。  微かに開いた扉から、夏の朝陽が差し込んでいた。  強い風の音も続いて耳に届いてくる。  力まかせに腕を伸ばして、扉を押し開けた。  同時にハシゴが倒れる音がした。 「三咲?!」  間に合わなかったのか?  俺は急いで倒れたハシゴのそばに駆け寄る。  俺の心が一瞬で絶望の色に染まった。  両親を失ったあの時と同じ色だ。  だが――  そこには――誰もいなかった。  強風に耐えかねて、立てかけられたハシゴが倒れただけだ。 「よかった……!」  一気に脱力して、その場にへたりこむ。  事件発生はこのタイミングではなかったのだ。  安堵する。  三咲にはこれから訳を話して、ハシゴのそばには近寄らせないようにしよう。  それで解決だ。 「よっしゃあああああああああっ!」  屋上に寝転んで、空に向かって両腕をつきあげて叫んだ。  勝利宣言。  今度は、守ったぞ!  ヤバイ泣きそう。  それくらい嬉しかった。 「おやおや、そんなところで朝寝ですか沢渡さん」 「よう」  計の声に寝転がったまま手を振る。 「早いね」 「用事があってさ」 「もしかしてタクも、三咲さんが早く来るから?」 「んー、まあ、そんなトコかな」  とりあえず計にはそう言うしかない。 「そうですか、それならあたしはお邪魔虫」 「そーいうんじゃないっての。邪魔じゃないって」  まったくすぐ女子はすぐ恋愛方向に考えるから。  苦笑しながら、起き上がる。 「それならいいけど。あ、そうだ、三咲さんとすれ違わなかった?」 「いや、今日はまだ会ってない」 「そうなんだ。あー、バスじゃなくて、自転車かな」 「そういや、三咲は?」 「買出しに行ったよ。朝ごはんまだなんだって」 「購買は休みだし、コンビニか」 「んにゃ、ついでに他にも用事あるからって、七原町まで行くって」 「あんなトコまでわざわざ……」 「それならいっそ今日は遅刻すればいいのに」 「だよねー」 「おう、噂をすれば三咲さんだ」 「計、あいつにちゃんとケータイいつも電源入れとけって言っておいて」  もう今回みたいのはこりごりだ。 「了解。あ、なになに? ううん、今、タクが来た。もうぽっちじゃないよ~」 「あ、タクがいつもケータイの電源入れとけって。そう、三咲ちゃんラブだから」  勝手なことを。 「え? あ、タク、何か用だったの? ほら代わったげるから話していいよ」 「いや、俺は――」  急用ではなくなったんだけど。 「今、沢渡さんに代わりまーす。ほい」  計のスマホを渡される。  あいかわらず人の話聞かない子だよ。この子は。 「もしもし、三咲?」  仕方なく出る。 『ああ、沢渡くんか? 電話をくれたそうですまない』 『昨夜から本体の電源が入らなくなったんだ。申し訳ない』 「今話してる携帯は?」 『さっき試してみたら今度は入ったんだ。まあ不安だし、今からショップで新しいのに代えるよ』 『駅前に8時からやってる店があるんだ』  そういうことか。 『それで、どんな用事なんだい?』 「いや、それは……」  計の居る前じゃ話せない。 『もしかして愛の告白かい?』 「なんでやねん」  やはりこいつも女子である。 『まずは交換日記から始めるということで、どうだい?』  くすくすと笑う。  スピーカーから流れてくる声がなんともくすぐったい感じがした。  でも心地良い。 「今すぐじゃなくていいんだ。戻ってきたら時間をくれ」 「直接話したい」 『ふふ、直接か……まあ、その方が私も嬉しいが』 「恋愛関係から離れろというに」 「ん? 三咲、聞こえにくい」 『ああ、ショップの前のビルが工事中なんだ。あ、もう開店する。なるべく早く戻るよ』 「そうか。こっち戻るのゆっくりでいいから」 『いや、そんなに時間は――』 「あ……」  突然会話は打ち切られた。 「どったの? タク」 「急に切れた。三咲の携帯の電源が壊れてるっぽい」  ためしに俺の携帯でリダイヤルしても、もう繋がらない。 「ふーん、じゃあ、携帯代えて自転車で七原からだから……こっち戻るの9時半くらいだね」 「だろうな」  計のスマホを返しながら答えた。 「それまでタクと二人きりか~。いや! タクあたしをそんな血走った目で見ないでっ」 「そんな目で見てないし、それにもうすぐ七凪や先輩も来るから心配するな」  人を野獣みたいに言わないでほしい。 「ちぇーっ、からかいがいがないなあー、あ、ハシゴ倒れてる」 「あ、計、危ないから、やっぱりハシゴは俺か修二が運ぶって」 「えー、でもそんな事言ってたらアンテナ修理なんてできないよ?」 「ハシゴ以外にも、危ないものはあるし」 「それに危ないものは、ドコにだってあるじゃん?」 「それはそうだけど、なるべくなら――」  ん?  ――危ないものはドコにだってある?  計の言葉に、俺は引っかかりを覚える。  俺が今朝視た未来視では、確かにハシゴが倒れるような音がした。  それと三咲の叫び声。  この二点。場所は特定できていない。 「おい……」  俺は何を呆けていたのか。  危機は三咲の傍で起きる、それは確定している。  誰がここで起きると決めたのか。  ハシゴなんて、ここじゃなくたってあるだろう?  そう、例えば―― 「ビルの工事現場……」 「ミスった……! 畜生!」  唇を噛む。 「七原の駅前に行かないと……!」 「え? どうしたの? タク、何で七原?」 「訳は後で話す。今からのバスだと何時だ? いやタクシー呼んだほうが早いか?」 「タクシーって……マジなの?」  計が目を白黒させる。 「大マジだ」 「何だかわかんないけど、タクシー待ってるより自転車飛ばしたほうがたぶん早いよ」 「学園のヤツ借りてきなよ。あたしが用務員さんに言っといてあげるから」 「鍵は?」 「つけっぱなしのが2、3台あるよ!」 「わかった!」  そう答えながら、もう駆け出していた。 「コケんなよー」  計の言った通り、鍵がついたままの自転車が閑散とした駐輪所のそばに放置してあった。  またがると、ペダルは重い。  全然手入れしていないようだ。 「ぜいたく言ってられねー」  とにかく駅前に行くんだ。  手遅れになる前に。 「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」  ほんの少し前までいた場所に、とんぼ返り。  何度か三咲に電話してみるがやはり繋がらない。  ショップの中でずっと大人しくしてくれれば、いいんだが。 「絶対、救う!」  立ち乗りしながら、吼える。 「負けるか、この野郎っっっっっ!」  もうとうに限界に達していた膝をさらに酷使する。  疲れすぎて、もう下半身の感覚は飛んでしまった。  がくがくと震えて、自分でもうまく制御できないくらいだ。  だけど。  ――絶対に、三咲を助ける。  そう、何があろうと絶対に。  俺の両親のように、何もできずに失うなんてもう嫌だ。  三咲が七凪達を救ってくれたように、俺も救うんだ。  あいつを。  友達を!  ふらふらになりながらも、何とか駅前に到着する。  自転車を適当に止めて、携帯ショップを目指す。  いや、目指したい。  だけど。 「ぐあっ……」  コケた。  脚が言うことをきいてくれない。 「く、くそっ……」 「立てよ、おら、俺の足!」  歩道に寝転んだまま、拳で思いっきり太ももを叩いた。  あんまり痛くない。  やはり感覚がない。 「ここまで来て、間に合わなかったなんて、冗談じゃねえ……!」  震える足を何度も叩いて、気合を入れる。  痛みが伝わる代わりに、何とか脚を俺の制御下に戻す。 「立つぞ……!」  壊れかけのロボットのように、ぎこちなく立ち上がった。 「あー、くそ、時間ねえんだよ……」  そろそろと歩き始める。  少しずつまともになってきた。  あとは、三咲を見つければ―― 「――沢渡くん?」  思考の狭間に、誰かの声が挿入される。 「――三咲?」  声のした方――後を振り返る。 「やっぱり、キミか。ん? おい、どうした怪我してるじゃないか?」  工事中のビルの真下。  携帯ショップの紙袋を持った三咲が立っていた。 「三咲……」  ようやく会えた。  ――良かった。  俺は心の底から、安堵する。  で、力が抜けてまたコケそうになる。  でも、何とか耐える。 「お、おい、キミ大丈夫か?!」 「ごめん、平気だ」  こっちに駆け寄ろうとした三咲を手で制す。  大した怪我じゃないし、心配させたくない。 「機種変、もう終わったんだな」  ごまかすように話題を変える。 「え? あ、ああ。せっかくショップに行ったんだか、気に入るのがなくてね」 「結局、一番古いガラケーにしたよ。安かったし、元々私はメールと電話しかいらないんだ」  携帯シップの袋を揺らして、苦笑する。 「そっか、あ」  俺が視たことを、三咲に早く教えないといけなかった。 「お前、最近自分の未来視は見たか?」 「え? い、いや……」 「なら、落ち着いて聞いてくれ」 「俺、今朝」 『きゃああああああああっ!』 「――なっ?!」  どうして同じ未来視を視る?  いや、それよりも。  俺は今度ははっきりと、視た。  そして、知る。 「どうした? 沢渡くん」  場所と時間。  それは―― 「三咲、避けろ!」 「――え?」  一瞬、三咲が呆けたような顔をした。  そんな、三咲めがけて、空から、  鉄骨が落ちてきた。 「くそっ!」  反射的に飛び出して、三咲をかばうようにして抱いた。  でも、三咲を抱えてこの場を離れる余裕はない。  コンマ1秒足りない。 「きゃああああああああっ!」  なら、どうする?  彼女を胸に抱えたまま、ここで一緒に死ぬのか?  ――冗談じゃない。  生きるんだ。  生きるんだ、生きるんだ!  刹那、死への階段を確実に登っている俺の思考に、誰かの声が届く。  それは―― 「未来は変えられる」 「どうしようもない不幸がキミを襲うとしよう」 「だけど、キミは歩くことができる。走ることができる」 「どこかに向かうことができる」 「何処に立っているかくらい、誰といるかくらい、選ぶことができる」 「それは、自らの意思で未来を変えたとは言えないかい?」  それなら、  それなら、俺の立つ場所は――  ここだっ!  ――必死で視たとても近い未来。  未来は変えられる。  今度ばかりは、そうあれと強く願った。  胸の中で、三咲を抱きしめたまま。 「……」 「……え?」 「…………どうしたんだ? 私達は……?」  時間にして、何秒くらいのことかわからない。  でも、その数秒に俺はこれまでの人生で一番の集中力を費やした。  数秒先の未来のために。 「どこか、痛いトコあるか?」  胸の中の三咲に尋ねる。 「……ない」 「……ウソみたいだ。空から鉄骨が降ってきたのに……」 「まったくだ」 「どうして、助かったんだ?」 「周囲を見てみる余裕ある?」 「え? あ……」 「こ、これは」  俺達の周囲には三本の鉄骨が横たわっていた。  これが頭にでも直撃すれば即死は保証つき。  それが折り重なって、歩道に三角形を形作っている。  俺達はちょうど、その中心に立っていた。  かすり傷ひとつ負わずに。 「な、何て、幸運なんだ……」 「違う」 「え?」 「ここなら、怪我しないってわかってた」 「キ、キミ?」 「何だよ? 前、お前が教えてくれたんだぞ?」 「何処に立っているかくらい、選ぶことができる、って……」  笑ってみせる。 「そ、そうか……」 「コンマ数秒後の鉄骨の落ちる場所を視て、移動したのか…」 「すごいよ、キミは……」  安心したせいか三咲の身体からフッと力が抜ける。 「お、おい」  慌てて抱きとめる。 「ははは……。ダメだ、しばらくまともに歩けそうにもないよ」 「いいさ、ゆっくり休もう」 「どうせ、すぐには帰れないみたいだし」  俺は三咲を支えたまま周囲を見る。  いつのまにか、たくさんの野次馬達が俺達を取り囲んでいた。  そして、遠くからヘルメットをかぶったオッサン達が血相を変えて走ってくる。  ここの責任者か。  それにサイレンの音も近づいてくる。 「しばらく警察とかで事情聞かれそうだな……」  俺は一つ息を吐いた。  予想通り、俺と三咲はビル工事の現場監督のオッサンと警察に行くことになった。  とはいえ、こっちは被害者なので特に大きな問題はない。  連絡先を伝えた後、病院で一応検査をして解放された。 「やれやれ、今日はとんだ日になったな」 「ああ、そうだな……」 「……」  警察に行ってから、ずっと三咲の口数は少なかった。  無理もないか。  下手をすれば、お互い今頃どうなっていたかわからない。 「……」 「……なあ、沢渡くん」 「ん?」  三咲の方から話しかけてきた。 「沢渡くんは、昨日どうして私があんなに部活に熱心なのか、不思議がっていたな?」 「思い出が欲しいにしても、少々焦りすぎじゃないかと」 「ああ」 「本当のことを話そう」 「視えないんだよ」 「え?」 「私の秋以降の未来が、どんなに視ようとしても――」  視えない?  でも、この間……。 「ああ、他人の未来は視えるんだよ、問題なくね」 「でも、自分の未来は視えないんだ」  自分の未来だけが視えない?  どうしてだ? 「それって……」 「病気や怪我で、この夏に視力を失うのかもしれない」 「でも、それなら音による情報は知覚できるはずだ。だから、これは可能性が低い」 「一番可能性が高いのは」 「この夏で、私が死ぬことだ」  どくん、と俺の心臓が鳴った。  あの時のことを、また思い出す。  俺がずっと目を背けていた、過去を。  両親を助けられなかった、過去を。 「だ、だけど、もし三咲の言う通り未来が変えられるんなら、さっきの事故を回避して変わったんじゃないか?」 「今でもまだ視えないか?」  俺は必死で頭をフル回転させて話をする。  あんな未来はもういらない。  こりごりだ。  でも、三咲は無言でうなずく。 「そうか……」  まだ三咲の未来は視えないままのようだ。 「未来は変えられるなんて偉そうなことを言っておいて、私はおびえていたんだ」 「だから、もしこの夏で死ぬのなら……」 「せめて君達と楽しい思い出を作りたくて……!」  三咲の頬を涙がつたう。  こんな弱々しい三咲は初めて見た。  胸が痛む。  俺の知ってる三咲爽花は、もっと強気で凛とした女の子だった。  しょうもない俺の背中を蹴飛ばして、「沢渡くん、キミは何をやってるんだ」と叱りながら励ましてくれる。  そんな女の子だったはずだ。  俺は、俺の友人をこんな風にしたモノを許せない。  だから、  だから―― 「キミが視えないのなら、俺が視てやる」  そんな言葉が自然にこぼれた。 「――え?」 「そうすれば、今日みたいに助けられるかもしれない」 「キ、キミ……?」 「もちろん、それさえも折込済みの未来なんだろうけど……」 「それでも、俺は三咲を助けたい」  俺の中で、以前救えなかった両親と三咲の姿が重なる。  今度こそ。  今度こそは―― 「キミの未来は俺が視る」 「キミがもう一度未来を視えるようになる、その時まで」 「し、しかし……」  まだ三咲は逡巡していた。  だから、俺は言った。  いつか、こいつに言われた言葉を。 「未来は変えられる」 「いや、変えてやる……!」  その言葉は過去との決別。  そして、未来への覚悟。 「……」  俺は三咲に手を差し出す。 「いっしょに変えてやろう、キミの未来を」 「あ……」 「ふふ、わかったよ……」 「私は、私の未来を取り戻す……!」 「キミといっしょにな……!」  目の前で三咲が笑う。  涙でぼろぼろの笑顔だけど、それでも笑顔だ。  笑ってくれたことが、俺まで泣きそうなくらい嬉しい。  ずっと避けていた未来視、その存在意義。  師匠はそれを探せと、幼かった俺に言った。  見つけました。  俺はやっと見つけましたよ、師匠。  あなたがかつて俺を救ってくれたように。  今度は、俺がこの子を救ってみせます。  あなたにとてもよく似たこの少女を―― 「な、なに? それは本気で言っているのか?」 「もちろんだ」  俺は三咲に今後はずっと俺といっしょにいることを提案した。 「災難や事故はいつどんな形で三咲を襲うかわからない」 「それは……そうだが……」  ドリンクバーのグラスを手に取りつつ、三咲は逡巡する。 「そりゃ、いきなり俺とずっといっしょにいろって言われて戸惑うのはわかるよ」 「夫婦でも恋人でもないんだし」 「あ、ああ」  頬を少し染めて、ストローを無意味にいじる。 「でも、本気で三咲を守るには絶対必要なことだと思う」 「運命に立ち向かう以上、中途半端はなしだ」  きっぱりと言い切った。 「う……、それはわかるんだ……が……えっと……」  顔を真っ赤にして、両手の人差し指の先をくっつける。  もじもじしていた。 「何だよ、三咲らしくない」 「『了解だ。むしろ黙ってキミが私について来い!』くらい言うかと思ったのに」 「そんなこと言うわけないだろう!」  赤くなったままテーブルを叩く。 「第一、それじゃあ男と女の役割が入れ変わってるじゃないか?!」 「でも、三咲って男前じゃん?」 「……キミは私をそんな目で見ていたのか?」  こめかみの辺りをひくつかせながら、笑う。  少し怖い。 「悪い意味じゃなくて、男気があるなーとは思ってた」 「はぁ……。キミはまったくつかみにくい性格をしているな……」 「さっき私を元気づけてくれたキミは、あんなに頼も――い、いや、なんでもない」  途中まで話しかけて口をつぐむ。  何故かさらに赤面していた。 「冗談はともかく、俺はまだ自在に未来視をコントロールできないから」 「何か視たら、すぐフォローできる体勢を作らないと」 「携帯電話かメールでいいじゃないか」 「ダメ。時間が充分にあるとは限らない」 「むしろ、俺の未来視の特性を考えた場合、時間はあまりないと考えるべきだ」 「そ、そうか……しかし……」  まだ三咲は決心できないらしい。 「親の説得とか大変だけど、命には代えられないだろう?」 「いや、そっちの心配はない。今、私は実質一人暮らしだ」 「え? そうだったのか?」 「両親はもう他界したよ。歳の離れた姉がずっと私の親代わりさ」 「その姉も今、仕事で東北の方にいる」 「女の子の一人暮らしなんて、物騒じゃないか……」  三咲は街中でも人目を引くほどに美人だ。  暴漢とかストーカーとか心配になってくる。 「俺もキミの家で暮らす。三咲が未来を視えるようになるまで」 「え? いやいやいやいや!」  ぶんぶんと首を横に振る。 「そ、それはマズイんじゃないのか? 沢渡くんっ!」 「何で?」 「キミは男じゃないか!」 「うん、思春期まっただ中ですが、何か?」 「その思春期まっただ中男子が、女子の家で同居なんてありえないだろう?! ど、同棲になってしまうじゃないか!」 「不純異性退学になってしまう!」  違和感のある言葉だが、言わんとすることはわかった。 「えー、そこは信頼してくださいよ、三咲さん」 「俺は三咲には指一本触れません。約束する」 「私も信じたいが……年頃の男子の性欲はケモノ並みだと、とある雑誌には書いてあった」  どんな雑誌なのかちょっと気になったが今はとりあえずスルーする。 「最初は紳士的でも、家に入れたとたんオオカミに変貌すると……」 「あのー、年頃の男子は皆性犯罪者ですか、三咲さん」  ほとんどの男はそんなんじゃないのに。 「そ、そうは言わないが、私だって女の子なんだ……」  かあっと顔をゆでだこのごとく赤くする。 「二人っきりだと、ムードに流されて……それにキミのことは私も――い、いや、何でもない」 「――まあ、ここまでは冗談なんだけど」  さくっと素に戻る俺。 「――そう、冗談なんだ――って、こらあああっ!」  目の前のクラスメイトは耳まで真っ赤になっていた。  怒りで。 「ウチに来い。三咲」 「え? しかし……」 「ウチも両親は不在がちだけど、七凪がいる」 「それならまだマシだろう?」 「私はいいが、七凪くんがどう言うか」 「第一、未来視のことは七凪くんにも秘密にしてるんだろう? それじゃあ事情が説明できない」 「大丈夫、俺にいい考えがある」 「確認したいが、そのいい考えとは何だ?」 「三咲がナナギーと是非いっしょに寝たいって――」 「やめろ! あらぬ誤解を受けるじゃないか!」 「いや、これも三咲をリラックスさせるためのウイットにとんだジョークだって」  またさくっと切り替える。 「キミの冗談は本当にタチが悪いよ……」  三咲はげんなりとした表情をしていた。 「マジでいい考えがあるからさ、まかせてくれって」  ちゅごごごごっ  俺はニヤリと笑うと、ストローでメロンソーダを勢いよく飲む。 「はあ……とても不安だよ……」 「ただいまー」 「お、お邪魔します……」  未だに逡巡する三咲を強引に引っ張って、自宅に戻る。  すると、すぐさま台所の方からどすどすと大きな足音が近づいてくる。  足音だけで妹様が怒っているのがわかった。 「兄さんっっっ! いきなりいなくなって連絡もくれないなんて、ひどいじゃ――三咲先輩?」  俺の隣にいる三咲を見て、怒りの言葉を飲み込む。 「兄さん、また女子を私達の愛の巣に引き入れましたねこの野郎!」  だけど、別の理由でもっと怒り出す。 「違う、愛の巣違うから」  まずは間違いを訂正しておく。 「と、突然申し訳ない、七凪くん」  三咲はブラコンモードの七凪の剣幕にちょっとビビっていた。 「あ、いえ、三咲先輩はいいのです」 「取り乱して、すみませんでした」  ペコリと頭を下げて微笑む。  が。  ――兄さんは後で折檻ですからね、この野郎!  と目で言っていた。 「ちょっ?!」  ――とりあえず兄さん、庭に出てください。  ――今度こそアレをアレして差し上げます♪  アイコンタクトで、ほがらかに語る。  兄いきなりピンチ。 「待ってください! 七凪さん!」 「三咲を連れてきたのにはちゃんとした訳があるんです!」 「それは去勢の後で聞きますよ、兄さん♪」 「き、去勢?!」  突然出た過激な言葉に三咲は目を見開く。  てか、アレをアレってそれなのかよ?! 「いやああああっ! まだロクに使ってないのに!」  思わず股間に手を。 「……さ、沢渡くん、そういう発言は、控えてくれ……」  三咲は耳まで赤くしていた。  照れて。 「兄さん、ロクにってことはちょっとは使ったということですか、この野郎!」  七凪も耳まで赤くなっていた。  怒りで。 「まずはそのへんから、赤裸々に語っていただきましょうか?」 「いや、そんなこと、ここで言えるわけないだろう?」 「なら庭に出ましょう、兄さん」  ずいっと一歩近づいてくるナナギー。 「二人できっちりとおだやかに話し合いましょう」  七凪は獲物を追い詰める猛禽類の目をしていた。 「やだーっ! 庭はいやーっ!」  逃げる俺。 「待ちなさい!」  妹は俺を執拗に追ってくる。  ドタバタドタバタ  三咲の周囲をぐるぐる回る沢渡兄妹。 「二人とも、落ち着いてくれ! 近所迷惑になってしまうぞっ?!」 「いいんです、三咲先輩!」 「え? だが……」 「いつもの事ですから!」 「いつもなら、なお悪いだろう?!」  沢渡家の日常に三咲は驚愕した。 「兄さん、さっさと庭に出てくださいこの野郎!」 「いやー、もうお家帰るーっ!」 「おい、沢渡くんの家はここだろう? しっかりしたまえ!」 「兄さん、もう観念したらどうなんですか?!」 「七凪こそ、もう勘弁してくれよ!」 「キミ達兄妹はどちらも頑固だな……」 「い、いいかげんに、つ、捕まってください、兄さん……」 「そ、そういう、七凪、こそ、そろそろ、あ、諦めて……」 「おいキミ達……いったい何時間、走り回ってるんだ……?」 「そろそろ終わりにしてくれ」 「に、兄さんが捕まってくれたら、やめます!」 「な、七凪が諦めたら、やめる!」 「やれやれ……」 「キミ達が仲の良い兄妹なのは、すごくわかったよ……」  三時間の追跡劇の末、双方が体力の限界に達し、俺と七凪は一時休戦することになる。  俺達が二人ともソファーでグロッキー状態となってしまったので三咲が夕食を作ってくれた。 「ほら、食べてみてくれ」 「……すみません」 「誠にお手数をおかけして……」  兄妹そろって肩をすぼめて、食卓につく。 「いいから、気にしないでくれ。どうせ毎日作ってるんだ」 「大したものは作れないが、腹の足しにはなるだろう?」 「いや、そんな」 「……すごく美味しいです」  ピーマンの肉詰め、ほうれん草のゴマあえ、それにサトイモと大根の煮っ転がし。  どれも本当に美味い。 「簡単なお惣菜料理ばかりで恥ずかしいんだが……」 「姉と二人暮らしで、とにかく健康には気を使っていた」 「そのせいで見た目よりも、栄養のバランスを重視していた。そうしたら、こんなつまらないモノしか作れなくなったんだ」 「……つまらないなんて、とんでもないです……」  一通りの料理に箸をつけた七凪が、感嘆の声をもらす。 「こういう普通のお惣菜を美味しく作るのが、何よりも難しいんです……」 「はあ……お料理だけは誰にも負けない自信があったんですけど……。負けちゃいました……」  美味い物を食べているのに、七凪がため息を落とす。 「七凪の料理も同じくらい美味いよ。気を落とすな」 「そうか。なら是非明日の朝食は七凪くんにお願いしたいな」  三咲と二人で妹をフォローする。 「わかりました。明日の朝食は私が腕によりを――って、ちょっと待ってください!」  ぴたっと七凪の箸が止まる。 「ふぁにっ?」  何? とサトイモを頬張りながら尋ねる。 「知らない間に三咲先輩が泊まることになってますけど、まだ理由を聞いていませんっ!」 「気付いちゃったか……」 「ごまかせるわけありませんよ! さあ説明してくださいっ!」  ぷんぷんという擬音が見えそうな勢いでナナギーが怒っていた。  明確な理由もなく三咲を家に置くのはやはり難しいようだ。  でも、俺は三咲が未来を取り戻すまで一時も離れるわけにはいかない。  そこで。 「明日から合宿しようと思うんだ」 「合宿? 放送部のですか?」  七凪が目をぱちくりさせる。 「うん。放送部の」 「どうして、そんなことを……」 「やっぱりアンテナを何がなんでも直したいんだよ」 「それには部員が学園に泊り込んで、作業したほうが一番時間取れるだろう?」  やっぱり俺と三咲二人だけでずっといっしょというのは無理がある。  なら、他にも誰かがいればいい。  そう思って考えた作戦だ。 「それに合宿って青春じゃん。な? 三咲」  ちらっと三咲の方を見た。  事前に三咲にも話はしてある。  とにかくまずは二人がかりで七凪を説得する段取りになっている。 「――え? え?」  ――楽しそうに盛り上げて!  ぽかんとした表情の三咲に目配せする。 「あ? ああ、ワ、ワタシモ、ソレガイイトオモウナ!」 「ガッシュクハ、セーシュンダ!」  三咲わざとらしすぎ。 「……三咲先輩、どうして日本語が片言に……」  鋭いナナギーがいぶかしげな顔をする。 「と、とにかく今晩、それを三咲と打ち合わせしようかと思って」 「それで、今夜は家に来ていただいたと?」 「三咲ん家でも良かったけど、今お姉さんがいないから――」 「行ってたら本当に一年間ご飯抜きでしたよ? 兄さん」  口調は笑っていたが、目は本気だった。  俺の妹は有言実行なのである。 「わ、私と沢渡くんで概要をまとめて、明日皆に提案しようと思う」 「七凪くんも良かったら、いっしょに話し合いに参加してほしい」  三咲がうまく話を膨らませる。  これで七凪も賛同してくれたら、明日、皆に提案もしやすくなるというものだ。 「……いいですけど、学園で寝泊りですか……」 「ドコで寝るんですか?」 「部室でいいんじゃない? 寝袋とか持ち込んで」 「男女いっしょなのはダメだろう? もうひとつ部屋はいる」 「じゃあ、俺と修二は屋上で寝る」  晴天なら問題ないだろう。  星空もキレイだろうし。  隣に寝てるのが修ちゃんなのが冴えないが。 「やれやれ、兄さんはまたやっかいな事を……」  話が一段落して、七凪は再び箸を取る。 「この夏は色々と大変です……」 「はあ? 合宿やりたい?」 「おお~」 「ふむふむ……」  次の日。  部室に集まった部員達に早速、合宿計画の全容を説明する。 「アンテナ修理するって、決めたからには本気出したいと思うんだ」 「それには時間をまず最大限に有効活用する必要がある」 「そのために全員学園で寝泊りしろと言うのですか、沢渡さん」 「そうなんですよ、真鍋さん」 「全員が無理でも、希望者だけというのもアリだとは思っているが……」  三咲の言はいつもと比べて少し弱い。  自分の都合に皆を巻き込むことに迷いがあるのだろう。  なら、ここは俺が強力にプッシュしないと。 「私は正直、そこまでするのはどうかと思うんですが……」  早速、昨日から反応がイマイチの妹様がネガティブ発言。  お兄ちゃんはすぐ行動する。 「七凪さん! 合宿すると夜に花火とか皆でできちゃいますよ!」 「屋上でロケット花火打ち上げまくり!」 「おいおい、拓郎」 「タク、それ絶対叱られるよ?」  修二と計の二人が目を丸くして俺にツッコミを入れる。 「皆さんで花火ですか……。そうですねぇ……」  妹の反応は良くなる。  もう一押し。 「――なあ、七凪」  妹のそばによって、優しく肩に触れる。 「――え? に、兄さん……?」 「お兄ちゃん、七凪と線香花火したいなあ……」 「きっと、二人のいい夏の思い出になるって、思うんだ……」  流し目でそっとささやくように語る。 「に、兄さん……」 「ああ、兄さん、私はこの合宿に参加するために生まれてきました……!」 「ていうか、もう好きにしちゃってください……!」 「ありがとう。七凪はやっぱりいい子だ……」  妹の頭を撫でてやる。 「ごろごろ……」  よし。  まずは一人陥落! 「皆さん、あの兄、妹に色じかけですよ!」 「タクロー……」 「お前は将来ホストにでもなんのかっ!」  しかしそのために払った犠牲はかなり大きいようだった。  大切な何かを守るのはかくも大変であると知る。 「沢渡くん、すまない……」 「いいってことよ……」  ちょっと目から汁出そうだけど。 「タクローはそんなに合宿したいの?」  じっと先輩が俺を見つめてくる。 「は、はい。そうですけど」  先輩のまっすぐな視線に少しだけ、たじろぐ。  ウソとか全部見破られそう。 「アンテナを修理したいから?」 「そ、そうです」 「学園祭したいから?」 「そうです!」  ごめんなさい。先輩ごめんなさい。  いつか、全部話せる時が来たら、改めて皆には詫びを入れます。  心の中でウソを吐いたことを謝った。 「んー……」  先輩は俺の言葉を聞いた後、少しだけ考える。  で。 「合宿しましょう……」  と笑顔で言ってくれた。 「え……」 「いいんすか?」 「学園の許可とるの大変そうですよ?」 「タクローと三咲さんがこんなに前向きに頑張ろうとしている」 「それなら、部長も前向きにならないといけない」 「私は今から前向き部長……」 「南、ふぁいと……」  両手の拳をぐっとにぎる南先輩。  なんか見てて和んだ。 「先輩がそういうなら、しゃーねーかー」  修二はダルそうに頭をかく。 「えー、神戸も参加するでありますか?」 「ああ、ここまで来たら乗りかかった船だろう?」 「あたしの使用済みの箸を舐めたりしないでくださいよ?」 「俺は変態かよっ?!」 「くそっ、内緒で上靴の匂いかいでやる!」  そういう言動がいけないんだよ修ちゃん。 「ん? てことは計も参加するってこと?」 「毎日は無理かもだけど、何日かおきなら大丈夫かな~」 「流々もたぶん同じじゃない?」 「そういえば、今朝は流々姉さんいませんね」 「今日も家の手伝いだって。つぶやいて聞いとくね~」 『流々、合宿しようぜ、なう!』  あいかわらず超簡潔な呼びかけだな。 「あ、リプライ来た」 「えっと……『ヤクザ顔が靴の匂い嗅ぐからパス』だって」 「神戸先輩……」 「おい、修二お前マジで……」 「……色々と残念だよ、神戸くん……」  全員が修二から距離をとる。 「してねーよ! ていうかあいつツッコミがタイムリーすぎだろっ?!」  涙目で叫ぶ。 「もちろん、今のはあたしの創作です」  ドヤ顔でピースサイン。 「仲間をおとしいれんなよ! こええよ!」  修二は計に戦慄した。 「本当は『家の手伝いあるから、合宿は無理』だって」 「そ、そうか……」 「できる人ができる範囲で実施しましょう」 「タクロー、それでいい?」 「もちろんです」  要は俺と三咲がいっしょにいられる“理由”さえあればいい。 「お風呂はどうします? 家にわざわざ戻るのも……」 「運動部のシャワー借りれば、汗は流せるぜ」 「当面はそれでいくしかないね」 「では、今から放送部は学園祭に向けて合宿をする方向で動きます」 「私は先生に話してくる」 「皆は合宿の準備を始めて」  え? 「先輩、まだ許可が下りないのに……」 「準備は下りた後の方が……」 「大丈夫」 「前向き部長におまかせ」  先輩はにっこりと微笑んで、一人部室を出る。  すごい。たのもしい。 「まあ先輩が本気になったら、小豆ちゃんじゃあ勝ち目ないだろうな」 「ですよね」 「ていうか、一時間くらいしたら」 「私、合宿のメンドーみなきゃいけなくなっちゃったよ、しゃわたりくん!」 「――て、タクに泣きついてくるに一票です」  本当にそうなりそうでイヤだなぁ。 「先生には少し申し訳ないな……」  三咲が肩を落とす。  が、俺はすぐにその肩を叩く。 「小豆ちゃんも、俺達もうんと楽しめる合宿にしよう」 「それなら、誰も文句はないはずだ。そうだろう?」 「沢渡くん……」  三咲はしばらく俺を見つめて、 「あ、ああ! そうだな!」  いつものあの笑顔を見せてくれた。  ホッとして、俺もつい笑んだ。 「じゃあ、あたしは家に着替えを取りに行きつつ買出ししてこよー」 「夕飯はカレーね!」 「別にいいけど、何でカレーなんだよ?」 「屋上で星空を眺めながら食べるカレーはきっと格別ですよ、沢渡さん」 「子供の頃のキャンプみたいに」 「なるほど、確かにな」 「いいんじゃね? ただし辛口にしてくれよ」 「え~っ! リンゴとハチミツが入ってるヤツの甘口が真鍋さんのお勧めなのですが」 「お子ちゃま口め」 「お子ちゃま口ですね」 「シット! 沢渡兄妹シット!」 「冥途拳、五法師の構えっ」  計がほわちゃーと奇声を発し、パチモンくさい拳法の構えをとった。  ていうか絶対パチモンである。 「いいから、計は七凪と修二連れて買い物行って来い」 「後で精算するから、レシート失くすなよ」 「神戸は荷物持ちとして、ナナギーもなの?」 「真鍋先輩だけだと、お菓子買いすぎるのが見えてますから」 「その通りだ」 「シット! 沢渡兄妹シット!」 「はいはい、下品な言葉使いはやめましょうね真鍋さん」  言いつつ、計の背中を押して扉の方へ。 「むー、タクの嫌いなニガウリ買ってきてやる~」 「んじゃ、行って来るわ」 「行って来ます」 「七凪、計が肉買いすぎないようにちゃんと見張っててくれ」 「あと、ニガウリはいらない」 「好き嫌いはダメですよ。行って来ます」  七凪達が部室を出てようやく部室が静かになる。  まるで台風一過。 「じゃあ、沢渡くん。私もいったん家に行ってくるよ」 「着替えとか取りに行かないといけないしな」  三咲が出口へと移動する。 「わかった。俺も行こう」 「え?」  俺の返事に三咲が首を傾げる。 「え?」  俺は三咲のリアクションに首を傾げる。 「沢渡くんも家に帰るのか?」 「いや、帰んないけど」  俺はすでに着替え等の準備は万端である。 「じゃあ、どこに行くんだ?」 「どこって、三咲ん家じゃん」 「え? な、ど、どうしてだっ?!」  慌てる。 「だって、三咲が家に帰ってる間、何かあるかもしれないだろう?」 「キミのディスティニー・ガーダー(運命からの守り人)としては同行せざるをえない!」  あ、今即行で考えたんだけど、これカッコ良くない?  少女を過酷な運命から救い出す騎士的な感じじゃね? 「――ディスティニー・ガーダー、いざ参る!」  ちょっと気取ってポーズを取ってみる。 「何だ、その中二的ネーミングセンスは……」  でも少女からは不評だった。 「そんなに時間はかからない。心配しなくてもいい」 「沢渡くんは、屋上でアンテナの配線チェックでも――」 「ダメ」  びしゃりと言う。 「油断するな、いつ何が起きるかわからないんだぞ?」 「ほらこうしてる今も、三咲のことを背後で運命さんが虎視眈々と狙ってるかもしれない!」 「う……。そう言われると少し気になってくるな……」 「運命さんはきっといつも、三咲を物陰から見つめている……!」 「三咲の恥ずかしい秘密をつかもうと!」 「私の運命はストーカーかっ!?」 「いや、もっと家政婦的な感じ?」 「エ○コさんか! そんなわけあるか!」  少しわかりづらいボケにちゃんとツッコんできた三咲はいいヤツだった。 「まあ、そんなわけで、邪魔かもしんないけど玄関まではついていく」 「そもそも三咲を守るために始めた合宿なんだから」  今度は真面目な顔をして言う。 「じ、邪魔なんて、思わないが……」 「しかし、キミに悪い……」 「気にしなくていい」 「し、しかし、私にはキミに返せるものが、何も……」  生真面目なヤツだな。  自分だって、七凪達を救ってくれたのに。 「――わかったよ。じゃあ、ひとつお願いがある」 「いいとも。何でも言ってくれ」 「今日の晩飯にニガウリ出たら、代わりに食ってくれ」 「へ? お、おい、そんなんじゃあ、とてもお返しに……」 「話はついた。さ、行くぞ、三咲」  三咲の肩を叩いて、扉の方へ。 「あ……」 「ふふ……。まったくキミは……」  俺は合宿の準備を終えた三咲と再び学園に戻る。  が、まだ先輩も計達も帰って来ない。  仕方なく、三咲と二人だけでアンテナ修理を開始する。 「ぐわっ」 「暑っ……」  扉を開けた瞬間に、殺人的な太陽光線の洗礼を受けた。  思わず校舎に戻りたくなる。 「暑いとは思っていたが、これほどとは……」 「いや、ここはまだ日陰だしマシだよ」 「修理はハシゴ登るから、直射日光からの逃げ場はない」 「この間は夕暮れ時だったから、まだマシだったんだな……」 「どうする? 陽が傾くまで待つか?」 「そんな時間ないから、合宿するんだろう? 俺はやる」  せっかく持ってきた工具箱を無駄になどしない。 「三咲は部室で、放送用の原稿の素案考えててくれ」 「何を言ってるんだ。私もやる」 「キミだけにツライ作業を押し付けるなんて、女がすたるからな!」  やはり三咲爽花は男前な女の子だった。  言うと怒るから言わないけど。 「わかった。でも、キツくなったら休めよ」 「日射病とかなったら、合宿中止にさせられるかもしれないし」 「わかってる。そんなにヤワじゃない」 「キミこそ無理をしないようにな」 「上等! 行くぞ! 三咲!」  掛け声とともに、日陰から跳び出す。 「ああ!」  続いて三咲も、太陽の真下へと踏み出す。  二人分の濃い影が、屋上に落ちる。  アンテナの立っている所にたどり着くまで約15秒。  それだけでもう制服の下は汗まみれだった。 「暑っっっ!」 「暑っっっっっっ!」 「暑っっっっっっっっっっっっっ!」  叫びながら、工具箱を置いてペンチを取り出す。 「叫ぶな。こっちまで暑くなる……」  もう頬を赤くしはじめた三咲が、額の汗を拭う。 「いいじゃん。言わなくたって暑いし」 「それはそうだが、気分の問題だ」 「それに、あんまり口に出すと、本当にそうなることだってあると姉さんが言っていた」 「何それ?」 「だから、実際に言葉を口にすることでそれが実現しやすくなるということだ。いいことも悪いことも」 「ああ、言霊ってヤツ?」 「うむ、だから嫌なことはあまり口にしないほうがいいんだ」  迷信くさいなー。  三咲のお姉さんってそういうのを信じる人なのか。 「じゃあ、これからは願ってることを叫ぼう」 「暑いって言う代わりに」  あんまり暑いんで気を紛らわすことを提案する。 「ああ、それはいいな」  すぐ賛同する素直な三咲さん。 「アンテナ直れー」  玉の汗を流しながら、声を張り上げる。 「アンテナ直れー」  三咲も続く。 「電波飛んでけー」 「電波飛んでけー」  まだ続く。 「宿題したくねー」 「宿題したく――いや、それはしなきゃダメだろ? 沢渡くん!」  さらに続く。 「彼女欲しいーっ!」 「おい! もう部活や学園と全然関係ないじゃないかっ?!」  さすがに続かなくなってきた。 「遊んでないで、真面目にやってくれ、沢渡くんっっ!」 「チ、チョーク、チョーク!」  背後からフルネルソンを極められる。 「痛いーっ! 暑いーっ!」  ジタバタ暴れた。 「あ、こ、こらっ、そんなに、あっ……!」 「んっ、あん……!」  あれ?  三咲の声が微妙に艶っぽいような……。  試しにまた少し動く。 「あ、こ、こら、あっ……!」  俺の背中に胸が当たっていた。 「えっ?! ちょっ!?」  急に超動揺する俺。 「あっ、また、んっ、あっ……!」  感じていらっしゃる!?  おろおろおろおろ!  実戦経験の乏しい俺は、エロい冗談は言えてもこういう直接的なのは慣れてないんですこの野郎!  ナナギー風に戸惑いを表現する俺。 「さ、沢渡くん、キ、キミ、あっ、もう、ダメ……っ」 「ま、まったく、キミはエッチなんだから……」  ええー!?  だったら、三咲が放せばいいじゃん。 「み、三咲、そのもう放して」  もう首は少しも絞められていない。  ただ、三咲が俺の背中に張り付いているだけだ。 「……」  なのに、三咲はまだ俺にくっついていた。 「あ、あの……?」  不思議に思って、後の三咲を振り返る。 「……あ」  真っ赤な顔をして、ぷいと顔を逸らした。  でも、まだくっついている。 「……」 「……」  しばらくお互い黙り込む。  校庭から聞こえてくるセミの声。  それが気まずい沈黙を埋めてくれた。 「さ、さっき、キミは」  きゅっと両肩をつかまれた。 「う、うん」  何だか緊張してしまう。 「彼女が欲しいって……言ったな?」  とくん、と鼓動が伝わる。  それは俺じゃなくて、三咲の鼓動。 「い、言った」  固い声で返事を返す。 「……も、もし、」 「もし、万が一、キミが、あの、アレがあれすれば、なんだけど……!」 「アレがあれ?」  三咲が何かテンパりだした。 「いや、だから、その……キミが、もし、私を――!」 「――って、いや、違う!」  ぽかぽかぽかぽか! 「あ痛たたたたたたっ?!」  いきなり拳で後頭部を激しく殴打される。 「ひどいっ」  抗議の目を三咲に向ける。 「うっ……ごめん。キミがあんまり察しが悪いから、つい……!」 「そんなことないですよ! この沢渡拓郎、生まれた時から何でも察してきました!」 「いつでも、空気読みまくりですっ!」  いかに自分が気遣いさんか、熱弁をふるう。 「ウソだっ!」  でも一言で否定された。  切ない。 「も、もういい! 私からはっきりと言ってやる!」  抱きつかれたままキッとにらまれる。  何か変な気分。 「キミが、私のことを守ると言ってくれた時……たぶん、あの時から、」 「私は、キミが――」  ――え?  ――ええっ?! 『!?』  突然の電子音に二人して驚く。  飛びのくようにして、同時に身体を離した。 「……」 「……」  二人でしばし見詰め合う。  ちょっと気まずいような、気恥ずかしいような空気。  だが、俺のスマホはそんなことおかまいなしに鳴り続ける。  何かとっても残念な気分で、電話に出た。 『おう、タク元気?』 「お前のせいでたった今元気じゃなくなった」  めいっぱい皮肉をこめる。 『で、用事なんだけどさ』  完全にスルーですか、田中さん。  鋼の無神経だ。 『今日は部活行けねーけど、資料まとめといてやったから』  ん? 『この通りにやれば、ぜってータクでも上手くいくから! メールちゃんと読んどけよ! あ、こら楓と寧々、ケンカすんな! じゃあな!』  勝手に言いたいことだけを言って幼馴染の電話は切れた。 「何だったんだ? 沢渡くん」  三咲が視線を投げてくる。  まだちょっと恥ずかしそうだが、もう9割方いつもの三咲である。 「流々が手順をまとめたから読めってさ」 「田中くんか。それは助かるな!」  元気な声を上げる。  もう完全にいつもの三咲だった。 「あー、うん、まあ……」  俺が整理しきれない感情に戸惑っているうちに、流々からメールが届く。 「早速確認しよう」 「うん」  いつまでも引きずっても仕方ない。  ここは切り替えて、作業に戻ろう。  流々のメールを開く。  『ミニFM開局までの道のり! ~愛戦士編~』とタイトルがついている。 「……」  超ツッコミたかったが、ここはあえて耐えることにする。  さらに読み進める。  『こうすれば、タクボンでもミニFM開局できちゃうかもよ? 本当ですか奥さん!?』と書いてあった。 「…………」  耐えて、読む。  『手順その1.まずアンテナの現物から図面をおこす。修理の時役立つから絶対やれ!』  『手順その2.断線箇所をくまなくチェック! ついでにサビてるトコも、あんさん要チェックやで!』 「………………」  耐えました。読む。  『手順その3.断線箇所は全部補修する。サビは程度によりけり。落とせるものは落とす』  『手順その4.部費で中古のトランスミッターを買う。もしくはチョッパる。ス○ーク、監視カメラに気をつけろ!』 「……………………」  超耐えました。読む。  『手順その5.いよいよトランスミッター繋いで、電波飛ばす! ついに送信やで!』  『手順その6.好感度ラジオで受信できれば、OK! て、高感度やないけ! 失礼しました~』 「…………………………」  すでにツッコまれていた。読む。  『手順その7.これでひとまず一安心! 今夜は宴会!』  『手順その8.騒ぐ。調子にのったタクがすーぱー美少女流々に告白する』  『手順その9.でも、あっさりフラれる』  『手順その10.しかし、これはまだ悲劇の序章でしかなかった!!』 「ふざけんなっ!」  自分のスマホを夏空に向かって投げようと大きく振りかぶる。 「ちょっ?! どうした沢渡くんっ?!」 「落ち着け!」  後から羽交い絞めに。 「その7から後いらねー! あとチョッパらねーよ!」 「沢渡くんっ、何を興奮してるんだ?! 電話を投げるな! 壊れてしまう!」  三咲が必死で俺を押さえる。 「ス○ーク言うな!」 「意味がわからないぞっ!」  もつれる。  後ろから押し倒されるようにして、二人でコケてしまう。 「あ痛たたた……」  三咲に後からタックルをかまされたような体勢で、俺は地面にへばりついていた。  モロ額打った。 「す、すまん、沢渡くん、大丈夫――」 「タクロー、三咲さん、合宿の許可とれた――」 「――ごめん」  俺達を見た先輩が、頬を染めて頭を下げた。 「二人でお楽しみのところを無粋なマネを……」 『違いますよ!』  後輩二人は青空に向かって叫んだ。  ともあれ。  こうして、我が放送部の夏合宿が華麗にスタートを切った――  かのように、思えたのだが。 「うわあああああんっっ!」 「私、合宿のメンドーみなきゃいけなくなっちゃったよ、しゃわたりくん!」 「ひしっ!」 「小豆ちゃん、予想通りすぎる反応だ……」  腰にしがみつく幼児の頭を撫でながら嘆息した。 「ハゲが私にも学園泊まれって……」 「小豆ちゃん、学園長をハゲって言うのはさすがに」 「薄毛が私にも学園泊まれって……」  言い直しても失礼なのはあまり変わらなかった。 「小豆ちゃん、俺達、絶対問題起しませんから、こっそり帰ってもいいですよ」 「え? マジ?」  半泣きの小豆ちゃんが俺を見上げる。 「ええ、俺達の都合で先生の時間を奪うのは忍びないですし」 「喫煙しない?」 「しませんよ」 「飲酒もしない?」 「しませんしません」 「乱交もダメだよ?」 「しません――って、いきなりぶっとびますね!?」  この幼児、心はアダルトだからな。 「だってだって心配じゃん!」 「ぶっちゃけ、商品的にはアリだけどな!」 「小豆ちゃん、商品言うな」  そのフリーダムさは時に危険なのであるから。 「沢渡くん、夕食の準備が――あ、先生、こんばんは」  私服に着替えた三咲がやって来る。 「ん? どうして鬼藤先生は沢渡くんにしがみついているんだ?」 「小豆ちゃん、今甘えっ子モードだから」 「甘えっ子じゃないもん。あ、今夜はカレーなの? じゅるり、私も欲しい!」 「小豆ちゃん、一瞬で反応変わりすぎ!?」  ていうか何で分ったんだ? 「三咲さんからほのかに漂う、この香気は……リンゴとハチミツの甘口だね!」  すげえ、匂いだけで銘柄まで当てた。 「小豆ちゃん鼻いいんですね」 「グルメなんだよ! 味覚が鋭い人は嗅覚もいいの!」 「へー」  そういえばマンガでそんなことかいてあったな。 「お店の料理を写真に撮って、ブログにアップしたりもしてるよ!」  へへん! と鼻の下を指で擦って胸を張る。 「小豆ちゃん、ブロガーだったんだ」 「それは、是非拝見してみたいですね!」 「あ、いいよー、見せてあげる」  小豆ちゃんはスマホを取り出すと、華麗な指さばきで素早く自分のサイトを表示させる。 「はい、これ! センスいいでしょ!」  自信満々で画面を、俺と三咲に見せる。  二人で見る。  『小豆ちゃんの、女将を呼べ!』 『……』  俺と三咲さんは同時に無言になる。  タイトル何コレ?  どうも飲食店の評価サイトのようである。  とりあえず、内容を読む。  ○月×日 某レストランでランチを頼んだら、勝手にお子様ランチがやってきた。 ガッデム! ☆ひとつ。  △月○日 某ラーメン屋さんに入ろうとしたら「子供の入店は禁止」とか言うから、オヤジの股間を蹴り上げてやった。 ファッキン! ☆なし。  ×月×日 某オシャレバーに入ったら「合法ですよね? 問題ないっすよね?」とバーテンが何度も確認してきやがった。 うわああん! 二度と行かねぇよ! でもオレジューおごってくれたから☆みっつ! 「…………」 「…………」  俺はそっとブログを閉じてスマホを小豆ちゃんに返却する。  飲食店の評価以前に、小豆ちゃんが日々いかに子供扱いされ苦労しているかが切々と綴られていた。  タイトルに反して、何とも切ない気分にさせられるブログである。 「小豆ちゃん、外でも苦労してるんだな……」 「可哀想に……」  三咲と二人で、幼女の頭を優しく撫でてやる。 「ちょっ!? 私、担任なのに! キミ達失礼やで!」 「子供扱いすんなっ!」  じたばたと童女が怒り出す。 「先生のカレーは、ニンジンを星形に切ってあげますね」 「三咲さん、好きーっ!」  笑顔で抱きつく。  めちゃくちゃ子供だった。 「あ、沢渡くん、夕食の後は花火をしたいと真鍋くんが言ってるんだが……」 「先生、やっていいっすか?」 「いいとも~! てか、私もやる!」 「え? でも先生は家に帰りたいんじゃ……」 「何だとおっ?! しゃわたりくんは、私だけのけ者にするのかああああっ!?」  えー?!  さっき学園に泊まりたくないって、俺に泣きついてきてたのに。 「良かった。先生が参加してくれれば、何も問題はない」 「でしょでしょ~」  小豆ちゃんは合宿に参加する気満々である。 「いや、まあ、いいんですが……」 「見てくださいよ、沢渡さん」  夕食を終えて広げたレジャーシートに座っていると、ススキ花火を手にした計が寄って来る。 「ん? 何?」 「新体操~」  火のついた花火を持ったままくるくる回る。  飛び散る火花。 「ちょ?! お前危ないからっ!」 「きゃはははは! 新体操~」  小豆ちゃんがすぐに同じ行動を。 「ちょっと! 小豆ちゃんも火傷しちゃうからっ!」  娘を心配する父親の気持ちで注意する。 「いなばうあー」 「いなばうあ~」  二人並んで、背をそらす。  それ新体操違う。 「真鍋先輩、鬼藤先生がマネしちゃいますから、やめてください」 「大人は子供の模範にならないと」  七凪がぴしゃりと言い、 「ん」  先輩がこくんと首肯する。 「はーい、すみませーん」  計は新体操プレイをやめる。  しかし、もはや誰もツッコまないんですね。 「真鍋さん、鬼藤先生、ヘビ花火やるから……」  南先輩が二人を手招きした。 「わーい、にゅるにゅる~」 「にゅるにゅる~」  お子様二人はすぐに先輩のところに駆け出した。  あの二人を見てると、何とも牧歌的な雰囲気になってくる。 「あー、うめぇー」  隣でドンブリ片手に修二はご満悦だった。 「お前、まだ食ってたのかよ」 「まだいっぱい残ってるからよ、ほら、拓郎も食ってこいよ」 「さすがにもうメシは……って、それうどんじゃん」  ドンブリにカレールーをからませた麺が。 「メシだけじゃ飽きると思って、うどんも買ってきた」  用意周到なヤツ。 「あー、それ見てたら欲しくなって来たな」  麺は別腹な気分になってきた。 「ほら、沢渡くん」  お盆を手にした三咲が歩いてくる。  二つドンブリが載っていた。 「のびないうちに食べてくれ」 「さんきゅ。いただきます」  受け取ってすぐ、割箸ですする。 「あ、美味い」 「カレーだけじゃなくて、ちゃんと出汁の味もする」 「そうか、それは良かった」 「実はカレーうどんは、姉さんが好きでよく作るんだ」  三咲はお盆を置くと、俺の隣に座る。 「三咲、マジうまかったぞ、コレ。ごちそうさんっ! あ、先輩、俺もヘビ花火やるっす!」  修二はたん! とドンブリを置くと先輩の方へと駆け出した。  先輩まっしぐらである。 「忙しないヤツだ」 「ふふ、そうだな」  くすくす笑う。 「でも、これ本当に美味いよ。三咲ものびないうちに食べたら」 「ありがとう。では、私もいただくとしよう……うーん、70点だな」 「え? すげー美味いと思うけど」  箸を止めて三咲の方を見る。 「出汁とのバランスが今ひとつだ」 「厳しいな」 「料理キャリアだけは無駄に長いからな。厳しくもなるさ」 「家事はずっと三咲がやってたのか?」 「ああ、姉さんが家事はからっきしの人だからな。自然にそうなった」 「そうか。仕事で大変なんだったな、三咲のお姉さん」 「ああ、とても立派な仕事をしている。私の自慢の姉だ」 「自慢の姉さんか……いいな、それ」  つぶやきながら星空を見る。  三咲がうらやましかった。  たとえ一人でも肉親がいて、その人をまっすぐに慕う三咲が。 「ん? 沢渡くんにだって自慢の妹がいるじゃないか」 「それにご両親ともに健在じゃないか。私の方こそうらやましいよ」 「え? あ、うん、そうなんだけどさ」  ちょっと戸惑った。  そうか、三咲には俺の出生については話してなかった。  修二や計も知ってるし、三咲になら話してもいいだろう。 「俺、孤児なんだよ」 「え?」  俺の言葉に三咲は、一瞬きょとんとした顔をした。 「今の両親は本当の親じゃないし、七凪とも血は繋がっていない」 「遺伝学的に言ったら、完全に他人なんだ」 「そ、そうだったのか……」  三咲の表情が陰る。 「あ、ごめん。別に今ツライとかそんなんじゃないから」 「不幸自慢したいわけじゃない」 「ただ、三咲はもう友達だし、知ってもらってもいいかと思って。ごちそうさん」  食べ終わったとんぶりを置く。 「驚いたよ」  ふうと息を吐く三咲。 「そう?」 「あんなに七凪くんが慕ってるからな。私は感心していたんだよ」 「世間の兄妹というのは、こんなにも仲がいいものなのかと」 「いや、あいつはちょっと特別なんで……」  色々な意味で。 「ははは……ん? 待てよ。おい、キミ……」  急に三咲が眉根を寄せて、俺をじろりんとにらんだ。 「え? 何ですか、三咲さん?」 「確かキミのご両親は、しょっちゅう家をあけるらしいじゃないか」 「うん、割とそうだけど?」 「つまり、キミは七凪くんとほとんど同棲状態だった……」 「あんなに可愛い子としょっちゅう二人きり……!」  カレーうどんを持ったまま、ずいっと顔を俺に寄せてくる。 「でも、兄妹だし……」 「く……。その設定は強いな……。どうしたら勝てるんだ……」 「あのー、できれば設定って言わないでいただけると幸いです」 「こほん、まあ、いい」  ひとつ咳払いして、星空を見上げる。 「この夏はずっと、私といっしょなのだからな!」 「せーしゅんしような、沢渡くん!」  肩を叩かれる。 「ああ」  青春か。  三咲と並んで星空眺めちゃってる今は、もう俺的には青春ど真ん中って感じだけど。 「隊長! あそこで勝手にラブ空間作ってるやからがいるであります!」 「撃て!」 「しゃあっ!」  ねずみ花火が俺に向かって放たれる。 「ちょ!? こらーっ!」  突然の攻撃に慌てる俺。 「あははははっ!」  三咲はそんな俺を見て笑い転げる。  いい感じの雰囲気はあっさり吹き飛んだ。  騒がしい。  でも、楽しい。  そんな俺達らしい夏合宿一日目だった。 「ふぁ~っ……」 「眠いな……」  次の日。  屋上に寝袋を持ち込んで寝た俺と修二は寝不足であった。  エロ話で盛り上がって。 「だり~~っ……」 「寝たの五時頃だもんな……」  二人とも首にタオルを引っ掛けてぺたぺたと廊下を歩く。 「拓郎があんなに下着にこだわりがあるなんて思わなかったぜ……」 「お前の彼女は絶対苦労するな、間違いない」 「ていうか、ウザがるんじゃね?」 「違うっ! 俺は彼女がつけたいならどんな下着だってOKだ!」 「子供っぽいチェック柄だろうと、セクシーな紫だろうと受け入れる!」  言い切る。愛ゆえに。 「でも、フロントホックだけは勘弁な!」  そこだけはゆずれなかった。 「何でだよ! 外しやすくていいだろうが!」  フロント派の修ちゃんがまた主張してくる。  ちなみに昨晩5時間話して決着がつかなかった話題である。 「それが嫌なんだよ! ブラは女の子が恥ずかしがりながら、自分で背中に手を回して――」 %32「プチッ」%0 「って、外す瞬間がいいんだああああっ!」  窓からのぞく朝陽に向かって叫んでいた。 「フロントホックだって、ぷちってできるだろうが! 胸の前に手をあてて、もじもじしながら外すだろうがっ!」 「手は背中に回してくんないとダメなのっ!」 「何でだよ! この変態がっ!」 「何だと、外しやすい方がいいとか言ってるお前のが変態だろうがっ!」 「変態! 変態!」 「変態! 変態!」  どちらもまごうことなき変態だった。  校庭に出て、顔を洗った。  早朝、誰もいない校庭で朝陽を浴びてすっかり眠気はとぶ。 「さっぱりした~」 「今日もめちゃいい天気になりそうだな」  本日の空を眺めながら、伸びをした。 「今日の作業ってなんだ?」 「昨日、アンテナの図面はできたから、いよいよ修理」 「んで、それが終わったら流々が見繕ってきたトランスミッター使って、送信だ」  今日、先輩と買いに行く予定のはずだ。 「こっちに残るのは、真鍋と七凪ちゃんと三咲か……」 「今日は実質五人で作業だ」 「修理の方はいいけどよ、何放送すんのか決めねーとな」 「第二回突撃緑南放送局だけじゃやっぱダメかな?」 「お前、またあれやる気かよ?!」 「ウケたじゃん」 「アレは小豆ちゃんが暴走したからウケたんだろう」 「もう小豆ちゃん使えないだろう」 「次回は修ちゃんに、恋愛観を赤裸々に語ってもらおうかと思ってるんだけど」 「語るかっ!」  意外に修ちゃんはシャイだった。 「何ならフロントホックのこと語ってもいい」 「学園の全女子が引くだろうーがっ!」  オファーを蹴られてしまった。  友達がいのないヤツだ。 「仕方ないな……。朝飯食ったら皆で作戦会議な」  ため息まじりにかぶりを振る。 「……お前、本気で俺が全校放送で性癖を暴露すると思っていたのか……?」 「そーいうの晒して喜ぶプレイってあるんだろう?」 「お前はマジで変態ですねっ!」 「何っ?! 変態に変態って言われても悔しくないやい!」 「変態! 変態!」 「変態! 変態!」  子供のケンカがまた始まるのだった。  全員で朝食を摂った後、早速会議を始める。  あまりに部室が暑かったので、特別に開放してもらった学食にメンバーを集めた。 「――まあ、そんなわけで」 「うまくいくかどうかはまだわかんないけど、アンテナの方は何をするかはみえた」 「つまりハード面の方は曲がりなりにも作業は進んでいる」 「で、残りの半分、ソフト面について話し合いたい」 「アンテナばかり気にかけていたが、そっちも並行して動かないとな」 「苦労して放送しても、中身がお粗末だとがっかりです」 「それなりに尺もいるだろうしな~」 「では、どんな放送がいいか忌憚のないご意見をお願いします! はいどうぞ!」  テーブルを叩いてスタートを表現する。 「はいはい! 沢渡さん」  すぐさまシュパっと計が挙手。 「はい、真鍋さん」 「素敵な放送がいいと思います!」  と素敵な笑顔でおっしゃりやがった。 「……」 「……」  メンバーは黙り込む。  そして、俺は脱力した。 「……いや、だから、その素敵な放送の中身をご提案してくださいませんか、真鍋さん?」  懇願する。 「う~ん、何て言うか~」 「口で表現するのは難しいんだけど、こう弾ける感じ? それも爽やかに!」  計は両手を閉じたり開いたりしながら、ジェスチャーで放送内容を伝えようとする。 「しゅわわわわわわわっ! って感じっす!」 「何だそれ……」 「炭酸っぽい音ですね」 「確かにそれは爽やかだが……」 「以上であります!」  着席する。  単なる時間の無駄遣いであった。 「計、ダッシュでメロンパン買って来い!」 「もちろん、お前のオゴリな!」  指を指して言う。 「パシリ扱い?!」  突然のペナルティにショックを受ける。 「ここは真面目な話し合いの場なんです!」  俺はダン! とテーブルを叩く。 「ここではボケはいりません! ギャグもいりません! 皆さんマジメに考えてください!」 「ボケたヤツは最下層メンバーにランクダウンして、パシリになってもらいます!」 「マジかよ……」 「いつもタクが率先してボケてるくせに~」  計が唇を尖らせる。 「兄さんそんなこと言って、自分がランクダウンしても知りませんよ?」 「うむ、沢渡くんは日常会話がすでにボケてるからな」  まるで物忘れの激しくなったオジイちゃんのように言われた。 「ひどいっ! いつものはわざとやってるの! 場を和ますために!」 「本来の俺は、とってもナイーブで内気な少年ですから!」  拳を振りあげて真実を語る。 「タク、ダッシュでカツサンド買って来い!」 「もちろん、お前のおごりな!」  指を指して言われた。 「ちょっ?! 今のはボケてねーよ!」 「いや、ボケてるだろ」 「ボケてるな」 「ボケてますね」 「いえーい!」  4対1。  ボケ決定。  俺はこの不当な扱いに涙する。 「――なあ、沢渡くん。私はこの学園に来てまだ間もない」 「去年の学祭がどんな感じだったのか教えてくれないか? それによって提案内容も変わると思う」 「あ、私も一年ですから、教えてほしいです」  ようやく建設的な意見が出た。 「そうだな……基本的には大きいイベントを体育館でやってる時はそっちを観て」 「それ以外の時間帯は個別に好きな教室を回るってのが一般的かな」 「大きなイベントはどのタイミングでやるんだい?」 「昼イチからの2時間くらいじゃね? ほら俺らもそん時バンドのライブ観てたろ?」 「そうすると、放送は午前から昼までか、昼から夕方までのどっちかでやんないとね」 「昼のイベントとぶつかったら誰も聞かないよ」 「午前か午後か、あるいは両方ですね」 「両方だと俺らが全然、回れないぞ」 「ああ、午後か午前かのどちらかにしたいな」 「皆で、学園祭を回るのも青春だからな。外したくない」  青春娘の発言に皆も首を縦に振った。 「じゃあ、とりあえず放送は午前か午後どっちかってことで」  ようやく番組の尺がおぼろげに決まってくる。 「あ、でも、待ってください兄さん」  七凪が手を上げる。 「どうした?」 「10年前も先輩方はミニFMを開局したんですよね?」 「うん、だからアンテナが残ってる」 「でしたら、まずその時にどんなプログラムをやったか、一度確認して――」 「あ」  七凪に言われて思い出す。 「ん? どうしたんだ拓郎」 「そういえば、以前図書室で過去の資料調べたの思い出した……」 「……おい」 「それ皆に見せてから話し合った方が良かったな~って」  その方がずっと効率的だ。 「沢渡くん……」 「兄さん……」  三咲とナナギーは俺をダメな子を見るような目で見ていた。 「て、てへっ☆」  可愛くごまかすしかない俺。 「タク、ダッシュでヤキソバパン買って来い!」 「もちろん、お前のおごりな!」 「はい……!」  今度ばかりはパシリをするしかなかった。  以前の資料調査は七凪と計にまかせることにする。  俺は三咲と修二を伴って屋上へ。  本日のアンテナ修理開始だ。 「うわっ、今日も暑っ……」 「死ぬよな、これは……」  来て早々テンションがダダ下がりの放送部男子。  石化したように日陰から動かない。  いや動けない。 「おい、まだ何も始めてないぞ」 「ほら、元気を出していこうじゃないか!」  一人元気な三咲は俺と修二の襟首をつかんで、引っ張る。  真夏の太陽が俺と修二を容赦なく焼いた。 「ぬわあああああっ! 焦げるうううっ!」 「ぐわあああああっ! 溶けるうううっ!」  時間差をつけて苦悶の声を上げる男達。 「だらしないぞ、男子!」 「ほらほら、汗は青春の涙だ、たくさん流せ」  そんなことを言いながら無慈悲にアンテナのトコロまで移動させられた。  青春娘は無敵すぎる。 「わかったわかった」  観念して、汗を拭いつつ準備に取り掛かる。  でも、またすぐ汗は浮かんでくる。  制服の下は汗まみれ。 「しっかし、今日は異常じゃね?」 「確かに」  今日は昨日以上に暑い。  今年最高の猛暑日になりそう。  心なしか風景が歪んで見えるぞ。蜃気楼? 「よし、まず図面のチェックだ! 図面を広げろ沢渡くん!」 「神戸くんは、ハシゴのセットだ!」 『ういーす』  一番HPの高そうな三咲が自然にリーダー的ポジションに。 「できれば、目立ったところの補修は今日中に終わらそう」 「えー」 「それ、結構キツくない?」  全部で10箇所近くあるんだが。 「大丈夫だ」  ふふん、と胸をそらす三咲。  何か秘策でもあるのだろうか。 「何事も根性だっ!」 「精神論かよ!」  お前は昭和のモーレツ社員か。 「このくらいの暑さに、私の青春魂は負けはしない!」 「二人とも、私に続け!」  ファイト一発なノリでハシゴを上り始める三咲さん。  風が吹く。  スカートがひらひら舞う。 「……」  ちょうど真下(ベストポジション)の俺は、目のやり場に困った。  友達のパンツ盗み見なんてできねー。  なるべく見ないように、下を向く。 「沢渡くん、ペンチをとってくれ!」 「え? お、おう」  うつむいたまま、ペンチを手にした腕をのばす。 「おい、届かないぞ。もっとまっすぐ手をのばしてくれ」 「こ、こう?」  下を向いたまま適当に手を移動する。 「全然違うぞ。ん? どうした? ちゃんと上を見ろ」 「いや、それは……無理です……勘弁して……」  もじもじ  乙女にように恥じ入る俺。 「どうしてだ?」 「え? だって……その、お前の」  おパンツ様が見えちゃうから。  とは言いづらい。 「アンスコはいてるから平気だぞ?」 「どうして、ブルマじゃないんだ!」  くわっと目を見開いて、三咲を見上げる。 「何だ、そのキレ方は?! 本気で引いたぞ!」  俺から離れるように上に登る。 「はけ~。ブルマ様をはけ~」  呪詛を唱えるような声をあげて、俺もハシゴを登る。  直接的でないセクハラは平気な俺である。  いや、間接的ならむしろ大好きです。だってコミュニケーションですから!(ダメ上司の発想) 「追ってくるな~」  上へと逃げる三咲。 「はけ~、ブルマをはけ~」  それを追う俺。 「だいたいブルマなんて持ってない!」 「買えばいいじゃん!」 「そこまでする意味がまるでない! まったくわけがわからないよ!」  ハシゴの上と下で騒ぐ。  まるで子供だった。  ていうか子供です。 「あーもう、お前ら俺に見せつけるなよ……」  下界では一人修ちゃんが突っ立っていた。 「おめーらが仲がいいのはもうわかってるっての」 「そんなんじゃないっ!」 「そうだ、俺は三咲にブルマの良さを知って欲しいだけなんだ!」 「わかりたくないっ!」  平行線であった。  まあ当然だが。 「あー、この暑いのに、イチャつきやがって! 俺だって女子と追いかけっこして、キャッキャッウフフしてーよ!」  くねくねと気色の悪い動きをする。  何故悶える。 「そんな叶わぬ夢は諦めろよ……」  憐憫の情をこめて修ちゃんを見下ろす。  まさに上から目線だった。 「うるせーよ! ああっ、くそっ! ここは暑いし、お前らは熱いし、もう我慢ならねー!」 「涼しいカッコに着替えてくる!」  ダダッと走り去っていく。 「ん? 何をする気だ、神戸くんは」 「さあ、たぶん暑くて熱暴走したんじゃね?」  三咲と二人、上から修二が出て行くのを見守っていた。 「冗談はともかく、補修は俺がやるから、三咲はいったん下りて」 「俺に道具を渡す係りやってくれ」  頭上の娘さんに言う。 「え? いや、それではキミがキツイだろう?」 「すごくまいっていたじゃないか」 「もう平気だ。騒いでたら元気出てきた」 「……キミは本当に子供のようなところがあるな……」  思い切り嘆息された。 「女の子に修理させて、男が下で楽なんてできないよ」 「俺と修二の顔を立てて、ここは下りてくれ」 「そうか、わかったよ」 「いつものしとやかな私に戻るとしよう」  ふあさっ  後髪に手櫛を入れてお嬢様をきどる三咲さん。 「HAHAHAHAHA!」  下で俺ウケまくり。 「イッツ、ナイス、ジョーク! ユー、アー、グレイト!」  褒め称える。 「ジョークじゃない! 失礼だなキミはっ」  そんなこんなで、ぷりぷり怒る三咲とともにいったん下へ。 「さて、修理しますか」 「うむ、サポートは任せてくれ!」  上下を入れ替えて、今度は俺がハシゴを―― 「おーす! 待たせたなっ!」  上りかけた時、ヤケに陽気な声を上げつつ修ちゃんが来た。  水着で。 「――なっ?! き、きゃああああああああああっ!」  少女は逃げ惑う。 「うわあああああああああああっ!」  少年も逃げる。 「何でだよっ?! こらっ!」  そして変態は追ってくる。 「沢渡くん、変態がっ、変態が、追って、あっ、はっ、あはははははははっ!」 「マジモンの変態だーっ! 捕まったら、貞操があああっ! あははははははっ!」  爆笑しながら二人で手を取り合って走り続けた。 「誰が変態だっ、こらあああっ!」 「股間が、股間がっ膨れてる! あひゃ、はははははははははっ!」  笑いすぎで腹いてー。 「何だと?! お前だって膨れてんだろうがっ!」 「だからって、そんな堂々と、あっ、ひゃははははははははっ!」  ダメだ。  ツボに入ってしまった。 「さ、沢渡くん、しっかり走らないと、捕まって――」  言いながら後ろを振り返る。 「あはははははははははははははははっ!」  三咲さん超ウケていた。 「何だとお?! こうなったらお前達も変態にしてやるっ!」 「ひゃーほっほっほっほっ!」  ふっきれた修二が奇声を上げて、加速する。  筋肉がせまってくる。  もっこりもせまってくる。 「いやーっ! お尻はいやーっ!」  尻を押さえながら走った。 「拓郎、ケツをだせえええええええええっ!」  修ちゃんもTPOをわきまえた返しをする。 「あはははははははははははははっ!」 「く、苦しいっ、も、もうやめて、あはははははははっ!」  三咲は涙目で爆笑していた。 「ただいま……」 「おう、中古ですげーいい出物があった――」  買い物から帰ってきた先輩と流々が、屋上に上がってきた。  で。 「変態が学園に潜入?!」  流々はム○クのような顔になり、 「…………」  先輩は完全に沈黙していた。 「タク、資料見つからにゃ~い」 「兄さんはどこで見つけて――」  続いて、計とナナギーが。 「タク、BL中?!」 「兄さん、本当に寝取られる?!」  二人は驚嘆していた。  解釈はちがっていたが。 「おーい、私も混ぜろー」 「あ、あたしもあたしも」  流々と計が参戦。  俺達といっしょに修二の前を走る。 「きゃはははははははは! 神戸が! 神戸が!」 「こえー、こえー! あはははははっ!」  お嬢さん達にマジウケてる。 「悪い子はいねーがっ!」  ナマハゲを気取っていた。 「ほらほら、ナナギーと先輩も楽しいよ~」  計が二人の手を引く。 「えっ? 私はこんな悪趣味な遊びは――」 「おろおろ……」  我が部の大人し目の女子達が躊躇する。  そこへ修二来襲。 「がおおおおおおおっ!」 「いーやー! 兄さーん!」 「タクロー、ヘルプ……」  二人もいやおうなしに参加することに。  放送部全員で、真夏の屋上をぐるぐるランニング。 「何だか、わけがわからなくなってきたぞ……」 「あははははははははは!」 「神戸のもっこりしてる! きゃははははっ!」 「ナナギー、捕まると身ごもるぞ!」 「近寄るだけで、妊娠しそうな気がしますっ!」 「空気感染なの……?」  30分後。  バテた女子は早々に戦線を離脱し、日陰でジュースなんか飲みだした。  俺と修ちゃんだけまだ争っていた。  もう何か意地だけで逃げてる俺。 「おら! あとは拓郎だけだ、こらっ!」  修二も意地になっていた。  男の意地と意地のぶつかり合いである。 「修ちゃん、そろそろその見苦しいものをしまえっ!」  走りながら後を振り向く。 「何だと、見苦しくねぇよ! 見目麗しいだろうが!」  どこがだよ。 「粗○ンのくせに!」 「粗○ンじゃねぇよっ!」  もう女子が居ても居なくても関係ない会話である。 「え? あのもっこり盛ってんのか?」  涼みながら流々が修二の股間を指差す。 「120パーセント増量中です」 「え? 盛ってる方が多いじゃないか!」 「詐欺ですね」 「誇大広告……」  女子の皆さんの冷たい視線が修ちゃんに集中した。 「修ちゃん、特盛りですね!」  俺がダメを押す。 「盛るか!」  修二が夏空にシャウトした。  今日は放送部全員体力を限界まで使った。  ――でも、アンテナは全然直ってなかった。  合掌。  数日後。  なんとか目立った箇所のアンテナ補修は終わらせた。  つまり作業は次の段階に入ることになる。  ということは―― 「ついに!」 「ついに?」 「何と!」 「何と?」 「いよいよ!」 「いよいよ?」 「今週こそ、ピタリ賞がっ!」 「でねぇよ!」  言う前に副部長が俺と計の間に割って入った。 「ひどいっ! あんだけ溜めたツッコミを取らないでください、田中さん!」 「ぶー、ぶー!」 「沢渡くんと真鍋くんはこんな時までマイペースだな……」 「お二人とももう少し緊張感を持ってください」 「めっ」 『しゅみません……』  二人で謝意を表した。 「んで、これ配線はこんでいいのか? 田中」  修二がFMトランスミッターを軽く叩く。 「ああ、前のガッコのヤツに色々聞いたけど、こんでOKだぜ」 「後は電波ゆんゆん飛ばすだけか……」 「ゆんゆん……」 「放送部のゆんゆん……」 「可愛い……」 「ですね……」  先輩と七凪がうっとりした顔に。  ゆるキャラみたいなモノを想像したのだろうか。 「そんで高感度ラジオで受信できればハードは完成だっ!」 「ひゃっほー!」 「いやっひー!」 「そして、宴会へ!」 「ちゃららちゃ~ら~ら~」 「たくろう は ロ○ のしょうごう をてにいれた!」 「お前達、少しは恐れを知れよっ!」  俺はその場で色々な皆様に土下座をした。 「おまえに せかいのはんぶん を あたえよう」 「いらないし!」  収拾がつかない。 「兄さん、小芝居はいいですからそろそろ始めましょう」 「もし、送信できなかったら、その対策を練らないといけない……」 「遊んでるヒマはないかも」 「了解です」  確かに、ダメだったらかなり俺達は追い詰められてしまう。  業者に頼む金がない。  そう思うと、ちょっと試すのが怖い気がしてくる。  マイクの前で、尻込みする。 「ど、どうした? 沢渡くん」 「早く、しゃべりたまえ」 「いや、ここはやっぱり三咲先生に」  あっさりと席を譲る。 「――はあ?」 「第一声は譲るであります! 先生!」 「え? い、いや、待ってくれ」 「急に言われても、何を言ったらいいのかわからない! 決めてない!」 「こ、ここは沢渡くんが決めてくれ」  三咲も席に座らない。  逃げ腰。 「いや、でもやっぱせっかくなんだから、女の子の声の方がいいような」 「タク、ダミ声なの気にしてるの?」  計が能天気な声をあげる。 「ダミ声じゃないよ! ソプラノだよ! 天使の歌声だよ! 真鍋さん!」  と変声期を過ぎた声で抗議する。 「誰でもいいから、早く放送しろよ」 「もう、ずっとラジオの周波数は合わせてんだぞ?」  副部長が顔をしかめる。 「やってみたい人!」  挙手を待つ。 『……』  皆、黙り込む。  意外に皆シャイなのか。  俺もそうだが。 「じゃあ、推薦で」 「タクロー」「兄さんで」「拓郎でよくね?」 「沢渡さん」「沢渡くんだな」  ちょっ?!  はめられた?! 「決まりだな」 「タク、座れ。そして、しゃべれ」  副部長がビシっと席を指差す。 「くそっ、こうなったら流々の恥ずかしい過去を今ここで勝手にカミングアウト……!」  その決意を胸に席につく。 「したらアンテナ折るぞ、タクボン!」 「ぐふっ?!」  背後からラリアットを食らう。  アンテナじゃなくて、俺の首が折れそうになった。  ぽてっと、イスから転がり落ちる。 「あー、もう、タクは使えねー」 「やっぱ、三咲さんやってくれよ」 「わ、私か?」 「あんたの声、キレイじゃん。皆もよくね?」 「いいよー」 「いいと思います」 「お願い……」  多くの支持を集める三咲ボイス。 「そ、そうか……」 「そこまで言われたら、私も退けない……わかった、やろう!」  覚悟を決めた三咲がマイクの前にようやく座った。  結局、俺がラリアット食らい損になってしまったが、まあいい。 「う、うん」  ノドの調子を整える。  何度か深呼吸をして、目をつむる。  精神を集中させているようだ。 「い、いつでもいいぞ!」  目をつむったまま、気合の入った声をあげた。  その声に、その場にいた全員が息を飲む。  流々が機器を手馴れた手つきで操作する。  そして――  赤々とキューランプが。 「三咲!」  そばにいた俺は三咲の肩を叩く。  三咲はパチッとその両眼を開き、  微かに震える手で、マイクを引き寄せて、  言った。 「み、みん、みん、みん、皆――」  一瞬、セミの声帯模写かと思わせた後、三咲の声が続く。 %48『せーしゅん、しようぜっ!』%0  その声は。  俺達の補修したオンボロアンテナの放つ微弱な電波にのって飛んだ。 「おしっ!」  流々副部長がそれをしっかり確認。  そして、その後。 「しゃあっ!」「やったっ!」「しゃああああっ!」 「成功」「めでてー!」「やりましたね!」  怒声にも似た俺達の声も放送されたのは言うまでもなかった。  合宿をはじめて五日目。  昨日、ついにアンテナの復活に成功した。  流々をのぞく全員がほぼ素人であるのに、この時点でこれだけの成果をあげられたのはまさに僥倖と言える。  なので。 「今日は、慰労をかねて海水浴と洒落こんだ我が放送部であった……!」 「以上!」 「青い海なんて、だいっきらいだああああああああああっ!」 「太平洋のばっかやろおおおおおおおおおおおおっ!」  砂浜に広げたレジャーシートの上で、俺は叫んだ。 「いや沢渡くん、アレは日本海だ」  隣に座っていた三咲が訂正する。 「冷静なツッコミ、サンクス!」  親指をぐっと立てて、ウインクする。 「テンションがヤケに高いな沢渡くん……」 「だって、海!」  ビシっ! と海を指差す。 「それに、水着の女の子!」  ビビシッ! と水着の女子達を指差す。 「これでテンションの上がらない男などいない!」  最後は大空に向かって両腕を突き上げる。 「そ、そうか」 「さあ、三咲も俺と青春の夏を謳歌しよう!」  手を引く。 「え、な、何をするんだ?」 「もちろん泳ぐ」 「ええっ?!」 「何、驚いてるんだよ? 海なんだから泳ごう」 「そ、それはそうなんだが、ち、ちょっと待ってくれ……!」  いつも前向きな青春娘が何故か逡巡する。 「ダメだ! 時は俺達を1秒たりとも待ってはくれないんだっ!」 「いや、でも! しかし!」  ビーチパラソルの柄を持って必死に抵抗する。  何故? 「あのー、三咲、俺、別にいやらしいこととか考えてないぞ?」 「純粋に三咲と遊びたいな、と」 「うっ、そ、それはわかっているが……」 「だったら、いいじゃん!」 「ほら、俺の目を見てくれ! 邪心の欠片もないこの少年の瞳を!」 「キレイな目……。純真の証……」 「そ、そうですかね……」 「いや、かえってうさんくさいですよ、兄さん」  全体的には微妙な評価だった。 「とにかく、海が俺達を待ってる! 行くよ、三咲くんっ!」  某サッカー小僧のノリで強引に、連れて行く。 「え? ちょ! まっ!」  砂浜を駆ける俺達。  ちょうど下り坂気味になっていたので、ぐんぐん加速する。  一人は無理矢理だが。 「ち、ちょっと、ま、待ってくれ! いやあああああっ!」  走りながらも嫌がる。  だが、俺はもう止まれない! 「何も怖がることはないよ、三咲くん!」 「わ、わたしは怖いんだあああっ!」 「大丈夫だって! 海はトモダチ!」  海に向かってひたすら疾走する。 「頼むから止まってくれ!」 「いや、それもう無理!」 「ど、どうしてだ?」 「うっかり裸足で出たら、砂浜熱くて止まれない!」  早く足を海で冷やさないと火傷する。 「そんな理由かあああああああっ!」 「このまま勢いをつけて、一気に飛び込む!」 「いやあああああっ! 助けてええええええっ!」 「どうしてそこまで嫌がるんだっ?!」 「私は、カナヅチなんだっ!」 「お約束ですね、お嬢さん! って、先に言ってよ、三咲くんっ!」  もう簡単には止まれないくらい加速してしまった。 「恥ずかしくて言えなかったんだっ!」 「ま、まあ浅瀬だから、溺れないって」 「そ、それでも怖いんだっ!」 「よく今日、俺達といっしょに来る気になったね?!」 「だって、仲間と海水浴なんて青春じゃないかっ!」  すごいよ三咲さん。 「とかなんとか会話してる間に、もう海が目の前に!」 「きゃあああああああっ!」 「お姉ちゃああああんっ!」  三咲の絶叫が海水浴場に響き渡る。  実は三咲はお姉ちゃん子だったのかと、考えつつようやく俺達の足は停止した。 「冷て~……」  でも気持ちいい。  膝に当たる波が、心地よい刺激を肌に送ってくれる。 「あ、あれ、三咲は?」  周囲には見当たらない。 「おーい、三咲ー」  呼びかける。  と。 「……ぶくぶく……ぶっふっ、ふっ、ふぁふぁたりふん……」  深さ約30センチの海水に沈みかけている三咲さんが、俺の右隣にいらっしゃった。 「おい、それは逆に器用だぞ?!」  どうやったら、その深さで溺れられるんだ?  腕を掴んで助けてやる。 「普通に立てばいいんだから――」  ぐい! 「――へ? わあっ?!」  ふいに三咲に腕を引っ張られて、顔から海水に倒れこむ。 「ぷはっ!」  俺は急いで立ち上がる。 「三咲、ひでえ」  ずぶ濡れの顔を友人に向ける。 「ふふ、お返しだ」 「女の子をイジメる男子には当然の報いさ」  三咲がくすくす笑った。 「ううっ、ごめん」 「イジメるつもりは全然なかったんだけど」  反省する。  相手は女の子だし、もっと気を遣わないと。 「それはわかっているが、沢渡くんはたまに少々強引になるな」 「キミはその辺が難しいよ」 「うーん、なんていうか、その、すげー楽しい時とか、ちょっとはしゃいじゃうんだよ俺」 「七凪や計にもそれでたまに叱られるんだけどね」  悪気はまったくないんです。 「ん? すごく楽しい?」 「う、うん」 「……キミは七凪くんや真鍋くんじゃなくて」 「私といても、すごく楽しいのか?」  上目遣いで尋ねられた。  それに薄っすらと顔が赤い。  え? ちょっと待って。  こいつすごい可愛いんだけど。 「あ、う、うん」  照れ隠しに後頭部をかきながら答える。 「俺、三咲といるのすげー楽しい……よ?」  意識したら急にどきどきしてきた。  だって、こいつスタイルがめちゃくちゃいい。  あ、ダメだ。  仲間をイヤらしい目で見たらダメダメっ。 「み、三咲、水怖いんだろ? も、もうあがろうか?」 「? どうして急にどもるんだ?」 「それに視線をそらすなよ。ちゃんと私を見てくれ」 「え? いや、ソンナコトナイデスヨ?」  言われて仕方なくチラチラと視線を泳がす。 「何だ、もしかして今さら照れているのか?」  嬉しそうに笑う。  図星をつかれた。 「そんなことないもんっ!」  否定する。  悔しいので幼児化していた。 「……ふふ、嬉しいよ」  ――え? 「キミは色々エッチな話はするが、どこまで本気かよくわからないからな」 「そうか。キミは私のことも、ちゃんと異性として見てくれているのか……」  頬を染めてそんな事を言う。  その様子があまりにもイジらしくて、 「そ、そんなの当たり前じゃん」 「三咲くらい、キレイな子そうそういないだろう? 俺ずっとそう思ってたぞ」 「!」  あ。  つい余計なことを言ってしまった。 「……」  しまった。  面と向かって何て恥ずかしいことを!  これじゃあまるで、俺、三咲を口説いちゃってるみたいじゃないですか?! 奥さん! 「あ、いや、その……」  三咲は顔を超真っ赤にした。 「と、とりあえず、だな……」 「ありがとう……」  そして、うつむいて、ぽつりと言葉を落とす。  ヤバイ。  抱きしめたい。  一瞬、そう思うくらい三咲を愛おしく感じた。 「え、えーと、どういたしまして……」  って、違う!  何を間抜けなことを言っているんだ俺は!  もっと女の子に気の利いたこと言えねーのかよ、タクボンはっ!  ポコッ 「うおっ?」  側頭部にいきなりぶつけられたビーチボールに思考を止める。 「おーい、おめーら、何してんだよ?」  流々と修二が波打ち際で俺達を見ていた。 「拓郎が三咲にエロいこと要求したんじゃね?」 「あー、私もガキの頃はよく求められたぜ~」 「流々、お互いの大事なトコ見せ合いっこしようぜー、とかな♪」  流々がニヤニヤ笑いながら調子こいた発言をかます。 「一度たりとも求めてねーよ!」  ビーチボールを投げ返す。 「おっと、レシーブ!」  瞬時に対応する。 「おら、トス!」  続いて修二がビーチボールできれいな弧を描く。 「よっしゃあっ! くらえ! シスコン!」 「幼馴染アタアアアアックッッ!」  ジャンプした流々が強烈なアタックを俺に放つ。  て、いつの間にかバレー始まっている?!  それに、シスコンじゃねーし!  あと、幼馴染アタックってなんやねん!  ツッコミどころ満載である。 「く、くそっ!」  根性で受け止める。  が、ビーチボールはあらぬ方向へ飛ぶ。 「このっ!」  と思いきや、駆け出した三咲がギリギリでリカバーした。 「いったぞ、沢渡くんっ!」  いい感じで俺にトスが返ってきた。 「ナイスアシスト!」  さすが三咲くん!  俺はボールの着地点を目測し、ジャンプする。 「オーバーヘッドキイイイイイイック!」  この時、俺はゴールを狙う大鷲になっていた。 「ぐはっ!?」  俺の渾身のシュートを顔面で受けた修ちゃんは、しぶきを上げてそのまま海の藻屑と化した。 「まずは一人!」  華麗に着地した俺は、不敵な笑みを浮かべる。 「まずは一人じゃねーよ! 何で足使ってんだよ?!」 「だって、セパタクローじゃん?」 「うむ、セパタクローならありだな」  三咲と二人でしれっと答える。 「何気に三咲さんも手段選ばねーなっ! くそっ、こうなると一人じゃ分が悪いぜ……」  流々は焦りを感じ始めた。  が、その時。 「あねひゃん、すうけたひいたひまひゅ!」  そこへ一人の少女が颯爽と現る。  『姉さん、助太刀いたします!』と言っているらしい。 「カキ氷食いながら来るなよ……」  一気に脱力する俺。  この天然ゆるキャラめ。 「うわっ、めちゃくちゃ戦力になりそうもねー」  敵も同じく脱力した。 「えー、待ってよ、すぐに食べ終わるし……シャクシャク……うっ!?」  急に計が苦悶の表情を浮かべる。 「え? ど、どうしたんだ?」 「おい、どっか痛いのか?」  心配になる。 「い、急いで食べたから、頭がきーん、ってなったあぁ……」 『……』  計のゆるキャラぶりに、言葉を失くす俺と三咲だった。 「がぁーっ、ぐーっ……」  近所の海水浴場から帰還した後、皆と死ぬほど騒いだ。  しこたま飲み食いした後、ゲーム大会。  普段やらないトランプなんかもこれだけの人数でやると大盛り上がりだ。  力いっぱい遊び倒した。  で、すぐに寝袋入ったら、爆睡するかと予想していたんだけど。 「ごがぁーっ……」  先に寝付いた修二のイビキが五月蠅くて眠れないというトラップが発動した。 「迷惑なヤツめ……」  むくりと起き上がって、寝袋から出た。  そして、容赦なく修二の入っている寝袋をけっとばす。 「がっ、ぐっ……」 「ふっ、うひゃひゃひゃ……」  にやにやと嬉しそうに笑い出す。  えー。  気色わるっ。 「ううっ、拓郎……」 「ん?」  寝言か? 「ふふふっ、拓郎、仲良くしようぜ……」  ぎゃーっ! 「変態かっ!」  プロレス技の鉄拳制裁(社長だけに許された反則技)をマウントポジションをとって食らわせる。 「はぁはぁはぁ……」  疲れた。  修二は身体を鍛えているので、簡単なことではダメージを与えられない。 「ううっ……」  しかし、さすがに堪えたのかうめき声をあげる。 「ううっ、拓郎、もっと……」  いやああああっ!  怖くなって、飛び退る。  マジモンなんですか、修二さん?  Mの人っすか? 真性っすか?  俺は戦慄して、後ずさる。 「ごがあーっ……」  何事もなかったように、豪快ないびきをかく修ちゃん。  すっかり目が覚めてしまった。  独り相撲かよ。 「あーあっ……っと……」  アホらしくなって、伸びをしながら息を吐く。  自然に夏の夜空が俺の視界を満たした。 「おーっ、すげー」  夏の星空に圧倒される。  こんな時間帯に起きて、夜空を見上げることなんてなかったから気付かなかった。  俺が寝てる間に、こんな天体ショーが行われていたのか。  一人で観るのが惜しいくらいだ。 「ちょっと出るか」  もっとキレイな風景が観たくなる。  俺は星に誘われるようにして、外に出た。 「――ん?」  絶対一人だと思って降り立った校庭に、人影ひとつ。  暢気そうにぷらぷらと歩いている。  長い髪を揺らしながら。  不審者か。 「おい、キミ待ちたまえ」  警官っぽく不審者に声をかけた。 「え? あ、キミか」  俺を見てやわらかく微笑む不審者さん。 「こんな時間に何をやってるのかね? んー? 学園はドコなの? 保護者の方は知っているのかね?」  質問を開始する。 「ただの散歩だ。あと、警官でもない者に職質をされたくはないな」  星空を見上げたまま、軽く流される。 「三咲はノリが悪いなぁ」  やれやれと大仰に両手を広げて肩をすくめる。 「私に言わせれば、キミ達のノリが良すぎるんだ」  視線を固定したまま、会話する。 「眠れないの?」  俺も星空を眺めたまま、声を出した。 「いや、ぐっすり寝てたよ。でも、のどが渇いて水を飲みに部室を出たんだ」 「その時、窓から見た空が――」  そこで言葉は途切れた。  言わなくてもわかるだろう?  そんな三咲の声なき声がした。 「三咲が前居たところは、ここより都会だった?」 「色々さ。ここより都会もあれば田舎もあった」 「でも、ゆっくり夜空を眺める機会はなかったよ」 「……これでも色々あったんだ。私も」 「そうか」  三咲の姉さんが何をやっている人なのかは知らないけど。  頻繁に居を移すということは、それなりに大変な仕事なのだろう。  そして、それはそのまま三咲の生活にも影響するわけで。 「……沢渡くん」 「ん?」 「キミは何があったのか聞かないんだな?」 「んー、まあ……」  聞かれたくないことについ触れてしまうのが怖い。  それなら、下らない興味本位なんか封じた方がいいとわかってるから。 「三咲が話したいなら、何でも聞くけど」 「でも、俺、未来は読めても、人の心は読めないし」 「余計なこと聞いちゃって、困らせたくないんだ」 「……なるほど」  視線を感じて、隣を見る。  三咲はいつの間にか、星空でなく俺を見て微笑んでいた。 「キミもそれなりに苦労してきたというわけか」 「そうでもないけど」 「――本当に苦労してきた人間は、皆そう言う」 「ツライこともあったけど、その分、たくさんの人に優しくしてもらったよ」  師匠に、七凪に、今の両親。  それに部活の仲間達。  その中には、もちろん三咲も入っていた。 「なるほど。だから、キミも人に優しくできるんだな」  言いつつ歩き出す。 「えーと……」  返答に困ることを言うヤツである。 「なあ、沢渡くん」  立ち止まって振り返る。 「海を、見に行かないか?」  三咲と二人、どこを目指すでもなく歩く。  海の匂いがする。  頬を撫でる風が心地良い。  遠くに見える微かな光は、篝火か。 「――沢渡くん」  三咲の長い髪を海風がもてあそぶ。  それを片手で押さえながら、俺を見る。 「うん」  静かに言葉を返す。 「キミは初めて出会った時、未来は変えられないと言った」 「うん、言った」 「でも、私を救ってくれた、あの日、変えられると言った」 「ああ」 「どうして、考えを変えたんだい?」 「それは――」 「いや、そもそも、どうしてキミは……」 「……」  そこまで言いかけて、三咲は言葉を飲んだ。 「どうした?」 「いや、その、私に聞かれたくないことがあるように」 「キミにも、聞かれたくないことがあるだろうって、今、思って……」 「俺ずっと、未来視避けてたんだ」  三咲の言葉が終わる前に、俺の言葉を伝えた。  自分でも驚いた。  それくらい自然に言葉を紡げた。 「――え?」 「俺の両親、あ、本当の両親の方なんだけど、交通事故で亡くしたんだ。二人同時に」 「俺、未来視でそれ視てわかってたんだけど――その時、俺まだ小学生でさ」 「……止められなかった……?」  遠慮がちに尋ねる。 「うん」 「……それは、ツライな」  三咲の表情が曇る。 「だから、もう未来なんか視てやるもんかって」 「どうせ、視えても変えられないんだって、自分に言い聞かせてた」 「そうしないと、悔しくて悔しくて、どうしようもなかったんだ」  言葉がつまる。  でも、泣きはしない。  女の子の前で、それはしない。  男の意地だ。 「……わかるよ」 「世界中の誰よりも、私はキミの気持ちがわかる。神に誓ってもいい」 「ありがとう」  何とか笑ってみせる。 「ふふ」  三咲も微笑する。 「でも、そんな俺の前にお前が現れて、今までの俺のガードはふっとんだ」 「何? 私のせいなのか?」  目を丸くする。 「そうだよ。お前のせいだ」  ビシッと鼻先を指差した。 「わ、私が何をしたというんだ……?」 「色々としてくれましたよ。奥さん」 「私は奥さんじゃない!」  唇をとがらせる。  そんな様子が可愛い。 「それで、すげー戸惑ったよ。今までの俺がこっぱみじんにされて――」 「そ、そうだったのか……」 「だけど、そんなお前が――」  とても羨ましくて。  そして、どんどん惹かれて―― 「私が何だ?」 「ま、まあ、俺にできないことをやってるお前をリスペクトしちゃった感じ?」  そんな風にごまかす。  本音は恥ずかしくて言えません。 「……だったら」 「だったら、本当は幻滅したんじゃないのか?」 「え?」  三咲の言葉に立ち止まる。 「だって、私は未来を恐れていたんだぞ?」 「キミに未来は変えられるって言っておきながら、本当は私もキミと何も変わらなくて」 「未来が怖くて――」 「三咲」  俺は三咲の両肩をつかむ。 「あ……」 「俺だって、未来は怖い」 「だけど、怖いからって、目を閉じて、耳をふさいで」 「むざむざ、三咲を失いたくないんだよ」 「もう、二度と、俺は……!」  誰も失いたくない。  そのためなら、また未来と向き合ってもいい。  それがどんなに過酷なモノでも。 「……キミはまた未来を視る決心をしてくれた」 「私のために……」 「そうなんだな?」 「ああ」 「過去にひどい傷を負ったというのに、またその傷を自分からえぐるようなマネをしている……」 「私のために……」 「過去に囚われて、お前を失くすよりずっといいからな」 「また傷付くことになるかもしれないぞ?」 「そんなの、もうあの時覚悟完了済みだ」  三咲を救ったあの日に。  こいつの代わりに未来を視ると誓ったあの日に。 「……わかった」 「キミの覚悟を聞かせてもらったんだ」 「次は、私の本心を伝えよう」  三咲はゆっくりと、俺の手に自分の手を重ねる。  思いの外、ぎゅっと強く握ってきた。 「ちょっと力強くない?」 「キミに逃げられると困るからな」 「いったい何を言う気なの?!」  ちょっとビビる。 「何、そんなに大したことじゃないさ」 「そ、そう?」 「ああ」 「ただ私がキミのことを好きだってだけだ」 「そうか、三咲は俺が好きなのかサンクス! ――って、ちょっと待て!」  何をさらっと言ってるんだ、この娘さんはっ。 「好きだ、沢渡くん」  俺の腕をつかんだまま、まっすぐ見つめられる。 「と、トモダチとしてだよね?」  顔の火照りを気にしつつ確認する。  絶対そういうオチだ。決まってる。 「違う」  短く、否定する。 「一人の女性として、キミが世界で一番、好きだ」 「キミが望むなら、私のこれからの未来を全部キミに捧げよう」  これ以上ないくらいはっきりと告白された。  瞬間。  心の中から、じんわりと何か温かいものがこみあげてくる。  そして頭はすっかりオーバーヒートしていた。 「……ど、どど」 「ん?」 「ど、どうして俺なんかに……?」  気が動転して、そんなしょーもないことを訊いてしまう。 「何を言ってるんだ、沢渡くん」 「キミはとても魅力的だ」 「そ、そうかな……」  自分では全然自信ないぞ。 「転校した私に親切にしてくれた」 「クラブに入れなくて落ち込んでいた私を放送部に誘ってくれた」 「学園祭をやりたいという私の願いを叶えるために、奔走してくれた」 「私にとって、キミくらい優しい人はいなかった……!」 「ううっ」  改めて並べ立てられると恥ずかしい。 「何より――私を命がけで守ってくれた」 「そして、これからも守ると、当たり前のように、言ってくれたんだぞキミは……!」 「何の打算もない厚意」 「自らを犠牲にすることをいとわない勇気」 「……泣きそうなくらい嬉しかった……!」 「――どうだい? 沢渡くん」 「ど、どうって?」 「ここまでしてもらって、私はどうすればいいんだ?」 「惚れるしかないじゃないか! そうだろう?!」  身体を寄せてくる。 「私がキミを好きになるのを、どうか許してほしい……」 「三咲……」  まるで石化の魔法がかけられたように動けない。 「好きだ……キミが、好きだ……」 「好きだ、好きだ、好きだっ!」  気がついたら。  抱きしめられていた。 「お、俺……」  色々な想いが胸の中を駆け抜けた。  初恋の人に似た少女。  未来視で結ばれると教えられた少女。  だけど。  今、俺のそばにいる三咲爽花はそんな事とは関係なしに大切で。  どうしようもなく、愛おしかった。 「俺……」 「ん?」 「未来から逃げてきた腰抜けなんだ」 「ダメな弱いヤツなんだ」 「そんなこと……!」 「でも」 「あ」  言いかけた三咲の言葉を、遮る。  三咲の顔を俺の胸に押し付けて。 「でも、最近は、お前に引っ張られて色々頑張ってる」 「青春してる」 「最初はらしくないかもって、思ってたけど……」 「どうやら俺は、今の俺が好きみたいだ」 「キミ……」 「これからも俺のこと引っ張ってくれよ」 「え?」 「そうしたら」 「俺、いつか三咲にふさわしい男になれるかもしれないじゃん?」 「あ……」 「俺はお前の未来を手にしたいなんて思わない」 「俺と同じ未来を、いっしょに生きてくれ、三咲」 「いっしょに悩みながら、歩いてくれ」 「それが、俺の望みだ」 「わかった……!」 「好きだよ、三咲」 「俺の、俺達の未来にかけて、誓う」 「ああ!」  互いに互いを強く抱きしめる。  そして、唇を重ねる。 「ん……」 「ん、ん……」  どちらもぎこちない動き。  だけど強く相手を求め合う気持ちだけは伝わってくる。 「ん……好き……沢渡くん……」 「爽花……」  初めて名前で呼ぶ。 「たく……拓郎……ん……」  応えるように、ささやく。  背中に回された、腕の力がまた強くなる。  ――この子を守りたい。  ――ずっと、いっしょにいたい。 「爽花……」  そんな強い想いを、俺はしっかりと心に刻んだ。 %48「不純異性交遊は禁止やでっ!」%0 「ちょっ?!」  次の日の朝。  我が部の顧問小豆ちゃんの第一声がこれであった。 「ど、どうしていきなりそんなことを?!」  昨夜の爽花とのことがバレたのか? 「ん? 何をうろたえているの? 沢渡くん」  きょとんとした顔をする。 「今月の標語を考えてただけなのに」 「ひ、標語なんてあるんすか?」 「うん、あるよ~」 「毎月、学園長がテーマを決めて先生方に考えさせるの」 「あ、テーマはね、不登校を失くすとか、そんなありきたりのヤツね」 「今さらって感じだよね~」  ダルそうに机に頬杖をつく。  あいかわらずやる気のなさっぷりでは、この人に勝る人はいない。 「いや、どっちも学園にとっては大切な事ですし……」  生徒の俺の方が諭すはめに。 「で、今月のテーマは不純異性交友禁止なんだよ」 「それはいいですけど、何でそれをわざわざ俺を呼び出してまで?」  遠まわしに探りを入れてるのか? 「うん、沢渡くん何かいい感じの考えて~」  そうですよね。  やっぱり小豆ちゃんだった。 「何故に俺に……」 「だって、沢渡くん不純異性交遊得意そうじゃん?」  小豆ちゃんの不穏当な発言に、他の先生方がどよめきだす。  ざわ……ざわ…… 「あの生徒が? ……ほら、前髪で有名な……」 「何でも妹までもが彼の虜に……」 「何っ?! それじゃあ彼は変態なのかね……?!」 「ノ――ッ!」  めっちゃ噂されていた。  しかもどれも酷い。 「得意じゃないですよ! 妙な偏見を持たないでください!」  断固抗議する。 「気をつけろ、《さわ》変《たり》態は急に止まれない」  でも、小豆ちゃんは標語を考えている真っ最中だった。 「おお~、沢渡くんのおかげでいい感じのできたよ!」  ご満悦。 「俺のおかげじゃありませんから!」  変態にさわたりとルビを打たないで! 「まあ、一つの用事はこれで終わったんだけど」 「もう一つの方が重要なんだよ」  キリッと顔を引き締める。  めずらしく真面目モード。 「な、何でしょう?」 「昨日、体育倉庫でタバコの吸殻が見つかったの」  あー。  それでずっと学園にいる俺達が疑われているのか。 「私は信じてるけど、学年主任に確認しろって言われたから」 「はあ」 「で、吸ったのは沢渡くんか神戸くんのどっち?」 「すんません、めっちゃ疑ってますよね?」  ついさっき信じてると言ってなかったか? この人。 「私は常にフレキシブルな対応を心がけてるから」 「小豆ちゃん、フレキシブルといいかげんは違うからね?」  また諭す俺。 「いいから、犯人見つからないとメンドーなんだよ! 職員会議が長引くんだよっ!」 「ウソでもいいからゲロっちゃってよ」  気持ちいいくらいの理不尽ブリである。 「俺達、馬鹿やる時もありますけど、これでも他人に迷惑はかけないようにしてます」 「最初に喫煙も飲酒もするなって言われたし、しませんて」 「うー、そっかー、そうだよねー」  腕組みをした小豆ちゃんが眉根を寄せる。 「沢渡くんは変態だけどウソはつかないしな~」 「ありがとうございます。でも変態だという認識はしないでくださいね?」 「《さわ》変《たり》態くん、皆でイジれば怖くない!」 「だからそのルビはやめて!」 「――てわけで、よく注意して行動しろって言われた」  部室に戻って、皆に報告する。 「何? 私達は何も悪くないのにか?」 「ひどいよね~」 「あきらかに、私達がとばっちりを受けただけじゃないですか」  全員不満顔。  当然ではある。 「畜生、納得いかねー」 「タク、腹いせに職員室でラップやって来いよ」 「はあ?」 「俺達何もしてないYO! シスコンだって生きてるYO!」  陽気に踊りだす。 「シスコンだって生きてるYO! タクだって生きてるYO! オケラだって生きてるYO!」 「怒るのはいいが、俺を犠牲に何かしようとしないでください……」  あとオケラと同列はやめて。 「でも、この合宿自体結構反対している先生方が多いらしいから」 「何か問題を起さないようにするのは大事……」 「私も絶対それはないと言って、学園長を説得したし……」  先輩、学園長と直接話をつけてきたのか。  父親相手に随分無理をしたんだろう。  もし何かあったら先輩の顔をつぶしてしまう。それに何より合宿を中断させるわけにはいかない。  俺は爽花といっしょにいて守らないといけないのだ。 「皆、俺達は潔白だけど、職員に目をつけられているのは確かだ」 「合宿をやめさせられるような口実をつくらせないように気をつけよう」 「ん」  こくんと南先輩が頷く。 「ここは仕方ないな……」 「納得はいきませんが、兄さんがそう言うなら」 「だけど何を気をつければいいんだろ?」 「別に今まで通りでいいんじゃね?」 「いや、神戸はマズイだろ。顔が」 「修ちゃん、顔だけ何とかしてくれる?」 「無茶言うなっ!」  と両手で顔を覆って叫ぶ。  修二なりの気遣いなのだろうか。 「あーいや、たとえば表情だけでもにこやかにするとか」 「それだけでも随分印象は変わりますよね」 「ち、しょうがねーなー……」 「こ、こうか?」  修二は会心の笑顔を放った!  ぶっちゃけ悪事をたくらむマフィアのような顔だった。 「ひいいいいいっ!」 「いーやー!」  そして、少女達は泣きながら皆散り散りに逃げていく。 「修ちゃん、もういいよ! これ以上自分を貶めないで……!」  俺は涙を浮かべて、親友の肩を抱く。 「泣くなよ! 本気で悲しくなるだろうが!」  修ちゃんも顔を覆ってさめざめと泣き始めた。  笑顔ひとつで大騒ぎである。 「またキミ達はコントを始めて……」 「まったく、馬鹿ばっかだな」 「元はと言えば、お前のせいだろっ!」  心優しい修ちゃんをイジメないでやってくれ。 「こ、こほん」 「皆、聞いて」  さすがに収拾がつかないと思ったのか、先輩が全員に呼びかける。 「いくらアンテナが直ったとはいえ、まだ台本作りや番組進行の練習がある」 「だから、合宿を続行できるよう、各自最大限の注意をはらってください」 「部長からのお願い……」  南先輩は、ぺこっと頭を下げた。  愛らしい仕草である。 「はっはっはっ! もちろんすよっ!」  修二はその仕草だけでメロメロである。 「はっはっはっ! 任してくださいよっ!」  もちろん俺も。  ――はっ?!  刺すような視線を感じて、周囲を見渡す。 「拓郎……!」  隣の彼女がじろりんと尖った目で、にらんでいた。  しまったああああっ!  ついいつもの条件反射で同じ行動をとってしまった! (パブロフの犬状態)  ――ごめんなさい!  隣でぷくーと頬を膨らませる彼女さんに、アイコンタクトで謝罪する。 「ふん」  ぷいっとそっぽを向かれる。  えー。  ――反省してます! お許しください!  爽花の視界に入る位置に移動して、熱い視線で語りかける。 「つーん」  でも、また反対方向に顔を。  口でつーんって。  ――お嬢様、どうかご慈悲を!  もう一度速攻で、爽花の視界の中へと回り込む。  心の中で土下座100回した。 「……もう他の女の子にデレデレしない?」  ――しないしない!  こくこく頷く。 「……絶対に?」  ――絶対確実であります! サー!  敬礼していた。 「私のこと、好き?」  ――好き好き! ジュテーム!  超高速で首を縦に振る。 「ふふ、私も――」 「何やっとるんじゃああああっ! うらあっ!」  爽花と俺の間にいきなりキレ気味の計が乱入してくる。  架空のちゃぶ台をひっくり返すジェスチャーをしていた。 「おい、朝から何やってんだよ? タクボン」 「兄さん……」 「タクロー……」  女子四人に囲まれてジト目で見られる俺と爽花。  結構ピンチです。 「ん? 女子は皆、何ぴりぴりしてんだ?」  一人平和な修二が首をひねる。 「だって神戸、タクが朝から三咲さんに公然と猥褻な行為を」 「猥褻なことなんかしてないっ!」 「じゃあ、卑猥な行為を」 「同じやん!」 「おいタク……関西風にツッコめばごまかせると思うなよ……?」  ドスの効いた声で言われる。 「そんなつもりはないですけど、はい……」  ビビりながら反論する俺。 「そうですよ、兄さん」 「三咲先輩を視姦だなんて、恥を知りなさい、この野郎!」  何――っ?!  酷い誤解だっ! 「タクロー、めっ」 「タク、めっ」 「兄さん、めっ」 「タク、死ぬ?」 「田中さん一人だけ個性的ですね!」  流されないヤツである。 「さあーて、どうしてくれようかな~♪」  真鍋さんが嬉しそうに指を鳴らす。 「やっぱアレじゃね? フクロじゃね?」 「まずは、恥ずかしい写真を撮って精神的に追い詰めましょう」  怖っ?!  ナナギーが何気に一番具体的なんですけど。  沢渡拓郎人生最大のピンチ。  一方、その頃、親友の修ちゃんは。 「ひゃははははは!」  ケータイのワンセグに夢中だった!  もう友情なんて信じない。  泣きそう。 「あ、いや、皆、待ってくれ」  あたふたしながら爽花が、俺と女子達の間に入ってくる。 「ん?」 「何で、三咲さんがタクをかばうの?」  四人の女子が首を傾げる。 「た、拓郎は、私を、その……よ、よこしまな目で見ていたわけでは、ないんだ」 「そうそう! そうなんです!」  必死で潔白を主張する。 「あれ? 今、三咲さん……」 「兄さんのこと、拓郎と……」 「何で? 三咲さん」 「あう……。それは、その……」  爽花はすでに耳まで赤くしていた。  両手の人差し指の先端をくっつけて、もじもじする。  可愛いけど、このままでは話が進まない。 「爽花、もう皆に話そう」 「俺が話すよ」 「え? ま、待ってくれ、拓郎、まだ心の準備が……っ!」 「……タクロー、今、三咲さんのこと爽花って呼んだ……」  先輩がめずらしく驚く。 「何だーっ! いったい何が起こってるんだーっ!」 「もしかして、○×△?」 「○×△なのかーっ!」  計がぐるぐる回りだす。 「……兄さんが……三咲先輩の……○×△……だと?!」  妹はわなわなと肩を震わせていた。 「タクロー、めっ」  先輩にはまた、めっとされてしまう。  どんどん尾ひれがついてきた。 「違うっ! ○×△じゃなくて、俺達はちゃんと真剣に付き合ってるのっ!」  勢いではっきり言ってしまう。 「はうっ」  隣で爽花がゆでダコのようになる。 「えー?!」 「マジかよ?!」  幼馴染ーズがまず目を見開く。 「何ということでしょう……」  続いて七凪が某ビフォーアフター風に驚き、 「……」  先輩は言葉をなくしていた。  で。 「え? マジかよ?!」  ワンセグを視聴中だった修二がようやくこっちに注意を向ける。 「拓郎と三咲、○×△なのかよ?!」 「遅いんだよ、お前は!」  その話題はもう終わった。 「本当なの? 三咲さん?」  計がチラッと三咲さんを見る。 「あ、ああ」  爽花は照れながらも首肯する。 「……認めちゃったよ。田中さんっ」 「マジかよ……。奇跡が起きたのか……。まだ信じられねぇ……」  ミラクル扱いかよ。 「――三咲先輩」  七凪がキッと爽花を睨む。 「な、何でしょうか?」  何故か爽花は丁寧語になっていた。 「兄さんが好きなんですか?」 「え? それは、まあ……」  七凪のストレートな問いに爽花の語尾は弱くなる。 「好きなのか、嫌いなのか、単なるプレイなのか、はっきり言ってくださいっ!」  一方、ナナギーはきっぱりとした口調で、爽花を問い詰める。  妹よ、プレイって言わないで。 「す、好きだ……!」  今度ははっきりと言う。 「! ち、小さくて、あんまりよく聞こえません」 「そ、そんなんじゃ、本当は大して好きじゃないんですよ」  つんとそっぽを向く。 「す、好きだ!」  意地になった爽花がさらに大きな声をあげる。 「き、聞こえませんっ!」  ぶんぶんと首を横に振る。 「好きだっ! 私は拓郎が好きだっ!」  七凪のそばに寄って、さらに大声を張り上げる。 「くううう~~~っ!」  ぶんぶんぶんぶん!  ナナギーはさらに高速に首を横に振る。 「どうだ、聞こえただろう? 七凪くんっ!」 「聞こえません! 聞こえません!」 「いや七凪、あんた今耳ふさいでるから……」 「どっちにしろ、もう聞こえてんだろ……」  計と修二は呆れていた。 「認めたくないのが親心……」 「先輩、七凪は俺の親じゃないんですが……」 「……」 「認めたくないのが妹心……」  訂正してくれた。  一方、爽花と七凪は。 「私は拓郎が好きだあああああああっ!」 「私だって好きですよおおおおおおっ!」 「くっ、私は七凪くんの100倍好きだああああああああああっ!」 「なっ?! 私なんか三咲先輩の1000倍好きなんですううっ!」  子供のケンカのようになっていた。  みにくい争いである。  憎しみは何も生まないというのに。 「二人ともそのへんにして……」  彼氏として兄として、仲裁に入る。 「ふか――っ!」 「きしゃああっ!」 「ひいっ?!」  同時に威嚇される。  猫かっ。 「もう嫁と姑みたいになってるじゃねーか」 「面白いな、タク♪」  流々が俺の左肩を叩く。 「面白がってないで、止めてくれ!」  俺ではこの争いを止められない。 「いや、民事不介入でありますから!」  そう言いつつ計は俺の右肩を叩く。  いつから国家権力的立場になったのか。 「さて、そろそろ台本作り作業始めっか~」 「ん」 「ういー」  部員達は続々と自分達の持ち場へと移動する。  俺を残して。  ――世間の風は冷たい。 「だいたい、七凪くんは拓郎の妹じゃないか? ここは妹としての立場をわきまえてくれっ」 「そうですね……わかりました。兄さんの恋人が三咲先輩なのは認めましょう」 「え? 認めてくれるのか?」 「はい。ですが、私は妹として、これからも兄さんを愛し続けます」 「そうだな、妹して兄を慕うのはもちろん――」 「性的な意味で」 「――って、性的はダメだっ!」 「?!! な、なぜですかっ?!!」 「どうして本気で驚いているんだ?! 怖いぞキミはっっ」 「う~~っ!」 「む~~っ!」  睨み合う女子二人。 「えーと、そろそろ二人とも仲良くして――」  勇気を出して再度、間に入ろうとする。 「ふか――――っ!」 「きしゃああああっ!」 「ひいいっ?!」  この後、俺は爽花と七凪の二人をなだめるのに約1時間を要した。  これからもこんなんがたびたびあるのだろうか?  ……ちょっと鬱だ。  ――正直、気が重い。  彼が異性に人気があるのは知っていた。  私が知っているだけでも、ざっと五人は彼に対して友情以上の好意を抱いているのではないだろうか?  いや、抱いているのだろう。 「本人は気付いていないようだが……」  そんな彼と付き合う以上、それ相応の覚悟がいる。  私はその覚悟をした。  したつもりだ。  フラれるかもという怖さもあった。  でも。 「私はこの想いを伝えなかったら、一生後悔する……」  そう思った。  死んでも死にきれない。  だから、色々なやっかい事が起こるのも承知の上で、  腹をくくって、彼に告白したのだ。  そして、想いは成就した。  だから、私は当初覚悟した通り、それ相応のやっかいごとに立ち向かわなければならない。  わかっていたことだ。  だが。 「はあ……」  ――やっぱり気が重い。  私が重い心と足を引きずって約束の場所に到着すると、もう相手は待っていた。 「お待ちしていました」  私を呼び出した相手、拓郎の妹の七凪くん。 「随分、早いな……」  まだ約束の時間の15分前だ。 「人を待たせるの嫌いなんです」 「そうか……暑い中、ずっと立たせて済まない」 「いえ、私が好きでやってることですから」 「謝っていただくことではありません」 「そ、そうだな」 「はい」 「……」 「……」  沈黙が私達の前に横たわる。  すごく気まずい。  すごく緊張する。  私は何を言われるんだろう。  私は何をされるんだろう。  怖かった。 「あの」  先に口火を切ったのは七凪くんだった。 「は、はい」 「今朝はすみませんでした」  ペコリと頭を下げてくる。  え?  私は七凪くんの行動に驚いた。 「な、何故、謝るんだ?」  気がついたら疑問を口にしていた。 「だって、私、三咲先輩にとても失礼な行動をとりました」 「あれはダメです」 「どう考えても、兄の彼女さんに失礼です」 「だから、謝罪します」  もう一度、頭を下げてくる。 「…………」  絶句した。  彼女は私が思っていたよりもずっと大人だった。 「あ、いや、待ってくれ」 「キミだって、ずっと大好きだった兄さんにいきなり彼女ができたんだ」 「少しくらい取り乱しても、仕方ない」 「頭を上げてほしい。七凪くん」 「……ありがとうございます」  七凪くんはゆっくりと顔を上げて、微笑する。 「礼なんか言わないでくれ……」 「……私は、キミに対しては、その……」  何て言えばいいのだろう。  ――兄さんを取ってしまってごめんなさい?  ――キミの恋の邪魔をして済まないと思ってる?  そんな事言えない。  言ったら、きっと目の前の彼女をもっと傷つける。 「いいんです」 「誰も悪くはないんです」  私が逡巡している間に、七凪くんはあっさりと結論を言った。  そして。 「兄のこと、よろしくお願いします」  三度、深々とおじぎをした。  今までで、一番深く――  その様子を見て、私は。  不覚にも泣きそうになった。 「……わかった」 「……何があっても、私はキミのお兄さんを幸せにしよう、守ってみせよう」 「約束する」 「あ」  無意識に七凪くんの頭を胸に抱いていた。  愛おしくて。  可愛らしくて。 「……くす」 「ん? なんだ?」 「さっきの台詞、普通、男の人が言いますよね?」 「え? あ、ああ。確かに」 「でも、三咲先輩が言うとしっくりきます……」 「男前です」 「ひどいな、キミ」  苦笑する。 「ふふ、嬉しいです」 「まるで、兄さんが二人できたみたいで……」 「……今のは本当にひどいな」  別の意味で泣きそうになった。 「さて、話は終わりです」 「そうか。もっとキミと抱擁していたかったんだが」 「残念だ」 「そういうのは、兄とやってください」 「残念ながら、私はそっちの属性はありませんから」  属性って。 「じゃあ、今日は私が夕飯の当番なので戻ります。あ」  歩きかけた七凪くんが、足を止める。  で、戻ってくる。 「これをお渡しするのを忘れてました」 「どうぞ」  ポケットから取り出した小さな紙袋を渡された。 「……これは?」  紙袋を見ながら尋ねる。 「秘密のアイテムです」 「いつか必ずコレが役に立つ時がきます」 「その時までは決して中を見ないでください」 「いいですか?」 「わ、わかった」  本当はよくわからない。 「では、また夕食の時に」  くるんと踵を返して、校庭を駆けて行く。  可憐な後姿だった。  いい子だ。  何か拓郎がちょっとうらやましくなるくらい素敵な妹さんだ、この野郎。 「……ふ」  肩の力が抜ける。  ああ、私は何を緊張していたのだろう。  彼の周囲にいる人達は、皆素敵な人達だ。 「うん、大丈夫だ」  きっと、上手くやれる。  そんな感触と自信のようなものが、胸に落ちた。  その時。 「――ん?」  風にのって、妙な匂いがした。  これは。 「……あれか?」  体育倉庫の前に二人の男子学生がいた。  制服を着ている。袖口の色から下級生だとわかった。 「……仕方ないな」  彼らの方に向かって歩き出す。  おせっかいなのはわかっているが、これも性分だ。  それに今朝の話では、私達放送部に嫌疑がかかっている。  他人事ではないのだ。 「キミ達」 「――っ?!」 「やべっ……」  二人は私が声をかけると、口にしていたものを慌てて地面に捨てた。  でも、まだ周囲には臭気と煙が漂っている。 「それはタバコだな?」  まっすぐ視線を向ける。 「さ、さあ?」 「何をおっしゃってるんですか? 先輩」  二人は落としたタバコの火をスニーカーの裏底でもみ消しながら、そ知らぬ顔をする。  往生際の悪い。  嘆息する。 「……別にこうるさい事を言うつもりはない」 「キミ達がそういうモノに興味を持つのを、咎めるつもりもない」 「だが、キミ達の軽率な行為が他の人達に累を及ぼすこともあると知ってほしい」 「なんだよ……。俺達が誰かに迷惑かけたってのか?」 「んなわけねぇだろ……」 「もうすでに、校内に喫煙者がいることが職員会議で議題になっているそうだ」 「この時期学園にいる生徒が皆疑われている」 「これでも、キミ達の行為は誰にも迷惑をかけていないと言えるのか?」  私がそこまで言うと、二人は黙り込んだ。  言い返したいが、言い返せない、そんな感じで私をにらんでくる。 「ち……わかったよ」 「もう学園じゃ吸わねーよ! それでいいんだろ?」 「ああ、それでいい」  話はついた。  さっさと戻ろう。  私は校舎に向かって歩き始める。 「ふん、優等生ぶりやがってよ……あ、そうだ、なあ、あんた」 「なんだ?」  首だけで後を振り返る。 「俺達だけ注意したって、意味ないぜ」 「どういう意味だ」 「俺達陸上部なんだけどよ、先輩達は皆、やってんだ」 「今も倉庫でやってるはずだぜ。へ、どうするよ?」 「――知れたことだ」 「今すぐ、キミ達に言ったことと同じことをそいつらにも言う」  私はすぐに身体を反転させて、つかつかと倉庫に向かう。 「――失礼する! キミ達に話が――」  言いかけて、言葉を飲む。  確かに倉庫の中には、タバコの匂いが充満していた。  ここで、喫煙されていたことは間違いない。  でも。 「誰もいない……」  と、その時。  後で扉が閉まる音がした。 「え?」  すぐに開けようとする。 「開かない……?」  何度も扉を開けようと試みる。  でも、開かない。  外から鍵がかけられている。 「おい! キミ達!」 「これは何の冗談だ! 開けろ!」  返事はない。  しかえしか。 「……なんて、子供なんだ」  呆れた。  アレで七凪くんと同学年なのか。  怒りよりも、その子供っぽい幼稚さにただ呆れた。 「……やれやれ、下らないことに巻き込まれてしまったな」  扉を背に息を吐いた。 「さて、どうするか……」  周囲を見渡す。  窓はあるが、これもきっちり鍵がかかっていた。  叩き割っても中に鉄線が入っているので、脱出は不可能。 「みっともないが、仕方ないか……」  最近機種変したばかりのケータイを取り出す。  だが、アンテナ一本。  あ、全滅。 「しまった。ここには電波は届かないのか……」  舌打ちをする。 「見つけてくれるまで、いるしかないのか……?」  いるしかなさそうだ。  くそっ。  馬鹿な後輩のせいでとんだ災難だ。  力が抜けた。  その場に座り込んでしまう。 「拓郎が見つけてくれるかな……」  そんな独り言をこぼす。 「ん……?」  焦げ臭いような匂いが、した。 「あれ? 爽花いないの?」  部室の扉を開けたまま、俺はその場に立って周囲を見渡す。  爽花の姿は、ない。 「ん? タクと買い物だったんじゃないの?」 「ううん」  俺の隣で先輩がふるふると首を振る。 「今日の買い物当番は拓郎と私……」 「七凪ちゃんとメシ作ってんじゃねえの?」  ノートから顔を上げて、修二が俺を見る。 「いや、晩飯当番は七凪と流々のはずだ……」  全員が首をひねる。 「屋上じゃない?」 「もうアンテナ直ってるし、屋上は行かなくてもいいだろう」 「そっか。じゃあ、放送室くらいだよね」 「見てくる」  部室に入らず廊下に出る。 「もうすぐごはんだから連れてきてー」  背中に計の声。 「わかったー」  振り返らずに返事だけ返して歩く。 「ありゃ? 沢渡くん」 「やあ、お邪魔してるよ」  放送室には小豆ちゃんと物理の山下先生がいた。 「あ、こんちは」  ここに小豆ちゃん以外の先生が来るなんてめずらしい。 「では、鬼藤先生考えておいてください」 「はい。山下先生どうもです」 「失礼します。じゃあな、沢渡くん」 「どうも」  感じのいい笑顔で挨拶をして山下先生は出て行った。  彼はあんまり先生と言う感じはしない。  たぶん一昨年教師になったばかりでまだ若いからなのだろう。 「で、私に何か用? あ、ごはん?」  もっと若い人に腕を引っ張られた。 「ご飯はもうすぐできますけど……あ、三咲っていませんでした?」 「三咲さん? ううんいないよ」 「そうすか」  どこに行ったんだろう。 「何かあったの?」 「いえ、特にないですけど見当たらないんで気になって」 「あー、キレイな彼女持つと彼氏くんは大変だね~」  にまにまと笑う。  もう小豆ちゃんにまで広がっているのか。 「何ヶ月もつかな~」 「ちょっ?! 不吉な事言わないでくださいよ! ずっともちますっ!」 「うんうん、つきあい始めは皆そう思うんだよね♪」  イヤな人である。 「……他所探してきます」  早めに撤退しよう。 「うん、沢渡くん、捨てられないように頑張って!」 「……ありがとうございます」  本当にイヤな人である。 「……やっばここじゃないよな」  他に探すところが思いつかなくて、結局ここに来た。  でも、やっぱり爽花はいない。 「て、いうか誰もいない」  まったくドコで油を売っているのか。 「まあ、学園のどっかにはいるか……」  俺はフェンスにもたれかかって、アンテナを眺める。  フォールデッドダイポールアンテナ。  つい数週間前までは何の興味もなかった。  屋上に来ても、気にもとめない。  ただのつまらないオブジェのような扱いだった。  それが今ではどうだ。  真夏の太陽に焼かれるような思いをして、修理をした。  切れたケーブルを繋ぎ、サビを落とし、祈るような気持ちでトランスミッターに接続した。  爽花の声が高感度ラジオで聞こえた時の感激を、きっと俺達は一生忘れない。  あのアンテナは今や俺達放送部にとって、希望の象徴なのだ。 「おおう」  いきなりの強風。  アンテナが少し揺れた。  そして、ふいに視界に入った。  黒い煙が。 「な、何だ?」  フェンスをつかんで、校庭を見る。  煙の出どこは、部室棟の辺りか?  いや、体育倉庫の方? 「火事だ……!」  まだ誰も気付いてないのか?  すぐに知らせないと、ヤバイぞ。  慌てて校舎に戻ろうとした俺の足をケータイが止める。  すぐに取り出す。  『三咲爽花 着信中……』  爽花か。  すぐに出る。 「爽花?」 「ごほっ、た、たく、ごほっ、ごほった、拓郎……!」 「爽花?」  激しく咳き込む爽花の声に、背筋が凍る思いがした。 「爽花、爽花! どうした? 今、ドコにいる?!」 「ごほっ、た、体育……ごほっ、そ、倉庫……ごほっ、拓郎、た、たく――」  爽花の言葉を全部伝える前に、電波は無情にも消えた。 「くそっ!」  俺は全力でその場から駆け出した。  階段を転がるような勢いで下りて、廊下を疾走する。 「あ、兄さん」 「よう、タク。お前いくら何でも走りすぎだろ?」  足を止めずに俺は叫ぶ。 「火事だ! すぐに職員室に行って、知らせろ!」 「ええっ?!」  七凪は突然のことに思考がまだついていかない。 「タク、場所は?!」  一方、流々は冷静だった。 「体育倉庫だ! 頼む!」 「わかった!」 「あ、ま、待ってください!」  二人の駆け出す足音を背中で聞く。  これで連絡はいい。  後は――  爽花さえ、助かってくれれば――! 「ち、ちょっと、中に誰かいるって本当なの?」 「あ、ああ、さっき扉から声が……」 「ウソ……」 「ウソじゃねぇよ! 俺も聞いた!」 「助けないと!」 「た、助けるって……どうやって?」 「ど、どうって……」 「祥子さん?」  俺は体育倉庫の前にたどりつくとすでに人だかりができていた。  その人だかりの最前列に御幸祥子さんがいた。 「さ、沢渡くん!」 「中に爽花がいるんだ! すぐに助けないとマジでヤバイんだ!」 「ええ?! 中にいるの三咲さんなの?!」  倉庫を見る。  扉はまだ閉まったまま。  でも、壁のヒビや窓のすき間から黒煙がもうもうと漏れ出している。  この様子では、中は煙だらけだ。  息が出来ない。  すぐにでも助けないと、爽花が。  爽花が! 「爽花ああああああっ!」  名前を呼びながら、扉のまん前までダッシュする。  すぐに扉に手を触れた。  瞬間、手が焼けた。 「ぐあっ?!」  金属製の扉がとんでもなく熱い。  触れない。  手を見たら、もう水ぶくれができていた。 「沢渡くん、危ないよ! 触っちゃダメ!」 「火傷しちゃうよ! それに煙どんどん――ごほっ、ごほっ!」 「ごほっ、ごほっ!」  祥子さんの言うとおりみるみるうちに黒煙の勢いは強くなってくる。  でも、それは中の爽花がそれだけ危ないということ。  一刻を争う。  躊躇してる時間さえ、惜しい。 「っ、この、や、ろおおおおおおおおっ!」  熱さを無視した。  痛みを無視した。  全てを彼女を助けるために、除外した。  何があっても、助ける! 「あけえええええええええっ!」  がきっ、と何かがぶつかる音がする。  鍵がかかってる。  くそっ、取りに行ってる時間なんかない。  壊す。  壊す、壊す、ぶち壊す! 「うおおおおおおおおおっ!」 「ぐおおおおおおおおおっ!」  何度も身体をぶつける。  右肩が熱をもったように、腫れてくる。  なら、今度は左肩だ。  開けるまで何度でも続ける。  そのためなら、何でもする。  俺の持ってるモノ全部、投げ打つ覚悟で! 「あああああああああっっ!」 「うわああああああああっっ!」  手ごたえを感じる。  金属が折れるような音が確かにした。 「ああああああああっっ!」  開け。  開け。開け。  開けええええええっ!  身体の感覚がすっかり麻痺した頃、  扉はようやく、俺に敗北した。 「そ、爽花……」  よろよろとボロボロの身体を引きずるようにして、倉庫の中へ。  そこで、俺は。 「ごほっ、ごほっ、た、たく……拓郎……?」  やっと会いたかった人と出会った。 「よ、よかった……」  本当に心の底からそう思った。  そして、次の瞬間。  電池の切れたオモチャのロボットのように、俺は倒れた。 「拓郎っ?!」  意識が闇に沈むその時、聞こえた爽花の声が意外に元気そうで。  俺は満足して、気を失った。  次の日。  放送部の部員は朝から職員室に呼び出された。  俺だけは昨夜病院で過ごしたので、昼間直接一人で行く。 「……へ?」 「ど、どうしてですか?」  小豆ちゃんの話を聞いて、俺が発した第一声はこんな問いかけだった。 「ど、どうしてって……」  小豆ちゃんが視線を泳がす。 「その……決まっちゃったから……」  俺をまっすぐ見ない。 「納得いきません」  きっぱりとした口調で言う。 「どうして、俺達が合宿を中止しないといけないのか――」 「きちんと説明してくださいっ!」  知らず知らずに声がでかくなった。 「ひゃっ?! 怒らないでよ、しゃわたりくんっ!」 「怒りますよ! だってまだ学園祭の準備は終わってないんですよ?!」  何より、爽花のそばにいられなくなる。  それは絶対に避けなければならない。  今度の事で俺は改めてそれを痛感した。 「でも、火事起きちゃったし!」 「放送部が起したんじゃないですよ! 陸上部の男子がタバコ吸ってたんでしょう?!」 「で、でも、沢渡くんも怪我しちゃったし!」 「中に爽花がいたんですよ?! 怪我したって助けますよ!」 「ううっ……。でも、でもぉ……」  小豆ちゃんがぱくぱく口を動かす。 「いいかげんにしないか。沢渡」 「あ……」  山下先生が俺の後ろに立っていた。 「鬼藤先生も、職員会議で最後までお前達を擁護していたんだ」 「放送部の合宿が続けられるように」 「だが、他の先生方がどうしても認めなかった。多数決で決まったんだ」 「そ、そうだったんですか……」  この学園の歴史は意外と古い。  保守的な考え方の先生がほとんどだ。  そんな中で、小豆ちゃんは頑張ってくれたのだ。  でも、若い小豆ちゃんの主張に頭の固いジジイ達が耳を貸すはずもない。 「……力になれなくてごめんね、沢渡くん」  しゅんと落ち込んだ小豆ちゃん。  その姿を見て、胸が痛んだ。 「俺こそ、事情も知らず……責めたりして……」 「すみませんでした」  俺は小豆ちゃんに頭を下げた。 「他の皆は、もう帰宅してもらったから」 「はい……」 「あ、登校して部室使うのはいいからね。泊まりさえしなければOKだよ」 「そんなに落ち込まないで! それでもきっと準備は間に合うよ!」  確かに準備は間に合うかもしれない。  でも。  俺は学園祭よりもまず、爽花を守らないといけないのに。 「……ありがとうございます。……今日はこれで失礼します」 「あ、うん」 「明日、待ってるね。私も手伝うよ」 「……ありがとうございます」  もう一度小豆ちゃんに頭を下げて、俺は職員室を後にした。 「まいったな……」  背を丸めて歩く。  包帯を巻いた両手をぶらぶらさせながら。  これから、どうする?  自分に問いかける。 「……」 「…………」  ダメだ。  何も思い浮かばない。 「とにかく爽花に会おう」  昨日は気がついたら病院のベッドに寝かされていた。  爽花はいなかった。  たぶん身体へのダメージは大したことなかったのだろう。 「部室のカバン回収して、あいつの家に行ってみよう」  早く顔が見たい。 「よし、急ごう」  俺は部室へと急いだ。  速攻で部室に到着した俺は、すぐさま扉を開ける。  すると。 「――た、拓郎っ!」 「拓郎っっ!」 「うわっ?!」  いきなり半泣きの爽花に抱きつかれた。 「拓郎、拓郎、生きてた……よ、良かった……」 「何で俺死んだことになってるの?!」  まずそれに驚いた。 「い、いや、ごめん、そ、その……」 「す、少し、取り乱した……」  抱きついたまま、鼻をすんすん鳴らす。  俺は爽花の頭を撫でてやる。 「落ち着け」 「俺は元気に、お前とここにいる」  笑いかけてそう言ってやる。 「げ、元気じゃないだろう……」 「わ、私のせいで、たくさん怪我を……」 「全然痛くない」 「そんなに包帯でぐるぐる巻きなのに、そんなわけない……」 「オーバーに巻いてるだけだよ、本当にもう痛くない」 「私のせいだ……」 「私のせいで……!」 「泣くな」  両肩の手をのせたまま、俺は微笑んだ。 「お前が無事なら、俺はそれでいいんだ」 「良かった、お前を守れて……」 「はう……」  ぴくんと俺の腕の中で、爽花が震えた。 「どうした?」 「い、今の台詞は……反則だぞ、拓郎……」 「胸が、きゅん、とした……」  ぎゅっとしがみつかれる。  まるで小さな子に、どこにも行くなとせがまれているように。  可愛い。  爽花が可愛くて仕方ない。 「爽花を守れて本当に良かった」  もっと言うことにする。 「はわ……」  如実に反応。 「大好きな爽花のためなら、俺は何でもできる」 「はわわ……」 「爽花は俺の天使だっ!」 「はわわわわっ!」  ちょっと面白い。 「爽花たん、萌え!」 「はわわわわ――って、それはちょっと違うだろ? 拓郎!」  素にもどって顔を上げる。 「ごめん、いい台詞がもう思いつかなくて」  ていうか照れくさいんです。 「ふふ、まったくキミは……」  爽花がにっこりと笑う。  その笑顔を見て、俺は心底嬉しかった。  俺は、何があってもこの笑顔を守る。  守り抜くぞ。 「あ、そうだ。爽花、合宿のことなんだけど」 「あ、ああ」 「中止になってしまったな……。残念だが学園の決めたことには逆らえない」 「毎日、家から学園に通うしかないだろう」 「でも、それだとお前を24時間守りきれない」 「そばにいられない時間が出てくる。それを何とかしないと」 「それはそうだが……合宿という口実がないと……」 「俺ん家にずっと泊まるとか」  こうなったら、もうどっちかの家に二人でいるしかない。 「え? いや、しかし七凪くんはともかく、ご両親が帰ってくる日もあるんだろう?」 「二、三日ならともかく、ずっとは無理だ」 「未来視のことを知らない以上、説得はできない」 「だよな……」  いつもここでつまづく。  二人きりでは行動が限定される。  二人きりでは―― 「あ」  とある事を思いつく。 「ん? どうした? 拓郎」 「いい考えがあるぞ、爽花たん!」  俺は架空の眼鏡フレームを押し上げるジェスチャーをする。 「そ、爽花たん言うなっ」  爽花が俺から少し離れる。  ちょっと引いていた。 「爽花って、今一人暮らしなんだろう?」  でも、構わず話を続ける。 「え? あ、ああ」 「たまに姉さんは帰ってくるが、ほとんど一人みたいなもので――」 「――て、まさか、キミ……」  「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ、ボーイ」という目で見られる。 「何?」 「あ、いや、待ってくれ、少し変な事を考えてしまってな」 「うん、私達はまだ学生だ……。うんうんいくら拓郎でも、そんなこと……うん、やっぱり私の早合点だ……!」  勝手にうんうんと頷きながら納得している爽花さん。 「え? 俺がどうかした?」 「いや、その、笑ってくれていいんだが」 「拓郎のいい考えというのが、『爽花の家でいっしょに住んじゃおうぜ! それでみんな解決じゃん! ひゃっほー!』 「――なんて短絡的なものなどと考えてしまっ」 「そうだけど、何か?」 「やっぱり、それかあああああああああっ!」  床に膝を折って、頭を抱えて叫んでいた。 「そ、そ、それはマズイだろっ?!」 「何で? 二人だけなら誰も説得しなくても済むじゃん?」 「だ、だけど、それでは私と拓郎が、ふ、二人きりになってしまうじゃないか! 夜とかどうするんだ?!」 「俺は居間で寝るから、爽花はいつも通りでいいけど」 「キミが一つ屋根の下にいるのに、いつも通りなんてできるかっ! キミはアホかっ!」  紅潮しまくった顔をぶんぶん横に振る。 「えー、そこは俺を信じてくださいよ、三咲さん」 「俺、爽花を傷つけるようなこと絶対しないって」 「信じている! 信じてはいるさ!」  こぶしを握って力説する。 「だが、キミはもっと乙女心というものを理解してくれ……!」  乙女心っすか。  俺は男だしなあ。 「えーと、つまり、爽花は俺と二人で住むのは嫌ってこと?」 「い、嫌じゃない……」  首から上を赤くして、蚊の鳴く声で答える。 「住むのは嫌じゃないけど、エッチな事されると困るってこと?」 「そ、そこは信じてるし……」 「拓郎がどうしてもって言うなら……」 「わ、私は、拒めない……」  かなり聞きづらかったけど、強く拒絶はしていないようだ。 「家事ならちゃんと分担する」 「食器は俺が毎晩洗って、ゴミは出勤前に火曜と木曜に出すから」 「何で、そんなに具体的なんだ?!」 「そもそもドコに出勤するんだキミはっ」  一応ちゃんとツッコんでくれた。 「こう見えても俺は尽くすタイプなんだ!」  アピールする。 「いやいやいやいや! キミはかなり先走ってる! 落ち着いてくれ!」 「じゃあ、俺達の家に帰るか、爽花」  優しく肩を抱いて、歩き始める。 「ごく自然に二人の家になってる?!」 「あ、帰りにスーパーでタマゴと食パン買って行こうっと、ふふ♪」  ちょっとウキウキ気分な俺。 「キミはヨメか?!」  こうして爽花の合意の下(たぶん)、俺達は帰路につく。  さあ、帰ろう。  俺達の家へ。  スイート・マイ・ホームへ!  そう、今日から始まるのだ。 「拓郎ちゃんの新妻ダイアリーがっっっっ!」 「つっこみどころだらけだ……」  愛しきパートナーは何故か嘆息していた。  が。 「……どうして、俺達はまた学園に戻ってきてるんだろう?」 「……仕方ないだろう」 「姉さんが戻って来てるとは、私も思わなかった」  そうなのだ。  間の悪いことにいつも不在がちな爽花のお姉さんが戻ってきていた。  これでは俺が泊り込むことはできない。  玄関先でそれを知った爽花は俺の背中を押して、早々に引き返した。 「でも、お姉さんに紹介くらいしてくれても良かったのに」 「いや、私の姉は勘がいいんだ」 「きっと、もう合宿してないのがバレるだろう。そうすると家を空ける口実がなくなる」 「口実がなくなったら、私ももうキミとはずっといられなくなるだろう」 「そっか……。それは避けたいな」  爽花の家に泊まれないのなら、合宿という『口実』は残しておきたい。  とはいえ、俺の家もこの夏じゅうずっと爽花を泊められない。 「はぁ……。家なき子になってしまったな」 「家が無理なら、ホテルかなぁ」  この辺にはいわゆるいかがわしいアレなホテルしかないけど。 「ホ、ホ、ホテル?!」  それを知っているのか、爽花が慌てだす。 「大丈夫、何もしないから!」  キラキラとした無垢な瞳で言った。 「……めちゃくちゃウソくさいな」  却って警戒されてしまった。  ちょっとショック。 「だ、だが、仮にホテルに泊まるとして、金が続かないだろう?」 「まあね」  そんな金があったらアンテナを業者に直してもらっている。 「でも、今日はそれしかない」 「爽花を守るために今日は譲ってほしい」 「うう……」 「キミとホテルに泊まるのか……」  顔面を瞬間沸騰させる爽花。  何だか少し可哀想になってきた。 「何なら、別々の部屋にしてもいいけど」  アレなホテルに一人で泊まる人っているのかわからないが。 「い、いや、待ってくれ!」 「キミが私のために頑張ってくれているのに、私が我がままを言うなんてダメだ」 「同じ部屋でいい。覚悟は決めた!」  きりっと口を引き結ぶ。  でも、少し肩がふるふると震えている。 「本当にいいの? 無理してない?」 「し、してないさ!」 「さあ、そうと決まればドコかで腹ごしらえをしよう」 「その後、一番安いホテルを探して泊まる」 「それで、どうだ? 拓郎」 「俺はいいけど……」 「では、駅前に出よう! 私に続け!」  不自然に肩をいからせて歩き出す三咲さん。 「……-本当に大丈夫かなぁ」  何だか保護者のような気持ちになりつつ、俺は爽花の後を追った。  爽花とファミレスで夕食を摂って、街を歩く。  ファミレスでおしゃべりしすぎたせいか、店を出るともうすっかり夜の帳は落ちていた。  そろそろ寝床を確保すべき時間である。  当初の予定通りホテル街へ二人で。 「……」 「……」  とたんに無口になる俺達。  緊張していた。  エロいことはしないと決めているのに、緊張していた。  ていうか、制服はマズかったな俺達。 「うおっ?!」 「ひゃっ?!」  突然の着信音に同時に飛び跳ねる。  ばくばく心臓が鳴る。  ていうか俺は半分パニクっていた。 「ていっ!」  俺は相手も確かめずにケータイを切る。  ようやく少し落ち着く。 「び、びっくりしたぞ、拓郎……」 「ご、ごめん」  この格好でいつまでもウロウロしているのはマズイ。 「い、行こう!」 「あ……」  俺は爽花の手を引いて歩き出した。 「た、拓郎……」  くいくいと汗ばむ手を引っ張られる。 「な、何?」 「もう、何度も同じところ歩いてる……」 「そ、そうだね」  わかってる。  そもそもそんなにたくさんのホテルはないのだ。  選択肢はせいぜい3つ。 「あ、あのお城みたいなのが……一番……安かった……ぞ?」 「確かに……安いんだけど……ね……」  たどたどしいしゃべりになっている。  お互いに。  ファミレスではあんなに楽しげに話したのに。 「あ、アレはやっぱり、よしとこう」  あの佇まいは初心者にはハードルが高い。  いかにもすぎる。 「な、なら、アレか……? あのオシャレっぽいの……?」  うつむきながら爽花が指差した先を見る。  確かに一見、デザイナーズマンション風のビル。  さっきよりは入りやすい。  でも。 「名前が『やっておしまい!』って……」  いったい何をやるのか。  いや、ナニをやるんだけど。  すごいネーミングセンスだ。 「そ、それじゃあ……」  爽花がピタリと足をとめる。 「もう、ここしかないぞ……?」 「……」  俺も合わせて足を止める。  ちょうどホテルの入り口だった。  シンプルなゲートのまん前に、ご休憩、ご宿泊の値段が記載されたカンバンがくっついていた。 「……」  つばを飲んだ。  女の子とこんなトコに入った経験はもちろんない。  そもそもあっちの経験そのものがほぼ皆無の俺だ。  爽花を今日ここで抱くつもりはない。  だって、そんなのズルいだろう?  俺はあくまで、爽花を守るために―― 「……た、拓郎」  ん?  きゅっと強く手を握られる。  微かに震えている。 「わ、私なら、いいから……」  そう言いつつ目尻に涙を浮かべてる。  恥ずかしいんだ。  可哀想に……。  そんなに無理をして。 「――ここも、よそう」  俺は爽花の手を強く握り返した。 「――え?」 「無理させてごめん。帰ろう」  俺は爽花の手を引いて、歩き出す。 「え? 帰る? だ、だが、拓郎……?」 「ほい、これ」  以前、修二が持ち込んだ毛布を引っ張り出して、爽花に渡した。 「あ、ああ。……なあ」 「ん?」 「まさか、学園に忍び込むなんて思わなかったぞ……」 「見つかったら停学ものだ」 「でも、俺達って結局ここが一番しっくりこない?」 「くるな」  爽花がくすくすと楽しそうに笑う。  かなり無茶をしたけど、やっぱりこれが正解だった。  爽花の笑顔を見て、そう思う。 「爽花、絶対用務員さんとかに見つからないように注意してくれ」 「ああ、停学は困るからな」 「そうそう、しょっと――」  爽花に返事を返しながら自分の寝袋を抱える。 「ん? どうしたんだ?」 「俺は今まで通り屋上で寝る。お休み」  しゅたっと片手を上げて、出口へと移動。 「え? そ、そんな、ちょっと待て、拓郎!」  爽花に後ろから襟首をつかまれる。 「ぐほっ!」  首がっ?! 「あ、す、すまない、大丈夫か?」  すぐにリリースされた。 「それがしに何か用ですか、三咲さん」  ノドを撫でながら訊く。 「屋上に行くのは……やめておけ、拓郎」  うつむきながら上目遣いで言われた。 「え? 何で?」 「外は寒いじゃないか、キミが風邪でも引いたら大変だ」 「夏だし平気だって」 「い、いや、それにしてもキミを追い出して私一人ここで寝るなんて」 「キミに申しわけがない。私はそんなことしたくない」 「いや、でもそれだと」  俺と爽花が二人きりで寝ることになってしまうわけで。  それは……。 「爽花、俺と二人きりでもいいの?」 「い、いい……」  うつむいたまま腕をつかまれる。 「だけど、ラブホせっかくやめたのに……」 「あ、あれはホテルに入るのが恥ずかしかっただけだ……」 「私は……そばに……」 「キミがいてくれた方が……ずっと……」  もじもじしつつ、きゅっと手を握られる。  ぐわっ。  何、この可愛い子。 「わ、わかりましたであります!」  緊張して下っ端兵士のように答える。 「床に毛布を敷くから……そこで……いっしょに……」 「り、了解であります!」 「お、おやすみ……」 「う、うん。おやすみ」  爽花と同じ毛布の上に寝転がる。  顔は見えない。背中合わせ。  女の子と並んで寝てるだけで、俺の心臓の鼓動がアホみたいに高鳴る。  ていうか、女の子の匂いがします!  髪の匂いというか、  体臭というか、  うわあああああああああっ! 眠れねー! 「あ、ん……」  そんな甘い声を聞かさないで!  爽花が抱きたい。  超抱きたい。  でも、エッチッチなことしないって約束したし! 「生殺しやで……爽花たん……」  こうして俺は悶々としながら、夏の夜を過ごしたのだった。 「兄さん、何無断外泊決めちゃってるんですか、この野郎!」 「ぐふっ?!」  次の日の朝。  水飲み場で顔を洗っていると、背後から妹様の蹴りをいただいた。 「あ痛たたたたっ!」  蛇口がモロ顔面に?! 「いや、無断じゃないって、ちゃんとメールしたじゃん」  涙目で妹に抗議する。 「友達と泊まる、からって」  ギリギリ嘘ではない。 「……そのお友達というのは、誰ですか?」  尖った目で見られる。 「え、えーと……」  言葉につまる。 「早く言ってください!」  ずいっとつめ寄られる。 「そ、」 「そ?」 「爽花たん☆」  可愛く言ってみた。 「食らいやがれです、この野郎!」  しかしナナギーには通用しなかった。 「あ痛たたたたたっ?!」 「神戸先輩のところだと思ったら違うし、電話はずっと繋がらないですし!」 「昨日は心配で、眠れなかったんですよ?!」 「すっかり元気のなくなった妹を、可哀想だと思いませんか? この野郎!」  と中段回し蹴りを連打する。  めちゃくちゃ元気だった。 「ごめん! 七凪ごめんなさい!」  速射砲のように繰り出される妹の蹴りから、転がるようにして逃げ、体勢を整える。 「昨夜は、三咲先輩とドコで何をしていたのですか?」  じりじりとすり足で間合いをつめてくる妹。 「えーっと、学園で二人で合宿? みたいな?」  兄はじりじりと後ずさる。 「――有罪です」 「いきなり、裁かれてる?!」 「兄さんはふしだらさんです! 彼女が出来たと思ったら、もう――」 「もう……!」 「もう○○○○しちゃうなんて!」 「ちょっ?! そんな下品なこと、学園で言っちゃダメ!」 「もうお○○○○しちゃうなんて!」 「おって、つけてもダメなの!」  誰か俺の残念な妹を何とかしてくれ。 「そ、それじゃあ……大人の階段をのぼっちゃうなんて!」  ようやくオブラートに包んでくれた。 「ここにいたのか、拓郎、それに七凪くんも」 「ん? 何だこの緊迫した空気は……?」 「逃げろ、爽花! 俺の次はお前がやられる!」 「俺が食い止めてるうちに早く!」 「――はあ?」  爽花は目を白黒させる。 「ダメです。三咲先輩も逃がしません!」 「こんなにも早く、階段をのぼっちゃう人はおしおきです!」 「のぼってないから!」  俺、超耐えたのに。 「ウソはやめてください、この野郎!」 「どうして階段をのぼっちゃいけないんだ……?」  そんなこんなで。  昨日俺と爽花が二人だけの合宿をしたことが、あっさりと七凪にバレた。  なので。 「タクと三咲さん、学園でお泊りかよ?!」  あっという間に部員全員の知るところとなる。 「これは、看過できませんよ、沢渡さん!」 「もう合宿は中止になった……」 「それなのに、勝手に続けたら鬼藤先生にも迷惑がかかる……」  流々、計、先輩が眉を八の字にして困り顔になる。 「何でそんな事したんだ? 拓郎」 「三咲と付き合うにしたって、別にそんなに焦ることはないだろう?」 「いや、焦ってるわけじゃないけど」  爽花を守るために仕方なかったんだ。 「――おい、タクわかってんのか?」  いつもは軽いノリの流々が、真面目な表情をする。 「オメーが何か問題起したら、放送部が学園祭出られなくなるかもしれないんだぞ?」 「ここまで私らがやってきたこと、オメーが全部つぶすかもしれないんだ」 「昨日限りでヤメにしろ。絶対にだ」  厳しい口調で、きっぱりと要求してきた。 「……」 「……」  計と南先輩は何も言わない。  だが、その沈黙が雄弁に語っていた。  流々のいう事が正しいと。 「ま、待ってくれ!」 「拓郎を責めないでくれ、拓郎は私のために……」  たまらず爽花が俺を擁護する。  だが。 「二人で合宿するのが、三咲さんのため? 何で?」 「そ、それは……」  そう。  当たり前の疑問に俺も爽花も答えられない。  ――どうする? 「兄さん」  朝からずっと口をへの字に曲げて、俺のそばにへばりついている妹がにらんでくる。 「今回の騒ぎの原因を作ったのは、兄さん達です」 「昨日、どうしてこんなことをしたのか、説明してください」 「……」  説明か。七凪の言うとおりだ。  もし何か問題を起せば、累は放送部全体に及ぶ。  皆にもきちんと話すのがスジだ。  ……でも、それは難しい。  何故なら、説明するには未来視について語らなくてはならない。 「タク、何かあったの? 話してよ」 「タクロー……?」  ここにいる皆は俺の仲間だ。  ウソはつきたくない。  だが、わかってもらうのは無理があるだろう。  やっぱりごまかすしかない。 「拓郎?」 「兄さん……!」  爽花のように自分も未来視ができるとか、そんな前提がなければ話すべきではない。  下手をすれば頭がおかしいと思われる。  気持ち悪がられる。  そして、最後には彼らは去っていく。施設に入る前そうだった。  だから、施設に入ってからは隠してきた。  師匠と爽花以外には。 「拓郎……」  爽花が不安そうな顔をして、俺を見る。  どうしよう? と目で問うていた。 「……」  考える。  考えながら、皆の顔を見渡した。  七凪。  計。  南先輩。  流々。  修二。 「……」  俺は腹を決めた。 「皆、ちょっと聞いて欲しいんだけど」  気を引き締めて、声を発する。  俺の雰囲気を察してか、皆、居住まいを正した。 「今までずっと黙ってたんだけど、」  ――何よりも大切な事は、爽花を守ること。  ――そのために。 「俺、」 「――俺、未来が視えるんだ」  皆を信じることにした。 「た、拓郎?」  俺の言葉を聞いて、真っ先に反応したのは爽花だった。 「に、兄さん? 何を言ってるんですか?!」  次に妹が慌てた声を出す。 「……」 「……」 「……」  そして、皆はぽかんとした顔をしていた。 「おい、待て! ちょっと待て、拓郎!」 「何だよ、修ちゃん」 「今はぶざけてる場合じゃねぇぞ? 俺達真面目に話してんだ!」 「わかってる」 「俺も大真面目だ」 「……マジかよ?」 「ああ」  親友の顔をまっすぐ見た。 「……わかったよ」 「続けろ」  腕を組んで、修二もまっすぐ俺を見た。 「完全にコントロールできるわけじゃない」 「でも、ある程度、俺は人の未来を感知できて……それで、例えば……」  ちらっと爽花を見た。  爽花はこくん、と頷いた。 「実は爽花も未来視が出来るんだ」 「ええっ?!」 「前に爽花と流々の歓迎会やったろ。あの時、急に爽花が会場を変えたの覚えてるか?」 「はい。急にお電話をいただいて……」 「七凪達をバスの事故から守るために、爽花がわざとやったんだ」 「マジすか?!」 「あの日、本来乗るはずだったバスは事故を起している」 「調べればわかる」 「おいおい……」 「あ、頭が混乱してきた……」  皆がざわめきはじめる。  半信半疑。  いや半分も信じてはもらえてないだろう。  当然だ。  でも。 「拓郎の言う通りだ」  俺を援護するように爽花も口を開く。 「私は、未来視が出来る。自分以外の者のな」 「……自分以外の……?」 「……つまり、自分の未来は視えない……?」 「はい」 「この春から、私は夏までの未来しか視えなくなった」 「どんなに視ようとしても、ずっと暗闇しか視えなくて……」 「だから、私はこの夏に死んでしまうことを覚悟していた」 「未来が途絶えてしまうことを受け入れていたんだ……」 「キミ達と学園祭の準備をして、楽しい思い出を作って……」 「……それで終わりにしようと、思っていた」 「えー?!」 「そ、そんな……」 「死んではダメ……」 「まだ会ったばっかじゃねえか?!」 「秋も冬も楽しいことはあるんだぞ?! 諦めんなよ!」  皆が口々に爽花を励ます。  え?  今度は俺が呆気にとられていた。  皆が爽花を心配している……?  それは、つまり。  こいつら……信じて……。 「ああ。今は死ねと言われても死ぬ気などない……」 「拓郎が言ってくれたからな……」 「私の代わりに私の未来を視ると……!」 「私を救ってくれると……!」 「拓郎は、私のためにずっといてくれてる。合宿はそのための口実なんだ」 「全部、全部、私のためなんだ……!」  爽花がそう言った瞬間。  皆は俺を見ていた。 「……兄さん」 「……タク」 「……タクロー」 「……タクボン」 「……拓郎」  視線が俺に集中する。  その時、俺は思い出していた。  遠い過去、施設に入る前、仲間達につまはじきにされた瞬間を。  うそつきとののらしられ、  気持ち悪いと、蔑まれた日々の始まり。  が。 「拓郎、てめぇってヤツはよ……!」 『何でもっと早く言わねぇんだっ?!』『何でもっと早く言わないの?!』 「何でもっと早く言ってくれないんですか?!」  消えた。  ツラかった過去が、跡形もなく。  一瞬何が起こったかわからなかった。  それくらいあっけなかった。  俺の負の感情は、友人達の声にけし飛ばされた。  馬鹿みたいにあっけなく。 「え? え?」  きょろきょろと皆を見渡してしまう。 「まったく、てめぇは……」 「どうしてそんなに水臭いんだよっ……!」  修二は立ち上がると、すぐに俺の胸倉をつかむ。 「いや、だけど」 「お前、信じるのか? 俺と爽花は未来が視えるって言ったんだぞ?」 「引かないのかよ?」 「っざけんな、このっ!」  思い切り殴られた。  口の中に血の味が広がる。 「情けねえよ! 俺は!」  さらに何発も食らう。  でも、抵抗する気にはなれなかった。  だって、修二は。  俺を何度も殴りながら、泣いていたから。 「俺達を信じてねぇのは、お前の方じゃねぇかっ!」 「ここにはな、お前達を心配するヤツしかいねぇんだよ!」 「てめぇが本気で話すなら、誰も引いたりなんかしねぇよ! そうだろう?」  修二の言葉に部員皆が首肯した。  誰一人、茶化したりする者はいない。 「それがダチっもんだろうがっ!」 「お前に何ができようが、できまいが……」 「……そんなの、関係ねぇじゃねぇかっ……?!」 「もっと頼れよ、馬鹿野郎……」 「修二」  俺も泣いた。  嬉しくて。  ただ友達の言葉が嬉しくて、泣いた。 「……悪い」 「俺が、悪かった……」 「すまん」 「ち、この馬鹿が……」  俺を放して、顔をそむける。  急に恥ずかしくなったのだろう。 「でも、お前、いてぇよ……」  俺は唇についた血をぬぐいながら、笑う。 「てめぇが馬鹿だからだ」  修二も涙をぬぐって笑う。 「はいはーい、では男の友情劇場が終わったところで」  計がパンパンと手を叩く。 「友情劇場言うなっ!」 「対策を考えましょう」 「皆で」 「わかりました」 「しゃーねーなー」 「おら、拓郎と三咲も座れ」 「あ、ああ! 拓郎!」 「ああ」  皆が再び席につく。  俺と爽花もその輪に加わる。  俺達が学食で話し合いをしている間、ずっとセミは鳴いていた。  今日も暑い日になりそうだ。  昨日ともその前とも何も変わらない、そんな夏の日。  だけど、俺はこの日を決して忘れないだろう。 「えーと、爽花さん」 「何だ? 拓郎」  夜になった。  爽花との新しい生活が始まって、二度目の夜。 「今日はとっても星がキレイなんですよ、爽花さん」 「ほう、そうなのか」 「それにまだまだ気温は高いですし、寝袋で寝ても風邪は引かないと思うんですよ、爽花さん」 「なるほどなるほど」 「だから、今日は俺、屋上で寝る――」 「ダメだ」  笑顔でさくっと却下された。  えー。  またいっしょに寝るつもりなのか?  ていうか、それだと寝れないんだけど俺。 「何も遠慮することはないぞ」 「皆も私達がしばらくこの二人合宿をするのを、認めてくれたじゃないか」 「それはそうなんだけど……」  皆と話し合った結果、爽花が未来を取り戻すまではこの体制を維持することになった。  食料の持込や、学園側に見つからないようにするステルス対策で協力を得る予定だ。  でも、皆は俺達が同じ部屋で寝てるとは思ってないだろう。  ていうか、バレたらヤバイ。 「三咲さんと寝所を共にするとはどういうことですか、沢渡さん!」 「兄さん、死にたいんですかそうですか」 「タクローのエッチ……」 「もう殺るしかねぇなぁ……このエロエロ大魔王……」 「ところで、何で場所が海なのですか、田中さん」 「殺った後、ここに埋めるため!」 「なるほど、わかりやすいです」 「……私達が水着なのは……?」 「それはサービスじゃね?」 「なるほど、わかりやすいです」 「お客様はゴッドです!」 「いやあああああっ!」  自分の想像に恐怖する俺。  頭を抱えて部室の隅でぶるぶる震える。 「なっ?! どうした拓郎?」  爽花が駆け寄ってくる。 「埋められるのは嫌――っ!」 「誰もキミを埋めたりしない!」 「俺も水着着るから許して!」 「だ、誰に許しをこうているんだ……?」 「お客様はゴッドです!」 「意味がわからないぞ?!」  何度も肩を揺すられる。 「――はっ?! 俺はいったい何を……」  正気に戻る。 「まったく、びっくりさせないでくれ……」 「あまり大きな音を立てると、見つかってしまうぞ」 「ご、ごめん。もう大丈夫だ」  ふうと息をついて落ち着く。 「そうか、なら良かった」 「じゃあ、俺は屋上に行くから。お嬢さんグンナイ!」  爽やか紳士を演出しつつ、寝袋を抱えて外へ―― 「待て」  出る前に肩をつかまれる。 「沢渡拓郎、確保」 「犯人扱いかい」 「どうして、そんなに嫌がる?」 「私はキミの彼女じゃないか」 「いや、そう言ってもですね」  むしろ彼女だから余計落ち着かないんだけど。 「あんまり避けないでくれ。傷付いちゃうぞ」 「避けてないよ! ただ俺にも都合というかですね」  男の生理を理解してくださいよ、三咲さん。 「拓郎」 「へ? うわっ?!」  突然抱きつかれる。  爽花の柔らかな感触が、全身に伝わってくる。  女の子の匂いに頭がくらっとする。 「拓郎……」 「キミといっしょに、いたい……」 「ダメか……?」  耳元で切なげにささやかれた。  ぐおっ。  何甘えてるんですか、三咲さん。  俺だって馬鹿ではありませんよ?  そんなわかりやすい誘惑に引っかかるわけないのです! 「ダメじゃないっす!」  前言撤回。  俺は馬鹿だった。 「……」 「……拓郎? 寝た?」  背中の向こうにいる彼に、すごく小さな声で訪ねてみた。 「……」  返事はない。  規則的な寝息が聞こえるだけ。 「……ん」  私は寝返りを打つフリをする。  そして、わざと拓郎の身体に触れてみる。  ぴとっ 「あ……」  拓郎の背中に手のひらをくっつける。  温かい。  そして、たくましい。 「拓郎……」  思わず顔を寄せて、頬ずりをした。 「拓郎、拓郎……」  好きな人の名前を呼びながら、眠ってる彼に甘えた。  とくんとくん  心臓が高鳴った。  すごく音が大きい。  もしかしたら、拓郎に聞こえて起してしまうかもと心配になるくらい。 「……起しちゃダメ」  名残惜しいけど離れる。  とっっっても名残惜しいけど。 「あ、ん……」  あ。  ダメだ。彼に触れただけで。 「私、濡れて……」  そうわかった瞬間、かぁと顔が火照る。  馬鹿。  馬鹿馬鹿馬鹿。 「こんな時に、私っ……もう、馬鹿……」  恥じ入る。  でも、  でも、もう。 「あ……」  私は気持ちの高ぶりを押さえることはできなかった。 「あっ、あ……」  自分の身体に、自らの手で触れる。  彼の手だと思って。 「あんっ、あっ、んっ……」  ダメ。  声を出しちゃダメ……!  拓郎が起きちゃう。 「んっ、あっ、んっ、んん……」  でも気持ちとは裏腹に“彼の手”は私を強く求めてくる。 「んっ、いやっ、ダメ……」 「んっ、あっ、はぁ、んっ、いや、いやいや……」 「拓郎が、起きて……んっ、はぁっ!」 「エ、エッチな子だって……思われ……」  もうやめなきゃ。  見つかる前に。  拓郎に絶対嫌われたくないもん……。  でも、指は止まらない。  彼が優しく、触れてくれるのを止められない。 「ああ、拓郎……」  少しだけ身体を彼の背中にくっつけた。  感じる。彼の体温を。 「胸が切ない……」  上着をたくし上げた。 「んっ、くっ、うっ、ふうんっ……」  必死に声をかみ殺しながら、お尻を彼に擦り付けた。 「ん……」 「――はうっ?!」  気付かれちゃった?!  さっと血の気が引く。  私は慌てて腰を引いた。 「ん、んん……」  でも拓郎は寝返りを少し打っただけだった。  また、静かな寝息とともに夢の中へと戻っていく。  ホッ。 「よ、よかった……」  心臓が止まるかと思った。  やっぱり、やめないとダメ。 「こんなのダメだ……眠ってる彼氏のそばで――なんて」  直接的な言葉を言うのは止めた。  言ったらだって、もう完全に変態みたいだし。  ――いや、もう変態じゃない? 「……うっ」  私の内なる声にツッコまれた。 「ううっ……」  じんわりと涙がにじむ。 「だって……」 「だって、だって……!」 「拓郎が悪いんじゃないか……!」 「抱いてくれないから……!」 「好きなのに……抱いて欲しいのに……!」 「んっ、馬鹿、拓郎の馬鹿……嫌い……」 「ウソ……好き……」 「大好きだ……」  くちゅ 「ああああっ……!」  気がついたら“彼の手”は私の胸を直接愛撫していた。 「んっ、あっ、はぁ、はぁっ、んっ……」 「好き、拓郎、好きいっ……」 「大好き、好き、好き、好き……」  彼の事を想いながら、  彼の温もりを感じながら、  私は、自らを慰める。 「抱いて、ぎゅっとして……」  本当は彼に抱いてもらいたくて、部屋に引きとめた。  昨日も、今日も。  そうすれば、抱いてくれって思って。  期待してた。  なのに。 「いくじなし……。馬鹿、拓郎の馬鹿ぁ……!」  くちゅくちゅ、と指を私の秘部にそっと這わした。 「はあっ!」  乳首をきゅっとつねる。 「はああっ! あああっ!」  アソコがぴくぴくと痙攣しているのがわかった。  私は自分でするのにも、まだ慣れてない。  ほとんどしたことなかったから。  拓郎と会ってから、覚えた。  彼を想うと、彼が欲しくてたまらなくなったから。  自分で慰めるしかなくて……。 「好き、拓郎、好きだ、んっ、ちゅっ……」  自分の指先を舐める。  彼に唇と思って。 「キスして、拓郎……もっと、んっ、ちゅっ、んっ……」 「あんっ、んっ、んっ、んん……」 「んっ、はぁ、んっ、ちゅっ、んっん……」  何度も何度もキスをする。  私、拓郎とキスをしている。  大好きな彼と。 「好きだ、好きだ、拓郎……」 「抱いてくれ、私を……」  私の奥からとろとろとした液があふれてくる。  下着がもうびっしょり濡れている。  恥ずかしい。  すぐそばに拓郎がいるのに。  もしバレたら。死んじゃう。  恥ずかしくて、死んじゃう。  でも、指は止まらない。  彼を求めてる。  背中に感じる彼の体温と、彼の匂いに私は夢中になって、指を―― 「あっ、あああっ!」  つぷ、と私のクレパスに沈ませる。 「あっ! ああああっ!」 「好きだ、拓郎、大好き……!」 「お願いだ、抱いてくれ……私を……」 「ずっと待っているんだぞ……?」 「キミに抱かれたい……」 「キミを抱きしめたい……!」  またお尻を彼の腰に押し付ける。  擦り付けるようにして。 「あっ、あああ……」  本物の彼の温もりが、私のお尻に伝わってくる。 「あっ、はっ、ああ……」 「拓郎、拓郎……!」  どんどん溢れてきてしまう。  エッチな液が、私から。  もう、太ももまでつたってきた。 「……どうしてくれるんだ……」 「キミのせいだぞ……」 「キミをこんなに好きになったから……」 「なのに抱いてくれないから……!」  どくんどくん、と心臓が鳴る。  もうたまらない。  もし、許されるのなら今すぐ彼に抱きつきたい。  そして、抱いてとおねだりしたい。  だけど、それは怖い。 「こんなにエッチな子だって、拓郎が知ったら……」  嫌われてしまうかもしれない。  そんなのは嫌だ。  絶対に嫌。 「……キミ」  聞こえないと知ってて呼びかける。 「キミは……知らないんだろうけど……」 「初めて会った日、キミのこと、いいなって言ったろ?」 「すぐにお互い笑って冗談にしてしまったけど……」 「本当は、かなり本気で言ったんだ……」 「でも、キミはモテるし……」 「私は未来がもう視えてなかったから……諦めてたんだ……」 「だから、キミが私を守ると言ってくれた時」 「嬉しかったよ……」 「今までで一番……どんなことよりも嬉しかった……」  背中に彼の温もりを感じる。  抱きしめようと思えば、できる距離に彼はいる。  でも、できない。  切なくて、泣きそうになってしまう。 「大好きなんだ……キミが……」 「好きだ、命をかけて……」 「最初で最後の恋だ、きっと……」 「だって、私はもうキミしか見えないんだから……」 「ん……!」  止まれない。  もうこの恋は止まれない。 「拓郎、好き、好き、好きっっ!」  強く胸を愛撫しながら、クリトリスを指の腹で擦る。  激しい。  今の気持ちの高ぶりのように。 「あっ、んっ、あっ、あっ!」 「拓郎、拓郎……」 「好きだ、んっ、あっ、んっ、ちゅっ、んんんっ!」 「はぁっ、あっ、んっ、あっ、やっ、ん、んん……!」  ああ、もうすぐ来る。  身体の奥から、放たれる……!  キミが好きという気持ちが、胸にうずまいて。  苦しい。  甘くて、苦しいもやもやした感情のようなモノ。  恋をしてる。  私は、こんなにもキミに恋してる―― 「拓郎、拓郎……!」 「あっ、やっ、はっ、あっ、ああああっ!」  好きだ。 「あっ、はぁっ、あっ、あっ、んっ、あ――」  キミが。 「あああああああああああああああっ!」  私の命をかけて―― 「はぁ、はぁ、はぁ……」  静かな部室に私の荒い息だけが妙に響く。 「……イってしまった……」 「……拓郎がそばに寝てるのに……」  熱くなっていた頭が一気に冷める。  速攻で衣服を整えて、起き上がる。 「ううっ……」  恥じ入る。  超恥じ入る。 「私は何てことを……」  大切な人を私のイヤらしい妄想に出してしまった!  いやそれどころか、拓郎の身体を触って……。 「――猛省しよう」  冷たい水で顔でも洗って、心の中で百回拓郎に謝ろう。  それと汚れた下着を代えないと。 「……」  私は闇夜にまぎれてこっそりと自分のカバンをあさる。  パンツを探すために。  泣きそうなくらい情けない。 「あ、これか」  ようやく見つけた下着を手に立ち上がる。 「……行こう」  忍び足で移動する。 「……」 「……すまん」 「目が覚めてた、すまん……すまん……」  俺は心の中で百回、爽花に謝るのだった。  次の日。  何故か電波の入りが悪くなったので、爽花と屋上へアンテナを見に行くことになった。 「ん? あれは?」 「小豆ちゃん?」  アンテナのそばに立てかけられたハシゴを、我が部の顧問様がのぼっていた。  普段とは違ってラフな格好。 「小豆ちゃーん、何してるんすかーっ?」  呼んでみる。 「おお~。沢渡くん!」 「やっほー!」  手を振る。  のぼってる途中なのに、ぶんぶんめっちゃ振る。  危なっ! 「せ、先生! 危ないですから!」 「小豆ちゃん降りてきて!」 「え~? 平気だって~。ほらほら、いなばうあ~!」  わざと片手を外して、ポーズを取る。  怖っ! 怖っ! 「あああああっ! ふううううっ! ほわああああっ!」  爽花の声は動揺しすぎて言葉になっていなかった。 「小豆ちゃん、いい子だから降りてきて!」 「平気だって~。ドント、ウォーリー!」 「ほーい、シャチホコでござーい!」  鳶職人真っ青の演技を披露する。 「ひいぃぃぃぃぃっ?!」  そして爽花も真っ青になる。  早く止めないと、爽花の方がもたない。 「OK! わかった小豆ちゃん、キミの言いたい事はよくわかった!」 「要求を聞こうじゃないか!」  誘拐犯を説得する刑事のような気持ちになる。 「要求なんかないよ! 協力してあげてるのに、失礼だな、しゃわたりくんはっ!」 「へ? 協力って……何すか?」  ハシゴの上でシャチホコる(まだやってる)小豆ちゃんに問う。 「アンテナの調子悪いんでしょー? さっき南ちゃんから聞いたよ」 「私がチェックしてあげるから、沢渡くん達は台本を作ってて!」  ――え? 「あ、これからも仕事の休みの日は手伝えるよ!」 「合宿は続けられなくなったけど、これくらいなら協力できるから! 頑張れ! マイ教え子達!」  ニコニコと笑う。  夏の太陽を浴びて、汗だくになりながらも元気で爽やかだった。  どこまでも明るく、まっすぐ。  まるで大輪の向日葵のように。 「……鬼藤先生」 「……小豆ちゃん」  爽花と二人しばらく黙って、俺達の師を見上げる。 「先生……」 「先生……!」 「何ーっ?」 「あ、ありがとうございます!」  頭を下げる。 「ありがとうございます!」  俺も爽花の隣で、同じようようにする。 「え? い、いやだな~。そんなあらたまって言われると――」 「――悶える♪」 「照れるんじゃないんですか?!」 「小豆ちゃん、色々台無しだよ!」  小豆ちゃんはやはり小豆ちゃんであった。 「う~、でも、よくわかんないなぁー」 「ちゃんとケーブルはつながってるように見えるのに~」  頭上で我が師が悩み始める。 「先生、代わりますよ」  小豆ちゃんよりはまだ俺の方が詳しいだろう。  少しは勉強したし。 「えー? でも、協力したいんだよ!」 「小豆ちゃんは、下で台本作りの方を」 「そ、そうだな! 先生、是非そっちでご尽力を!」  爽花もすぐに賛成する。  やっぱり小豆ちゃんが力仕事をやるのは心配らしい。 「そう? じゃあそうするよ――はっ!」  小豆ちゃんは掛け声とともに、後方に軽やかに跳ぶ。  いや飛んでいた。 「ちょっ?!」 「ひいいいいっ?!」  爽花と二人でその場に硬直する。 「月面宙返り!」  くるくるくるくる(超回転)  しゅたっ! (地面に着地) 「10.0! ね、すごいでしょ♪」  両手を広げて、ウインクしてくる。 「危ねええええええええっ!」  俺は地面に両手をついて叫んだ。 「な、何て、心臓に悪いんだ……」  爽花はげっそりとした顔をしていた。 「いやいや、私、元体操の選手だったし」 「あれくらい、朝ごはん前だから♪」 「それでも、あーいうことしちゃダメ! もう絶対ダメっっっ! やらないって約束してっ!」  無謀な人の肩をつかんで、何度も揺する。 「わわわわわっ! わかったよ!」 「爽花、早くこの子を部室に連れてってくれ」  危険だから。  小豆ちゃんを爽花の方に押しやる。 「了解だ!」  爽花はひしっと小豆ちゃんを背中から抱きしめる。 「え? 何でそんなに強く……?」 「さあ、参りましょう♪」  そのままずるずると引きずるように小豆ちゃんを連れて行く爽花。 「ちょっと、ちょっと! そんなに引っ張らなくても! ていうかこれ拉致じゃね?!」 「いいから行きましょう、先生♪」  笑顔で語りかける。 「あんまり良くない!」 「良くなくても行きましょう、先生♪」  寸分違わぬ笑顔で言った。 「のおおおおおっ! 何か怖い――っ! しゃわたりくううううんっ!」  爽花に連行されながらも、俺に両手をのばす。 「台本よろしくお願いしまーす」  手を振る。  あ。  ひとつ言い忘れた。 「小豆ちゃん、Tシャツ変ですーっ!」 「うっさいわあああっ!」 「うーん……」 「タク、マズイぜ、これは……」  流々はトランスミッターをイジる手を止めて、俺を見る。  渋面だった。 「え? 小豆ちゃんのTシャツか?」 「でも、個人のセンスなんだから、しょうがないじゃん」 「ああ、あんまり小豆ちゃん責めんなよ。可哀想だろ?」 「そうだよ! ねこにゃんなめんな!」 「私は割と好きかも……」 「私も好きですよ」 「なっ?! そうなのか?!」  放送部、ねこにゃんTシャツの話題でもちきり。 「アホかあああっ! ちげーよ!」  流々がバンバン機器を叩く。  壊れないかちょっと心配である。 「Tシャツの柄なんかどうでもいいんだよ!」 「アンテナから電波が飛ばなくなったんだよ! このままじゃ放送できねーぞ!」 「な、なんだってーっ?!」  流々の言葉に全員が同時に反応する。 「うわっ?! 急に叫ぶなよっ」 「ちょっと調子が悪いだけじゃないのか?!」 「昨日まではそうだったんで、私も楽観してたんだけど。ほら」  流々は高感度ラジオを渡してくる。  イヤホンを装着して、周波数を俺達の放送に合わす。 「三咲さん、しゃべって」 「あ、ああ」 「ほ、本日は晴天なり……!」 「……」  耳を澄ます。  でも、ノイズしか聴こえなかった。 「どうですか? 兄さん」 「聴こえなかった」 「そ、そんな……!」  爽花が表情を曇らせる。 「まだ時間はある。俺が調べてみるから心配するな」 「元気出せって、三咲」 「あ、ああ」  俺と修二の言葉を聞いて、爽花は頷く。 「でも、突然どうしたんだろう?」 「この間はちゃんとできたのに」 「トランスミッターは田中さんが何度もチェックしてくれたから……」 「アンテナかその間のケーブルのどちらかだと思う」  ふうと息を吐く先輩。 「やっぱりアンテナじゃないですか?」 「一番外部から影響を受けるし、壊れやすいはずです」 「うん、俺もそう思う」  そう考えるのが自然だよな。 「でも、さっき沢渡くん見て何ともなかったんでしょ?」 「ええ、そうなんですけど……何か見落としあるってことでしょうね」 「じゃあ、次は俺が見てやるよ」 「違う人間が見たら、気付くことがあるかもしれねぇしな」 「悪い。頼むわ」  修二に手を合わせる。 「任せろ!」  修ちゃんガッツポーズ。 「神戸、もし何かわかったら、私に教えてくれよ」 「おう!」 「わかるまで、下りてくんなよ?」 「おう! ――って、何いっ?!」 「田中サン、マジキビシイッスネ!」  ――男子二人は流々に怯えるのだった。 「拓郎、夕食にしよう」 「う、うん」  二人で向かい合って部室のイスに座ってコンビニ弁当を食べる。 「……」 「……」  お互いに無口になる。  つい30分程前には、あれほど賑やかだったのに。  何か、二人っきりになると急に意識してしまう。 「……」  ちらっと爽花を見る。  箸の使い方がキレイで上品だった。  小さな口を開けて、もくもく租借する様子が可愛らしい。 「? どうした?」  あ。  見てるの気付かれた。 「い、いえっ!」 「何でもないよ~」  おどけてごまかす。  お前に見惚れてたんだなんて、恥ずかしくて言えない。 「た、食べてるところをじっと見ないでくれ……」 「恥ずかしいじゃないか……!」  上目遣いのジト目を向けられる。 「ごめんごめん」  箸を止めて、爽花を拝む。 「あ、いや、そんなには怒ってない」 「それより、申しわけない」 「ん? 何が?」  夕食を再開しつつ訊く。 「本当ならこんな出来合いのモノではなくて、キミにちゃんとした夕食を作ってあげたいんだが」 「さすがに家庭科室を使うと、先生方にバレてしまうからな……すまない」 「それ、全然爽花のせいじゃないだろう」  その気持ちだけで充分だ。 「しかし……」 「隠密行動なんだから仕方ないって、ごちそう様」  コンビニフーズを速攻胃につめこんで夕食を終えた。 「そうだ。たしかコンロがあったな」 「明日はアレを使ってみないか? 少しはキミに喜んでもらえそうだ」  ぱぁっと爽花たんの笑顔が咲く。  そんなに嬉しそうな顔をして、まったくこの子は。  惚れてしまうではないか、もう惚れてるけど。(自主ツッコミ) 「うん、じゃあ、明日はそうしてみようか」 「ああ! 楽しみにしていてくれ」  にこにこ顔。  いい子だな、爽花って。  抱きしめたくなる。いや、いつだって抱きしめたい。  その時ふいに、 「好きだ、拓郎、大好き……!」 「お願いだ、抱いてくれ……私を……」 「ずっと待っているんだぞ……?」  昨日の光景が頭に再生される。 「…………」  うわっ?!  心臓が急速に血を全身に送り出した?!  身体が、熱くなってくる。 「?! ど、どうした? 拓郎」 「――へ? 何がですか? 三咲さん」 「顔が真っ赤だぞ? それも急にだ。大丈夫か?」  爽花は心配顔で俺のそばに。  で、いきなり。 「――!?」  俺の額に自分の額をくっつけてきた。 「……おい、結構熱いぞ?」 「そ、それは……」  目の前のお前のせいなんだけど。 「熱があるのかもしれないな……苦しくないか?」 「苦しくはないけど……」  切ない。  切なくて、目の前の爽花に触れたくて、たまらない。 「――爽花」 「――え? あ……」  そっと手をのばして、微かに彼女の髪に触れた。 「拓郎……」  じっと見つめられる。  瞳は微かに潤んでいた。 「……」  ごくん、と唾を飲む。  どうする?  何を言えばいい?  いや何も言わない方がいいのか?  混乱してきた。  怖い。  爽花の気持ちはわかってる。  でも、万が一にも彼女を傷つけたりしたら、俺はもう生きてはいけない。  それくらい―― 「好きだよ」  自然に口から言葉がこぼれた。 「……ああ」 「知ってる」 「あ」  俺の首に両腕を回しながら、微笑する。 「でも、嬉しいな……」 「キミに好きって言ってもらえると……何だか心の底から温かくなるんだ……」  俺は爽花の背中に腕を回す。 「なら、何度も言うよ」 「俺はキミが好きだ」 「好きすぎて、死にそうなくらい好きだ」 「ふふ、死んでもらっては困るぞ、拓郎……」  爽花は身体を押し付けながら、俺の耳元にささやく。 「私はまだ、キミに抱いてもらってない……」 「……いいの?」  そう言いつつも、もう俺は爽花を放すことはできない。 「ああ……」 「キミじゃなきゃ、嫌なんだ……」 「……胸、なんだ」 「えっ!?」 「いや、その……そこに手が落ち着いたから、つい」 「びっくりした。嫌なのかって思った」 「そ、それは……」  口ごもった爽花の項がうっすら赤くなっていく。 「ごめん。急すぎた」  手をはなそうとしたら、ぎゅっと脇を締められた。  ……締められてしまった。 「爽花?」 「さわって、ほしいと……思ってる」 「と、特別、胸ばかりをというのではなくっ」 「私はキミにこの身体を委ねたいと思っているのだから、そういう関係にある者として、さわってほしいと感じるのは至極当然な心の動きで……」 「つまり、なんだ……」 「私が……私がそういうことを考えるのは変か?」  まさかこんな爽花を見る日が来ようとは。 「変じゃない」 「爽花の口からそういうことを聞けてちょっと驚いただけ」 「むしろここまでめくっておいて、おなかだけ撫でておしまいなどということになったら、私は悩むぞ? 泣くかもしれない」 「おなかはおなかでとても魅力的だと思う」 「お、おなか好きなのか……?」 「爽花はスタイルがいいから、どこをとっても魅力的だし」 「どど、どこをとってもって……」  急に身体のあちこちがモジモジしだした。  爽花はもしかしたら、とてもそっち方面の想像力が豊かな子なのかもしれない。 「爽花、大丈夫。爽花は素敵だから、落ち着いて」 「落ち着いてとはなんだ。それでは私だけがテンパっているみたいじゃないか」 「いや、俺もすごく興奮してるよ」 「だけど、最初なんだし、ゆっくり、手探りでいいと思う」 「ゆっくり……ま、まさぐり、か……」 「違う、手探り」 「あ、うん……まさぐり……」  直ってない。  まぁいいか。俺の手が微妙に動いているのがいけないのかも。 「っ……んっ」 「爽花は普段行動的だから、こういうことにテンパるのは意外かも」 「……拓郎はえっちなことに自信満々なのか? 興奮してると言いつつ、さっきから随分余裕あるようだ」 「自信なんかないよ。でも、爽花をほしいって気持ちはさっきからどんどん高まってる」 「……そうやってまた私をドキドキさせることを言う」  少し拗ねたような声だったが、緊張は和らいだみたいだ。 「今のはかっこつけすぎたかな。白状すると、俺は爽花の身体に触れたかった」 「……ほんとに?」 「ああ。意識しはじめてからはやっぱり気になるわけで。今こうしているのが、ちょっと信じられないくらいだ」  ゆっくり揉みこむ。  ブラの上からだから、少しもどかしい感じだけど、量感ははっきり伝わってきた。 「あっ、ん、だったら、嬉しい……」 「えっちな目で見られていたのに?」 「キミだから、だ……」 「うん、ありがとう」  俺の手で形を変える胸の谷間を爽花の肩越しから見ていると、そこに顔をうずめたい衝動に駆られる。 「た、拓郎は大きさが大事か?」 「それだけが大事っていうわけじゃないけど」 「彼女に――それも誰にでも触らせるわけじゃない胸に触れてるというのは、すごく大きな出来事なのかも」 「じゃあ、もっと大きい方がとか、小さい方が、という願望はないんだ?」 「うん、今は爽花に夢中」 「ふふ……あ、んっ!」  しゃべりながらも、胸の愛撫は忘れてはいない。 「あっ、んっ、あ、だんだんキミの手の動き……」  ぶるっと一瞬、爽花の肩が震えた。 「可愛いな、爽花の胸……」 「っ……! た、たくろ……指……動き方、やらし……っ……んぅっ」 「ごめん、でも今はそういうことしてるし」 「そ、それはそうだが……あっ、んっ!」 「爽花の感じてる声が、可愛すぎてヤバイな……」  胸の感触とあいまって、俺の興奮度が増してくる。 「……そ、そんなこと、い、言うな……」 「でも、本当だから」  揉みあげてブラを少し浮かせると、隙間から色づいた乳首が見えた。 「……あ、こら」 「ごめん、でもしょうがないよね?」 「そうだが、いきなり改まられると妙な気分になるな……あ、んっ!」  少し開き直って乳首を指でイジった。 「あっ、やっ、こ、こら、エッチ……」 「またそんな声を出して」 「こ、これこそ、しょうがない、んだ……」  そうだよな。 「えっと、ブラ、とってもいいかなって思ったんだけど」 「……」 「……いい。キミの……本能そのままの行動が見たい」  それは俺に野獣になれということなのか。  そこまでいったらいろいろ終わる気がする。 「それなら……」  俺はブラを下からすくいあげて、脱がすのではなく上にずらした。 「…………」  肩越しに見る爽花のおっぱいは、すごくいい形をしているように思えた。  実に揉みたくなるというか。 「……な、なにか変か?」 「どうして?」 「だって黙ってしまったから」 「ごめん、見とれてた」 「み、見とれるほどのものか……」 「触るね」 「あっ……!」  すくいあげるように揉むと、爽花は小さな声をあげた。 「本当はすごく揉みたくなるおっぱいだなって思った」 「エッチだなキミは……」 「まぁ……爽花のだから」  ゆっくり、ゆっくり味わうように丸みを撫でていく。 「っ……は、ぁっ……それ、気持ちいい……」 「爽花の身体が反応してるのも伝わってくる」 「……ぁ……っ……たく……っ」  直接乳首に触れそうなところで少し躊躇したら、それが伝わったみたいだ。  爽花が身体を動かして俺の指に乳首の先端をあててきた。 「はっ、あっ! ……っっっ!」  全身がビクビクッと跳ねた。 「……あのっ、今のは……」 「感じすぎた?」 「いやらしいヤツだと、思わないでほしい……」 「大丈夫。むしろ求めてくれてすごく興奮してる」 「うう……」  言葉通りイヤイヤをするように、爽花が身をくねらせた。 「俺には本能そのまま見せろと言っておいて、自分は恥ずかしがるのはずるい」 「だって……はっん!」  さわさわと勃起しかけの乳首を手のひらで転がす。 「エッチな爽花を見れるのは嬉しい」 「そんなこと言われたらもうどうすればいい……ぁっ、あっ……ふあぁっ」  乳首をきゅっとつまんで、指の間でくにくにと揉んだ。 「拓郎……たく……んぅっ! それ、だめっ……ふぁっ!」 「痛い? そんなに力入れてないけど」 「ちが……ぁっ、あんっ……か、かた……硬く、なっちゃう……からぁ……」 「大歓迎です」  完全に勃起した爽花の乳首も見ておきたい。 「んくっ! ……なんか、指……んぅっ……拓郎の指がっ……ふ、あっ、あっ、乳首……きゅっ、きゅっって……しごいて……ふああぁぁっ!」  結構、乳首が敏感みたいだ。  ほかの人と比べられないからわからないけど、こんなに反応するなんてめずらしいんじゃないだろうか。 「爽花の弱点?」 「はぁはぁっ……弱点で、いいから……そんなにしちゃ……っ……だめ……」 「爽花、このままいきそう?」 「わ、わからない……」 「その……できたら、最初はいっしょにって思うから」 「次は下の方を……いい?」 「……」 「……エッチなヤツめ」  軽くにらまれた。 「すみません、お嬢さん」  ぞくぞくした。Mだから。 「でも、わかった……」 「こ、こうか……?」 「もう少し、腰を前に出す感じ」  ズッ……とお尻がこちらへ迫りだし、つられて脚が開いた。 「拓郎、はじめてなのに大胆すぎないか……?」  そう、なのかな。  俺の言葉に応えてくれる爽花の方が大胆な気もする。 「まさかずっとそうやって眺めてるなんてことは……」 「それは俺にとって拷問だ」  手をのばすと、少し安心したように爽花の脚が弛緩したのがわかった。  見られるより触られる方がいいわけか。  手のひらで太腿を少し持ちあげるようにして、そのまま滑らせてお尻の方へ撫でていった。 「ゆっくり、な」 「そしたら今度はぜんぶ……受け入れられると思うから……」 「ああ」  少し手を浮かせるくらいの心地で内腿を撫でさするうちに、爽花の身体も少し熱くなってきたように思えた。 「あっ、た、拓郎、なんか、触り慣れてる気がする……がっついてないっていうか」 「それはおっかなびっくりだからだよ」  正直、かなり緊張してる。 「……で、でも、あっ、な、何だか、や、やけに上手な気が……」 「実は爽花がえっちだからとか」 「そんなことないっ」  ちょっと膨れた。かわいい。 「私より拓郎の方がえっちな顔をしているんじゃないか?」 「……手つきもすごく……いやらしいし」 「自分、男ですから……」  さわさわと太ももを撫でる。  肌がしっとりとしていて、気持ちいい。 「こ、こんな時まで、そんなことを」 「せっかく、上手いって褒めてくれたし、期待には応えなければ」 「ちょっ……そういう解釈!?」 「こんな風に」  指先でぱんつの中央部分をゆっくり下へなぞる。 「っ……あっ!」  予想よりも大きな声をあげて、爽花は身体を震わせた。 「いきなりすぎた?」 「う、ううん……でも、思い切りがよかったから、びっくりした」 「痛かったら言って」 「うん、平気だ……」 「は、ぅんっ……、た、拓郎の指が、あっ、んんっ……!」  ヴァギナの形にそって、指を這わせた。  爽花は割れ目にぱんつを食いこませるみたいに動いている。 「男の人にこんなところ触られるの、はじめてだからっ……んぁっ! どうしよう……すごく、恥ずかしい」 「恥ずかしがる爽花、可愛いから嬉しい……」 「その方が、いいのか……?」 「うん」 「やっぱり、拓郎は変態なんだ……」  えー。  ショック。でもまたぞくぞくした。  お返しにもっとイジる。 「あ、こら、また、そこなの……ああん! やっ!」 「この感触がやみつきになりそうな上に、そんな声出されたら……」 「……キミの……さっきから、すごく……股間がキツそうに見える」 「正直な反応だから」 「……だったら、嬉しい」  もう筋がくっきりするくらい押しこまれたぱんつの生地に、湿った感触が加わった。 「……ぁ……っ……あのっ、これは……」  愛液……そんな慣れない言葉を心に浮かべて、俺は嬉しさに心を躍らせた。  爽花の身体が反応してくれたんだ、というそれだけのことがこんなに嬉しいなんて。 「自分でもわかったんだ?」 「それは、当然……んんっ! あ、ぁっ……ふぁっ……や、だ……ぐにゅぐにゅしたら、もっと出てきちゃうっ……」  そう聞いたら、もっとぐにゅぐにゅしたくなる。 「やあぁぁ……っ……こ、こんな溢れて……はぁぅ! 拓郎が、私の……っ」  本当にどんどんパンツが濡れてくる。  そして爽花のアソコもくっきりと浮かぶ。直接見るよりエロいかも。  沁みだしてきた愛液を広げるように、指の動きを大きくしていく。 「爽花、エッチな子だ……」  嬉しそうな声で言った。 「だ、だって……っ……んっ! こんなことされたら、女の子なら……」 「わかってる。でもエッチです」 「そんな嬉しそうに言われても、困る……」 「我慢しなくていいから、感じて」  さらに二本の指を使って、円を描いて愛撫する。 「あっ! はぁっ、んっ、ああっ! あっ、んっ、やっ、ダメ……」 「……」  ダメだ股間が限界まで膨らんできた。 「あっ、もっと……んっ……」  無意識なのか、求めてきた。  生地越しに柔らかな土手をしごくように指を動かす。 「はぁっ、んっ、ああっ、拓郎、んっ、ああっ!」 「爽花、可愛い、たまらない」  太ももにキスをする。 「んっ、ば、馬鹿、そんなこと……」 「爽花、爽花……」 「こ、こ、こら、頬ずりするな……ああんっ!」  ごめんなさい変態で。 「爽花、ごめん」 「はぁ、はぁ、え? な、何だ?」 「もう、俺我慢できないから……」 「あっ、きゃっ!」  了承も得ずにパンツを脱がしてしまった。 「馬鹿馬鹿、拓郎の変態……!」  可愛い彼女にめっちゃ怒られた。 「ごめん、でもキレイだ」 「そ、そんなわけあるか……」 「キスしたい……」 「ダ、ダメ……」 「じゃあ、触る……」 「そ、それもダ……あっ! こ、こらっ!」  またも無断で触れてしまった。  指の腹で膣口の周辺を優しくなでた。 「ひぁっ!? ぁ、あっ……あぁっ!」  クリトリスに指をあてて揺らした。 「い、いきなり、そこ……っ……ふ、あっ、あっ」  爽花が太ももをとじそうになった。  でも俺の頭が邪魔でできない。 「どんどん濡れてくる」 「うう、描写はいらない……んっ、あっ! あんっ!」 「女の子のってこんなに可愛いんだな」 「じ、じっと見ないで……」  つぷ、と膣口に少し指を沈めた。 「あああっ!」 「強すぎた?」 「……そうじゃ、ないけど……誰かに触られるのは、はじめてだから……」 「どうしてほしいか、希望があれば」 「……そ、そんなことを聞くな……」 「ごめん、じゃあ、なるべく優しくする」 「う、うん」  くちゅっ……と中指を膣の中に少しうずめた。 「は、入って……きた……っ……」  入れた指を動かしながら手のひらでクリトリスをこするようにすると、爽花の身体は小刻みに反応した。 「た、たくっ……ぁっ、んぁう! これ……すごっ……や、ぁっ、ああっ!」 「爽花の中の感覚が伝わってくる……」 「な、なに、が……はぁう!」  クリトリスが手のひらでこねられて、勃起していた。  知識ではわかっていたけど、実際感触として味わうと、こんなに興奮するのか。 「……んぁ、あっ、あっ! どう、しよ……たくろっ……ふああぁぁっ」 「はぁはぁっ……あっ、はぁっ……む、剥けちゃう……ぅっ」  爽花の言葉通り、それまで包皮に守られていたクリトリスが少し顔を出していた。 「あ、ここも可愛い……」  そう囁いただけで、爽花はビクビクッと震えた。  露わになるように恥丘の方へグッと包皮を引きあげた。 「ッ……! ……はぁ……はぁ、はぁ……っ……こんなの死んじゃう……」 「それは困る」  本気で死ぬと言ってるわけじゃないだろうけど、思わず手を少し浮かせてしまった。 「……や」  小さな声があがった。  胸が大きく上下している。迷いつつも言葉を搾りだそうとしているみたいだ。  手をはなしてなにを言うのか聞こうとしたら、爽花が腰をグッと迫りだした。 「やだ……っ……ああっ……」  俺の手に爽花の股間が押しつけられ、いや、うねるようにこすりつけられた。 「あっ、あ……ぁ、あ、ぁっ!」  そのいやらしさに生唾を呑みこむ。 「もっと、してもいい?」 「……うん……して」  その声に勃起が最高潮に達し、苦しくなってズボンのジッパーをおろした。 「はぁぁ……」  マジマジと勃起したペニスを見つめられている。なるほど、これは恥ずかしい。 「……す、すごい。そんなに……」 「今の爽花に、俺ものすごく興奮してる」 「先っぽ……濡れてる」 「生理現象なんで」  そう言われると恥ずかしくなってくる。 「私も……拓郎を濡らしたんだな……」  俺の方が赤くなってしまって、それをごまかすように膣口を指で広げた。 「ひぅ! ひ、広げたなっ!?」 「今から入れるここをよく見ておきたい」 「み、見なくていいっ」  ぎゅっと股間に力がこめられ、俺の指は逆に穴の少し奥まで引きずりこまれた。 「……多分、今……処女膜を触ってる」  ぐちゅっと音を立てて指を動かすと、爽花の顔が真っ赤になった。 「うん……触られてる」  探ってみると、その向こうに抜けられるのは指一本かもうちょっとくらい。 「爽花……」 「本当に、俺でいいんだよな?」  膜から指を引きあげて、入口とクリトリスへの愛撫を再開した。 「あっ、ぁ……はんっ! ……っ……うん……うんっ……拓郎に、あげる……っ……!」  ビクンと俺のモノが上を向いた。  正直な反応だ。 「……どうしよう。こんなこと言って、ゾクゾクしてる……」 「俺も……」  手の動きがとまらない。  それどころか、どんどん爽花の気持ちいいところを探し求めていく。 「ひぁっ! あっ、拓郎っ……そ、それっ……ふっ、あっあっ! ああぁぁあっ!」 「たく、ろっ……ふぁっ、あっ、あんっ!」  俺はクリトリスをゆっくりと吸いあげた。 「ふああああああぁぁぁっぁぁあっ!!」  口の中で、クリトリスと舌を混ぜあわせるようにうねらせる。  ビクンッ、ビクンッと爽花が身体を跳ねさせる。イッているんだろうか。 「……イッた?」 「あ、ああ」 「良かった……」  彼女を何とか気持ちよくさせることができた。  マジホッとする。 「ふふ、まだホッとするのは早いぞ、拓郎」 「次は、キミを――」 「私がイカせてやる……!」 「う、うん」  そう宣言されると少し緊張する。  そして股間もすでに復活していた。 「爽花、いくよ」 「……ああ……」  爽花の腰を両手で引き寄せた。 「くっ、ふううぅぅっ……!」  膣の中で狭い部分にめりこんだと思った直後、亀頭を締めつける感覚が弾けて一気に奥まで入った。 「っ……はっ、あっ! んあぁあああっ!」 「だ、大丈夫か?」 「……はぁ……はぁ……はぁっ……だいじょう、ぶ……」  言葉通りに安心するには、表情がだいぶ我慢してそうに見える。 「少しだけ、そのままで……」 「ああ」  そっと、爽花の手が触れてきた。 「……っ……でも、ひと思いにやって、くれて、よかった」 「へ、下手に遠慮されていたら、もっと痛かったかもしれない……」 「勢い余っただけというのが正直なところなんだ」 「た、拓郎がちゃんと、私と繋がりたいと、思ってくれていたからだ……」  前向きに受けとめてくれて、ちょっとじんと来た。  そんなことを話している間も、膣の肉の感覚がペニスを包みこんで締めつけてくる。 「ありがとう、爽花……」 「な、なんでお礼なんだ?」 「俺を受けとめてくれてること、嬉しい」 「っ……ばか……痛いのに、嬉しいなんて、変な感じだ……」 「痛がらせてるわけで申し訳ない」  爽花は小さく首を振った。 「人によっては痛くない人もいるらしいから、それを考えればむしろよかったよ……」 「拓郎に……その……はじめてを捧げたという実感を得られた」 「……言葉にされると照れるな」 「話していたら、少し落ち着いた……」 「動いて、いい」 「ああ」  ズズズッと引き抜くと、うっすらと血がまとわりついていた。 「……っ、くぁっ! ……すごい、存在感なんだな……はぁはぁ……はぁ」  ゆっくり、また押しこんでいく。  全方位から舐められているような錯覚に陥りそうになる。  これだけでかなり気持ちよかった。 「はっ、は、ぁっ……遠慮、しないで……いいから」  その声に背中を押されて、徐々に速度をあげていく。 「……んっ、んっ! んぁっ! ……たく、ろっ……ふ、ぁっああっ! 拓郎っ」 「爽花の中、すごい……気持ちよすぎる……」 「そう……なの? っ……あっ、あぁっ……」 「ああ、ヤバイ……やみつきになりそう」  一度大きく引き抜いて、ゆすりあげるように膣の入口から小刻みに突いていく。 「んぁぅ! ぁっ、あっ! ……んああぁっ! なにっ……ふぁっ! あっ!」  爽花の声に少し甘さが混じった気がした。  なにがよかったのか、よくわからないが痛いだけじゃないのだとしたら嬉しい。 「爽花……」 「ふひゃっ……!」  覆い被さって、乳首を吸いあげた。 「なっ、なに!? んっ、はぅ!」 「おっぱいも堪能したいなと思って」 「なんか余裕出てきてるな……っ……んくっ! そんな、両方されたらっ……なにがなんだか、あっ、あんっ!」 「拓郎っ……わ、私っ……くっ、んっ! 拓郎にっ、気持ちよくなってほしいのに……っ」 「いいよ……すごく、気持ちいい……とまれなくなりそうだ」  じゅぷじゅぷと音を立てる結合部から垂れていく愛液が、だんだん濁っていく。  まだ出血があるのか少しピンク色だ。 「あっ、ひぁっ! は、ぁっああっ! ほんとに……ほんとにっ? 拓郎っ……」 「とまらないで、いいよっ……最後まで……んあぅ! もっと……拓郎のぜんぶ、っんぁ! う、受けとめ、たい……っ」  爽花の言葉に応えるべく、速度をあげていく。 「んあぁああああっ! あっ、あっ! ……っ……なに……これっ……ひっ、はっ! あ、あ、あっ!」  爽花の身体がこわばる。 「爽花っ……爽花っ……!」 「たく、ろっ! ああっ……ぎゅって、しててっ! なんか、なんかっ……ひぁう!」 「あっ、あっ! く、ふぁっ! 拓郎っ……拓、郎! ぁ、あっ、ああっ! ふああぁぁあああああぁぁっ!!」  爽花が大きく叫んで、きゅうぅぅっとペニスが締めつけられた。それがとどめになって、俺の方も射精感がこみあげてきた。 「爽花っ……はぁはぁっ! っっっ!」 「ああああああぁぁっ!!」  狭い膣の中を精液が満たしていく。一番奥まで突き入れて、射精が終わるまで待った。 「はぁっ……はっ……あ、はぁ……すごい、すごい出てる……っ……」 「やばいくらい、気持ちいい……」  じんわりと、中で精液が広がっていくのがわかる。 「良かった……」 「なあ、拓郎」 「ん?」 「……これで、正真正銘、私はキミのもので」 「キミは私のものだ……」  胸の曲線を垂れ落ちていく精液を指で撫で広げて、爽花は微笑した。 「ああ……」 「ふふ……」 「ああああああぁぁっ!!」  ペニスを引き抜いた瞬間、精液がびゅるびゅると噴きだした。 「ふぁんっ! た、たくろ……」  朦朧としつつも、おなかから胸にかけて飛び散っていく精液の感覚がわかったようだ。 「……はぁ、はぁ……はぁ……爽花、平気? 少し乱暴になった、ごめん」  謝ると、爽花は微笑みを浮かべてかぶりを振った。 「いや、キミは優しかった。いつもの拓郎だったさ」 「なあ、拓郎」 「ん?」 「……これで、正真正銘、私はキミのもので」 「キミは私のものだ……」  胸の曲線を垂れ落ちていく精液を指で撫で広げて、爽花は微笑した。 「ああ……」 「ふふ……」 「ああ……」 「ああ……!」 「あああああああっ……!」  次の日。  作業が煮詰まったので、午前中は海で気分転換することにした。  が、何故か妹が挙動不審に。 「……何を頭を抱えていらっしゃるのですか、七凪さん?」 「だって兄さんが……!」 「え? 俺?」 「だってだって、兄さんが……!」  ぶんぶんと頭を激しく振る。 「私の知らぬ間に、またひとつ大人の階段をのぼってしまいました!」  どうしてわかるんですか、妹よ?!  兄ショック。 「な、何をいうてはりますのん?」  動揺してエセ京都弁になる俺。 「兄さん、ごまかしても無駄無駄無駄です!」 「匂いでわかるんですからっ」 「どんな匂いなんだよ……」 「今でも兄さんの身体から、女性モノのシャンプーやコンディショナーの匂いがしまくってます」 「マジすか?!」  気付かなかった。 「シャワーも浴びてないんですか? まったく……」  ぷんぷんと怒る妹。  怒りと羞恥に頬を染めていた。 「洗い流してきます……」  俺も急に恥ずかしくなってきた。  海の方へと足を向ける。 「待ってください、兄さん」  でも、がしっとナナギーに両肩をつかまれた。 「海に入る前に、三咲先輩と昨晩された事をこと細かに説明してください」 「何で?!」 「妹として、兄のことをしっかりと把握しておきたいので」 「兄メモにも書かないといけませんし」  そう言えばそんなモノをつけていたな、この妹さんは。 「いやいやいや七凪さん! 俺、もう爽花の彼氏だし……」 「そろそろ兄離れというかですね……」  健全な兄妹関係をご提案する。 「離れません♪」  でも、素敵な笑顔で拒否された。即座に。 「だいたい彼女がいても、妹にとって兄は兄です!」 「たとえ兄さんが結婚しても、私は兄さんとずっっっっといっしょです!」 「当然同居します」  えー。 「そして、兄さんがもしお嫁さんにイジメられたら、さっさと別れさせて二人で暮らします」  ええー。 「まさに、計算通りです!」  キラキラとした目で言わないで! 「ちょっと待て、七凪くん!」 「今の発言は捨て置くわけにはいかないぞっ!」  水着姿の彼女が肩をいからせて歩いてくる。 「何がですか?」 「私と拓郎を別れさせるとか、ひどいじゃないか!」 「もし、三咲先輩が兄さんをイジメる鬼嫁になったら当然じゃないですか」 「私は決して拓郎をイジメたりしないっ!」 「どうして言い切れるんですか?」 「そ、それは私は拓郎を――せ、世界で一番好きだからだっ!」  大波をバッグに叫ぶ。  周囲の人達が何事かと俺達を見る。  激烈に恥ずかしかった。 「――な?!」  さすがの七凪もちょっとたじろぐ。 「爽花、そんなことここで叫ばなくてもいいから!」  慌てて事態の沈静化を計る俺。 「――く、彼女だからって、い、一番とは限りません!」  しかし、妹さんの対抗心に火がついたようだった。 「妹である私の方が、兄さんといっしょにいた時間は遙かに長いんです!」 「積み上げられた想いが、三咲先輩とは違いますからっ!」  薄い胸を張ってドヤ顔になる。  ちょっとモノ悲しいのは何故だろう。 「ふ、甘いな、七凪くん」  爽花はふっと鼻を鳴らして、口の端をつりあげる。  イラっとくる笑い方だった。 「愛情の深さというものは時間ではない、濃さだ! 濃度だっ!」 「私と拓郎はお互いについて深く理解し、濃密な時を何度も過ごしたんだ……!」 「これに勝るモノは何もないっ! どうだっ!」  ふふん、とばかりにほくそ笑む爽花。 「……濃密な時」  妹は目を見開き、顔を真っ赤にして、 「そんなエッチッチな時間を、兄さんとそんなに何度も……!」  頬を両手で覆う。 「待て! そういう意味で言ったんじゃない!」  爽花も首から上を朱に染めた。 「と、とにかく、今から三咲先輩につみあげられた時間の尊さを教えてあげます」 「ん?」 「そうすれば私の想いがいかに強いか、わかりますからっ」  そう言うとナナギーはぺったりと砂浜に座る。  で、砂を集めて城を作り出す。 「七凪さん、何故城を……」  しかも洋風でなく、日本風である。  器用だ。 「この城を形づくる砂つぶのひとつ、ひとつが――」 「私の想いなのです……!」 「な、何っ?!」  爽花驚愕。 「ひとつひとつは取るに足らない、ささやかな想い……」 「しかし、それがこうしてたくさん集まることによって、かけがえのない尊いモノへと成長するのです……!」 「つまり、この城が私と兄さんの愛の象徴――」  そこへ。 「おー、こんなところに城があるですよ、田中さん!」 「合戦だー! 城を落とせーっ!」 「出あえ、出あえー、兵どもー!」 「夢の跡ー!」  イジメっ子達が城をこっぱみじんに。 「……」  ナナギー目が点。 「ひどっ?!」 「こらーっ! 俺の妹イジメんなっ!」 「おおう! シスコン大将でござるよ!」 「退却でござる~!」  風のごとく立ち去る。  まさに風林火山であった。  愛の象徴はもはや見る影もない。 「ううっ……」 「兄さーん!」 「あー、よしよし」  俺は抱きつく妹の頭を嘆息しつつ撫でてやる。 「……」 「七凪くんのブラコンは当分直りそうにもないな……」  その横で爽花も嘆息するのだった。 「暑っ……」  服の袖口で汗を拭う。  今日は八月の第三日曜日。  夏休みも終盤へと差し掛かり、手付かずの宿題がそろそろ気になりだす時期である。 「人がいないと、やっぱ静かなもんだな……」  俺の作業する音しかしないし。  本日は運動部も軒並み休みで、先生も来ない。  我が放送部も一日休むことになった。  でも、俺は朝からハシゴの上にいる。 「あーっ、わかんねーっ!」  ケーブルはもう全部補修した。  なのに、電波が飛ばない。  まいったなあ。 「拓郎ーっ」  下で爽花の声。 「何ーっ?」  見下ろす。 「一休みしないかーっ?」 「あー、でもなぁー」  作業が全然進展してない。 「もう2時間もそうしているーっ!」 「ほら、これを飲んで休憩してくれーっ!」  笑顔で缶ジュースを二本見せる。 「わかったーっ!」  彼女の笑顔には敵わない。  大人しく言うことをきく。  ハシゴを下りて、爽花と日陰へと退散する。  腰掛けて、缶ジュースのプルタブを開けた。 「はあ……っ」  ホッとする。  でも、水分をとったせいでまた汗がどっと吹き出る。 「すごい汗だな」 「ほら、拓郎」  ハンカチで汗を拭いてくれる。  爽花のハンカチはいつも石鹸の匂いがする。  それだけで、何だか少しどきどきしてしまう。 「あ、ああ、サンキューお嬢さん」  前髪をふぁさとかき上げて、微笑する。  照れてるのがバレないようにクールな俺を演出。 「ん? 拓郎照れてるのか? 可愛いな!」  速攻バレた。  クールな彼氏の道はまだ遠いようだ。 「アンテナはどうだ? 何かわかったか?」 「ぱっと見はやっぱり何も悪くないな」 「もしかすると、別の箇所かもしれない」 「そ、そうか……」  爽花は肩を落とす。  ずっと成果があがってないから焦ってるのだろう。 「心配するな、流々の知り合いにアドバイスしてもらえるように頼んである」 「明日返事が来る。きっと何かわかるよ」  笑って爽花の肩を叩いてやった。 「う、うん。そうだな!」  爽花も俺に笑みを向けてくれた。 「そうなると、今日はヒマになるな……」 「どうする?」  隣の彼女に問いかける。 「そうだな……。大人しく宿題でもするか……」  えー。 「この暑いのに、勉強なんて無理やで……」  脳が熱暴走をおこしてしまう。 「少し涼もう」 「……しかし、今学園には私達しかいないじゃないか」 「図書室の冷房も止まってる。ドコも暑いぞ」 「いや、涼しいとこひとつだけある」 「そこ行こう、爽花」  立ち上がりながら、彼女の手を引く。 「? いいが……ドコだ?」  首をひねる爽花を連れて、校舎へと戻る。  そして、準備をしてさらに移動。 「ひゃっほー! 涼しい!」  俺はプールで大はしゃぎする。  広いので超楽しい。 「……拓郎、どうして水がまだ残っているんだ?」  爽花がプールサイドで目を丸くする。 「水泳部に一人知り合いがいてさ」 「昨日のうちに話をつけといた」 「掃除はやっとくから、水抜かないでくれって」  水の冷たさを堪能しながら話す。 「もともと今日泳ぐつもりだったのか?」 「うん、せっかくだし、爽花の特訓をやるのもいいかと」 「私の特訓?」 「この夏泳げるようになろうぜ、お嬢さん!」 「さあ、僕の胸に跳び込んでおいで! ハニー!」  両手を広げて、眩しい笑顔を彼女に放つ。  キミに届け! 俺の真心! 「い、いや、結構だ」 「私はすみっこで水につかってるだけでいい……」  そう言いつつ足ふみポンプで、浮き輪を膨らませていた。  いつの間にそんなモノを持ち込んだのか。 「届け! 俺の真心! 無理にでも!」 「ふおおおおおおおおっ!」  俺は叫ぶ。  トビウオのごとくジャンプして、プールサイドに着地する。  つかつかと爽花のそばへ。 「さあ、行こうか、マイガール」  強引に腕をつかんで引っ張る。 「いやだっ!」  爽花はふくらみかけの浮き輪を抱えて、激しく抵抗する。 「足つくし、そんなのいらないって」 「特訓そのものが嫌なんだ!」 「そんなこと言ってたら、いつまでも泳げないじゃん」 「べ、別にいいじゃないかっ!」 「だいたい私は水に浮かない体質なんだっっっ! サビるし!」  ロボかよ。 「そ、それに私は」 「私は拓郎といっしょにいられれば……」  へ? 「泳げないなら、ずっと拓郎がそばにいてくれるじゃないか……」 「その方が嬉しいんだ。だから、このまま泳げないままで……ダメか?」  爽花が俺の胸にそっと手を置く。  じっと見つめられる。  うるうるした瞳で。 「爽花……」 「そ、そうだったのか……」  俺は優しく爽花の肩を抱く。 「ごめん、俺、爽花がそんな風に思ってくれてるなんて知らなくて……」  俺は愛しい彼女を強く抱きしめる。 「いいんだ、いいんだ、拓郎がわかってくれれば――」  爽花はうんうんと何度も首を縦に振る。  で。  俺は爽花の膝の裏に腕を入れて抱え上げる。  お姫様だっこ状態。 「――え?」 「な、何故、いきなり……?」 「だまされませんよ、三咲さん」  爽やかに歯を輝かす。  で、そのままプールへと駆け出した。 「うわああああああああっ! 拓郎、私を騙したなっ?!」 「先に俺を騙そうとしたのは、三咲さんですからっ!」  水面まであと5メートル。 「知ってても女のウソに騙されてくれるのが、いい男じゃないかっ!」 「はっはっはっ! 話は水の中で聞く!」  あと3メートル。 「うわあああああああっ! 拓郎の馬鹿あああっ!」  じたばたと暴れる。  あと2メートル。 「いっ、けええええええええええっ!」  時をかける勢いで跳ぶ俺達。 「いやああああああああああああっ!」  水しぶきを上げて、プールへとダイブした。 「――ぷはぁっ!」  俺はすぐに顔を出す。 「――ぶくぶくぶく……」  一方、爽花は深く深く潜行していた。 「何故に?!」  慌てて助ける。  爽花は俺の予想を遙かに超えて、潜るのが上手かった。(意訳:カナヅチだった) 「――ぷっ、ぷはっ!」  俺に引っ張られて、ようやく水上に顔を出す。 「し、死ぬかと思ったよ……」  水、腰までしかないんだけど。 「これはなかなか苦労しそうだな……」  俺は目の前の彼女を見て、そう思った。  それから、休憩をはさみつつ約2時間、爽花に泳ぎを教えた。  そのかいあって。 「――爽花すごい上達したな」  俺は隣に座った爽花に言う。 「そ、そうか?」  目を細める。 「潜水が」 「放っておいてくれっ」  憮然とした。 「沈むのはあんなに上手いのに……」  どうして浮けないんだ。 「爽花、運動神経はいいのにな……」  不思議である。 「うっ……し、仕方ないじゃないか」 「誰にでも得て、不得手というものがある」 「まあ、そうなんだけど……まあ、いいか」  爽花が海やプールに行く時は常に俺がそばにいよう。  校庭の方からセミの声。  爽花と並んで座って、黙って彼の歌を聴く。  でも、その歌は弱々しく、どこか儚げに感じた。  真夏の頃の勢いはもう、ない。  ――もう、夏も終わりに近づきつつある。 「ところで、拓郎」  爽花が水面を見ながら、声を出す。 「ん?」  俺もプールを眺めながら応えた。 「前から思っていたんだが、拓郎は筋肉質だな」  ちらっと視線がこっちに向く。 「そう? 男だし、こんなもんじゃない?」  特には鍛えてないけど。  でも、スポーツはそこそこできるからそうなのかもな。 「肌もキレイだ」 「特訓中にちょっと触ったけど、すべすべだった」 「気持ち良かった……ぞ」  爽花はちらっちらっと何度も俺の身体を見ていた。  顔が少し赤い。 「エッチですね、三咲さん」  ふざけた口調で言う。 「――な?! ち、違う! 私はただ感想を言っただけだっ!」 「特訓中にそんなイヤらしい目で俺を見てたなんて……信じられない!」  大きくかぶりを振る。 「だ、だから違う!」 「もっと見てくれ!」  両手を腰に置いて、いきなり立ち上がる。 「きゃっ?! キミは変態かっっ?!」  驚いた爽花が片手を前に突き出し――  ふに 『あ』  同時に声を出す。  不可抗力なのはわかっている。  でも、しかし。 「……」 「……」  二人とも恥じ入る。  仕方ない。  だって、爽花の手は俺の股間に触れているのだから。 「ご、ごめん」 「い、いや、俺がふざけたんだし」 「わ、わざとじゃないんだ」 「わかってる、わかってるから」  そろそろ放して。  そうじゃないと、色々と不都合が。 「あ……」  遅かった。  爽花が触ってると思っただけで、硬度が増してしまって。  今まさに、不都合が生じてしまった。 「た、拓郎のエッチ……」 「馬鹿馬鹿馬鹿……」  そう言いつつ、撫でないで! 「そんなこと言ったって、しょうがないよ」 「好きな子にそんなことされたら……あ!」  ふにふに  撫で回してる?!  らめえええっ! もっと大きくなっちゃう! 「……拓郎、もう……」 「……こんなに大きくして……」  水着の上からこすこすと擦られる。  うわああああ! 「だ、だって」  男の生理ですから!  自分、男ですから!  そこは誰もが不器用ですから! 「……特別だからな……」 「はうっ……!」  俺はペニスを握られ、ビクンと跳ねあがった。 「……じ、じっとしていてくれ」 「そう言われましても……そこは自分自身でも自由にならない部分でして」 「ん? ごめん……そうなのか」 「少なくとも今のビクンは、意識してやったわけじゃないよ」 「そ、爽花たんにさわられて、身体が勝手に反応したんだ」  緊張して声が震えた。  爽花たんと言ってしまった。 「わ、わかった……」  こちらがドキッとするような表情で握ったものを見つめた爽花は、なにを思ったか、二、三度軽く力を入れてきた。  だからそういう刺激がビクンってなるんだってば。 「えっと……もっと、ぎゅっと握ってもいいか?」  な、なにを言いだすんですか爽花たん。 「今日は、私がしてあげたいんだ」 「まさか……」  ここで? 「はしたないことを言っているというのは、わかっている。だけど…………れろっ」 「はぅっ」  舐めた……舐めた!? 「舐めちゃった……」  赤くなっていく爽花がヤバイくらいかわいい。 「けど、まだ心の準備が」 「か、彼女に恥をかかせないでくれ……」  爽花が最高潮に赤くなった。 「真剣に、キミのを、口でしてあげたいんだ……いや、させて……ほしい……」  どうしよう頭を撫で撫でしたい……と思うと同時に手が動いてた。 「……っ……。な、なに?」 「いや、なんていうか、俺って幸せ者だなって」 「それって、答えになっているようでなっていないような」 「してくれるなら、嬉しいよ」 「よかった……」 「よかった?」 「断られたらどうしようかと思ったんだ」 「そうなったら恥ずかしくて、しばらくマトモにキミの顔を見られない……」 「そこまで……」  俺は覚悟を決める。  爽花がやりやすいように位置をずらそう。 「あ、い、いいっ、拓郎は、何もしなくて大丈夫だからっ……その、私に……任せてくれ……」 「り、了解」  ここは彼女に委ねよう。 「ちゅっ……ちゅる……はむ、っ……んっ……」  もどかしい刺激だった。  ついばまれている、と言えば近いだろうか。 「これ、痛くないか……?」 「全然、もっと強くても大丈夫」 「……じゃあ……ぢゅっちゅっ……っ……くぷっ……はぁふ」  唇全体が触れるようになって、吸いつきが強くなった。  舌が這いまわりはじめる。 「っ……すごい」 「……んっ、じゅくっ……じゅるっるるっ……んふっ、っ……ぢゅちゅっ……ぷひゅぁっ」  気持ちよさにぶるっと震えたのが伝わったのか、爽花が少し手応えを感じているように見えた。 「はじめてでこんなに気持ちいいんだ……」 「ぎこちなくて、すまないが……ちゅぷっ、くちゅっ……じゅるっ……はじめてだから……」 「一生懸命やってくれて感動する」 「……そ、そこまで、しなくていいけど……。……拓郎? これって、もうこれ以上大きくならない?」 「もうガッチガチですが」  なんだろう、なにか考えている。 「んんっ!」 「うぉっ!」 「ご、ごめんっ……いひゃかった?」 「いや、びっくりした、だけ」  爽花は口をいっぱいに広げて、ペニスを頬張った。  まさかの行動で、こっちはどうすればいいのか。 「口、きついんじゃないか?」 「らいりょうぶ……んっ」  性器全体が口の中の温かさに包まれて、膣の中とはまた違う気持ちよさがある。 「……いく、ぉ……んっ、ぢゅっぢゅぢゅるっ……はっ……ぐぷっ、ぢゅっちゅ……るるっ……」 「う、お、ぁあぁっ」  一気に激しく、爽花が身体ごと動かしはじめた。  思わず声があがってしまう。 「んっ、んぐふっ! じゅぷっ、ちゅっ……ぢゅくっ! ぢゅるっ、るるるっ……はっ……んぷっ、ぢゅくるっ」 「や、やばい、爽花……そんなに激しくしたら、すぐっ……」 「ぢゅくっ、ぢゅぷっ……んっ、ふっ……うれふぃ……いふでぉ、いい……じゅっ、くっ、ぷじゅぅっ……んはっ!」 「んっ、んぐっ……先っぽ、喉の……っ……奥……おぐぅっ……あひゃるっ……のっ……んっ、んっんっ!」  俺を見つめたまま、爽花は再びゾクゾクするような音を立てて、何度も何度も口を往復させていった。 「……じゅっぷじゅるっ……っ、ちゅぶっ……んっ! ぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっ!!」 「っ、おっ、あ、あぁっ! 爽花っ……爽花っ」  もうすぐだと思った爽花が大きくピストンさせていく。  このまま注ぎこみたい、そう思った瞬間。  しかし俺も腰を動かしてしまい、爽花の口からペニスが抜けて跳ねあがった。 「あっ……!」 「くっ、う!」 「っ……あ、ぁっ……ぁっ……」  爽花の顔に、大量の精液がかかっていく。 「……で、出てる……こんな、目の前で……びゅっ、びゅって……たくさん……」 「はぁ、はぁ……はぁ……。……っ……温かいな……」  結局、一度も避けずすべて受けとめた爽花の顔は、白い液体でぬるぬるになってしまった。 「だ、大丈夫か?」 「……わ、私……ちゃんと、してあげられたか?」 「ああ、も、もちろん……すごく、気持ちよかった……気持ちよすぎて……」 「よすぎて?」 「……またやってほしいって、言ってしまいそうだ」 「そっか……ふふ……私も、今、すごく気持ちいい」  達成感みたいなものなのか。 「顔、拭く?」  ポーッとした顔で、よくわかってなさそうな爽花が、自分の顔を手でさわった。 「……におい、してきた」  精液をこねまわした手を口もとに持っていき、ちゅぷ、と舐めた。 「……すごい糸引いてる……ん? 拓郎のはまだまだ元気だ……」  なんか爽花の中でスイッチが入ってしまったのかもしれない。  そんな表情を見せるから、俺が『元気なまま』になってしまうわけなんだけど。 「俺も、爽花のこと、舐めていい?」 「……うん……」 「あぁ……っ!」  俺の上にまたがった爽花が、小さく震えながら心細げな息を吐きだした。 「た、拓郎の上にまたがって……こんな、こんな格好……」 「お互い様じゃん」 「でも……これじゃ、その……」  俺の目の前で、爽花の股間がむにむにと蠢いた。  落ち着かなくて動いてしまうらしい。 「み、見えてしまう……」 「前の時も見てるって」 「違う。……お、お尻の穴がっていう……」  ヒクッと、穴がすぼまった。 「ああ、そっちの……」  お尻を撫でながら、思わず見つめてしまった。  こっちも前回見えてたけど、言わない方がいいか。 「見るなってば……もうっ」  言って、爽花は俺のモノを舐めはじめた。  恥ずかしいのをごまかしてる? 「あっ、ん、あっ、そ、そんなに、イジっちゃ……」 「お尻振る爽花が可愛くてつい」 「ちゅっ……ま、またそんなエッチなことを言う……ん、れろっ……あんっ!」 「俺の場合、爽花が相手という時点でだいぶ元気に」 「あっ、ひゃっ」  グッグッと力を入れると、ペニスが爽花の手の中で暴れて、びっくりした爽花の腰が俺の方におりてきた。  軽く、割れ目にキスして、ゆっくりと息を吸いこんだ。 「うっ! あ、に、におっ……においを、か、嗅ぐのは……」 「ぐ、偶然だってば」 「…………」 「ごめん、ちょっとはわざと」 「へ、変態なんだから……っ……あっ!」  スジを指でなぞると、爽花はブルルッと震えた。 「……さっきの、精液の匂い、少し残ってる……れろっ……れろ……」  また舐めだす。 「あっ、んっ、ちゅっ、んんっ……」 「そ、爽花が、結構、せめてくる……」  ぞくっとした感覚が俺の中に走った。 「んっ、くちゅっ……ちゅる……ちゅっ、ぷ……ちゅぅ……私は……」 「キミを、また、イかせたい……ん、ちゅっ、からな……」 「あっ、んっ」 「……ふふ、可愛い声がした……」 「ちゅっ、ちゅぶっ……んっ……」  うおっ、何か爽花さんが気合入れだした。 「あっ、ちょっ、あっ、んっ」 「いいぞ……っ……れろっ……ほら、感じて……ちゅっ、くちゅるっ……」 「拓郎、私にもっと、溺れてくれ……ん、ちゅっ……」 「爽花……」  俺は思いっきり舌を伸ばして、膣口の中に挿し入れた。 「ふぁっ!? あっ、んっ!」 「俺も負けるわけにはいかないな」  彼女にサービスするのは彼氏の義務だ。 「ひぅっ……な、中で、舌ぁっ……んああぁぁっ! う、動いて……あっ、あっ! ふあっ!」  間近で鼻腔に流れこんでくる匂いが、いやらしく変化したように思えた。 「ぁんっ! あ、あっ……食べられちゃう……っ……ふあぁん! くちゅくちゅ、してるっ……あっあっ!」  膣から舌を抜き、片方の陰唇を自分の唇でにゅるにゅるとなぞっていく。  すぐ下には皮を被ったクリトリスが震えている。 「くっ……ふぁっ! そ、そこ……ふぁっ! あっ……舐め、てるの? ……あ、ぁ、あっ!」  ちゅぷ、とクリトリスを口に含んだ。 「ひぁう!」  口の中で包皮を舌でどけていき、剥きだしになった突起を柔らかく吸いあげた。 「んああああぁぁあぁぁああっ!!」  ビクビクビクッ! 爽花の身体が崩れ落ちそうになるのを下から支えた。 「そんなっ、あっ……くふっ! だめっ、だめぇっ!」  吸う力を弱め、舌先で転がす。 「……っ……んっ、んふぅ! っ……っ……ふぁっ! く、クリトリス……舐められたら……は、あっ、あんっ!」 「な、なんにもできなく……なっちゃじゃ……うぁっ!」  口でしゃぶる余裕がなくなった分、手でしごこうとしてくれている。  そんなに弱いのか。  爽花のこんな声を聞けるなんて……。  しかもペニスには熱い吐息がかかってくるし。 「こっちはどうかな」  口を少し戻しながら、舌先をとがらせるように小さな穴に狙いを定める。 「ひんっ! そ、そこ……おしっこの穴ぁっ……だ、だめっ! だめだめだめっ!」  今さら恥ずかしがることもないだろうと思うが、お尻の穴も含めて排泄器官という絶対忌避があるのかもしれない。 「き、キミは変態さんか!」 「……たぶん」 「い、言い切った!?」 「でも、紳士ではありたいと思ってるよ?」 「……何てコメントしていいのかわからない」  お互い性器を愛撫しながら、こんな会話をしてる。  彼氏彼女だけに許された時間だ。 「まったく、キミってヤツは……」 「ごめん、呆れちゃった?」 「……呆れた。でも、好きなのは変わらない」 「……うぁっ」  おもいっきりくわえこまれて、ぎこちないおしゃぶりなのに激しさが三割増しくらいになった。 「ぢゅっ、ぢゅぷ! ぢゅぅっぷ! ……んっ……んっ……ぎゅぷるっ……ぢゅっく!」 「ちょっ……ほんとに、すごいっ……」 「ふ、ふふっ……ぢゅっちゅ! ちゅるっ、るるるっ! ……ぢゅぷっ、ぢゅっぢゅっぢゅっぢゅうううぅぅぅっ」 「うああぁぁっ」  爽花、頑張りすぎ。  もうヤバイぞ、俺。 「そ、爽花……そんなにしたら……っ」 「わらひはキミにひゃれたこひょをお返ひひてるらけら……んぢゅるっ、ぢゅぷっぢゅるるるっ! んっんっんっ!」 「で、出るっ……出ちゃうから……っ……!」  一瞬、目を輝かせた爽花が、そのまま口内で激しいピストンを繰り返す。 「ぢゅっぐちゅるっ……ぢゅぷっ! ちゅぶっ! ……っ……ぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっぢゅぅっくっ!」 「だ、ダメだ……で、出るっ……!」 「んぅっ! んんんんんっ!! ……っ……くふっ!」  二発目が爽花の口の中……喉の奥へ注ぎこまれた。  むせそうになったのがわかったから、逃げ場がないなりに引き抜こうとしたが、爽花はむしろギュッと唇を締めた。 「うあっ! 爽花……っ!」 「んっ……んくっ……んくっ……」  の、飲んでる……。 「っ……じゅるっ……」  それでも飲み切れなかった分が、口の端から溢れだした。 「……じゅっ、じゅぅるるっ」 「そ、そこまでちゃんとしなくても」  爽花は俺の方をチラッと見ると、ようやく口を離した。 「ん……んんっ……」  飲みこみにくいのか、少し喉につかえているようだ。 「拓郎、二回目なのに、こんなに……」  ニヤっと笑う。 「キミは何てイヤらしいんだ……」 「えー、爽花のせいなのに」  あんまりだ。 「二度も出してしまったのは、爽花の口が気持ちよすぎるからなんだけど……」 「……その評価は喜んでいいのかどうかわからない……ん?」  もう元気を取り戻したものを見て、呆れたご様子。 「だって、目の前にこんなエッチなものが」  言って、つぷっと指を入れる。 「あっ! こ、こら、んんっ!」 「疲れてないなら、してもいい?」 「……ああ、私も、そっちでしたい」 「向かいあって、しようか」 「うん……」  亀頭がゆっくりと肉襞の奥へと呑みこまれていく。  力が入ってプルプル震えるのが、尻を持ちあげた手に伝わってくる。 「は、あぁ、ぁっ、ぁ……っ……」 「もっと力抜いた方がいいんじゃないか?」 「……ち、力抜いたら、一気に……ぜんぶ入っちゃうから」  一気にだと、刺激が強すぎるからか。 「俺が支えてるから大丈夫だよ」  グッと持ちあげて意識させてあげると、俺に任せてくれる気になったようだ。 「でも……我慢しないと、私、変になってしまうかもしれない」 「変?」 「……こんなこと言うの恥ずかしいけど……た、拓郎のこと……ほしくてほしくてたまらないんだ」  胸がぎゅっと密着してくる。  膨らみの真ん中あたりには硬くなった乳首が感じられて、それが爽花の身じろぎで俺をくすぐる。  たまらなく気持ちいい。 「俺はそんな風に思ってもらえて、すごく幸せだ」 「幸せなのと、変じゃないと感じるかどうかは、まったく別の――ひゃうっ!」  抱いた腰を引き寄せるように、手に力をこめた。  必然、ペニスがぎゅぷっと埋まりこむ。 「まだ話の途中なのに……」 「ごめん、待ちきれなかった」 「んっ……はぁっ……キミは、本当にイヤらしいな……」 「嫌いになった?」 「……馬鹿」 「良かった」 「……キスしてくれたら……許す」 「喜んでする」 「ん……」  つながったまま、唇を重ねる。  爽花との一体感をより強く感じて、また興奮してしまう。 「動くよ」 「ああ……」  腰を動かしながら問うと、爽花は吐息と共にうなずいた。 「ぁっ……っ、あっ……は、ぁっ……んっ、あっ……!」  言った爽花の腰がいやらしくうごめく。  膣の中でねっとり舐めまわされているみたいだ。 「あっ、んっ、はぁっ、んっ、あっ、やっ……!」 「爽花、気持ちいいよ……」 「……あっ、んっ、そ、そうか……なら……いい……」 「……またキス、していい?」 「…………」  赤くなった。 「……ばか、聞かなくても……」 「ちゅ……」  爽花が唇を重ねてきた。  せっかく向かいあってるんだし、やっぱりこうしたいと思うのが自然、だよな。 「爽花、可愛い、大好きだ」 「あっ、んっ、やっ、エッチしながら、そんなこと……」  紅潮した顔で恥じ入る。 「胸も大好き」  勝手にぱふぱふする。 「あっ、やんっ、こら、あっ、んんっ!」 「乳首をそんなに、舐めちゃ……ああんっ!」 「ちょっと甘えてみた」 「……もう、ばか」  そう言って、また柔らかな唇が吸いついてきた。  こうしてつながって交わすキスはいい。  やみつきになる。 「んっ……ちゅ、ちゅくっ……は、ぁっ……ちゅぅっ……」 「はぁんっ!」  腰を使って揺らすように爽花の肉の中をまさぐる。 「わ、私がリードしたい、のに……っ」 「俺だって爽花に気持ちよくなってもらいたいし」 「『どっちが』なんて考えなくてもいいじゃないか」 「あっ、んっ、そ、そうか……んんっ!」  俺のモノを送りこみながら耳もとで囁いたら、爽花はブルルッと震えた。 「ち、ちょっとくすぐったかったぞ、今の……」 「耳弱いの?」 「わからない……拓郎だから、なのかもしれないし……あ、んっ!」  このコはまたそんな可愛いことを。 「お前可愛すぎる……」  ぎゅっと抱きしめる。  このままずっとこうしていたい。 「ん、あっ、……、ふふ、拓郎はまた甘えて……」 「ごめん」 「……いいさ、可愛いキミも大好きだからな……」  好きって言われた。  女の子とエッチしながら、こんなこと言われたらもう死んでもいいかなって一瞬思う。 「お、俺も大好きだっっ!」  つい力が入る。 「ぁっ、あっあっ! そんなっ……されたらっ」  なんとか自分でも動こうとする爽花だったが、徐々に余裕がなくなってきているようだ。  もっとも俺も余裕なんてない。 「しがみついてればいいよ」 「んぁっ、あっ! ……あふ……っ……うぁっあっ、あっあっあっ! たく、ろっ……やっ、すご……ぃっ」 「奥、あたって……っ……んんんぁっ! ぁっ……ぁああっ! ど、どうし……よ……んぁっ! これ……これぇっ」  姿勢的にハマるところなのか、膣の中でも少し感触の違う部分を亀頭がこすっていた。 「はぁっはぁっ、ふああぁっ! 拓郎っ……んっ、んぁぅ! すご、すごい、よっ……あ、あっあっ!」  何度も何度も膣内を往復するうちに、愛液がどんどん溢れていくのがわかる。 「……ひっぅっ、あっ! とど、くっ……届いちゃうっ! 一番、奥ぅっ……んあああぁあぁっ!」 「こんな、こんなすごいのっ……!? あ、ぁっ、ふぁっ! た、たく……んあっ! あっ!」  爽花の声に応えるべく、恥骨同士がぶつかるくらいに一番深くまで抱いた腰をこちらへ引き寄せる。 「んあぅ! や、あっぁっ! これ、と、飛んじゃうっ……うああぁぁっ! あっ、あっ! 拓郎っ!」  とまれなくなってほしかった。  より強く抱きしめながら、首筋に、鎖骨のあたりに、唇を吸いつけていく。 「ふぁっ! あっ! ねぇ、たく……っん! たくろっ……わた、わたしっ……あっぁっ! ひぁん!」  なにかを伝えたいようだったが、身体の反応の方が上まわってしまっているみたいだ。それがまた俺を興奮させる。 「これ……っ、あっ……これ、もしかして……は、ぁっ、ああっ! わたし……んああぁっ! い、く……ふぁっ! いっちゃう!」 「あっあっあっ……くっ、うぁぁっ!」 「っっっっっっ! ふあぁあああぁああああっ!!」  きゅうっと膣が締まって、俺の方にも限界が来た。 「あああああああああああぁぁぁぅ!」  射精感がこみあげてきて、一気に注ぎこんだ。  三度目だというのに、どこにこんなに溜まっていたのかというくらいだ。  結合部から、ぶちゅっと精液と愛液の混ざった液体が圧に負けて噴きだす。 「う……ぁ……はぁ……はぁ……いっぱい、中でぐちゅぐちゅって、なってる……」 「爽花……」 「……ん?」 「すごく……良かったよ……」 「そうか……キミがいいなら……嬉しいよ……」  とろんとした表情の中、爽花は嬉しそうに微笑んだ。 「出すぞっ、爽花! う、あっ!」  爽花の腰を持ちあげてた。  その摩擦でペニスが膣から抜けると同時に、精液がびゅるびゅると噴きあがった。 「ふあぁぁっ! びしゃびしゃって……すごいっ……うあぁっ! あっ、あっふぁっ! あああぁぁあああっ!!」  硬く勃起した突起に裏筋を何度もこすりあげられて最後の一滴まで搾りあげられるみたいだ。 「はぁ、はぁ……」 「大丈夫か?」 「あ、ああ……キミは……平気そうだな……」 「男は楽そうでズルイな……」  そんなこと言われても。 「それにしても、爽花はすごく、えっちだな……」 「……」 「……知らない……馬鹿……」  また馬鹿って言われた。  まあ、爽花になら何度言われてもいい……。  一日過ぎて、月曜日になる。  流々の知り合いからのアドバイスを元に作業した。  で。 「ほい、計」 「しゃべってみそ」  計をマイクの前に呼ぶ。 「あいよ、あんさん!」 「ラジオは先輩よろしく!」 「ん」  こくんと先輩は頷く。 「直っててくれよ……」 「頼む……!」  残りのメンバーは祈るような気持ちで様子を見守る。 「ではでは」 「んっ、んんっ……」  計は咳払いをして、ノドの調子を整える。 「……」  続いて目をつむり精神を集中。  そして、おもむろにマイクをつかむと、 「タクのシスコーン!」 「誰がシスコンかっ」  貴重な電波にゴシップを流さないで欲しい。 「……」  先輩を部員達がいっせいに注視する。 「……ノイズだけ」  先輩が首を振る。 「はぁ……」 「またダメか……」  全員がため息を落として、どんよりと負のオーラをまとう。  停滞。  そんな言葉がぴったりの今の俺達だ。 「俺もう一回アンテナ見て来るよ」  席を立つ。 「待って」 「タクロー、闇雲に行動しても、成果はあがらない……」 「ですよね」 「兄さん、もう何回も見たじゃありませんか」 「それはそうなんだけどさ……」  とにかく何かしなくては。  そう思うと落ち着いて座っていられない。 「まいったな……。もう俺達では無理なのか……?」 「一番初めの時は、上手くいったのにな……」 「やっぱり専門業者に頼むしかないかも」 「夏休みも、そろそろ終わる……」  そう。  あと2週間くらいで、9月になる。  そうしたら学園祭までもうまとめて作業する時間はあまりない。  ウチの学園祭は9月の中旬にあるのだ。 「なあ、ひとつだけいい方法があるんだけど」 「学園祭でウチらの放送を流すための、いい方法が」 「え?」  マジかよ。 「そ、そんな方法があるのか?」 「ああ」  こくんと力強く頷く。 「流々姉さん、それはどんな方法なんですか?」 「姐さん、早く教えてくれよ!」 「神戸、お前が姐さん言うなっ! 私までヤクザモンみたいじゃねーか!」 「俺もヤクザちゃうわっ!」  ぽかぽかぽか  抗争が勃発する。 「こんな時にまでケンカをするなっ」 「姉さん達はアホですかっ」  爽花と七凪が二人を引き離す。 「がるるるっ!」 「しゃーっ! きしゃっーっ!」  お互い距離をとりつつも威嚇し合う。 「動物かよ!」 「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」  流々のお株を奪う、ムツゴ○ウ攻撃。 「うわあっ?! 計、やめろって! うわあああああっ!」 「ほらほら、いい方法をしゃべってみれ~」  こちょこちょと脇の下を攻撃していた。 「あっ、こら、どこ触って……きゃはははははっ!」 「ん~? まだしゃべらないの~? そんな悪い子にはこうだっ!」  計の手が流々の身体を縦横無尽に行き来する。 「ちょっ!? 計、やめっ、うひゃっ、ひゃははははははははっ!」  笑いながら悶絶する。 「んん~? まだ話さないの~? じゃあ、次は――」  嬉々として流々で遊ぶ真鍋さん。 「いや、ちょっと待て、計」 「真鍋先輩がくすぐるから、話せないんだと思いますけど……?」  兄妹でツッコミを入れる。 「うん、知ってた♪」  知ってたのかよ。 「真鍋くん、もうそのくらいにしてくれ……」 「話が進まない……」  良識派の爽花と南先輩が、ふぅと息を吐く。 「はーい」 「森へお帰り」  計、流々をようやくリリース。 「いいんだよ、ラス○ル……行っていいんだ……」 「行って、お前の幸せをつかめ!」 「誰が、あらいぐまかっっ!」  化石レベルのネタだった。 「いいから! もう話マジ進まないからっ!」  小芝居が長引く前に止める。 「でも、さっき流々姉さんはいい方法があるって言ってましたけど」 「肝心のアンテナがダメなのに、どんな方法が……?」 「あー、そこそこ!」  流々が七凪をビシっと指差す。 「つまり悪いのはアンテナなんだよ!」 「だから、アンテナ使うのやめよーぜ」 『はぁ?』  流々の突然の提案に部員達が驚きの声をあげる。 「はいはいはい! 副部長、質問です!」  計が元気に挙手をする。 「ほい、計、何?」 「アンテナなしで、電波は飛ぶんですか?」  皆が今、一番訊きたいことを尋ねる。 「飛ぶわけねーし!」  流々、笑顔で即答。 「な、何っ?!」 「ダメじゃないですか?!」 「なめんな、森に帰すぞこの野郎!」  大ブーイングが巻き起こる。 「ちょっ?! まっ! 話は最後まで聞けよ!」 「……皆、待って」  流々のそばに先輩が駆け寄る。 「田中さんが提案したいことって……」 「もしかして、ネットラジオ……?」 「そうそう! さすがは南部長!」  ぱちぱちと流々が一人で手を叩く。 「ネットラジオって、あれかよ? ネットで好きな時に聞く……」 「うん、それ」 「でも、アレって全国ドコでも聴けるじゃん? アンテナいらないの?」 「ネットラジオはネット回線があればいいんだよ。だからアンテナはいらない」 「要はアンテナを使って電波飛ばす代わりに、電話回線使ってデータを配信する」 「だから、アンテナは不要……」 「そういうことか……」  ようやく流々の話の全貌を理解した。 「うーん、タク、そっちでいく?」  計がちらっと俺を見る。 「そうだな……」  確かにそっちの方が敷居は低い。  でも、何か釈然としない。  妥協したというか。 「だが田中くん、ネットラジオは普通のラジオでは受信できない」 「ネット環境のない人は聞けないぞ」 「先輩方はこの放送を近辺のお年寄りに聴いていただいていたと聞く」 「それがネットラジオで大丈夫なのか、私は気になる」 「そうなんだけどさー。今はスマホもあるしなー」 「爺ちゃん、婆ちゃんはスマホ持ってねーだろ」 「スマホどころかネット環境がたぶんないです」 「未だにお知らせは回覧板ですから」 「だよな……」  生徒達には校内放送で聞かせるからいい。  でも、このままだとせっかく配信しても、外部の人はほとんど誰も聴いてくれないだろう。  聴いてもらえなかったら、そもそも放送する意味がない。 「タク、納得いかないって顔してんな」 「うん」 「お前にはせっかく考えてもらったのに悪いけど」 「もうちょっと、ミニFM頑張ってみたい」 「俺も拓郎と同じだぜ」 「もう少しやってみようぜ。ここまでやってきたんだしな」 「私だってそうしたいけど、時間は有限だぜ?」 「このままだと校内放送だけで終わりそうだろ? それが一番ダメじゃね?」 「う~~ん……」 「どっちの意見も理解はできますから、難しいですね……」 「困ったな……」  皆が長考に入る。  妥協はしたくない。これは誰もがそう思っている。  でも、それにこだわりすぎて、出来たハズのことまで出来なくなってしまうのは悔しすぎる。  答えが見えない。  いや、きっと正解なんて、ない。 「皆」 静かに先輩が口を開く。 「期限を設けましょう……」 「期限というと……?」 「具体的には……?」  部員全員が先輩を見る。 「ネット放送の準備が可能な期間を日程の後ろに確保する」 「その期間に入るまでは、ミニFM開局に向けて全員で頑張る……」  つまり、ネットラジオの準備に必要な期間をあらかじめ設定。  そして、その時までは現状のまま頑張るということか。 「現実的ですね」 「うん、いいんじゃね?」 「流々、ネットラジオの準備はどんだけ時間いるの?」 「うーん、そうだな……」  腕組みして考える。 「そんでも、9月からは入らないとヤバいな」 「また何かトラブったら、もう取り戻せねーし」 「夏休み中に白黒つけろってことか……」 「そうだ」  流々が首肯する。 「あと2週間必死にやりましょう、兄さん」 「台本はだいたいできたから、全員がアンテナ班に回れるしね」 「おしっ! それで行こうぜっ、拓郎!」 「わかった! じゃあ皆、南先輩の提案でいくぞっ!」 「了解だ!」「ういー」 「おう」「わかりました」  全員の意見が一致する。 「皆、ファイト……」 「私も、ファイト……」  南先輩が両手の拳をぎゅっと握って、愛らしく気合を入れていた。  和む。 「んじゃあ、私、着替え取ってくるぜ」 「あ、あたしも、あたしも~」  へ? 「何でお前達が着替え取ってくるんだよ?」  出口へと向かう二人の背中に声を投げる。 「何でも何も」 「あたし達も今日から合宿再開だからですよ、沢渡さん」  えー?! 「――なっ?!」 「ちょっと! お前達もまた学園に寝泊りするの?!」  爽花と二人で驚く俺。 「当然じゃないですか、兄さん」 「二週間必死でやるんですから」 「そのためには、全員ここにいるのが一番です」  妹の瞳がキラーンと光る。  やる気に満ち満ちていた。 「七凪ちゃんの言う通りだな!」 「同意……」  全員がすでにその気のようだった。 「確かにその方が作業効率はいいかもしれないが……」 「皆、もしバレたらたぶん停学だぞ?」 「すでにやってるお前達がビビってんじゃねーよ! 拓郎!」  修二にバンバン背中を叩かれる。 「まあ人数多いから見つからないように気をつけないとだけど」 「2週間くらいなら何とかなるんじゃね?」  もう確定事項のように話が進んでいく。 「し、しかし、この大人数だとさすがにバレそうな気がするぞ……」  俺もすごくそう思う。 「大丈夫ですよ、三咲先輩」 「いざとなれば鬼藤先生をばいしゅ――味方につければ、何とでもなります」 「七凪、今、買収って言おうとしたよね?!」 「ふふ、兄さんの空耳ですよ♪」  満面の笑みで否定するマイシスター。  でも、その笑顔が兄は何故か怖い。 「ん」 「七凪ちゃんの案でいいと思う……」 「大事の前の小事……」  ええー?!  ナナギーの発言に南先輩までもが同調した。 「じゃあ、今晩は合宿復活祭ということで、ぱーっとやろうぜっ!」 「いいっすな! よ! 副部長!」 「だから、騒いじゃダメだから! 見つかるから!」  やっぱり超不安。 「あ、兄さん、今夜は私といっしょに寝てくださいね」  さくっととんでもない事を言い出すナナギー。 「――な゛っ?!」  彼女は俺の隣で硬直化する。 「いやいやいや! 毛布足りないし、俺は寝袋使って屋上で寝るから」 「なら、同じ寝袋に入ります」 「――はあっ?!」 「ぴったりと身体をくっつければ、二人でも大丈夫――」 「大丈夫なわけあるかあああああああああああああっ!」  うっとりと話す七凪に光速でツッコミが入った。 「三咲先輩、ツッコミが早すぎます」  妹さんが唇を尖らせる。 「そんな事はどうでもいい! それよりキミと拓郎がいっしょに寝るなんてダメだっ!」 「そんなことはありません。兄妹ですから問題ないです」 「べ、別に兄さんの身体を一晩中撫で回して、匂いを嗅ぎまくろうとか思ってませんから……! ウ、ウソじゃないです!」  視線が思いっきり泳いでいた。 「めちゃめちゃ信用できないぞ!? と、とにかく!」 「七凪くんは毛布を使え!」 「拓郎とは彼女の私が寝る! うん、これが自然だっ!」 「?! 何てイヤらしい……!」 「キミには言われたくないっ!」  彼女と妹がぎゃあぎゃあ言い争う。 「おー、早くもタクをめぐって、嫁と姑の争いですね」 「いや、嫁も姑もこの場にはいないんだが……」  何はともあれ。  放送部の合宿が完全に復活することになった。  ――勝手に。  次の日。  朝食を摂って、全員で屋上へとやってくる。 「何はともあれ原因を見つけないと先に進めない」 「でも、アンテナそのものはもう何度もチェックしてきた。同じことを繰り返してもあまり意味はないと思う」 「確かにそうだな」 「正論ですね」  今のところ俺の意見に異を唱える者はいない。  俺は話を続ける。 「だから、やっぱり別の箇所を調査したいと思う。そこを避けては通れない」 「え?」 「別の箇所って……」 「おい、タク?」  次の言葉を言うと、皆の表情が固くなる。 「それはアンテナと放送室の間のケーブルを見るってことか? 拓郎」  修二が腕を組みしながら訊いてくる。  俺は無言で頷いた。 「無理だって、タク!」  流々は一歩前へ踏み出して声を出す。 「ケーブル、壁に埋まってるじゃねーか! 壁壊さないと見れねーぞ!」 「だから、業者の見積もり高かったんだろ! 素人がやれっかよ!」 「タクロー、それは危ない」 「危険な予感がしますよ、沢渡さん!」 「兄さんが怪我をするようなことは反対です」 「そうだぞ! 私もそれは看過できないぞ、拓郎!」  一気に女子全員に取り囲まれる。  皆、にらんでいた。 「待って待って!」 「俺も壁を壊したりはしないから! 危険は冒しません!」  必死に釈明する。 「さすがに学園で器物破損はねぇよなぁ……」  修二も後ろ頭をかきながら、苦笑する。 「それではどうするんだ? 拓郎」 「壁に埋もれてない箇所だってあるだろ? そこを見てみる」 「あー、そういうこと」 「そこが原因の可能性は薄いと思うけどな~」 「一度はちゃんと放送できましたからね」 「屋内の設備が急に壊れる可能性は低い……」 「可能性はゼロじゃないですよ。ならやってみないと」 「そこにも原因がなかったら、いよいよ業者じゃないとダメってことか……」 「そうなったら、もうアウトだね」  今から23万は作れないしな。 「とにかく、俺はケーブルを放送室からたどってみる」 「断線っぽいとこ見つけたら補修する」 「兄さん、危ないことは絶対しないでくださいね」  ナナギーが眉根を寄せて、俺を見る。 「大丈夫だ、七凪くん」 「私が拓郎のそばにいて、危険なことは即刻止めさせる」  爽花が俺の肩をがっちりつかむ。  いやに力が強い。  えー。  一人でやろうと思ってたのに。  本当は内緒でちょっと無茶なこともやっちゃおっかな~なんて思ってたのに。  窓枠の上にケーブルあったんだよなあ。チェックしたいなぁ。  三階の窓だけど。 「……兄さん、今ちょっと無茶しちゃおっかな~って顔してますね?」  うおっ読まれた?!  さすが妹様。 「タクロー、めっ」  先輩にまで叱られた。 「わかりましたよ! 無茶はしません!」  女の子は心配症だなぁ。 「んじゃ、俺は一応またアンテナ見るからよ」 「私らも壁に埋まってないトコのケーブル確認な」 「らじゃー」 「はい」 「了解」  それぞれが出来ることに取り掛かる。  何とかこの努力が実を結べばいいと思う。  本当に。 「よし拓郎、私達は放送室に行くぞ!」  放送室に入ると早速、トランスミッターに接続されたケーブルをたどる。 「ここは途中から壁に埋まってるんだよな……」  爽花はケーブルが飲み込まれている壁を口惜しそうに見る。 「うん。そんで隣の教室の」  俺は教室のある側の壁を叩く。 「窓枠の上を走ってた。それがまた上に伸びて屋上にいってる」 「何だもうそこまでチェックしているのか」 「まあ一応は」 「さすがにそこは見れないな……」 「仕方ない。せめてこの部屋のケーブルだけでも目視で確認――」 「じゃあ、俺は隣の教室に行って来るであります!」  工具箱を持って、いそいそと歩き出す俺。 「――待て♪」  でも、すぐに爽花に襟首をつかまれる。 「何故、隣の教室に行く必要があるんだ? ん? タ・ク・ロ・ウ♪」  笑顔で訊かれる。  でも、両手でつかんだ襟首をギリギリと絞め上げてくる。 「ちょっ! 爽花、首絞めないで!」 「まさか隣の教室に移動して、ケーブルを修理しようなどとは思ってないだろうな?」 「ここは三階だぞ? 危ない事はしないと言ったはずだっ」  ギリギリギリ 「ちょっと見るだけ! ちょこーっと様子を見るだけですよ、三咲さん!」 「原因がわからないことには先に進まないじゃん!」 「……本当に見るだけだぞ?」 「もちろんでげすよ~」  もみ手をしながら、太鼓持ち風に返事をする。 「……やっぱり信用できないな」 「私も同行する」  えー。  二人で隣に移動。  早速、窓からケーブルを探す。 「あー、あれだ。あれあれ」  上体を窓からつきだして、窓枠の上を見る。 「こ、こら拓郎、危ない!」 「そんなに身を乗り出すなっ!」 「うーん、ここからだとやっぱりよく見えないな」  ぐっと身体を突き出そうとする。 「こらっ!」 「うおっ?!」  俺の身体をしっかり抱きしめた爽花に引き戻される。 「もうこれ以上はダメだっ!」  俺にしがみついたままぷりぷり怒る。 「もう少しでケーブル見えそうだったんだって」 「ね? いいじゃん見るだけだから」  目の前の彼女を拝む。 「ダメだっ!」  でも、彼女はガンとして受け入れない。 「えー、いいじゃんいいじゃん」 「やらしてよ~」  再び窓枠に近寄る。 「こ、こらっ、また! ダメだったら!」  爽花は俺の腰にしがみつく。 「イヤだーっ! 絶対見るんだー!」 「男がこうと決めたらやるしかないんやー!」  それでも俺は窓に手をかけて、ケーブルをもっとよく見ようと、 「こりゃりゃーっ!」  そこに放送部顧問様がやってきた。 「しゃわたりくん! この変態がああっ! とうっ!」  問答無用で背中にジャンピングニードロップを見舞ってくる。 「きゃっ?!」 「のわっ?!」  爽花がくっついていたおかげで難を逃れる。  あとちょっとで落ちるトコだった。 「何するの! 危ないでしょ、小豆ちゃん! めっ!」  南先輩のように叱ってみる。 「……危ない? 危ないのはしゃわたりくんの方でしょ!」 「へ?」 「この好色一代男っ!」 「歩く生殖器!」 「エロエロエッサイム!」  えらい言われようである。 「ちょっ?! 何で俺がそんなこと言われないといけないんすか?」 「だって、言ってたじゃん!」 「ね? いいじゃん見るだけだから。(性的な部分を!)」 「えー、いいじゃんいいじゃん。やらしてよ~(エロスなことを!)」 「イヤだーっ! 絶対見るんだー! (○○○○を!)」 「男がこうと決めたらやるしかないんやー! (○○○○を!)」 「違いますよ!」  勝手に脳内補完しないでっ! 「もう沢渡くんのせいで、伏字だらけになっちゃったよ……」 「小豆ちゃんのせいでしょ!」 「何ーっ?! お前の母ちゃん、でーべーそーっ!」 「何ーっ?! そっちの母ちゃんだって、絶対でべそっ!」  子供のケンカが始まった。 「……」 「……もうネットラジオの準備を始めた方がいいのかもしれないな……」  俺の横で爽花が、大きくため息をついた。  必死にケーブル類をチェックする日々が続く。  おかしそうなトコはいくつかあった。  それはできる範囲で補修した。  それでも、俺達のアンテナは電波を飛ばしてくれない。  最初の一回は何だったんだろうと思ってしまう。  もう何十回もノイズを聴き、俺達はその度に肩を落とした。  そして、瞬く間に10日が過ぎた。  どんな情熱も、前に進んでいるという燃料がなければ冷めていく。  ――俺達は諦めかけていた。  夏休みの残りあと4日。  今日が過ぎれば3日の夕暮れ時。 「……」 「……」 「……」  部員達は無言で部室にいた。 「……」  ある者は机につっぷし、 「……」  ある者はボンヤリとケータイの画面を眺め、 「……」  ある者はただうなだけていた。 「……」  俺は黙って、トランスミッターを操作していた。  流々がミスってるとは思えないが、もう他にやることがない。  やることがないのに、電波が飛ばない。  それは、俺達が負けたってことになってしまう。  だから、無駄と知りつつ手を動かしていた。 「……もういい、タク」  流々がスマホを机に投げ出して、俺を見る。 「いや、ちょっと待ってくれ」 「さっきの試験電波が気になるんだ」 「周波数カウンターでもう一度見て――」 「電波飛ばねぇのに、意味あっか!」  流々が机を叩く。 「ひゃっ?!」 「こら、流々! タクに当たるな!」 「あ……」 「ごめん、タク……」  しゅんと下を向く。 「いいよ。お前が一番詳しいし、今までそれで随分助かった」 「サンキューな、流々」 「……馬鹿」 「詳しくても、結果出なかったら意味ないじゃんかよ……」 「いや」 「田中くんのおかげで、ここまで来れたんだ。キミがいなかったらどうなっていたか」 「胸を張りたまえ」 「そ、そんな優しいこと……言うな……」 「私は、あんたが私達と思い出作りたいって言うから……」 「こんな私でも役に立つかなって、嬉しかったのに……」 「……ううっ」 「流々……」 「田中さん……」  計と南先輩が流々に近寄り、慰める。  あの強気な流々が泣き出してしまった。 「――兄さん」 「――拓郎」 「……」  七凪と修二の二人が同時に何かを言いかけて、止める。  二人ともきっと作業の中止を提案したかったのだろう。  気持ちはわかる。  仲間を泣かせてまで、これ以上続けてどうなる?  その通りだ。  だけど。  俺は爽花を見る。 「私は未来視の結果がどうあろうと、学園祭でキミ達と放送したい」 「青春したいんだ」 「せめて君達と楽しい思い出を作りたくて……!」  だけど、俺は爽花に。 「――拓郎」 「いいんだ」  爽花が穏やかに笑う。  その笑顔が悔しい。  諦めたくない。  こいつの願いを叶えてやりたい。  不吉な未来なんか跳ね飛ばして、こいつといっしょに、  仲間達と、 「くそっ!」  俺はマイクの方へと移動する。  電源を入れる。  キューランプが点る。  目いっぱい押してやった。 「拓郎………?」 「おい」 「兄さん」 「あー、あー!」 「突撃! 緑南放送局臨時放送!」 「ただ今から、始めたいと思います!」 「タク……」 「とりあえずはまず自己紹介からですよね!」 「俺は沢渡拓郎です! 緑南学園で二年生やってます!」 「放送部に入ってます! 入っちゃってます!」 「自称、世界を狙える放送部員です! あ、これ先輩の受け売りですけど」 「それから」 「それから……」  言葉が続かない。  届かないと思うと、もう続けられない。  くそっ。  くそっくそっくそっ! 「電波っ、」 「飛んでけ、この野郎っっっっっ!」 「こいつらと放送したいんだよ! この野郎っっっっ!」  叫んだ。  声をからして。  電波が無理ならせめて、声だけでもと。 「拓郎……」 「――!?」 「田中さん……」  先輩が目を丸くして、周波数カウンターを指差す。  今までにはなかった波形が記録されていた。 「何っ?!」  慌てて流々が高感度ラジオのスイッチを入れる。  ボリュームを最大にしたのか。  ノイズが部室に鳴り響く。 「もう一回しゃべれ!」 「何でもいいから、叫べ!」  その声を合図に。  俺は息を吸い込む。  そして。 「こいつらと、」 「せーしゅんしたいんだよっっっ! この野郎っっっ!」  同時にラジオが吐き出した。  俺と同じ言葉を。 「な、直った……?」  爽花がきょとんとした顔を俺に向ける。 「ああ」  力強く頷いた。 「直った……!」  爽花の瞳に微かに光るものが浮かぶ。 「で、でも、どうして急に……」 「奇跡か……?」 「ありえねーよ……」 「俺、アンテナ見てくる!」  気がついたら、駆け出していた。 「待て、私も行く!」  息を切らして、走った。  一刻も早く見たくて。  フォールデッドダイポールアンテナ。  いつも無愛想に俺達を見下ろしていたアイツを見たい。  そして。  ありがとう、って――  慌てて扉を押し開き、転がるように屋上へ。  そこに。 「よおっ」  ハシゴの上で見知った人が手を振っていた。 「や、山本先生……?!」  俺のすぐ後ろで爽花が、すっとんきょうな声をあげた。 「先生が直してくれたんですか……?」 「ああ」 「補修するのはいいが、もっとハンダはバチッとつけないとな」 「キレイに直してはあったが、まずは強度を優先しろ」 「な、後輩」  夕陽をバッグににっと笑う。 「こ、後輩?」  爽花と二人でハシゴから下りてくる山下先生を待つ。 「勝手に触って悪かった」 「だが、いくら待ってもキミ達が頼ってくれないんでな」 「つい、おせっかいを焼いてしまったよ」  俺の前に立つ山下先生が、ぽんと俺の肩を叩いた。 「で、ですが……」 「だって、山下先生は――」  あ。  唐突に思い出した。  いつか今と同じように。  爽花と屋上で夕陽を浴びながら。  『もしわからないことがあったら、いつでも連絡してください。』  心優しい先輩に、感謝したことはなかったか。 「……山下一夫……先輩?」 「ああ」 「せ、先生が先輩……?」 「俺達が卒業して、早10年……」 「またキミ達がこのアンテナを使うと聞いて、興奮したよ」 「協力させてくれ」  手を差し出される。 「ありがとうございます……」 「本当に、ありがとうございます……!」  先輩の手を強く握る。  何て素敵な先輩なのか。  ちくしょう。  泣きそうだ。 「おう、どうした? 拓郎」  俺が感激の嵐に翻弄されていると、他の部員達もどやどやと上がってきた。 「なかなか戻ってこないから……」 「心配しました」  次々と山下先輩の後輩達が顔をのぞかせる。 「ん? 物理の山下ちゃんといっしょじゃん」 「山下ちゃん、元気?」 「くぉらああああああっ! てめぇら、山下大先生様をちゃんづけしてんじゃねー!」 「尊敬しろっ! いやむしろ崇拝しろっ!」  俺、大激怒。 「な、何でですかーっ?! 一体何が起こったですかーっ?!」 「タク、目がマジだぜっ?」  計と流々が目を白黒させる。 「山下先生は、我が放送部のOBだ」 「マジかよ?!」 「あらあら……」 「今、アンテナを直してくれた。山下先生は大恩人だ」 「なるほど、それで兄さんはあんなに……良かったです」 「新たなナニに目覚めたのかと思って、ドキドキしました」  いったい俺が何に目覚めたんですかナナギー。  ともかく。  俺は今、この感謝の気持ちを表したい! 「皆! 今からこのエクセレントな先輩を胴上げだ!」 「おお、やるか?」 「了解っす!」  全員で山下先輩を取り囲む。 「――え? いや、僕は別に、そんな……あ、ち、ちょっと待って――うわあああっ!」 「山下先輩、万歳!」 「ひゃっほー!」 「万歳!」  あっという間に山下先輩は宙を舞う。 「ありがとうございました!」 「感謝……」 「うわっ、ちょっ、まっ、うわああああっ!」 「先輩、大喜びだね!」 「……私には嫌がってるように見えるんですが」  8月28日、午後6時32分。  俺達放送部のアンテナは完全復活を遂げる。  フォールデッドダイポールアンテナ。  その長い影の下、アホみたいにはしゃぐ俺達。  当のアンテナはそ知らぬ顔をして、そんな俺達を見下ろしていた――  アンテナの復活をもって、今日の部活は終了となった。  全員の表情に安堵が浮かぶ。  夏休みは残り後、3日。  よって。 「明日は皆で遊ぼうぜ!」  計が元気よく出した提案に、異を唱える者はいなかった。  さらに。 「んじゃ、タクが実行委員な!」  この提案に異を唱える者もいなかった。  えー。  2時間後、夕食を食いながら計画を話すことになった。  自由時間の間に案をまとめなくては。  そんなわけで、相談相手を探し求めている俺である。 「――見つけた」 「ん?」  窓の向こうを眺めていた爽花が振り返る。 「どうした? 何か用かい?」 「素敵なお嬢さん、キミにお願いがある」 「話してみたまえ」 「素敵なお嬢さんが聞こうじゃないか」  くすくす笑いながら俺を見る。 「明日の計画の相談にのってくれない?」 「もちろん、OKだ」 「知恵を貸そう」 「ぶっちゃけ、爽花がどっか行きたいとこってある?」 「私はキミが好きな所ならドコでもいいぞ」  即答される。  嬉しい答え。  ありがとう神様、俺の彼女はこんなにも可愛い良い子です!  でも、参考にはならない意見だった。 「あー、そーいうのはデートの時に言っていただければ」 「え? あ、そ、そうだなっ。すまない!」  頬を染めて、両手をわちゃわちゃとさせる。  そんな焦る仕草も激キュートだった。 「ああ、この子はもう!」  思わず身体を左右にくねらせる。 「どうして、悶えてるんだ?」 「爽花のせいだ」  くねらせながら答えた。 「え?」 「お前があんまり可愛いから……」 「俺の脳が、爽花たん萌えモードに移行してしまった……」 「か、可愛いって……」 「ば、馬鹿、いきなりそんなことを言うな……」  と言いつつ俺の方へ。  そして、ごく自然に俺の胸に頭をこつん、とぶつける。 「そ、爽花……」 「拓郎……」 「ぎゅっとして……」 「うん……」  ゆっくりと両腕を爽花の背中に回す。  そっと包み込むように。 「もっと強くがいい……」 「こ、こう?」  少しだけ力を入れる。 「もっとだ」 「このくらい?」  さらに強く抱く。 「あ……」 「キミが、すごく近い……」 「今、とても幸せだ……」  とくん  爽花の一言で、俺の心臓が強く脈を打つ。  俺といることが、幸せだと爽花は言ってくれた。  そんなことを言われたら――  俺は、もう爽花しか見えない。 「俺も、すごい幸せだ……」 「うん」 「好きだ、大好きだよ、爽花」 「うん……」 「俺、何があってもお前を守る」 「絶対、守り抜くから……」 「信じてる……」 「私は、あの時から、」 「私の未来を視ると言ってくれた、あの時から、」 「信じてる……」 「爽花……」 「ん……」  髪を撫でながら、口づけをする。 「ん、ん……」  もう俺達は止まれなかった。 「え……?」  爽花の下半身を見た瞬間、俺は――  神を見た。 「ぶ、ブルマ……ブルマじゃないですか……」 「えぇっと、なんでそんなにワナワナ震えるんだ……?」  爽花が恥ずかしそうに脚を閉じようとしたのを、両手で押さえた。 「嬉しくて……」 「そ、そう。気に入ってもらえるかな、とは思っていたんだが……」 「ちょっと予想以上で怖いかもしれない」 「怖くない。怖くないぞ、大丈夫だっ!」  なにがどう大丈夫なのか自分でもよくわからない。  が、不用意に怖がらせてこの機会を台無しにしてはいけないと心が叫んでいる。 「もしかして、俺のために?」 「あ、ああ……」 「実は、少し前に七凪くんに、もらったんだ」 「これがいつか役に立つはずだと」  ナイス妹!  俺は心の中で、妹様に泣いて感謝した。 「……今、ちょっと後悔してるかもしれない……」  俺の反応に彼女は若干引き気味だった。 「いや、させない。また履きたいと思えるように、僕がんばる!」 「意味がわからないぞ。ていうか目が輝きすぎだ……まったくキミというヤツは……」  紺色の生地に手を伸ばそうとしたら、爽花がそれを押しとどめた。 「待て」  まるで犬のようだ。 「さ、触る前に」 「……?」 「拓郎が好きなのは、私か? それとも、ブルマか?」 「爽花が一番で、ブルマが二番だ」  一秒も迷わず答えた。 「……なぜだか二位のブルマに猛追されている気がする」 「ブルマは自分自身ではなにもできないが、爽花は自分の意思でいろんなことができる」 「しかも今は、爽花がブルマを履いているという支配的状況だ。ネガティブになる必要はないよ」  そっと、指先で紺色の生地に触れた。 「っ……」 「際から少しだけぱんつ見せてるのも、俺の好みに合わせてる?」 「ち、違う……たまたまだ。そんな好みをカミングアウトするな」  それでも、爽花はぱんつを隠そうとした指を意思の力で引き戻した。 「キス、してもいい?」  指先を割れ目に沿って這わせ、肉の輪郭を生地に浮きあがらせていく。 「……うん」  顔を寄せて、唇を吸いつけた。 「は、ぁ……あっ……それ、キスというより……」  吸引、と言った方が正しいだろう。もちろん、なにか吸い出せているわけではないが。 「く、苦しくないか?」 「苦しくなったら……」  はぁぁっと熱い息を吹きあてる。 「ひぁっ……!?」  俺の息でブルマがじっとりと湿気と熱を帯びる。  爽花の腰が逃げそうになったが、太腿をグッとつかんでさらに顔を押しつけた。 「すううぅぅぅっ……」  鼻を割れ目に埋めて、深く深く息を吸いこんだ。 「にっ、匂いは嗅いじゃ……ダメだっ……んぁっ!」 「俺のために履いてきてくれたって聞いて、嬉しくて……」  また吐く息で爽花のアソコを温める。 「あっ……っ……。……は、ぁっ」 「そんなにしたら……奥に、息が入っちゃう……んぅっ……」 「音が鳴っちゃうから恥ずかしい?」 「あ、当たり前だろう……もう……そんなことをさせようと思っていたのか」  口を離して、代わりに手をそっと開かれた股間に乗せた。  中指にちょうどクリトリスがあたるようにして、ゆっくりと動かす。 「ふっ、あっ……あっ……それ、気持ちいい……っ」 「そんなにすごいことしてないけど、爽花は弱い刺激の方がいいってことかな」 「前みたいのも……っ、か、感じる、けど……んっ、手のひら……ぜんたいで……っ……」  言葉を呑みこんで爽花が赤くなった。 「全体で?」 「……くにくにされて……るからっ……はぁあっ! あっ……今、みたいに……っ……指先がっ……弾く、のっ……んぁっ! いい……っ」  嬉しくなった。  爽花の口から、こうやってなにがいいのか言ってくれたことが、だ。 「前も思ったけど、爽花はクリトリスを弄られるのが好きなんだな」 「はっ……はっ……好き……好きだ……っ……んぁう! は、恥ずかしいけど、さ、触って……ほしい……直接……っぁ!」 「俺としても直接触りたいんだけど、ブルマを脱がしたくもないんだ」  意地悪だと思ったんだろうか。  爽花が少し口をとがらせかけた。  それがすごくかわいい。 「……脱がなくても……平気だから」  そう言うと、爽花は自らブルマに手をかけた。指先が生地の際に潜りこむ。 「んっ……これで、どう?」  パンツごとブルマを横へずらして、爽花は深く息を吸いこんだ。  その一連の動作がびっくりするくらいエロくて、背筋に震えが走った。 「……最高だ」 「うぅ……キミは本当に変態だな……」 「褒め言葉として受け取っておこう」 「馬鹿……」  触る前の儀式というわけでもないが、俺は空気にさらされたクリトリスにチュッとキスをした。 「ん……っ……あっ、んっ、んん……!」 「ちゅ、ちゅ」  夢中でキスの嵐を降らす。 「あっ、ああああ……んっ、……あっ、いや、んっ!」 「あ、そこ、また、んっ、あっ、ダメダメ、あっ、んっ、くっ……!」  可愛くもだえる彼女。 「爽花、爽花…………」 「あんっ、そんなに同じところ、ばかり、あっ、拓郎、やっ、あっ、あっ、ああっ!」  ぷっくりとクリトリスがふくらんでくる。  もちろん、優しくキス。 「ひゃああああああっ!」  一瞬太ももで顔を挟まれた。  でも、そのまま愛撫を続ける。 「……あっ、拓郎、んっ、は、激しい……ぞ……」 「そんなに、焦らなくても……あんっ!」 「……いや、焦ってはいないけど」  反応が可愛いんで夢中になっただけだ。  だから、このまま攻めちゃう。  舌を伸ばして、べったり押しあててから、口の中に含んだ。 「ふああぁぁっ! アマガミしちゃ、ダメだってば……ひぁう!」  口の中で舌先を使って、にゅにゅっと包皮を向こうへ押しやる。  もう皮の中で勃起していたようで、爽花のクリトリスは簡単に皮剥けの状態になった。  一度、爽花の目を見てから、くちゅくちゅと軽く吸ったり出したりを繰り返していく。 「あっ、ぁっ、あっ……ふぁんっ! たく、ろっ……ん、あっ! はぁっ……あっあっ……っく、ふっ……!」 「指、入れても、平気?」 「っ……ん……うん……いい……あっ! ああぁっ! 拓郎の指……ほしい……っ……んぅっ!」  舐めながら指を入れやすい体勢を作ると、爽花が心得たようにグッと少し股間を俺に寄せた。  開いた土手の中のピンク色の粘膜に、二本の指を添える。  軽く力を加えただけで、くぱぁっと膣口が開いた。  まるで早くほしいって言われているみたいだ。 「ひくひくしてる……」 「ゆ、指が入ってくるって思うと……そうなっちゃうんだ……。だから……はぁ、はぁ……だからっ」  早く入れてほしい、と続けたいようだ。  膣口のあたりはすでに湿り気を帯びていたが、ゆっくりとほぐすように指を動かしていると、奥から愛液が滲みでてきた。 「はぁぁ……っ……い、今……ちゅぷって……ん、ぅっ……入った」 「まだ先っぽだけ。もっと、奥まで……」 「入れて……音、出ちゃっても、いいから……入れてほしい」  ゆっくりと指二本を付け根まで挿入して、中の感触を確かめた。  手のひらを上にして指を曲げながら手前に引いていく。 「……~~ッッ……はっ、あんっ!」  何度か繰り返して反応のいいところを探っていく。  爽花の言葉通り、水気のある音はすぐに立ちはじめた。爽花自身、音が出てしまうという感覚はすでにあったんだろう。 「んっ……ぐちゅぐちゅ、いって……はぅっ……! 拓郎の指が、っ、ぁっ、ふあっ! き、気持ちいいとこ、こすってる……っ……んあぅ!」  指を往復させているうちに、隙間から愛液が溢れてきた。 「つ、机が……汚れてしまう……」 「あとで綺麗に拭けば、大丈夫だよ」 「そうだけど……な、なにか残る気がしない……か?」 「休みが終わったら、みんながこの場所を使うんだし」 「でも、ブルマを履いてきたってことは、ここでする気だったんだろう?」 「…………」  爽花が口をムニムニさせた。  反論したいができないというところだろう。 「意地悪……」  拗ねてしまった。  抱きしめたい。 「ごめん、俺のラブ彼女」 「キミはたまに変わった呼称を使う……あっ!」  愛でるように愛撫を再開した。 「んっ、はぁっ、あっ、んっ、そんなに、ああっ!」 「爽花に気持ちよくなってもらいたいから」 「い、いいよ、キミとこうするのは……とても、好きだ……んんっ!」  そんなこと言われたら、期待に応えないわけにはいかない。 「今までで一番気持ちいいって思ってほしくなる」 「ひぁっ! な、中と、外っ……一緒に!? んあう! それっ、ちょっ――ふ、あ、あっぁ、ぁっ!」  右手の指を膣の中に入れ、左手でクリトリスをつまんだ。 「ふ、ひっ! ひっ……く、クリトリスっ、両方から、あぁっ! 揺さぶられてっ……うあぁぁああっ!」  膣の中はたっぷり愛液が潤していて、滑らかに指先からの刺激を送りこむことができた。 「や、あっ、あっ! そんなにしたらっ……したらぁっ……ふあああぁぁんっ! た、たくっ……やぁっ! 漏れちゃう!」 「いいよ、出しても、俺が綺麗にする」 「絶対っ……絶対ダメっ! あっ、あっ! んああああぁっ! 絶対しないっ!」  じゅわ、と染みだすものが見えた。その視覚的興奮に、思わず指の動きが速くなる。 「あっ、あっ! あぁああぁっ! ダメっ……い、イクっ……イッちゃあぁう!!」 「ふあああぁぁぁぁぁああああっ!!」  全身をこわばらせた爽花が絶頂を迎えたようだった。  膣に潜りこんだ指がきゅうぅぅっと締めつけられる。 「……っ……っ!! ……ぁっ……あっ……っっっ」 「やあぁぁぁ……」  今まで一番、愛液が溢れていた。  今、この瞬間もまだ出てる。 「……はぁ……はぁ……」 「よかった? 爽花」 「よ、よすぎた……」 「そ、そうか」  少し視線が定まってない感じだ。  休ませた方がいいか。 「……さあ、次はキミだ……」 「え? でも」 「ほら、拓郎、遠慮するな」  股間の濡れ具合を気にしつつも、爽花は机から下りた。 「おお……」  眼前に広がる光景に簡単の声をつい漏らした。 「ん? 嫌いか? こういうのは」 「いやいや、とんでもない」  すぐに否定する。 「キミの周りには大きなコが多いからな……」 「私のでも充分使えると、証明したいんだ」  おっぱいまるだしで、キリっされても。 「俺、別に爽花の胸に不満はないよ?」 「不満がないんじゃなくて、この胸しか目に入らないようにしたいんだ」 「心配しなくても、浮気とかしないって」 「キミはモテるから、心配はするさ」 「だから、私なしでは生きられない身体にしないとな……」  ちょっと怖いですよ、爽花さん。 「じゃあ、いく……」  ふにふに 「あうっ」  爽花のおっぱいの感触がダイレクトに俺の下半身に伝わる。  こ、これはいい。 「ん? なかなか良さそうだな」  そう言いつつ、視線は俺の目ではなくペニスの方へ向いている。  そっちで判断してるのか。 「正直な話、コツとかさっぱりだ……」 「いや、今の状態でも充分気持ちいいです」 「……こ、こういう感じ……かな……」 「爽花の柔らかなおっぱいに包まれてるっていうのが大事なんだと思うよ。精神的な効果?」 「……なるほど。それなら私にもわかるかもしれない。こうして……拓郎と密着しているというのは、確かにすごく身体が熱くなる」 「心が大切なら……」  爽花が俺の目を見つめながら、おっぱいをこすり合わせた。  亀頭が谷間に埋まりこみ、また顔を出して、まるで溺れているみたいだ。 「拓郎がどんな風に感じているか、私に見せてほしい」  そんな上目遣いで言われたら…… 「……ぁっ……か、硬く……なったぞ?」 「今、俺の視界にとんでもなく、エッチッチな爽花がいるので興奮してる」 「と、とんでもなく……エッチッチ……」  自らおっぱいを寄せて、ペニスを谷間に挟んで俺を見あげているなんて、明らかに『とんでもない』だろう。 「彼女にエッチッチなんて、ひどいな」  いや褒めてるんだけど。 「こうしてやる、んっ」  くにくにと亀頭を柔肌でこねられた。 「あっ!」  思わず声が出た。 「すごく、熱くなっている……それに、さっきから拓郎の、ムズムズしてる?」 「ムズムズっていうか……」 「こすりつけてる……」  その通りだった。 「出したくなってきた」 「……おっぱいに……か、かけたい、のか?」 「かけたいです」  ものすごく、単刀直入に言ってみた。 「…………」  迷ってる。  そりゃそうか。 「……し、しかたない、な……」  ちょっと嬉しそうにも言う。 「じゃあ、このまま……いいぞ……」 「はぁ、んっ、あっ、んっ、はぁっ!」  爽花は上半身を激しく上下させる。  ビストン運動。  爽花にこんな卑猥なことをさせているという背徳感や、胸の感触とかが入り混じって、激しい射精感が湧き上がる。 「あっ、で、出る、出るよ!」 「んっ、はぁ、んっ、あっ、い、いいぞ、イっていいぞ、拓郎!」 「あっ、あああ!」 「んんんっ!」 「くうっ!」  びゅるるっ! と精液が噴きだすと同時にペニスが激しく震えた。 「ああっ!」  胸の谷間に出すつもりが、飛び越えて顔にまで届き、たっぷりと爽花の顔を精液まみれにしていく。  垂れ落ちていく精液を嫌がることもなく、爽花はすべて受けとめてくれた。 「はぁ……すごい……ちゅるっ……」  口のまわりに舌を伸ばして、爽花が精液を舐めとる。 「ちょっとずつ、この味にも慣れていくんだろうな……」  そうだったら嬉しいけど、さすがに俺から慣れてくれなんて言いにくい。  目にかかっていないことを確認した爽花が、ゆっくり瞼を開く。 「っ……お、おっぱいにまで、垂れてきた……こんなに糸を引くものなんだな」 「ご、ごめん、大丈夫?」 「……ん……平気だ……」 「ありがとう、爽花の胸しか、もう俺見えないよ」 「無理矢理言ってないか?」 「ない」 「ふふ……ありがとう。なぁ、拓郎」 「ん?」 「気持ちよかった?」 「ああ。すっごく。……だから、今度は爽花に気持ちよくなってもらいたい」 「ああ……頼む……」 「あああっ……!」  後ろからゆっくりと爽花に挿入する。 「苦しかったら体勢変えるから言って」 「苦しくはないけど……これ……すごく……恥ずかしいな……」 「そ、そうなのか?」 「……ぁ、んっ……ああ、私は、表情が見えていないと、んんっ!」 「じ、自分が変な反応を、しているんじゃないかって、ふ、不安になる……」 「どんな爽花も可愛いから心配しないで」  お尻を撫でてあげる。  つるつるだった。 「キ、キミは、お尻を撫でながら、そんなことを……んんっ!」  ぬるぬるした感触がペニスに伝わってくる。  何度重なっても、やっぱり彼女とのエッチはたまらない。 「今は行為に集中しよう、爽花」  ずずずっとゆっくりチ●ポを奥へ入れた。 「ひぁんっ! ……い、いっ……いきなり……んぁっ」 「ちゅ」  背中にキスして、舌を這わした。 「……あ、んっ、ちょっ、くすぐっ……」 「しょっぱい、汗の味かな?」 「れ、冷静に、言うなっ!」 「ごめん」  言って手を伸ばして、お胸を触る。 「ああっ! いきなり、そっちに、んっ、はあんっ!」 「あっ、乳首は、また、あっ、固くなっ、あっ、んっっ!」  こりこりの乳首をつまみつつ、爽花をせめる。  少し触れていた部分の体温があがった気がした。  そして、膣の肉が俺のモノを探るようにぎゅっぎゅぎゅっと収縮した。 「ああ……!」 「な? どうした……」 「泣きそう、で」 「はっ? な、なんでだっ?」 「あんまり気持ちよくて……」 「そ、そのくらいで、泣かないで、くれっ! あっ、入れながら、クリ……触って……きゃんっ!」  爽花が背筋を伸ばして反応する。  入れながら色々と愛撫できるから、この体勢はいいかもしれない。 「ほ、本当に、エッチだな、キミは……ああん!」  そんなことを言いながら、爽花は自ら腰を使いはじめた。  恥ずかしいのをごまかそうとしているんだろうか。 「んっ、んふっ……く、うんっ! はんっ!」 「あっ、ん、ぁっ! あっ、あっ! わ、わた……私……んっ、くふ!」 「そんなうねるように動いたらヤバイ……うぁっ」 「私もエッチに、あっ、んっ、は、ぁっ、あっ!」 「エッチな気分になってる?」 「……っ……そ、それは……んっ……はぅん! た、たぶん……あ、あっ、んぁう!」 「もっと、エッチになって」  また背中に舌を這わしながら、両方のおっぱいを揉んだ。  ぴんと勃った乳首を指でこねまわした。 「ひゃん! あっ、はぁ、んっ、あっ、ああっ!」 「ダメっ、ち、乳首をつねりながら、そんなに、あっんっ!」 「あっ、背中が熱い、んっ、拓郎が、いっぱい、キスして、あっ、んんっ!」 「爽花なら、どこでもキスしてあげるよ」  ぎゅっと腰を抱いて、ささやく。 「ああっ! そ、そんなこと、優しく、ささやかないで……ああっ!」 「んあぁっ!! すごいっ……はっ、あっ、こすれてっ……るっ……これ、私の弱いところっ……ふああぁあっ!」  ビクッビクッと爽花が大きな反応を示す。  入口付近のはおなか側をこすられながら奥まで達するのがいいらしい。 「爽花、爽花……!」 「……はぅんっ! あっ、……ぁっあっ! ふぁん! 拓郎! 拓郎!」  さらに腰を動かした。  より意識できるように、一番奥まで辿り着く時には爽花の腰をグッと引き寄せて。 「あんっ! ……はっ、あぅ! 深い……よっ……んあああぁぁっ!」 「やっ、あっあっ! ぎゅぷっ、ぎゅぷっって……ひぁっ! 音、音が、出ちゃう……っ……あ、あっ、ああぁっ!」 「爽花、あ、俺、もうすぐ……!」  爽花のお尻がイヤイヤをするように揺れた。  それがまたいやらしい肉のうねりを生んで、俺の背筋を震えさせる。 「う、うん、来て! わ、私も、もう、あっ、あ、あっ、あっ! ふわああぁぁっ!」 「爽花……っ!」 「中に、中に……ぁあっ! 出してっ」  その声に押されて、出し入れの速度をあげる。 「あっ、うあっ! たくろっ……拓郎! ふぁっ、あ! ふあああああぁぁぁっっ!!」  爽花が絶頂を迎えたと感じた直後、俺も一番奥へとどまって精を注ぎこんでいた。 「ひっ、あっ……あぁっ……」  ビクンッ、ビクンッ……と大きく身体を揺らしながら、爽花が膣口を締めつけてくる。  まるで最後の一滴まで搾り取ろうとしているみたいだ。 「はっ……ぁっ……は、ぁ……ふっ……こ、これ……子宮まで……入ってきそう……」  そっと下腹部を撫でる。 「あっ、んっ!」  爽花はそれだけでまた軽くイッた。 「触られるの、つらいか?」 「……ううん。……敏感に、なってるだけだから……」 「……んっ、くっ! かけて……拓郎のせーし……っ……いっぱい!」  その声に押されて、出し入れの速度をあげる。 「あっ、うあっ! たくろっ……拓郎! ふぁっ、あ! ふあああああぁぁぁっっ!!」  ギリギリまで粘って、もう出る! という瞬間に腰を引いて、跳ねあがったペニスが暴れないように握りこんだ。 「うっく!」  びゅううううぅっ! と一気に精液が噴きだした。 「ひんっ! ……ぁ、あ、あ……いっぱい……出て……」  何度か噴きだすたびに、爽花の言葉通り、お尻にかけていく。 「はぁ……はぁ……はぁ……」  爽花の指が、ゆっくりと股間に伸びて、精液を塗り広げていく。 「んっ……くふっ……また、こんなに出た……」  言葉はたしなめるようだったが、その顔は色気すら感じさせるように上気していた。 「大好きだ……爽花」 「……うん……私も、拓郎のことが、大好き」 「ありがとう……」  俺は嬉しそうに微笑む彼女の頬に、優しくキスをした。 「おお……」 「おおおおお……っ!」 「これは……何と風情のある光景なんだ……!」  鳥居の真下に立った爽花は、目の前に広がる景色に興奮する。  部員の皆とドコに遊びに行くか色々悩んだ結果、縁日に来ることにした。  地元の夏祭りがちょうど今日だったのだ。 「三咲さん、あっちにチョコバナナがあるよ!」 「チョコバナナ?」 「お祭でしか食べられない、激ウマスイーツだぜっ!」 「それは捨て置けないな! 行こう!」  ダダッと女子三人が駆け出す。 「三咲先輩、お祭初めてみたいですね」 「転校多いって言ってたし、機会がなかったんだろうな」  普段から大人気ない計や流々はともかく、今は爽花も子供のようにはしゃいでいる。 「可愛い……」 「天真爛漫、純粋無垢……」  南先輩は無邪気に遊ぶ爽花にご満悦だった。 「俺らにとってはありきたりなイベントなんだけどな」 「悪い、夏祭りのこと話したら、アイツすごい食いついてたから」 「兄さん彼女優先ですかそうですか」  妹がムッと口を尖らせた。 「ごめん。これを逃すと一年先だし」 「まあ、いいんですけど……」  と言いつつ口は尖ったまま。 「くすくす」 「七凪ちゃん、お兄さん取られてご機嫌ナナメ……」 「――なっ?! ち、違いますよっ!」 「可愛い。七凪ちゃん、寂しくないから……」  南先輩が後ろから七凪をぎゅっと抱きしめる。 「さ、寂しがってません! 平気ですから!」  七凪はじたばたと逃れようとする。 「いい子いい子……」  でも、先輩は七凪を放さない。 「もう、まったく……」 「南先輩にはかないません……」  諦めた七凪は小さく嘆息した。  でもどこか嬉しそうだ。 「七凪ちゃん、何なら俺のことも兄貴と思ってくれていいからな!」 「修兄ちゃんと呼んでくれ!」  歯をキラーン! と光らせる。  無駄に爽やかなお兄さんを演出していた。 「ごめんこうむります、この野郎」  即座に拒否。  心の底から嫌そうだった。 「畜生! 俺と拓郎の何が違うんだーっ!?」 「容姿、性格、その他諸々、性別以外全てが違います」 「私の兄さんはパーフェクト兄なのです」 「言うなれば、最後の変身を終えた最終型」  七凪の中で俺はどんな設定になっているのか若干気になった。 「そんな兄さんを差し置いて、私の兄になろうなどと片腹痛いです」 「ぬおおおおおおおっ!」  修二は縁日の中心で叫ぶ。  周囲の人達が遠巻きに見て引いていた。 「皆、俺にちょっとずつ元気をわけてくれっ!」  いかん、何かあいつ集めちゃいそう。  恥ずかしいし、離脱するか。 「拓郎、いっしょに回ろう」  ちょうどいいタイミングで爽花が来た。 「わかった。行こう」 「早く、早く!」 「あ、おい、そんなに」  話終わる前に人ごみの中へと引っ張られる。  本当に今日はテンション高いな。 「……置いていかれました」 「大丈夫。私が遊んであげるから……」 「……わかりました」 「今日は南姉さんと楽しむことにします」 「行きましょう……」 「はい」 「七凪ちゃん、修兄ちゃんも忘れないで!」  爽花と二人並んで歩く。  計と流々もいるかと思ったが、姿が見えない。  きっとドコかで買い食いでもしているのだろう。 「あ」 「おっと」  肩をぶつけて転びそうになった爽花を支える。 「す、すみません。大丈夫ですか?」  人の良さそうな女の子が即座に声をかけてきた。  隣で彼氏らしき男も、こっちに「すみません」と頭を下げてくる。 「いや、こっちも注意が足らなかった」 「お互い様だ。こちらも悪かった。許してほしい」 「いえいえ、そんな~」  爽花と女の子は互いに恐縮しまくり、何度も謝る。  そして、気がついたら世間話をしていた。  俺と女の子の彼氏が「そろそろ……」と割り込んだのは15分くらいしてからだった。 「すまない」 「つい話が弾んでしまって……」  ちょっと恥ずかしそうに言う。 「別にいいけど、転ばないようにな」 「……じゃあ、こうしよう」 「ん?」  両腕で俺の左腕を抱く爽花。  うおっ、カップルみたいだっ! ※カップルです 「ふふ、デートだな」 「そ、そうすね」  意識したら急に緊張しだす俺。  もう爽花とは身体だって重ねたのに、未だに慣れない。  こいつはいつだって俺をどきどきさせる。 「あ、拓郎! あれ」  ぎゅっ  うおおおおっ!  今、俺の腕をぎゅって! 爽花の胸が当たって!  俺達、今めっちゃカップルみたいやん! ※だからカップルです 「金魚すくい、初めて見た!」 「やってみよう! 拓郎!」 「仰せのままに……!」  今の俺は爽花に言われるがままである。  爽花に首ったけ。 「よし!」 「お供致します……!」  爽花に導かれるがままに歩く。  彼氏というより下僕っぽいけど。 「おっちゃん、二人いい?」  日に焼けたちょっといかつい顔をしたおっちゃんに話しかけた。 「おう、もちろんだとも! ゆっくり遊んできな!」 「本当は一人100円だが、兄ちゃんの彼女、可愛いから二人で150円でいいぞっ!」 「え? い、いや、そんな……、そうか? 拓郎、ここはいい店だ!」  いきなりのお褒めの言葉に、爽花上機嫌。  このおっちゃん、やるな。 「おっちゃんもいい男だな! リスペクトするぜっ!」  親指を立てて、ニヤリと笑う。 「がははっ! 兄ちゃんも頑張って、俺みたいな男になんな。ほらよ!」  小さな椀と紙の貼ったポイを渡される。  俺はポイを手にすると、つるしてあった電球の光にかざす。 「ん? 何をやってるんだ、拓郎」 「紙の厚さを見極めようと思って……あー、これ結構厚めだわ。良心的だ」  これなら爽花でも一匹くらいはすくえそうだ。 「兄ちゃんわかってるな! ウチは初心者大歓迎だからな!」 「俺がやるから、それでコツをつかんで」 「り、了解だ」 「まず、やみくもに金魚を追わず、最初からターゲットは決めておく」 「ふむふむ」 「大きすぎるのは、まずすくえないから小物を狙う」 「承知!」 「それから、そのターゲットがすくいやすい場所に来るまで待って――」  俺はポイを構えつつ、小さめの黒出目金を目で追う。  狙われているとも知らずにヤツは、俺の前をゆうゆうと遊泳する。  ――来たっ! 「とりゃっ!」 「速いっ!」  最小のモーションで、ポイの隅っこにターゲットを捕らえた。  でも、ここで安心してはいけない。 「すくったら、手早くお椀に移動」 「ここまで一連の動作でやること」  黒出目金は俺のお椀の中でひらひらと舞っていた。 「お見事……!」 「やるな、兄ちゃん! セミプロレベルだっ!」 「子供の頃から、よくやってたんで」  七凪にせがまれてよくやったものだ。 「その後、しばらく紙を乾かすともっとすくえる」 「無限にすくえそうだなっ!」 「おいおい、お嬢ちゃん、それは勘弁してくれよ!」  おっちゃんが苦笑いを浮かべる。 「こんな感じ。次は爽花、やってみよう」 「わ、わかった!」  キリッと唇を引き結んだ爽花が、ポイを持って肩をいからせる。  力が入りすぎだけど、遊びだしいいか。 「ターゲット、ターゲット……」  水槽を目を皿のようにして見る。 「よし、この子に決めた!」  元気に泳ぐ小赤を標的に定めたらしい。  小さいけど、動きが速い。  初心者には難しいめだが、あえて難しいのを選ぶのが爽花らしい。 「来い、来い……!」 「来い、来い、来い……!」  目が超真剣である。  身を乗り出す。  超乗り出す。  水槽に顔をつっこまないか心配になる。 「爽花、そこまで近づくと金魚逃げちゃうから!」 「わかってる!」  と言ってさらに前のめりに。  わかってなかった。  しょうがないなぁ。 「――来たっ!」  爽花の声に水槽を見る。  例の小赤が爽花の前を、結構なスピードで横切ろうとしていた。 「はああああああっ!」  気合とともに、振りかぶる。  そんな大きなアクションはいらないのだが。 「魚・即・斬!」  斬っちゃダメ! 「――はっ!」  溜めた気を一気に開放するように、腕を振り下ろす。  必殺技を繰り出すかのごとく、華麗な動作。  無駄にカッコいい。  とても金魚をすくいやってるとは思えないほどの気合が入ってる。  結果、周辺に激しく水飛沫がっ。 「ぶはっ?!」  もろに俺の顔面に直撃する。  やはり力みすぎだった。 「あ、すまん、拓郎」  ハッと我に返った爽花が慌てだす。  あ。 「爽花、爽花!」 「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん!」  おっちゃんと二人して、爽花の持ったポイを指差す。 「ん? あ……」  神の御慈悲か、爽花のポイの中央にあの小赤がっ! 「早く、椀に移せっ!」 「あ、ああ! ――って、椀がないっ!」 「さっき、必殺技の発動と同時にどこかに投げてしまった……!」  本当に必殺技だった。 「おもしれぇ嬢ちゃんだな……」  おっちゃんも呆れていた。 「紙、すぐ破れるぞ!」 「うぅぅぅっ! しかし!」 「俺の椀でいいから移せ!」  速攻で俺のを渡す。 「かたじけない!」  武士のように礼を言う。  紙が破れて落ちる小赤をぎりぎり椀で受け止めた。 「はぁ……」  安堵。 「や……」 「やった……!」 「ついにキミを捕まえたぞ……!」  黒出目金とともに泳ぐ小赤を見つめて、破顔する。  今時、金魚でここまで喜んでくれる娘さんもめずらしい。 「ははは! いいもの見せてもらったぜ、お二人さん!」 「これは10匹すくえたらあげる景品なんだが、今日は特別だ。持ってきな!」  小さな包みを二つ渡される。 「いいんすか?」 「ありがとうございます!」 「いいってことよ! 兄ちゃんとお嬢ちゃんには必要なものだろうしな!」  へ? 何だろう。 「拓郎、拓郎のはまだ破れてないぞ。どうするんだ?」 「いや二匹もあれば上等だし、景品ももらった」 「もう他所に行こう」 「ん。そうだな」 「ほい、すくった金魚はこれだ。大事にしてやってくれよ!」 「ありがとうございます。爽花」  すくった金魚の入った小さなビニール袋を爽花に渡す。 「可愛いな!」  嬉しそうに赤と黒の金魚を見つめる。 「んじゃ、行くか」 「ああ!」 「あいよ! 来年も待ってるぜっ!」  再び爽花と並んで人ごみの中へ。  今度は俺が爽花の肩を抱いて歩く。 「楽しかったな!」  いつまでも金魚を見つめながら微笑んでいる。  子供のような無邪気さ。  こんな爽花も――とても愛らしい。 「拓郎、景品は何だったんだ?」 「あ、まだ開けてない」  一つを爽花に渡し、自分の分を開けることにする。 「あのおっちゃん、何くれたんだ?」  想像もつかない。 「……た、拓郎」 「ん?」  先に開封した爽花が顔を上気させていた。  手には御守り。  この神社のモノだった。  金色の文字で派手に『安産御守』と印刷されていた。 「……」  おっちゃん、気が早い。 「あ~~~」 「今日は遊んだな、拓郎」  右手にリンゴあめとフランクフルト、左手にわたあめを持った爽花が伸びをした。 「遊んだっていうより、食べたって感じじゃない?」  俺はタコ焼きとヤキソバを手に言う。  ちなみに爽花の分を持っているのだ。 「ん? それは、キミのせいだ」 「何でやねん」 「私はキミといると、楽しいんだ」 「人は楽しいとはしゃいでしまう。そして、はしゃぐと腹が減る」 「自然の摂理だ」  大食いの言い訳に自然の摂理まで持ち出したよ、この子。 「ほら、キミのせいだろう?」  にこやかに責任転嫁された。  でも、もちろん悪い気はしない。 「キミも食べていいぞ」 「食べたいけど、両手ともふさがってる」 「ほら、あ~ん」  ごく自然にフランクフルトを差し出された。  え?  ええーっ?! 「いや、それは」  恥ずかしいんだけど。 「ん? どうした?」 「拓郎、あ~ん」  爽花は何の戸惑いもないようだ。  この子、何もわかってないよ。  こんな人前で、羞恥プレイじゃないですかー! 「……」  無言で石化してしまう俺。 「? あ、もしかして嫌いだったか?」 「すまない。キミを困らせるつもりはなかったんだ……」 「どうやら、私ははしゃぎすぎてしまったようだな……」  爽花が表情を曇らせ、目を伏せる。  ああ! 俺の爽花たんが落ち込んでしまった!?  罪悪感にさいなまれる。  ええい、ままよ! 「い、いただきますっ!」  覚悟を決めて、フランクフルトにかぶりついた。 「おお」 「食べてくれたな!」  瞬時に彼女のご機嫌は復活する。 「味はどうだ?」 「お、おいひぃよ」  美味しいよ、と租借しながら答えた。 「うん、やっぱり拓郎は優しいな」 「へ?」 「私が少し落ち込んだフリをすれば、無理も聞いてくれる」  確信犯だったのかよ?! 「キミが恥ずかしそうに食べるところ、最高に可愛かったよ」 「褒められても嬉しくない!」  むしろ泣きそう。 「畜生、グレてやる」 「ん? グレて何をやるつもりだ?」  にこにこと余裕の笑み。 「とりあえず、このタコ焼きとヤキソバをつまみ食いする」 「いや、元々二人で食べるつもりだから構わないぞ?」 「――ていうか、子供か、キミは。ほら」  次はわたあめを差し出される。  すぐに口をつけた。  もう一回やってしまえば、あとはもういいのだ。  このままバカップルになってやる。 「甘っ」 「だな。でも優しい甘味だ」 「あ、私にはタコ焼きをくれ」 「あ~ん」 「あ、あ~ん」  さすが自分でやっただけあって、爽花は躊躇なく『あ~ん』をこなした。  この衆人監視の中で。  俺は心の中で、爽花を勇者認定した。 「美味い?」 「うーん……タコが少しミディアムな気がする」 「あー、たまにあるよな」 「まあ、こういう場所で食べ物に文句を言うのはよそう」 「何だって美味しいさ、キミとこんな風に――」  何かを言いかけて、 「……」  爽花はその言葉を飲み込んだ。  そして、微かにうつむく。 「どうかした?」  爽花の顔をのぞきこむようにして、見る。 「え? あ、いや……」 「大したことじゃない」 「やっぱり、さっきのタコはミディアムすぎだったと思っただけだ」 「気持ち悪くなったとか? 休むか?」  心配になる。 「そこまでじゃないさ」 「さ、もう少し歩こう」  そう言って爽花は、先に行く。  そっちは店の数が少なく、結構暗い。  暗闇への入り口という感じ。 「そんなに急ぐなよ」  俺は爽花の後を追う。  周囲を見ると、いつの間にか人影はまばらになっていた。  祭りも、もう終わる。 「……」 「ふぅ……」 「はあ~~……」  一夜明けて、午前の部室。  アンテナは復活し、台本もほぼ完成した。  なので、今日は仲間達と好きなだけダラダラ過ごすことにした。  ゲームで遊んだり、ダベったり、菓子食ったり。  素敵に無為な青春タイムを全員で満喫する――  ――はずだったのだが。 「はぁ……」  マイ天使爽花たんは今朝からずっとアンニュイな雰囲気をかもし出していた。  心配である。 「兄さん、お話があります」 「タク、ちょっと聞きたいことがあるぜ」  爽花のところに行こうとした時、二人に呼び止められる。 「え? 何?」 「タクロー、来なさい……」 「外はいい天気だぜ? なあ拓郎」  さらに先輩と修二までやってくる。 「な、何?」 「どうして、皆、何気に怒って……」 「いいから、ツラかせっ、タクボンっ!」  最後に流々に胸倉をつかまれる。  気付いたら、囲まれていた。 「参りましょうか」  妹が俺の右腕をしっかとつかむ。 「神妙にしろっ!」  そして計は左腕を。  ヤバイ雰囲気が漂いまくっていた。  五人に連行されるように、校庭へ。  で、 「タク」 「何?」 「オメー有罪」  さくっと判決が言い渡される。 「な、何故に?! ていうか何の?!」  まったくわけがわからない。 「懲役235年」 「実質終身刑っすか?!」  そんなアメリカンな判決は嫌だ。 「執行猶予はなしですから」 「タクロー、反省しなさい……」  味方になってくれそうな妹と先輩も今日の言は厳しい。 「異議あり! こんなのはあまりに一方的です、裁判長!」  挙手をして、俺の意見を強く主張する。 「あん? この判決が不服なのかよ?」 「せめて弁護士を呼んでください!」 「わーったよ、神戸、弁護しろ」 「いや弁護無理だし」  耳穴をほじりながら、めんどくさそうに答える。 「以上、弁護人の発言終わり」 「こらこらこらーっ!」  もう友情なんて信じない。 「でも、235年は長すぎるかもしれませんね」 「じゃあ、200年でいいや」 「元が多すぎて、意味ないからっ!」  絶対に出れねえ。 「往生際の悪いヤツめ」  幼馴染に汚いモノを見るような目で見られる。 「だって、俺何も悪いことしてないし!」 「はあ? タク、てめえ、この後に及んでまだシラを切る気かよ?!」 「兄さん、ひどいです」 「タクロー、めっ」 「このエロエロ魔人! 三咲さんに謝れっ!」 「え? 爽花のこと?」 「ああ、そうだ。三咲のことだ」 「昨日の晩、夏祭りが始まった頃、三咲は元気だった……」  芝居がかった調子で修二は話し始める。 「だが、お前と約2時間、2人だけで過ごした後、何故か三咲はひどく落ち込んでいた……」 「つまり、この2時間の間に、タクローが三咲さんに……!」 「あんなことやっ!」  自らの身体を抱きしめて、くねくねする。 「あるいはこんなことやっ!」  七凪に擦り寄り、無意味に頬ずりをする。 「あまつさえ、こんなことなんかっ!」  七凪と計に抱きつき、悶える。 「兄さんの変態!」 「タクの変態!」 「タクの変態!」 「絶対、お前らの方が変態ですからっ!」  冤罪も甚だしい。 「ん? だってタクが三咲さんにエロ行為を強要したんでしょ?」 「してねぇよ! だいたい何でそんな話になってるんだ?」 「三咲さん、ずっと元気ないから……」 「ああ、誰かがそんで、どうせ拓郎が三咲にエロいことしたんじゃないかって……」 「……それを、皆何の疑いもなく信じたと?」 「うん、割とそんな感じ♪」  計がいい笑顔で言い放つ。 「もう誰も信じられない! いや信じたくない!」  頭を抱えて激しくかぶりを振る俺。 「誰が言い出したんだっけ?」 「流々姉さんです」 「てへっ☆」 「てへっ、じゃねーよ!」  地団駄を踏む。 「タクロー」 「はい」 「なら、三咲さんはどうしてあんなに元気ないの……?」 「いや、俺もわかんなくて」 「えー、それはダメですよ、沢渡さん」 「彼氏失格ですね」 「すぐにフォローしろよ、タクボンはまったく使えねーなー」  ひどい言われようである。 「わかってるよ。俺だってすぐ話に行こうと思って――」  あ。 「行こうとしたら、お前らが俺をここに連れてきたんだろうがっ!」  再び地団駄を踏む。 「てへっ☆」 「もう、それはいい!」 「それなら、タクロー早く行ってあげて……」 「皆、心配してるから……」 「しっかりな」 「ちゃんと支えてあげるんですよ、兄さん」  皆の目は真剣だった。  こいつらも俺同様、三咲を心配しているのだ。  嬉しいし、ありがたい。  真っ先に俺が疑われたのは大変遺憾ではあるが。 「わかった、行ってくる」  皆の想いを胸に、歩き出す。 「頑張ってねー」 「ばっちり決めてこいよ!」  背中に友人達の声援を受ける。  ああ、友情って美しい。 「慰めるついでに、エロいことすんなよー」  ……流々うるさい。 「そうか……」 「拓郎にも、皆にも心配をかけてしまったか……」 「すまなかったな……」  部室に戻って、爽花を屋上に誘った。  少しでも明るい場所で話した方がいいと思って。 「あ、いや」 「爽花は別に何も悪くない」 「俺も、皆も心配してるだけで」 「……ふふ」  爽花がフェンスに近づき、校庭を見下ろす。 「これでも、普段通りの自分でいようと努力していたんだ」 「それがこうもあっさり、見破られるなんてな」  校庭を見つめたまま、笑みをこぼす。 「わかるよ」  俺は爽花の隣に移動し、爽花と同じ景色を目に映す。 「俺は、爽花のことならすぐわかる」 「気にかけている人のことなら、好きなヤツのことなら、誰だってそうだ」 「皆だって、同じだと思う」 「……」 「嬉しいよ……」 「私なんかに、キミやキミ達のような友人ができて……」 「夢みたいだ……」  強い風がフェンスとアンテナを揺らす。  太陽は今日もまた強い光で俺達の腕や首筋を焼く。  まだまだ夏は続く。  でも、聞こえてくるセミの声はどこか弱々しい。  風の中には微かに次の季節の匂いがあった。  変化している。  変わっていく。  いやおうなしに、全てが。 「拓郎……」  爽花の声。  それは風の中で、消えそうなくらい小さな声で。  まるで、独り言のように。 「私は転校ばかりで、誰ともそんなに深くは付き合って来なかったんだ……」 「どうせ、またすぐ別れるからと」 「それなら、仲良くなればなるほど別れの時がツライじゃないか」 「だから、当たり障りなく、感じ良く、薄く、他人と接してきた」 「それが私の処世術だったんだ……」 「……爽花」  今の爽花からは想像もできない。  ずっと本来の自分を殺して生きてきたのか。  それは、どんなにツラいことなのだろう。 「だけど、ようやくここに落ち着くことになって、そんな自分を捨て去ることができた」 「青春できた……!」 「全部、キミのおかげだ……」 「ありが……とう……」  え?  爽花の頬を後から後から、涙が。 「お、おいおい」 「泣くなんて、大げさすぎるぞ」  ハンカチを取り出して、爽花の頬を拭う。 「ふふ……」 「男の子に涙を拭いてもらえるなんて」 「いいな、これも青春っぽい」 「馬鹿」 「涙くらい、これからもいくらでも拭いてやる」 「いや、もう泣かせない」 「俺が守る。それにこれからだって楽しいことがいっぱいだ」 「学園祭やって、その後は修学旅行もあるし」 「秋は山行って、冬もスキーとか」  俺はこれから起こるであろう楽しいイベントを並べ立てた。  何故か必死だった。 「拓郎、ありがとう……」  きっと、それは俺が感じ取っていたから。 「今まで、ありが……とう……」  そして、それを回避しようと、必死だった。 「でも、もう」  言うな。  言うわないでくれ。 「お別れだ……」  爽花は笑顔で、そう言った。  でも、その笑顔は涙で痛ましいくらい、ボロボロだった。 「私は、もうキミとは、キミ達とはいられない」 「どうしてだ?」 「どこにも行かせない……!」  俺は爽花を強引に強く抱きしめた。 「昨日、視たんだ……」 「キミの未来を……」 「――え?」 「状況はわからなかったが、キミの前で私が泣いていた……」 「死なないでくれ、と叫びながら、だ」  !?  俺が死ぬ……? 「キミは私を助けようとして、逆に命を落としたんだ」 「やっぱり、運命には逆らえない。とんでもない復讐をされる……」 「キミはもう、私に関わってはいけない」 「今すぐに立つ位置を変えるんだ。そうすれば、」 「キミだけでも助かる……!」 「イヤだっ!」  俺は腕に一層力をこめた。 「馬鹿……!」 「キミは死ぬのが怖くないのか?」 「怖いよ。めちゃくちゃ怖い」 「今も身体が震えてる。わからないか?」 「だ、だったら……!」 「だけど、それは爽花だって同じだ。怖いはずだ」 「そんなお前を放っておけるか。そんなことできない」  たとえ、自らの命を危険に晒したとしても。  できるはずがない。 「……馬鹿」 「……こ、このままでは死んでしまうぞ……」 「死なない」 「死なせない。誰も」  自信があったわけではない。  俺は今まで未来視の結果を、完全に覆したことはなかった。  七凪達の乗るはずだったバスは、実際に事故を起した。  爽花は救えたが、鉄骨は落下した。  そして、かって俺の両親は事故死した。  ――視たものは、全部実現した。  だから、 「俺も、爽花も絶対死なない!」  この言葉は意思の表明。  運命と戦い、未来を自身の力で勝ち取る。  俺は今、はっきりと決意した。 「……馬鹿」 「馬鹿、馬鹿、馬鹿……っ!」 「……拓郎、キミは馬鹿だ……っ!」 「馬鹿で、いい」 「お前を犠牲にして、賢く生き残る人生なんか、クソくらえだ」 「たとえ、馬鹿でもお前を守って、共に生きる」 「そっちが、俺の、」 「俺達の未来だっ!」 「……う、あ」 「あ、あああ……」 「ああああああああああああああああああっ!」  爽花が俺の胸の中で、泣き叫ぶ。  俺は優しく、彼女を包むこむように、抱いた。  守る。  命をかける価値があるんだ。  そう思える人に出会えた。  それはまぎれもなく幸福なこと。  あとは、全力で生き抜くだけだ。  さあ、抗ってみようじゃないか。  ――運命ってヤツに。 「すー、すー」 「すやららら~」  真夜中に寝床から起き上がる。  周囲では友人達が眠っているから、そっと。 「……やっぱり眠れなかったな」  少しは眠ったほうがいいと思ってた。  でも、無理だった。  どうしても、考えてしまうから。  拓郎のことを。  仲間のことを。 「……夏休みも、もう終わりか……」  ゆっくりと毛布から出て、窓を開ける。  夜風が心地いい。  夏の星座がキレイだった。 「ちゃんと見ておかないとな」  忘れないように。  胸に焼き付けなくては。 「……もちろんキミ達の顔もな」  振り向く。  暗闇に慣れた瞳に、仲間達の姿が映る。  皆、熟睡していた。 「田中くん」 「キミがいてくれたおかげで、学園祭の準備が間に合った」 「それに私のために、思い出が作りたいと言って泣いてくれた。優しい女の子だ、キミは」  ありがとう。 「南先輩」 「貴方がいてくれたから、私も皆も思い切り行動ができた。青春できた」 「今まで、私には先輩と呼んで慕う存在なんていなかった。だから、とても嬉しかった」  ありがとうございます。 「真鍋くん」 「キミとはクラスでも、放送部でもずっといっしょだったな」 「当たり前のように友人として最初から接してくれた。すごく心強かった」  ありがとう。 「七凪くん」 「色々と衝突したこともあったが、キミは本当にお兄さん思いの素敵な可愛い女の子だ」 「最後には、お兄さんの彼女として認めてもらえて、嬉しかった」  ありがとう。  じっと皆の寝顔を見つめる。  心の印画紙に焼き付ける。  よし、忘れない。  絶対、忘れない。  そう自分に言い聞かせて、出口へと静かに歩く。  扉のノブを手に。 「……」  もう一度だけと、振り返った。  できれば、直接伝えたい。  でも、それは許されない。 「皆」  どうか。 「どうか、幸せに――」  その言葉を残して、私は部室を後にする。  そっと扉を開き、のぞいてみた。  二つの寝袋が転がっている。  神戸くん。  それに、拓郎。 「もう眠っているよな……」  忍び足で近づく。 「がー」 「すー」  二人とも熟睡していた。  そばには食べかけのスナック菓子の空き袋や、雑誌があった。  顔をのぞきこむ。  二人とも可愛い寝顔をしていた。  まだおどけなさが残っている。 「神戸くん」 「キミは最高のムードメーカーだ。いつも私達を笑わせてくれた」 「私はわかっている。キミは皆のためにあえて馬鹿をやっている。そんなキミは最高の友人だった」  ありがとう。  そして―― 「拓郎」 「……」  言葉が出ない。  言いたいことは山ほどある。  あるのに、ありすぎて。 「……拓郎っ!」  ダメだ。  大きな声を出しては。  拓郎が起きてしまう。起してしまう。  今度、引き止められたらもう私は拒めない。  だから。 「……黙って、キミの前から消える私を……」 「……どうか、許してくれ……!」 「……私は、たとえ……」 「自分の未来は、諦めたとしても……」 「キミの、」 「キミの未来だけは、諦めきれない……!」  キミが命を賭して、私を守るというのなら。  私だって、命を捨ててでも君を。 「守りたいんだ……」 「ごめん……」 「ごめん……!」  後から後から涙が、あふれて。  止まらない。  感情が止められない。  キミが愛おしくてたまらない。 「ごめん、これが最後だ……」 「唇を、借りる」 「ん……」 「ん、ん……」  眠ってる拓郎のそばに膝を折って、勝手に唇を奪った。 「……」  すぐに離れる。  そうしないと、もう離れがたくなるから。 「……さよなら、だ」  背を向けて、歩き出す。  あ。  最後に一つだけ。  まだ言ってなかったことがあった。 「キミのこと」 「愛してるよ」  最後の儀式は、終わった。  もう私は舞台を下りなくては。  彼らの紡ぐ物語に、もう私は必要ないのだから。 「……ん?」  遠くでセミの鳴く声がした。  太陽の位置からするとまだ早朝だ。  朝食までにはまだ時間がある。 「あふっ……」  それでも寝袋から這い出す。  もう少し眠っていたい気はしたが、背中が痛い。 「やはり連日の寝袋生活は無理があるな……」  とはいえ、夏休みももう終わる。  この合宿も終わる。 「合宿が終わった後か……」  どうやって爽花といっしょにいるか。最近それをよく考えている。  でも、もう仲間達に未来視のことは話してある。  協力してもらえればきっと何とかなるだろう。 「下行くか」  汚い顔で爽花に会いたくはない。  俺はタオルと歯磨きセットを手に屋上を出る。  顔を洗って、歯を磨く。  早朝の校庭を眺めながら。  いつもの夏のBGMが聞こえてくる。  最初はうるさいと思っていたセミの合唱も最近は少なくなってきた。  水道水も、思ったより冷たい。  夏の終わりが、そこかしこに漂う。 「あふっ……」  まだあくびが出る。  寝ついたのが遅かったからな。  昨日、あんなことあったし。  俺は学食の方へと歩く。  誰もいない学食に顔を出す。  自販機の業者の人が来たのか、もう入り口は開いていた。  その自販機の前に立った。 「コーヒー」 「ブラックで」  冷えた缶を取り出す。  すぐ開けて飲む。  心地よい苦味が、俺の意識を覚醒する。 「そういえば」 「キミがその味を好きになる頃――」 「また、会おう」  そんな会話を以前、師匠と交わした。  それから、爽花とこの夏出会った。  あれは、ある意味予言だったのかもしれない。  ブラックコーヒーの缶を握りしめながら、そう思う。  でも。 「師匠と例え似てなくても」 「俺は、爽花を――」 「おお、タク発見」 「おはようございます」  計と七凪が顔をのぞかせた。 「おはよ。ジュース買いに来た?」 「ええ」 「部室のペットボトルのは生温いナリよ」  二人が小走りでこっちに来る。 「他の女子はまだ寝てる?」 「んにゃ、寝てるのは流々だけ」 「南先輩はもう起きて、朝食の準備をしてます」 「今日は先輩の当番だったか。で、爽花は? 先輩手伝ってる?」 「いや~、またまた、イヤですよ、沢渡さん」 「どうせ、今朝も三咲さんとチチクリ合ってたんでしょう?」 「朝からエロス全開ですか、兄さんこの野郎」 「キミ達は友人と兄をどんな目で見ているのか」  朝からちょっとブルーになる。 「違うんだ。じゃあ、ドコ行ったんだろうね?」 「学園のドコかとは思いま――」  七凪がそう言いかけた時、 「ここにいたのかよ! おいタク!」  何をそんなに慌ててるんだ? 「三咲さんの荷物がない!」 「?!」  その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓の鼓動がいきなり速くなる。 「え? 一人で帰っちゃったってこと?」 「ああ、だからタクは何か聞いてるかと思って」 「俺も何も聞いてない……」 「兄さん、変です」 「三咲先輩は黙って、帰ってしまうような人ではありません」 「わかってる」  こんなことをした理由はひとつしか思い当たらない。  もう二度と帰らないつもりなんだ。  俺を助けるために、自分を犠牲にして――! 「三咲が危ない……!」  俺はすぐに駆け出した。 「な、ち、ちょっとタク?!」 「兄さん?!」  仲間達の声を背中で聞く。  走りながら何度も三咲に電話をした。  でも、当然繋がらない。  足で見つけるしかない! 「よう拓郎、お前――ん? どうした血相変えて」  水飲み場に修二がいた。  俺は走りながら、言葉を飛ばす。 「爽花がいなくなった! 頼む全員で探してくれ!」 「あいつ、このままだと――」  それより先は言えなかった。  言葉にもしたくない。  未来視の通りになんか、させない。 「――わかった!」 「皆には言っておいてやる。お前は心当たりにすぐ行け!」  それだけの言葉で修二は全てを理解してくれた。 「すまん!」  それだけ言って、校門を抜けた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  絶対に見つける。  見つけて、またここに引き戻す。  俺のところに。皆のところに。  だが、爽花がドコに行ったかわからない。  なら、使う。  未来視を。  自分の意思で使う。 「――あの時は、数秒先の未来だったな」  爽花を事故から救ったあの時は、できた。  自分の意思でコントロールできた。  もう一度。  忌み嫌った能力。  大嫌いだった能力。  避けてきた。  未来を視ることを。  だけど。 「キミのその特別な能力にも、きっと存在する理由がある」 「それを探してほしい」  未来に怯えるわけでも、未来から逃げるためでもない。  未来を受け取め、全力で生き抜く。  そのための能力。  それが、俺が出した答えです、師匠。  だから、今、一度。 「う、おおおおおおおおおっ!」  精神を急速に集中させた。  心の中の弾倉に弾丸をこめるように、爽花への想いをこめて。  脳の全ての神経を活性化させる。  俺の全部を使う。  全力で爽花の未来を視る。  居場所を知るために。  ――でも、もしそこで彼女に危機が迫っていたら?  もちろん、そんなモノは―― 「跳ねのけてやるよ!」  トリガを引く。  俺の想いが、放たれる。  イメージが引き寄せられる。  そして、俺の視界に。  未来が―― 「……」 「……何をしているのだろうな、私は」  もう何時間もこうして、ただ海を見ている。  静かな波の音、海からの風。  早朝の優しい陽光。  全部が、私に優しかった。  でも。  もう行かなくては、と何度も思う。  でも、立ち去れない。  躊躇してしまう。 「まだ、私は迷ってるのか……?」  いや迷ってなんかない。  拓郎を私の犠牲になんかしない。  決して。 「キミは、キミだけは……」 「幸せになって、ほしいんだ……」 「私なんかより、ずっと……キミが大切だ……」  こんなことを言えば、キミはすごく怒るだろう。  キミは優しいから。  本当に馬鹿みたいに優しいから。  わかってる。  これは、私の我がままだ。 「……さて」 「もう、行こう」  ずっと座り込んでいた地面から、立ち上がる。 「あ……」  その時、私の手からこぼれたモノがあった。  神社の御守り。  彼との想い出の品だ。  風に吹かれて、御守りはボートの中に落ちた。 「……」  いっそ置いていこうか。  思い出といっしょに、置いていってしまおうか。 「いや……」  それは無理だ。  思い出くらい、持って行きたい。  持って、生きたい。 「ん……」  足元に注意して、ボートに降り立つ。  小さくて、歩くとすごく揺れた。  それにオンボロだ。 「……」  注意してそろそろと御守りのそばまで歩く。  かがんでようやく拾い上げた。  拓郎もこれと同じものを持っている。  彼と唯一のおそろいの品だ。 「……ずっと、私はこれを持っているのだろうな」  つぶやきながら、ボートに座った。  揺れる。  すごく。  まるで、私の心のように。 「ダメだ……」 「行きたくない、行きたくない……」 「キミと離れたくない……」 「うっ、あっ、ああ……」  その場で膝を抱えて、私はまた泣き始めた。  俺の引き寄せた未来は、海を示していた。  でも、まだ海のドコかは特定できていない。  とにかく海沿いの道をひた走る。  爽花の姿は――ない。  情報が足りない。  もっと。  もっとだ。  もっと鮮明に、未来を視る。 「く……!」  息を切らしながら、再び精神を集中する。  消耗が激しい。  思っていた以上に、未来視は俺から体力を奪っていく。  仕方ないか。  理に逆らおうとしているのだ。  運命に立ち向かおうとしているのだ。  いいさ。  それくらいの代償は、払ってやる。 「おおおおおおおっ!」  本日二度目の未来視を始める。  ぎりっと歯を食いしばった。  光の先にあるものに、手をのばす。  読む。  掴む。  認識する。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  断片が俺の頭の中に広がる。  組み上げる。  パズルのように。  でも、足りない。  ピースが、まだ足りない。  不完全なイメージ。  これでは、まだ爽花に届かない。  そうわかったら、俺はあっさりとそれを捨て去る。  何の未練もない。 「もう一度だ……っ!」  三度目をすぐに開始する。  心がきしむ。  頭が痛み出した。  でも、また不完全。  即デリート。  四度目だ。 「爽花あああああああああっ!」  俺は叫んだ。  この空の下にいる、想い人に向かって―― 「――え?」  誰かに呼ばれたような気がして、顔をあげる。  そんなはずはない。  夢?  もしかして、気付かぬ内に眠っていたのだろうか。  ありえる話だ。  昨日は一睡もしていないのだから―― 「――え?」  ぼんやりとした意識が覚醒して、  私は気付いた。 「ここは……?!」  私は流されていた。  オンボロのボートに乗って、ただ一人。  岸はもうはるか遠い。 「……なんてことだ」  私は泳げない。  あんなところまで、自力では戻れない。  マズイことになった。  救助が来ないと、私は―― 「?!」  立ち上がろうとして、足元で水音がした。 「な?!」  水が漏れ出している?!  私はじっと静止して、水かさを観察する。  ゆっくりと。  だが、確実に。 「増えている……」  海水は砂時計の砂のように、少しずつボートの容積を埋めていく。  あと、どれくらいもつ?  わからない。  だが、一時間もきっともたない。  ああ、そうか。  私は息を吐く。  私は何とか、拓郎を救えたのだ。  そのことがわかって、安堵した。  つまり、それは。 「私は、ここで――」 「死ぬんだ――」 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「く、くそっ……!」  六回未来視を試した。  だが、最初以上のイメージは組み上げられない。  限界か。  これが限界なのか?  いや、ダメだ。諦めるな。  何度でもやるんだ。  何度でも――! 「う、あっ、」 「あああああああああああああっ!」  七度目の挑戦。  コツのようなモノがわかってきた。  ある程度の制御ができる。  だが、それでは今までと同じ結果しか導き出せない。  より鮮明に、詳細に、具体的に。  未来を……!  バラバラのパーツが、再び組みあがってくる。 「く……」  経験でわかる。  これでは、また同じだ。  どうすればいい?  よりはっきりと未来を掴むには? 「あの時と、何が違う?」  鉄骨が降ってきた、アレを回避した時。  あの時は鉄骨の落ちる位置までわかった。  X軸、Y軸、Z軸。  すべてを明確にできた。三次元を、空間をしっかりと把握できた。  今の俺の視方と何が違う―― 「思い出せ……!」  記憶を遡らせる。  一方では未来を求め、  もう一方では過去をたどる。  もう脳が過負荷でつぶれそうだ。 「三咲、避けろ!」 「――え?」  一瞬、三咲が呆けたような顔をした。  そんな、三咲めがけて、空から、  鉄骨が落ちてきた。 「くそっ!」  反射的に飛び出す。  でも、三咲を抱えてこの場を離れる余裕はない。  コンマ1秒足りない。 「――コンマ1秒先?」  そうか。  過去の思考の軌跡から、あの時と今の違いを知る。  ――時間だ。  いつの未来を視るか、より明確に限定するんだ。  時間軸を定めて、視る。  今までは情報が少なかったんじゃない。  多すぎたんだ。  だから、把握しきれなかったんだ。  よし。  今度はいける。  爽花の未来を。  10分先の未来を視る。 「ああああああああっ!」  あの時と同じ感触が背筋から脳髄に走る。  ノイズだらけのデータが、クリアになっていく。  波長を合わせろ。  高感度ラジオになれ。  受信しろ。  情報を漏らさず。  繋がれ、繋がれ、繋がれ……!  次々に。  鮮明な景色が、俺の脳裏に浮かぶ。  ――え?  ……何だ、これは?  見知った堤防、その先の海。  そして、海の中……? 「あ……」  俺は視た。  夏の強い陽射しをも遮る、深い海の底へと。  落ちていく爽花を。 「――10分後、爽花が海に沈む……?」  溺れるのか?  冗談じゃない。  させない。俺の命に代えても。  幸いあの堤防はここから近い。  間に合う。 「あああああああっ!」  心臓なんて止まってしまえとばかりに全力で駆けた。  汗だくで堤防に着く。  誰もいない。  こんなところで、溺れたらきっと助からない。  だが、おかしい。  爽花がいない。  どこだ?  まだ来てないのか?  いや、でも。 「――っ?」  海から急に吹き付ける風。  自然に海をにらむ。  遙か前方に、ボートが浮かんでいた。  誰か人が乗って―― 「爽花っ!」  見つけた。  全身の力が一気に抜けた。  まったく。  あいつあんなところで何を……。 「……え?」  一瞬、安堵した後、俺はすぐに凍りついた。  目の前で、ボートが。 「転覆したっ……!」  これかっ!  大丈夫だ。落ち着け。  今すぐ飛び込んで泳いで助ける。  間に合う。  まだ、間に合――  今度は俺の意志とは関係なく、未来視が発動した。 「拓郎、拓郎っ!」 「死ぬなっ! 拓郎、死ぬなっ!」 「うわあああああああああっ!」  未来が、突きつけられた。  俺が死ぬ未来だった。  これが、爽花の視た未来なのか。  つまり、もし俺が今から海に飛び込めば――死ぬ? 「やってくれる……」  誰かにそう毒気づく。  ここまで俺が来れたのも、すべて筋書き通りなのか。  運命なのか。  つまり、ここで俺に死ねってか? 「やっぱり、運命には逆らえない。とんでもない復讐をされる……」 「キミはもう、私に関わってはいけない」 「今すぐに立つ位置を変えるんだ。そうすれば、」  立つ位置を変える?  お前を見捨てろって?  それが唯一、運命に抗う方法なのか? 「ふざけんなっっ!」  躊躇する間もなく、海に飛び込んだ。 「……!」  水温は意外に低い。  まずそれに驚く。 (ボートは転覆したけど、爽花はまだボートに捕まっていた……) (そこまで泳ぎきれば……!)  落ち着いて、泳げ。  いつも通り泳げばなんてことない距離だ。  待ってろ、爽花! 「げほっ、ごほっ、ごほっ……」 「はぁ、はぁ……」 「沈まなかったか……」 「でも、いつまでこの状態で耐えられるか……」 「――え?」 「だ、誰か来る?」 「ま、まさか……?」  途中まで泳いで異変に気付く。  スピードが出ない。  原因はすぐにわかった。  服を脱がなかった。 (ち、ミスった……)  着たまま泳ぐのが存外、キツイ。  腕が重い。  だが、泳ぎながら脱ぐなんて器用なマネはさすがにできない。  引き返す時間も惜しい。  このままいくしかない。 (大丈夫……) (爽花はまだ、海上にいる) (今、行く……) (待ってろ……!) (絶対に助けるから……!) 「あ、あれは……」 「あれは……拓郎なのか……?!」 「た、拓郎っ!」 「ダメだっ! 来ちゃダメだっ!」 「キミはこのままだと……」 「ダメだっ!」 「拓郎、来ちゃダメだっ!」 (爽花……) (俺に、気がついた?) (気がついてる……!)  よし。  あと、50メートルくらいだ。  届く。  身体は疲れているが、まだ泳げる。  お前に届くぞ、爽花。  未来を変えてやる!  俺の未来も。  お前の未来も! (いっけえええええっ!) 「た、拓郎……」 「た、拓郎、拓郎……!」 「キミは……」 「どうして……?」 「死なないでくれ……」 「どうか、どうか……」 「キミの未来を閉ざさないでくれ……」 「拓郎、拓郎……」 「拓郎おおおおおおおおおっ!」  爽花の顔がはっきりと見える距離まで来た。  泣いている。  胸が痛む。  泣かないで。  俺は死なない。  お前も死なない。 (あと20メートル!)  海水を吸った服が、身体にまとわりつく。  どんどん身体が重くなるような。  弱音を吐くな!  守ると誓ったんだ。  負けない。  爽花をもう一度、この手に抱く。  絶対に、俺は負けない! 「拓郎、拓郎……!」 「た――」  波の音に混じって、爽花の声がした。  やっぱり泣いていた。  仕方ないヤツ。  泣き虫な彼女だ。  だから。 「――爽花」  俺は爽花に笑ってみせた。  彼女にも笑ってほしくて。 「拓郎……」 「ボートで遊んでたら転覆したのか? ツイてないな」 「泳げないんだから無茶をするなよ」 「これからは俺と乗ろう」 「……拓郎」 「キミは……」 「キミは……!」  爽花の顔が歪む。  言葉が出ない。 「お前を守りたいんだ」 「好きだから、ただそれだけなんだ」 「心配させて、ごめんな」 「俺もっと強くなる」 「どんな未来が視えても、笑って乗り越えられるくらいに」 「それくらいじゃなきゃ、お前に振られちゃうからな」  笑って言う。 「ば、馬鹿、違う……」 「わ、私はキミを振ってなんかいない!」 「だって、私は、キミを……」 「愛してる」 「――え?」 「全身全霊をかけて、お前を愛している」 「あ……」 「お前がいてくれるなら、俺は何でもできる」 「ツライ過去だって」 「過酷な未来だって」 「乗り越えられるんだ……!」 「でも、お前がいなかったら、ダメだ」 「何もできない。ただの馬鹿だ」 「だからさ、」 「俺にとってはさ、お前が」 「未来、なんだよ……!」 「た、拓郎……」  いつのまにか。 「消えないでくれ……」  俺は泣いていた。 「もう、勝手に、絶対に……消えないでくれ……」 「約束、してくれ……!」  嗚咽まじりの言葉で懇願した。 「……すまなかった」 「……本当に、すまなかった……」 「……私は、臆病だった……」 「彼氏を泣かすなんて、彼女失格だ……」 「七凪くんに、叱られてしまうよ……」  ようやく爽花が笑ってくれた。  それだけで、俺は満たされて、  幸せだった。  今まで生きてきたことを、肯定できるほどに。 「いや、逆に俺が七凪に叱られそうだ」  俺も笑って、そんなことを言う。 「ちゃんと、彼女を捕まえとけって……」 「ふふ、もう大丈夫だ……」 「これからは、何があってもキミを離さない……」 「キミの未来にずっと、居座り続けてやる……」 「覚悟してくれ……」 「そんなもの、もうとっくにしてる」  俺はボートにつかまってない方の手をのばし、爽花の肩を抱く。 「冷たいな」 「別にいいさ。陸に上がったら、キミに温めてもらう」 「いいだろう?」  目を細めて言う。  もういつもの爽花だった。 「そ、そうだな」  どきっとした。  今の台詞ちょっとエッチっぽいぞ。 「さて、これからどうする?」 「このままではどんどん沖に流されてしまうぞ」 「ボートを戻して、載ろう」 「ダメだ。穴が空いてるんだ」  マジか。  あ。 「堤防の方見ろ、爽花」 「――え? あ」 「おーい、タクーっ!」 「兄さん、平気ですかーっ!」  計と七凪がいた。 「おーい!」  頑張って腕を振る。 「今は平気だけど、このままだと流される!」 「救助頼む!」 「わかりましたーっ!」 「呼んでくるーっ!」  二人の返事が聞こえた。  よし。  これで、何とかなるだろう。  後は、救助が来るまで、ボートにしがみついて、 「拓郎危ないっ!」  ――え?  一瞬思考が止まった。  だが、俺の事情などお構いなしに、身体は勝手に海へと沈んでいく。 「拓郎おおおおおおっ!」  どうしたんだ?  頭がひどく痛い。  遠ざかる海上にひっくり返ったボートと、それに捕まる爽花の姿が見えた。  そのすぐそばに、大きな流木が浮いている。 (……アレが後頭に当たったのか……?)  痛いはずだ。  しまった。  油断した。  くそっ、息が苦しい。  潜るつもりなんてなかったから、ろくに空気を吸い込んでいない。  肺の空気は――すぐに空になる。  太陽がどんどん遠ざかる。  それにつれて、俺の心は絶望に染まる。  ああ……。  身体がぜんぜん動かない。  下へと誘われる。  抵抗できない。 (……爽花)  海上にいる爽花を見つめながら、心でつぶやく。  爽花は今、泣いているのだろうか。  俺が泣かしてしまったのだろうか。  ごめん。  ごめんな、爽花。  自然に涙が滲む。  でも、それもすぐに海と同化する。  そして、消える。  消える。  そうか、消えるのか。  このまま海底に沈んで。  嫌だ。  抗いたい。  だけど、もう呼吸さえできなくて。  俺は壊れて捨てられた人形のようになすがままで。  海流に好きな様に弄ばれてる。  運命にも弄ばれている。  光が、もう遠い。  吸い込まれる。  暗闇へ。  身体も。  意識も。  ――悔しい。  ――俺はやっぱり乗り越えられなかった。  ――子供の頃の、弱いままの俺で。  ――お母さん、お父さん、今日は出かけちゃダメ! 『おいおい、もう留守番が嫌って歳でもないだろう?』 『今日はどうしても外せない用事なの、ごめんね拓郎』  ――違う。わがままを言ってるんじゃないんだ! 『すぐに戻ってくるから……』  ――ダメ! 行かないで! お願いだから僕の視た未来を……  信じて欲しかった。  信じてもらって、いっしょに残酷な運命を覆したかった。  爽花、初めて会った時、お前は言ったな。  未来は変えられるって。  嬉しかったよ。  ずっと、ずっと誰かにそう言って欲しかったんだ。  ありがとう。  俺と出会ってくれて、ありがとう。  だけど、  もう、  ?!  軟らかい何かが、俺に触れた。 (――そ、爽花?!)  目を疑う。  爽花が目の前にいる。  夢か。  でも、俺の両肩に伝わる感触はとてもリアルで。  微笑みさえ浮かべている。 (ん? 驚いているのかい?) (私は泳げないが、沈むのは上手いんだ) (キミも知ってるだろう?) (馬鹿、死ぬぞ) (戻れ!) (お前だけでも、生きて……!) (私は、キミの未来だ) (なら、私が諦めなければ、キミの未来はまだ大丈夫さ)  爽花はあくまでも笑顔で、何かを俺に伝えようとした。 (さあ、あまり時間がない) (昨晩と同じだ) (唇を借りるぞ)  爽花に引き寄せられて、唇に温かな感触が。  そしてみるみる意識が活性化する。  ――息が苦しくない?  何が起きた?  上へと上る水泡の向こう。  俺の首に両腕を巻きつけた爽花の顔が。  俺に空気をくれたのか?!  馬鹿野郎!  お前は泳げないくせに、何を……。  俺はお前を救いに来たのに。  これじゃあ、あべこべじゃないか。 (……く)  爽花の身体を抱きながら、海上をにらむ。  あそこまで、泳ぐ!  爽花を連れて、意地でも。  俺は必死で光に向かって、水を蹴り、腕を振る。 (ごめん) (弱音を吐いて、ごめん……!) (またお前に教えられたよ) (絶対に、いっしょに生きような……!)  証明してみせる。  お前の言葉を。  お前が命を賭けて、そうしようとしたように。  俺も全てを賭けて、証明してみせる。  未来は変えられる、って! 「あそこです! ボートがひっくり返ってる!」 「二名、人がいるということですが……どこにも見当たりません……」 「そんな……」 「兄さん! 三咲先輩!」 「タクーっ! 三咲さーんっ!」 「……?」 「……今、声?」  波に翻弄されながらも、微かに届いた声に反応する。 「……七凪? 計?」  今、俺は左手で流木をの枝をつかみ、右腕で爽花をしっかりと抱いている。  最後の力を振り絞って、叫ぶ。 「七凪っ!」 「計っ!」  波の音にかき消されないように、強く。 「ここだっ!」  大きな力に流されてしまわないように、強く。 「あ、いたっ!」 「どこですか?!」 「あそこ! 流木につかまってる!」 「至急、救助します!」 「兄さん! 無事ですか?!」 「爽花が水を飲んでる。目を覚まさない!」 「早く!」  七凪達の乗った救助艇はすぐに俺達のところへやってきた。  俺は爽花の肩を抱き、甲板に上った。 「爽花!」 「爽花、目を覚ませ、爽花!」  甲板に横たわる爽花に必死に呼びかける。 「三咲さん! しっかり!」 「三咲先輩! このままさよならなんて、絶対、絶対許しませんっ!」  計と七凪も爽花のそばに膝を折り、声を荒げて叫ぶ。 「爽花、爽花!」 「生きろ!」 「運命に負けるな!」 「俺の未来なんだろ?! いっしょに生きるんだろう?!」  俺も何度も声をあげる。  でも、爽花は反応しない。  身体が悲しいくらい冷たい。 「爽花……」  とめどもなく涙が流れる。  胸が苦しい。 「生きて、くれ……」 「声を、聞かせてくれ……」 「爽花……」 「爽花……!」  爽花の冷たくなった頬に手をあてる。  海水を拭い、爽花の願い通り俺が温めてやる。  でも、その頬に、今度は俺の涙が落ちる。  ダメだ。  爽花に涙は似合わない。  俺はまた拭おうと手を――  その時。 「……キミの」 「キミの涙は、温かい、な……」  爽花が目を開く。 「爽花……!」 「三咲さん……!」 「三咲先輩……!」  その場にいた全員が歓喜の声をあげた。 「まったく……」 「キミは男のくせに、泣きすぎだ……拓郎……」  微笑して、憎まれ口を叩く。 「誰のせいだよ……!」  ぎゅっと爽花を抱いて言った。  俺はまだ泣いていた。  でもその涙の意味は、さっきとは真逆だ。 「……キミも生きてるな」 「ああ、生きてる」 「……良かった」 「……キミが、生きていて、良かった……」 「馬鹿野郎、無茶ばっかりしやがって……」 「ふふ、その言葉はそっくり、キミに――え?」  ぴくっと爽花が肩を震わせる。 「どうした? どこか怪我とかしてるのか?」 「痛いとこあったら、すぐに言って――」 「――違う」 「今、視えた……」 「視えたんだ……!」 「え? な、何が」  急に興奮気味に話す爽花に戸惑う。 「私の未来が、視えた……!」 「ずっと、視えなかったのに……。今は視える……!」 「変えられた……変えられたんだ、私の未来を……!」  爽花の頬に赤みがさしてくる。  生きる力を取り戻した。  そんな風に視えた。 「ど、どういうこと?」 「運命を乗り越えた――そうですよね?」 「ああ……」 「拓郎、変えたぞ……!」 「乗り越えたぞ……!」 「私は、取り戻した! 取り戻したんだ!」 「私の、未来を……!」  今度は爽花が瞳を潤ませる。 「よく頑張ったな……」  爽花の頭を撫でる。 「拓郎、キミの、おかげだ……!」 「違う、お前の強さだ」 「最初から、お前は未来は変えられるって言ってたんだ」 「お前の言う通りだったな」 「未来は、変えられる……!」 「変えられるんだ!」  今なら、心の底から言える。 「良かった……良かったよ~~!」 「うわーん!」 「ま、真鍋先輩、子供みたいですよ……」 「ナナギーだって、泣いてるくせに~」 「こ、これは汗ですっ!」 「ウソだーっ! ウソつきはくすぐりの刑だぞ~っ!」 「いやー! 兄さーん!」  計と七凪がじゃれ出す。 「お前達、こんな時まで……」  緊張の糸が切れた。  俺は一気に脱力する。 「ふふ、いいじゃないか……」 「何だか、すごく懐かしい気が――あ」  爽花が微かに眉根を寄せる。 「? どうした?」 「……また3日後の未来が視えたよ」 「そうか」 「……すまない、拓郎」  え? 「な、何を謝ってるんだ? 爽花」  戸惑う。  もう何も心配することはないはずだ。  どうして、爽花は―― 「――私の未来が復活した以上、予想すべきだった……」  一人で唇を噛む。 「どういう意味だ?」  俺の問いには答えず、  爽花はうつむいて、ぽつんと言葉を落とした。 「拓郎」 「――私はまた転校する」 「んじゃま、連絡事項は以上!」 「10分後、体育館で始業式があるから遅れないでね!」 「誰もサボんなよ! 私がハゲに怒られちゃうから!」 「では、後で体育館で会おう!」 「委員長と副委員長、クラスの引率よろしく!」 「はーい」 「……」  夏休みが終わった。  まだ気候的には充分暑いが、2学期は来てしまった。  夏が終わる。  俺の気持ちの整理とか、そんなのとは関係なしに終わろうとしている。  ――やれやれ。  ため息をひとつ落とした。 「おーい。しばらく」 「あ、御幸祥子さん」 「えー、まだフルネーム?」 「一応、お約束なんで」 「あのさ、沢渡くん」 「ん?」 「元気出そうね」 「俺元気だって」 「今ため息ついてた」  見てたのか。 「別に、三咲さんと今生の別れってわけでもないんでしょう?」 「そうだぞ、タク」 「ま、気持ちはわかるけどよ」 「振られたわけじゃないんだし。ちょっと離れただけじゃん」 「そうなんだけど……」  爽花は、本当に転校した。  未来を取り戻した次の日、慌しく皆に挨拶をしてキレイさっぱりいなくなった。  立つ鳥跡を濁さず、まさにそんな感じで。  別れを惜しむヒマさえも与えてくれなかった。 「だけど、転校先、前、田中がいた学校とはなー」 「これも何かの縁なんだろうな」 「あ、向こうの放送部の連中にはよろしく伝えといたぜ」 「皆、気のいいヤツらだぜ。三咲さんもすぐ仲良くなるって!」 「そうか。ありがとう、流々」  向こうで、爽花の寂しさがちょっとでも軽減されるなら、それは嬉しい。 「でも、あいつちゃんと輪に入れるかな……」 「しっかりしてそうで、気弱なトコもあるんだ、アイツ」 「やっぱ心配だ……」  また俺はため息を吐く。 「……沢渡くん」 「タク……」 「タ、タク、大丈夫だって!」 「メールだって、電話だって、たくさんしてあげなよ! そうすれば三咲さん寂しくないよ!」 「そうだって! いざとなれば会いに行くとか!」 「あ、学園祭には来てもらおうよ! 三咲さん、招待しようよ!」 「うん、それいいね!」 「元気出せって、拓郎」 「……」 「うん……そうだな……」  皆の俺を気遣う気持ちが、痛いくらい嬉しい。  ダメだな俺。  元気を出さないと。  うん、同じ学園じゃなくたってあいつは俺の彼女なんだ。  気合を入れろ!  学園祭まであと少しだ。絶対に成功させてやる!  爽花の分まで頑張るんだ! 「うしっ! 俺復活!」  勢いよく立ち上がる。 「おっ、立ち直りましたか、沢渡さん」 「それでこそ、タクだぜっ!」 「はっはっはっ! もちろんですよ、諸君!」 「良かった~。じゃあ、体育館行こうか!」 「ごめん、パスで」 「なんですとー?!」 「俺、学祭の準備してくるよ。時間もそんなにないしな」 「1分1秒無駄にしたくないのであーる!」 「えー?!」 「はぶ・あ・ないすでー! しーゆー・ねくすとういーく!」  超カタコトの英語で、別れを告げて教室を後にする。 「おい、拓郎、俺も混ぜろって!」 「あたしも行くであります」 「始業式より有意義だよな」 「ええー?!」 「うわーん! 放送部の馬鹿ーっ! 鬼藤先生ーっ!」 「こんにちは」 「お疲れ様です」  放送室に入ると、南部長と七凪がいた。  俺達を待ち構えていたって雰囲気だ。 「こんちは……何故、もういるですか?」 「真鍋さんのつぶやきを読んだから……」 「私もです」  ずいっとナナギーがスマホの画面を俺に見せる。  『タクに放送部員、拉致られたなう!』 「拉致ってねーよ」  勝手についてきたくせに。 「いやー、そう書いとけばさ、後で全部タクに責任なすりつけられるじゃん?」  おい。 「さすが、計。やるじゃん!」  酷いぞ、幼馴染ーズ。 「で、何をするのですか? 兄さん」 「DJの練習」 「あー、タクすぐ噛むから」 「噛まねーよ! ただもっとうまくしゃべれるようになりたいんだよ!」  せっかく皆でここまで準備したんだ。  少しでもいい放送をしたい。  爽花と俺達で準備した大切な放送なのだから。 「……あれから、山下先生に協力してもらって機材は充実した」 「校内放送、ミニFMに加えて、ネット配信の準備もしたから……」 「聴取者の方はきっと、多い……」 「んじゃあ、噛めねーよな、拓郎」 「だから、噛まないっちゅーに」 「とにかく、やってみましょう」 「練習は大事です」 「普通にしゃべるだけ?」 「校内に流したら、小豆ちゃんが飛んで来てお説教だぜ?」 「せっかくだし、ミニFMの配信をしてみましょう」 「機材の扱いの練習も兼ねて」 「いいですね」 「誰も聴いてはくれないですけど」 「事前に告知してないからね~」  まあ当たり前か。  練習だし、いいけど。 「機材の準備いいぜー」 「早っ!」  驚いて修二を見る。 「夏休みじゅういじってたからな!」 「成長したんだぜ。お前もそうだろう?」  笑う。 「だな」  俺も笑う。  扉を開いて、全員でブースに入る。  すでにキューランプは点っていた。 「んじゃ、いきますか」  俺はそれを―― 「あ」 「待て待て! タク!」  押そうとして手を止める。 「何すか、ク○エさん」 「るーるー、るるるる、るー、るー♪」 「それはもういいっての、それより、タク」 「この放送、聴いてもらおうぜっ!」  はっ? 「誰に? 近所の爺ちゃんに知り合いでもいるのか?」 「違うって! 三咲さんだよ!」  おいおい。 「え? 三咲先輩にですか?」 「何言ってるんだよ、田中」 「それは無理……」 「そんな遠くまで、電波届かないって言ってたじゃん!」  全員が流々を見る。 「ふふふ……」 「ウェブ配信環境も整った今、それは可能なんだな!」 「ウェブ配信の方を聴いてもらうつもりか?」 「あいつのケータイ、ネット繋がんないぞ」  ショップで格安のガラケーにしてたからな。 「いいから任せろっての」  どう考えても、俺達の発する電波は弱すぎて爽花は受信できない。  なのに流々は自信満々である。 「ちょっと待ってろよ! 連絡して準備させっから!」  流々はケータイを取り出してドコかにコールし始める。 「なあ、流々」  呼び出し中に話しかけた。 「ん?」 「いったい、何をする気なんだ?」  俺がそう問うと、流々はニヤリと笑う。  そして、さらりと英語で言った。 「――Relay broadcast」  この町に来て、3日過ぎた。  特にめずらしいものがあるわけじゃない平凡な町。  スーパーや、量販店もあるし暮らしには不自由しない。  学園も何も問題はない。  田中くんの友人である放送部の面々は皆、親切だった。  すぐになじめそうだ。  残念なのは、近くに海がないことくらいか。 「――なあ」 「ん?」  隣からの声に、視線を動かす。 「――本当に転校して良かったのか? 爽花」 「またその話か? いいと何度も答えたじゃないか」 「いいから来たんだ。何度も言わせないで欲しいよ」 「姉さん」 「それは、そうなんだが……」 「爽花はいつも周りを気にして、自分を犠牲にする」 「私は、私の仕事に本当はお前を巻き込みたくなかったんだ」 「――それはダメだ、姉さん」 「それは、私情だ」 「私情のどこが悪いんだ? 私だって血の通った人間だ」 「妹の幸せを願って何が悪い」 「悪くはない。いや、ありがたい」 「でも、私の未来視が必要なんだろう?」 「私が災害を予知すれば、多くの人を救えるんだろう?」 「――私情なんか、挟めない」 「――すまん」 「いい」 「私の未来視では、どうしても詳細なところまで読めないんだ」 「だから、この地に住んで、爽花に視てほしい」 「より身近なこととして視てほしい。そうすればきっと被害を減らせる」 「了解だ」 「……いつか、さ」 「ん?」 「いつか、爽花の彼氏にも手伝ってもらえないかな、この仕事」 「未来視できるんだろう? 是非紹介してほしいよ」 「……」 「おい、今すごい目したぞ」 「ダメだ」 「何で?」 「彼は巻き込みたくない」 「おい、それ私情じゃないか」 「か、彼だけは特別なんだ。それに姉さん、彼をきっと気に入る。仲良くなるに決まってる」 「妹の彼氏と仲良くしてもいいと思うけど?」 「姉さん、取る気だろう? やっぱりダメだっ!」 「ひどいな! 私はどんな姉なんだ」 「な、なんとなく、拓郎も姉さんを必要以上に気に入りそうで嫌なんだっっっ!」 「拓郎……?」 「爽花の彼氏は拓郎と言うのか?」 「そうだ。沢渡拓郎は私の彼氏だ。もし取ったら、たとえ姉さんでも許さないぞっ」 「我が家の夕ご飯から、永久に姉さんだけ一品少なくなる刑だ」 「はいはい、わかったよ。でも、ひとつだけ言わせてくれ」 「何だ?」 「先に彼を気に入ったのは、たぶん私だ」 「? 意味がわからない」 「わからなくていい。昔の話さ」 「また、姉さんはそう言って、ごまかし――」  ケータイの着信音に会話は中断される。  確認する。田中くんからのメールだった。  内容はとても簡潔だ。  『高感度ラジオ今すぐ聴いて! 周波数 ××.×』 「姉さん、ちょっとごめん」  私はその場から駆け出した。 「ああ」 「……」 「ブラックコーヒーは飲めるようになったか? 少年」  私は皆から餞別としてもらった高感度ラジオのスイッチ入れる。  周波数 ××.×。  はじめはノイズしか聞こえなかった。  うまく周波数を合わせていないのか。  私は必死でダイヤルを回す。  すると。 『――あー、テステス』 『こちら、瑞穂学園放送部です』 『ただ今より、元ウチの副部長、田中流々の依頼を受け、急遽、突然、突貫で』 『リレー放送を実施いたします!』  リレー放送? 『あ、リレー放送というのは、他局で放送されてる番組をこっちで受信して、配信する形態の放送です』 『要は今、僕達の放送局は中継地点というわけですね』 『では、そろそろお送りします。今、ライブでウェブ配信されているラジオを中継します』 『では、どうぞっ!』  開始の声と入れ替わりにまたノイズがしばらく流れた。  30秒ほど待っただろうか。  私の耳に、 『突撃! 緑南放送局ーっ!』 「あ……」  彼の声が。 「拓郎……?」 「拓郎……!」  震えがとまらない。  まだたった3日しか経ってないのに。  懐かしさで声が震える。  心が、震える。 『あー、えっと、爽花聴いてる?』 『流々、これで聴いてなかったら、めちゃくちゃ俺アホじゃね?』 『聴こえてるっつーの! 私を信じろよ!』  田中くんも。 『あたしもいるよ~。やっほ~』  真鍋くんも。 『もちろん、俺もいるからな!』 『ちょっと、全員ブースに入るのはやっぱり狭すぎですよ!』  神戸くん、七凪くん。 『三咲さん、お元気ですか……?』  南先輩も。 「は、はい……」 「私は、元気に……」  こちらからの声は届くはずがないのに、応えてしまった。 『えっと、さて、何話せば……』 『やっぱ、タクの近況じゃね?』 『三咲さんいなくて、超元気ないっすよ!』 『兄、しょんぼりですね』 『うるさいよ! バラすなよ!』 「ふふ……」 「……まったくキミ達は……」  何も変わってない。  3日だから当たり前か。  でも、それがすごく嬉しい。 『え、えーと、こほん』 『爽花、俺さ』 「なんだい?」 『俺、最近放送のこと、ちゃんと勉強しだしたんだ』 「ほう、それはいいことだな」 『それで、わかったんだけど、俺達のやってるミニFMの電波はとても微弱で』 『アンテナがボロかったりすると、数10メートル離れたらもう受信できないんだって』 「それくらいは私も知ってる」 「勉強不足だな、拓郎」 『でも、』 「ん?」 『だから、俺、電波はすぐ消えちゃうんだって思ってたんだけど』 『そうじゃないんだ』 「――え?」 『電波は確かに、ラジオでも受信できないくらい弱くなる』 『でも、なくならないんだ』 『ずっと、ずっと存在して、飛び続けるらしい』 「そ、そうなのか……」 『だから、爽花、覚えてるか?』 『初めて、電波を飛ばした時のこと』 『成功したのが嬉しくて、マイクに向かって俺達全員で叫んだよな』 『あの時の電波も、ずっと残ってて』 『この世界のどこかを今も飛んでるんだ』 「あ……」 『ずっと、俺達がいっしょだったって証が永遠に残るんだ……!』 『それって……嬉しくないか?』 「あ、ああ……!」 「嬉しい……」 「嬉しいよ……」 『学園祭、招待するから絶対に来いよ』 『もし、来なかったら……』 『来なかったら?』 『俺が行く!』 『逆転の発想……』 『意味ねー』 『兄さんはアホですか』 「行くさ……」 「たとえ、太陽が爆発したって行ってやる」 「だから、安心しろ……」 『じゃあ、今日はこの辺で』 『すぐ、また会える』 「ああ……」 『……』 『最後に、ひとつだけ』 「……何だい?』 『今、爽花には、未来が視えてるか?』 『どんな、未来が視えてる?』 『俺には視えてるよ』 『未来視なんか、使わなくったって視える……!』 『爽花の、キミの、光り輝く未来が……!』 『だから、どうか』 『どうか、どうか……』 『ツライことがあっても、決して捨てないでくれっ……!』 『キミの未来を……!』  彼の言葉が心に染みる。  優しく、深く。  ああ、どんなに離れていても彼とは繋がっている。  そして、彼と、仲間達といた証は永遠に残り、今もこの世界のどこかを飛んでいるという。  何て幸福なんだろう。  閉ざされた私の未来。  それを開いてくれた彼。  自身の傷口と向き合ってでも私を救ってくれた彼。  そんな彼に届けたい。  最大級の感謝と、  心からの尊敬と、  決して消えることのない愛情をこめて。 「拓郎……」 「私にも、視える……」 「キミと……」 「キミと同じ未来が――!」 「んじゃあ、ここはやっぱり妹さんで」 「当然の選択ですね」  七凪がふふんとばかりに胸を張る。 「えー? 何でナナギーなんだよ、タク」 「相手は三年生だぞ、七凪ちゃんには荷が重いだろ」  俺の決定に他のメンバーは納得しかねるご様子だ。 「そ、そんな心配は不要です」 「私はこう見えても弁は立つ方――」 「いや待て待て、七凪」 「兄さん」 「何故、七凪なのか俺から説明する」 「七凪のことを一番わかってるのは、何と言っても兄の俺なのだからなっ!」  妹に美麗な兄スマイルを向ける。  バックにキラキラと星が舞う勢いだった。 「そ、そうですね!」 「では、私のことを理解しまくりの兄さんから、皆さんにビシッと言っちゃってください!」  妹は兄を全面的に信頼していた。  美しい兄妹愛の形がそこにあった。 「了解した!」  兄、快諾。 「なあ、お前達」 「お前達は未だにこいつの見た目に惑わされている!」 「――は?」 「――な、何?」  七凪を含む全員が首を傾げた。 「こいつは一見、お嬢様ちっくな可憐で大人しそうな妹さんだが――」 「中身は猛禽類だ……!」  どこからともなく誇り高き野獣の咆哮が聞こえてきた。 「…………」  七凪は目を三角にして、肩を震わせ始めた。 「例えるならば、計がドラ猫なら、七凪はライオン!」 「流々が柴犬なら、七凪はオオカミ!」 「三咲がイルカなら、七凪はシャチ――」 「誰が百獣の王ですかこの野郎っ!」 「ぐぼっ?!」  わき腹にナナギーエルボーをもらう。  容赦のない攻撃だった。  俺は即座に膝を折る。 「つ、強いじゃねぇか……」  いつでもケンカ上等の修ちゃんがビビっていた。 「こ、これなら、大丈夫かな~」 「七凪ちゃん、頑張って……」  世論がナナギーを認めた。 「こんな認められ方、嬉しくありませんっ!」  なのに妹は超憤慨していた。 「わかったよ、ナナギー、タク連れて行ってこい」 「うん、頼んだぞ、七凪くん」 「わかりました」 「では、兄さん、参りましょう」  そう言うと俺の腕を取って、とっとと歩き出す。 「お、おう……」  まだエルボーのダメージが残っている俺は、ふらふらしながらついていく。  いつの間にか主導権は妹に移っていた。 「すんません、失礼しまーす」 「――失礼します」  七凪とともに生徒会室に入る。 「ん? あ、沢渡くん」  机に座って書き物をしていた祥子さんが立ち上がって、こっちを見る。 「ごめん、ちょっといい?」 「お話があるんですが」 「うん、いいよ。あ、あなた、見たことあるよ、確か沢渡くんの――」 「妹の沢渡七凪です」  ぺこっと頭を下げる。 「私は御幸祥子、沢渡くんのクラスメイトで書記だよ。よろしくね!」  祥子さんも会釈する。 「はい、書記の御幸先輩のことは以前から存じ上げてます」 「兄が大変お世話になってます」 「し、知ってる……?」 「私のこと前から知って……!」 「あああああ……!」  自分が地味系なのを気にしてる祥子さんは、ナナギーの発言に感動していた。 「もう、何ていい子! それに可愛い! あ、どこでもいいから座って座って!」 「お姉さんコーヒーとか入れてあげちゃうぞーっ♪」  祥子さんはスキップしていた。  えらくご機嫌である。 「また七凪の第一印象に騙された人が一人……」  七凪とイスに座りながら嘆息する。 「兄さん、人聞きの悪いことを言わないでください」 「あ痛たたたっ!」  机の下で手の甲をつねられた。 「ん? どうしたの?」 「何でもありません」  ナナギーはエンジェルスマイルで華麗にごまかす。 「ふふ、お兄さん、何騒いでるんだろうね~」 「ふふ、そうですね。変な兄さん」  ナナギー裏表ありすぎ。  可愛らしい笑顔に恐怖を覚える。 「御幸さん、遅くなりまして申しわけ――あら、めずらしい方達がおいでのようね」  去年、俺が惨敗を喫した女会長が現れた。 「ご無沙汰してます」 「1年振りくらいですわね……そちらの方は、ああ、沢渡の妹さんね」 「私を知ってるんですか?」 「ふ、もちろんですわよ! 私はこの緑南でもう三期連続で会長を務めてますわ」 「学園の学生、全てのデータは把握してますの。生徒会長として当然でしょう?」 「おほほほ!」 「マジかよ……驚いた……」 「ええ、すごいですね、兄さん……」 「ああ、俺、素で『おほほほ』って笑う人初めて見た……」 「そっちですの?!」 「そっちですかっ?!」  妹と会長は同時にショックを受けていた。 「……あ、あはは……え、えっと、沢渡くん」 「それで、今日はどんなご用なのかな?」  祥子さんも何故か苦笑気味であった。  まあそれは置いておくとして。 「ずばり、部費を申請したい!」  俺は正面から切り込んだ。 「去年も今年もウチは部費が下りなかった。今まではそれでも何とかやってこれた」 「でも、今年は我が放送部も学園祭に積極的に参加する! そのためには――」 「お金がっ!」 「銭がっ! クレジットがっ!」 「我が国銀行券が、必要なんだっ!」  両手の親指と人差し指で輪っかを作って、会長に突き出す。 「あ、あのですわねぇ、あんまり、お金お金言わないの! さもしいですわよ?!」 「ふ、世の中、コレで買えへんもんは何もありませんけんのぅ……」  輪っかを振りながら寂しい笑みを見せる俺。  ちょっと背中に哀愁が漂う。 「兄さんはいつから金の亡者になったんですか?!」 「沢渡くん、お金で苦労してるんだね……」 「まーねー(MONEY)」  小粋なギャグを言ってみる。 「……」 「……」  しかし、生徒会役員の皆様方は黙り込んだ。  部屋なのに夏なのに寒風が吹く。 「ウチの兄が大変申しわけありませんでした!」  妹が沈痛な面持ちで謝罪していた。  何でだよ。 「と、とにかく用件はわかりましたわ」 「ですが生徒会の方針として、実績のない部には予算は回せません」 「それはお分かりかしら? 沢渡」  やはりそう来たか。  実績と言われてもな……。 「会長」  俺の悩んでる横で、七凪がすっと手を上げる。 「何かしら? 沢渡妹」 「実績がないから部費を出さないだけなんて、甘いです」 「は?」  何?  俺の妹が何か過激なこと言い出しましたよ? 「いっそ、取り潰した方がいいかと思います」 「ちょ?! 何を言いはりますのん、七凪さん!」  兄はうろたえる。 「ですけど、部費なしではどの道、活動は続けていけずに先細りするだけです」 「それなら、いっそひと思いにトドメを」  さすが見た目はマスコットでも中身は猛獣。  苛烈な考え方だ。 「そ、それは……」 「な、なかなかクールな考え方ですわね……」  生徒会役員も若干引いていた。 「では、ウチの部は解散ということで」  席を立ち、帰ろうとするマイシスター。 「ノーッ! 何を仰るんですか、ミスナナギー!」  慌ててすがる。  そして、妹の両肩を掴んで揺さぶった。  どうして、部費を取りに来て廃部にならなきゃならないのか。 「ち、ちょっとお待ちなさい!」  俺以上に慌てた生徒会長が七凪の背中に声を投げた。 「放送部は、学園の連絡事項の伝達などの役割もあります」 「さすがに解散はできません」 「なるほど」  七凪はくるっと会長を振り返る。 「確かに、私達は単なる学生の趣味的な活動だけでなく」 「そのような、学園全体の業務に関わるお仕事をしてますね」 「その辺をご考慮いただいた上で、もう一度部費のお話をしましょうか」 「ね、兄さん♪」  七凪が目を細めて言い放つ。  すでに勝利を確信した笑顔だった。 「う……。この子、あなどれませんわ……」  あの会長が精神的に押されていた。 「さあ、建設的かつ理性的なお話し合いをしましょう♪」  再び交渉のテーブルに七凪がつく。  しかしもうこの時、事実上勝敗は決していた。 「えーと、何々……」  俺達が持ち帰った書類を皆に見せる。 「今年度の部費と、それとは別に、必要な機材の修理、調達に関する全ての費用は――」 「特別予算枠として計上し、生徒会が責任を持って速やかに支払うものとする――って、マジかよ?!」  書類を読み終わった修二が目をむいて叫んだ。 「完全勝利じゃねーか!」  流々も信じられないという顔をしていた。 「びっくり……」  あの南先輩でさえ、出来すぎの結果に驚きを隠せない。 「当然です」 「部活に必要なモノは学園に用意していただかないと」 「ちなみに、兄さんが1年前に購入したラジカセのお金も出してもらいます」 「マジすか?!」 「すごい交渉術だ……」 「ありがとう! ナナギー、マジ天使!」  嬉しさのあまりつい妹を抱きしめる。 「あ……」 「もう、兄さん、こんな所で……ダメですよ……」 「続きは、あ・と・で♪」  小悪魔ちっくに、指で額をつつかれた。 「何の続きだよ!」  当然のツッコミだった。  ともあれ、俺達の学祭でミニFMやろうぜ計画は、七凪の活躍により大きく前進した。  景気づけと称して宴会が始まる。  計がもちこんだ大量のコンビニ菓子がテーブルにぶちまかれ、俺達はしゃべり倒す。  しゃべりすぎて声が枯れかけた頃、ジュースを買いに部室を出る。  戻る途中、校庭に出て少し涼む。 「暑い」  ここで缶を開けて、冷えた液体を口に。 「うめー」  痛いくらい枯れたノドに心地よい。 「沢渡くん」 「お、三咲か」  背中への声に振り返る。 「お前もジュース買いに?」 「ん。まあな」  やわらかく笑む。 「それと、ついでにキミと話をしたかった」 「ついでっすか」  苦笑する。 「いいじゃないか。こうして女子がキミと話がしたくて追ってきたんだ」 「ついででも、喜びたまえ」 「はいはい。あざーす」  笑いながら答えた。 「沢渡くん」 「ん?」 「――ありがとう」 「キミのおかげで、今年は有意義な夏が過ごせそうだよ」 「三咲のためだけじゃないさ」 「俺も、今年はせーしゅんしたかったんだ」 「ふふ、そうか」  三咲が微笑した。 「――何か不思議だ」 「ん? 何がだ?」 「俺、本当はこんなに熱心に部活やったりする人間じゃないんだ」 「いや、部活だけじゃない。全部かな」 「……それは、未来視のせいか?」 「ああ」  未来を視ることで、俺は結果を先に知ってしまうことができた。  それはつまり、もうあらゆることの結果が決まっているということ。  それなら努力に何の意味がある?  そんな風に考えていた。  でも。 「馬鹿だなキミは。前にも言ったろ、沢渡くん」  俺の隣でニヤリと笑うこの子を見てると。 「未来は変えられるんだよ」  本当にできそうな気がしてくる。  もし、それなら。  きっと、三咲以外の誰かと結ばれる未来が俺にもあるのだろう。 「――兄さん」  背後にむすっとした顔の妹が立っていた。 「七凪、どうした?」 「どうしたじゃありません」 「ちっとも戻らないから、心配してたんですよ」 「え? そうか、ごめ――」 「三咲先輩が兄さんに不純異性交遊を強いられているんじゃないかと」  そっちの心配かい。 「うむ、間一髪だったぞ、ナイスタイミングだ、七凪くん」  俺の隣で三咲が笑った。 「間に合って良かったです」  七凪も微笑する。 「俺をダシに友情を深めるなよ、キミ達は……」  男はマジツライなあ。 「冗談ですよ」 「兄さんにそんな度胸があるとは思ってませんから」  ほがらかに「お前腰抜けなんだよ」と言われた。 「そーじゃなくて、もっと兄に信頼感のある感じでお願いしますよ、七凪さん!」  泣ける。 「はいはい、信じてますよ」 「私の兄さんは優しいですから」  さらっと不意打ちで褒めてくる。  うっ。  急に言われると照れるんですけど。 「ん? どうした沢渡くん」 「妹さんに褒められて、顔真っ赤なんて可愛いなキミは」 「ち、違う、これは――」  照れ隠しの理由を必死に探す。 「三咲の制服が汗で濡れて、ブラが透けてたから、気になって……」 「――ひゃあっ?!」 「兄さん、何他の女性の下着見て、喜んじゃってるんですかこの野郎!」  七凪に背中を連打される。 「痛たたたた! ウソです! 見えてません! ごめんなさい!」  却ってひどいことになってしまった。 「まったく、キミは……」  三咲が俺の真横から1メートルほど距離をとった。  自業自得とはいえ切ない。 「ほら兄さん、三咲先輩も部室に戻りましょう」  妹は俺の腕を引っ張る。  そして、さりげなく組んでいた。  彼女かよ。 「参りましょう」  そのまま歩き出す。  仕方なく俺もついていく。 「七凪、あのさ……」 「何ですか?」 「そんなにくっつかなくてもいいんじゃないかと、兄は思うんですが……」 「あ、兄さん今日は星があんなにキレイです。わーい」  棒読み気味にしゃべりながら、星空を指差す。 「はぁ……まったく……」  しょうがない妹だ。 「七凪、お前さそろそろ兄離れしろよ」 「しません」  即答ですか七凪さん。 「だけど、どうせお前ももうすぐ他に彼氏できるんだろうし……」  七凪は1年の中では1番可愛いと評判の美少女である。  その気になれば、明日にだって彼氏が作れるだろう。 「兄さんがいるのに、彼氏なんて作りません」 「妹はいつかは兄と離れるものなんだよ?」 「そんな未来は、私が全力で排除します」 「私はいつだって、兄さんとの未来だけを全力で追い続けますから」 「だから、兄さんは安心していてください」  全然安心できないんだけど。 「兄さんは何も迷わず、私の処女を奪うことだけに注力すればいいのです」 「いや、そんな兄ダメでしょ。イタすぎるでしょ」  必死で説得を試みる。  そばに三咲もいるのに、こいつは。 「いいから、さっさと私を攻略してくださいよこの野郎」  攻略って言わないでください、妹よ……。 「ふぁ~っ……おはよ、七凪……」  夏休み、最初の日。  あくびをしながら、いつものごとく朝食を作ってるはずの妹に挨拶をする。 「おはよう、拓郎さん」  あ。  母さんが新聞を読む手を休めて、俺に笑顔を向ける。 「あ、お、おはようございます」  一気に目が覚める。  母さん、今日は早く起きたんだ。 「ふふ、まだ随分眠たそうね」 「い、いえ、そんなことは」  イスに座っても背筋をのばし、きっちりとした姿勢をとる。  別にそうしろと強制されているわけではないが――もう長年の習慣だ。 「兄さん、おはようございます」  私服姿の七凪が、ひょこっと顔を見せる。 「お、おはよう」  急に切り替えられなくて、七凪への挨拶もどこかギクシャクしてしまった。 「……」  七凪が眉根を寄せて、  『何、家族相手に緊張してるんですかこの野郎』  と目で言ってきた(たぶん)。 「……」  『ごめんなさい。許してラブリー妹』  と目で伝えた(つもり)。 「はぁ……まったく」  息を落とす。 「まあいいです。兄さん、卵は目玉焼きでいいですか?」 「うん。あ、今日はパン?」 「和食です。あとおみそ汁とお漬物とメザシを焼きます」 「完璧な日本の朝食に兄感激」 「はいはい。お母さんはコーヒー欲しいですか?」 「ええ。でも拓郎さんと七凪とご飯をいただくわ」 「まずは、いっしょに食事を摂りましょう」 「はい!」  嬉しそうな返事をして、七凪は台所に引っ込む。  久し振りに三人で摂る朝食が嬉しいのだろう。  ああいうところは、本当に可愛い妹だ。 「拓郎さん」 「あ、はい」  声をかけられて俺はすぐに居住まいを正す。 「学園の方はどう?」 「何も問題はないですし、問題起こしてもいないです」 「あらまあ、ふふ、そうじゃなくて」 「え?」 「兄さん、お母さんは学園が楽しいかって聞いたんですよ」  トレイを持った妹さんが、やってくる。 「どうして、問題起こすとかいきなりそっちなんですか」 「あ、そっか。ごめんなさい、楽しいです」  すぐ訂正する。 「そう。ならいいわ」  嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を細める母さん。  ――ありがとう。  心からそう思った。  それが、口にできればどんなにいいか。 「お待たせしました」  テーブルに七凪作の朝食が置かれる。  あいかわらず美味そうで、見た目もキレイ。  ちょっとした料亭気分を味わえてしまうくらいだ。 「では、どうぞ――」  朝食を終えて、俺と七凪は学園に向かう。  授業はないが、自主的に学園祭の準備のために放送部は活動するのだ。  その道すがら。 「……まったく兄さんは……」 「……だいたい兄さんは……」 「……いつも兄さんは……!」  妹は俺の真横で、もうかれこれ20分はお説教モードであった。  夏なのにうっとおしいことこの上なし。 「もうそろそろ勘弁してくれませんかね、七凪さん……」  うんざりとした顔をナナギーに向ける。 「嫌です」  きっぱりと。 「いい機会ですから、今日こそ兄さんの性根を叩き直してあげます」 「俺、何も悪いことしてないじゃん……」 「してます」 「もうかれこれ1年はしてます」  えー。 「どうして、兄さんはお母さんやお父さんに丁寧語なんですか?」 「家族なのに変です」 「何考えてんですか、このスットコドッコイというレベルで変です」  俺、スットコドッコイすか。 「いや、でも目上の人だし」  と、いつも言ういい訳を口にする。 「そーいう感じに見えません」 「どちらかと言えば、避けてるような壁を感じます」 「兄バリヤー展開中です」  七凪は俺に三白眼を向ける。 「兄、人間なんですけど」  苦笑しつつも、胸がちょっと痛む。  でも、この話をこれ以上続けるつもりは俺にはなかった。  何とか別の話題に変えたい。 「おはようですよ、ナナギー、沢渡さん」  いいところに計がやってくる。  ナイス幼馴染! 「おお! 計! お前のような者を待っていた!」  両手を広げて大げさに喜ぶ。 「え? あたしを待ちこがれていましたか?」 「勇者様!」  とりあえず拝んで盛り上げる。 「また兄さんと真鍋先輩が意味不明な小芝居を……」  七凪はげんなりしていた。  でも続ける。 「そなたこそは、失われし伝説の民の血を引く、唯一のお方……」 「どうか私達の世界をお救いくださいっ!」  俺は即興で作った設定を語った。 「あたし、世界救いますか?!」  ノリノリで架空のサーベルを振り回すジェスチャーをする計。 「もう世界でも経済でも、じゃんじゃん救ってくださいませ!」 「あい、わかり申した! やー! ぐさっ」  勇者のサーベルが俺の胸に。 「――って、何で俺を刺すんだよ?!」  早くも設定が崩れる。 「だって、捜査側に犯人がいるのはミステリーの基本じゃん?」 「それ基本めっちゃ外してる」  犯人がヤ○のパターンかよ。 「ぐわ~っ、騒いだら暑~い~~……」  急にぐったりとして素に戻る。 「馬鹿なことやってるからですよ」 「タク、早くバス乗って涼もう~」 「今日から来る時間、いつもより遅いけどな」  夏休み対応で。 「マイ、ガッ!」  オーバーアクションで悔しがる。 「真鍋先輩、鬼藤先生みたいです」 「なんだと、この美少女っ子め!」  言って、七凪に抱きつく。 「あ、ちょっと、暑いですからっ!」 「くんくん、フローラルの香りが……ああ、ナナギーは今日も可憐でござる~」 「に、匂いを嗅がないでくださいっ! って、首筋に鼻先を擦りつけ……ひゃっ!」  妹は計の過剰なスキンシップに悶えていた。  見目麗しい女子二人の仲睦まじい光景に、俺は心洗われる。  素敵発見。 「本日の良かったことに登録だ」  良かった探しが俺の趣味だった。  ウソだが。 「兄さーん! 助けてくださいよ~!」 「いや、仲良くていいんじゃね?」  放任する。 「はい、兄のお墨付きいただきました~。すりすり続行~♪」 「兄さんの薄情者――っ!」  ナナギーの悲痛な叫びが夏空に響く。  小さな衝突は消え失せた。  いつもの俺達のいつもの日常に無事生還である。 「――おし、全員そろったな」 「んじゃ、会議始めるぜ、野郎ども! 抜かるなよ!」 「へい!」  学園に着くと早速会議となる。  夏休み初日とあって、全員のテンションはアホみたいに高い。 「お国のために命を捧げろ! 一億玉砕! 勝ってくるぞと勇ましき!」 「俺、この会議が終わったら結婚するんだ……」 「神戸くんに死亡フラグがっ?!」 「どんな会議ですか、アホですか」 「皆、元気……」  南先輩はこんなアレな後輩達でさえ、評価していた。  ポジティブだ。 「元気なアホって一番始末が悪いっすよね」  俺はやれやれと嘆息する。 「黙れ、アホ1号」  流々に指を指される。 「違う! 俺はアホじゃないぞ、2号!」  指を指し返す。 「あはは、流々2号~」  計がけらけら笑う。 「3号、うるさい」 「あたしもアホ仲間に?!」  3号は愕然としていた。 「とにかく!」 「副部長として、かつこん中で一番ミニFMに詳しい者として、私からまず問題を提言する!」 「問題提言?」 「アンテナ直るし、もう問題なくね?」 「ある。超ある」 「うむ、実は私もあると思う」  三咲も腕を組んでこくんと頷いた。 「え? 4号も?」  三咲を見る。 「まだ続いていたのか? ていうか私はアホじゃない!」 「4号は神戸くんに譲る!」 「いらねぇし!」  あいかわらず話が進まない俺達だった。 「もういいですから、とっとと会議を進めてくださいこの野郎」  七凪が使えない上級生に視線を投げかける。  半分線の入った目をしていた。  立場がない俺達二年。 「……田中さん、そろそろ問題の中身を……」  静かに南先輩も言う。 「あ、はい。えーっと、要は」 「私らが学園祭でやることを決めようってこと」 「そう! それだっ!」  流々の言葉に三咲がすぐ反応する。 「え? 何言ってんの? 流々」  お計さんは、首を傾げつつ眉を寄せる。 「やることは、ミニFMって決まったじゃん?」 「だよなー」  計に続いて修二も「お前何言っちゃってんの?」という顔を流々に向けた。 「そうだよ、ミニFMだよ。アンテナあるし、開局はできるけどよ~」 「ならば《もー》無《まん》問《たい》題です!」  両手を上げる。 「いや、問題はある」 「ええ、むしろそこからですよね」 「ん」  我が部の良識派達はいっせいに首を縦に振る。 「え? やること決まったのにか?」 「わからないよ! 真夏のミステリーだよ!」  我が部のちょっとアレ派達はいっせいに首を横に振る。 「だから、ミニFM開局してそこで何放送すんだよ?」  流々がわかりやすく疑問を解説する。 「あー」  ようやく修二が現状を理解した。 「そこはDJの沢渡さんにお任せします!」  一方、計は俺に丸投げだった。  勝手に役割を決めないで欲しい。 「そーいえば、開局ばっかりに必死で、何を放送するか決めてなかったなー」  両手を後ろ頭に組みながら、息を吐く。 「せっかく環境がそろっても、中身が伴わないと意味がない」 「面白い企画を考えましょう……」 「ういーす」 「らじゃーです」  先輩に部員全員が、同意の意向を示す。  さて。 「んじゃ、皆、まずはひとつずつやりたいことを言ってみそ」 「ほい、タクボン」 「え? 俺からなの?」 「おう、まずはタクが突破口を開いてくれよ」 「ん~、急に言われてもな~」  悩む。 「タクロー、何でもいい……」 「そうだ、可能かどうかは置いておき、まずはどんどん意見を出すべきだ」 「ブレーン・ストーミングですよ、兄さん」  とりあえず何か言ってみろってことか。  そういうことなら。 「今、俺がやりたいことって言えば――」  ぐっと拳を握る。 「沢渡さんのエッチッチ!」 「まだ何も言ってないでしょ、真鍋さん?!」  お前のツッコミはたまに速すぎる。 「くそ……エロ方面のボケをいきなり封じられた……」  ぶつぶつと文句を言う。 「おい、ボケるつもりだったのか……?」 「兄さんマジメにやってくださいこの野郎」  七凪と三咲の視線にちくちくとイジメられた。  今ボケるのはなかなかハードルが高そうだ。 「具体的には浮かばないけど、普段やってないことがしたい」 「めちゃくちゃ抽象的だな」 「でも、普段は連絡事項と昼休みに曲流すだけじゃん」 「うむ、何をやっても今までとは違うモノにはなりそうだな」 「音だけで表現できる、今までにないもの」 「例えば、生演奏とか」 「おーっ、ライブですか! それいいかも! じゃじゃ~ん!」  計が立ち上がって架空のギターをかき鳴らした。 「? 真鍋先輩って楽器弾けましたっけ?」 「今弾いてますよ! じゃじゃ~ん!」  あいかわらず口で音を再現していた。 「エアギターかよ!」 「エアベースですよ、沢渡さん」  わかるかっ。 「どっちにしろ音が出ないんじゃ、どうしようもないな」 「演奏はボツだな」 「そうなると後は朗読とかですか?」 「朗読って、タクやヤクザ顔もすんのかよ? それ超ウケるんだけど!」  流々が、きゃははと笑う。 「うっさい! 兄貴に言われたくねーよ!」 「誰が兄貴かっ! ああっ!?」  メンチ切られた。  修ちゃんよりよっぽど怖い。 「なかなか決まらない……」 「主力のはずの二年生が足を引っ張ってますよね……」 「七凪、ここはお兄ちゃんに免じて、流々と計と修ちゃんのことは勘弁してやってくれ」  七凪の肩を軽く叩きながら言う。 「「「おめーもだよ!」」」 「ぐふっ?!」  トリプルでクラスメイトアタックをくらう。 「……本当に困った先輩達だな……」  三咲が額に手をあてていた。頭痛らしい。 「ぶっちゃけもう慣れましたけど」 「あ、そうだ。いっそ七凪くんがやりたいことを言ってくれ」 「え? 私がですか? いいんですか?」 「少なくとも、ここにいる先輩達よりはいい」 「ん」 「それもそうですね」  放送部の良識派の見解が即座に一致した。 「では、ドラマとかはどうでしょう? ラジオドラマです」 「お~」 「なかなかハードル高そうだな。脚本もいるし効果音もいるぞ」 「だが、全員で参加できるものではあるし、挑戦しがいはあるな」 「男二人しかいねーぞ? 女だらけの話になるな」 「そこは一人二役とかにすれば大丈夫……」  なかなか難しそうだな。  でも、楽しそうではある。  どうするか。 「それやるとなると、学祭までにやらないといけないことは――」  ノートに書き出してみる。  1.脚本を用意する  2.自分の役の練習をする  3.並行してミニFMの機器の操作に習熟する 「……一つ一つが、結構大変ぽいな」 「確かに……」 「夏休み、いっぱいつぶしそうだしな」  うーん、と皆が考え出す。 「……無理ですか?」  ナナギーがちょっとしゅんとしてしまう。 「いややる!」  すぐ妹の側につく俺。 「もう意趣返しか?!」 「おめー、夏休みつぶしそうって言ったばっかりなのに?!」 「いいんだよ! どうせ俺の夏休みなんて、バイトしてるか、部屋でダラダラしてるか、ボランティア活動してるかくらいだし!」 「何さりげなくいい人ぶってるのですか、沢渡さん」  計が鋭いツッコミを入れてきた。 「兄さん、本当にいいんですか?」 「もちろんだとも!」  俺は前髪をかきあげつつ、モデルのようなポーズをとる。 「妹がやりたいというのなら――万難を排して協力する! それが兄というものなのさ……!」  爽やかに瞳を輝かせる。省力型LEDよりも眩しい光。  素敵なお兄様を演出する俺だった。 「ああ……。私の兄さん……超カッコいいです……」  妹は兄に心酔した。 「いや、アレ却ってダサいだろ……」 「だよな……」 「二人だけの世界を形成してますよ、沢渡兄妹!」 「タクロー、芸達者……」  こうしてめでたく学園祭の出し物が決定した。 「……こ、こんな決め方で良かったのか……?」  三咲、考えるな感じろ。  昼食後、業者さんがアンテナ修理にやってきた。  勉強になるかと思って見学しに行く。 「――暑っ!」  だが、真上からの殺人的な太陽光線に早くも俺はダウン気味だった。  そんな中、おっちゃん達はガンガン働いてる。  すごい。おっちゃんらマジ尊敬する。 「おう、兄ちゃん、そんなとこ突っ立ってると危ねーぜ?」 「あ、すんません。ちょっと勉強したくて……」 「ん? 兄ちゃん達は、こんなことより今しかやれないことをしっかりやりな!」 「それが人生の基本になるんだぜ! な! 兄ちゃん!」  気のいい感じのおっちゃんがニカッと歯を見せて笑った。 「ご忠告あざーす!」  こういうおっちゃんにそう言われると何だか俺も素直になる。 「あ、兄さん、ここでしたか」  ツインテールを揺らして、七凪がやってくる。 「ん? どうした?」 「学園祭で使う脚本のことでご相談があります」 「いいけど、俺だけでいいの?」 「はい。脚本担当の兄さんだけで結構です」  ――は? 「いやいや、何を言ってるのですか、七凪さん」 「まだそんな担当決まって――」 「さっき、決まりましたけど。くじ引きで」 「な、なんだって――っ?!」  あまりの急展開にショックを受ける。 「俺、全然聞いてないのにっ!」  欠席裁判みたいな決め方はやめてくれ。 「実は、さっき部室で――」 「何をやるか決まったことだし、次は担当を決めないとな」 「そうだけど、また時間かかるよな~」 「ん」 「それはすぐに沢渡さんが、脱線させるからなのです。ぷんぷん」 「だよな~」 「いえ、流々姉さんも、真鍋先輩も割りと脱線させてますけど?」 「なので、沢渡さんのいない間に決めてしまいましょう!」 「だよな~」 「黙殺ですかそうですか」 「しかし、それでは公平性に欠けるだろ? 私はズルいのは嫌いだ」 「大丈夫。くじ引きで決めようよ。これで!」 「計、何でスマホ出すんだよ?」 「ちょうどいい感じのアプリが入ってるから、これで決めよ!」 「どんなアプリだよ?」 「つまり、こんな風に……」 「私達全員の名前と担当する仕事をカード登録して……ボタンを押すと、ほら、カードが回るでしょ?」 「回ってるけど……?」 「南先輩、テキトーなところで止めてください」 「はい」  [沢渡]  [沢渡][兄]  [沢渡][兄][脚本担当] 「はい! タクがレアカードの『脚本担当』をゲットしました!」 「脚本担当はタクに決定であります!」 「おお! 簡単に決まったな!」 「こりゃ早いな!」 「い、いや、早いのはいいんだが……」 「真鍋先輩、果てしなく不正の匂いがするんですが……」 「沢渡拓郎先生の傑作に期待しましょう!」 「だよな~」 「黙殺ですかそうですか」 「――そんな感じで各担当があっと言う間に決まりました」 %40「なんじゃそりゃ――っ?!」%0  頭を抱えて叫んだ。  そんなコンプガ○ャっぽいアプリで俺の運命が決められた?!  はめられた。  地面に膝を折って、しくしくと泣き伏す。 「私の愛する兄さん、泣かないでください」 「大丈夫です。私がいるじゃありませんか」  そっとナナギーが俺の肩を優しく抱いた。 「ああ……!」  俺は顔を上げて妹の顔を見る。  天使のような笑顔がそこにあった。 「ああ! 七凪っっ!」  感動のあまり抱きついた。 「アンちゃん、今日ほどお前という妹がいて良かったと思った日はないよ!」  さめざめと妹の胸で泣く兄の図。 「ふふ、やっと私の良さがわかりましたか? 兄さん」 「今日からナナギー先生もしくは親方と呼ばせてください」 「ごめんこうむりますこの野郎」  エンジェルスマイルを保持したまま言う。  ちょっと怖い。 「そんなわけで、私は兄さんのお手伝いをしようと思います」 「え? 脚本の仕事、七凪も手伝ってくれるってこと?」  七凪から離れて確認する。 「はい」 「いや待て、でもよく考えたら七凪も仕事あるだろ?」 「それだと七凪の負担が増えるから、やっぱりそれは――」  やめとくよ、と言いかけて、 「ですが、もう原案を考えてしまいました」  言って分厚い紙の束を取り出す妹さん。  早っ! 「マジっすか……」  俺は妹の仕事の早さに感嘆した。 「どうぞ」  紙の束を受け取る。ずっしりと重い。  これで原案って、どんだけ練りこんでるんだ?  とてつもない傑作級のオーラが漂ってくる。 「はっきり言って、自信作です」  ナナギーがにまっと笑って、控えめな胸を張る。  張ってもあまり変わらないところが可愛いと言えば可愛いのだが、言うと絶対蹴られるから言わない。 「拝読しても?」 「どうぞ」 「では」  大家の先生から原稿を受け取った新人編集者の気持ちで読む。  タイトル:『兄物語』  おい。 「……」  早くもページを閉じたくなった。 「どうしたんですか?」  ナナギーが首を傾げつつ、俺を見る。  いかん、コレは七凪が俺のために考えてくれた話なのだ。  それをタイトルで萎えたからって、読まないなどと……兄失格じゃないか! 「タクロー、読みます!」 「? どうしてそんなに気合を入れるんですか?」  なにはともあれ、表紙をめくる。 「兄、拓郎(仮名)の日課は恥ずかしがる義妹、七凪(仮名)といっしょに風呂に入ることだった」 「そろそろ思春期を迎えるというのに、拓郎(仮名)の妹に対する偏愛は留まることを知らない」 「そう、拓郎(仮名)は妹を異性として見ていたのだ」 「まさに浴場で欲情である」 「エロ小説の出だしかよ?!」  原稿用紙を持ったまま、倒れそうになる。 「ふ、どうですか?」  一方、ナナギーは鼻息も荒く腰に両手をあててドヤ顔だった。 「浴場で欲情のあたりに、才能を感じますよね」 「なんでやねん!」  ただのダジャレだ。  その上手いこと言ったみたいな顔はやめて。 「いや、これはボツだろ?!」  そうじゃないと俺が明日を生きれない。 「ええっ?! 何故ですか?!」  妹さんは納得できないらしい。 「これ放送されたら、全校どころか、電波にのってご近所の皆様が聞いちゃうでしょ?!」 「そうですけど、それが何か?」 「このままだと、拓郎(仮名)くんが社会的に死んじゃうじゃないですか――! 嫌だ――っ!」  泣きながら中止を訴える。 「だから、仮名にしてるじゃないですか」 「モロバレですよ、七凪さん!」  とってつけた感バリバリである。 「大丈夫ですよ、兄さん」 「今は実妹でも大丈夫な時代ですし――」  それはどこの業界の話か。 「……わかったよ。とにかく、脚本、俺頑張って書いてみるから」 「七凪の原案はあくまでも%40原案%0ということで……」  大幅に改編する必要があるが。 「わかりました」 「お役に立ててなによりです」  むしろ足かせになった気がするが、言わぬが花ということにする。  困った妹さんだ。 「ぬおおおおおおっ!」 「書けねー!」  頭をかきむしりながら、シャープペンシルを机に放った。  脚本、超難航。 「ん? そこまで根をつめなくてもいいぞ、沢渡くん」 「うん、まだ夏休み初日じゃん? もっとゆっくりやればよろし!」  それはそうだが。 「でも、そんなこと言ってる間にさくっと夏休み終わりそう」 「それは確かに……」 「書け! 書くんだ、タクッ!」  ボクサーのセコンドのように声援された。  変わり身の早いヤツである。 「しかし、この暑さじゃ、効率も落ちるよな……」  修二が窓を全開にする。  風は多少入ったが、セミの声のせいで余計暑くなった気もする。 「ここ、クーラーないしな……」 「あ、確か扇風機はあったじゃん! 部長出しましょうよ!」 「おお! そうだったな!」  少しだけマシになりそう。 「ううん」  南先輩は首を横に振った。 「扇風機は去年壊れた……」 「タクローと真鍋さんが、宇宙人ごっこで使いすぎて……」 『てへぺろ☆』  計とそろって照れ隠しする。 「宇宙人ごっこって、子供かよ!」 「兄さんと真鍋先輩はアホですか」 「あ、そうだ。この話、途中で宇宙人出ると良くね?」  ナイスな発想を得る。  俺の筆が加速しだす。 「それは超展開すぎるだろう?!」 「兄さん、余計な個性は出さなくていいですから」  一蹴された。  泣く泣く、書いた部分を消しゴムで消す。  そして、筆はピタリと止まる。 「しかし、暑いな~。汗で制服が貼り付く~。うぜ~」 「もう脱皮するしか!」 「醜いサナギから、美しい蝶に生まれ変わるのは、今!」 「だな! 醜いサナギから――って、誰が醜いんだよ! こいつー」 「きゃー♪」  計と流々がきゃっきゃっとじゃれだす。 「おめーら、元気だな……」 「俺はマジでもう死にそうだぜ……」  修ちゃんが俺の隣でパタンと机につっぷす。 「おい、お前脱水症状とかなってない? 水分摂れ、ほら」  俺のペットボトルを差し出してやる。 「お、さ、さんきゅー」  受け取ってすぐ飲む。 「――はぁ、ちょっとはマシになったぜ。親友」  肩を抱かれる。 「それは何より」  暑いが振りほどくのもメンドーなのでそのまま執筆を続ける。  が。  ざわ……ざわ……ざわ……。  何故か、女子達の方から不穏な空気が。 「――い、今、間接キスしたよね?」 「――したな。すげーフツーにしたぜ」 「――つまり、あの二人は日常的に……」  悪い噂が立っていた。  皆、暑さで頭がオーバーヒートしているのか。  すると。 「兄さん! これをどうぞ」  いつの間にか俺の背後に立ったナナギーに新品のペットボトルを差し出される。  清涼感溢れる炭酸飲料だった。 「おー、ありがとう」  フタを空けて半分くらい一気に飲む。 「ぷは~っ、美味い!」  夏はやっぱり炭酸だ。 「では」 「へ?」  妹は俺の手からペットボトルを素早く奪取。 「――んくっ、んくっ……」  残りを全部飲む。 「――ふぅ……これで、最新間接キスは私のモノですね」  きらーんと目を光らせる妹さん。  それが目的かよ。 「神戸先輩に負けるわけにはいきません」  キリッとして言い切る。 「違う! 七凪ちゃん、俺と拓郎はマジそうじゃないからっ!」 「ひどいよ、ナナギー!」  男子二人、涙目。 「こほん」 「タクローと神戸くんの同性愛はともかく」 「先輩、そういう流し方はやめてください! 当たり前の日常っぽくしないで!」  同性愛とか言わないで。 「最近、暑くて作業に集中できないのは確か」 「ですよね~」 「毎日暑いけど、ここ最近は特に~」 「ああ、予報によると2、3日は全国的にも猛暑、いや酷暑のようだからな」  マジかよ。  いっそドコかに退避するか。 「避暑に行きたーい! 軽井沢に!」 「そこで、テニスしたり乗馬したりのハイソなサマーバケーションを、真鍋さんは沢渡さんに強く要求します!」 「俺かよ」  とんだ無茶振りだ。 「そんなブルジョワな夏は俺達の夏じゃないのさ……」  修ちゃんが達観したコメントを出す。 「ほら、これでも使っとけ」  流々は計に駅前でもらったウチワを進呈した。  でっかくローン会社のユルキャラが印刷されていて、『怖くないよ! どんどん借りてね♪』とフキダシが。 「ビンボーの馬鹿野郎――っ! 青春のイジワル――っ!」  窓からウチワを投げていた。  切ない夏である。 「ですけど、これじゃあ兄さんの効率があがらないのも事実ですし」 「南先輩、2、3日だけなら、部活をお休みにしてもいいかもです」 「ん」  何事にも我慢強い先輩でさえ、この暑さは耐えがたいらしい。  室温37度近いしな。 「じゃあ、明日から3日ほどは放送部はお休みってことで、皆いい?」  全員を見渡す。  皆、無言で頷く。 「よーし、じゃあ、明日から3日間お休みでーす!」  俺は手を叩きながら、立ち上がる。 「3日間、よく休んで体調を整えてきてくださーい! 皆さん、お疲れさまでしたっ!」 「うい~」 「お疲れ~」 「タクもちゃんと休めよ~」 「脚本はまだいいから……」 「あざーす! そうしまーす!」  俺は机の上を片付ける。  皆も部室の戸締りを始めていた。 「兄さん、しばらくはゆっくりできますね」 「ああ、七凪もな」 「はい、お寝坊しちゃいそうです」  妹のはにかむ笑顔が実に可愛い。 「ははは、別にいいじゃん」  頭を撫でてやる。  まあ、最近色々あったし俺も少し休もう――  ――そんなわけで、帰ってぐっすり寝る。  そして、爽やかな休日の朝。 「あふ……」  もそもそと寝床から起き上がる。 「ちょっと寝すぎたか……?」  今日から3日間休みということで、気が緩んだかな。  まあ、いいか。  ふに 「へ?」  今、何か布団の中で軟らかい物体が。  枕か? いや枕はちゃんと定位置にある。 「え、えーと……」  もう一度触ってみる。  ふにふに 「ん、あ、もう……」 「兄さんの、エッチ……」 「でも、《とこ》永《しえ》久に愛してます……」  甘めの妹ボイスが再生された。 「……誰かがいる」  誰かとはあえて明言しない俺。  いやもうしちゃってるけど。  これはそっとしたまま離脱すべきだ。 「さあー、兄、顔洗いに行っちゃおうかなーっ!」  爽やかな朝を無理矢理継続させようと、ベッドから立ち上がる。 「兄、お待ちなさい」 「同衾した妹を置いたまま、ドコに行くのですか?」  自ら布団を脱ぎ捨てた妹が、俺をにらんでいた。 「同衾言うな」  何か表現がイヤらしいぞ妹よ。 「昨日はあんなに可愛がってくれましたのに……」  もじもじとする。  殺人的に可愛いからこそタチが悪い。 「覚えがないよ! ていうか寝た時は俺一人だったのに?!」 「忍び込みましたから」  あっさりと言う。 「……久し振りに見た兄さんの寝顔、可愛かったです」 「……あの、七凪さん」 「何ですか?」 「寝顔見た以外には、俺に何もしてないよね……?」  おそるおそる尋ねる。 「…………」  妹は一瞬口をつむり、 「兄さん、最近の世界経済の動向についてですが」  あからさまにごまかしていた。 「勝手に俺のベッドに入るなとあれほど言ったのに、ウチの妹ときたら……」  朝からがっくりとうなだれる。 「でも、入れてと頼んでも兄さんは入れてくれません」 「当然だって」 「兄さんはイジワルさんです」  ぷくっと頬を膨らませる。 「あ、兄は普通、妹をベッドに入れたりしませんっ!」 「だから七凪も入っちゃダメっ!」  頑張って普通の兄妹のあり方を提言する。 「そんなイジワル言わないでください」 「入れてください、兄さん」 「ダメっ!」 「入れてくださいっ」 「ダメったら、ダメっ!」 「嫌です! 兄さん入れてください、兄さん入れてください、兄さん入れてください!」  朝から兄の布団に潜り込んで「兄さん入れて」を連呼する子。  それが俺の妹である。 「ああ! 俺の可愛い妹がいつの間にかイロモノに!」  兄は苦悩した。 「誰がイロモノですかっ」 「タク、おはー!」 「私こと真鍋計は、たまたま気が向いたので、本日は王道的かつテンプレな幼馴染を演じてみようとあんたら何やってますか――?!」  何とも間の悪いところに計が乱入してきた。 「あ、あたしの幼馴染が……ついに性犯罪をっ……! いやあああああああ!」  涙ぐみながらかぶりを振る。 「誰が性犯罪者か」 「オフコース、ヒー、イズ、ユー! ファッキン!」  『もちろん、お前のことさ、このブタ野郎!』  と字幕が出る。 「タク、いくらナナギーが可愛いからって、妹に無理矢理エロエロしいことをするなんて……!」 「ゴー、トゥー、へヴン! ユー、ファッキン!」  『天国行きの切符をくれてやるぜ! 神様によろしくな、このゲス野郎!』  と字幕が。 「違う! 誤解だ! な? 七凪?」  俺の隣に座っている妹を見る。 「はい、真鍋先輩の誤解です」  七凪はこくんと頷く。 「そ、そうなの?」 「ええ、無理矢理じゃなくて、両者合意の上ですから」 「七凪さん、このタイミングでそんなウソはやめて!」  シャレにならない。 「ご、合意の上っすか……」  計は固まっていた。 「……ふぅ、美味しい……」  そして、七凪は気だるい表情で、モーニングコーヒーを飲んでいた。 「いつ淹れたんだよ?!」  俺と一夜を共にした女を気取る妹にツッコミを入れる。 「うおおおおお! ナナギーが大人の階段を上りやがった! あたしより先にっ!」  計は言わなくてもいいことをカミングアウトしていた。  やかましいことこの上なし。 「ああ、俺の貴重な休日の朝がこっぱみじんに……」  ちっとも爽やかでない朝に、俺はむせび泣いた。  俺と七凪は計に引っ張られるようにして、海沿いの道にやってくる。  計曰く、 「せっかくの休みですから、色々チェンジして、気分転換すべきですよ、沢渡兄妹!」  とのことであった。  が。 「今日は一日、昼寝しようと思ってたのに……」 「今日は一日、兄さんと添い寝しようと思っていたのに……」  俺達兄妹のテンションはメチャ低かった。  ナナギーの発言が若干気になったが、とりあえず今は黙殺する。  兄妹そろって、計の三メートルくらい後ろをダラダラと歩く。 「おお! 心強い仲間の登場ですよ、沢渡さん!」  計の声に顔を上げる。 「おう、来たか」 「おせぇぞ、拓郎」  流々と修二だった。  昨日と同じ顔をしていた。当たり前だが。 「おはよう」 「今日も暑いな、沢渡くん!」  それにいつもの南ちゃんと青春娘がアドオンされる。 「真鍋さん」  幼馴染の背中に声をぶつける。 「何ですか?!」 「普段と全然変わってないっす」  根本的問題点を投げかける。 「!!?」  何故そんなに驚く。 「何を言ってるの、タク、海だよ! 海!」  真夏の陽光を受けて、ギラギラと輝く日本海を指差す計。 「心躍るじゃないですか?!」 「海なんかしょっちゅう見てるじゃん……」 「これだといつもの部活とほとんど同じじゃないですか……」  俺とナナギーは背を丸めたまま、そろって回れ右をする。  自宅のクーラーが俺達を呼んでいた。 「おいおい、ここまで来て帰んなよ!」  いつでも元気な流々が、俺達の正面に回りこむ。 「そうだぞ、ここまで来たら諦めてキミ達も付き合いたまえ」  続いて三咲もやって来て、前をガードした。 「えー、暑いし帰らせてくれよ」 「兄に同じです」  俺達は流々の横をナナギーと通り抜けて帰路に。 「タク、いいのか? これから皆で泳ぎに行くんだぜ?」  ぴく  流々の言葉に俺の足は勝手に止まる。 「今日は暑いから、他のガッコの女子とかもいっぱい来てるだろうな~。水着見放題だよな~」  ぴくぴく!  俺はゆっくりと流々の方を見る。 「ん? いっしょに行きたくなったか? タクボン」 「は、ははは! 何を言ってるんだい田中くん!」 「こ、この沢渡拓郎、たかが女子の水着ごときで行動を変えたりはしないっ!」  乾いた笑い声をあげて、強がる。 「そうですよ、流々姉さん」 「私の兄さんは、女子の水着くらいで揺らいだりする人ではないのです」 「そう言えば、さっきすっげー可愛いコが海に向かって……」 「ふぉーっ!」  ムー○ウォークで後退する。 「兄さん、何引き返しちゃってるんですか!?」  妹びっくり。 「ナナギー、白い砂浜が俺達を待ってるな!」  その場で波乗りのマネをする。  気分はすっかり西海岸である。 「揺らぎまくりじゃないですかこの野郎」  その横で妹はジト目になっていた。  速攻で家に戻って水着を取ってくる。  渋る七凪を説き伏せるのは骨だったが、これも水着ギャル達を拝むためなのだ。  よし、俺の夏来た――っ! 「海、海、海――っ!」 「キレイな海だな!」  仲間達が続々と白い砂を蹴って走っていく。 「しゃあっ!」  頬を叩いて気合を入れる。  俺も皆に続くぜ、とばかりに駆け出す―― 「ちょっと待ってください」 「そこの兄プレイバック」  ――前に妹が俺の海パンをつかんだ。 「うおっ?!」  危うくコケそうになる。  ていうかパンツ脱げそうになった。 「ちょっと、七凪、危ないでしょ!」  色々な意味で。 「大丈夫ですよ。お尻の蒙古斑とか見てませんから」 「もうさすがに残ってないよ!」  自分ではよくわからないけど。 「それより、兄さんにお願いが」  学園指定のスクール水着を装着したナナギーの唇が不敵につりあがった。  何かたくらんでいる時の笑い方である。 「い、いいけど何?」  少しビビりながら尋ねる。 「ちょっとこれを持って、ついて来て欲しいのです」  地面に置いたビーチパラソルやレジャーシートを指差す。  借りてきたのか?  あいかわらず手回しいいな。 「ああ、荷物持ちね。了解」  当然快諾。  力の弱い妹に重い物を持たせる俺ではない。  すぐに持ち上げる。 「――じゃあ、参りましょう」 「あいよー」  ナナギーに先導されつつ移動する。  5分後。  何故か閑散とした場所にたどり着く。 「――そんなわけで、サンオイルです、兄さん」  俺の前で優雅に日光浴をする妹が小瓶を差し出してきた。 「何がそんなわけなんだ、七凪」  ていうか、どうしてわざわざ人気のないところで?!  トラップ?!  もしかして、今、兄、妹トラップに引っかかってますか?!  俺は激しく動揺した。 「かーさなるめーろでぃーが♪」  一方妹さんは上機嫌。  勝者の余裕か。 「ふふ、兄さん」  ニヤソと笑う。 「兄さんに妹の柔肌に触れる機会を与えましょう」 「小躍りして喜んでください」 「俺はどんだけイタい兄なんですか、七凪さん……」  そんな目で兄を見ないで欲しい。 「私の背中に塗ってください」 「えー、女子がいるんだから、他の子に……あ、おーい、計」  たまたまこっちに来た計に声をかける。 「なにー?」 「七凪の背中にサンオイルを塗ってやって」 「うん、いい――」 「しゃーっ!」  七凪は逆毛を立てて、計を威嚇した。 「ひいぃぃぃぃっ?!」  幼馴染は脱兎のごとく逃げていく。  縄張り争いをしてる猫かっ。 「邪魔者は排除しました」 「さあ、兄さんどうぞ♪」  どうぞと言われても。 「え、えーと~~……」  躊躇する。  妹とはいえ女の子の素肌に直接触るなんて。  直接的エロ行為にはえらく弱い俺である。 「どうしたんですか?」 「早くきてください、兄さん」  ふりふりとお尻を振った。  わざと? 誘ってる?!  目の毒だった。兄困惑。 「もう、何をしてるのですか兄さんは」 「早くしない日焼けしちゃうじゃないですか」  ふりふり  またおヒップを悩ましげに。  やはり故意にやってるのか。  この小悪魔シスターめ。 「妹の肌を紫外線から守ってください」 「日焼けしたら痛いです」 「わかったわかった」  七凪が痛い思いをするのは可哀想だ。  そう言われるとやるしかない。  俺は仕方なく手にサンオイルを付着させる。 「じゃあ、ささっと塗るから」 「いえ、じっくりたっぷりゆっくりやってください」 「たまにジラしたりするのもアリですから」  何の話か。 「はいはい、いいから動かないで」  妹の言をスルーしつつ塗り始める。  ぺとっ 「はう……」  ぴくん、と七凪の肩が揺れた。 「あれ? そっとやってるけど、痛かった?」  すぐ妹が心配になる俺。 「い、いえ!」 「この触るか触らないかの絶妙な力加減……!」 「兄グッジョブです!」  褒められた。  イマイチ嬉しくはないが。 「でも、次はもっと強くてもいいです」 「兄さんの華麗なお触りテクニックを、十二分に発揮していただければ」 「そんなテクねーし!」  そんな熟達した技なんかないよ。ほとんど経験とかないんすから、俺! (泣)  切ない自分を再認識しながら続ける。  ゆっくりと撫でるように、背中に触れる。 「あ……」 「七凪の肌キレイだな。すべすべしてる」  触ってて気持ちいい。  ふにふに 「ん……、はうっ……」  だんだん手を腰の方に移動させる。  あんまり触りすぎないように注意しつつ。  ふにふにふに 「あっ、んっ、やっ、あん、兄さん……!」  妹の声が艶っぽくなってくる。  戸惑いつつも、一応塗り残しがないように丁寧に作業を続ける。 「そんな、あっ、んっ、はぁ、あっ、く、んっ!」 「あん、ん、やっ、ん、ああ……!」  ナナギーは顔を上気させて興奮していた。  たぶん性的に。 「おい……」  兄の手は止まる。 「はぁ、はぁ……? に、兄さん、どうしたんですか……?」 「いや、だって……」  ――お前がエロボイス再生させてるからもうできねぇよ! マジ勘弁してください!  などと、さすがに妹には言えず黙ってしまう。 「兄さんのイジワル、続けてくださいよぉ……」  またそんな切なげな声で、甘えないで七凪さん!  あーもう、このまま妹をぎゅっと抱きしめたい! もしくはこの場から速攻逃げ出したい!  二つの相反する欲望が俺の中でうずまく。 「兄さん、早くぅ……」  手をつかまれる。  細く白い指先が、俺の手の上をソフトに蠢いた。 「いやいや! もう全部塗れたから! ね、七凪!」  必死で理性的に振舞う俺。  自分で自分を褒めてあげたい。 「もう、兄さんったら……」 「ふふ、ジラすのが上手いですね……」  曲解していた。 「グッジョブです!」  また褒められた。  アンちゃん色々と複雑だよ、ナナギー。 「わかりました。じゃあ、サンオイルはこのへんで」  ようやく終了する。  やれやれだ。  ようやく兄は解放された。 「続きは、今夜、兄さんの部屋でですね♪」 「こらこらこら――っ!」  兄の解放される日はまだ遠い。 「あ痛たた……」 「ほら動かないでください」  夕方まで海で遊んで、さっき帰宅した。  で、今度は俺が七凪に背中を向けていた。 「もう、だから日焼け止めを塗るって言ったのに……」  ぶつぶつ言いながら、妹が俺の背中に薬をぺたぺたと塗りたくる。 「面目ないです」  背中全体が熱を持ったように痛い。  俺も七凪のを借りれば良かった。  すぐ遊びたくてつい省いてしまった。 「今日のお風呂は温目にしますから」 「はい……」 「シャツもちくちくしないシルクのを出しましょう」 「いつもすまないねぇ……」 「それは言わない約束でしょう?」  ちゃんと小芝居に付き合ってくれる妹さん。  優しい子である。 「はい、終わりました」  七凪がぽんぽんと俺の背中を叩く。 「ありがとう」 「薬が乾くまで、シャツは着ないほうがいいですね」 「うん」 「そのままセミヌードで、リビングをうろうろしててください」 「確かにそうだけど、何か変態っぽく聞こえるのは何故?!」  イジワルな子である。 「くすっ、晩御飯作りますね」  微笑して、七凪は台所に引っ込んだ。 「ふう……」  うつぶせでソファーに寝転がる。  熱っぽい背中に冷房の風が当たって心地いい。  薬のおかげか、大分痛みも和らいだ。 「妹様様だな……」  思えば、七凪も随分大人になった。  初めて出会った頃は、身体が弱くていつも部屋に閉じこもっているような子だった。  俺は夜、泣いてる七凪を何度慰めたかわからない。  それが今では語尾が『この野郎』がデフォルトですからねこの野郎。 「でも――」  元気なら、それでいい。  妹が元気に幸せに健やかに育ってくれれば、兄は何も言う事はないのだ。 「七凪ー」  ラブリー妹に声をかける。 「兄さん、何ですか?」  ひょっこりと顔をのぞかせる。 「ワンパクでもいいから、たくましく育てよ」  愛情をこめて兄の願いを伝える。 「それが妹に言う言葉ですかっ」  でも叱られる。 「まったく兄さんは、本当にまったく……」  ぶつぶつ文句を言いながら再び台所に。  ……いい兄貴になるのは難しいでござる。 「いただきます」 「はい」  今日も母さんは仕事で午前様だ。  なので、いつものように七凪と二人で食卓を囲う。 「うん、今日も美味い」  妹の料理に本日も舌鼓を打つ。  あいかわらず俺好みの味付けになっていた。  さり気なく気を遣ってるんだよな、七凪は。 「あの、兄さん」 「ん?」  見ると、七凪はまだ食べ始めていなかった。  どうしたんだ? 「あれ? 食欲ないの?」 「え?」 「もし気分が悪いなら、兄ちゃんといっしょに病院に」 「いえ、食欲はありますよ」 「妹、元気なの? 健康? ハッピー?」 「はい、妹は元気で、健康で、ハッピーです」 「ならば、よし」  ホッとする。 「ふふ、兄さんは私を心配しすぎですよ」 「そうかなぁ」  自分では普通だと思ってるんだけど。 「兄さん、私ももうすっかり丈夫になりました」 「なので兄さんは、何も心配しないで、いつでも私の処女を奪ってもいいんですよ、ふふ♪」  妹の瞳は期待に満ち溢れていた。 「七凪、おかわり」  茶碗を突き出す。 「……スルーですかこの野郎」  半眼で睨まれる。  虹彩のない目で兄を見ないでナナギー。 「と、ところで、七凪は俺に何の用だったの?」  話題をとっとと切り替える。 「あ、そうでした」 「明後日からのことを、兄さんと相談しようと思って」 「へ? 明後日からのことって?」 「……やっぱり兄さん、お母さんの話をちゃんと聞いてなかったんですね」  七凪は目の前でふぅと息を吐く。 「え? 母さんの話?」 「はい、母さんの長期出張の話です。2週間パリだそうです」 「つまり明後日から2週間、私と兄さんはこの家で二人きりですこの野郎♪」 「な、なんだって――っ?!」  思わず箸を落としそうになる。  俺と七凪の二人だけで2週間も過ごす?!  それは、さすがにマズくないか?! 「いい予行演習になりますよね」  兄はうろたえていたが、妹はまったく臆してなかった。 「いや、でも……」  俺がちゃんと今まで通り、兄として振舞えば問題はない。  が、目の前の妹は平気で兄の布団に忍び込んでくるような困った子である。  ちょっぴり不安。 「俺、その間、修二んトコでも泊まろうかな」  危険回避を試みる。 「ダメです」  だが、速攻で却下される。 「私といっしょにいたくないなんて、兄さんひどいですっ」  射抜くような視線を向けられる。 「いや、俺はともかく七凪は女の子だし、俺と二人きりなんて嫌なんじゃないの?」 「そんなわけあるはずないじゃないですか!?」  強くテーブルを叩く。 「私はブラコンなんですよ?!」 「堂々と言わないのっ」  聞いてる俺が恥ずかしくなるじゃないか。 「だいたい修二さんと二人で何をする気ですか、兄さん、いやらしい」 「お前のがいやらしいわっ!」  今度は俺がテーブルを叩く。 「ち、違いますよ! 兄さんが受けだなんて思ってません!」 「いいから、ちょっと落ち着いてください、ナナギー!」  BでLな展開だけは勘弁してほしい。 「だいたい兄さんと二人きりなんて、こんな美味しいシチュエーションを逃して――いえ、兄さん、私が一人で寂しい思いをしてもいいんですか?!」  前半、本音がダダ漏れである。 「計とか三咲に泊まりに来てくれるように頼んであげるけど?」 「く……どうして、こんな時ばっかりそんな風に気を遣うのですか?!」 「兄さんの馬鹿! シスコン! でも永久に愛してます!」 「どうしたものやら」  結局、七凪に押し切られた俺は二人で生活することを承諾してしまう。  こうして、明後日から。 「七凪ちゃんの新妻ダイアリー、開始ですっ!」  新妻言うな。 「――な、何?」 「マジかよ……」  部活が再開した初日の朝。  今日から俺達の家に母親がいないことを知った部員達は皆、驚いていた。 「タクとナナギー、同棲じゃん!」  計が両手を使ってビシッと俺と七凪を指差す。 「同棲ですか……」 「なかなかいい響きですね……」 「真鍋先輩、その表現、採用します」  ナナギー、サムズアップ。 「提案したんじゃないよっ?! もう、こんなただれた兄妹関係でいいんですか?! 沢渡さんっ!」  幼馴染が頭を抱える。 「いやいやいや!」 「違うから! 誤解ですから!」 「俺達は兄妹なの! 単なるお留守番です!」  えっちいイメージを何とか払拭させねば。 「お留守番……」 「そう表現すると、ほのぼのなイメージ……」  南先輩は両手を合わせて、目を細める。 「まあ、拓郎はもう10年以上、七凪ちゃんの兄貴やってるしな……」 「俺は問題ねーと思うけど。な、拓郎」 「おうとも! 問題など微塵もないぜ! 修ちゃん!」 「何なら、いつでも遊びに来てくれっ!」  健全性を必死にアピールする。 「あ、そっか」 「私達もタクん家に泊まりに行けばいいんじゃん!」 「ん? つまり沢渡くんの家で放送部の合宿をするということか?」 「それだっ!」  意外な方向に話が転がりだす。  確かにこれはいいアイデアな気がしてきた。 「な、なんですって――っ?!」  しかし妹はアスキーアート略な感じで驚いていた。 「それは楽しそう……」 「でも、ご迷惑じゃあ……」 「いえいえ、旅館沢渡はいつでも、最上の笑顔でお客様を心よりお待ちしております!」  揉み手をしながら、番頭のように振舞う。 「タクローの最上のサービス……」 「期待大……」 「感謝……」  南先輩は高貴な光を召還して、喜びを表現した。 「兄さん、何勝手に我が家を旅館扱いしてるんですかこの野郎!」  ポカポカポカ! 「あ痛い痛い! ナナギー痛い!」  妹に日焼けした背中を叩かれる。  的確に弱点を狙うナナギーはやはり百獣の王であった。 「んじゃ、明日からタクボン家で夏合宿ということで~」 「御意」 「御意じゃありませんよ!」  こうしてナナギーの新妻ダイアリーは未完に終わる。  妹には悪いが、兄としては助かった感じだ。  さすがのブラコン妹も皆がいては、布団にもぐりこんだりはできないだろう。  そんなわけで、いつもの通り部活をした。  で、今日の活動を終えて妹と家に帰る。  俺と七凪は扉を開けて、二人で玄関に入る。  と。  七凪はすぐさま扉をびしゃりと閉めると、大急ぎで鍵をかける。  チェーンロックまでしてる。  ヤケに厳重だな。 「施錠完了……!」 「これでOKです。さあ兄さん、リビングへ行きましょう」 「え? う、うん」  七凪に背中を押されて、居間に移動。 「ふふふ……」  七凪は口の端をつりあげて笑う。  悪役の人の笑い方だった。 「どうして、あんなに慌てて鍵を……」  不敵に笑ってる妹に問いかける。 「そんなの決まってるじゃないですか」 「獲物を逃がさないためです」 「は?」  獲物? 「だって、明日からは皆さんがウチに来ちゃいますから」 「そうなると、兄さんを私の物に――いえ、兄さんともっと仲良くなるには今夜しか機会がないのです」  なにぃぃぃぃぃっ?!  俺はようやく真実を知る。  獲物は俺だった。 「ノーッ! 兄ピーンチ!」  怯えながら、七凪から離れる。 「大丈夫ですよ、兄さん」  妹はすり足でじりじりと俺と距離をつめてくる。  まるで武道の試合のような緊張感が漂っていた。  どうして妹とリビングにいるだけで、こんなに殺伐とした雰囲気に?! 「今夜こそ私だけを見る兄さんに、完全にカスタマイズしてあげますから♪」  妹が鋭い眼光を放つ。  鷹の目をしていた。  ていうか俺はスマホやPCじゃないからカスタマイズは勘弁。 「七凪さん、あのー、俺達は兄妹でですねー」  何とか一般論で説得しようと試みる。 「そんな風に自ら枠を作ってしまってどうするんですか!」  いい感じのセリフで一蹴される。 「いや! でも! 俺達はずっと兄妹として――」 「もう、好きなんだからいいじゃないですか」 「妹アタックル!」  俺の一瞬の隙をついて、七凪は俺の腰にしがみついてきた。 「うおっ?!」  バランスをくずして俺は床に倒れる。 「ふ……。取りましたよ、兄さん……」  気がつくと仰向けで倒れてる俺に妹さんがのっかっていた。  マウントポジションをキープしていた。 「これで兄さんは私を攻撃できません」 「いや、俺七凪にそんなことしないけど」 「わかってます。私もしません」 「じゃあ、もうどいていただいても……」 「いやです」 「今から、私の至福の兄タイムです」  兄タイム? 「兄さーん」  ふに 「はうっ?!」  七凪がいきなり俺の胸板に顔をうずめて?! 「兄さん、兄さん……」 「すりすり……」  鼻先を思いっきりこすりつけていた。  めちゃ甘えていた。  俺は七凪の華奢な身体の線を感じてしまい気が動転する。 「な、七凪、こらっ!」  口では叱るけど跳ね除けられない。  可愛い妹が甘えてきて、それを拒絶とか実際には無理である。 「兄さん、ふふ、こんなにくっつくの久し振りです……」 「匂いもすごく感じられて……」 「汗くさいだろ? もう離れて」 「いいえ、かぐわしい香りです……」 「兄スメル、ラブ……」  妹は恍惚とした表情をしていた。  スメルっすか。 「兄さん、私の兄さん……」 「ん、んっ……」  ぎゅっとしがみつかれる。  妹の小さいけど、弾力ある双丘が俺に押し付けられた。  あと、太ももを俺の脚にからめてくる。 「ちょっと、七凪さん、あの……」  ああ、マズイです。  そんなつもりはなくても俺の下半身の方に血が集まって……! 「兄さん、ぎゅっ」 「うおおっ?!」  背中に腕を回される。 「兄さん、ちゅっ」 「ぬおおっ?!」  首筋にキスをされる。  俺、今、完全に妹に愛撫されてる――っ! 「兄さん……あ……」  ぴくっと七凪の身体の動きが一瞬止まる。 「兄さん……ここ固いです……」  言いつつ、股間の辺りを七凪がつんつんと指先で。 「いや、その、それは……」  ああ、何という事でしょう……。  今、この瞬間、沢渡拓郎は妹で興奮した恥ずかしい兄だと、露呈してしまったのです! 「兄さんはエッチさんですね……」  頬を染めた妹が微笑する。 「もう堪忍してください……」  悪代官にかどわかされそうな町娘のように、恥じ入る。 「ふふ、そんなに可愛い顔を見せられたら、もう放せませんよ……」 「兄さんこそ、もう観念して私をぎゅっと抱きしめてください」 「もっと兄さんの方からも妹を愛でてくださいよ」  えー?!  七凪をぎゅっと抱く?!  今そんなことしたら、もう俺も止まれなくなる。 「ノ、ノーッ!」  断固として拒否する。 「そんなこと言ってますけど、兄さん」 「ここは――」  七凪は俺の立派に立ったテントを見る。  もういつでも使ってください! て感じで恥じも外聞もなくそそり立っていた。 「いやー! そんなとこ見ないでー!」 「兄さん、そんなこと言っても身体は正直(以下略)」  陵辱展開になってきた。 「兄さん、ずっと好きだったんです」 「今日こそ――」  あれ?  どこかで腹の虫が。ちなみに俺じゃない。 「……」 「……」  お互い黙って見つめ合う。 「こ、こほん」 「失礼しました」  俺に乗っかったまま、真っ赤になっていた。 「そう言えば、そろそろ夕食の時間だったな……」 「夕食の準備しない?」 「七凪もお腹空いてるみたいだし」 「な、何を言ってるのですか、兄さん」 「わ、私のお腹のことより、今は――」 「――はうっ」  再度、妹の腹がエネルギー不足を訴える。 「うううううっ~~……」  耳まで赤くして、恥ずかしがる妹。  そんな様子を見てるうちに俺の性的興奮は完全に霧散した。 「ほら、ご飯にしよう、な」  頭を撫でてやる。 「うう……せっかく、あとちょっとで兄さんを攻略できたのに……」 「兄を攻略対象にしないの。ほら、もう立って」  妹の身体を優しくどかして、俺はようやく立ち上がる。  どっちの貞操もギリギリで守られた。 「もう、兄さんは我慢強いですね」 「それとも、他の男性に比べて実は性欲が弱いんでしょうか?」 「性欲言わないで、妹よ……」 「兄さん、夕食です」 「あいよ」  あれから30分後。  もうすっかりいつもの俺達に戻る。 「さて、今日のオカズは――」 「――はい?」  席について俺はピタリと動きを止める。 「……」 「こ、これは……?」  テーブルに並んだオカズを凝視しつつ尋ねる。 「ウナ重にとろろ芋、豚足の煮物とスッポンのスープ、それにニラレバ炒めとウナ重です」 「ナナギー、ウナ重かぶってるよ!」 「兄さんには二人前あるので」  ウナ重二人前って重すぎるだろ。  こんなに食えない。  ていうか、明らかに偏ってる。栄養価的に。 「兄さんのためのスペシャルメニューです」  妹は優しく笑んだ。  慈愛のこもった母親のような眼差しである。 「だから、俺は精力弱くないから! 兄、正常ですから!」 「え? いえ別にそんなつもりでは……」  と言いつつ、ナナギーは兄から目を逸らす。  妹に精力が減退中だと心配される兄。  それがこの俺、沢渡拓郎のリアルだった。  立つ瀬がない。 「リアルなんて大嫌いだっ!」  食卓で叫ぶ。  時に優しさが人を傷つけるのだ。 「お、お気に召しませんでしたか?」  妹がしゅんとなる。 「いただきます!」  すぐ箸を取る。  理由はどうあれ、妹の作った夕飯を食べないなんてことは絶対しない。 「――おおっ、美味い!」  スペシャルメニューは超絶に美味だった。  夢中でかきこむ。 「喜んでいただいて何よりです」 「どんどん食べてくださいね」  妹は俺の食べっぷりを見て満足そうに微笑んだ。 「やっぱり、身体が求めていたモノはより美味しく感じるんですね」  しみじみと言われる。 「違う!」  飯粒をとばす勢いで否定した。  どうしても兄が性的に弱いことにしたいんですか、七凪さん。 「この夕食でパワーアップして……今夜は私と頑張ってくださいね」  妹は顔を上気させながらも、瞳は期待に輝かせていた。 「何をって聞かないからね? お兄ちゃん絶対ツッコまないからね?」  必死に予防線を張る。 「また兄さんはそんなイケズなことを――」  俺達の会話を遮るように、インターホンの音が鳴る。 「こんな夜に誰だろう?」 「はい。どちらさまでしょうか?」  七凪が受話器を取って話し始める。 『やっほー、ナナギー!』 『一日早いけど、来てやったぜーっ!』 「……」 「間に合ってますのでこの野郎」 『え? ちょ、ま! ナナギー』  ロクに会話もせず、妹はあっさりと受話器を置いた。  席に戻る。 「高価なツボの販売員の方でした」  そして、満面の笑顔でウソをついた。 「でも、今確かに計とか流々の声がしたよ……?」 「もう、何を言ってるんですか、兄さん」 「真鍋先輩や流々姉さんが、ツボを売るわけないじゃないですか」  あくまでも詐欺的商売人が来たと言い張る七凪さん。  これだけ堂々とされるとツッコミづらい。  政治家並みの胆力である。  そうこうしてると、またインターホンが。 「あ、俺が」  出るよ、と立ち上がる。 「はい。どちらさまでしょうか?」  でも、神速で受話器を取った七凪がもう話し始めていた。 「早っ?!」 『すみません! そちらのキングオブシスコンの沢渡拓郎さんを至急お願いします!』  計の切羽詰った声がこっちにまで届く。  誰が何のキングか。 「……どうかしたのですか?」 『あたしの親友の流々が、流々が、今危篤なんです! ぐすっ、今まさに、涅槃に旅立とうとしてるんですっ!』 『流々が、一目でもいいから、沢渡さんに会いたいって……!』  何かややこしいことになってるぞ。 『うう……タク……タクボンに会いたい……』 『キングに……一目会って……変態と伝えて……がくっ』 『流々ううぅぅぅぅっ!』  小芝居は今クライマックスを迎えていた。  キング言うな。 「…………」  七凪は受話器を持ったまま、額を押さえていた。  頭痛がするらしい。 「とりあえず、入れてやろう、な、七凪」  あんなのが玄関で騒いでいたらご近所に体裁が悪すぎる。 「……仕方ないですね」  で。 「でさー、そん時、神戸の馬鹿がさー」 「マジ~? きゃはははは!」  予想通り、宴会となる。  女子ばっかで、俺の居場所がない。  そろそろ撤退するか。 「俺、もう寝るわー。二人とも泊るならどの部屋でも好きに使っていいから」  立ち上がって、手を振る。 「おやすみ~」 「タク、いい夢見ろよ~」  幼馴染ーズも手を振る。 「それなら、私も――」  七凪もこそこそと立ち上がる。 「おーっと、ナナギーはまだまだ帰さな~い♪」 「だよな~♪」  計と流々が七凪を後ろからがっちりとホールドする。 「な、何でですかっ?!」 「だって、これからやっと女の子だけのキャッキャッウフフな時間じゃん?」 「お姉さん達とガールズトークしようぜ」 「うひょひょひょ!」  そう言って流々は七凪の慎ましい胸を揉んでいた。  ただのエロ親父だった。 「きゃあっ?! 流々姉さんはまたっ!」 「あ~、ナナギーのお胸をまた取りましたね、田中さん」 「仕方が無いので、あたしはお尻で我慢します」  計が七凪のヒップに頬ずりしていた。 「いーやー! 兄さーん!」  妹が助けを求めてくる。 「夜中だし、あんまり騒ぐなよー」  でも、俺は手を振ってそのまま去ることに。 「ああっ?! 兄さん、もしかして夕食前の仕返しですかっ?!」 「因果応報です。学びなさい、妹よ」  手を合わせて目礼。そして離脱。 「うわーん、 兄さんの馬鹿あああっ!」 「これで俺の妹も無理矢理エロ行為をされるツラさをわかってくれるだろう……」  そう、これは妹を思ってこその行為なのだ。  決して俺が安眠したいからではなく!  ――とはいえ、今夜は安心して眠れそうだ。 「おやすみ、ナナギー」  俺は電気を消してさっさと寝床に入った。 「ほれ、娘、もっとちこう寄れ!」 「よいではないか、よいではないか」 「あ~れ~」  ……ガールズトークがうるさい。  結局、安眠はできなかった。 『キミがその味を好きになる頃――』 『また、会おう』  師匠と別れた次の日。  僕は予定通り、沢渡の家にもらわれることになった。 「――さあ、行きましょう」  手を引かれ、見慣れた施設を去る。  新しい生活に対する不安、施設を追われる様に去る悔しさ。  理不尽に振り回されることに対する憤り。  その時、僕の胸にあるのは負の感情だけだった。 「拓郎くん、今日からここがあなたのお家よ」  と目の前の女の人が言った。 「はい」  とりあえず返事は返した。  昔見たドラマのようなセリフだと頭の片隅で考えながら。 「気に入った?」 「はい」  気に入らないなどと答えるわけがないのに、何故こんなことを問うのか。  もう、そのくらいの世間知はある歳だ。  そんなことを思いながら、機械的に返事を返す。 「じゃあ、次は七凪を紹介するわね」 「え?」  七凪。僕の妹になるらしい子の名前。  でも、この時間はまだ学校があるはず。  どういうことか。 「こっちよ」 「あ……」  そこは女の子の部屋。  どこか甘いような匂いが漂う。  ベッドに、小さな女の子が横たわっていた。 「七凪、ごめんね。ちょっとだけいいかしら?」 「はい、お母さん」  儚げな印象を受ける声をしていた。  でも、努めてはっきりとした声を出そうとしてる。  そう感じた。 「この子が拓郎くんよ」 「はい……」 「今日から、いっしょに暮らすから、仲良くしてね」 「はい、仲良くします」  母親の言葉を繰り返す。  まるで自分に言い聞かせるように。 「それじゃ、拓郎くんからも――」 「あら、お父さんからだわ。ごめんなさい、ちょっと待っててね」 「はい、ええ、大丈夫。それは――」  電話の声に急かされるように、彼女は出て行った。 「……」 「……」  何とも気まずい沈黙が流れる。  とりあえず、挨拶くらいはしないと。 「こ、こんにちは、はじめまして」 「はい、こんにちは、はじめまして」  そのまま返された。  会話しづらい。 「僕は片瀬拓郎」 「……沢渡七凪です」 「沢渡さん、風邪なの?」  とりあえず世間話的に話題を振ってみる。 「いえ、喘息です」 「喘息……」  聞いたことがある病名だった。  確か呼吸をするだけでも、ひどくツライはず。 「三級の認定患者です。だから、学校は半分くらいしか行けなくて」 「そ、そっか……。大変なんだね」  自分で振ったとはいえ、話題がとてもヘビーになってしまった。 「……こんな格好ですみません」 「い、いいよ。そんなの」 「気にしないで、ゆっくり休んでね」 「はい……」  見るとちょっと顔は熱っぽい。  これだけの会話でも、結構体力を使わせたのかもしれない。  もう部屋を出たほうがいい。 「ごめん、僕もう出るね」 「……え」  僕の言葉を聞くと、目の前の少女の瞳が微かに見開き、 「……」  瞳に悲しみの感情が宿った。 「……そうですか」  声がどことなく、弱々しくなる。 「あ、あの」 「はい」 「やっぱり、もうちょっといてもいいかな?」 「――はい」  にこっと微笑む。  う。この子笑うとすごく可愛い。  いや、笑わなくてもかなり可愛い子だ。  今まで、学校でも施設でもこんなに整った顔立ちをした子を僕は知らない。 「片瀬さん」 「は、はい」  呼ばれて僕は思考を中断する。  見惚れてた。恥ずかしい。 「片瀬さんがお家に来るって聞いた時、私驚きました」 「だろうね」  いきなり家族が増えるなんて、そうそうない。 「ずっと前に、お母さんにお兄さんが欲しいって、言ったことはあったんですけど」 「まさか本当にお兄さんを連れてくるなんて、思いませんでした」 「正直、僕も驚いているよ」 「僕はずっとあの施設で暮らすって思い込んでたから」 「なかなか引き取ってもらえる子っていないんだ」 「そうなんですか……」 「うん、よっぽど特別な事がないとね」  僕のように、ね。 「じゃあ、お母さんは片瀬さんをとっても気に入ったってことですね」 「え……」  ちょっと待って。  まさか、この子。 「? 片瀬さん?」 「どうかしましたか?」 「え? ううん、何でもないよ」  ぶんぶん首を横に振った。 「ごめんなさい、思ったより話が長引いて」  いいタイミングで女の人が戻ってきた。  僕はホッと息を吐く。 「大丈夫です」 「ちゃんと片瀬さんと仲良くしてました」 「そう。でも、七凪、片瀬さんは違うわよ」 「拓郎くんは、もう貴方のお兄さんよ。そう呼ばないとね」 「あ、はい」 「急には無理でも、お願いね」 「わかりました」  素直に返事する。  僕は少しだけ、その素直さに違和感を覚えた。 「さあ、拓郎くん、もう行きましょうか?」 「はい」  また手を握られる。  その行為にドコか偽善めいたものを感じながらも、今は従う。 「お大事に」  ベッドに横たわる沢渡さんに声をかけて、扉へと向かう。 「あ」 「あの、片瀬さん」  その声に足を止めて、振り向いた。 「そ、その」 「うん」 「会えて嬉しかったです」  あの笑顔で言われる。  この子は何も知らない。  何の打算もなく、そう言ってくれた。 「僕も嬉しかったよ」 「あ、ありがとうございます……」  声が微かに震えていた。 「早く良くなってね」  それだけは心からの言葉だった。 「はい……」 「さ、行きましょう」  手を引かれて、また居間へ戻る。 「あの、お、お――お母さん」  まるでカタコトの日本語を話すように、目の前の大人に声を投げた。 「――何?」  少しだけ戸惑ったような反応の後、微笑する。  その時、この人もとても無理をしてることを何となく感じた。 「さっきの子は、その」 「七凪のこと?」 「はい、その七凪さんは――」  そこまで言葉にして、途中で躊躇する。 「いいのよ。何でも聞いて」 「七凪さんはどうして、僕がここに引き取られたか知らないんですよね?」 「……ええ」 「……いつかは話すつもりだけど、今はまだ……」 「拓郎くん、あの子は本当に身体が弱くて……私もあの子に負担はなるべくかけたくないの……」 「……」 「ごめんなさい。本当に勝手な私達の都合で、だけど……」 「それなら僕からお願いがあります」 「な、何?」 「僕がどうしてこの家に来たのかは――」  ――ずっと、あの子には内緒にしてください。 「あ、痛っ!」  額につたわってくる痛みに顔をしかめた。 「寝てたのか……」  脚本を書いていて、いつの間にか眠りこけていたらしい。  随分懐かしい夢だった。 「……こんなの読んだせいか」  パラパラと七凪が書いた原案をめくる。  出だしこそは官能小説かと思わせるものだったが、ストーリー自体はいたって真面目だった。  時は現代、兄と妹は義理の兄妹。  その二人の恋の物語。 「……義理の兄妹って設定が俺達とかぶってるよな」  一見、仲睦まじく暮らしてる兄妹であったが、実は妹は財産目的で兄の家に入り込んだ偽者だったのだ。  しかし、兄はその偽の妹に恋をしてしまう。  果たして、二人の運命は? という筋書きである。 「偽の義妹か」  モロ他人ってことじゃないか。  だったら、普通の恋愛物でもいい気がするなぁ。  でも、七凪のこだわりがありそうではあるし。 「――兄さん」  図書室に七凪の声が、静かに響く。 「七凪」  妹の声にノートから顔を上げる。 「そろそろ帰る時間です」 「え? もう?」 「はい。他の皆さんが待ってます」 「そう言えば、今日から皆が来るんだったな」 「はい。超迷惑ですけど」  放送部の夏合宿が俺達の家で始まるのだ。 「まだ全然兄さんと二人きりの生活を堪能してないのに……」  堪能しちゃったらマズイでしょ七凪さん。  あんなに大人しかった子が、今やこうである。  時の流れは残酷だ。 「なにはともあれ、あんまり皆さんをお待たせするのも良くないですし」 「今日はそのくらいにして、帰りましょう」 「うん」  ノートを閉じて立ち上がる。 「行くか、七凪」  ぽんと妹の頭の上に手を置く。 「はう」 「もう、兄さん、また子供扱い……」  怒る。  でも、どこか嬉しそうでもある。  並んで歩き出す。 「子供扱いしてるんじゃないよ」 「七凪は俺の可愛い妹だから、可愛がってるんだ」 「もう、こういうのは嫌?」 「……」 「……嫌じゃないです……」 「……嫌なはずないじゃないですか……」 「……兄さん、知ってて聞いてませんか?」 「うん」  あっさりと白状する。 「兄さんはイジワルさんです、この野郎」  ぽぐっと肩を軽く叩かれる。 「ははは」  俺は笑いながら歩く。  妹の歩幅に合わせて。 「お邪魔します……」 「おお~、ここが拓郎ん家か~」 「立派なお宅だな!」  放送部全員で、我が家に到着する。 「適当に座っててくれ」  冷蔵庫を開けて、麦茶を振舞う準備をする。 「兄さん、私がやりましょう」  全員分のグラスを出していると、先に着替えた七凪が台所にやってきた。 「いいよ、七凪も居間で皆と休んでて」 「いえ、ですが……」  妹は眉を八の字に。 「いいからいいから、七凪はそんなに気を遣わなくても」 「はい、兄さんのお気持ちはとても嬉しいのですが」 「兄さんは今すぐ、ご自分のお部屋に行った方がいいと思います」 「へ? 何で?」  俺は着替えるのは別に後でいいんだけど。 「つい先ほど、真鍋先輩と流々姉さんが、お宝を発見すると嬉々として兄さんの部屋に――」 %40「七凪、ここを頼むっ!」%0  光の速さで台所を後にする。 「さあ、ついにやってきましたよ、田中隊長!」 「やって来たな、真鍋隊員!」 「はい、ここが――」 「現在思春期真っ只中! キングオブシスコン沢渡拓郎くんのお部屋であります!」 「うおおおおおっ! お宝アイテムが眠ってる予感がビシバシするぜっ!」 「キング! キング!」 「キング! キング!」 「よおし、さっそくベッドの下をチェーック!」 「定番ですね、隊長!」 「まずは基本、お宝発見に近道なし!」 「真鍋隊員、行きまーす!」 「む、むむ……?」 「これは……?!」 「どうした? 逐一報告しろ、真鍋隊員!」 「雑誌系の手ごたえが! しかも大量に!」 「手触りから、マニア系だと思われます!」 「捕獲せよ!」 「了解であります! ずるずる~」 「よっしゃあ! キングのエロ本ゲットまで、あと三秒!」 「キング! キング!」 「キング! キング!」 「続きはCMの後、すぐ!」 %40「CMじゃねえええええええええっ!」%0  ベッドの下をあさる計の腕にビシっとツッコミを入れる。  超絶にギリギリだった。 「うおっ?! タク?!」 「何故、ここに?!」 「ここは俺の部屋だろーが! ていうか勝手に荒らすな!」  床に伏して、お宝を物色している幼馴染ーズをにらむ。  年頃の娘さんがスカートでする格好ではない。  お前ら子供かっ。 「いや、まあ、なんつーか、その……なあ、計」 「うん、決して悪気はなくて……ねえ、流々」  互いに気まずそうに顔を見合す二人。 「いや、100パーセント悪気だろう」  さっさと結論を出す。 「違うよ! タク、タクは絶対誤解してるよ! あたし達の話を聞いて!」  わざとらしく涙ぐんだ計が俺に必死にすがりつく。 「そう! 誤解だぜ、タク!」  流々までウソ泣きを始める。 「……何が誤解なんだよ?」  一応聞いてやる。 「あたし達はただ純粋に――」 「純粋に?」 「タクの性癖を詳細に知りたかっただけなんだよ!」 「な、なんだって――っ?!」 %40「アホかあああああああああっ!」%0  女の子が性癖言うなっ。  つーか、どうして流々が驚くんだよ?! 「よーし、次はパソコンにいきましょう!」 「まずは検索履歴チェーック!」 「いえっさー!」 「やめてっ!」 「ひどい目にあった……」  計と流々を部屋から追い出してから、居間に戻る。  ぐったりとソファーにもたれる。 「タクロー、お疲れ……」 「ま、まあ元気を出せ、沢渡くん」 「ああ、たとえどんな性癖でも俺達は仲間じゃないか!」  修二が満面の笑顔で言い放つ。 「うるさいよ!」  クッションをその笑顔に投げつける。  それに性癖はバレてない。  ……ナナギー以外にはだが。 「ああ……!」  嫌なことを思い出した俺はソファーで悶えた。  トラウマである。 「兄さん、お風呂沸きました」  そんな俺の悩みも知らずに、妹さんがやってくる。 「え? わかった。おーい、誰か入っていいよ」  三咲や先輩を見る。 「私は後でいい……」  先輩は首を横に振った。 「うむ、ここはこの家の家人である沢渡くんか、七凪くんが一番風呂を使いたまえ」  三咲も先輩に習って遠慮する。 「いや、でもやっぱりお客さん優先で」 「いいって、疲れてんだろ? 拓郎入って来いよ」  修二にまで勧められる。 「じゃあ、計か流々は――」  さっきからいないな。 「真鍋先輩と流々姉さんは、駅前に花火を買いに行きました」 「じゃあ、七凪入る?」 「いえ、兄さんより先に入るわけには」 「別に気にしなくても」 「それは私の妹としての美学が許しません」 「どんな美学なんだ……」 「ちょっとハードボイルドな匂い……」  妹には妹にしかわからない世界があるようだ。 「ですが、兄さんがどうしてもというなら、兄さんといっしょに入ることはやぶさかでは」 「さあ、兄、一番風呂もらっちゃおうかなーっ!」  妹の危険発言を遮るように立ち上がった。 「スルーですかこの野郎」  妹のちくちくした視線を背中に感じつつ、風呂場に移動する。  制服、下着を一気に脱いで、湯殿に。 「はぁ~~っ……。風呂はいいねぇ……」  湯船に入る前に汗を流す。  後の人のためになるべくお湯を汚さないように――  ふに  え?  背中に何か柔らかな物体が。  振り向く。 「兄さん、かゆいところはありませんか?」  スクール水着を着た妹がいた。 「――何故っ?!」  気が動転した俺はそれしか言えなかった。 「何故って、何がですか?」 「いや、だから、何故兄の入浴中に風呂場に来るのですか、七凪さん?!」 「妹だからです」  当たり前のことだというように答える。 「いや、答えになってないんだけど?!」  兄は困惑する。 「ふふ、皆さんがいるからって油断しましたね、兄さん」 「私はいつでも兄さんの童貞を虎視眈々と狙っているのですよ?」  朗らかにスゴイことを言う。  ていうか、未経験って決め付けないでほしいです。 「七凪、マジでマズイって」  俺、今腰にタオルもつけてない。  丸裸。すべて妹にさらけ出していた。 「では、失礼します」 「ごしごし……」  でも妹は臆することなく、石鹸をつけたスク水で俺を洗い出した。  身体が密着しすぎていた。  妹サービスしすぎ。 「ちょっ、ダメ! ナナギー、ダメっ」  こんなことされたら、また俺の下半身が俺の意向を無視して、勝手に、 「あ……」 「うう……」  七凪は赤面する。  すでに手遅れだった。 「しくしくしく……」 「ああ、もうお婿に行けない……」  兄は両手で顔を覆って泣いた。 「な、何を言ってるんですか、兄さん」 「兄さんはもう私が売約済みです。お婿には余裕で行けますから」 「兄を家電かなんかみたいに言わないでくれ、妹よ……」  妹にお前は俺のモンだと宣言された。  複雑な気分だ。 「それより、私がキレイにしてあげます」 「大人しくしててください」 「え? いや、いいです!」 「拙者、これ以上生き恥をさらすわけにはっ!」 「ごしごしごし」 「はうんっ!」  妹の身体全体によるマッサージに俺はなすすべもなく力が抜けてしまう。  無抵抗。  兄は妹の前には無抵抗なのである。 「あ、ん……」 「あ、兄さんと、あ、身体が密着して……はぅんっ……」  また妹の声がエロいことになってくる。  マズイ傾向だ。  もうやめさせないと。 「七凪、もうこういうのはね」 「えい」  妹さんはさらにセクシー度をアップさせた。 「こらこらこらーっ!」 「この方がより密着できますから」 「密着しなくてもいいの!」 「まあ、そんな建前はともかく」  華麗にスルーされた。 「洗うのを続けます」 「あ……」 「ん、あ、ん……」  七凪が泡だらけのお胸をタオルがわりにして、俺の身体中を洗浄する。 「あ、ん、はぁ、はぁ、兄さん……」 「兄さんの身体、とってもキレイですよ……」 「あ、あん……!」  あ。  七凪の胸の先端が固くなって……。  二つの突起が、俺の身体に擦り付けられる。 「兄さん、兄さん……!」  可愛い声をあげながら、俺に尖った乳首を押し当ててくる妹。  ヤバイ。  ヤバイヤバイヤバイ!  また俺の愚息がしょうこりもなくさらにご成長著しいことに。 「あ」 「あ……」 「はうう……」  二人で同時に俺の愚かなお子様に注目する。 「兄さん、もう……」  妹は赤面しながらも、めっちゃ見てた。  まじまじと見ていた。  エッチな妹である。 「ダメ、七凪、もうダメ許して……」  これ以上されたら、本当に七凪を押し倒してしまいそう。  大事な妹に、そんなことダメだ。 「これ以上されたら、もう俺、我慢が……」 「ふふ、それが狙いですから」  だが妹はまったく俺を攻める手は休めない。 「ごしごしごしごし」  妹の泡踊りはさらに激しくなる。  理性が飛びそう。 「いやー! もうダメーっ!」 「ふふ、ここはこんなに元気なのに……何を今さら……」  陵辱展開再び。  最近こんなんばっかです。 「あ、ち、ちょっと……」 「兄さん、兄さん……」  ふにふに  甘えるように、愛撫してくる。 「兄さん、好きです……、大好き……」  ふにふにふに 「ノ、ノーッ!」  兄さん好き、の言葉が俺の脳髄をとろけさせる。  もう限界だ。  七凪をもっと可愛がりたい。  抱きしめたい。 「な、七凪! お、俺」  俺は七凪を―― 「きゅ~~ん…………」  へ?  七凪は俺に身体を預けたまま活動を停止していた。 「七凪、おい、七凪!」  顔がめちゃくちゃ赤い。  こいつのぼせてる?! 「み、水! 早く冷やさないと!」 「しっかりしろ、七凪!」  俺は慌てて冷水で七凪の身体を冷やす。 「う~~ん、兄さん、大好きです……」  妹はのぼせながらも、まだそんなことを言ってくれていた。 「あ……」 「気がついたか? 気分悪くない?」  寝巻き姿の妹がベッドから起き上がる。  少しボンヤリとした顔をしていた。 「は、はい。平気ですけど」 「兄さん、私……」 「風呂でのぼせて倒れた。覚えてない?」 「あ……」  ようやく七凪の目が俺をしっかりと捉える。 「……ご迷惑をおかけしました」  しゅんと肩を落としていた。  さすがの七凪も反省しているようだ。 「いいよ」  ぽんぽんと肩を叩く。 「七凪になら、何をされても俺は全部許す」 「兄さん……」  妹の頬がまた微かに朱色に染まる。 「ほら、まだ寝てたほうがいい」 「い、いえ、もう平気です」 「皆さんに夕食を作らないといけませんし」 「コンビニ弁当食って、皆もう寝たよ」 「ええっ?!」 「今、ほら12時過ぎ」  妹にケータイの時計を見せてやる。 「……失態です」 「兄さんに恥をかかせてしまいました……」 「不出来な妹ですみません……」  ぱたりこと布団に倒れる。  オーバーな子である。  でもその様子が愛らしくもあった。 「皆、そんなこと何とも思ってない」 「それよりも、七凪のことを心配してた」  乱れた前髪を優しく梳いてやった。  妹の表情が少しだけ、和らいだ。 「ノド乾いてない? お茶持ってこようか」 「あ、いえ、平気です」 「それより、兄さんも、もう寝てください」 「いいよ、俺はまだここにいる」 「七凪が寝るまでここにいるから」 「……」  七凪は俺の言葉を聞くと、ふっと口元を緩めた。 「兄さんは優しいです」 「そうでもないよ」 「そうでもありますよ、絶対に優しいです」 「そうかな?」  妹の髪を撫でながら会話をする。 「だって、今日だって私が無茶なことをしただけなのに」 「ずっとそばにいてくれてます」 「だから、言ったろ?」 「俺はお前が何やっても、許せるし」 「いつだって、心配なんだ」 「それは……どうしてですか?」  妹は手を伸ばす。  そして、華奢な指で俺の手に触れた。 「……うーん、どうしてだろう?」  好きだから。  大切だから。  それは全部本当だけれど。  でも、それだけじゃない気がする。 「無理に理由をつけようとしても、後付でしっくりこないな」 「難しいよ」 「……そうですね」 「私もそう思います」 「飲み物持ってくるよ」  立ち上がる。 「あ……」  ゆっくりと七凪の指が解かれる。  二人の手が離れた。 「少しだけ、待ってて」  七凪に背を向けて、歩いていく。 「あの、兄さん」 「ん?」  すぐに脚を止めて、ベッドの中の妹を見た。 「――永久に、愛してます」 「ありがとう」  俺は微笑んで、そう答えた。 「な、何?!」 「タク、それマジなの?」 「うん……」  次の日の朝。  俺は朝食を摂るために放送部の仲間達とテーブルを囲む。  しかし、そこに七凪の姿はなかった。 「ナナギー、風邪かよ……」 「お気の毒……」  昨夜の無茶のせいか、今度は七凪が熱を出してしまった。  夏風邪とはいえ、元々身体が弱い子なので心配だ。 「そっか、じゃあ拓郎は今日一日看病だな」 「ああ、悪いけどそうさせてくれ」 「作業はまだ時間の余裕があるから平気……」 「タクローは七凪ちゃんの看病に集中する方向で」 「ありがとうございます」  脚本が少しだけ心配だが仕方ない。  七凪が回復したら、スパートをかけよう。 「沢渡くん、良かったら私も何か手伝うぞ? 家事なら任せてくれていい」 「私も……」  三咲と南先輩が笑顔でサポートを申し出てくれる。 「……何ていい人達なんだ……拓郎感激……!」  友たちの背中から、まばゆいばかりの光が。  友情って美しい。 「おう、もちろん私もやるぜ! タクの部屋掃除してやんよー!」 「昨日の続きですね、田中隊長!」  一方、幼馴染ーズは手伝う振りをして、またアラ捜しをする気満々だった。 「お前達は速攻帰れ!」  俺と幼馴染達との間に、実は友情はなかった。 「手伝うのはいいけどよ、こんな大人数が家ん中、うろつく方が落ち着かないだろう」 「俺達はここ出て、拓郎から連絡あったら助けりゃいいんじゃね?」 「なるほど……」 「それはそうかも」 「正直、そうしてもらえると助かる」 「七凪も皆に食事を作れないことをやけに気に病んでたし」  皆がいないほうがゆっくり休んでくれそうだ。 「さすが、ナナギー! 出来た子ですね!」 「いい子だよなー、タクボンに似ずに」  ほっといてくれ。 「そういうことなら、私達は学園で学園祭の準備を継続しよう」 「ん」 「だな。そろそろアンテナ直ってるかもしれないしな」  食事を終えた部員達は次々と席を立つ。 「手伝えなくて悪いけど、2、3日だけ頼む」 「いいってことよ! じゃあ、また電話かメールすっからよ」 「手が足りなくなったら、いつでも呼んでくれ」 「七凪ちゃんに早く良くなれって伝えてくれや」 「わかった。皆、ありがとう」 「夕方、また様子を見にくる……」 「タク、看病頑張ってね~」  皆が出ていき、扉が閉まる音がした。  あれだけの人数が一気に減ると急に閑散とした感じだ。 「あ、そうだ」  七凪の様子を見に行かないと。  七凪の部屋の前に立って、ノックする。 「はい」 「俺だけど、今、入ってもいい?」 「どうぞ」 「兄さんなら、いつでも問題ありません」 「……それはどうも」  いや着替えてたらマズイでしょとか思いながら妹の部屋に入る。 「おはよう」 「おはようございます、兄さん」  ぱっと目そんなにツラそうじゃない。  早朝、飲ませた薬が効いたのか。 「気分はどう?」 「さっきまではちょっと頭が熱い感じでしたけど」 「今、兄さんの顔を見たら、元気が出てきました」  ニコニコとナナギースマイル。  ――可憐だ。  毒を吐かない時の七凪は、ぶっちゃけ完全なるスーパー美少女である。  兄の俺でさえ、たまにどきっとさせられることもあるくらいだ。 「そ、そう。それはよかった」  緊張したらちょっとどもってしまった。 「でも、今日一日は安静にして」 「ご飯も俺が作って運ぶから。あとまた熱があがったらいっしょに病院に行こう。いい? わかった?」  七凪は病院嫌いなので、念を押す。  が。 「はい」 「兄さんの言うとおりにします」 「心配してくれて、ありがとう、兄さん」  ペコリと頭を下げる。  ヤケに素直だ。  どうしたんだ? 「あ……」 「嫌、兄さん、そんなに七凪の顔を見ないでください……」  両手を頬に当てて、照れていた。 「病気の時のお顔なんて、大好きな兄様に見られたくないです……」  いやいやと首を小さく振る様子が殺人的に愛らしい。  何が起こったんですか、七凪さん。  まるで深窓のご令嬢みたいな反応が。 「……何ということでしょう」  俺の妹が一晩経ったら、別人のように素直で淑やかな超王道妹キャラに変貌を遂げていた。 「あのー、七凪さん?」 「はい」 「今朝は語尾に『この野郎』が一度も出てませんけど」 「うふふ、女の子がそんな乱暴なこと言うわけないじゃないですか」 「変な兄さん」  思い切り過去の自分を否定していた。  いや無かったことにしようとしていた。 「そ、そんな……」  俺はショックで身体を震わせる。 「俺の七凪がこんなに可愛い妹キャラのハズがないっ!」 「ナナギーカンバック!」  妹の部屋の中心で、俺は叫んだ。 「誰が憎たらしい妹キャラですか、この野郎」  枕といっしょに言葉が飛んできた。  いつもの七凪だった。 「おかえり、ナナギー!」  ノーマルな七凪の復活に兄は歓喜する。 「――ふぅ、まったく……」  一方、七凪はご機嫌ナナメになっていた。 「せっかく、今度はお淑やかに兄さんを誘惑しようと思ってたのに……」  ぶつぶつと文句を言う。  まだ俺を誘惑するつもりだったんかい。 「七凪、いいかげんに兄をからかうのはやめて……」  昨日のお風呂攻撃は本当にヤバかった。 「ですけど、こうでもしないと」 「兄さんは、歳の割には性欲が弱めのようですし……」 「違う! 兄は元気ですから! 元気すぎてある意味困ってるくらいですから!」  まだあの誤解は解けていなかったのか。 「ですが、何度もこんなにラブリーな妹が言い寄っても、兄さん反応イマイチですし……」 「あのねぇ……」  俺まで熱が出そうだ。  あと自分でラブリー言うな。 「兄さん、やっぱりブルマ履かないとダメなんでしょうか?」 「七凪、それ忘れて、お願いだから」  手を合わせて妹に懇願した。 「まあ、それはともかく」 「兄さん、添い寝してください」  言って、妹はベッドのスペースを一人分空ける。  そして、手招きを。 「なんでそうなるんだよ?!」 「兄との添い寝は、妹キャラとしての基本らしいです」 「最近プレイしたゲームで知りました」 「お兄ちゃん聞かないからね? 何のゲームか敢えて聞かないからね?」  どんどん俺の妹が残念な妹になっていく。 「兄がいっしょに寝てくれたら、妹の風邪は早く治るんです、早く兄さん」 「そんな民間療法は聞いたことがないよ!」  腕を引かれながらも抵抗する。 「じゃあ、キスでもいいです」 「はい?」 「兄がキスをしてくれたら、妹の風邪は早く治るんです」  しれっとウソを吐く。 「またお前は、テキトーなことを」 「ウソかどうかしてみればわかるじゃないですか」 「いやいや、しなくてもわかるでしょ。ていうか、したら俺イタイ兄貴でしょ」 「んー」  目をつぶって顔を上げる妹。 「俺の話、ちょっとは聞いて、ナナギー!」 「兄さん、そんなに私とキスするのは嫌ですか?」  キッと睨まれる。 「私は兄さんから見て、そんなに魅力ないんですか? 駄目ですか? 駄妹ですかっ?!」  ずずいっと顔を近づけて問い詰めてくる。 「え? そんなことはないよ」 「七凪はすっごい可愛いよ。自信持って」 「ほら、ウチの学園でも七凪は可愛い子って有名で――」 「兄さんに好かれなきゃ意味ないです」  いくら褒めても妹さんは憮然としたままだった。 「……ぐすっ、兄さん、私が嫌いなんですね……しくしくめそめそ……」  わざとらしくウソ泣きを始める。 「あー、妹泣いちゃダメ! 兄まで悲しくなるから!」  でも慰めずにはいられない俺はやっぱりキングなのか。 「ぐすっ、なら、してください……」  涙目で懇願される。 「しかし、それは兄妹的にはアウトじゃないっすか……?」 「いえ、セーフです」  七凪が野球の主審のように両手を広げる。 「世間では当たり前のことですから。日常茶飯事です」  えー?!  俺の知らない間に常識が大きく変わっていた。 「だいたい愛し合う家族が、ちょっと抱き合ったりキスしたりするのが何故そんなにいけないことなのでしょう?」 「兄さん、答えられますか?」 「いや、それは、その、えーと……常識的な意味でかな……?」  しどろもどろになる。 「その観念は古いです。黒船が来た頃のモノです」 「兄、遅れてます」  マジすか。  だんだん説得されつつある俺。 「妹の唇と兄の唇が、たかが数秒接触したからと言って、この世界にどんな悪影響があるのですか?」 「え? いや、世界には特に影響は……ない……かな……」  あれ? 俺は何故あんなに妹とキスするのを拒んでいたんだろう?  わからなくなってきた。 「その通りです」 「さあ兄さん、ご唱和ください」 「妹とキスするぞ、妹とキスするぞ、妹とキスするぞ」 「い、妹とキスするぞ、妹とキスするぞ、妹とキスするぞ?」 「もっと自信を持って!」 「妹とキスするぞ、妹とキスするぞ、妹とキスするぞ!」 「もっと強く!」 「妹とキスするぞ、妹とキスするぞ、妹とキスするぞっっ!!」  俺は古い価値観を脱ぎ捨てる。  目の前には妹と歩む新たな地平が広がっていた。 「さあ、実践です!」  七凪がそう言って、俺の胸に飛び込んでくる。  髪の匂いと、驚くくらい細い身体にどきどきした。 「兄さん……!」  頬を染めた妹がそっと目をつむる。 「七凪……!」  新たな価値感に目覚めた俺は、躊躇なく妹の唇に―― 「ごめーん、タクと七凪に言い忘れたことがあんたら何やってますか――っ!」  キスまであと1ミリのところで計の叫び声が届く。 「――は?! 俺は今まで何を?!」  この瞬間、俺はマインドコントロールから解き放たれた。  って、洗脳されてた?! 「緊急回避!」  スウェーバックして、ナナギーの唇から距離を取った。 「……く」  七凪は忌々しげにゆっくりと扉の方へと顔を向ける。 「アト……スコシ……ダッタ……ノ二……」 「真鍋先輩、許すまじ……!」  妹は夜叉の顔つきで、計を見据えていた。 「タク、ナナギーの目が怖いよ?! あれは殺ったことのある人の目だよ?!」 「七凪、もしかして元気なのか……?」  風邪にも負けないくらい強くなった妹であるが、俺の心中は複雑だった。 「……あう……」 「……どうして熱が上がってしまったのでしょう……?」 「……兄さん、不思議です……」 「騒ぐからでしょ。当たり前でしょ?」  計が出て行ってすぐ、七凪がパタリコとベッドに倒れてしまった。  風邪なのにアホなことをやったせいである。 「ほい、これ貼って、今度こそ静かに寝てなさい」  妹の額に冷えピッタンを貼ってやる。 「うう、せっかく、せっかく……」 「ぐすっ……」  七凪がベッドに寝ながら鼻を鳴らす。  せっかくの夏休みをこんな風に過ごすのが口惜しいのか。 「大丈夫だよ、七凪」 「夏休み始まったばっかりだし、すぐ良くなるから」  妹の頭を撫でながら慰めてやる。 「うう……ですが……」 「せっかく……せっかく、兄さんと二人きりなのに……!」 「兄さんを私色に染める千載一遇のチャンスでしたのに……!」  そっちかよ。 「アホなこと言ってると、また熱が上がるぞ」 「とにかく、今日は一日安静にしなさい。お兄ちゃんからのお願いです」 「むー」  不満げな顔。 「こらこら女の子がそんな顔しないの」 「ほら、笑って」  ぷにぷに 「あう」  妹の頬っぺたを指先でつついた。 「リンゴの頬っぺ、やっぱり七凪は可愛いな」  ぷにぷにぷに  俺は楽しく妹を愛でる。 「う~、ひどいです。兄さん」 「すぐ子供扱い」 「いや、子供扱いとかじゃなくて、本当にお前が可愛いんだよ」  あいかわらず頬をふにふにしながら笑う。 「そんなに可愛いなら、キスしてくれてもいいじゃないですか……」  ぶつぶつと不平をもらす。 「そ、それとこれとは別なのっ」  またそういうことを言う。 「どうせなら、大人の女として可愛がってほしいです」 「ごふっ?!」  咳き込む。 「大人の女性として、兄さんにあんなことやこんなことを……!」 「うう……!」  ごろごろごろ  妹は勝手にエロ妄想をしつつ、ベッドの上を右に左にと転げまわった。 「もう、兄さんの変態!」  嬉しそうに罵倒される。  なんでだよ。 「ほら、また熱上がっちゃうから大人しくする」  転がる妹の肩をつかんで停止させる。 「あ、兄さん、もしかして、このまま強引に――って流れですか?」  妹よ瞳をそんなに輝かさないで。 「そんな流れなど、兄にはない」  言い切る。 「兄さんにはがっかりです」  失望された。 「いいから、ほらもう寝ちゃえよ」  布団をかけなおしてやる。 「兄さんと?」 「いえ、兄は起きてます」 「せめて添い寝してください」 「全然眠くないんだけど」 「そんな! 私は兄さんと寝たいんです!」 「妹と寝るぞ、妹と寝るぞ、妹と寝るぞ、妹と寝るぞ」 「やめて! もうマインドコントロールはやめて!」  さっきのは軽いトラウマなのに。 「兄さんが寝てくれたらやめます」 「わかったわかった」  屈して隣に寝転んでやる。 「兄さん♪」  そして、すぐ妹はコバンザメのごとく、ペトッとくっついてくる。  しょうがないな……。 「……」 「あ……」  ノックの音に私は目が覚めた。  この叩き方は……。 『沢渡さん、僕だけど』 『入っても平気?』  やっぱり片瀬さんだ。  お母さんはコンコン。お父さんはコココン。  片瀬さんはコンコンを二つ。 「あ、えっと」 「ち、ちょっと待ってください」  私は慌てて起き上がって、枕元の手鏡をのぞいた。  髪がくちゃくちゃ。  それに青白い肌。  うう、全然可愛くないよ……。  凹む。  でも、いつまでも待たせられない。  急いで髪だけでも整えて、また布団に戻る。 「ど、どうぞ」 ドアの向こうの片瀬さんに声を投げた。 「こんにちは」  扉を開けて、片瀬さんが顔をのぞかせる。 「こ、こんにちは」 「お話しても、いい?」 「は、はい。どうぞ」 「ありがとう」  片瀬さんは学校に行く時に使う鞄を持って、入ってきた。  学校が終わって、すぐに来てくれたんだ。  ――嬉しい。 「そのイス、使ってください」  ベッドのそばの小さな木製のイスを見て、言った。 「うん」  ぎっと微かな音を立てて、片瀬さんが座った。 「今日は、どんなお話ですか?」 「えっとね、今日は学校で係りを決めたんだ」 「係りって、どんなのなんですか?」 「図書係りとか保健係りとか美化係りとか……あと、学級委員も決めたよ」 「いっぱいあるんですね」 「沢渡さんはなったことないの?」 「ないです」 「なっても、あんまり学校行けないから、先生がならなくてもいいって」 「あ……」  私がそう答えると、片瀬さんはとても困ったような顔をして、 「ごめんね」  私に頭を下げた。 「え? どうして片瀬さんが謝るんですか?」 「だって、無神経だったから」  片瀬さんはしゅんと肩を落としていた。 「そんなことないですよ」 「片瀬さんは、毎日私の部屋に来てくれます」 「それだけで、すごく嬉しいです」 「来るよ」 「沢渡さんが良くなって、いっしょに学校行けるようになるまで毎日来るから」 「――無理してません?」 「してない」 「全然してないよ」  ふるふると首を横に振る。 「でも、片瀬さんもこの家に来たばかりだから」 「お友達を作らないと」 「その辺はテキトーにやるから、大丈夫」 「テキトーですか?」 「こう見えても、周りと上手く合わせながらやってくのは得意なんだ」 「施設では、しょっちゅうメンバーが入れ替わってたからね」 「片瀬さんは大人なんですね」 「キミより、いっこだけね」 「ふふ」  片瀬さんはほんの二週間前に出来たばかりの兄さんだ。  なのに、私は気がついたら片瀬さんが来てくれるのを心待ちにしていた。  片瀬さんは、私に出来た初めての友達で。  兄さんだった。  まだ恥ずかしくて兄さんとは呼べてないけど。 「片瀬さんは何係りになったんですか?」 「生き物係り。ウサギの世話」 「ウサギ……! どんなウサギなんですか?」  私はウサギの話題に食いついた。 「茶色のとか黒いのとか、白と茶色のブチとか。皆ちっちゃくて、臭い」 「可愛いですか?」 「可愛いけど、臭い」 「もふもふしてますか?」 「もふもふしてるけど、臭い」 「ラブリーですよね?」 「ラブリーだけど、臭いよ。沢渡さんウサギ好きなの?」 「はい」 「いつか、抱っこしたいです」 「臭いのに」 「臭くてもしたいんですっ」  片瀬さんはさっきからウサギは臭いを強調しまくりだった。  もしかして、生き物係りは嫌だったのかもしれない。 「沢渡さんが、学校に来れる時に抱かせてあげる」 「本当ですか?」 「うん」 「約束ですよ」 「いいよ、はい」  小指を立てて差し出された。 「ゆびきりですね……」  私も腕をあげて、小指をそっとからませた。  初めて触れたと思う。  お父さん以外の男の人に。 「あ……」  これはお母さんのノック。  つまり今日はこれでおしまい。 「あら、元気そうね七凪。拓郎くんもありがとう」 「は、はい」  片瀬さんは慌ててイスから立ち上がる。  いつもお母さんの前だと、片瀬さんは緊張してるみたいだった。  どうしてだろう? お母さんは優しいのに。 「七凪、熱が上がるから、お話はそろそろお終いにしましょうね」 「はい……」  やっぱり。  まだそんなに疲れてないのに。  残念だな。 「また明日来るから」 「はい」 「またね」  そう言って、片瀬さんはお母さんとこの部屋を後に。 「あ、あのっ」  その背に声をかけた。 「どうしたの?」 「きっと、来てくださいね」  布団をぎゅっと握って、そう伝えた。 「うん、絶対来る。約束するよ」  片瀬さんは笑顔でそう言ってくれた。 「は、はい」  私に小さくを手を振ってから、片瀬さんは扉を閉めた。 「……」  片瀬さんを見送った後、私は寝返りをうった。  黙って天井を見つめる。 「……」 「……ふふ」  思わず笑みがこぼれた。  それは、もう寂しくないから。  明日の約束があるから。  片瀬さんがいる、からだ。 「明日こそ……」  自分の心に刻むように、誓う。 「お兄さん、って呼んでみよう……」 「――え?」  部屋の中を見渡した後、思わず枕元の手鏡を手にした。  映っているのは、緑南学園1年の沢渡七凪だった。  七歳の、しょっちゅう寝込んでいた頃の私ではなく。 「……ふぅ」  息を吐いた。  夢だったのか。 「あの頃の兄さんは……」  すごく優しかった。  今も優しいけど、もっと直接的にわかりやすく優しかった。  きっと私の身体が弱かったせいだろうけど。  こんなに優しくしてもらえるなら、熱が出てもいいって思ったほどだ。 「兄さん、私は」 「あの頃から、ずっと……」 「兄さんのこと、」  愛していた。  好きという言葉では軽すぎる。  自分の健康と引き換えにしてもいいくらい、兄さんに優しくして欲しかった。  大げさに言えば、自分の命を削ってでもそばにいて欲しかったのだ。 「兄さん……」  だけど、私が健康になるにつれ、私達はいわゆる普通の兄妹のようになっていった。  それが当たり前。普通のこと。  わかってる。  だけど、日増しに私の兄さんに対する想いは大きくなるばかりで。 「……妹のままじゃダメなんでしょうか?」  妹じゃなかったら、兄さんは私にキスしてくれるのかな。  妹じゃなかったら、兄さんは私を抱いてくれるのかな。  でも、兄さんが兄さんでなくなるのは――嫌だ。 「うう……」 「うう~~……!」  うめく。  何とか妹のまま、兄さんの恋人になれないかと頑張ったけど。  兄さんのガードは予想以上に強いですよこの野郎。 「私を愛してくださいよぉ……」  今よりもずっとずっと強く。  壊れてもいいから。 「ぐすっ」  切なくて泣きそうですよこの野郎。 「あ……」  そう言えば、兄さんがいない。  確かいっしょに添い寝してたはずなのに。  とたんに不安になる。 「兄さん……!」  私は寝巻きのまま、部屋を出た。 「あ……」 「あ、七凪、起きた? 気分悪くない?」  兄発見。  台所で料理をしていた。 「兄さん、お腹空いたのなら、私が――」 「違うよ、七凪の分」 「――え?」  見ると作っているのはおかゆだった。  私が小さな頃、よく作ってもらったタマゴの入ったおかゆ。 「出来たら起こそうと思ったのに」 「匂いにつられて、妹が起きてしまった」  兄が微笑する。 「私はそんなにイヤしくないですよ」  私は怒る。  でも、心の中では笑ってた。  兄の優しさが嬉しくて笑ってた。 「もうすぐできるから」 「ソファーで休んでて」 「はい」 「……わざわざ着替えたの?」  兄さんはきちんと私服に着替えた私を見て、驚いていた。 「はい」 「淑女のたしなみですから」  本当は兄さんにちょっとでも可愛く見られたいだけなんですけど。  ウチの兄さんはその辺の機微というか、乙女心とかちっともわかってくれませんよこの野郎。  ちょっとムカつく。  なので私は兄にイジワルをする。 「兄さん」 「何?」 「食べさせてください」 「へ?」 「あ~ん、してください」 「えー?!」  目の前の兄は困惑してやがります。  ふふふ、妹の気持ちをわかってくれない唐変木さんにはこのくらいしないと。 「ナナギー、自分で食べるくらいの元気はありそうだけど」 「ないです」  すぱっと言い切る。 「いや、だって着替えるくらいの元気が……」 「ないったら、ないのです」  とにかく言い切る。  兄さんは結構押しに弱い。  女性限定だけど。 「はぁ……しょうがないなぁ」  嘆息しつつスプーンを手にする兄さん。  勝った。  私は見事、兄からのあ~んをゲットした!  私は心の中で小躍りする。顔には出してないけど、浮かれていた。 「はい、あ~ん」  来た! 「あ、あ~ん!」  あんまり大口を開けるのは恥ずかしいから、控えめに開ける。 「七凪、もうちょっと顔を前に」 「は、はい」 「ごめん、もうちょっとだけ」 「はい……」  ああ、何かこれってキスっぽい感じがします……。  兄さん、こんな風に兄さんの方から私に求めてくれないでしょうかこの野郎。 「んー」 「? 七凪、口をすぼめないで。あ~んして」 「――え? あ」  しまった。つい恥ずかしい妄想をしてしまった。 「し、失礼しました。あ、あ~ん」  改めて口を開く。  顔が熱とは関係なしに熱くなってきた。 「はい」  声とともにスプーンからおかゆをいただく。  懐かしい味がした。  子供の頃、たまに兄さんが作ってくれた兄さんの味。 「……とっても美味しいです」 「そう、良かった」  兄さんが嬉しそうに笑った。  私が嬉しそうにすると、必ず兄さんも嬉しそうにしてくれる。  優しさが心に染みる。  ――兄さん、私は貴方に会えて、本当に幸せです。  私は心の中で感謝する。  ……やっぱり顔には出さないけど。  次の日。  ノックの音に起こされた。 「――ん?」 『兄さん』 『兄さん、おはようございます』  え?  七凪か? もう起きてるのか?  俺は慌てて寝床から這い出て、扉を開けた。 「七凪、もう起きても――」 「はい、起きても大丈夫ですよ」  枕を小脇に抱えた妹さんが笑顔で立っていた。 「そっか、良かったよ」  顔色がいいのを確認して俺は安堵する。 「ご心配をおかけしました」  ペコリと頭を下げる。  で。 「では、失礼して」  七凪はとてとてと俺の横を横切って、 「おやすみなさい」  ごく自然な動作で俺の布団をかぶる。 「……何故に俺のベッドで寝るのですか、ナナギー」 「兄の残り香を堪能したくて……ああ……」  俺の布団に顔をうずめながら妹は恍惚としていた。  ……微笑ましいような。  ……嘆かわしいような。 「まだ早いけど、俺は起きるしかないのか……」  それとも居間のソファーで寝るか。 「いえ、別にここで同衾でも」 「同衾って言わないの」 「兄妹で同衾って、どう思いますか? 田中さん」 「うーん、実にエロエロしいな」 「エロエロしいですか?! ハレンチですか?!」 「おう、何てったって兄妹で同衾、兄妹でどうきん、兄妹でドウキン……」 「兄妹でドウキング(ドッキング)!」 「苦しいっす! 田中さん苦しいっす!」 「失礼しました~」  俺の脳内で幼馴染ーズが超下らないネタを披露した。  そして俺は疲労した。  ……すみませんすみません。  いや、それはいいんだが。 「だけど、そんだけ元気なら今日は部活行ってもいいかな」  ぴく  俺の言葉を聞くと、俺の枕を抱く妹の肩が揺れた。 「あ、そうだ。ウチでの夏合宿も復活しても――」 「ごほっ、ごほっ!」  俺の発言を邪魔するように七凪がわざとらしい咳をした。 「い、いえ、兄さん、まだ油断は……ごほっ、ごほっ! できませんよ……?」 「風邪は治りかけが一番、大事なのです……ごほっ、ごほっ!」 「後四週間くらいは、私と兄さん、二人きりの療養生活が必要な気が」  それだと、夏休み終わってるだろ。  まあ、治りかけが大事なのは確かではある。 「わかったよ。じゃあ、今日も二人で過ごそう」 「兄、グッドです」  布団から親指を立てた腕が上がる。  すっかり元気ですね、七凪さん。 「朝飯、作ってやるよ。何がいい?」 「――え? いえ、それはさすがに私が」  妹が慌てて跳ね起きる。 「ダメダメ。休むと決めたんだから、七凪は休むの」 「万が一、また熱が出たら大変だから。ね?」 「兄さん、優しいです……」  妹がぽーっとした顔で俺を見る。  尊敬のまなざし。 「はっはっは、当然だよ、七凪!」  お調子にのって言ってみる。 「是非、私とドウキングを……」 「ドウキング言うな」  爽やかな朝が台無しである。  朝食の準備のために台所に向かう。 「ん?」  インターホンの呼び出しが。  すぐに出た。 『おはよう! キング!』 「誰が何の王か」  定着しつつある愛称にうんざりとしながら開錠した。 「オッス! ナナギーの調子はどう?」  ドタバタと騒がしい足音を立てて幼馴染が入ってくる。 「もう大分いいよ。今日は大事を取って休むけど」 「それは何よりだにゃ。はい」  すっと茶巾袋を渡される。 「何、これ?」 「朝ごはんと昼ごはん。真鍋さん特製のお弁当ですよ!」 「マジ?」  開いて中を見る。  タッパーに入った美味そうなオカズさん達が俺を見上げていた。  タク、感激。 「七凪も調子いいなら、もう食べれるでしょ? いっしょに食べてよ」 「すげー! こんなにたくさん大変だったろ?」 「早起きした! 夏の真鍋さんはニワトリ並みに朝が早いのです」  腰に手をあてて、胸を張る。 「計ちゃん、素敵! 家庭的な美少女マンセー!」  クラッカー(何故かあった)を鳴らして、素晴らしき友人を褒め称える。 「ふふ、友情ってヤツですよ、沢渡さん」 「お前が友達で良かった……!」  嬉しさのあまり涙があふれる。 「しめて、6800円になります!」  しゅぱっと請求書をつきつけてくる。 「友情って金で買えるんですね!」  悲しみに泣き伏す。  どのみち泣くハメに。 「まあ、それは割と冗談なんだけど」  割とかよ。 「タク、葉書来てたよ」 「ん?」  請求書の下に葉書があった。 「あ……」  差出人の名前を見て、俺は思わず声をあげた。 「タク、あすなろ児童園って……」 「見ちゃったか」  苦笑する。 「ご、ごめん」 「葉書じゃしょうがない。気にするな」 「そ、それでね」 「――前と同じだよ」 「ここにいる」 「だ、だよね!」  計がホッとした表情を見せた。 「あ、真鍋先輩。おはようございます」 「おはよう! おお! パジャマのナナギー、激キュート!」 「あたしと是非、ドウキングを!」 「いやーっ! 兄さーん!」  妹をソファーに押し倒していた。  ドウキング流行ってるなぁ。 「おー、沢渡くん!」 「あれ、御幸祥子さん」  夕方。  晩飯用の買い物帰りにクラスメイトと会う。 「ご無沙汰だね」 「うん、そっちは元気だった?」 「生徒会の仕事で、病気してるヒマもないくらい忙しいよ」 「そっか、あ」  俺は放送部のアンテナその他の予算を生徒会が全部工面してくれたことを思い出した。 「その節は大変お世話になって……」 「え? いいよいいよ! 別に私がお金出したわけじゃないし」  両手の手のひらを見せて、ぶんぶん振る。 「でも、そのせいで忙しくなったんじゃない?」 「仕事ですから!」  爽やかな笑みを浮かべて応える。 「あんた、ホンマええ子やな……」  関西系のオバちゃんぽく、感心した。 「じゃあ、ご褒美にこれを」  買い物袋から、アイスバーを取り出した。  夏季限定の梨味のヤツである。 「い、いいよ~、そんなに気を遣わなくても!」 「沢渡くんのなんでしょう?」 「俺と七凪の分だけど、備蓄用に多めに買ったから大丈夫」 「遠慮なく、受け取ってください! 第一印象から決めてました!」  花束を渡すように、両手でアイスバーを祥子お嬢さんに差し出す。 「そ、そう? じゃあ、ありがとう」  受け取ってもらえた。 「よし、御幸祥子さんの好感度アップ!」 「沢渡拓郎は、『アカの他人』から、『ちょっと知ってるかも? な人』にレベルアップした!」  ガッツポーズする。 「元々のレベル低すぎ?! そして大して上がってないっ?!」  祥子さんはショックを受けていた。  すみません、ついからかってしまって。 「あ、そういえば、放送部も学園来てるよね」 「うん、学園祭の準備してる」 「おお~、もうやってるんだ。今年は気合入ってるね!」 「ああ! 今年の俺達は去年までとは違うぜ!」 「学年がな!」 「それ普通だから!」  本当すみません、ついからかって。  そんなわけで、雑談しながらゆるゆる帰った。  で。 「兄さん、私が超楽しみにしてた夏季限定梨味が溶けまくりなのは、どういうわけですかこの野郎」  その後、俺は近所のコンビニを5件回って、梨味を1ダース購入。妹様にご機嫌を直していただいた。  すみません、馬鹿な兄で本当すみません。 「――ごちそう様でした」 「お粗末様でした」  七凪と二人で夕食を摂る。  今日は俺が作ったので、いつもの夕食に比べて数段見劣りした。  それでも、妹は残さず完食してくれた。 「とっても美味しかったです」 「えー、またまたご冗談を」 「俺の料理なんか、七凪から見たらガッカリな物ばっかだろ?」 「そんなことないですよ」 「兄さんが作ってくれましたから」  天使モードの七凪降臨。  南先輩と比べても遜色のない奇蹟の光が! 「……七凪はたまに不意打ちで可愛いことを言うな」 「アンちゃん、たじたじだよ」  いかん、もう顔が熱いぞ。 「たまにしか言わないのは兄さんのせいです」 「兄さん、いつも私のアプローチをスルーしまくりですから」 「だから、私もシニカルシスターになってしまうのですよこの野郎」  シニカルシスターすか。  何か語呂がいいな。 「兄にアプローチしないのっ」  またこんなことを言うしかない俺である。  進歩のない兄妹だ。 「もう、せっかく二人きりなのに、兄さんは……」 「明日からは部活に復帰ですし、結局何もありませんでした」 「いったいどんなイベントを期待してたんだ……」  呆れ気味に問う。 「そうですね……」 「……ドウキングですか?」 「またそれかよ!」  勘弁してくれ。 「まあ、それは割りと冗談なんですけど」  お前も割りとですか、ナナギーさん。 「はぁ……」  妹がため息を吐く。 「私の今年の夏は、部活だけの夏になりそうです……」  ちょっとアンニュイな表情をしていた。  そんな顔を見せられると、お兄ちゃんとしてはまた何とかしてあげたくなる。 「あ」  俺は七凪が熱を出す前のことを思い出す。  確かアレがまだ買ったままで残ってた。 「? どうしたんですか? 兄さん」 「ねえ、七凪」 「はい、何でしょう?」 「今から、お兄ちゃんと少しデートしない?」 「――え?」 「――何がデートですか、兄さんこの野郎」 「え? 七凪、何かご不満?」  妹はキレイな線香花火を手に憮然としていた。  日本の夏、花火の夏を満喫しているというのに。 「不満に決まってるじゃないですか」  視線を花火に固定させたまま、文句を連ねる。 「これのどこがデートですか」  パチパチと音を立てる花火。  そして、ぷりぷりと怒る七凪。  沢渡家の夏は中途半端に風流だった。 「でも、男女二人きりで花火だよ?」 「めっちゃデートっぽくない?」 「確かにやってることは、いいですけど」 「場所がウチの庭じゃないですか」 「お家でデートって、私をどんだけ子供扱いなんですかっ」  ぷくっと頬を膨らませる。 「私の初デートを侮らないでくださいこの野郎」 「え? ナナギー、今までデートしたことないの?」  ちょっと驚く。 「どうして驚くんですか?」 「だって、七凪は昔からモテてたじゃん」 「もうとっくにデートくらいしてると思ってたよ」 「しませんよ。アホですか兄さんは」  さらに怒る。 「好きな人以外とデートするなんて、ビッチじゃないですか」 「そ、そんな悪い言葉使っちゃダメ」  妹にはいつまでも純真なままでいて欲しいのに。  兄の勝手な願いだけど。 「心配しなくても、ちゃんとTPOをわきまえて使ってます」 「クラスメイトの前とかでは使ってません」 「そうっすか……」  七凪的には兄に対して『ビッチ』とかいうのはOKらしい。  それは気を許してくれてると好意的に解釈すべきか、単に気を遣われてないだけか。  微妙な所だ。 「まったく兄さんが、ちっとも誘ってくれないから……」  文句を言いながらも一本目が消えたら、すぐに二本目に点火する。  それなりに楽しんではいるらしい。 「私は未だに初デートすら、おぼつきません」 「同級生達に大きく引き離されてます。七凪は寂しい女になってしまいました」  背中を丸めてひたすら線香花火をする妹。  確かに背中にはちょっと哀愁のようなものが漂っていた。 「でも、俺はこうして七凪と花火するの好きだよ」  ぽん、と七凪の頭に手をのせる。 「……」 「……兄さん、また私にソフトタッチでそんな風に触れて」  ソフトタッチ言うな。  どうしてわざわざエロっぽく表現するのか。思春期だからか? 「頭撫でるの嫌だった?」  昔からのクセでつい頭を撫でてしまう。 「嫌じゃないですけど……」 「やっぱり、子供っぽい感じがします。そこが問題です」  三本目の花火に手をのばす。 「難しいな」  俺はかがんでマッチで火をつけてやる。  また火花がウチの庭を微かに照らし始める。 「だけど、妹の頭を撫でるのは兄にとってコミュ二ケーションの一つだから」 「失くすのは寂しいな」 「違うところを撫でればいいじゃないですか」 「肩とか?」 「肩たたきですか? 何だかあまりいいイメージがないですね」 「妹をリストラされるようです」  どんな家族なんだ。 「じゃあ、足の裏」 「兄さんは変態ですか?! どんなコミュ二ケーションなんですか?! その度に私は靴を脱ぐんですか?!」  激しく罵倒された。  俺の冗談はウイットに富みすぎて、時に理解されないのである。 「そうなると、もう女の子で触れるトコなんてないよ」 「胸でいいです」 「ごふっ?!」  咳き込んだ。  そのせいか線香花火の玉がポトリと落ちた。  四本目の出番である。 「それだと、兄は余計に変態になってしまうんですけど?!」 「ダメですか?」 「当然でしょ」 「残念です」 「好きな人に揉んでもらうと、育つって聞いてたので……」  そういうことかい。  切ないなぁ。 「七凪くらいのも、可愛くていいと思うよ?」  兄はフォローする。 「兄さんは小さいほうが好みなんですか?」 「いや、特にそういうわけでも」 「ただ、七凪は気にしすぎな気が」 「……言葉だけの慰めなんていりませんよこの野郎」  余計に拗ねてしまった。  失敗。 「い、いや、どちらかというと、小さいのが好きかも」  性癖を偽ってでも、兄は妹を救うべく立ち上がった。 「ウソをつかないでください」 「もういいです」  ふん、と鼻を鳴らしてひたすら線香花火に集中する。  背中が兄を拒絶していた。 「ふぅ……」  嘆息する。  やれやれ、難しい。  俺は一点の曇りなく、七凪が可愛くて大事なのに。  七凪も俺が好きだと言ってくれているのに。  俺達はよくこういう小さないざこざを起こす。  それも兄妹のコミュニケーションなんだろうけど。  なら、これでいいのかな。  わからない。  七凪、お兄ちゃんはわからないよ。  七凪との距離の取り方が――お前が好きすぎて、大事すぎてわからないんだ。  だから―― 「あ」  最後の線香花火が、燃え尽きた。 「部屋に戻ろう」  俺はまた七凪の頭を撫でた。  いつものように。 「……」  七凪は何も言わなかった。 「それじゃあ、お休み」  花火の後、なかなか部屋に戻らない七凪を連れてくる。  もう寝かせないと心配だ。 「まだ9時ですよ、兄さん」  七凪が呆れた声をあげる。 「でも、明日からは部活だし、まだ体調も万全というわけでもないだろう?」 「もう万全ですよ。それよりこんなに早く寝たら真夜中に目が覚めちゃいます」 「もう少し起きてます」 「大丈夫かな……」 「兄さんは、本当に心配症ですね」 「そりゃ、七凪のことだし」 「……」  妹が赤面した。 「う……。兄さんも不意打ちで私の心をわしづかむじゃないですか」 「油断なりません」 「その調子で他の女子の気持ちもゲットしまくりですかこの野郎」  頬を染めながらもジト目になる。 「いやいや、俺そんなにモテないから」 「は?」  七凪はぽかんとした顔をする。 「兄さんは何を言ってるのですか?」 「謙遜も度が過ぎると嫌味だと、知ってほしいですよこの野郎」 「謙遜なんかしてないよ! マジで兄モテませんからっ!」  それどころか1年前、ちょっと荒れてたせいで怖がられたりしてますよこの野郎。  自業自得だが。 「……それは本気で言ってるのですか?」  まじまじと顔をのぞかれる。 「本気と書いてマジと読むくらい、本気っす」 「……」 「兄さんはアホですか」  妹にため息混じりにアホ扱い。  兄カッコ悪い。しゅん。  うつむいて手の平に『のの字』を何度も書く。 「兄さんは、すごくモテますよ」 「ぶっちゃけモテまくりです」  何っ?!  顔を上げて、七凪を見た。 「自信持ってください、兄さん」 「いや、でも、聞いてくださいよ、妹」 「何ですか、兄」 「俺、緑南入ってから全然告白とかもされてないし」 「話しかけてくる女子も、放送部の計とか三咲とかしかいないよ?」 「これのドコがモテまくりなのですか、妹よ」 「そんなのは当然です」 「普通、女子の方からそんなに積極的にはいきません」 「基本、女子は待ちなのです」 「そ、そうだったのか……」  妹に恋愛指南を受ける兄の図。 「だから、男性の方から動かないとダメなのです」 「あざーす、勉強になります」  手帳にメモる。 「ちなみに、兄さんには1年の女子が作ったファンクラブがあります」 「マジですかっ?!」  衝撃の真実にビビって、手から手帳が落ちた。 「ですから、きっと二年や三年にも兄さんが好きな方は多いと予想します」 「皆さん牽制しあって、抜け駆けしないんではないかと」 「俺、モテ期来た――っ!」  その場で両手を天に突き上げる。  サッカー選手がゴールを決めた瞬間のようなポーズ。 「いや、だから元々モテるって言ってるじゃないですか。私の話を聞いてくださいよこの野郎」  ナナギーが再び息を吐く。 「あー、そうか、俺、やれば出来る子だったんだ……」 「まあ、そうですね」 「良かった、俺、女の子に縁がないのかと心配してた……」  男としての自信を取り戻す。 「……」  七凪は俺の顔を見て、一瞬だけ寂しそうな顔をしてうつむき、 「あの、兄さん」  思い切ったように顔を上げた。 「何?」 「私のクラスにも、兄さんを紹介してほしいという子がいます」 「兄さんが、もし、どうしても」 「……」  七凪は俺の手をつかむ。 「……どうしても、私では……その、妹の私では」 「い、嫌なら……」  一つ一つの言葉を搾り出すように、七凪は必死にしゃべる。 「その子を紹介しても……いいで……」 「いえ、ダメっ、あ、でも……ううっ……」  七凪はぱくぱくと何度も口を動かす。  言葉がうまく発せられないかのように。  理性と感情がうまくリンクしなくなったように、混乱していた。 「……あ、う、その……ごめんなさい……やっぱり……無理です……」 「……ごめんなさい」  小さな声で謝った。 「……」 「いや、別にいいよ」  微笑して、そう答えた。 「――いいんですか?」 「彼女ができるかもしれないんですよ?」 「そうだけど、でも」  考える。  どうしてだろう。  彼女は欲しいに決まってるのに。 「わかんないけど、たぶん」 「七凪が居れば、いいかなって」  妹のそばによっていつものように頭を撫でた。 「……」 「……兄さんはズルイです」  え? 「いつもはどんなに私が、迫っても逃げるのに」 「最後にはいつも私のそばにいてくれます」 「……これだと、私はいつまで経っても希望を捨て切れません」 「七凪……」 「兄さんはいつも優しいですけど……」 「優しすぎて、残酷です……」  妹の言葉に、胸が痛んだ。  残酷って言われたのが、結構堪えた。 「七凪、俺は、その」  お前を傷つけたいわけじゃないんだ。  その反対だ。  守りたいんだ。  だから、妹であるお前を、俺は――  伝えようとした。伝えたかった。  でも、未熟な俺は言葉にできない。 「――ウソですよ、兄さん」 「意地悪言ってごめんなさい」  妹は笑ってくれた。  でも、俺は素直にそれを喜べなかった。 「もう寝ます」 「え? もう?」 「もうって、兄さんが寝ろって言ったんじゃないですか」 「あ、う、うん」  このまま七凪と別れて、部屋に戻るのが俺は嫌だった。  七凪を傷つけたまま、ここを去るみたいで。  だけど、どうすれば。 「兄さん、いつまで妹の部屋に居るつもりですか?」  ぐずぐずしてる俺に妹が声をぶつけてくる。 「そんな邪険にしないで、妹」  そんなことを言って俺はまだ粘る。 「ですけど、もう何も用事は」 「あ、そうだ。兄さん」  ニヤッと妹が笑う。  ちょっと意地悪な笑い方だった。 「おやすみのキスをしてくれるなら、もうちょっとだけ居てもいいですよ」 「ええー?!」  こいつはまたそんな恥ずかしい要求を。  外国じゃないんだから。 「簡単じゃないですか、額にちゅっとしてくれるだけでいいんです」 「この歳ではそれも結構ハードルが高いんだけど」 「歳とか関係ないですよ。可愛い妹のささやかなお願いじゃないですか」 「兄さんとの夏の思い出。プライスレスです」  クレジットカードの宣伝かい。 「はい、どうぞ」  七凪は目をつむって、顔を上げた。  キメの細かい肌。  長いまつ毛、濡れた唇。  七凪は本当にキレイな女の子だ。  あんなに病弱だったのに、こんなに美しい少女になった。  施設から来た俺のようなヤツを、受け入れてくれた子。  素直じゃないけど、本当は誰よりも優しい子。  ずっと見守ってきたんだ、この子を。  大切だった。  俺自身のことなんかよりも、ずっと。  ねえ、七凪、何度も言葉にしたと思うけど、  俺は―― 「――ん?」 「んん?!」  俺は妹の唇にそっと触れていた。  自分の唇で。 「あ、ん……」  唇から伝わる。妹の一瞬の戸惑い。  でも、俺は唇を放すことはできなかった。  ――ずっと、ずっと好きだったよ。  そんなことを考えながら、唇で妹に触れ続けた。 「ん……ちゅ……」 「ん、兄さん、兄さん……ちゅ、ん……」  妹はすぐに俺を受け入れてくれた。  そして、唇を必死に動かす。  ぎこちない。でも一生懸命さがとても伝わってくる。 「ん、ちゅっ、兄さん、んっ、んん……」  愛おしい。  もっと深くこの子と繋がりたい。  いや、これ以上はダメ。  相反する気持ちが、俺の中でうずまく。  でも、何とか理性を奮い立たせた。 「あ……」  触れた時と同じように、そっと唇を放した。 「七凪……」  困った。  何て言おう。  勝手に身体が反応して、ついキスしちゃったなんて見苦しい言い訳はしたくない。  いや、違う。  言い訳なんて必要ない。 「……お、俺、その」  お前が。  お前が……! 「……きゅ~ん……」  俺が悩んでる目の前で、妹は目を回してぱったりと倒れた。 「ちょっ?! 七凪?! 七凪!」  ベッドに横たわる妹を必死で揺り動かす。  こいつ自分からはもっとスゴイことをやってくるくせに。  守りに回ると脆弱なのか。 「大丈夫か?! 七凪! 妹! ナナギー!」  結局、その夜俺は七凪が目を覚ますまで、ずっと七凪の部屋にいることになる。 「ふふ……」 「ふふふ……」 「ふふふふ……!」  気を失いながらも妹は終始ご機嫌だった。  眠れぬ夜を越えて、次の日。 「お、おはようございます」 「兄様」 「お、おはよう」 「七凪様」  俺達兄妹の間には妙な空気が流れていた。  決してぎすぎすした嫌なモノではない。むしろ心地いいかも。  でも、こそばゆいような感じがめっちゃする。 「あ、あの七凪」  それでも頑張って話しかけてみる。 「は、はいっっっ?!」 「な、何でせうか? 兄様っっ?」  ちょっと声をかけただけで、妹は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。  意識しすぎだ。 「き、今日は部活行くし、朝食は、その」 「い、行きに、コンビニか、どっかで買うのはどうでしょうか?」  そういう俺の声も上滑り気味だった。  兄カッコ悪い。 「よ、よろしいかと、思います」 「さすが、兄者ですっ!」  ナナギーのテンションはかなりおかしくなっていた。 「じ、じゃあ、もう行こうか」 「御意!」  御意すか。  七凪とバス停まで並んで歩く。 「……」 「……」  隣の七凪がいつもより微妙に離れてる気がする。  ていうか、歩道から落ちそう。  俺は気が気ではない。 「七凪」 「は、はひっ」  噛んでいた。 「な、何でしょうか?」 「もっと俺のそばに来て」 「兄さんのそばに!!?」  すごく驚いていた。 「いやいやいや! 違くて、変な意味じゃなくて!」 「七凪、車道に出ちゃいそうだから、危ないなって」 「な、なるほど」 「兄が妹の身を案じて現在位置の修正を希望したと、七凪は即座に理解しました」 「兄はやはり優しい好人物だと、七凪は兄を再評価します」  またナナギーが俺の知らないナナギーになる。  もしかしたら今日も休ませた方がいいのだろうか。 「評価はともかく、ほらこっち」  手招きする。 「は、はいっ」  七凪はとたたと駆け出し、俺の横に。  で、肩を俺の腕にぐいぐいと擦り付ける。  歩きにくい。  極端な子である。思い込みが激しいのか? 「七凪、あのね」  昨日のことをちゃんと話そうと声をかける。 「な、何でしゅかっ?」  妹はまた噛んでいた。  でも、可愛くて和んだ。  いや和んでる場合じゃなくて。 「その、昨日のことなんだけど」 「き、昨日のこと……」  みるみる七凪の首から上が紅潮する。  耳まで真っ赤。  ふらふらと蛇行しだす。 「……」  ダメだ。今、キスの話なんかしたら七凪はまた倒れてしまう。  まずはいつものこの野郎な妹に戻ってもらわないと。  日常への回帰。  俺達の日常の象徴たる仲間達に期待しよう。 「おはよう」 「お、おはよう、ございます」  3日ぶりに部室に脚を踏み入れる。 「七凪くん!」 「ナナギー、復活したか!」 「ホッとしたぜ」 「良かった……」  わっと仲間達が七凪を取り囲む。  俺の妹は放送部のマスコット的存在である。  人気者だ。 「おっはよー、って、ナナギーが来てるじゃないですか~」 「すりすり~」  俺達より一本早いバスで来ていた計が、早速七凪に抱きついていた。 「え? ち、ちょっと、まだ完全に治ってないかもですからっ」 「あんまりくっついて風邪がうつったら――」 「七凪の風邪なら、欲しい~」  計は激しく頬ずりしていた。 「七凪たん、はぁはぁ」  そして、流々はただの変態だった。 「いやーっ! 兄さーん!」  幼馴染ーズの手から逃れた七凪が速攻走って来て、俺の背後に。 「ははは、七凪くんはあいかわらず、お兄さんが大好きなようだな」 「微笑ましい……」 「拓郎、可愛い妹がいて良かったな!」  修二に背中をうりうりと肘でつつかれる。  流々や計が、七凪にちょっかいをかける。七凪は逃げて俺に甘える。  三咲や先輩達はそれを笑って見守っている。  温かな光景。いつもの放送部の日常。 「これで戻ったのかな……?」  七凪と俺の間にあったギクシャクした空気はもう欠片もない。 「ナナギー、私と意味なく保健室に行こうぜ~」 「どうして意味なく行くんですか? アホですかっ?!」 「兄さん、助けてくださいよ~」  俺の腰にくっついてくる妹を、流々から守りながら思った。  ――いつもの俺達に、兄と妹に戻った、と。  俺はそのことに安堵する。  でも、どこか寂しかった。 「こうかな、いや違うか……」 「いっそ、ここで主人公が覚醒して……」 「いや、それだと前の伏線が……」  部活復帰一日目の昼下がり。  俺の脚本執筆作業は暗礁に乗り上げていた。 「タクロー、一人で悩まない」  頭を抱える俺の後ろに、南先輩がやってくる。 「三人寄れば文殊の知恵」 「そして、ここにはなんと六人の精鋭達が……」  部室の中を指差す。  暑さに負けてぐでーっとしている精鋭達がいた。 「精鋭かどうかはともかくとして……」  そうか。  何も俺一人だけで考えなくてもいいんだ。  ここは素直に仲間に助けてもらおう。 「はい、皆注目――っ!」  手を叩いて部室の他の部員達をこっちに向かせる。 「ん? どうしたんだ?」 「沢渡さんが、お呼びでごじゃるよ」 「タク、どうした?」  ぞろぞろと皆がやってくる。 「皆の知恵を貸してくれ!」  全員の目の前に書きかけの脚本を差し出す。 「ん? どうしたんだ?」 「私の原作に何か問題でもあるのですか?」 「いや、七凪の原案に問題てわけじゃないけど」  出だしは全カットしたが。 「一応、ラスト付近まで書いたんだけど迫力不足というか」 「ラストでインパクトがないから、そこについて――」 「ちょっと待って、タク」  俺の言葉を途中で計が遮る。 「え? 何?」 「つまり、あたし達に脚本のラストを考えろってこと?」 「そうだけど」 「うえー、メンドクセー」 「最後はバトルして、最強の敵を倒せばいいじゃねーか」  少年マンガかよ。 「田中さん、これ恋愛物だから……」 「じゃあ、最後の敵を彼女にして勝ったら――」 「付き合ってくれるとか?」 「いや、フるでしょ、自分に勝ったヤツなんて悔しいから」 「つまり、愛し合ってた二人が最後にはバトルして、主人公が勝ってフられるってこと?」  一応ノートにメモる。 「どんな話なんだ、それは……」 「兄さん、私の原案が木っ端微塵に吹き飛んでますけど……」  妹さんの目が「メモんなよ、アホですか」と言っていたので消しゴムで消した。 「最後はちゃんと、私の決めた美しくも悲劇的なラストで」 「どんなだっけ?」 「義妹が、すべてを主人公に告白して『それでも愛してます』と世界の中心で叫びます」 「なるほど! ゼロ年代ですね? 今さらセカイ系ですね!」  計はセカイ系について何も理解していないことが発覚した。  ていうか、舞台、日本なんだけど。 「ですが、主人公は妹を履いてる下駄で蹴飛ばして、拒否。そして、言うのです」 「このビッチ!」 「ひどっ!?」 「泣けるなっ!」 「いや、泣けないだろ、どこにも感動しないだろ?!」 「主人公がひどくて、泣けるんじゃない?」 「いや、そっち方面で泣かれても……」 「七凪ちゃん、これコメディなら、もっとギャグを増やしたほうが良くないか?」 「コメディーじゃありませんよ! シリアスな悲恋物語なんですよ!」  ムキー! とばかりに妹は怒っていた。 「兄さんなら、わかってくれますよね?」 「……」  俺は沈黙して、目を伏せる。 「どうして、私から視線を逸らすんですか?!」  ムキキー! と妹はさらに憤慨した。  擁護できなくてごめん。 「……悲劇的に終わりたいなら、もうひとつ仕掛けがあった方がいいかも……」 「例えば、実は主人公も義妹を裏切っていたとか……」 「あー、それいいかもな」 「騙されてたと思ってたら、実は騙していたってことか~」 「いいんじゃね? 俺は面白いと思うぞ」  皆が南先輩の意見に、好意的反応を示す。 「七凪は?」 「私もいいとは思いますけど、それだと前の方も直さないといけません」 「兄さんが大変ですよ」 「いや、俺はいい。まだ時間あるし」 「何とか間に合わせるから! 兄を信じて任せてくれたまえっ!」  白い歯を輝かせて、ウインクした。  すーぱーすぺしゃるにカッコいいお兄さん振り。 「ああ……ウチの兄さんは、世界屈指の素敵ブラザーです……」  妹は憧憬の念を抱き、兄を見つめた。 「いやナナギー、だから、アレはダサいだろ……?」 「ナナギーもタクのことになると、たまに盲目的だよね……」 「――え?」 「皆さん、ウチに来られないんですか?」 「ああ」 「さっき、皆でそう決めたから」  部活が終わった帰り道。  夏の夕陽を浴びながら、七人でのんびりと歩く。 「七凪ちゃん、まだ病みあがりだしな」 「私達いたら、ゆっくり休めないだろ?」 「ん」  俺と七凪をのぞいた五人が、うむうむと頷いた。 「もう全然平気なんですけど」  七凪が年長者の仲間たちを見上げて言う。 「皆、お前が心配なんだよ」  ぽん、と妹の頭に手のひらを置いた。 「またいつか皆には来てもらおう。その時はめいっぱい歓待しよう」 「は、はい。わかりました……」  ほんのり頬を朱色に染めて、妹がこくんと首肯した。 「ほんじゃ、私はマイ自転車だからここで」  流々がひらひらと手を振る。 「あ~、あたしも後ろ乗せて、流々」 「おう、乗れ乗れ! 明日は日曜だし、このままオールでツーリングでもいいぜっ!」  チャリでかよ。 「素敵!」  そうかなぁ。 「抱いて!」  それほどまでに?! 「首都高行くぜーっ!」 「湾岸でミッドナイトっ!」  幼馴染達はえらく盛り上がり、自転車置き場へと移動した。 「コケて怪我すんなよー」  遠ざかる背中に声を投げた。 「あ、俺も今日はこっちだから」  修二がバス停とは反対方向を指す。 「ん? 家帰らないの?」 「ああ、今からバイトだ。それもかなり高額の」  アゴの下に人差し指と親指をあてて、ニヤっと笑う。 「神戸先輩は何のバイトをされてるんですか?」 「七凪、きっと薬の臨床実験とかだ」  アレはかなりもらえるらしいからな。 「んな危ねーのやるかよ! 駐車場で旗振ってんだよ!」  あー。 「夜勤なら、それなりか」 「おめーも、やんなら紹介してやるぜ?」 「母さんが家に戻ってきたら、考えるよ」  七凪を家で一人にはしたくないし。 「わかった。じゃあ、月曜な!」  ぶんぶんと腕を振って、修ちゃんが夕陽に向かって走っていく。  ちょっと青春ぽい絵だ。 「夕陽の馬鹿野郎――っ!」  ドラマチックに叫んでみた。意味なく。 「これが青春だ――っ!」  付き合ってくれた。いいヤツだ。  で。 「じゃあ、今日は四人か」 「行きましょう」  俺と七凪はバス停の方へと、 「いや待て、沢渡兄妹」  歩き出す前に、三咲に止められた。 「私と南先輩も、今日はここでお別れだ」 「へ?」 「タクロー、今日は私と三咲さんでお泊り会……」  なんと。 「南先輩の家も今日は先輩一人らしい」 「出来れば、誰か居て欲しく誘った……」 「誘われた!」 「ちょっと大胆な私……」  同性だし、そんなことはないような。  南先輩は超純情だった。 「二人で海岸沿いのスーパーに寄ってから帰ることにした」 「夕食の買出し……」 「あー、荷物持ちやってもいいですけど?」  あそこは結構遠いぞ。 「いや、キミは七凪くんと早く帰ってくれ」 「七凪くんを休ませるために、合宿を中止にしたんだ。早く帰ってもらわないと意味がない」 「タクロー、気を遣わなくていいから……」  南先輩がやわらかく微笑する。 「こっちこそ気を遣わせてしまって……」 「色々とすみません」  七凪が先輩と三咲に頭を下げた。 「気にしないでくれ。それより沢渡くん」 「ん?」 「そろそろ行かないと、バスが来るぞ」 「え? あ」  言われてケータイを見る。  ちょっと急がないとヤバイ時刻だった。 「七凪、ちょっと早く歩くぞ」 「わかりました」 「んじゃ、三咲に先輩、また月曜に」 「お疲れ様でした」  俺達は並んで歩き出した。 「ああ、またな」 「お疲れ様……」  結局、七凪と二人でバスに乗る。  夏休みのこの時間帯。加えて土曜日。  乗客は俺達二人だけだった。 「……」 「……」 「…………」 「…………」  こそばゆい空気がバス全体に充満しているような気がする。  また朝と同じ俺達に戻ってしまった。 「はうう……」 「あうう……」 「にゃうう……」  俺の隣で妹が赤い顔をしてうめいていた。  ちょっと猫っぽい。 「な、七凪さん? その、大丈夫?」  気を遣いながら話しかける。 「な、何が、ですか?」  どこか焦点のさだまらない目を向けられる。 「何ていうか、その、のぼせているというか……」  何と言えばいいのか。 「の、のぼせてなんて、い、いませんよ」 「ち、ちょっと、暑いなって、お、思っただけです」  ぱたぱたと胸元に手のひらで風を送りつつ言う。 「このバス、結構冷房効いてるけど……」 「だ、男性より女性の方が、夏でも厚着をしてるんです」 「だから暑いんですっっ」  ムキになっていた。 「な、何ならお見せしてもっっ」  脱ごうとする。 「こらこらこら――っ!」  すぐに止める。  やっぱり妹は今、正常な判断力を失っている。  これから俺と二人きりになる度に妹はこうなのか?  残念な妹になっちゃうのか?  兄は暗澹たる気持ちになる。 「七凪、あの、俺が言うのも変だけど」 「あんまり俺を意識しないで」 「――え?」 「俺のせいで、七凪が残念――いや、その」  言葉を選ぶ。 「アレな妹になるのは忍びない」 「アレって何ですかっ?!」  却ってヒドイ表現になってしまった。 「ごめんごめん、なんていうか」 「俺は、いつもの七凪が好きだから――」 「――にゃんですと?!」  妹が完全に猫化した。 「う、うう~~……!」 「兄さんの妹殺しっっ! エッチッチ!」  罵倒された。 「見事ですこの野郎っ!」  え? 褒めてたの?  妹とギクシャクしたまま帰宅する。 「に、兄様、夕食です」 「わ、わかった」  このノリがまだ続くのはツラいなぁ。  早くなんとかしないと。  そう思いながら、テーブルにつく。 「ど、どうぞ」  七凪作の美味そうな食事がテーブルに並ぶ。 「いただきます」  箸を取り、食べる。  あいかわずの変わらぬ美味さ。 「い、いかがでしょうか? 兄様」 「うん、美味しいよ」 「七凪は本当に料理が上手だな。理想の女の子だよ」 「――にゃ、にゃんですと?!」  あ、しまった。  こーいう褒め方は今はヤバイのか。 「う、うう~~……」 「兄さんの妹スナイパー!」  エロっぽい称号だな。 「大好きですこの野郎っ!」  狙撃されていいらしい。  また変なテンションにさせてしまった。  どうしたものやら。 「七凪、ただフツーに褒めただけだから」 「フツーの反応を返してくれればいいから」 「フ、フツーですか?」 「私、今フツーじゃありませんか? 兄上様」 「おかしいから! 今後ろの方、おかしかったでしょ?!」  自分でまるで自覚がないらしい。 「ちょっと落ち着いて、ね?」 「お、落ち着いてますよ。心配症ですね」 「兄さんの方が、逆に気にしすぎなんですよ」 「そ、そうかな?」  俺の方がおかしいのか? 「はい」 「だから、兄者こそもっと落ち着いて――」 「やっぱり、お前が変やん!」  涙目で頭を抱える。  ああ、俺の可愛い『この野郎妹』がどんどん残念な妹に……!  駄目な感じに……! 「ああ、駄妹はこの世に一人しかいらないのに……!」 「誰が駄妹2号ですかっ」  沢渡家の食卓は今日もにぎやかではあった。  空気はドコか妙だったが。 「沢渡さんは、どっか行きたいトコってない?」  僕が沢渡の家に来て、一月くらい経った頃。  ひとついいことがあった。 「――え?」  目の前の沢渡さんが目を丸くする。 「もちろん、そんなに遠くは駄目だけど……」 「ど、どうしたんですか?」 「さっきお医者さんとお母さんが話してるのを聞いちゃったんだ」 「最近は熱も高くならないし、そろそろ外に出てもいいって」 「本当ですか?」  満面の笑顔が咲く。  この子が笑ってくれるだけで、僕はとても嬉しい。  最近、それに気がついた。 「嬉しいです……今回は長引きましたから」 「大人になって体力がつけば少しずつ良くなるって、お医者さん言ってたから」 「後少しだよ。もうちょっとすれば、健康になれる」 「はい」 「病気に負けずに頑張って」 「はい、負けずに頑張ります」  ぐっと可愛く拳を握る。  愛らしい仕草。  思わず頭を撫でてあげたくなる。 「? どうして、私の頭を撫でるんですか?」 「え? あ、ごめん」  ていうか撫でてた。  反射的にやってしまったらしい。 「と、ところで、ドコに行きたい?」  ごまかすために話題を変えた。 「僕、付き添うから、いっしょに行けるんだ」 「そうですね……」  少しだけ考える。  そして、沢渡さんは、あの笑顔になって言った。 「――海は駄目ですか?」 「いいけど、沢渡さん海好きなの?」 「はい、大好きです」 「波の音を聞くと、とっても落ち着くんです」 「だから」 「兄さんと、海に行きたいです――」 「……うん、わかったよ」 「――え? あ」  幼い七凪に返事を返す途中で覚醒した。 「……朝」 「……またあの頃の夢か」  最近よく見るな。  七凪のことばっかり考えてるってことか。 「キスしちゃったしな……」  七凪はどう思っているのだろう。  あれから、七凪とちゃんと話せてない。  伝えないと、いけない。  俺の気持ちを。 「でもなぁ……」  二人きりでないと話せないようなことだ。  でも、今俺達は二人きりになると何とも微妙な兄妹になってしまう。 「何とかリラックスさせて……出来れば、今日話そう」  着替えながらそう考える。  まるで自信はないけど。 「七凪、もう起きてるかな……」 「あ……」  居間に足を運ぶと早速、七凪と顔を合わせた。 「お、おはようございます」 「う、うん。おはよう」  あ。  今朝は割とフツーな感じだ。  もしかして、いけるかも。 「す、すぐ、朝食にしますね、兄くん」 「がっくり」  前言撤回。  ある意味昨日より、変になっていた。 「……はぁ」  台所の七凪には聞こえないように嘆息した。  ああ、いつもの調子に戻ってくれ、妹よ。  いったい、どうしたら――ん? 『波の音を聞くと、とっても落ち着くんです』 『だから』 %40「これだっ!」%0  思わず大声で叫ぶ。 「あ、兄くん、ど、どうかしましたか? 急に大声なんか出して」  俺を心配してか、妹がお玉を持ったままやって来る。 「七凪、お願いがある」  俺は妹の手をつかむ。 「え? あ……」 『兄さんと、海に行きたいです――』 「兄さんと海に行こう」 「――はい?」  朝食を食べて、すぐに家を出た。  目指すのはいつも行く海水浴場から外れた静かな海岸だ。  10年前、七凪と初めて行った海―― 「10年前、七凪と来た時とそんなに変わってないな」  砂浜に下りると、俺は開口一番、そう口にした。 「……驚きました」  ゆらゆらと手にしたサンダルを揺らしながら、七凪がついて来る。 「何が?」 「兄さんが、私とここに来たこと覚えてるからですよ」  七凪が微笑する。 「忘れるわけないだろ」  歩きにくい。俺もかがんでサンダルを脱いだ。 「七凪と初めて遊んだのここだ。熱っ」  砂浜熱っっ。 「でも、10年前ですよ」  七凪は海水で濡れた箇所を選んで歩いていた。  抜け目ないヤツ。 「それだけ、嬉しかったんだろうな、俺」  俺も七凪のそばに緊急退避した。 「何がそんなに嬉しかったんですか?」 「そりゃ、七凪と遊べたから」 「え……」  お前は久し振りに出た外で、思い切りはしゃいでいた。  兄さん兄さんと俺を呼んでどこまでもついて来た。  本当は沢渡の家になど、俺は来たくはなかったんだ。  すぐに理由をつけて、施設に戻ってやろう――そう思っていた。  でも。  でも、お前がいたから。  お前が俺のこと、兄さんって呼んでくれたから。  何一つ打算のない好意を向けてくれたから。  俺は沢渡の人間になるって、決めたんだ。  お前の兄になるって、決めたんだ。 「あの頃の七凪、すごく可愛かったな」 「学校でいつも自慢してた。俺の妹はめちゃくちゃ可愛いって」 「に、兄さんは、私のことそんな風に思って……」  七凪の目がうるうるとする。 「それが今では――いや、それは置いといて」  言いかけて押し黙る。 「兄さん、今の間は何ですかこの野郎」  ドライアイのナナギーがじろりんとにらんでくる。 「言いたいことがあったら、言えばいいじゃないですかっ!」  隣に並んだ妹が速度のあるジャブを俺に放ってきた。  ポコポコと俺の肩にヒットする。 「妹、兄をイジメないで」  ちょっと距離を取る。 「兄さんが、私をからかうからですっっ」  すぐに追いついてくる。 「男の子は可愛い子はからかいたくなるんだよ」 「兄さんは子供ですかっ?!」 「子供じゃないよ」 「俺もお前ももう子供じゃなくなった」 「――だから、ずっと戸惑っていたんだ」 「――え?」 「初めて、ここでお前と遊んだ時、俺はお前の兄になるって決めた」 「片瀬の名を、ここで捨てた」 「に、兄さん……」 「七凪、俺はずっとお前の兄さんでいたい」 「はい……」 「いてください……いえ」 「何があっても、兄さんは私の兄さんです」  言い切って、まっすぐ俺を見る。  七凪はいつでもまっすぐだ。  まっすぐに、俺を好きでいてくれた。  当たり前のように家族として迎えてくれた。  それが突然両親を失った俺にとって、どれだけ嬉しかったか。  きっと、誰にもわからない。  お前に俺は救われた。  七凪、俺は、兄は。  比喩でも何でもなく。  お前のためなら、死んでもいいんだ。  命を賭して守りたい。  その想いは、ずっと。  ずっと。 「……だけど、七凪」 「はい」 「俺はお前にキスをした」 「これって、普通に考えれば兄失格だよな?」 「そ、それは……」 「私が、兄さんを――」 「……」 「兄さん、兄さんはやっぱり……」  七凪の表情が曇る。 「俺、でも、七凪とキスしたの後悔してない」 「――え?」 「ずっとお前の兄でいたいのに」 「兄失格のことをしたのに」 「どうして、後悔してないんだろう……?」 「兄さん……」  俺達は二人とも黙り込む。  沈黙を波の音が静かに埋めた。  変わらなかった場所。変わらないように見えた場所。  本当は波に砂をさらわれて刻一刻と変化している。  変わらなかった俺達。  ――変わらないように見えた俺達。  それが、今、確かに。  変わった―― 「ごちそう様……」 「は、はい……」  夕方になるまで、七凪と海に居た。  あらからほとんど会話らしい会話は交わしていない。  それは、家に帰ってからも続く。 「……」 「……」  お互い黙ってしまう。  どうしよう。  俺から何か話題を振るべきか。 「あ、あの、七凪」 「は、はいっ!」  妹は急に気がついたように、俺を見る。 「明日からまた部活だけど、もう大丈夫だよね?」 「は、はい、大丈夫です、兄さん」 「落ちこんだりもしたけれど、私は元気です」  昭和的なノリで返された。 「き、きっと兄さんがたくさん看病してくれたから、早く良くなったんですね」 「そんなに大したことしてないけど」 「おかゆ、とっても美味しかったです」  にっこりと笑む。  保護欲をはげしくかき立てる笑顔だった。  素直な七凪は、本当にパーフェクト妹である。 「じゃあ、食器は俺が洗うから、七凪はもうお風呂入って休んで」 「あ、いえ、私が片付けますよ」 「作ってもらったんだから、コレくらいはやるって」  言って、もう洗い始める。  七凪は甘えるようで、こういうところは決して甘えない。  こっちから率先してやらないと疲れさせてしまう。 「ありがとうございます」 「とんでもない」  妹に背を向けたまま言う。 「それじゃあ、お言葉に甘えて、お風呂をいただきます」 「うん、そうして」 「そ、それで、ですね、兄さん」 「ん?」  振り向いて、妹を見る。 「さ、30分したら、私、お風呂から上がりますから……」 「その頃に、私の部屋に来て……ください……」  え?  俺の皿を洗う手が止まる。 「ぜ、絶対来てくださいね」 「もし、来なかったら泣いちゃいますからねこの野郎っ!」  妹は真っ赤な顔で、そう言い残すと駆け足で立ち去っていった。 「……」 「…………」 「………………えっと」  皿を持ったまま、思考が停止する。 「あ、いかん」  出しっぱなしの水道の音にようやく現実に引き戻される。 『もし、来なかったら泣いちゃいますからねこの野郎っ!』  妹にこんなことを言われたら兄としては行かないわけにはいかない。 「ズルイぞ、ナナギー」  皿洗いを完了させて、しばらくしてから七凪の部屋に移動する。 「七凪、いる?」  部屋の前に立ち、ノックした。 『ど、どうぞ』  少し慌てた様子の妹の声が返ってきた。  俺はノブを回して、中に入る。 「お、お待ちしてました……」  風呂上りの妹が俺を出迎えた。  すぐ目の前に立っている。手を伸ばせばすぐに抱きしめられる距離。  髪から微かに花のような匂いが漂っていた。 「座ってください」  とベッドの上を勧められる。 「あ、う、うん」  一瞬だけ躊躇したが、すぐに妹の言うとおりにした。 「良かったです」 「え? 何が?」 「来てくれなかったら、どうしようかと思っていました」 「七凪に泣かれたら俺が困るじゃん」  ぽむ、と頭の上に手を置く。 「はう」  すぐに頬を染める。 「……兄さんを困らせてごめんなさい」 「いいよ。前に言わなかったか?」 「俺はお前が何をしても許せるって」 「はい……」  妹は俺の隣に座り、俺の肩にもたれかかってくる。  妹の体温が寝巻きを通して、俺の腕に伝わってくる。  細い。妹の身体は驚くほど華奢な感触を俺に感じさせる。 「……」  肩を抱こうか迷う。  どうすることが、妹を、七凪を本当に大切にすることなのか。  俺は未だに決めあぐねていた。 「兄さん」 「あ、うん」  俺が逡巡してる間に、妹はぽつりと言った。 「抱いて欲しいです」  あ。  まるで俺の迷いを見透かしていたかのように、妹がはっきりとした言葉を口にした。 「ぎゅっと抱いて、私をいっぱい愛して欲しいです……」 「女として、私の身体を求めてください……」 「私の初めてを、もらってください……!」  妹は俺の服の袖を、何度も強く引っ張る。 「理屈じゃないんです……」 「私は、もう、兄さんしか……」 「兄さんしか、愛せないんです……!」  妹は胸にすがりついてくる。  涙声だった。  胸が痛い。  俺は結局、妹を泣かしてしまった。 「七凪」  そっと妹を慰めるように優しく抱いた。 「不安なんです」 「え?」 「このままだと、兄さんは他の誰かと結ばれていつか家を出るじゃないですか……」 「いっしょにいられなくなるじゃないですか……」  妹の瞳にたまった涙が、頬を伝い流れる。 「行かないよ」 「お前が望むなら、ずっとお前のそばにいる」  妹を抱く腕に力を入れる。 「……本当ですか?」 「うん」 「私がおばあちゃんになってもですよ?」 「うん、お前が最後まで幸せでいられるように」 「俺はお前のそばで、お前を守るよ」 「だから、泣かないで」 「……兄さん」 「……愛してます、兄さん。ずっとずっと……」 「うん、俺も」  俺達の唇は近づいていく。  とても自然に。  そうすることが、当たり前のように感じられた。 「ん、兄さん、ちゅ……」 「兄さん、ん、ちゅっ、ん、んん……」  ついばむように何度も小さなキスを繰り返した。 「兄さん、んっ、大好き、ん、ちゅ……」 「好き、好き、んっ、ちゅっ、んんん……」 「ずっと、ずっと好き……んっ、ちゅっ……」 「ん、んんん……!」  だんだん強く互いを求めるようになる。  俺は妹を強く抱きしめた。  妹は俺の首に両腕を絡め、身体全体を密着させてくる。  ――もう、迷わない。  俺は妹を抱く決心をした。 「……はう」 「……恥ずかしい、です」  妹は俺とくっつきながらも、そんなことを言った。 「どうした? いつもの七凪らしくないぞ」 「だって今までは全部私からせまったじゃないですか……」 「兄さんの方から、求められてると思うと……」  可愛いことを言う。  思わず、妹を抱く腕に力が入る。 「……兄さん」 「ん?」 「兄さんはこんな風に私と抱きあっていて、ドキドキしていますか?」 「…………」  ドキドキしている。  というか、抱きしめる前からドキドキしている。 「それを確かめてどうするの?」 「……確かめられたら、安心できます」 「女の子はほんの少しのことで、不安になったり嬉しくなったりするんです」 「兄さんが与えてくれる言葉や、触れ合いや……キスで、私の心はお花畑を駆け巡っちゃうんです」  お花畑には、行かないでくれ……という言葉をグッと飲みこんだ。  兄としては妹が安心してくれるなら、なんでもしてやりたい。 「だったら安心して。ここのところ、おまえのことを見て、ずっと俺はドキドキしてるから」 「ずっと、ですか……?」 「くっついてるんだから、さっきから伝わってるだろ」 「……自分の心臓の音かと思っていました。私の身体、熱くなっていますし」  そう言って七凪が自分の身体をこすりつけてくる。  寝巻き越しとはいえ、その感触に俺の理性は激しく動揺した。 「胸……当たってる」 「はい……」  離れようとはしない。むしろより腕に力入る。 「兄さん、私、汗をかいてしまいました……」 「あ、ああ……汗はかいた方がいいよ。水分補給もちゃんとして」 「はい。……ねぇ、兄さん、私……匂いませんか? その……汗くさかったら恥ずかしい」  俺は思い切って首筋に顔をうずめ、大きく息を吸いこんだ。 「は、んっ……」 「大丈夫だよ」 「うそ……汗の匂い、しますよ……絶対に……」 「別にそれが嫌な匂いってわけじゃないんだし」 「俺、この匂い好きだよ」 「嗅ぎながら、好きだって……言えます?」  言えるとも。  思いっきり、妹の首筋に鼻先を擦り付ける。 「きゃっ」 「……好きだよ七凪。匂いも汚れも、俺に対して気遣う必要なんかない。全部まとめて、俺の大好きな七凪だ」 「んっ……私も、大好き……」  七凪の唇を指でなぞった。  今からキスをする、そう伝わっただろう。  七凪はゆっくり目を閉じた。 「……っ……ちゅ……んっ、ん……ん、ふぁ……」 「俺、七凪としたい」 「ん……なにを、ですか」 「兄妹で……兄妹だけど、繋がりたい……」 「……兄さんはえっちですね」 「七凪は、嫌?」 「もう一度、キスしてくれたら……いいですよ」 「わかった……」  今度は貪るように唇を重ねた。 「んふっ! ……っ……ちゅ、ちゅくっ……はっ、んっ……んっ」  下唇をねぶり、舌を絡め合う。  七凪の口からよだれがこぼれそうになったので、それも舐めとった。 「うそです。ごめんなさい……『いいですよ』じゃなくて、私の方からお願いしたいくらいです……」 「私、兄さんと……ひとつになりたい。ずっと、それが私の願いでした」 「……ありがとう、七凪」  寝巻きに手をかけて、はたと手をとめる。 「体調はもう本当に大丈夫?」 「大丈夫です。実は兄さんに看病してもらえるのが嬉しくて、ちょっとだけ甘えてました」 「甘えんぼめ」 「ふふ」 「そんな子はこうしちゃう」 「え? あ、きゃっ」  汗ばんだ膨らみに顔を近づけた。鼻腔に汗の匂いが入りこんでくる。  たまらなくなって、また強く抱いて鼻を鳴らした。 「兄さんが私の匂いに目覚めたらどうしましょう……」 「そりゃあ、責任取るしかないんじゃないか?」 「責任って……あ、兄さん、しゃべりながら顔を動かして……」 「…………可愛いな、七凪の胸」 「兄さん、本当にエッチですね」 「ちゅ」 「あんっ! ……いきなりおっぱいに吸いつくなんて……」 「七凪、七凪……」  七凪の可愛らしい胸に、夢中になってしまう。  控えめな双丘に、ぴん、と立った乳首。  愛らしくて、たまらない。 「あ、あんっ、んっ、兄さん、んっ……」 「んっ、あっ、ぎゅっとして、もっと、もっと……!」 「こう」  背中に回した腕にもっと力をこめた。 「は、はい」 「に、兄さん……」 「ん?」 「もっと、胸を……」 「赤ちゃんみたいに……」  言われるがまま、妹の乳首を口に含んだ。 「んっ!」 「ちゅぅっ……」  妹の胸に舌を這わす。  その背徳的な行為に興奮を覚える。 「ぁんっ……もうちょっと、弱く……」 「あ、ご、ごめん」 「兄さんも……やっぱり大きいおっぱいが好きなんでしょうね」 「どうしてそんなに悲観的なの?」 「まわりの女性を見る目でわかります……妹はすべてお見通しなんです」 「確かに大きいのはいい。それは間違いないだろう」 「だけど俺は……大きいかどうかより、感じてくれた時の反応がいい乳首が好き、かもしれない」 「ぁっ!」  乳首をこねられて妹がぴくん、と背筋を伸ばす。 「……ぁ、あんっ」 「今の七凪可愛かった」  頬にキスをしながら言った。 「っ……兄さんに弄られると、それだけで……ほんとに気持ちいいです」 「七凪は乳首が敏感な方か」 「わかりません……相手が兄さんだからっ……ぁっ、あっ……自分で触るのとは、全然違います……っ」  フルフルと震える小さな膨らみと、その頂点で色づく乳首は、充分女の子としての魅力を備えていた。  建前ではなく、俺は本気で妹の胸をいいものだと感じていた。 「兄さんの唾液で、てらてら光って……びっくりするくらい、今の私いやらしいです」 「おまえの希望通りに、こうして……」 「はっ……ぁ、あぁっ! 兄さんの舌が、んっ……くりゅくりゅって……は、ひっ……」 「乳首……転がしてますっ……ん、ぁっ! あっ!」 「すっかり硬くなってる」 「だって……っ、ふぁっ……こんな風にされるのなんて……は、はじめて、なんですからっ」  妹のはじめてになれたことを喜ぶべきなのか、俺が相手で申し訳ないと思うべきなのか。  だが、俺はやはり妹をこうして自分の腕に抱けていることが嬉しかった。 「七凪、きっともうパンツの中は濡れ濡れだよね?」 「……兄さんはエッチッチですね」 「……すみませんすみません」 「でも、ちゅぱちゅぱしたいという気持ちは、私もわかるつもりです」 「それは、どういう……」  七凪が俺の股間に手を伸ばした。  勃起した俺のモノをさすりあげる手のひらが艶めかしい。 「いい、ですか?」  なにを言わんとしているかは、明らかだった。 「兄さんの、ちゅぱちゅぱしたい……です」 「したこと、ないんだろ?」 「だからこそ、したいんです。これも私のはじめてですから……」 「私のおくちに、してほしいです……」 「……苦しいかもしれないよ」  七凪は身体もちっちゃければ、口も当然ちっちゃい。  咥えただけで限界なんじゃないかとさえ思えた。 「それでも、です」  俺は、ジッパーにかかっていた七凪の指を上から摘んで、一緒におろしていった。 「これが、兄さんの……」 「大きくなってからは、見るのははじめてだったか」 「いえ……実はこっそり……機会があれば見ていたんですが」 「……いったいなんの機会……」 「お風呂上がりに遭遇とか、いろいろあるじゃないですか」 「中には計画的に起こされた事故もありましたけど」  とんでもない告白をとんでもない時にされてしまった。 「はぷ……ちゅ、ちゅぷ……っ……んっ、ちゅるっ……」  やはり加減がわからず、おっかなびっくりなんだろう。  様子を窺うように、七凪の舌が舐めまわしていく。 「れろっ……っ……んっ、ちゅるっ……んっ、んっ、んくっ……は、ふ……ちゅっ」 「おっきぃ……もっと簡単にちゅぱちゅぱできると思ってたから、甘かったです」 「それはもっと小さいと思われていたんだろうか……」  ちょっと凹む。 「そうじゃなくて……想像と実際では舐めやすさが全然違うというか」  七凪の身じろぎで、なるほど、と納得がいった。  根っこには俺の身体があるわけだから、簡単に動かせない。  そこがやりにくいんだろう。 「ぁっ……れろっ」 「垂れるのは気にしなくていいよ。どうせもっとびしょびしょになる……と思う」 「あと、噛んだりしなければ、ある程度乱暴にしても平気だから」 「ふぁい……」  自分からしゃぶりたいと言いだしただけあって、遠慮なくやっても大丈夫だとわかったら、思い切りがよかった。 「んっ、ちゅぶっ……りゅるっ……んっ、んふっ……こういうのも……らい、びょぶ?」 「ああ、気持ちいい」 「ん♪ ……ふゅっ……ぢゅるっ、るるっ! くちゅっ、ん、ぐっ……ぢゅぷるっ!」 「くひゅっ、ちゅぷる、ぷぢゅっ……んっんっんっんっ! っは! ……はぁはぁはぁっ」 「はぷっ! ちゅっ、ぢゅくっ! るるっ……兄ひゃん……んっ、兄ひゃんっ……」  咥えたまましゃべると、舌がペニスに当たってまた違った感触の気持ちよさがある。 「……んっ、んくっ……今、んぐっ、びくんって……んっ、んっ……!」 「七凪の口の中が気持ちよすぎて、早く出したいって身体が言ってるみたいだ」 「じゃあ、いっぱい……いっぱいお口の中に、らひて……」 「んっ、ぷぢゅっ、ぢゅるっ……っ……ぢゅちゅるっ! 兄ひゃんの……っ……せーしっ……んぷっ」 「ほひ……の……ほひぃのっ……んっんっんっんっ!」  喉の奥にあたるくらいに動いてくれて、逆に心配になってしまう。  もっとゆっくりでいいと手を伸ばそうとしたら、大丈夫だからというように遮られてしまった。 「ちょうらい……兄ひゃんの……っ、んっ、んぅっ、ぢゅぅるるるっ!」 「う、あっ……ぁっ!」 「出りゅ? 出りゅのっ……? ぢゅっ、ぢゅくっ! ぢゅるぷっ! はぁっはぁっ……ぢゅくぢゅくっ! ぢゅちゅっ!」 「あ、ああっ、出る!」 「んんんんんっ!!」  びゅるるるるっ! と噴きだした精液が七凪の喉を打った。  わかっていても衝撃だったのだろう。七凪は耐えきれずにむせた。 「んぐふっ!」  口の端から精液が溢れだす。 「んっ、ぐ! けふっ! ひゅ……ひゅごい……ぢゅるっ……」 「吐きだしていいから、無理しないで」  それは敗北だと思ったのか、小さく首を振った妹はなんとか口の中に残った分を呑みこんでいった。 「んっ……ん……コク……っひゅ……」 「ごめんにゃひゃい……ひゅこひ……こぼひひゃ……」 「いいんだって……ほんとに無茶しないで」  でも、こんなに一生懸命してくれたことに男として喜びを覚えたことも事実だ。  頭を撫でてやると、七凪はゾクゾクするような表情を見せた。 「まだ……終わりじゃありませんよね? ちゅるっ……」  視線を俺のペニスに送った七凪が、綺麗になるように舐めていく。 「ああ……」  俺が手を差し伸べると、七凪はゆっくりと指を絡めてきた。 「兄さんと、ひとつに……」 「なりたいです……」 「んっ! くううぅぅっ!」  処女膜を突き抜ける感覚がはっきりわかった。 「痛そうだけど……ごめん、我慢な」 「っ……はい……いくらでも、我慢します……痛いより、嬉しい……」 「兄さんにはじめてをあげられたっていうことが……私にはなにより、大切なことなんです」 「……七凪」 「たぶん、私……泣いちゃいます。もう、うるうる来てますから」 「だけど涙が出るのは痛いからじゃありません。嬉しいからです……」 「だから……途中でやめようなんて思わないでくださいね」 「ああ、おまえで果てるまで、やめない……」 「ッ……たった今、処女喪失したばかりなのに、その言葉だけで……イッちゃいそうです」  よかった。普段に近いことを言えるだけの余裕はあるみたいだ 「……動くよ」 「はい」 「くっ……うっ!」  七凪の目尻から涙が流れた。 「泣くほど嬉しいんです。ほんとですからっ」 「そこは強がらなくてもいいんだぞ」 「本当は泣くほど痛いです……」  だよな。  申し訳ない気持ちになってくる。 「でも……」 「やめないで、くださいっ!」 「……どうせ痛いのですから、思いっきりやってください。嬉しいのは、ほんとなので……」 「――わかった」  そう答えたが、言葉に甘えて思いっきりやるのは兄としては無理だ。  痛そうだから早く済ませてやるというのも、ちょっと違う気がする。  だから、いっぱい愛情を注ぐ。 「っ……は、ぁっ……っ……ぁっ、っ……」  愛撫がどれほど痛みを和らげてくれるか、当人ではない俺にはわからないが、やってみる価値はあるだろう。 「……兄さんの手が……やさしい……」  少なくとも気持ちの面はすぐバレてしまったようだ。 「おなか……撫でて……」 「ああ」  出し入れしながら、腹痛の子どもにしてやるように下腹部をさする。 「ふ、わ……それが、いいです……」 「これが? ほんと?」 「……なんか、『俺の子を産んで、妹』って言ってくれてるみたいで……」  泣きながらそんなことを言うのだから、俺の妹は俺なんかより何枚も上手だった。 「少しだけ痛くなくなったみたいです……」  確かに、俺は動き続けているのに、さっきよりも無理していないように見える。 「じゃあ、こういうのはどうかな」 「ふぁっ……」  おなかから、少しさがってクリトリスに指を当ててみる。 「ゆっくりしてくれたら、いいかもです」  望みの通りに、おなかをさすったのと同じくらいのつもりで、ゆっくり包皮周辺を撫でて、揉んでいく。 「……っ……んっ……。じーんじーんって感じで、なにかが広がっていきます……」 「気持ちいいとは違う?」 「いいのは間違いないんですけど、もっとこう、あったかいです……」  結合部を見ると、ちょっと泡だった愛液が濁った色になっていた。  ところどころ赤みがあるのは血が混じっているからだろう。 「あんっ!」  少し遠慮して根本まで挿れずにいたのを解禁してみた。  恥骨があたるまで埋めこんだ。 「ハッ……は、ぅっ……深い……っ! 兄さんの、こんなに……んぁっ! 奥まで……!」 「これは平気か?」 「は、はひ……びっくりしましたけど、奥へ行くのは、大丈夫……みたい。そ、それより……っ」 「ん? それより?」 「自分の身体の、こんな奥で……ほかの人を感じるなんて……っ……あ、あっ、ぁっ……もしかして……」 「もしかしてこれ……子宮に届いちゃうんじゃ……」 「俺、標準サイズの範囲内だと思うけど……」 「あ、あっ……今っ、なにかかすりましたっ」 「そ、そう……?」 「兄さんもなにか感じたんでしょう?」  確かに他と違う感触があった。  もう一回、今のを探してみる。 「……っ……あっ、あっ! ふぁっ! どうしよう……兄さんっ……兄さんっ!」  必然、膣の奥深くを探ってえぐるような動きになってしまい、七凪は何度も頭を仰け反らせた。  それでも下半身は逃げずに、俺の意図を汲もうと協力してくる。 「はひっ……ぐちゅぐちゅ、掘られてるっ! ……ぁっ、あっ……ぁっ! 深い……深いのっ……んぁう!」 「兄さんが、私の中……ぁっ、あっ! 探しまわってる……っ……」  ヤバイ……俺の方も気持ちよくなってとまらなくなってきてる。 「この感じ……なに? あ、あっ……あふっ! ……これが……ぁ、あっ、ぁっ……!」  妹の膣が強く、俺のモノを締め付ける。  妹との性交はあまりに気持ちよすぎて、俺の方がそろそろ限界だ。  俺は―― 「うぁっ、あっ……あぁぁあっ!」 「兄さん……兄さんっ! ……ぁ、あっ……! ああぁっ!」 「ううぁ!」  さっき膣の奥で感じた場所に再び触れた瞬間、射精感が爆発した。 「ふああぁあああっ!! で、出てるっ! ……わかるっ……兄さんが……あ。ぁっ……私の中で……っ!」  気が遠くなりそうな気持ちよさだった。 「……ぁ、あっ……ひ、ぁ……あっ……」  もう全部出尽くすと感じるほど精液を注ぎこんで、俺は妹の中に自身のモノを埋めこんだまま脱力した。  妹の身体も弛緩していく。 「……はぁ……はぁ……はぁ……」  ぐちゅ……と二人が一つになった場所が音を立てた。 「兄さん……」 「……七凪」 「よく、がんばってくれたね。ありがとう……」 「ふふっ……」 「私も、ありがとうです……」 「うぁっ、あっ……あぁぁあっ!」 「兄さん……兄さんっ! ……ぁ、あっ……! ああぁっ!」 「っ……!」  出る、という予兆を感じて、ペニスを引き抜いた。 「あんっ……! あっ……ぁっ……っ」  勢いよく抜いた衝撃で、妹が身をよじらせた。その身体めがけて、勢いよく精液が噴きだす。 「うあぁあ!」  自分でもびっくりするくらいの量が出て、七凪の肌や服を汚していく。  その射精の光景と、その後の俺の表情を、妹がとろんとした微笑で見つめていた。 「すごかったです……兄さん……」 「……七凪」 「よく、がんばってくれたね。ありがとう……」 「ふふっ……」 「私も、ありがとうです……」  俺達はそのまま眠りについた。  ……妹の部屋で眠るなんて、どれくらい振りだろう?  真横ですやすやと眠る妹を見ながら、俺はそんなことを考えていた……。 「――そして、男はニヤリと笑って言うのだった……」 「ホモは帰ってくれないか! ――と……」 「よし……」 「よしっしゃああっ! 出来たああああああああっ!」  夏休みが折り返し地点に差し掛かる八月の第二週。  ついに俺の脚本が完成する。 「おお、ついに出来たか!」 「やりましたね、沢渡さん!」  部室にいた皆がぞろぞろと俺のそばにやってくる。 「兄さん、お疲れ様でした」 「お茶をどうぞ」  妹もウーロン茶をお盆にのっけて飛んでくる。 「ウチで兄さんの好きなお茶っ葉で沸かしてきました」  グラスを手にすると、冷え冷えだった。 「もちろん、保冷式の水筒で保存しときましたから」  ういヤツである。 「七凪、さんきゅ」  早速、飲む。 「美味しい」  一気に飲み干す。 「もっと飲んでください」  水筒からさらにグラスになみなみと注ぐ。 「ありがとう! ナナギーサイコー!」  妹を称える。 「う、そんな恥ずかしいこと、皆さんの前で言わないでくださいよこの野郎」 「でも、永久に愛してます」  そう言って、俺に寄り添う妹さん。 「おいおい、最近ナナギー、タクにべったりじゃねーか」 「な~んか、おかしくね?」  流々が疑惑の目を俺と七凪に向ける。  鋭いなこいつ。  落ち着くまでは内緒にしておきたいんだけど。 「そうか? 前から七凪ちゃんは拓郎にべったりだったんじゃね?」  修ちゃんナイスアシスト!  俺は親友に感謝した。 「あ、違うか、拓郎が七凪ちゃんにべったりだったか」  うるさいよ。  俺は親友に失望した。 「タクロー」  そうこうしてる間に、南先輩がやってくる。 「脚本をみせてもらってもいい?」 「はい! よろしくお願いします!」  両手でノートを恭しく差し出す。 「では……」  南編集長がキリッと真剣な表情になる。 「……」 「……ふむふむ」 「……なるほど」  ゆっくりと吟味するように目で文字を追う。  俺は超緊張する。 「で、出来はどうなんだろう……。タクだし……」 「大丈夫だ。きっと努力は報われる……。沢渡くんだが……」 「任せた以上信じるっきゃねーだろ……。タクだけど……」  全然期待されてねー。泣きそう。  俺は耳を塞いで審判を待った。  クリエイターとはかくも孤独なモノなのか。  俺が結果に怯えて中座しようかと迷ってる間に、南先輩は読み終わった。 「タクロー……」  編集長が俺を見据える。 「すみませんでした!」  とりあえず陳謝した。 「どうして、いきなり謝ってるのですか?!」 「反射的につい……」 「そんなに自信がないのかよ……」 「期待できね~」 「ノーッ! 俺をそんな目で見ないでっ!」  世間からの冷たい視線に耐え切れず、俺は扉に向かって歩き出す。 「兄さん、ちょっとドコに行くんですかっ?!」  妹に腕をつかまれる。 「ごめん! こんな兄でごめん!」 「いっそゴミとののしってくださいっ!」 「あ、あのですね……」  妹は俺を引きとめつつ嘆息した。 「お前なんか、もう分別してやるっ!」 「いやーっ! 再利用されるーっ!」  計のアレンジの加わったののしりに怯える。 「タクロー、逃げないで」 「貴方は、とても頑張った……」  へ? 「そ、それじゃあ」  南先輩の声に、兄妹そろって振り返る。 「とてもいい出来……」 「タクロー、ご褒美に花丸を」  脚本に花丸を書き込む南先輩。 「っしゃあああああああっ!」  俺はすぐさま復活する。 「諸君、俺の活躍により、超絶に素晴らしい脚本が出来上がった!」  俺はテーブルに片足をかけて、胸をそり返させる。 「つまり学園祭の命運は、あとは諸君らの演技と放送技術の二つにかかっているわけだ!」 「俺の超傑作な脚本を無駄にしないよう、心してやってくれたまえよこの野郎!」  ドヤ顔で天狗になったまま演説をぶちかます。 「この男、さっきまで逃げようとしていたのに?!」 「いきなり上から目線かよ?!」  幼馴染ーズがそろって呆れていた。 「うぜーヤツだな……」 「沢渡くんの仕事は済んだし、もう更迭でいいな」 「タク、仕分け仕分け~」 「一番じゃなくてもダメじゃないしな」  え?  一気に劣勢に。 「タクロー、めっ」 「すみませんでしたっ!」  テーブルに額を擦り付ける勢いで、頭を下げた。 「ウチの兄がすみません……」  妹も皆に謝罪していた。  立つ瀬がない。 「まあ冗談はともかく、いい脚本が出来たんだ」 「早く、配役を決めて練習に入ろう!」 「配役か~。タク、登場人物何人なんだよ?」 「一応、全員出れるように七人にした」 「素晴らしい……」 「タクローがこんなに立派な子に育ってくれた……」  先輩がそっと涙をハンカチで拭く。  お母さんですか。 「どうする? また例のアプリで決めっか?」 「ノーッ! コンプ○チャ禁止!」  猛烈に反対する。  アレは軽いトラウマだ。 「では、やはりオーディションで決めるべきかと」 「――七凪、恐ろしい子!」 「まだ始まってもいねぇぞ?!」  計の方がある意味恐ろしい。 「じゃあ、全員で全部の役を演じてみましょう」 「それを聞いて、全員投票で決めるってことですね?」 「ん」  先輩がにっこりと笑い首肯する。  皆の様子を見る。  不服そうな者は特にいないようだった。 「んじゃ、今から1時間後にオーディション開始でーす」  パチパチと手を叩く。 「各自、役作りしといてくださーい。1時間で七役」 「何?!」 「プロでもそんなん無理だろーが……」 「俺達に時間はないんだ、文句言うなっ! ビシッ!」  修ちゃんに演技でビンタする。 「痛いっ!? で、でも、わかりました! コーチ!」  熱血スポ根少女のノリだった。  修子ちゃんである。 「キモッ」 「いや、しかしなかなか上手いぞ……」 「――神戸、恐ろしい子!」 「真鍋先輩、それはもういいですから……」  1時間後に集合と約束して、いったん解散することになる。  皆、コピーした台本を持って、校内の静かな場所へと移動する。 「兄さん、いっしょに練習しませんか?」 「ん? いいよ」  七凪の言葉に従い、沢渡兄妹は行動を共に。  部室から離れた一階にやってきた。  七凪の教室だ。 「では、兄さん始めましょう」 「七凪はどの役を狙ってるの?」 「もちろん、ヒロインです」 「あー、妹ね」 「ええ、遺産を狙う義妹です」 「強気でドジっ子で、ツンデレ気味だけど最後にヤンデレになる最強ヒロインです」  色々と盛りすぎだったかも。  そのせいで脚本が大変だった。 「なので、兄さんには相手役をお願いします」 「あいよ。どのシーンでもいつでも来るがいい!」  俺は台本のコピーを机に放り出す。 「? 兄さん、台本なしでやれるのですか?」 「はっはっはっ! 当然だよ七凪くん!」 「何しろ俺は半月もかけて、これを書き上げたんだからな!」 「もう~、全ての~台詞は~インプット済みさ~~~♪」  その場で華麗にターンする。 「……ミュージカルちっくになってるのが気になりますが、わかりました」 「では、ラストシーンの裏切りが発覚して罵倒されるヒロインをやってみましょう」 「七凪を罵倒するのか……」 「いつもとは真逆なシチューエーションだな! 演劇ならでは~♪」  今度は二回ターンした。 「私はそんな怒りんぼキャラじゃないですよ兄さんこの野郎」  ナナギーは自分のキャラを把握していなかった。  ともあれ始める。 「――ああ、お前は財産目当てで俺に近づいたんだな、この野郎!」 「――ごめんなさい、ごめんなさい……」 「――許さない! お前なんかサイテーだ! 死んで詫びろ、この野郎!」 「――うう、そんな……今はこんなにも愛してるのに……」 「はーい、カット」  カチンコの代わりに手を叩く。 「兄さん、何かおかしいですか?」 「うーん、おかしくはないんだけど」 「このヒロインはさ、落ちぶれた貴族の末っ子なんだよ。超お嬢様なんだよ」 「もっと、か弱い感じが良くない?」 「え? 私の原案では捨てられた孤児院の子が成り上がるって、設定だったんですけど……」 「ちょび~~っと、変えた♪」 「正反対じゃないですかこの野郎!」  原作者と製作者の間で対立が起こった。  よくある話である。 「だいたい、兄さんの主人公の演じ方もなってないです」 「えー。ウソん」  今度はこっちに矛先が。 「ここはもっと激しく罵倒しないと盛り上がりません」 「言葉と声で殺す勢いで、やってください」  怖いことを言う妹だ。 「プロでもないのに、そこまで求められても……」 「私がやってみせますよ」  七凪は一度咳払いをした後、おもむろに口を開き、 「――ああ、兄さんはお金と身体目当てで、私に近づいたんですね、この野郎……!」 「――許さない、許さない、許さない! 100回死んで誠意を見せろ! 許さないけどなこの野郎!」 「こんな感じです」 「台詞、変えすぎだよ、七凪さんっ!」  しかも兄さん言ってるし。 「その方が感情が入るので」  真に迫りすぎて怖いです。 「わかったよ! よくわかんないけど俺土下座するよ!」  とりあえず床に正座する。 「……兄さんはもっとプライドを持ってください」 「ストップ・ザ・土下座で」  妹に腕を引っ張られてまた立ち上がる。 「でも、台詞はともかく、七凪の演技には迫力があった……」 「七凪はこっちの役を狙った方がいいな!」 「ごめんこうむります」  満面の笑顔を浮かべて、拒絶された。 「兄さんは、だいたい女性相手だと少し弱気すぎます」 「優しい兄さんも好きですけど、たまには強気で私を激しく求めてください」 「さらっと、エロいこと言わないで妹よ」  そうでなくても今二人きりで、ちょっと意識してるのに。  少し汗ばんだ、七凪の素肌とか色っぽくて。 「? 兄さん、さっきから私の胸元ばかり見てませんか?」  妹が視線で俺を非難してくる。 「いえいえ、そんなめっそうもない」  ぶんぶん首を振ってごまかす。 「んー?」  七凪がちょっと意地悪な顔をして笑う。 「えい」  いきなりぎゅっと抱きついてきた。 「あ」 「ほら、兄さん……」  七凪の身体に俺の固くなったモノが当たってしまった。  バレてしまった。 「もう、エッチですね、兄さんは……」 「兄さんは妹と二人きりでいるだけで、ここがこうなっちゃうんですね……」 「ち、違う」 「今だけ、たまたま生理現象的に……」 「兄さんの変態……」 「ひどい」  しょんぼりと頭を垂れる。  でも下は力強く反り返っている。  本当に言うことを聞かない愚息であった。 「もう、このままじゃ恥ずかしくて部室に戻れませんね……」 「あ、ち、ちょっと」  ふにふに  そう言って七凪は俺の股間に手を触れる。  まさぐるようにマッサージされる。 「ふふ、気持ちいいですか? 兄さん?」 「い、いいけど、ヤバイよ、七凪……」  呼吸がだんだん乱れてくる。  俺は今コントロールされている。  快楽によって、妹の制御下に兄はいた。 「あ、駄目ですよ、兄さん」 「そんなに切なげな顔しちゃ……」 「私、兄さんのこと、もっとイジメたくなっちゃいます……」 「ふふ……」 「七凪さん、そのこれは……」  まさか人生において妹の足に性器を蟹挟みされる日が来るとは。  想定外にも程がある。 「今日は私が兄さんを可愛がってあげますよ」 「これイジメられてる気が激しくするんだけど」  そんなこと言いつつ、妹のパンツ見えちゃって固くしている兄。  ……変態ですみません。 「おとなしく気持ちよくなってくださいね♪」  亀頭を軽く擦りつつ笑う。 「あ、ち、ちょっと待って」  ふいの刺激に戸惑う。 「ふふ、兄さん何を取り繕うとしているのですか?」 「気持ちいいはずですよね? こんなにおっきくしてるんですから」  ぎゅむっとニーソを履いた足に亀頭をつままれ、思わず反応してしまった。 「ビクンビクンしてます……」 「そりゃするよ。ツンツンされただけでも反射反応は起こるわけで……」 「それって棒でつつかれてるのと変わらないって言いたいんですか?」  ちょっと不満そうに七凪は口を尖らせた。 「そうは言わないけど……なんか独特な感触だし」 「どんな感じですか?」 「……もどかしい」 「それだけですか? なんだか少しずつ硬くなってきてますよ?」  きゅいっ、きゅいっと足の指が両側から揉みこむように交互に動く。 「ぱんつが見えてて、こういうアングルで見るのが新鮮かもしれない」 「そんなところ……見てたんですね」  腰の張り出し方が、見えてしまっているから見せつけているに変化したように感じた。 「食いこんでいるのとかが、いいんですか?」 「あ、ああ……足を動かすたびに、くにゅっ、くにゅってスジがよれて……触りたくなる」  って、なんでこんな尋問に答える感じになってるんだ。  なんか、段々本当に気持ちよくなってきたかも……。 「そんなに詳細な解説を……」 「兄さんはやっぱり変態さんですね……」  なじられてしまった。  でも、よけい興奮したかも。  って、やっぱり変態なのか俺は。 「エッチな人はこうです、えい!」 「うぁっ!」  亀頭を片足で押さえつけられた状態で、もう片方の足が裏スジを何度も往復した。 「気持ちいいんだ?」 「七凪さん、もう少し兄の立場というものを、考え――くっ」 「そんなこと言って、おつゆが出てきてますけど?」 「そこをシゴかれたら普通出るんです!」  尿道口から珠のように膨らんだ我慢汁を、ニーソの指先が亀頭全体に塗り広げていく。 「はっ、あっ……ぁっ!」 「すごいです。兄さんが喘いでます……私が兄さんを気持ちよくさせてるっていうことですよね」  玉袋からお尻の穴までくすぐるように右のつま先が移動していく間も、左足は裏スジをこすりあげている。 「ち、ちょっと休ませて!」 「まだまだダメですよ」 「兄さんの新たな性癖を開発するのも妹の仕事だと思いませんか?」 「思いませんっ!」  言葉では抵抗しているのに、愚息はかなり気持ちいいという絶望的矛盾に襲われている。 「助けて! 妹に犯されるッ!」 「イッちゃえばいいと思います♪」  きゅっきゅっきゅいっきゅいっとシゴきが激しくなる。かすかに濡れたニーソの摩擦が特殊すぎて……。 「はぁはぁはぁっ……あっ! あっ、まさか……ヤバイ! で、出るっ!」 「えっ!?」 「ひゃんっ!」  ちょうど七凪の指が亀頭をくるんだ瞬間だった。  まさかの早さで噴きだした精液が、ニーソの表面を走ってペニスと足の隙間から溢れた。  跳ねあがったせいで、その後の射精が無軌道に飛び散る。 「っ……はぁ……はぁっ……はぁっ……」  ……なんということだ。  足でされて……しかもこんなに早く……。 「兄さんすごい……足でもこんな風に出しちゃうんですね」 「ほんの前戯のつもりだったのに……」 「……早くてすみません……」  気持ちよかったけど、泣きそうな俺。 「そんなにしょんぼりしなくても」 「私は嬉しいですよ。兄さんを気持ちよくしてあげられる方法がまた一つ増えたんですから」  いや、この方法は続けられるとトラウマになるかもしれない。  もしくは、逆にハマってしまうか……。 「もっと可愛がってあげますからね~」  まるで子どもをあやすように言いながら、七凪は制服のボタンに手をかけた。 「お、おお」  妹が何とお胸に俺のモノを挟んでくれていた。 「ど、どうですか?」 「わ、私の胸だって、これくらいできるんですよ、気持ちいいですか?」  七凪のツルツルとしたきめの細かい肌をペニスを通じて感じる。  それに、体温、弾力。  そして、何より。 「ん、んっ、兄さん……」 「はぁ、ん、兄さん、気持ちいいですか……?」  ナイ胸で一生懸命、俺にご奉仕する妹の姿。  健気すぎる。  何より、その事実に興奮してしまう。 「兄さん、何とか言ってくださいよ……」 「え? あ、ごめん」  つい見とれてしまった。 「あんまり良くないですか?」 「そんなことないよ、すごくいいよ」  手をのばして、妹の髪を撫でる。 「あ、ん……」 「あ」  七凪の乳首が固くなってきた。  それがペニスを通じてわかる。 「もしかして、七凪も気持ちいい?」 「あ、いえ、その……」 「兄さんに触れると、いつも感じちゃいますから……」  可愛いことを言う。  あ。 「あ……」  俺のモノまで大きくなってしまった。 「兄さんだって、こんなに大きくなってます……」 「妹のおっぱいに挟まれて、大きくしてます……」 「だ、だって、そんなの」  当たり前だ。  こんな状態で固くしない男などいない。 「兄さん、もっと、大きくしてください」  こすこすと七凪が、胸を裏スジに刺激を送ってくる。  汗ばんだ妹の肌の感触が、どうしようもなく気持ちいい。  早くもまたイかされてしまいそうだ。 「七凪も気持ち良くなってごらん」  お返しのつもりで、妹の乳首に触れるようにペニスを動かした。 「あ、やん」 「兄さん、今は私が……はぁっ、んっ!」  七凪は自分が感じながらも、俺の股間へのマッサージも忘れない。  やわらかい壁と汗と精液のまじった潤滑油で、快楽がどんどん送り込まれてくる。 「あ、こ、このままだと」 「何ですか? 兄さん」 「七凪の顔にかかっちゃうから、そろそろ……」 「何を言ってるんですか、兄さん」 「そんなこと、気にしなくてもいいんです」 「えー? ダメだよ、お前の顔に、そんな」 「こんなに可愛い顔に、そんなことできないよ」 「ふふ、兄さんはこんな時にまで、私を褒めてくれるんですね……」 「ほら、いいから、イッてください」  言って、妹は俺のペニスを胸で強くはさむ。 「な、七凪、出る、本当に出るよ?」 「はい、来てください」 「私に、兄さんの――ください」 「くっ!」  肛門から背筋にかけて、電流のような射精感が駆け抜ける。 「あっ! 兄さんっ!」 「な、七凪……!」  普段のマスターベーションとは比べ物にならないくらいの精液が、妹を汚した。 「に、兄さん……」 「……いっぱい、でましたね……」  妹が俺の白濁液を付着させたまま、微笑する。  すごい光景だ。  エロすぎる。  これだけでまた勃ちそうなくらいだ。 「ご、ごめんな」 「……馬鹿ですね、謝らないでくださいよ」 「じゃあ、ありがとう」 「……兄さん、そろそろ私も……」  妹はもじもじしだす。  無理もない。  俺は2回出したけど、七凪はまだイってないからな。 「うん、……じゃあ、俺の上に乗ってくれる?」 「上……いわゆる騎乗位というヤツですね」 「そんな言葉まで知ってるんですね……」 「……ふふ、兄さんのために勉強したんですよ」  七凪はなんとも蟲惑的な微笑を浮かべると、立ち上がった。 「ああ……」  俺の上にまたがった七凪がペニスをゆっくりと膣の中へ入れていく。 「妹が自分にまたがってるって……なんか興奮する」 「私は、なんか申し訳ないような、恥ずかしいような……」 「こういう挿れ方だと、また感じ方が違うかも」 「私も、なんだか串刺しにされているみたいで、おなかの底から熱くなってくる感じがします……」 「く、串刺しは、ちょっと怖いな」 「……もうっ、リアルに想像しないでください」 「ごめん」 「んっ!」  ずっ……ずっ……と奥へと入っていたペニスが、残りの数センチを一気に呑みこまれた。 「ふぉっ!」 「ふふっ……兄さん変な声出ましたね」 「急だったから、びっくりした……」 「はあぁぁ……すごく、存在感があります。私の中に兄さんがいる……これは、本当にすごいことです」 「私が動いていいんですか?」 「うん。任せる」 「じゃあ……っ……んっ……んっ」  七凪は手始めにといった感じで前後に動きはじめた。 「もう、兄さんの方に垂れていってしまうくらい、濡れてしまってます」 「ああ、しょりしょりいってる」 「兄さんとこすれるの……これ、気持ちいい……っ……ぁっ!」  前屈みになった時、クリトリスがこすれてしまったのだろう。  七凪はびくんとして一瞬固まった。 「は、ぁ……上に乗ると……こうなんだ……」  なにか納得している。  膣内での当たり方とか、なにかあるんだろうか。 「こういう動き……っ、んっ……兄さんは、っ……どうですか」 「もう七凪が動いてるだけで気持ちいいっていうのが正直なところ」 「それは、ちょっとハードルが……っ……低いというか……じゃあ、こういうのはっ……んっんっ!」  少し腰をうねらせるようにしたみたいだ。 「あ、あっ……いい、これいいな」 「じゃあ、もっと……っ」  動きがどんどん大胆になっていく。主導権を握ると七凪はすごく思い切ったことをするんだな。 「……兄さんの……私の中で……ぁっ! あっ! いろんな、方を向いて……っ! んう!」 「わ、私が動かしてるのに、あちこち……ふぁっ! 攻められてるっ……みたいっ……んっく!」 「七凪のおま●こに何度も食べられてるみたいだ」 「っ……わ、私の、兄さんを食べちゃう……っ……っ……あっ! ふぁっ!」  言葉で興奮したのか、七凪はまた愛液の量を増やした。 「んっ、んぅ! ごめんなさい、はしたない音、いっぱいです……っ……あ、あっ、ぁんっ!」 「全然謝ることじゃないよ。どんどんエッチになっていいんだ」 「はいっ……んっ、あっ! あっ! 兄さん……兄さんも乳首勃ってる……」 「えっ!?」  驚いて見ると本当に小さくピコンと勃起していた。 「クリクリしても、いいですか?」 「お、おお……」  七凪の手が伸びてきて、指先で円を描くように俺の乳首を撫でまわした。 「っ……!」 「ビクンってした……気持ちいいんだ……っ……私と一緒です」 「まさか寒い時以外にこんな風になるとは……」 「乳首もこんなに固くさせて、兄さんはえっちですね……っ……んっ、んっ、んぅっ!」 「そんなことを口にする妹さんはもっとえっちです」 「じゃあ、二人揃って……」 「ああ……」  じゅぷ、じゅぷ……と派手な音が響く。 「誰もいないってわかっても、変になりそうです。……っ……この音が、ずっとずっと残って……みんなに聞かれてしまうんじゃないかって……」 「音が残ったら俺たちの声なんか全部聞かれちゃうな」 「っ!? ……そんなのっ……んぁっ! あっ! だめですっ」  いやいやと首を振る七凪がかわいい。 「この机も誰かの借り物だし、七凪の出したとろとろの汁が染みこんでしまうかもしれない」 「あっ……ぁあっ! ちゃんと、拭きますからっ……んっ、あっ、あっ!」 「兄さん、なんか意地悪ですっ……私が変になるって言った途端……っ……んあっ!」 「七凪の喘ぐ顔を見たいっていう気持ちが、思わずそうさせてしまうんだと思う」 「~~~~っ……ずるい……私が兄さんを喘がせるはずだったのに……」  そんな計画だったんですか……。  恐ろしい。 「充分気持ちよくて声が出るのを我慢するのも大変だって」 「我慢できるレベルじゃ、負けな気がします……私はさっきから、全然、我慢できてません……」 「もっと、頑張ります……!」 「うあっ!」  今までの刺激をまた超えた肉のうねりが襲ってきた。  突きおろすような腰の動きに、ダンスの動きみたいな腰全体の揺らぎが加わっている。 「んっんっんっんっ! ……んぁっ! これっ……私も……はひっ! ……あ、あぁっ! あっ!」 「七凪も、気持ちいいんだな?」 「はいっ……ふぁっ! あっ! 一番っ、奥っ……奥に、はぁはぁっ! こすれる時……すごいのっ……んぁあ!」 「あっ……あっ……ひぁ! 兄さんっ……兄さんっ……私、もうっ……!」 「俺も、イクから……っ……一緒にっ」 「は、はいっ……んっ、んぁっ……あん! ……っ……あ、あっあっぁああっ!」  俺はペニスが脈を打つのを感じる。  三度目の射精感。  俺は――  七凪がイク、そう感じて、俺も我慢の堰を切った。 「ふぁあああぁぁあっ!! ……っ! あっ! っ! ……ひっ……あっ……! 来てるっ……ふあっ! あっ!」  妹の中にたっぷりの精液を注ぎこんでいる。 「すごい……ぁっ、あっ……っ……」 「っ……はぁっ……はぁっ……」 「兄さん……大好きです……」 「ああ……俺も、七凪のこと、大好きだよ」 「……えへへ……」  七凪がイク、そう感じて、俺は自分の腰を跳ねあげて、その反動でペニスを抜いた。 「んあぅ! あっ……っ……!」  裏スジに七凪がクリトリスをこすりつけてくる。それがお互いにトドメになった。 「ぁっあっ! ふあっ! ああああぁぁああっ!!」 「くっ、出る!」  びゅぅぅぅっ! 真上に噴き上がった精液が、七凪の身体に雨のように降り注ぐ。 「はんっ! ……ぁっ……あっ……っ……くっう! 出てる……びしゃびしゃ……いっぱぁい……」 「はぁはぁっ……はぁ……」 「……兄さん……」  七凪が射精を終えたモノをゆっくり撫でまわした。 「う、あっ……」 「兄さんの精液の匂い……覚えちゃいました……」  行為の後、しばらく俺達はお互いを抱きしめながら放心していた。  その後、速攻で衣服を整え、練習の続きを行う。  で。  オーディション終了。  厳選な審査の結果、七凪はヒロインの相手役(兄)と決定した。 「おめでとう!」 「おめでとう!」 「何でですか――っ?!」 「――ああ、お前は財産目当てで俺に近づいたんだな、この野郎!」 「――許さない! お前なんかサイテーだ! 死んで詫びろ、この野郎!」  配役が決まって、一週間。  七凪は毎日、部活が終わってからも練習をしていた。 「お二人とも、どうでしょうか?」 「と、とってもいいと思うわ。ねえ? 拓郎さん」  母さんが戸惑いながらも無難なコメントをする。 「ああ、俺思わず土下座しそうになった」 「兄さんはまたプライドなしですかっ?」  妹に「もっと誇り高く生きろよこの野郎」と目で言われた。 「それにしても、拓郎さんと七凪は、今年は面白いことをするのね」 「母さん、今年は学園祭に行ってみようかしら」 「はい、是非! チケットはありますから!」  ぱぁっと妹の笑顔が咲き誇る。  すごく嬉しそう。  七凪は家族イベントが大好きなのだ。 「拓郎さんも、いい?」 「――え?」 「だから、私がお邪魔してもいいかしら?」 「も、もちろんですよ」  突然、母さんから話しかけられて戸惑う。 「俺にわざわざ聞かなくても、いいに決まってます」 「そ、そうね……」 「ふふ、ごめんなさいね」  不器用な笑顔を俺に見せた。  母さんは七凪によく似たキレイな人だ。  とても優しくて、そんなところも七凪に似ている。  そんな人にこんな笑顔をさせてしまっている俺は、俺自身に嫌気がさした。 「すみません、そろそろ部屋に戻って寝ます」 「そ、そう?」 「え? まだそんなに遅く――」 「おやすみなさい」 「あ、兄さん!」  俺は素早く立ち上がって、居間を出る。  まるで逃げ出すようだと自分でも思った。 「はぁ……」 「くそ、何やってんだ。俺の馬鹿……」  せっかく母さんの方から話しかけてくれたのに。  どうして、もっと普通にできない?  ――だって、本当の家族じゃないから。  そんな言葉が頭に浮かぶ。 「ふざけんなっ!」 「10年も世話になってて、何を言って――」  ――それくらいのことで足りるものか。 「黙れよっ!」  心の中にいるもう一人の俺に向かって、怒鳴った。 「兄さん?! ど、どうしたんですか?」 「あ……」  妹がいきなり入ってきた。 「……何を怒ってるんですか?」  不安そうな目をしていた。  俺が不安にさせてしまった。  すまない気持ちでいっぱいになる。 「……ごめん」  謝る。  それしかできない。 「驚かせてごめん。誰にも怒ってない。気にしないで」 「でも……」 「ごめん、頼む」 「これ以上は聞かないでほしい」  本当のことは言いたくないし、七凪にウソはつきたくない。 「……わかりました」 「でも、何か悩んでるなら、いつでも相談してくださいね」  妹はようやく笑顔になった。 「私は兄さんの妹で、彼女なんですから」  ぎしっと音を立てて、ベッドに座る。 「そうだな、ありがとう」  俺も妹の隣に座った。  そして、髪を撫でた。 「兄さん、ごろごろ」  俺の胸の中に顔を埋める。  猫化して甘えてくる妹を包み込むようにして抱いた。  心の中の瘴気が消えていくのがわかる。  穏やかで優しい気持ちになった。 「七凪」 「何ですか?」 「好きだよ」 「知ってますけど」 「うん、言いたかっただけだから」 「そうですか」 「ごろごろ」  今度は俺のももに頭をのせてくる。  膝枕状態。 「七凪は甘えんぼうだな」  言って髪を梳いてやる。 「そうですよ。知らなかったんですか?」 「知ってたけど」 「これから先もずっと甘える予定です」 「いくつになっても、兄さんは兄さんで、妹は妹ですから」 「うん、いいよ」  そうあることを俺も望む。 「でも、お母さんがいるから、前よりは甘えられないです」 「それが今は残念です」 「それは――仕方ないかも」  母さんはまだ俺と七凪のことを知らない。 「それで……兄さんにお願いがあります」 「OKだ」  即答した。 「まだ何も言ってませんよ」  くすくすと笑う。 「どうせ、七凪の言うことを俺は拒否できないしな」 「……その言葉を聞くと、まるで主従関係のようです」 「七凪お嬢様」 「やめてくださいこの野郎」 「それで、頼みって何?」 「はい、明日のお休み」 「また、海に行きたいです――」  七凪と二人でまた海に出かけることにする。  せっかくなので、今度は泳ごうと海水浴場に行くことにした。  が。 「……今日はどんだけ暑いんですかこの野郎」  海に着く前に妹はすっかりメゲていた。 「兄さん、退却する勇気も時には必要ですよね」  もう帰る気満々ですか。 「いいけど、このまま帰るとただここまで汗をかきに来ただけになるな……」 「海が激しく気持ち良さそうなんだが」  ギラつく太陽を、受けてキラキラ輝く海原を目を細めてみる。 「確かに、涼しそうですね……」  ナナギーも海に入りたそうだった。 「七凪、気分は悪くない?」 「ええ、暑くてちょっと疲れただけです」 「じゃあ、兄さんがおぶって行ってやる。それなら楽だろ?」 「――え? い、いえ、何もそこまで」  手のひらをこっちに向けて左右に振る。 「遠慮しないで、はい」  屈んで背中を妹に向ける兄。 「ほ、本当にいいですったら、歩いていけます」  頑なに拒まれる。  兄心の妹知らず。 「……うう、七凪がお兄ちゃんを避けてる……」  地面にうずくまって落ち込んでみせた。 「ち、違いますよ! 避けてませんっ!」  あせあせと焦った妹が慌てて、兄のそばへ駆け寄る。 「でも、ナナギー、兄の背中なんか乗れるわけねーだろ、この野郎って……」  背を丸めたままイジけてみせる。 「そんなこと言ってないですよ――っ!」 「いいんだいいんだ、どうせ、俺なんて、髪型変だし、妹にも頼ってもらえないダメ兄貴なんですよ」 「どうぞ、この駄兄と笑ってくださいっ!」  アスファルトに生えた雑草を指先でつつきながら、新しい言葉を提案する。 「わかりましたよ! お、おんぶしてくださいっ」  妹はついに折れる。  背中を向けたままニヤリと笑う俺。 「ささ、ではどうぞっ!」 「な、なるべく、すぐ降ろしてくださいよ」  恥ずかしそうな声を出して、七凪が俺の背中に。  妹をおんぶするのは超久し振りだ。  兄、歓喜! 「ひゃっほーっ!」  はしゃぎながら真夏のロードを疾走する。 「に、兄さん、恥ずかしいから大きな声は――」 「七凪、サイコー!」 「どーして、名前を呼んじゃうんですかこの野郎!」 「こんなトコ、知り合いの方に見られたら――」  と。 「おー、しゃわたりくんとしゃわたり妹やん!」  早速素敵なTシャツを着た知り合いに遭遇した。  急停車。 「小豆ちゃん、ちゅーす!」  七凪をおぶったまま礼をする。 「仲いいね!」 「いやー、妹が甘えちゃって……」  俺は照れつつも面倒見のいい兄貴を演出する。 「そっかー」 「兄さん、さくっとウソをつくんじゃありませんよ、この野郎!」  妹はみーん、と俺の両耳を引っ張った。 「あ痛たたたたたたっ! じ、じゃあ、小豆ちゃん、また!」  再び走り出す。 「降ろしてええええええええっ!」 「うわー、もうあんな遠く……」 「それにしても、マジ仲いいな、あの兄妹……」  七凪を背負って全力で走ること10分。  俺達はついに海水浴場に到着する。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  だが、俺はすでに疲れ切っていた。 「き、着替える体力もね~~……」  砂浜にへたりこむ。 「当然です」  妹は憮然とした顔で俺の隣に立っていた。 「この暑い中、私を背負ってここまで走れば普通そうなります」 「で、でも、おかげで七凪は疲れなかったでしょ?」 「疲れなかったですけど、目立ち過ぎですっ」 「ほら、周りの皆さんが、私達をチラチラ見てるじゃないですか……」  七凪は周囲を見渡して、嘆息する。 「渚の七凪は素敵だからね!」 「悪目立ちですよ、この野郎」  ジト目でにらまれた。  ごめんなさい妹。 「――お待たせしました」  七凪が水着に着替えてやって来た。 「あれ? また学園のなの?」 「はい」 「兄さんのニーズになるべく合わせようという、妹心です」 「えー……」  ブルマ好きなら、スク水も好きなんだろうという配慮らしい。  ナナギー、兄ちゃん今色々な意味で泣きそうです。 「さあ、兄さん行きましょう」 「人気のないところへ」 「ごふっ?!」  七凪の発言に手にしたパラソルやらレジャーシートを落としそうになった。 「何を驚いているのですか?」 「だって、七凪が変なこと言うから……」 「これも兄のニーズに合わせたつもりなんですけど」 「あざーす!」  妹の心遣いに俺は今度こそ落涙した。  前回七凪と来た場所にまた移動してくる。  お盆近くで元々人が少ないせいか、ここには誰にもいなかった。 「兄さん、良かったじゃないですか」  周囲を見渡した七凪が微笑する。 「な、何がっ?」 「今なら、妹にエッチなことしまくりですよ」 「俺は妹にエッチなことをするのをいつも狙ってる兄ですか?!」  普通の妹ならドン引きだ。 「兄ってフツーそうなんじゃないんですか?」  きょとんとした顔で聞かれる。 「違う。それは絶対に違うぞ、ナナギー」  それは絶対一部の人達だけのはずだ。  そう切に願いたい。 「じゃあ、兄さんはどうなんですか」  ふりふり  言いつつ七凪は小ぶりのお尻を振る。  ちょっと誘うのはやめて妹よ。 「お、俺はフツーの兄ですよ」  平静を装う。  装っている時点で、もうアウトな気もするけど。 「本当ですか~?」 「ちょっと?! 七凪さん、何を……」  水着の股間の辺りを撫でられた。 「今、虫がいたんですよ」  可愛い笑顔でウソをつく。  この小悪魔は……。 「は、はうんっ!?」  変な声が出た。  亀頭を擦られた?! 「ああ、兄さん、少しここ腫れてますね……大丈夫ですか……?」  わざとらしく心配する。  思いっきり、お前のせいだ。 「兄さん、ほら、ツラくありませんか……?」  ぎゅっと握られる。 「うう、か、勘弁してください、七凪さん……」 「ええー? このままやめたら、困るのは兄さんなんじゃないんですかー?」  くすくすと笑う。  酷い。弄ばれている。  三度、陵辱展開になる。 「兄さん……もう、意地を張らないでくださいよ……」  俺のモノを握ったまま、七凪が身体を起こす。 「しばらくしてませんでしたから……」 「私が兄さんの、お世話してあげます……」  耳元で甘い妹ボイスでささやかれる。 「お、お願いします……」  兄はあっさりと攻略された。 「ふふ……もっと大きくしてもいいんですよ?」 「もう限界まで大きくなってるんですけど……」  七凪が俺の身体に覆い被さるようにまたがっている。 「兄さん、スク水好きだからガチガチなんですよね?」 「黙秘します……」  少し意地を張る 「素直じゃないですね……」  しゅっしゅっと手を上下させながら、思案した七凪がちょっと笑った。 「この感触を味わえばそんな強がりも言っていられなくなるんじゃないですか? たとえば、こうして……」  七凪は胸の膨らみを亀頭にこすりつけてきた。 「あうっ……」 「濡れてるから、しょりしょりしますよね。これ、気持ちいいですか?」 「うん……なんか変な感じだけど、気持ちいい」 「私もです……んっ」 「は、ぁっ……これは、兄さんを感じさせる前に……ふぁっ……私が、困ったことになりそうです、ね……」 「自分でコントロールできなくなっちゃいそう?」 「大丈夫です。兄さんが上り詰めていけるように、がんばりますから……っ」  一定のリズムで手がペニスをシゴき続ける。  硬さは七凪の言う通りガチガチだ。  だんだんシゴかれるのが気持ちよくなってくる。 「兄さんのがびゅっびゅってするまで、私がリードするんです」 「もしかして、前教室でした時、優位に立つことの快感を知ってしまったのか……」  普段でも妹に頭があがらないのに、エッチまで女性上位なのはなぁ。 「……でも、兄さんだって、アレはよかったですよね?」 「そうだけど……」 「兄さんはエムですよね」  性器をいじられながら、ほがらかに言われた。  返答に困るよ、ナナギー。 「はい最初は、ゆっくり……」  亀頭に唾液を垂らし、それを塗り広げるように手で包んで刺激してくる。  しかも、時折玉袋まで撫でてくるのだから、末恐ろしい。 「兄さんは先っぽの刺激、好きですか?」 「……嫌いなヤツは、いないと思う」 「じゃあ、唾液たっぷりでくちゅくちゅしますね」  宣言通り、とても妹の手とは思えない卑猥な動きの刺激が来た。 「っ……ぅあっ!」 「いっぱい、いっぱい、触ってあげますからね」  七凪は自分の言葉に煽られて興奮を高めているようだ 「そんな体勢でやってると……っ……顔にも身体にも盛大にかかっちゃうぞ」 「……もちろん、そうしてくれた方が……私は嬉しいです」 「七凪……立派な変態に育ってしまって……」 「兄さんの妹ですから」  そう言われるとなにも反論はできなかった。 「兄さんは私にかけたくないですか?」  言いながら、七凪が股間から下腹部にかけてを俺にこすりつけてくる。  まるで本当は子宮にもほしいとおねだりしているみたいだ。 「内緒……」  妹に面と向かって、精子かけたいとか言えないです。 「……いいですよ。最後は、兄さんの思うままに」  シゴキの速度を上げながら、七凪は目の輝きを強めていった。 「すごく硬く、赤くなって……痛く、ないですか?」 「大丈夫、だ……っ……むしろ、もっと……」 「もっと速く、強く、ですね?」 「そうだ……まだ、足りない」 「はいっ。……っ……えぅっ」  さらに大量の唾液を追加して、七凪は泡立つほどにペニスをシゴいていく。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……あっ……!」 「兄さん……っ……兄さんっ」  波の音に混ざって卑猥な水音が響く。 「な、七凪っ……あ、あっ! 七凪っ、もう!」 「我慢しないで、兄さん……たくさんっ……出してくださいっ」 「うあぁあぁ!」  七凪がシゴき続ける中、大量の精液が噴きだした。 「あっ……ぁっ! ……ああぁっ……」  想像通り、顔にも身体にも、精液が降り注ぐ。  スク水の上にぶちまけられると、精液は妙に映えるらしい。 「兄さん、すごいです……相変わらず……」 「はぁ……はぁっ……はぁ……」  まだ手がゆっくりと上下に動いている。  七凪の手が残りの汁をひりだすように裏筋を下から上へと圧迫する。 「ナナギーがエロいから……」 「そうやって人のせいにして……」 「いや、俺よりナナギーのが変態だと実は以前から俺は確信していた」 「そんなこと確信しないでください」 「じゃあ、今度は交代してみよう」 「え? 交代というと……」 「こういうこと」 「うう、兄さん、顔が近いですよ……」 「恥ずかしいです……」  七凪の股間に顔を埋めて、グッと鼻を股間に近づけた。 「ナナギーへの御奉仕のためにやるんだから我慢して」 「決して俺の希望じゃなくて、ナナギーのためなんです」  と嬉しそうに言う。 「全然説得力がないですね」 「うん、俺も今そう思った」  言いながら、大きく鼻から息を吸う。 「ゃっ……か、嗅いでる!?」 「うん」 「~~~っ、やっぱり私の兄さんは生粋の変態です……」  生粋すか。 「あ、息が当たって、ん、やっ……」 「足の力抜いて、七凪」  きゅっと脚が締まりかけたが、俺の頭がそれを阻止した。 「すっごく、恥ずかしいです……っ」 「恥ずかしがるナナギーは可愛いな」 「うう、兄さん、意地悪です……」 「七凪、いくよ」  七凪の脚の力が若干緩くなった。  その隙に、顔をまた前へ進めて割れ目に吸いついた。 「ふぁっ……! 兄さんっ……」 「感じてるね」  熱のこもった吐息と共に、そんな言葉を送りこむ。 「は、はい……何だか、すっごく……」  といっても、鼻先をくっつけているのだから、必然的に匂いにもまみれることになるが。 「兄さんが、満足するまで……どうぞ、しゃぶってください」  妹の口からそんな言葉を聞いて、また愚息が熱く充血しはじめた。  七凪は俺に休む間も与えてくれないということか。 「んっ……んぅっ……くちゅっ」  唾液を送りこみながら、舌で満遍なくねぶっていく。 「あっ……はぁっ……兄さんの舌がっ……んぁっ! 動いてるの……わ、わかり……ますっ……んひっ!」 「ぁ、ぁっ……なんかっ、すごく、複雑に……ひぁっ! 唇も、使ってるから……? はっ、あっ、あっ!」 「少し、おしっこも洩れてるかな」 「ぇっ!? そ、そんなこと……くひっ! そ、そこっ……そこのっ穴ぁっ! あっ、あっあっ! ふあぁあっ!」  尿道口の小さな窪みを舌先で揺さぶるようにノックすると、若干のしょっぱさを感じた。 「漏らしてなんかっ……んぅ! なんか……いませんっ……はぁはぁっ……あっ、ひっ!」 「じゃあ、こっちに……じゅくっ……舌、入れてみようか」  さらに下にさがって、二人が繋がるための穴に狙いを定める。 「は、はい……お願いします……っ」  ぬぷ……と舌先が入る。その直後、キュッと舌が締めつけられた。 「は、入って……ふっ、あっああぁん!」 「や、あっ……あぁっ……に、兄さんに……ふぁっ! んんっ……食べられてる、みたい……んっ、ぅぅう!」  そんな風に感じているなら、と口をモグモグさせてみる。 「あっあっあっ! ほんとにっ! ……っく、あぁあ!」  その間も舌は膣内に潜りこんだままで、ほじくり返すような動きを繰り返していた。  もっと舌が長ければ奥まで行けるのに、なんとももどかしい。 「兄さんっ……兄さ、ぁあ! お口、お口離してっ……」 「兄さんの、お口の中にっ……ふっ、あっ! あっ! とろって、出ちゃう……っ!」  それはもう舌先で感じていた。  とろみのある愛液がかなり多めに分泌されてきているのだ。 「いいよ。出せばいい」  塞がっている口では聞き取れる言葉にならなかったかもしれないが、しゃべったことで女性器全体をほぐしてしまったようだ。 「っ……あっ!」 「……ああ、 に、兄さん……もう、あっ……」  七凪の頬が羞恥に赤く染まった。  かなり恥ずかしいのか。 「兄さんの、激しすぎますよぉ……」  身体全体が小刻みに震えだした。  口を離すと、その勢いで愛液が股間を伝っていった。 「はぁっはぁっ……ふはっ……あ、ああぁ……」  急に解放されて、風に晒されたのまで感じてしまったのかもしれない。  目の前でヴァギナがいやらしくヒクつくように蠢いた。 「に、兄さん……」  七凪は荒い息をしながら、そっと恥丘に手を置いて、キュッと手前に引っ張った。  俺のチ●ポと同様に、待ちきれなくて充血し、勃起した突起が顔を出す。 「兄さんに早くしゃぶってほしくて……こんなに、なっちゃってます……っ……」 「ああ……」  ゆっくりと、舌をそこに伸ばした。 「ひぅぅぅっ! ね、根本……からぁっ! ぁっあっ! あっ!」  七凪が感じた通り、根本に舌先を当てて揺さぶりをかけた。 「はっはっはひっ! グリグリ、だめっ……ふぁっあぁっ! あっあっあっ! んあああぁっ!」 「行くぞ……」  宣言してから、舌でれろれろと突起の上を往復する。  その速度を徐々に速めていった。 「ひっ、あっ! あっああぁあああぁぁあぁ! それっ……しゅごっ……ひっ……あ、あっあっ! 飛んじゃう! 飛んじゃう!」  ビクンッと身体が跳ねたところで、唇全体でクリトリスを覆う。  じっと止まって、小刻みな七凪の震えが収まるのを待った。 「……っ……ぁっ……はぁ……はぁ……あ、はっ……」  口の中で、円を描くように舌を動かし、クリトリスを立たせる。  おっぱいを吸うように、くちゅくちゅと吸引した。 「ひあぅ! ……ぁっ、あっ! あくっ! ちゅぱちゅぱ、されてるっ! うああぁぁあ! 兄さんっ……兄さんっ」  吸いながら、舌の先では突起をぎゅ、ぎゅ、と軽く押していた。 「ああっ、あああぁう! やっ、はっ! はひっ! に、兄さっ……わた、私っ……イッ――あ、あっ! ああぁっ!」 「だ……めっ! あっあっくぁ! ああっ! イクッ! イッちゃうのっ……うっああぁあああっ!」  唾液と一緒に音を立ててクリトリスを吸いあげた。 「ふああぁぁあああぁああぁっ! イッ――く、ひっ……っ……っ! ……んんんっ!! ……っ……はっ」 「はぁっ……はふぁっ! はぁっ……!」  ビクッ……ビクッ……と身体を跳ねさせる七凪の下腹部に手を当てて、優しく撫でた。 「ふぁっん! ……あ、あっ……はぁっ……」  少し顔を離すと、七凪の股間は俺の唾液と七凪の愛液の混ざった汁で、てらてらと光るほど濡れそぼっていた。 「七凪……俺、七凪の中に挿れたい」 「……っ! ……は、い……」  その言葉でまた軽くイッたようだ。  のろのろと起きあがった七凪が、四つん這いになって俺にお尻を突きだす。 「あ、ああああ……!」  ぬぷぬぷと勃起したペニスが愛液まみれの膣に埋まりこんでいく。  こんな突きおろしてくださいと言わんばかりにお尻。  いやおうナシに俺の雄としての衝動が湧き上がってくる。 「身体苦しくない?」 「はい……私の中に兄さんがいるって……幸せで、きゅんきゅんしてます……」  この締めつけはそういうことか。 「兄さんは、どうですか?」 「ああ……ヤバイくらいだよ。七凪は中もエッチなんだな」 「中もエッチとか、そんなの嫌です……」 「そんなことない。ナナギーはエッチですごく可愛いよ」  ぐぐぐっとチ●ポを引き抜いて、それからまたゆっくり挿入していく。 「はあああぁぁぁ……っ」  ぢゅぷ、と音が鳴って根本まで埋まりこんだ。亀頭の先っぽは奥まで辿り着いているだろう。 「まだ……っ……さっきの余韻が、残ってて……んっ……」  ビクビクッと小さな波が来た。 「我慢することはない」 「はい……兄さんも、思いっきり……」 「ああ」  といっても、本当に思いっきりやってしまったら七凪に苦痛を与えてしまうだろう。  俺は七凪の様子を見ながら、ピストンの速度を少しずつ上げていった。 「あっ……あっ……ふ、ぁっ……兄さん、優しい……っ……」 「はぁっ……はぁっ……あっ、ぁっ……ん、ぁっ! ここに……っ……んぁっ!」  七凪が自ら腰を動かして、二人同時に気持ちよくなれる場所を示してくる。 「こう、かっ」 「あんっ……そ、そうです……んぁう! い、いいっ……兄さんの、感じて……あ、はっ……はぅあ! ぎゅりぎゅり、入って……くるっ!」  ちょうど締めつけられて狭く感じる肉の道を、亀頭が掻き分けるように進む。何度も、何度も、往復する。 「……っ……ふぁっ! あっ! あっ! に、兄さんっ……お願いっ……身体、支えて……あっ、あっ!」  お尻の位置を上げ直そうとしているのに、俺の突き入れに負けて、段々地面にべったりとついてしまいそうになる。 「七凪!」  七凪のお尻をグッと自分の腰に引き寄せた。  勢いよく挿入されて、パンッと大きな音が鳴った。 「ひあぅ!」  プシャッと下半身にかかる熱い液体があった。 「んああぁっ!」 「はんっ! あっ、あっ! なに……なんか、これっ……ふぁっ! あっ! あぁんっ!」  感じすぎているのか、七凪は混乱しているようだ。  少なくとも俺は変わったことはしていない。  ていうかもう出そうだからラストスパートレベルの速度になっている。 「ひひゃっ……あっ、あっ! なんか、またっ……んあっ! 出ちゃう! あっ、あっあ! ふああぁぁっ!」 「七凪……そろそろ、出すからな……? 大丈夫か?」 「は、ひっ……来てっ……くだひゃいっ。……んっ、はっ……ふぁあ! あっ、あっあっぁっん!」  もう小刻みにイッているみたいだ。 「はぁっはぁっ……はぁっ……七凪っ七凪っ」 「はっ、あっひ! 兄ひゃんっ……んぁう! も、もう……変になっひゃう! ぁっ! ……あっ! あぁああ!」 「うあぁっ!」  七凪のお尻に完全に腰を打ちつけて一番奥深くまで突いた。  その直後、射精がはじまる。 「ふぁぁあ、ああ……ぁ、ぁあ、ぁ、あぁっ……あひっ……」 「……っ……っ! ……ふっ、あっ……あっ……!」  静かな、耐えるような絶頂だった。  身体が何度もビクンッビクンッと断続的に跳ねて、その長さを物語っている。  ゆっくりと七凪のお尻を撫でると、きゅっとお尻の穴が締まった。 「……きもち、よかったです……」 「ああ……最高にかわいかったよ、七凪」 「ふふ……」 「ナナギー、かけるぞっ……!」 「ふぇっ!? かけっ……」  七凪がちょっと慌てた。 「くっう!」  握りこんだペニスからスク水のお尻から背中にかけて、大量の精液が飛び散っていく。 「ひんっ! あっ、あっ、あっふっ!」  背筋を襲った精液の感覚で、敏感になっていた七凪はまた小さくイッてしまったらしい。 「酷いです兄さん……」 「えっ……だ、ダメだった?」 「ダメじゃないですけど……中にほしかったです……」 「それは、すまなかった」 「今日は諦めますけど……でも、また何度でもしてくれますよね?」 「ああ、もちろん」 「ごちそう様」 「美味しかったです」  二時くらいまで泳いだ後、七凪と駅前まで出てきた。  ウインドウショッピングに付き合った後、ファミレスでお茶を飲む。 「そのパフェ、七凪の口に合った?」  ここは安いけど味もそれなりにチープだ。 「もちろんです」 「兄さんといっしょですから」  う。  また俺の妹が可愛いことを言いやがりましたよこの野郎。 「ふふ、兄さん真っ赤です」  わざとかい。 「七凪、兄をからかわないでください」  少し顔をしかめる。照れ隠し。 「からかってはいませんよ」 「本当に兄さんといっしょだと、何でも美味しいんです」 「……もう騙されないっ」  ぷいと他所を見る。 「ふふ、兄さんはもっと真っ赤になりましたよ?」  兄は妹に敵わなかった。 「ん? あれ? おいお前、片瀬? 片瀬じゃん!」  ――片瀬  突然、旧姓で呼ばれて、俺は反射的に通路側に立つヤツを見る。  俺と同い年くらいの男が人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。 「? え?」  誰だ? 全然見覚えが――  あった。 「豊田? お前、豊田?」 「おお! 何だ、お前まだ生きてたか!」 「たりめーだろ! お前も元気そうじゃんか!」  互いに拳と拳をぶつけて、ぐいぐい押し合った。  荒っぽい挨拶。  施設の男子共は皆こうだった。 「10年振りか? 何だよ、おめーぜってー施設に戻ってくるって言ってたくせによー」 「え?」 「お、おい」  その話は今はしないで欲しい。  七凪の前でだけは。 「ん? 何だよ、お前、今こんな可愛い子と付き合ってんの? こんちはー、俺、こいつの古いダチでさ」  俺の思惑など知らない豊田は、七凪に例の人懐っこい笑みを向けた。 「は、はじめまして」  戸惑いながらも七凪も挨拶する。 「沢渡七凪と申します。その……妹です……」 「――!?」  七凪の言葉を聞いて、豊田の表情が瞬時に変わる。 「沢渡? 妹? お、おい、片瀬」  豊田が俺と七凪を交互に見る。  そして。 「そうか……」 「まだ沢渡なのかよ? お前……」  豊田の俺を見る目はどこか悲しそうだった。  同じような境遇の者同士が共有する感情が、今手に取るようにわかる。 「あ、あの」 「兄さんが、どう――」 「お前なんかが、片瀬の家族面してんじゃねええええっ!」  興奮した豊田がテーブルを力任せに殴った。  グラスが倒れ、床に落ちて割れる。 「きゃっ?!」 「豊田っ!」  俺は気がついたら、立ち上がって豊田の胸倉をつかんでいた。 「に、兄さん、ダメですっ!」  七凪が必死に俺の腕にすがる。 「お、おい、片瀬……?」 「何でだよ……?」 「何で、お前が、この女をかばう……? どうしてだ? 片瀬……」  俺に胸倉をつかまれたまま、豊田は呆気にとられた顔をする。 「……俺は沢渡だ」 「もう、片瀬じゃない」  俺は豊田を放して、うつむく。 「……そうか」 「……でも、お前……そんなの……悲しすぎんだろ……」 「……しょうがねぇけどよ……」 「そうしないと、生きられねぇしな……俺達……わかるけどよ……」 「……畜生……!」  豊田は拳を握りしめる。  肩が震えていた。 「悪い、豊田」 「今は、帰ってくれ」  旧友の顔を見れないまま、頼んだ。 「……わかった」 「たまには、施設顔出せよ。昔の仲間、結構そのまま残って働いてるんだ」 「わかった」 「きっとな。じゃあな」  豊田は入り口に向かって歩いていく。 「……兄さん」  七凪が顔をあげて、俺を見る。  その顔からは血の気が引いていた。 「怖がらせてゴメンな、七凪」  努めて優しく笑った。 「そ、そんなことより、兄さん……」 「さっきの人が言ったこと……」 「兄さん、施設に帰りたかったって……」 「違う」  すぐに否定した。 「あれは施設を出る前不安で言っただけだ、俺、まだ子供だったし」 「で、ですけど……」  俺の説明に七凪はまだ納得していないようだった。 「どうしてあの人は、私をあんなに嫌ったのですか?」 「それも、私が沢渡の家の人間と知った途端に……」 「それは――」  答えられない。  10年間黙ってきた。  一生何があろうと七凪には知らせないつもりだった。  それがどうして、今になって。 「答えて、ください……」  目の前で妹が俺をじっと見つめる。 「あの人は兄さんのお友達ですよね? 私と会う前からの」 「あの人は、兄さんのために怒っていました……」 「私をまるで、兄さんの敵みたいに……」  七凪の瞳にみるみる透明な液がたまる。 「七凪は俺の妹だよ」 「敵のわけがない、絶対に」 「だったら、教えてください……」 「兄さんは、私に、何を隠して……るんですか?」  頬を涙がつたう。  泣かした。  俺は妹を泣かしてしまった。  泣かしたくなくて、黙っていたのに。  結局、泣かしてしまった。  くそ。  俺は唇を噛む。 「兄さん……」 「兄さん……!」 「お帰りなさい」 「――え? 母さん?」  泣きじゃくる七凪を何とかなだめて、自宅に戻った。  まだ夕方なのに、母さんが帰ってきていた。 「あら? 七凪、どうしたの?」 「泣いてるの?」 「……あ、いえ、そ、その……」  返答に窮する。 「拓郎さん?」 「は、はい」 「事情を知っているなら、話してくれますか?」 「……」  今度は俺が答えに迷う。  事情を話すということは――七凪に本当のことを教えるということだ。  10年間守ってきた秘密。  七凪を守るために、一生胸にしまうと決めた秘密。  鮮明に覚えている。 『拓郎くん、あの子は本当に身体が弱くて……私もあの子に負担はなるべくかけたくないの……』 『ごめんなさい。本当に勝手な私達の都合で、だけど……』 「それなら僕からお願いがあります」 『な、何?』 「僕がどうしてこの家に来たのかは」 「ずっと、あの子には内緒にしてください」  あの時、俺は母さんにそう告げて、自分自身に誓いを立てた。 「――先ほど、兄さんのお友達にお会いしました」  俺が逡巡してる間に七凪が口を開く。 「拓郎さんのお友達?」 「兄さんと同じ施設の方のようです」 「そう……」  母さんが目を伏せて、肩を落とした。  その言葉だけで全てを察してしまったかのように。 「私が沢渡の人間と聞いて、最初は笑ってたその方は急に怒り始めて……」 「まるで、私が兄さんを傷つけたように私を責めて……」 「私、すごく悲しくなって……」 「……」 「お母さんは、何か心当たりはないですか?」 「七凪、待って」  俺は七凪の言葉を遮ろうとした。 「ごめんなさい。待てません」  だが、七凪は譲らなかった。 「私は兄さんの家族です」 「兄さんのこと、好きな人のこと知りたいって思っちゃダメですか……?」  真正面から見据えられる。 「ダメじゃない。ダメじゃないけど……」  キレイな理屈だけでは処理できない物事がこの世にはたくさんある。  出来れば、そんなモノをお前には見せたくない。 「七凪、お前には知ってほしくない」 「どうしてですか?」 「知ったからと言って、今さら何かが変えれるわけじゃない」 「それなら、知らないほうがいい」 「そんな、そんなの一方的です!」 「私はただ兄さんに甘えたいだけじゃありませんっ!」 「兄さんが苦しんでいたら助けてあげたい! 兄さんを守ってあげたいんです!」 「ありがとう。でも、これはもう済んだことだから……」 「いいえ、拓郎さん」 「それは――違います」  しばらく沈黙を守っていた母さんが、声を発した。  その声はいつものように優しい穏やかなモノではなく、毅然としていた。 「か、母さん?」  まさか。  言うつもりなのか? 「七凪」  母さんは七凪の方に向き直り、居住まいを正した。 「はい」 「貴方、拓郎さんのことが好きなのね?」 「……はい」 「兄妹としてだけでなく、一人の男性としてという意味よ?」 「……はい!」 「……わかったわ」  母さんはひとつだけ息を吐き、言った。 「それなら、教えてあげるわ」 「か、母さんっ! ダメだっ!」  思わず大きな声を出した。  この人にこんなことをしたのは、たぶん初めてだ。 「いいえ、この子が本気で拓郎さんを好きだというのなら」 「これからいっしょに居たいというのなら、知らなくてはいけないことです」 「貴方だけが重荷を背負うのは、おかしいわ」 「俺のことなら構わないです!」 「いいえ……」 「元々、ずっと内緒にできることではなかったのよ……」 「そんなの虫が良すぎなの……なのに、私は貴方の厚意に甘えてしまったわ……」 「ごめんなさい……」 「そんな言い方はやめてください……」  ソファーに座りうつむき肩を震わせてる母さんはひどく小さく見えた。  今まで俺や七凪を育ててくれた人は、こんなにも弱々しくか細かったのか。 「あ、あの、お母さん……?」  七凪の声に母さんはまた顔を上げる。  唇をまっすぐに引き結び、姿勢を再び正す。  必死に気丈に振舞おうとしていた。 「七凪、ウチがどうして拓郎さんを引き取ったのか、貴方はその理由を知りません」 「それを今から教えます」 「え? で、ですが、それは」 「お母さんとお父さんが、相談して身寄りのない子供を一人でも救おうと……」 「それに私が兄さんを欲しがってたからって……」 「違います」  母親は七凪の口にした『表向きの』理由を即座に否定した。 「ウチは共働きで、それなりに余裕はあります」 「でも、あの頃の私達には、男の子をもう一人育て上げるほどの経済的余裕があるとは思ってはいませんでした」 「お父さんもお母さんも、拓郎さんを引き取るのはそれなりの覚悟が必要だったのよ」 「え……」  真実の一端を聞かされて、七凪は驚きの声を上げる。 「それでも、私達はどんなに無理をしてでも、拓郎さんを引き取りたかったの」 「ど、どうしてですか?」 「それは――」 「母さん、やめてくれ! そんな話、今さら蒸し返したって……!」  俺の懇願にも母親は無言でかぶりを振った。  その目には微かに涙が浮かんでいた。  その時、俺は知った。  この人も俺と同じで10年間耐えてきたのだ。  俺と擬似家族を演じることに。  それでも自身の責任と向き合っていたんだ。  そうわかったら、何も言えなくなった。 「七凪、よく聞きなさい」 「は、はい」 「私達が拓郎さんを引き取ったのは」 「私達が拓郎さんのご両親を死なせたからよ」 「――え?」  母親の言葉を聞き、七凪は一瞬黙り込んだ。  目を見開く。  上手く言葉を発せられないのか、口をぱくぱく動かす。  そして、瞳から涙が。  とめどもなく。 「…………ウソです……よね?」  最初に出た言葉は現実の拒否。 「本当です」  だが、それはすぐに跳ね除けられる。 「わ、私のお父さんと、お母さんのせいで……」 「兄さんのご両親が……?」 「お父さんが運転する車が、前方不注意で……」 「横から来る軽自動車に追突したの」 「車には拓郎さんのご両親が乗っていて……」 「そ、そんな……」 「ドコにも身寄りのなかった拓郎さんは事故の後、施設に預けられたわ」 「私とお父さんは、どうしても責任を取りたくて、少しでも罪を償いたくて……」 「渋る拓郎さんに何度も会いに言って、お詫びして、来てもらったのよ……」 「私達の贖罪のために」 「あ、ああ……」 「でも、今にして思えば……」 「そうすることで、私達が楽になりたかっただけかもしれないわね……」 「勝手な話ね……」  母さんは両手で顔を覆う。 「う、ひっく、う……」 「わ、私達、家族のせいで兄さんを、一人ぼっちにしたのに……」 「そんな兄さんに、私、甘えて……」 「新しい家族ができたって、喜んで……」 「私達が、兄さんから家族を奪っておいて……!」 「そんな……ひどいこと……」 「ごめんなさい、兄さん、ごめんなさい……」 「私を許して、ください……」 「うわあああああああっ!」 「……七凪!」  俺はたまらず七凪を抱きしめた。 「ごめんなさい、ごめんなさい……」 「お前は何も悪くない。泣くな」 「だ、だけど、兄さん、本当はツラかったはずなのに……」 「この家には、居たくなかった、はずなのに……」 「私を妹になんか、したくなかったはずなのに、ずっと我慢して……!」 「馬鹿、そんなわけあるか……」  ずきずきと胸が痛む。  妹の涙声が、心に突き刺さる。 「……許してください……」 「お願いだから、謝らないで、七凪……」  その声を聞いてるだけで、俺も泣いてしまいそうだ。 「ひっく、うっ、うっ……」 「う、あっ、うっ……」 「うわあああああああああああああああっ!」  七凪は俺の腕の中で泣き叫んだ。  俺はそんな七凪をただ抱きしめることしかできなかった。 「……」  七凪はいつまで経っても泣き止まなかった。  ずっとついてあげたかったが、一人で部屋に閉じこもってしまう。  俺がドア越しに何度話しかけても、「ごめんなさい」としか言わない。  それが何よりも、悲しい。 「俺、いないほうがいいのかな」  少なくとも、今はそうだろうな。  俺を見ると七凪は、また泣き出してしまうだろうから。  七凪とずっといるなら、いつかは話さなければいけないこと。  母さんはそう言ったけれど。  こんな風になるくらいなら――  落ち込んでいるところに、無遠慮な着信音が鳴る。  ケータイを手に取る。  計だった。  少しだけ迷って、出た。 「もしもし」 『お計さんです』 「うん」 『タクの心のマドンナ、真鍋計です!』 「キャーマナベサンステキ……」  超ローテンションで答えた。  棒読み。 『ありゃりゃ、元気ないの?』 「うん」  素直に答えた。 『理由、聞いていいすか?』 「あ、えっと……」  考える。 『それは大変だ!』  言う前に同意された。 「早っ」  会話になってなかった。 『どーしても話したくなかったら、話さなくてもいいけど』 「けど?」 『電話は切らないで』 「え? 何で?」 『ダベろうよ』 『無意味なこと、しょーもないこと、何でもいいよ』 『一人で、落ち込むのはツラいっしょ?』 「……」  ちょっと感動した。  普段、アホなことばっかり言ってるくせに。  たまにカッコいいですね、真鍋さん。 「あのさ」 『うん』 「七凪にバレちゃった」 『え?』 「何で、俺がこの家に来たのか、さっき母さんが話したんだ」  俺はすがってしまった。  ただ一人、真実を知っている友人に。  重い話につき合わせてすまないと、心で詫びた。 『……そっか』 『それはなかなかヘビーですね、沢渡さん』 「超ヘビーです。ヘビー級です」 『ダンプシーロールですね』  それはデンプシーだ。 『ナナギー、どうしてる?』 「泣いてる」 『わちゃあ、女泣かせですね、ふざけんなですよ、沢渡さん』 「ごめん」 『いや、タク悪くないけど』 「どうやって慰めたらいいか、わからない」 『じゃあ、あたし、ナナギーに電話してみよっか?』 「あ、うん。頼む」 「俺が話しかけると、泣いて謝るばっかりで、却って苦しませるから」 『痛々しいね……。可哀想』 「七凪は何も悪くない」 『うん』 「だから、あいつが、苦しむのは、おかしいんだ……」  憤りを胸に抱えたまま言葉を紡いだ。  声がつまる。 『その通りですよ、沢渡さん』 『あ、それからさ』 「ん?」 『もちろんタクも何も悪くないからね』 『だから、タクが苦しむのもナシだよ?』 「……」  不意打ちの温かな言葉が心に染みた。 「……ありがとう」 「本当にありがとう」  心から礼を言う。 『いやいや』 『友情ってヤツですよ、沢渡さん』 「お前、いいヤツだよな」 『でしょ?』 「見た目だって、いいし」 『でしょでしょ?』 「何で、彼氏出来ないんだろうな」 『余計なお世話ですよ、沢渡さん!』  憤慨していた。 『じゃあ、七凪に電話するから切るね』 「よろしく頼む」 『あ、そうだ』 「ん?」 『……事故の原因もバレちゃったの?』 「いや、さすがにそれは母さんも話してない」  それこそ七凪の責任ではないことだ。 『だよね。良かった』 『じゃね』  計との会話が終わった後、俺はしばらく自分のケータイを見つめていた。  心が少しだけ軽くなっていた。  俺も計みたいに、七凪を癒してやれればいいのに。  俺はベッドに倒れこんだ。 「七凪……」  どうか、苦しまないで……。  それだけを願う。  覚醒と睡眠の狭間で、久し振りに『未来』を視た。  ――俺が、沢渡の家を出る未来だった。 「……おはようございます」 「おはよう、拓郎さん。早いのね」  次の日の早朝。  結局ほとんど寝れなかった俺は、五時に居間に入った。 「母さんも早いですね」  テーブルに座りながら言葉を落とす。 「眠れなくて……」 「同じです」 「コーヒー淹れましょうか」 「はい」  しばらくすると、母さんが俺の前にコーヒーカップを置いた。  母さんと二人だけで過ごす朝。  何年ぶりかわからないくらい、久し振りだ。 「拓郎さん」 「はい」 「七凪には、拓郎さんの言う通り話すべきではなかったようね……」 「……そうですね」  コーヒーカップを手につけないまま、答えた。 「だけど、拓郎さんは将来、七凪をお嫁さんにもらってくれるんでしょ?」 「え?」  カップに伸ばしかけた手を止めた。 「付き合ってるって思ってたんだけど……。違うの?」 「はい」 「付き合ってます」 「ちゃんと言ってなくて、すみません……」 「いいのよ。七凪からはずっと聞かされていたもの」 「兄さんのお嫁さんになります、認めてくださいって……」 「それ、子供の頃の話じゃないですか」  苦笑する。 「いいえ、緑南学園に入ってからも、私と二人きりの時はしょっちゅう言っていたわ」 「マジですか……」  アイツは。  どこまでブラコンなんだ。  まったく、お前は……。  目頭が熱くなってくる。 「拓郎さん、私はね、もしそうなったら、許可するつもりでいたの」 「ただ、あのことを内緒のまま、というわけにはいかないってずっと思っていたわ」 「結婚するということは、お互いが支えあうこと」 「七凪が一方的に甘えるだけではダメ」 「だから、あの子にも拓郎さんと同じように真実と向き合って欲しかった……」 「……母さんの言ってることは、正しいかもしれません」 「でも、七凪にはまだ早かったです」 「そうね。あんなに傷付くなんて……」 「七凪が、俺に泣きながら謝るのが……俺……」 「たまらなく、ツライです……」  声が震えた。胸が苦しい。  自分の存在が妹を苦しめていると思うと、泣きたくなってくる。  この世界から、消えたいと思ってしまう。 「軽率だったわ。ごめんなさい、拓郎さん」 「母さんまで、謝らないでください……」  俺は両手で組んで、下を向いた。 「……」  静かに扉が開いた。  俺と母さんはそろって、そっちを見た。 「お、おはようございます……」  バツが悪そうに、朝の挨拶をする。  真っ赤に泣きはらした目をした妹が、そこに立っていた。 「な、七凪……」  すぐにでも立ち上がって、抱きしめたかった。  でも、それが怖くてできない。  今の七凪は、ヒビの入ったガラス細工のような、危うさがあった。  抱きしめたりしたら、壊してしまう。そう感じた。 「……昨日は……取り乱して……」 「お二人に心配を……」 「いいのよ」 「突然、あんな話をしてごめんね」 「いいえ……」 「私が沢渡の家の人間である以上、知っているべきことです」 「……そうでないと……私、ずっと嫌な子のままでした……」 「そんなこと……」  そんなことない、と心の中で何度も言った。  だけど、言葉が出ない。  何を言っても、また泣かせてしまいそうで。  俺は、もう妹が泣くのは見たくなかった。 「何か飲む? オレンジジュース? コーヒー?」 「コーヒーをください」 「ブラックで」 「え?」  七凪がブラックコーヒーを欲しがるなんて初めてだ。 「特に大きな意味はないんですが」 「大人っぽいことしてみたいんです」 「そうしたら、少しでも早く大人になれる気がして……」 「私、強くなりたいんです、少しでも……」  七凪はそう言って、薄く笑った。  明らかに作り笑いだった。  大人になりたい、強くなりたい、か……。  それは悪いことではないけれど。  そんな言葉を言う七凪が、とても痛々しい。  ――俺はお前を守ってやれなかったのか? 「く……」  悔しさと悲しさで唇を噛みしめる。 「兄さん」 「兄さん?」  !? 「あ、な、何だい?」  急に話しかけられて、緊張した。 「今まで、ありがとうございました」 「え? な、何で?」 「何で、そんなことを急に言うんだ?」  まるで、お別れの前のような。 「あ、これもそんなに大きな意味はないです」 「ただ、今まで本当にいっぱい優しくしてもらえたので」 「そのお礼を言いたかっただけですから」 「そ、そうか」 「でも、そんな水くさいことは言わなくていいから」 「これからも俺達は、何も変わらない」 「……」  一瞬の逡巡の後、 「……そう、ですね」  妹はまた弱々しい微笑みを浮かべて、言葉をぽつんとこぼす。 「はい、コーヒーのブラックよ」  七凪の前にカップが置かれる。 「ありがとうございます」  ゆっくりと冷ましながら、妹は黒い液体を口につけた。 「……」  顔をしかめる。  でも、そのまま飲み続ける。  まるでそれを飲むことが、大人になるための儀式だというように。 「――ああ、お前は財産目当てで俺に近づいたんだな、この野郎!」 「――ごめんなさい、ごめんなさい……」 「――許さない! お前なんかサイテーだ! 死んで詫びろ、この野郎!」 「――うう、そんな……今はこんなにも愛してるのに……」  夏休みも残すところ数日。  学園祭のための準備も、かなり進行した。  機材の準備は完全に終わり、後は放送劇を仕上げるだけだ。 「ほーい、カット!」 「うん、いいんじゃないか?」 「七凪ちゃん、上手。パチパチ……」 「ありがとうございます」  俺と七凪は表面上はいつも通りだった。  でも、どこか壁を感じる。  七凪が俺を「兄さん」と呼ぶ回数は極端に減ってしまった。  俺に遠慮している――そんな風に感じられた。 「どうした? 拓郎」  いつの間にか俺の後ろに立った修二に肩を叩かれた。 「え? 何がだ?」 「何がじゃねーし。お前、最近、気合入ってねーだろ?」 「あー、そう見える?」 「誰が見てもそーだっての」 「すまん」 「別に謝らなくてもいいけどよ」 「何かあったのか? 七凪ちゃんと」 「……何故、七凪が出てくる?」 「ん? 七凪ちゃんが原因だろ?」 「何故、わかる……?」 「誰が見てもそーだっての」  そうなのかよ。  他の皆にもそう思われてるのかな。  急にここに居づらくなった。 「悪い、ちょっと出るわ」  修二にひらひらと手を振る。  風にでも当たってこよう 「あいよ」 「……」  あてどもなくしばらく校舎を徘徊した後、屋上に来た。 「おー、涼しいじゃん」  夕風に髪を揺らしながら、歩いた。  アンテナを眺めながら。  俺達の青春の象徴、フォールデッドダイポールアンテナ。  夏休み前は、アレを使うことにとてもわくわくしていた。  でも、今はそういう感じがしない。  妹のことが心配で、せーしゅんどころではない。  青春とか言ってられるのは、日々の生活が安定してこそ。 「幸せだったんだな、俺……」  つくづくそう思う。  幸せってのは、失くしてから気付くモノだと誰かが言っていた。  今はその言葉が、身に染みる。 「――ここだったか」 「探したぞ、沢渡くん」  後ろからの声に、視線を再び水平に戻す。  青春娘が視界に入った。 「何をこんな所で黄昏ているんだ、沢渡くん」  いつか聞いた台詞に、どきりとした。  この子に似た人に初めて言われた言葉。  その人が不甲斐ない俺を叱りに来たように思えた。 「別に黄昏てない」 「涼んでただけだ」 「そうか、確かにいい風だ」  三咲は俺のそばまで歩いてくる。  長い髪が揺れていた。 「何か用? 俺の練習ってもう終わったよ?」 「ご挨拶だな」  形のいい眉を寄せて、にらむ。 「キミが心配だから、様子を見に来たんじゃないか」 「心配って、俺は別に――」 「七凪くんとケンカしたのなら、キミが謝っておけ」  何か言う前にもう答えが出ていた。 「何故、俺が悪い前提なんだよ」 「違う。沢渡くん、キミは思い違いをしているぞ」 「え?」 「悪い方が謝るんじゃない」 「キミが謝るんだ」 「何ですか、それは」 「七凪くんが謝るより、キミが謝っていたほうがしっくりくる」 「世界が平和な感じだ」 「ひでぇ」  苦笑しつつも、そうかもなって思う。  七凪が俺を「この野郎」って怒って、俺が「ごめんごめん」と謝る。  それが平和な沢渡兄妹の日常だった。 「悩みがあるなら、言ってみたまえ」 「お互い、秘密を共有した仲じゃないか」 「何か言い方がイヤらしいな」 「それは、キミの頭の中がイヤらしいせいだな」  酷い言われようだ。  しかし、相談と言っても三咲には計ほど俺の境遇を教えていない。  そこをぼやかして話すのも難しい……。  あ。 「ひとつだけ、相談っていうか聞きたいことが」 「三咲にしか、聞けないことだ」 「聞こう」  風になびく髪を押さえながら、三咲が俺を見る。 「未来視で視たことって、実現するじゃん」 「実現する可能性があるだけだ。絶対じゃない」  ああ、そうか。  こいつは未来視だって覆せるって考えるヤツだったな。 「でも、特に俺が覆すようなことしなかったら」 「高い確率で実現するよな?」 「……まあ、経験則からいくとそうだと思う」 「だが、それでも絶対じゃないとは付け加えさせてもらうがな」  あくまでも未来は自分で切り開く派の三咲らしい回答だ。  だが、三咲も確率が高いことは認めた。  それなら。  俺はもうすぐ、沢渡の家を。 「あ、いた。おい、タク!」  流々に呼ばれて、考えるのを中断した。 「おう」  振り返る。 「何だ、せっかく沢渡くんに口説かれていたのに」 「マジかよ?!」 「超絶にウソだ」 「そこまで強く否定されると、さすがに微妙な気分になるな……」  三咲が息を吐く。 「遊んでねーで、タク、今日はもう七凪連れて帰れ」  え? 「七凪がどうかしたのか?」 「さっき立ちくらみで倒れそうになった。睡眠不足っぽいぞ」 「何っ?! すぐ行くっ!」  あいつはただでさえ身体が弱いのに。  俺は速攻で駆け出すと、流々の横を抜けて屋上を出る。 「おーい、そんなに大したことは――って、もういねぇし」 「あいつ、ナナギー絡むとホント、心配症だぜ……」 「ふふ、それだけ大事なんだろう」 「いいお兄さんじゃないか」 「まあな……」 「七凪!」  部室の扉を乱暴に開く。 「七凪、無事か?!」 「兄さん」  窓のそばのパイプイスに腰掛けている妹が顔を上げた。 「倒れそうになったって?」  すぐに駆け寄る。 「い、いえ、もう平気ですので」  妹が焦り気味に答える。 「でも、少し顔色が」 「お兄さんお兄さん、そんなに心配しなくてもいいって」 「タクロー、どうどう」  先輩にぽむぽむと肩を叩かれる。  馬じゃないっす。 「練習中にちょっと疲れちゃっただけです」 「少し休んだから、もう平気です」 「そ、そうか」  少しだけホッとした。 「大事とって、もう休めって言っても、まだ続けるって言うからよ」 「お兄さんに連れて帰ってもらおうと……」 「そうさせてもらえ、七凪」  言って頭を撫でようと、手をのばす。 「……っ」  一瞬、七凪の表情がこわばった。  拒絶――なのか?  俺は手を止めた。  妹に触れる勇気が、今はない。 「……帰ろう」  腕を引っ込めた。 「はい……」  妹は俺と目を合わさないまま、席を立った。 『次は、江東橋前~、江東橋前~』 『お降りの方はブザーでお知らせください――』  七凪と二人でバスに乗る。  乗客は俺達だけ。少し前なら、降りるまで七凪としゃべり通しだった。  今は、何も話さない。いや話せない。 「……」  ――俺達、今まで何を話してたっけ?  そう思ってしまうくらいに、何も思いつかない。 「……」  隣に座る七凪を見る。  七凪はずっと窓の方に顔を向けていた。  その横顔に話しかけることが、今はとても難しい。  遠い。  すぐ隣にいるのに、今は七凪がとても遠く感じる。 「……く」  悔しい。  俺は七凪がとても大事で、いつも笑っていて欲しいのに。  いつだって、元気に明るくいて欲しいのに。  そう願ってるのに、実際には俺への罪悪感で妹を苦しめている。  何も気に病まなくていいんだ。  今まで通りでいいんだ。  そう伝えたい。  でも。 「……」  俺はそれを伝える術を持たない。  あの日、俺の口から何度も語りかけたのに、妹は扉越しに「ごめんなさい」を繰り返すだけだった。  涙声で。  もう、俺の言葉では届かないのか。 『次は、鳴尾神社~、鳴尾神社~』 『お降りの方はブザーでお知らせください――』  俺達の作り出した沈黙に、アナウンスの声が割り込む。  その瞬間、また未来からのメッセージが届く。  俺が沢渡の家を出る未来イメージ。  普段なら憂鬱になる未来視。  だけど、今はそれが忠告のように思えた。  妹のことを、真に案じるのなら家を出ろと―― 『でさ、鈴木先生にお前に会ったこと話したらさ、すげー懐かしがって泣いちまってさー』 『鬼みてーに怖かったのによー、やっぱもう歳だよなー』  夏休みが終わって、二週間ほど過ぎた放課後。  いきなり豊田のヤツから電話が来た。  俺の携帯番号、施設の名簿に載ってたか。 『いつお迎えが来るかわかんねーしさ、だから誘ってんだぜ?』 『お前も来いよ!』 「……考えとくよ」  昔の仲間の誘いを邪険にもできず、あいまいな返事を返した。 『きっとだぜ! じゃあな!』  俺の言葉を額面どおりに受け止めた豊田は、明るい声のまま電話を切った。 「またきっと電話あるんだろうな……」  次はちゃんと断らないとな。  でも、あの鈴木先生が俺に会いたがっているのか。  俺は施設にいた頃、随分やんちゃして世話をかけた。そのたび容赦なくぶん殴られたが。  会ってはみたい。  会って、あの頃言えなかったお礼とお詫びをしたい気持ちはあった。  もうかなりの高齢だし、そんな機会ももう訪れない可能性もある。 「ん? 沢渡くん、じっと自分のケータイ見つめてどうしたの? メール?」  気がつくとそばに祥子さんが立っていた。 「俺、メールってほとんど使わないんだ」 「電話かけちゃった方が早い」 「あはは、男の子ってそういう人、結構いるよね」 「ちょっと意外なヤツから電話あってさ、そんで考え事してた」 「お友達?」 「……まあそうかな」  今ではもう随分立場は違うが。  あいつは施設にそのまま就職してもう社会人。俺はまだ学生だ。  それでも、共有できる感情はまだ多く残っていた。 「何か困ったことでも相談された?」 「困っちゃいないけど……まあ色々ですよ」  そんな風にしか言えなかった。 「おー、拓郎、そろそろ部室行くか?」 「沢渡くん、学園祭まであと3日だからな!」 「タク、気合入れて行こうぜ~」  放送部の仲間達が俺の席の周りに集まってきた。  そうだ、あと3日だ。  部室には七凪もいるだろうし、少しずつでも以前の俺達を取り戻さなくては。 「あいよ」  俺は席を立つ。 「皆、さあ行こうぜ!」 「了解だ!」  副部長の流々に続くように皆で出口へと。 「祥子さん、また」  手を振りながら俺も歩いていく。 「うん、頑張ってね~」 「むむ、眼鏡っ子とさりげなく仲良くする、沢渡さん発見!」 「御幸、こいつはエロスの権化だから気をつけろよ」 「えー?! ひいぃぃっ?!」 「違うわ!」  怯えちゃったじゃないか。 「こんちは~」 「さあ、皆の衆、練習だ~」 「あれ?」  部室を見渡して、俺は声をあげた。 「こんにちは……」  先にいた南先輩が、俺達に目礼する。 「南先輩、七凪はまだですか?」 「? 今日はお休み」 「早退するって、メールが来た」  早退? 「タクローには来てないの?」  南先輩の言に、俺はケータイを取り出す。 「来てない……」  これはちょっと、いや、かなりのショックだ。 「あ、いや、その……そんなに気にするな、沢渡くん」 「そ、そうだぜ、たまたま送り忘れただけだって」  仲間達がヤケに気を遣う。  今回のことだけではなく、最近、俺と七凪がギクシャクしてるのを知ってるからだ。 「え、えーと、と、とにかく、練習しよっか?」 「だ、だなっ! 間違えたヤツはまたジュース奢りルールな!」  計と流々がわざとらしくはしゃいでみせる。  幼馴染ーズにまで気を遣わせてしまった。 「あ、いや、ごめん」 「俺、今日は帰るよ」 「七凪が気になるから」  今日こそちゃんと話してみよう。  そう、決心した。 「ん」 「それがいい……」  南先輩がこっくりと頷いた。 「ああ、沢渡くんの出るシーンはもう仕上がっているし」 「安心して、七凪くんの看病をしてこい」 「きっと、ナナギー喜ぶよ」 「何のかんの言って、ブラコンだしな」 「で、こいつはシスコンだしな」  うるさいよ。  ……シスコンなのは認めなくもないが。 「もし、台本に問題あったらメールしてくれ」 「家で直すから」 「今さらないと思うけど、あったらあたしからラブメールを送るね~」 「スパム禁止」 「スパムちゃうわっ!」  軽口を叩いて、少しだけ気が軽くなる。 「また明日!」  来て5分で再び廊下に舞い戻る。 「おつ~」 「しっかり兄貴してこいよ~」 「はぁ……」  寝巻き姿でソファーに座って、ため息を吐く。  眠れない。  寝不足で頭はふらふらしてるのに、いざ寝ようとすると眠れない。 「兄さん……」  寝床に入ると、いつも兄さんのことを考えてしまう。  ずっとそうだった。  だって子供の頃、身体の弱かった私を心配した兄さんがそばにいたから。  ベッドに入ると、自動的に頭に再生されてしまうのだ。  兄さんの顔が、匂いが、手触りが、  そして、優しさが―― 「兄さん……」 「兄さん、兄さん……」  大好きです。  本当に、真剣に、永久に愛してるんです。  今すぐにでも、会って、抱きしめて欲しい。 「うっ、ぐすっ、うっ、うっ……」  でも、ダメ。  兄さんから家族を奪ったのは私の両親。  そんな私が、兄さんに家族になってくれと、言う資格なんかない。  本当なら私は兄さんと出会ってさえいなかったはずなのだ。  兄さんがご両親を失ったことが、私と兄さんを引き合わせた。  不幸な出会い――そう形容するしかない。 「あっ、うっ、ぐす、兄さん、兄さん……」  ごめんなさい。  ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。  他に貴方に言うべき言葉はないです。  ……言えません。 「……」  開けた窓から、弱々しいセミの鳴き声が聞こえる。  今にも消えうせてしまいそうなくらい、弱い。 「……夏も、もう終わりですね」  もう9月も半ばを過ぎた。  あと3日で学園祭だから、当然だ。  楽しみにしてた学園祭。  だけど、こんな気持ちでは楽しむことなんてできない。 「あ……」  ふいに風が吹く。  テーブルに載った新聞のチラシや、ダイレクトメールが飛んで―― 「え?」  床に落ちた一枚の葉書が目に付いた。  どこに紛れこんでいたのか。  私は立ち上がって、それを拾い上げた。 「兄さん宛て……」  消印は愛知県の知らない場所だった。  そんな所に兄さんの知り合いがいるんだろうか。 「あすなろ児童園……」  名前からわかった。  これは兄さんの居た施設からだと。  定型的な時節の挨拶の後、近日中に移転するとあった。  移転先は北海道。随分遠い。 『渋る拓郎さんに何度も会いに言って、お詫びして、来てもらったのよ……』 「兄さんは……」 「本当は、ここにいた方が良かったんですか……?」  私といるよりも。  兄さんを不幸にした人ばかりに囲まれて生きるよりも。 『お前なんかが、片瀬の家族面してんじゃねええええっ!』  あの時の言葉が胸に刺さって痛い。  痛くて、死にそうにツライ。 「あっ、うっ、ぐす、うっ、うっ、兄さん、兄さん……」  泣いてばかり。  本当に悲しいのは、兄さんなのに私ばかり泣いている。 「何て勝手なんだろう……」  私は必死で涙を堪えた。  だって、私には泣く資格はないのだから。 「?!」  後ろで扉の開く音。  私は慌てて涙を拭う。 「七凪……? どうした?」  兄さんの声。  そんなどうして。  まだ部活のはずなのに……。 「ど、どうもしませんよ」 「それより、部活はどうしたんですか?」  背を向けたまま、尋ねた。 「お前が早退したって聞いたから、今日は抜けてきた」  ずきん  痛い。胸が痛い。  お願いですから、兄さん私に優しくしないでください。  こんな、嫌な子に―― 「ば、馬鹿ですね、兄さんは」 「ただの貧血です。大したことないです」 「貧血……最近、お前食べてないしな……」 「夜はちゃんと眠れてるのか?」 「もちろんですよ」 「毎日、朝まで安眠です」  強がる。  兄さんにこれ以上、心配かけたくなくて。  ああ、でも、どうしよう。  勝手に涙がまた……。 「七凪、震えて、泣いてるのか?」 「な、泣いてませんっ」 「だ、だけど」  兄さんがこっちに近づく足音がした。 「こっちに来ないでくださいっ!」  怒鳴ってしまった。  ごめんなさい、兄さん。  でも、もう泣き顔は見られたくない。  見られたくないんです。 「七凪……」 「に、兄さんは、だいたい私に構いすぎなんです」 「いつまでも、子供の頃の私じゃないんですよ?」 「いいかげん、ほっといて欲しいです」  心にもない言葉が口からこぼれる。  意地を張ってる。  でも、もう甘えちゃダメだから。 「子供扱いしてるんじゃないよ」 「俺は、ただ」  兄さんの声が、悲しそうになる。  酷い。なんて私は酷い子なんだ。  本当はここにいたくない兄さんを、我がままを言ってこの家に縛り付けてる。  その上、傷つけて。 「――兄さん、帰ったらどうですか?」  え?  自分の口から出た言葉に、自分でも驚いた。 「――え?」 「施設から、葉書が来てましたよ」 「こういうの、未だに届くんですね」 「ただの挨拶だよ」 「きっとお母さんも、もう無理強いはしないと思います」 「施設に戻って、そこでウチから援助を受ければ、いいじゃないですか」 「――その方が、兄さんも無理をしなくて済みます」 「きっと……」 「その方が、きっと兄さんは……幸せに……!」 「七凪!」  兄さんから逃げるように、駆け出した。  兄さん、いっぱい酷いこと言ってごめんなさい。  許してください。  でも、もし本当に兄さんが幸せになるのなら――  私は、兄さんと、  さよなら、します。 「……」 『――兄さん、帰ったらどうですか?』 『その方が、きっと兄さんは……幸せに……!』  七凪に言われたことを何度も反芻した。  俺は七凪をあそこまで追い詰めていたのか。  あんなことを言わせてしまうほどに。  可哀想に。  最低だ。  俺は、最低の兄貴だ。 「くそっ!」  机を強く叩く。  正直わからなくなった。俺はどうするべきなのか。  妹のためを思うなら、俺は。 『お前も来いよ!』 「……」  鬱々とした気持ちで、かっての仲間の声を思い出した。  以前の俺は施設に戻りたがっていた。  それが、この家で七凪と出会って、気持ちが変化した。  必要とされることが、嬉しくて。  兄さんと慕ってくれる七凪が可愛くて、守りたくて。 「……七凪」  妹の名を自然に、口にした。 「お前はどうしたら、幸せになれるんだ……?」 「俺は、どうしたら……」  俺の声を遮るように、ケータイが鳴った。  メールの着信音。  手に取って、見た。  『お計さんのラブメール 台本修正要望まとめっす!』  能天気なタイトルの計からのメールだった。 「……」  息を吐く。  メールを読んだ。大して大きな修正はいらなさそうだ。 「――やっちゃうか」  ノートを取り出して、要望箇所の修正作業に入る。  気が滅入っていたが、学園祭ももう近い。  やってしまわないと。 「ラストシーンあたりか……」  台詞の微調整を。 「……」 「――よくよく読むとひでぇ台詞だな」  時間を置いて読むと色々とアラが。  せっかくだし、もっと直そう。 「いや……」 「待てよ、これ……」  また着信。今度は電話だ。 「もしもし」 『よう、片瀬』 「沢渡だよ」  豊田だった。 『例の件だけどよ、今すぐ決めてくんね?』 「はあ?」  突然すぎる。 『悪い。鈴木先生、3日後に辞めんだよ』 「どうして、急に」 『故郷のおふくろさんの容態悪いんだってさ。だからこの話も前倒しになった』 「そ、そうか……」 『こっちも色々と都合があってさ、来るのか来ないのか決めて欲しいんだ』 「3日後には、鈴木先生いなくなるのか?」 『ああ』  その日はちょうど学園祭の初日だ。 「……はぁ」  俺は息を吐いた。  なかなかままならないものである。  放送部の皆と青春したかった。  でも、そうも言ってはいられないこともある。  もっと優先すべきことが、日々の生活にはあるのだ。 「豊田」 『ん?』 「俺、3日後そっち行く」 「ちわっす、橘先輩はいらっしゃいますか?」  次の日の昼休み。  俺は手直した台本を抱えて、南部長閣下の教室へと馳せ参じる。 「タクロー」 「どうしたの?」 「お休みのところすみません、先輩にちょっと用事が」 「わかった」 「まずはお友達から」 「いやいやいや」  愛の告白じゃない。 「冗談……」 「ですよね」 「廊下に出ましょう……」 「これ、台本の直したヤツです」  昨日、徹夜で修正した最新バージョンを手渡す。 「ご確認を」 「ん」  先輩は俺から台本を受け取って、ラストシーンあたりのページを開く。 「……」 「……タクロー、これ」 「かなり直してある」 「はい」 「タクローの役がなくなってる」 「すみません、6人でやれるように構成しなおしました」 「どうして?」 「俺、学園祭出れなくなっちゃいました」 「え……」 「すんません! マジすんません!」  頭を下げた。  こんな土壇場での不参加の表明。迷惑も甚だしい。 「……訳を話して?」 「はい……」  俺は簡単に事情の説明をした。 「そう……」 「昔、お世話になった人が……」 「はい」 「……それなら仕方ない」 「学園祭にタクローがいないのはとても残念だけど……」 「それでも、もっと優先すべきこともあるから」 「皆もきっとわかってくれる……」 「ありがとうございます!」  今度は90度の角度で頭を下げる。 「それにしても……」 「台詞がとっても、いい感じ……」 「本人の前であんまりマジマジと読まないでくださいよっ!」  ちょっとした羞恥プレイだった。 「ふふ」 「当日は七凪のことよろしくお願いします」 「七凪ちゃん、今日はお休みだって、聞いた……」 「大丈夫?」 「今は落ち着いてると思いますけど……」  俺が顔を見せると、興奮させてしまう。  だから、ほとんど話せてない。 「……」 「タクロー、貴方も元気を出して」 「貴方は何も、間違ってない」 「いいお兄さん……」 「そうだといいんですが……」  自信ないな。 「私も妹になりたいくらい」 「いや俺の妹は七凪だけなんで」  丁重にお断りする。 「しゅん」 「口で言わないでください……」  放課後、部員に台本を配って、事情を説明した。  皆、残念がってはいたが、最後にはわかってくれた。  あと、一人。  ウチにいる部員にも話をしないと。 「――ただいま」  ゆっくりと居間の扉を開く。  七凪がいるかもと思って、少し緊張してしまった。 「いない、か」  部屋で寝てるのだろうか。  事情を話して、新しい台本を渡さないといけない。  俺は七凪の部屋に向かう。 「七凪?」 「七凪、起きてる?」  扉の向こうにいるはずの妹に呼びかける。  返事はない。  でも、いる気配は感じる。  顔が見たい。  昨日会ってるのに、もう随分会ってないような気がする。 「起きてるなら、顔見せてくれない?」 「渡さないといけないモノもあるし、少しでいい」 「ダメ……かな?」  しばらくの沈黙。  息がつまるような気がした。 「……どうぞ」  元気のない妹が、扉を開けてくれた。  顔が見れて、ホッとした。  でも。 「……顔色、悪いな」 「眠ってないんだろう?」  その暗い表情に俺の心は痛んだ。 「……平気ですよ」 「それより、渡したいモノって何ですか?」 「学園祭の台本の新しいのだ」  印刷したばかりの真新しい台本を渡す。 「新しいの……?」 「内容を変えたから」 「わかりました」  七凪は受け取った台本をベッドに投げ出すようにして置いた。 「本番までには読んでおきます」 「じゃあ、兄さん」  言って七凪はまたベッドに戻る。 「あ、あの、七凪、俺」 「すみません、頭が痛いんです」 「今は出て行ってください、一人でいたいんです」  布団をかぶったまま、俺に背を向ける妹。  完全に拒絶されていた。 「そ、そうか」  そう言われてはこれ以上、話すこともできない。 「わかった……」 「早く、元気になってくれよ」  俺は肩を落として、妹の部屋を出た。 「うっ、うう……」 「兄さん、兄さん……」 「あ……?」  気がついたら、夜になっていた。  夕方、泣きながらベッドにもぐっていたらいつの間にか眠っていたようだ。 「……」  私は起き上がって、兄さんの残していった台本を手にする。  明後日はもう学園祭だ。  兄さんといっしょに、放送劇ができると楽しみにしてたのに。  どうして、こんなことになったんだろう。  正直行きたくない。  すごく会いたいけど、甘えたいけど。  兄さんと顔を合わせるのが、ツラい。  でも、役がある以上、行かないわけにはいかない。 「……」  台本を開く気になれなかった。  そんな元気は、ない。 「――ああ、お前は財産目当てで俺に近づいたんだな、この野郎」  覚えてる台詞を言ってみる。  声が、微妙にかすれていた。  こんな声じゃ、ダメだ。 「お水……飲もう……」  私はベッドを降りた。  真夜中の廊下を歩く。  お腹も少し空いていた。  無理もない昨日からほとんど何も食べてない。  そう言えば、昨日から兄さんは食事はどうしているんだろう?  ちゃんと、食べているだろうか?  いや、たぶんすごくテキトーに済ましてるだろう。 「インスタントやコンビニばっかりじゃダメですよ……」  心配になる。  明日からは、ご飯くらいは私が作らないと―― 「――え?」  リビングから光が漏れていた。  誰か起きてる?  私はそっと扉を開けて、中をのぞいた。 「――そう、明後日なの」 「――ええ、急で申し訳ないんですけど」  兄さんと母さんが話をしてた。  ここから何を話してるかよく聞こえない。  でも、何か深刻そうな雰囲気なのは感じ取れた。 「――そう、残念だけど、仕方ないわね」  何が残念なんだろう?  肝心なトコロが聞き取れない。 「――明後日の10時のバスで」  明後日の10時? 学園祭の当日?  兄さんは何をするつもりなんだろう?  もう少し聞こえたら――  あ。  しまった。つい身を乗り出したら。 「ん?」  兄さんがこっちを向く。 「!」  私は慌てて廊下を駆けた。  何も逃げ出すことなんてないはずなのに。  家族なのに。  だけど、私と兄さんの距離は、もう家族とは呼べないモノになってしまってる。 「うっ、ぐすっ、うっ……」  それが悲しくて、私はまたベッドで泣いた。 「七凪ちゃん、今日も休みか……」 「心配……」  学園祭、前日。  俺達は放送劇の最後の仕上げをするために集まった。  だが、皆、七凪の話をするばかり。練習に身が入らない。 「特に病気ってわけでもないんだろ? タク」 「ああ……」 「でも、ずっと元気がなくてふさぎこんでる」 「何が原因なのか……」  計以外のメンバーは、俺がどんな経緯で沢渡家に引き取られたかは知らない。  言えば、七凪を余計に傷つけると思ったからだ。 「で、でも、明日は来るって言ってるんでしょ?」  気を遣った計が話題を明るいほうに誘導する。 「ああ、学園祭には来るって言ってる」 「明日には顔見られるからさ、皆、明日はよろしく頼む」 「よろしくって……そうか、明日は沢渡くんがいないのか……」 「うう、何か中途半端だな……。盛り上がらね~……」 「……」 「……」  流々の言葉を聞いて、皆は黙り込む。 「悪い、皆」 「直前で、俺と七凪が迷惑をかけるな」  イスから立ち上がって、みんなに頭を下げた。 「や、やめてくれ、沢渡くん」 「そうだよ、タクは何も悪くないから」 「明日は元気に行って。ね?」 「ああ……ありがとう」  仲間達に礼を言う。  結局、本番ではいっしょではないけれど。  俺は、こいつらと青春できて幸せだった。 「んじゃ、最後の仕上げやるか?」 「よーし、華麗に演じてやるぜっ!」 「流々、恐ろしい子!」 「キミ達、本番で変なアドリブは入れないでくれよ……」 「くすくす」  仲間達が俺の書いた台本を演じ始める。  明日はここに七凪が加わる。  俺は願った。  どうか、神様。  明日は、妹がこの仲間達と楽しく過ごせますように。  どうか、どうか――  学園祭当日の朝。  俺は母さんの運転する車で駅前へと向かっていた。 「母さん、もうここでいいよ」 「わかったわ」  母さんは車をゆっくりと歩道へとつけて、停車させた。 「ありがとう、朝、早くごめんね」 「いいのよ、早起きくらい」 「――可愛い息子のためだもの」  微笑する。  その笑顔に俺はふいに泣きそうになった。 「……ありがとう」  でも、何とか笑顔を返した。  笑顔には笑顔で答えるものだ。 「――向こうの方によろしくね」 「はい。あ」 「どうしたの?」 「母さんも今日、学園祭行くんですか?」 「そうね、顔くらい出せたら出してみるわ」 「七凪が活躍するんで、是非行ってあげて」 「ふふ、楽しみにしてるわ」 「はい」 「じゃあ、あまり止めてられないし、拓郎さん、そろそろ」 「はい」 「行ってきます」 「――行ってらっしゃい」  俺は母さんに背を向けて、バスターミナルの方へと歩き出した。  ついに学園祭の日が来た。 「……ふぅ」  朝一番、私はため息を落としてしまう。  今日は嫌でも兄さんと学園に行かなければならない。  正直、気が重かった。どんな顔をして兄さんに会えばいいのか。 「……これも読んでませんしね」  兄さんからもらった新しい台本。  結局、目は通さなかった。  兄さんが書いたものだと思うと、辛くてつい目を背けてしまった。  大好きなのに。  世界で誰よりも好きなのに。今は兄さんのことを考えるのがとても辛い。 「……やっぱり」 「……行けません……」  ベッドの上で膝を抱えた。 「兄さん、兄さん……」 「助けてください、兄さん……」 「私、もうどうしていいのかわからないです……」  兄さんに甘えちゃダメなのに、また私は兄さんにすがろうとする。  ……最低だ、私。 「も、もう着替えないと」 「ち、ちゃんとしないと、また兄さんに心配かけて――」  私は寝巻きの袖口で、ごしごしと涙を拭う。  早くしないと、兄さんがここに来てしまう。  泣いてるのを見られないように―― 「おはよう、七凪」 「――え?」  扉が開くと同時に、真鍋先輩の明るい笑顔が飛び込んできた。 「真鍋先輩……」 「今日は行けるんでしょ?」 「おーす、迎えに来てやったぜ、ナナギー」 「流々姉さんまで……遠回りじゃないですか……」 「どうしてですか?」 「タクに、頼まれたからね!」 「え?」  兄さんに?  そう言えば、兄さんはどうしたんだろう。  真鍋先輩と流々姉さんが来てるのに、姿を見せない。 「あ、あの」 「話は後々! 時間ねーんだから、早く着替えろよ」 「手伝ってあげましょうか、田中さん」 「だな。私も久し振りにナナギー分を補給したいしな」  ナナギー分って何ですか。 「ほら、ナナギー脱ぎ脱ぎ~♪」 「町娘、苦しうない~♪」 「ち、ちょっと、やめて、いやあああああああああ!」  こうして二人の先輩に強引に制服に着替えさせられる。  そして、私は流々姉さんの自転車の後部座席に載せられた。 「あたしは怖いから、バスで行くね~」  え? 怖いって……。 「飛ばすぜえええええっ!」  流々姉さんの自転車が二人乗りとは思えない急加速をした。  Gを感じた。自転車で。 「きゃあああああああああああああああっ?!」  死んじゃう。  落ちたら本当に死んでしまう……!  必死に流々姉さんの腰にしがみついた。 「――今日はいい放送しような、ナナギー」 「タクの分まで」 「――え?」  まるで兄さんがいないような言い方。 「それって、どういう――」 「しゃべんなっ! 舌噛むぞっ!」  聞こうとしたら、さらにスピードが上がった。 「ひゃううううううっ?!」  ちょっと噛んでしまった。 「お、おはようございます……」  結局、兄のことは聞けないまま放送室に入る。  放送室にも兄はいない。 「七凪くん!」 「思ったより元気そうだな!」 「良かった……」  放送部の皆さんが私をワッと取り囲んだ。  嬉しかった。  練習をいっぱい休んで、たくさん迷惑をかけたのに誰も責めない。  それどころか、こんなに温かく迎えてくれる。 「今まで、す、すみませんでした……」  おずおずと頭を下げた。 「いいって、いいって」 「身体の調子が悪いことは誰にだってある」 「気にしないで……」  南先輩が私の頭を撫でてくれた。  懐かしい感覚。  いつもなら、兄さんがしてくれたこと。  そうだ、兄さんは―― 「あ、あのっ」 「皆、おはー」  尋ねようとした時、真鍋先輩が入ってきた。  また聞きそこなう。 「おし、じゃあ、リハやるか!」  え? リハ? 「新しい台本で、全員そろうのは今が初めて……」 「さすがに本放送で、一発勝負は怖いからな」  そういうことか。  私、一度も目を通さなかったし。  助かったかも。 「んじゃ、時間ねーし、やるぞっ!」  新台本での最初で最後のリハーサルが始まる。  なるべく本番に近いようにと、全員ちゃんとマイクに向かってしゃべる。 「おお! あなたこそ私の兄さんです!」 「だって、お金の匂いが――いえ、何でもありません、兄さん」  妹役の真鍋先輩がコミカルな演技をする。  兄役の私は基本、つっこむことが多い。  それにしても、結構内容が変わっていた。  台詞の細かい変更だけでなく、兄さんの役が消えていた。  どうして?  私は演技をしながらも、不安になっていく。  兄さん。  兄さんは、今どこに―― 「ううっ、ごめんなさい、兄さん」 「確かに、私は最初、兄さんを騙していました」 「でも、今は、愛してるんですっ!」  何とかラストシーンまでこぎつけた。  初めての台本でここまでやれれば上出来。  あとは、私がこの偽の妹を激しく罵倒する。  最後に、コミカルなオチがつく。  それで、お終い。 「あ……」  ここまでお芝居していて、気付いた。  この話は今の私と兄さんの状況とそっくりだ。  お金目当てで妹に成りすまして、兄に近づいた女の子の話。  でも最後にはその兄を愛してしまった。  不幸な出会い。  初めからハッピーエンドなんて、望めないそんな出会い。 「……」  兄さん。  私の兄さん。  私は。  私は、やっぱり貴方の妹には。 「ナナギー、次のページの台詞!」  あ。  言われて気付いた。  今はちゃんとやらないと。  私は、つぎのページをめくって、妹に言った。 「僕も、キミが大好きだよ」  ――え?  内容が―― 「キミが何をしようと、僕はキミが好きだ」  変わってる? 「キミが僕を騙すとか」 「キミが僕を傷つけるとか」 「そんなことは何ひとつ関係ないんだ」  あ……。 「兄さんは、キミと出会った時から、キミを守るって決めてたんだよ」  こ、これは兄さんが。 「確かに出会いは不幸だったけれど」 「それでも、キミと会えたことは感謝してる」  私に向けて。 「キミは、どうして、そんなに僕に謝るんだい?」 「僕は、絶対キミを責めたりしないよ」 「それでも、キミが僕に許してくれというのなら……」 「僕は、キミを」 「全部許すよ」  兄さん! 「だから、キミは、どうか、いつでも……」 「笑って、いて……」 「ずっと、ずっと、そばに、いるから……」 「ああ、今まで、照れくさくて、言えなかったけど……」 「キミが、僕にいつも、言ってくれた言葉を、贈るよ……」 「僕は、」 「兄は――」 「キミのことを、」 「永久に、愛して、るよ……!」  ああ……。  もう読めない。  涙で台本の文字が、見えない。 「兄さん……!」  台本が、手からこぼれた。 「兄さん! 兄さん……!」 「兄さんに会いたいです……!」 「どこですか? 今、どこにいるんですか……!」  叫んだ。  兄を求めて。  最愛の人を求めて。  もう迷わない。  どんな辛いことも、不幸も全部背負います。  背負って、兄さんと生きます……! 「ナナギー、そんな泣いてどうしたんだよ?」 「沢渡くんなら、今日、施設に――」  施設?  私が、帰れなんて言ったから。 『――明後日の10時のバスで』  ダメ、そんなの絶対ダメ。  そんなトコ行かせない。 「失礼します!」  私は放送室を飛び出した。 「はぁ、はぁ、はぁ」  私は流々姉さんの自転車を借りて、駅前に来た。  10時のバスに乗る兄さんを引き止めるために。  お願い、間に合って。 「兄さん!」 「兄さん、兄さん!」  私は自転車を置いて、バスターミナルを駆け回る。  時計を見る。  9時52分。  まだ、近くにいる。  兄さんの乗るバスは、どれ? 「兄さあああああああん!」 「拓郎兄さああああああああああああんっ!」  人目を気にせず、兄の名を呼ぶ。  おかしい。  どこにもいない。  9時55分。  バスはもうないのに―― 「あ」  私の目の前をたった今、左折してきたバスが通りすぎた。  バスは大きく迂回して、ずっと先のバス停に停車する。  他にバスはない。  あれだ!  駆け出す。  でも、遠い。  人の波にさからって走るから、スピードが出ない。 「兄さん!」 「兄さああああああん!」  それでも必死で前に進む。  兄さん、いるなら気付いて。  私はここにいます。  貴方の妹は、ここに。 「あ!」  バスの自動扉が閉じた。  周囲には人はいない。  乗ってしまった。  バスは走り出してしまう。 「兄さん、待ってくださいっ!」 「兄さん、兄さん!」 「兄さあああああああん!」  力の限り、バスに向かって叫んだ。  兄さんに会いたくて。  謝りたくて。  好きだって言いたくて。  でも。 「あ……」  バスは走り去ってしまった。 「兄さん……」 「どうして、ですか……?」 「ずっと、そばに、いるって……」 「兄さん、兄さん……」 「うわあああああああああああああんっ!」  私は人ごみの中、泣き叫んだ。  まるで家族とはぐれた小さな迷子のように。  事実、私は今、たった一人の、  大切な家族を見失って―― 「――七凪?」 「――え?!」  耳を疑った。  その時、私の背中に。  とても聞きたかった声が――  振り向いた。 「七凪、どうして――」 「兄さんっ!」 「ぐわっ?!」  いきなり妹に抱きつかれた。 「兄さん、兄さん……」 「どうした? 七凪?」  戸惑いながらも妹の頭を撫でてやる。 「兄さん、兄さん……」 「兄さん、うわあああああんっ!」 「泣くな、よくわかんないけど、泣かないで妹」  抱き寄せてやる。  随分久し振りにこうした気がする。  思わず笑みがこぼれた。 「だ、だって、兄さんが……」 「だって、だって、兄さんが……!」 「うわああああああああああんっ!」 「話進まねー」  背中をさすってやりながら苦笑する。 「だって、兄さんが私を置いて……」 「施設に、ぐすっ、も、戻ろうとするから……」 「え? 戻っちゃダメなの?」  尋ねる。 「あ、当たり前じゃないですか、だって、私は――」 「私は――」 「うわああああああああああんっ!」  またかい。  泣き虫な妹である。 「だけど、俺の世話になった先生が施設やめるんだよ」 「だ、だからって……」 「送別会くらい行かしてくれても」 「――え?」  ぴくっ  妹の肩が震える。  そして、ピタッと泣き止んだ。 「……送別会?」 「……ただ送別会に出席するつもりだけだったんですか……?」 「うん」 「10時のバスに乗るんじゃ……?」 「ジュース買ってたら、乗りそこねた」 「……ちなみに、お帰りのご予定は?」 「明日の朝には」 「…………」  妹はしばらく放心状態になり、 「…………」  そして何故か目が三角に尖りだした。 「――兄さん」 「何? 七凪」 「兄さんはまぎらわしいんですよおおおおおおっ!」  ポカポカパンチを見舞われた。 「何で?!」  兄は困惑した。 「脚本だけじゃなくて、私達まで、コミカルなオチですか?! この野郎!」 「よくわかんないけど、許して妹!」  すぐ謝る。いつものやりとり。  それができることが、泣くほど嬉しい。 「――許しますよ」 「兄さんだって、何でも許してくれるんですから……」 「読んだ?」 「はい……」 「……良かった、お前が元気になって……」 「あ」  そっと抱き寄せた。 「兄さん……」 「私の家族せいで、兄さんのご両親が亡くなりました……」 「兄さんを不幸にしてしまった私です、けど、」 「好きになってくれなんて、言う資格はありませんけど……」 「私が兄さんを好きになるのは……許してください……」  馬鹿。  まだそんなことを。  俺は、腕の中の妹をぎゅっと抱きしめて言う。 「愛してるよ、七凪」 「あ……」 「今までも、そして、これからもずっと――」  きっと許してくれる。  いや、祝福してくれる。  俺の両親も。 「兄さん……!」 「私も、」 「永久に、」 「愛してますよ、この野郎……!」 「あふっ……」  可愛らしい雀の鳴き声とともに起床する。  施設に顔を出してトンボ帰りしてきた翌日。 「頭痛っ! 気持ち悪っ!」  俺は二日酔いに悩まされていた。 「くそ、豊田のヤツめ……!」 「あいつ何であんなに酒強いんだよ」  しかも、鈴木先生が元気ないとかまるでウソだったし……。  アホみたいにピンピンしていた。  豊田を問い詰めたら「そう言わないとお前来ないだろ?」とあっけらかんと答えやがった。  騙された。  そして、無理矢理呑まされてごらんの有様である。 「くそ、学園祭休んでまで行くんじゃなかった……」  ぶつぶつと文句を言いながら起き―― 「あん♪」  ――ようとして、布団の中の妹的手触りに気付いてしまう俺。  ……慣れていく自分がちょっと悲しい。 「さーて、兄、顔洗って、爽やかな朝を迎えようかな~」  妹的気配をあえて無視して、  キミとのアレな感じの未来をあえて無視して、俺はベッドから離脱―― 「ちょっと待ってください」 「兄、プレイバック」  ――しようとして、呼び止められた。  くそ、逃げられなかった。 「可愛い妹に同衾を強要しておいて、何1人で何事もなかったように振舞っているのですかっ」 「強要してない、一度も強要してないから」  自分から忍び込んだんでしょ。  一昨日まではあんなに俺を避けてたのに。  もう完全にいつものナナギーである。 「兄さん、ちょっとお酒くさかったです」 「いくら久し振りに旧友に会ったからといって、ハメを外しすぎです」 「え? ごめん、昨日無理矢理に呑まされて」 「決して、兄が好きで呑んだわけではないんだけど」  俺は豊田に強いられただけなんだよ……! 「キスした時、何だか大人の気分になっちゃいました」 「私としては爽やかミント味のキスがいいです」 「わかったよ、俺、これから毎晩ミント味の歯磨き粉で歯を――って、何勝手にキスしてるねん、キミ!」  動揺して関西弁になってしまう。 「ふふ、兄さん、本当は嬉しいくせに照れてます」  小悪魔ちっくに笑む。  心が完全に読まれていた。 「あ、それからさ」 「はい?」 「豊田、七凪に謝ってたよ、悪かったって」 「え?」 「あいつも頭では七凪に罪がないことは知ってるから」 「頭が冷えたら、単なる八つ当たりだって気付いたんだろう」 「今度会ったら、あらためて謝りたいってさ」 「わざわざそこまで……」 「さすが兄さんのお友達ですね、男前です」  七凪は微笑してあっさりと許してくれていた。  素敵な娘さんである。 「まあ顔を見たら二、三発腹パンしておきますけど」  前言撤回。  まだ根に持っているようだった。 「そろそろ起きようか?」  今日は学園祭の2日目だ。  早めに出ないと。 「はい」  すっくと軽やかに起き上がる。  かつては、身体が弱くて起き上がるのにも一苦労した妹が、今はこんなにも元気になった。  そして、毎日、「兄さん、兄さん」と俺の後を追ってきてくれる。  良かった。  ここに残ろうと決めて、良かった。  キミの兄になろうと、キミとの未来を選んで本当に良かった。 「七凪」 「はい」 「俺、お前の兄になれて、本当に幸せだよ」  愛しくてたまらない。  思わず頭を撫でる。 「……あ」 「ええ、私もです」 「私は何があっても、ずっと」  七凪は俺の身体にぎゅっとしがみついて、言った。 「永久に、兄さんの妹ですよ――」  考える。  この中で誰が一番頼りになるかと言えば、間違いなく先輩だ。  でも、先輩の今の微妙な立場を考えると……。  やはり二の足を踏む。 「タクロー」  悩んでる俺のそばに先輩がやってくる。 「は、はい?」 「私のことは心配しなくていい」  肩に手をのせられる。  それだけで、俺は顔が熱くなってきた。 「大丈夫」 「で、ですけど」 「タクローといっしょなら大丈夫……」 「頼りにしてる……」  肩をつかむ手に、少しだけ力がこめられた。 「せ、先輩……」 「タクロー、私といっしょに行こう?」  そっと耳元でささやかれる。  タクロー、私といっしょに行こう――  タクロー、いっしょに行って――  タクロー、いっしょにいって――(エロい意味で) 「ふおおおおおおっ!」  俺は絶頂に達する。  言葉だけで。 「わかりました!」 「俺、先輩とイキます! どこまでも!」  両手の拳をにぎって、力強く答えた。 「ん」  嬉しそうに首肯する先輩。 「……タク、今、『行きます』の言い方おかしくね?」 「エロスの香りがっ」 「沢渡くんにはがっかりだ……」 「こんな時まで兄さんは……」  女子の皆さんにはすぐ看破される。  エロくてごめんなさい。  でも俺も思春期なんだよ! 見逃してくれよ! 「おい、拓郎、悶えてないで早く行けよ」 「――へ?」 「南先輩、もう出ちゃったよ」 「あんまりアホやってると、見捨てられるぞっ」 「ノーッ! お供しまするーっ!」  音速で後を追う。 「……沢渡くんはアレで大丈夫なのか?」 「いっそ、タク抜きのが良かったかも」 「……あんな兄ですみません」 「失礼します」 「失礼します」  先輩といっしょに、慣れない場所に踏み入る。  少しだけ緊張。  すると。 「あ、沢渡くん」 「ありゃ、祥子さん?」  いきなり知り合いの笑顔があった。  人懐っこい祥子さんの笑顔に緊張感が和らぐ。 「そちらは放送部の部長さんですね。私、書記の御幸祥子です。よろしくお願いします」 「橘南です」 「以後、お見知りおきを……」  互いに頭を下げる。  どっちも礼儀正しい。 「それで、沢渡くん、生徒会に何か用?」 「あ、うん。学園祭のことで相談があるんだけど」 「お時間いただけますか?」 「もちろんOKですよ。はい、座ってくださ~い」 「あ、今、コーヒー淹れるね。インスタントですけど」 「え? いいの?」 「皆には内緒ね。お二人には特別サービス!」 「お構いなく……」  おお、何か去年と雰囲気がまるで違う。  祥子さんから発せられる癒しオーラのせいか。  HPとか回復できそうな子だ。 「はい、紙コップでごめんね」 「……ありがとう」 「どういたしまして♪」  ほわっと笑む。  和むわ、この子。 「祥子さん、あんた癒し系ナンバーワンやで!」 「そっちでトップ狙えるからっ! もう地味なんて誰にも言わないぜっ!」  俺の中で祥子さんの評価が2レベル上がった。 「どこかで、効果音がっ?!」 「はぁ……。今日も暑いですわね……」  と癒し系女子と談笑している間に、やってきた。  ラスボスこと生徒会長である。 「あ、会長、お疲れ様でーす」 「御幸さんもお疲れ――あら、今日はお客様ですの? ……随分久し振りね」  俺と南先輩に目をとめて、挨拶をしてくる。 「ご無沙汰してます」 「……貴方とは一年振りぐらいかしら? 橘もそれくらいね」 「……湯川、お元気?」 「……元気ですわ。橘、あなたも元気そうで何より」 「水泳、県大会出場おめでとう」 「うっ。あ、あんなの……」 「貴方がいたら、私なんか……いえ、もう過ぎたことですわ」 「ここは素直に、ありがとう、と言わせていただきますわね」 「ん」 「私も皮肉を言ったつもりはないから」 「わ、わかってますわよ、そんなのっ」 「ありがとう、湯川」 「ううっ……。もう、どうして貴方は……! ムキ~~っ!」  生徒会長が俺達の目の前で、いきなり頭をかきむしりだす。  な、何だ? 「ど、どうしたんですか? 会長」  祥子さんが会長の方へと駆け寄る。 「祥子さん、会長っていつもこんな発作を?!」  俺も心配になって、思わず席を立つ。 「いつもじゃないよ! たまにだよ!」 「御幸さん、それフォローになってませんわっ!」  くわっと会長が目を見開く。 「湯川、落ち着いて」 「頭撫でる?」 「撫でなくて結構ですわっ!」  ぷりぷりと怒っている。  去年、あんなに俺をてこずらせた会長が押されていた。  先輩恐るべし。  というか。 「もしかして、会長と橘先輩はお知り合いですか?」 「私の永遠のライバルですわ」 「お友達」  同時に違うことを言う。 「見解に相違があるようですね」 「だね」  どうも会長が一方的に先輩をライバル視しているようだった。 「く、見てなさい、橘!」 「いつか、あなたのタイムを破ってみせますからっ!」  会長はびしっと人差し指を先輩に向けて言い放つ。 「うん、頑張って」  一方、南先輩は笑顔で応援していた。  邪気の欠片もない無垢な笑みだった。 「うう……。この子はまったく、本当にまったく……」 「あのですわね、橘、もっと、こう――」 『私の記録を貴方に破るなんて出来っこないわ! おほほほっ!』 「――みたいなノリがあってもいいんじゃありませんことっ?!」 「いや、先輩はそんなキャラじゃないですし」 「そもそも、もう水泳部でもないわけで……」  俺が先輩に代わり答える。 「ん」  となりで先輩がこくこくと頷く。 「うるさいですわ! シスコンボーイ!」 「ちょっ?! 何勝手に決めつけてるんですか!」 「勝手じゃありませんわ。ね、御幸さん」 「うん、学園内では周知の事実だよ、沢渡くん」 「生徒会のちょっとアレな人リストにも、載ってるし」 「祥子さん、アレって何?!」  ひどい。  泣きそう。 「と、とにかく」  こほん、と会長は一回咳払いする。 「その、《・》放《・》送《・》部の橘南が生徒会に何の用ですの?」  『放送部の』を強調していた。 「今度の学園祭で、私達も出し物を出そうと思う」 「その相談」 「……具体的には何をおやりになるの?」 「ミニFM放送局を立ち上げる」 「校内放送と並行して、番組を近隣の方々にも届けるつもり」 「これは10年前、俺達、放送部の先輩達もしていたことなんですよ」 「それを是非、復活させたいんです!」  俺が補足する。 「へー、それはいいかもだね~」 「地域の皆さんにも楽しんでもらえそうだし!」  書記である祥子さんの賛同を得た!  いい流れである。  よし、ここでもっと押すのだ、沢渡拓郎! 「そうでげしょう~? そうでげすよね~」 「会長さんも、そう思うでげすよね~」  もみ手をしながら、擦り寄る。 「あーもう、うっとおしいですわ!」 「太鼓持ち風にならなくても、いい意見なのは認めますわよ!」  しっしと野良犬のように追い払われた。  少し切ない。  だが、意見の良さは認めさせた。  俺は心の中でガッツポーズを取る。 「至急、許可が出るように学園側に働きかけますわ。橘、それでいい?」  会長が先輩を見る。 「まだある」 「むしろ、ここからが本題」  先輩は会長の視線を正面から受け止める。 「何ですの?」 「放送用のアンテナが壊れてる」 「修理代が欲しい」 「……まさかこの時期に部費を出せと?」 「湯川には手間を取らせて申し訳ないけど……」 「お願い」  先輩はペコリと頭を下げる。 「……」 「……」  二人はしばらく視線を交差させる。  そして。 「放送部には実績がない。よって、部費は下りません」  静かに会長が生徒会としての見解を口にした。 「……目に見える派手な実績しか評価しないの? それはおかしい」  先輩も静かに、だがはっきりと異を唱える。 「学園は、生徒会は、利潤を追求する組織ではないはず」  言葉と共にまっすぐに視線を会長に投げかける先輩。  素敵だった。 「そうだ! そうだ! 先輩かっちょいい!」  素敵先輩を力いっぱい応援する俺。 「派手な実績だけを評価してるわけではありませんっ!」 「ただ努力してる部を優先してるだけです」 「でも、今の生徒会の動きはそうは見えない」 「そもそも、努力をどう定量化して評価するのかが明確化されていない」 「そこに独断が入ってないとは、言えないはず」 「ぐ……」  会長が眉根を寄せてうなる。  おおっ! あの会長がやりこめられている。 「そうだ! そうだ! 定量化して、明確化してないんだっ!」 「独断はよくないんだ、この野郎!」  ナナギー風にはやし立てる。 「……えーと、沢渡くん、自分の意見も言おうね?」 「まったくですわ、貴方、橘の腰ぎんちゃくですの?!」 「いいんすよ! 先輩の意見が俺の意見なんだから!」  ふふん、と開き直る。 「はあ? じゃあ、貴方は橘が脱げと言ったら脱ぐんですの?!」 「そんなの朝飯前っすよ!」  俺は軽やかな動作でベルトを外し始める。  嬉々として。 「いーやー!」 「わ、わかりましたわ! 橘、この馬鹿な子を止めて!」 「タクロー、めっ」  恥ずかしそうにした南先輩に叱られる。 「下品なのはダメ……」 「了解っす」  ベルトを戻す。  残念そうに。 「はあ、まったく橘と口論しても勝てないのは知ってますわ」 「ですけど、放送部だけ特別というわけにはいきませんの」 「橘の言うことが正しいのは私もわかってますわ。でも、理想だけでは組織は運営できません」 「それがわからない貴方ではないでしょう?」 「……」  今度は先輩が唇を噛む。  正論だけでは世の中は渡っていけない。  そんなことは、賢い南先輩なら当然わかっている。  わかってるが故に反論できないのだ。  相手の気持ちがわかるから。  先輩は優しいから。 「……」 「橘」 「何?」 「橘。そのアンテナは、放送部の備品ではありません」 「去年提出した備品簿に記載されてない、そうでしょう?」 「え? でも、それは忘れてただけで――」 「問答無用!」  びしゃりと会長が先輩の声を遮る。 「放送部の備品として登録されてないのなら、それは部ではなく、学園の管轄」 「学園に言って直させますわ。それがスジですもの」  え? それって、つまり……。 「黒板が壊れて学生が困っていれば、学園が対処しますわ。それと同じこと」 「直った後、どの学生がどう使おうと、それはもちろん構わない。そうでしょう?」 「それが黒板だろうと」 「アンテナだろうと」  ふっと会長が笑む。 「あ……」 「……修理してもらえるってことですか?」 「壊れたまま放置してるのは、学園として問題ですものね」 「良かったね、沢渡くん!」 「あ、ああ!」 「御幸さん、学園に修理依頼書を出しますわ。手を貸してくださる?」 「はい、喜んで!」 「はぁ、また忙しくなってしまいましたわね……」 「会長、ありがとうございます!」  俺は90度の角度で頭を下げた。 「ふふ、よろしくてよ」 「俺、会長のこと誤解してました……」 「こんなに話のわかる心の広い方だったなんて!」 「申しわけありませんでしたっ!」 「ほほほ! わかってくださればよろしくってよ!」 「お詫びに、是非脱がさせてください」  再びベルトに手を。 「ひいいいいいっ!」 「ちょっ?! 橘、この危険人物を連れて出て!」 「タクロー、エッチなのは禁止……」 「めっ」  頬を染めた先輩に軽くにらまれる。  ちょっとぞくぞくした。Mだから。 「すんません、つい嬉しくて」  後ろ頭をかく。 「沢渡くん、嬉しいと脱ぎたくなるの……?」 「割とそんな性格かなっ!」  清涼感漂う笑顔で答えた。 「何を爽やかに言ってるんですかっ! ていうかどんな性格なんですかっ!」  机を連打する会長。  冗談がイマイチ通じない人のようだった。 「タクロー、用事は終わり」 「戻ろう」 「了解です」  先輩と二人で席を立ち、出口へと向かう。 「お疲れ様でした~」 「うん、ありがとう祥子さん」 「会長さんも本当にありがとうございました」  もう一度、会長に頭を下げる。 「はいはい、わかりましたわ」  会長はめんどくさそうに手を振る。  でも微笑を浮かべていた。 「湯川」  扉の前で立ち止まった先輩が会長を振り返る。 「何ですの?」 「ありがとう」 「本当に応援してるから、水泳頑張って」  一点の曇りもない笑顔だった。 「……ありがとう」 「それじゃあ」 「はぁ~。賑やかでしたね」 「いつもは静かですから、たまにはこういうのもいいですね~」 「賑やかすぎですわよ……。あ、御幸さん」 「はい」 「アンテナの修理依頼書、今日中に許可を取ってしまいましょう」 「はいっ」 「……」 「……貴方も頑張るのよ」 「南」  部室に帰って戦果を報告すると、全員がスタンディングオベーションで俺と南先輩を褒め称えた。  その後は景気づけと称して宴会になった。  計がもちこんだ大量のコンビニ菓子が、テーブルにぶちまかれ、しゃべり倒す。  しゃべりすぎて声が枯れかけた頃、ジュースを買いに部室を出た。  戻る途中、校庭に出て少し涼む。 「暑い」  ここで缶を開けて、冷えた液体を口に。 「うめー」  痛いくらい枯れたノドに心地よい。 「沢渡くん」 「お、三咲か」  背中への声に振り返る。 「お前もジュース買いに?」 「ん。まあな」  やわらかく笑む。 「それと、ついでにキミと話をしたかった」 「ついでっすか」  苦笑する。 「いいじゃないか。こうして女子がキミと話がしたくて追ってきたんだ」 「ついででも、喜びたまえ」 「はいはい。あざーす」  笑いながら答えた。 「沢渡くん」 「ん?」 「――ありがとう」 「キミのおかげで、今年は有意義な夏が過ごせそうだよ」 「三咲のためだけじゃないさ」 「俺も、今年はせーしゅんしたかったんだ」 「ふふ、そうか」 「――何か不思議だ」 「ん? 何がだ?」 「俺、本当はこんなに熱心に部活やったりする人間じゃないんだ」 「いや、部活だけじゃない。全部かな」 「……それは、未来視のせいか?」 「ああ」  未来を視ることで、俺は結果を先に知ってしまうことができた。  それはつまり、俺の意志とは関係なく、もう未来が決まっているということ。  それなら努力に何の意味がある?  そんな風に考えていた。  でも。 「馬鹿だなキミは。前にも言ったろ、沢渡くん」  俺の隣でニヤリと笑うこの子を見てると。 「未来は変えられるんだよ」  もしかしたらって、思えてしまう。  ん? 待てよ。  そうなると。 「? どうした沢渡くん、私の顔に何かついてるか?」  こいつと結ばれるっていう未来は、どうなんだろう。  それも変わるのか。  そうすると、俺は―― 「タクロー」 「あ、先輩」  先輩の声に思考を中断する。 「心配した」  先輩はむーと口をへの字に曲げていた。  めずらしい。  怒ってらっしゃる。 「すみません。ちょっと涼んでて」 「三咲さんと二人だけで……」 「エッチなのは禁止なのに……」  顔を赤くしてぷりぷり怒る。 「いやいやいや! 三咲はたまたま来ただけですからっ!」 「知らない」  ぷいと他所を向いて、すたすた歩いていくマイ女神。 「ノーッ!? 三咲、お前からも誤解だって言って!」 「え? そんな……」 「私とのことは遊びだったのか、沢渡くんっ」  大仰な仕草で両手で顔を覆う三咲さん。 「ちょっ?! 誤解を拡大させるなっ!」 「タクローの馬鹿」  マイエンジェルの背中はさらに遠くへ。 「ああっ! 待ってください! ミナミン、カンバーック!」  俺の魂の叫びが夜空に響く。  沢渡拓郎、しょっぱい青春の1コマだった。  一年前。 「――ぐっ!?」 「ぐはっ?!」 「何だ、もう終わりか?」 「ケンカ自信あるから、ふっかけてきたんじゃないのかよ」  腕をこきこき鳴らしながら近づく。  地面に這いつくばるクラスメイト達を見下ろしながら。 「な、なんだ、こいつ、めちゃくちゃ強いじゃねえか……!」 「てめえ、ずっと入院してたんじゃねえのか? 畜生!」 「あいにくだったな」 「入院してたのは妹だよ」 「俺はただ看護してただけだ。悪かったな虚弱じゃなくて」 「おら、立てよ、てめぇらが売ったケンカだろうがっ!」 腹でも顔でも、容赦なしの蹴りを入れた。 「ひっ! い、いてぇっ!」 「や、やめてくれっ! もうやめてくれよっ!」 「ああ?! 調子いいこと言ってんじゃねぇぞ」 「二ヶ月遅れで入学した俺がそんなにめずらしいか?! ああっ!」 「ちょっと人と違うと、もうイジメの標的か?! くそがっ!」  苛立ちのすべてを目の前の二人にぶつける。  みっともないのは百も承知だ。  だが、俺は俺の中の感情を制御できない。 「――おい」 「ん?」  後ろからの声に動きを止める。 「……なんだよ」  神戸が居た。  神戸修二、こいつもクラスの中じゃ浮いてる方だ。  その意味では俺と同類。だが、気は合わない。 「そのくらいにしておけよ」 「あ? 何てめえがしきってんだ?」 「こいつらが売ってきたケンカだ。一人が待ち伏せしてて2対1だ」 「手加減してやる道理はねぇなあ」 「……」  俺の言葉を聞くと、神戸はめんどくさそうに頭をかく。  で。 「じゃあ、3人目だ」 「あ?」 「俺もそいつらの連れだ。おら、来いよ」  右手の人差し指を立てて、不敵に笑う。 「――上等だ」  誰でもいい。  感情をぶつけられるのなら。 「お、俺達はもう関係ないからなっ!」 「ま、待てよ! おいっ!」 「あらら……」 「逃げちまいやがった」 「あらら、じゃねぇよ」 「ん?」 「連れなんだろう?」 「冗談じゃねぇぜ」  不機嫌そうになる。 「やっぱウソかよ。何助けてんだ? 正義の味方気取りか? ふざけんなよ」 「いいじゃねぇかよ。どーせ、誰でもいいんだろう?」 「男なら拳で語れ」  俺に拳を突き出してくる。  ムカついた。 「――なめてんじゃねぇぞっ、こらっ!」  そこからは互いに無言だった。  ひたすら相手に拳や蹴りを入れた。  授業が始まっても、関係ない。  終わっても、関係ない。  体力がなくなるまで、殴りあう。  心のどこかで、何て馬鹿なんだと思いながら。 「……」 「……痛っ」  気がつくと、俺は屋上で大の字になって寝転がっていた。  すぐそばには神戸も倒れている。  身体が痛くて起き上がるのも億劫だったので、しばらくそのままでいた。 「……おい」  かすれた神戸の声がした。 「……何だよ」 「クラスのヤツら、な」 「おめーを呼び出したヤツらは最悪だけどよ」 「そんなに悪いヤツばっかじゃねーぜ」 「ああ? 何だそれ」 「おめーが、ハブにされてんのは、おめーがいっっっつもこえー顔してっからだ」 「何もかもわかった風な顔して、カッコつけてんじゃねぇよ」 「ばーか!」 「……」 「っせえよ……」 「俺には俺の事情があんだよ……」 「妹が元気になるまで、ついてたんだろう? いいじゃねぇか」 「家族って大事だよな」  ありきたりの言葉だった。  でも、さっきまで俺と本気で殴りあったヤツが言うと、何故か心に染みた。 「……」 「……うるせぇ」 「ウザいんだよ、お前は……」  ふらふらと立ち上がる。 「お? まだやんのか?」 「……ふん」 「……もうお前とはやらねーよ。じゃあな」  地面に寝転がった神戸に背を向ける。 「おう、待て、沢渡」 「――っせぇな、何だよ?」  神戸の声に足を止めて振り返る。 「保健室連れてけ」 「マジ腹痛くて、立てねぇ。肩かせ」  笑って言う。  一瞬、呆けた。  何だこいつは。  馬鹿か、マジで馬鹿なのか?  さっきまで殴り合ってた俺に頼むか? フツー。 「……お前、何言ってんの?」  そんな言葉しか出なかった。 「何だよ、日本語わかんねぇのかよ! 俺を連れてけっつたんだよ!」 「あんまりしゃべらせんなよ。口切れていてえんだよっ!」 「……」  言葉もない。  呆れた。  俺は大きく嘆息する。 「……おら、立て」  俺は神戸の腕を乱暴にひっつかんで、起こす。 「いてぇよ! もっと丁寧に扱えよ!」 「うるせぇ! てめぇはもうしゃべんなっ!」  ――俺もたいがい馬鹿だ。  そう思いながら、屋上を去った。  うっとおしい6月は知らぬ間に終わっていた。  当たり前だが7月になる。  夏。 「うぜぇよ……」  セミに悪態をつく。  だが、セミがそれで鳴きやむはずもない。 「……ったくよ」  日陰を求めて、校舎に退散する。  放課後だというのに、まだ明るい。  家に帰る気にもなれない。  元気のない七凪の顔を見るのがツライ。  さりとて、学園に俺の居場所などない。  クラスメイト達とは相変わらず馴染めない。  今さら部活に入るのも妙だ。  まあいい、別に誰とも仲良くなんかしたくない。  してどうなる? 皆少ししたら卒業してサヨナラなんだぜ。  一人上等。  たまに計がおせっかいにも訪ねてくるが、まともに相手しない。  いい歳して幼馴染とか関係ないだろう? 「あーあ」  窓の外をのぞく。 「何で生きてますかねー、俺は」  今まで騙し騙しやってきたんだが。  ムカつく未来を無視して。  今の家族に好かれるように、頑張ってやってきたんだが。  でも、最近、さらにキツい事実をつきつけられてしまった。  七凪の入院が契機になるなんて。 「父さんは何故、今さら言ったんだろう……?」  ……耐え切れなかったんだろうな。  ことさら、それを責めるつもりはない。  ない、けど。 「ごめん、七凪」  今だけは、俺、いいお兄ちゃんでいられそうもない。  母さんとも、父さんとも、  そして、お前ともうまく会話する自信がない。  怖い。  つい口から酷い言葉が飛び出してしまわないかと。  お前は全然悪くないのにな。  ごめん。  ダメな兄貴で、ごめん。 「ん?」  涼しげな水音が耳に届く。  自然に視線が、そっちに移動した。  水泳部が練習してた。  別にそれ自体は大してめずらしいわけでもない。  でも。  俺は一人の少女から目が離せなくなった。  それは彼女が人目を引くほど美人だからではない。  いや、かなりキレイな子だけど。  だが、それが俺を惹きつけた要因ではない。 「あの子……」  彼女は孤独だった。  周囲には同じ水泳部員はたくさんいる。  皆、楽しそうにプールで泳いでいる。  なのに、彼女は一人だった。  誰も彼女に声をかけない。  いや、目の前を通る時さえも意識してないような。  空気として、いないものとして扱われている。  そして、彼女は達観したような目で、周囲の様子を見ていた。  いや見てない。  目を開けているけど、見てない。  意識を遮断してる。  それはそうだろう。  自分が無視されてるなんて状況を、まともに受け止められるものか。  彼女は圧倒的に今の俺と同類だった。  同じ匂いを持っていた。 「……だけど」 「どうして……?」  彼女がイジメにあう理由がわからない。  少なくとも、俺の目に彼女はマトモに見えた。  四六時中、しかめっ面をしてる俺なんかとは訳が違う。  表情も、その仕草も、とてもやわらかな印象を――  あ。  視線が――合った。 「やべっ」  慌てて顔をそらす。  いくら嫌われ者でも、プールのぞきとは思われたくはない。 「……」  顔が熱い。  心臓が激しく鼓動していた。 「落ち着け……」  深呼吸して、呼吸を整える。 「……今日はもう帰るか?」  何故かこの場に居続けたくないような気がした。  この罪悪感は何だ?  イヤらしい目では見てないぞ。  すげーキレイな子だったけど。 「……帰ろう」  俺は窓から離れた。  少しだけ名残惜しい。  そんな気持ちに戸惑いながら。 「今日という今日は付き合ってもらいますよ、沢渡さん」  次の日の放課後。  運の悪いことに帰り際に計につかまってしまった。 「……」  無言で計を見る。  『ぶっちゃけ超迷惑なんすけど』  という言外の意味をこめた目で。 「いや~ん、タクのエッチッチ♪」  両腕で胸を押さえる。  まったく伝わってなかった。 「……あのな」  こいつ、どうしてくれよう。  こめかみのあたりを人差し指でおさえる。 「おう、んなトコ立ってっと邪魔――なんだ、沢渡か」  神戸が俺を見て何故か嬉しそうに笑った。  こいつはあの屋上の一件以来、俺にちょっかいを出してくるようになった。  計よりウザい。 「んだよ、沢渡、こんな可愛い彼女いるんじゃねーか」 「おう、あたし可愛いでありますか、そこの人」  計が破顔する。 「ああ、沢渡にはもったいないくらいだぜ」 「いやーん、タク、どうしよう~」  計が軟体動物のように身体をくねらせる。 「付き合ってないから、どうもしねぇよ」 「じゃあな」  計を押しのけて、さっさと教室を出る。 「ああっ! タクちょっと待ってよーっ」 「はぁ、はぁ……」  計をまくために校舎の中を全力疾走した。  このくそ暑いのに。  おかげで汗だくだ。 「……ったく」 「もういいかげん、俺に構うなよ……」  歩きながら愚痴る。  本当におせっかいなヤツである。  でも、嫌いなわけでもないのでそう邪険にもできない。  あいつはあいつで俺を心配してるんだろうが……。  無理だ。  あいつに相談するとか、そんな話じゃない。  結論は出ている。  俺が割り切ればいいのだ。  でも。 「もう少し時間をくれよ……」  立ち止まって、窓の外を見る。  どうしようもない感情を抱えたまま、ただ空をにらんだ。  心は機械じゃない。  そんなすぐには適応できない。  計、七凪、すまん。  もうちょっとだけ、俺に時間をくれ。  そうしたら、以前の俺に戻るから。  気持ちの整理を――  ――え?  俺はいつか見た光景に、また視線を持っていかれる。  またあの子がいた。 「……やっぱり一人か」  彼女の様子は前回とまるで変わりがない。  周囲の部員達は彼女抜きで楽しく、明るい青春を謳歌し、彼女だけが寒々とした孤独の中にいた。  何だか腹が立った。  そりゃ事情はわからない。  でも、集団で女の子一人をハブにするなんて、ガキのすることだ。  可哀想だろう。  でも、今の俺には何もできない。 「ち」  舌打ちをする。  無力な自分にムカつく。 「――?!」  うおっ、また目が合った。  いかん、これで二度目じゃねーか。  絶対変なヤツだと思われてる。  もう、行かないと。  へ?  ……笑ってる?  そう見えるだけか? 結構離れてるし。  だが。  俺が右に動くと、右へ。  左にうごけば左に。  彼女は首を動かして、俺を追う。  止まる。  また笑む。  マジかよ。  こんなプールのぞき男に笑いかけるんですか、あなたは。  どんだけ警戒心ないんだよ。  それにしても。 「キレイな子だな……」  よくよく見ると大人っぽい気もする。  先輩かも。その可能性のが高い。  何て名前なんだろう。  にこにこにこ  邪気のない笑顔がいつまでも俺に注がれる。  まるで幼子のよう。  引き込まれる。ほっとけない。応えたくなる。 「やっほー!」  はっ?!  つい、手を振ってしまったあああっ?!  アホか俺は。  恥ずかしくなって、立ち去る。 「何やってんだ……」  火照った顔をたたきながら歩く。  そして、しばらく歩いた後、俺は気付いた。  今、いつもよりずっと心が軽くなっていたことに。 「うへっ……」  次の日の昼休み。  時間をズラして来たにも関わらず激混みの学食に、俺は閉口した。  人ごみは嫌いだ。  どうする? もう少し後にするか? 「それも面倒だよな……」  ちゃっちゃっと食って出ちまおう。  俺は一番早くできる日替わりを注文して席を探す。 「お、発見」  テーブルにぽつんと一つだけ空いてる席を見つけた。  こういう時は連れがいないから小回りが利いていい。  俺は生徒達の群れをかきわけ、移動する。 「はい確保」  トレイを空きスペースに置く。 「ん?」  正面の女子と目があった。  ――あの子だった。 「……」  一瞬、頭が真っ白になる。  何という偶然。信じられない。  俺は動揺した。 「?」  女の子は可愛らしく小首を傾げる。  ああ、そうか。  俺の顔覚えてないんだ。  それならば、俺もそ知らぬフリで食事をして、さっさと離脱しよう。  水泳部のキレイな女の子とのぞき男の間に会話など成立しないのだ。 「……」 「え?」  目の前の子が、ソースの入った小瓶を俺の方に。 「……いるでしょ?」  俺の皿に乗った一口カツをちらっと見る。 「あ、ああ」  曖昧な返事を返す。  いきなり話しかけてきた。ちょっとビビる。  大人しそうなのに、意外だ。 「……もしかして、こっち?」  今度は醤油の入った小瓶を置く。 「いや、普通にソースでいいんで」 「そう……」 「私はお醤油とカラシがおすすめ」  微笑する。 「そ、そうなんだ。へー」  俺も釣られて笑う。  ていうか、何だ? いきなりこの子のペースに巻き込まれてる?!  今や一年ではヤンチャでちょっと有名な俺が?!  侮れない。 「ちなみに、カラシあるけど?」 「へ?」  さらに続く会話に俺は戸惑う。 「マイカラシ~」  未来から来たロボのマネをする。  お約束を忘れない子だった。  マジ侮れない。 「そんなの持ち歩いてるんだ……」 「辛いの好きだから」 「へー、見えないけど」 「ギャップ萌え狙い」 「いや萌えは違うんじゃないかな?」  生来の性分で、ついツッコむ。  完全に彼女のペースにはまっていた。 「試す?」 「は、はあ」  流れにのって承認してしまう。 「はい」  皿のふちに、カラシをこんもりと盛られる。 「どうぞ」 「できれば醤油で」 「う、うん」  勧められるがままに、彼女推奨の食べ方をする。  さっぱりとした醤油味と刺激的なカラシの風味がカツのしつこさを中和する。  悪くない。 「どう?」 「うん、美味いかな」 「良かった」  にこにこにこ  例の笑顔。  まるでマイナスイオンが出てるかのように癒される。 「それで、沢渡拓郎くん」 「――え?」  いきなりフルネームで呼ばれて、箸が止まる。 「どうして、俺の名前を?」 「あなたは有名……」 「……悪い意味で。自覚ない?」 「ご、ごめん」  反射的に謝る。  何故か、この子に対しては素直になってしまう。 「――謝ることはない」 「噂は噂」 「噂だけなら、私もとても悪い」 「全然そうは見えないけど」  こんな優しそうな子が? 「あなたもそうは見えない」 「同じ」  嬉しそうに目を細める。  うっ。  何かどきどきしてきた。 「あ」  いきなりポンと両手を合わせる。 「な、何?」 「素朴な疑問が、今浮かんだ」 「どんな?」 「どうして沢渡拓郎くんは、いつも女子水泳部の練習をのぞくの?」 「ぐわっ?!」  箸を持ったまま、のけぞった。  しっかり覚えられてるーっ!  ていうか、全然素朴な疑問じゃないっ。 「いつもプールをのぞいてる沢渡拓郎くん、落ち着いて」  追い討ちをかけてくる。 「いつもじゃないよ! 二回だけだよ!」  苦しい弁解をする。 「犯行は二回?」 「犯行って言わないで!」  ちょっと泣きたくなってきた。 「別にそんなに慌てなくてもいい」 「そういう男子は割といる」 「大丈夫大丈夫。私は許すから」 「思春期だもんね」  優しいまなざしで励まされた。  却ってツラくなる。  いっそ、このゴミとののしってください。 「と、とにかく、邪まな気持ちで見てたわけじゃないんだ」 「でも、キミを不快にさせたなら、謝る」 「ごめん」  立ち上がって頭を下げた。 「……」 「やっぱり、噂はウソ」 「貴方は、とても礼儀正しい」 「噂を信じちゃイケない」 「沢渡くんは、いい子」 「え?」  いきなりの賛辞に驚いて顔を上げた。 「私は、二年の橘南」 「よろしく、沢渡くん」  すっと手を差し出してくる。  いきなりすぎる展開に戸惑う。  彼女はいったいどういうつもりなのか。  でも、俺は気がついた。  彼女の手が微かに震えていることを。  だから、俺は。 「はい、橘先輩」  彼女の握手を拒むことなどできなかった。 「ん」  童女のような笑顔が浮かぶ。  良かった。安堵する。  俺はその笑顔を見て、彼女を拒絶しなかった自分を少しだけ褒めてやりたかった。  放課後。  また俺は家に帰りづらくて校舎を徘徊していた。  最近、七凪が帰りが遅いと心配している。  本当は早く帰らないといけないんだが。  窓の向こうから水音がする。  偶然じゃない。  俺は橘先輩をひと目見たくて、ここに足を運んでいた。  癒しを求めていた。 「……決してイヤらしい気持ちはみじんもないんだっ」  誰もいないのに言い訳をして、プールの方を見る。  ?!  橘先輩はすでにこっちを向いていた。 「ぐ、偶然か?」  それしか考えられない。  また例の癒しスマイルを俺に送ってくれる。  ああ、マジ和む。  いいな、橘先輩。  年上の女性でこんなに惹かれたのは師匠以来か。  師匠とはまったくタイプは違うけど……いや、似てるとこもあるか。  母性的というか。優しいというか……。  あ。  同級生と思われる女子部員達に先輩が囲まれた。  口論しているのか?  いや一方的に先輩一人を責めてる。  ふざけんなっ! 「てめぇ! 橘先輩イジめんな、こらっ!」 「俺が相手してやんよ! シバくぞ、ああっ?!」  届きもしないのに、声を出してしまう。 「あ? 何一人でケンカしてんだ? 沢渡」 「うおっ?!」  突然の声に、慌てて振り向いた。 「よお」  神戸の野郎が立っていた。  く。  よりにもよってこいつにこんなところを……。 「な、何でもねーよ」  ふいっと顔をそらす。 「何でもねーってことはないだろう? お前めちゃくちゃ興奮して――お」 「何だよ、そういうことかよ、タクちゃん」  神戸がプールの方を見て、ニヤニヤ笑う。  誰がタクちゃんか。 「ここベストポジションじゃねーか!」 「おお、あの子胸デケーなっ!」 「うるさいぞ、お前の声のがでけぇよ!」  神戸は窓枠から飛び出さんばかりに身体を乗り出して観賞していた。  こっちが恥ずかしくなる。  もう放置して行こう。  俺は神戸に背を向ける。 「おおおおっ! すげえ美人発見っ!」  ぴくっ  神戸の声に、俺のこめかみの血管がうずく。 「あのずっと一人で座ってる子、スタイルいいなっ!」  ぴくっ、ぴくっ 「すげー! マジすげー! あんな美人初めて見たぜっ!」 「これは目に焼き付けないとなっ!」  ぴくっ、ぴくっ、ぴくっ! 「なあ、沢渡、あの美人の名前知って――」 「先輩を汚すなっっ!」 「のわあああああああああっ?!」  神戸の背中に遠慮なしのドロップキックを見舞う。  神戸が二階の窓から落下――しかけてギリギリで踏みとどまった。 「ち」  舌打ちをする。 「てめえ、何しやがるっ?!」  危ういバランスを保ちながらも神戸が俺を怒鳴る。 「うっさいわ! お前なんかが先輩見てんじゃねー!」 「俺の女神様を汚すな!」  げしげしとケツを蹴る。 「ちょ! まっ! 待て待て! マジ落ちる! マジ落ちるからっ!」 「落ちろ! 落ちて、先輩に関する記憶を失え! 忘れろ! 消去しろ!」 「お前、何興奮してるんだよっ?! 落ち着け!」 「先輩を今夜のオカズにとか――泣かすぞ、こらっ!」 「んなこと言ってね――っ!」  この後、俺達はたまたま通りかかった鬼藤先生に見つかり説教を受けるハメになる。  アホな出来事だった。  なのに。 「おめー、面白いヤツだな」 「気に入ったぜ。今度またいっしょにのぞこうぜ!」  何故だか神戸の好感度を、上げてしまったようだった。  次の日の昼休み。  俺はまた一人、トレイを持って空いてる席を求めてさすらう。  ふるふる 「ん?」  少し離れたところで、細い手首が俺に「おいでおいで」をしていた。 「沢渡くーん」  ふるふるふる 「沢渡くーん」 「渡くーん……」 「くーん……」 「くーん、くーん……」  自主的にエコーをかけていた。 「……」  脱力する。  ともあれ、あの先輩に呼ばれて無視などできない。  馳せ参ずることにした。 「先輩、何か用ですか?」  そばに立って、尋ねる。 「空いてる」  隣の席を指差す。  でも、そこには番茶を注いだプラスチック製の湯のみが鎮座していた。 「先輩の友達が来るんじゃないんですか?」 「来ない」 「沢渡くんのためにとっておいた」 「へ?」 「さっき、たまたまトレイを持って歩いてるの見たから」 「すぐにキープ」  と言って胸を張る。  ちょっと自慢げだった。  少し子供っぽいが、そこがまた可愛らしかった。 「じゃあ、遠慮なく」  お言葉に甘えることにする。 「今日はラーメン?」 「はい、定食売り切れてたんで」 「ウチの学園の、量少ないからお腹すぐ空きそう」 「そうすね。まあ、今日は早く帰って夕飯食べますよ」 「む」  じろりんと睨まれる。  あれ? 俺、変なこと言ってないよな? 「……今日はのぞきに来てくれないの?」  すねたような口調で言われた。  えー?! 「いやいやいや! ちょっと待ってください、橘先輩!」 「俺はいかがわしい気持ちとかは決してなく――って、のぞいて欲しいんですか?!」 「ん」  こくこくと、力いっぱい頷いていた。 「先輩、それは絶対変ですよ……」 「どうして?」  首を傾げる。 「だって普通、女子は男子に水着姿なんて、見られたくないものなんです!」 「……そう?」 「そうですっ! そーいうのはよっぽど特別な間柄でないと!」  力説する。  何か放っておけない。この人無垢すぎる気がする。  お菓子に釣られて悪い人にさらわれそうで怖い。 「んー……」  考えておられる。 「先輩と後輩」  自分と俺を指差し、 「特別な関係」  ほんわかと微笑む。  凍てついた北の大地に訪れた春風のような笑みだった。  超和む。  いや待て。和んでどうする俺。 「いえ、先輩後輩程度では特別じゃないっす」  ぴしゃりと言う。 「沢渡くんは厳しい」  嘆息する。 「沢渡くんにはがっかり」  そして失望された。 「しくしく……」  さらには泣きだす。  めっちゃウソ泣きだが。  子供かっ。 「あー、もう、わかりましたよ!」 「先輩の顔見にまた行きますよ!」  折れる。 「沢渡くんはやればできる子だと思ってた」  出来の悪い息子を励ますようなことを言われた。 「まったく……」 「橘先輩は、変な人だなぁ……」  息を吐く。 「ふふ」  でも、全然悪い気はしなかった。  ――それから、俺は毎日、放課後になると例の場所へと通うことになる。 「やっほー! 橘先輩ーっ!」  もう堂々と手を振る。  一週間も経つとふっきれるものである。  先輩も手を振っていた。  通い合う心と心。ちょっと嬉しい。  二週間後。 「おお! 先輩泳ぐのはえーっ! 行けーっ! ぶち抜けーっ!」  メガホンを片手に声援を送る。  もう以前の俺が何を躊躇していたのか、わからない。  あ、ぶっちぎりで先輩1位。 「しゃあああっ!」  超盛り上がる。  三週間後。 「橘南先輩のご健闘を願い――」 「フレ――――――ッ!」 「フレ――――――ッ!」 「タ・チ・バ・ナッ!」  長ラン(ダ○エーで買ってきた)を着こんで先輩にエールを送る俺。  私設応援団が出来ていた。 「何でだよっ!?」  鬼藤先生がツッコミを入れてきた。 「あ、鬼藤先生、ウス!」  硬派な感じに挨拶をする。 「ウス! じゃないよ! キミは何やってんのっ?!」 「応援であります! ウス!」  手を背中で組んで、腹から声を出す。 「水泳部の女子達が気味悪がってんだよっ! すぐにやめなさいっ! ウス!」  鬼藤先生も腹から声を出す。  付き合いのいい人だ。 「嫌であります! ウス!」 「自分、男ですからやりかけたことは、途中でやめられないであります! ウス!」  胸を張って、背筋をのばす。 「うっさい! 暑苦しいわ~っ!」  ポカポカポカ!  鬼藤先生に小突かれる。 「あ痛たたたっ! 先生、暴力はやめてください! ウス!」  とりあえず戦略的撤退を計る。 「あっ、こら、逃げんなーっ!」 「……どうしちまったんだ、沢渡は?」 「いや~、戻ってきましたね~。戻ってきましたよ~」 「ん? 真鍋……だっけ? 何がだよ?」 「本当のタク!」  そんなこんなで。  俺と橘先輩は奇妙な関係を構築する。  人に尋ねられたら、どんな関係か説明するのに苦労しそうだ。  でも、これだけは言える。  ――先輩は当時半分死んでいた俺を、救ってくれたのだ。  俺は先輩に感謝し、心酔した。  夏休みを目前にしたある日。  俺はいつものように、先輩と会うためにいつものポジションへ。 「……あれ?」  プールのどこにも、先輩の姿がない。  先輩が部活を休んだことなど、今までただの一度もない。  どうしたんだろう? 「風邪でも引いたのかな……?」  とたんに心配になる。  さりとて、連絡する手段はない。  携帯の番号どころか、メアドさえも知らないのだ。 「しまったなぁ……」  二年の教室に行ってみようか。  そう思って、廊下を歩き始めてさらに気付く。 「……先輩のクラスって、どこだ?」  愕然とした。  そんなことも知らなかった。  俺は先輩のことをまるで知らない。  その事実に俺は、軽く傷つく。  俺は自分が思ってたほど、先輩に好かれてるわけではないのかもしれない。 「ですよねー……」  壁にもたれて、落ち込む。 「うう、そうだよ、そうなんだよ……」 「先輩みたいにキレイな人、俺なんかアウトオブ眼中(死語)すよね……」 「だいたいプールをのぞいてる男子に好感持つわけないやん……!」 「わかってたんや! ああ、最初からわかってたさ! ボーイズ・ビー・アンビシャス!」  大いに嘆く。  ちょっと錯乱気味だった。 「ん? 反省ポーズなんかしちゃって、どったの? しゃわたりくん」 「あー、鬼藤先生すか……」  生気のない顔を向ける。 「うわっ!? めっちゃわかりやすく落ち込んでいなさる!?」 「ちょっと、大人の女性としての御意見をお聞きしたいのですが……いいすか?」  藁にもすがる気持ちで、小さいけど大人(のはず)の女性に尋ねることに。 「え? いいけど……何? 惚れた? 沢渡くんも、このアダルティーな小豆ちゃんにメロメロっすか?」 「あっはーん」  無意味にセクシーポーズを取る。 「冗談はともかく」 「一言で瞬殺かよ! 少しは引っ張れよ!」  両手を振り上げて、うがーと怒る。  お子様だった。  この人に聞いて果たして参考になるのか、不安になる。  だが、背に腹は変えられない。 「先生がですね、たとえばちょっと気になる男性とお知り合いになったとしたら」 「連絡先とか、教えます?」 「うーん、どんくらい気に入ったとか、色々条件もあるけど……」  腕組みをしつつ考える。 「やっぱり好きなら教えるんじゃね?」 「ごふっ?!」  たくろう は 10の ダメージを うけた。 「ていうか、会話盛り上がったら、連絡先交換するじゃん、普通」 「ぐはあっ?!」  たくろう は 20の ダメージを うけた。 「嫌いなヤツにはメアドも教えないけどなっ!」 「ぬああああっ?!」  たくろう は 100の ダメージを うけた。  たくろう は ちからつきた! 「ん? どったの? 沢渡くん?」 「うわあああああん! 小豆ちゃんの馬鹿――っ!」 「でも、ありがとうございました――っ!」  罵倒しつつ感謝して、走り去る。 「なんじゃ、そりゃー?!」 「そりゃー……」 「りゃー…………」  ドップラー効果を証明しつつ、小豆ちゃんの声が校舎に響き渡った。 「はぁ……」  今日も俺は無意味と知りつつもプールの方を眺めていた。  先輩がプールから姿を消して、3日目。  先輩とも3日会ってない。 「学食でたまたまとか会うとか、そうそうないしな……」  どうしよう。  調べたらクラスくらいはきっとすぐにわかるだろう。 「でも、何て言って、訪ねてくんだ?」  ぶっちゃけ用事なんて何もない。 「会いたくなって来ちゃいました! てへ☆」(小首を傾げながら)  引くわー。  引きまくりだわー。  もはや犯罪だわー。 「はぁ……」  また気分がダウナーに。  最近、浮き沈みが激しいな俺。 「おお、奇遇ですな、沢渡さん」  知らぬ間に計がそばにいた。 「え? ああ、そうですね、真鍋さん」 「――え? えへへっ」  にこにことすごく嬉しそう。  あいかわらず明るいヤツである。 「どうしたんですか? いいことありましたか、真鍋さん」 「あー、いやー、その……」  ちょっともじもじする。 「タクが真鍋さんって、呼んだの久し振りだったから」 「え? そうか?」 「うん」 「最近、タクが元気になって、真鍋さんもご機嫌ですよ」 「そうか、心配かけたな……この間も話聞いてもらったし」 「いえいえ」 「とりあえずそっちはもう大丈夫だ。気持ちの整理はついた」 「……」 「……そっか。ならいいよ」  計は笑って、そう言ってくれた。 「ですけど、真鍋さん。俺、実は今ちょっと落ち込んでるのです」 「ありゃりゃ」 「心がハートブレークなんです」 「意味がかぶってますよ、沢渡さん」  計のシャープなツッコミが入る。 「人生ままならねーですねー」  窓枠にもたれる。 「よくわかりませんが、悩みがあるなら」 「こんなトコで黄昏ていてもダメですよ、沢渡さん」 「走らないと」 「何故、走るのですか?」 「若者は悩んだら走るものなのです」 「夕陽に向かって」 「古いっすね」  昭和ドラマ的発想だ。 「そして、疲れて悩みをうやむやにするのです」 「問題解決してませんよね、真鍋さん」  苦笑する。  でも、まあ、それもいいか。  ここに突っ立っていても何も変わらない。  行動してみるか。 「さんきゅ、とりあえず動いてみるわ」  歩き出す。 「あいよ、頑張れ」 「ういー」  計に背を向けたまま手を振って、別れた。  二年の教室をしらみつぶしにのぞいてみる。  先輩の姿はない。 「もう、帰ったかな……」  あるいは風邪とかで休んでるのかも。 「さて、どうすっかな……」  早くも手詰まり。 「誰かに聞くしかないか」  しかし、二年生に知り合いなどはいない。 「一年の水泳部でもつかまえて聞くか」  とはいえ、現在沢渡さん家の拓郎くんは、  『おっと、気軽に近づいたら怪我するぜ? ボーイ』  な噂が立っている。  知らない女子に話しかけても逃げられるのがオチではないか。 「くっそ、一匹狼はツライわ……」  自業自得だが。  これからの課題は周囲との関係修復のようだ。 「明日、計に頼むか……」  とりあえずそれしかなさそう。  心優しい幼馴染の存在が、何ともありがたい。  今日はやることがなくなって、図書室に足が向かう。  先輩と出会ってからはご無沙汰だったが、かつては常連だった。  ロクに本なんか読んでないけど、時間をつぶすにはもってこいの場所なのだ。 「たまには何か読んでみるかな……」  本棚をざっと見る。  あまり興味をそそるものはない。  マンガはない。  小説も教科書に出てきそうなのしかない。 「これでいいか」  適当にミステリーっぽいものをチョイスする。  席はどこに―― 「あ」  部屋の一番奥、窓辺のテーブル。  オレンジ色の夕陽の光を避けるように、一番すみっこに座ってる女子が目に入った。  先輩だった。  まごうことなき橘先輩だった。 「~~~~!」  本を持ったまま固まる。  どうする?  いや、どうもこうもない。会いたかったんだし。  行って、話しかけるのだ。  いやいや、でも何を話すのか?  そんなに親しくもないじゃん俺。  先輩に迷惑がられたらイヤだし……嫌われたら泣いちゃう。  そう、俺は遠くからそっと先輩のことを見つめていられれば、それでいいの……。  などと俺が乙女思考に逃げようとしていると、 「……」  ふるふる  俺の存在に気がついた先輩が「おいでおいで」をしてきた。  図書室だから、大声は出さない。  でも、あの目に見つめられたらもう抗えない。  俺は意を決して、先輩のところへと移動する。 「こ、こんにちは、先輩」  声が震えてた。  カッコ悪い。でも、仕方ない。  憧れの人の前なのだ。 「こんにちは」  一方、先輩はあいかわらずの癒しスマイル。 「何か、用事ですか?」 「ん」  こくんと頷く。 「まずは座って」  こんこんとテーブルを叩いて、自分の隣を示す。 「し、失礼します」  緊張しつつ、座る。 「ふふ」  俺の様子を目を細めて、見ている。  まるで幼い息子を見守る母のよう。  慈愛があふれまくっていた。 「え、えーと……」 「座りましたけど……?」  気恥ずかしくて、視線を逸らした。  テーブルを見たまま声を出す。 「沢渡くん」 「は、はいっ」 「? 今日の沢渡くん固い」 「緊張してる?」  と言って、突然顔をのぞきこんでくる。 「――!」  一瞬、心臓が、飛び跳ねた。  顔中が熱くなっていくのを感じる。 「そ、そそそそそ!」 「そんなことは、ななな、ないっすよ!」  噛みすぎ。  恥ずかしい。落ち込む。  こんなみっともないトコを先輩に見せるなんて、超ショボンである。 「沢渡くん、顔赤い」 「き、今日は暑かったですから!」  ごまかす。 「ん。暑かったね」  簡単に信じる。  素直すぎる人だ。 「あ、そ、そうだ。先輩」 「ん?」 「俺に用事あるんですよね? 何でしょうか?」  ボロが出る前に話題を変えよう。 「うん、部活のこと」 「部活ですか? あ」  俺はようやく最近先輩が水泳部に出ていなかったことを思い出す。 「そういえば橘先輩、最近休んでましたよね」 「休んでたんじゃない」 「え? でも」 「水泳部は3日前に退部したから」  ええーっ?! 「誰かさんが騒ぎすぎって、問題になって」  えええーっ?! 「え?! す、すみませんっ!」  テーブルに額を擦り付ける勢いで謝った。 「嘘」  くすっと笑む。 「勘弁してくださいよ……」  心臓に悪い。  それが本当なら切腹モノだ。 「でも、水泳部をやめたのは本当……」 「そうなんですか……」  あんなに泳ぐの上手かったのにな。  本人でない俺が残念になる。 「それで、放送部に入った」  唐突な話だった。 「何故に放送部なんですか?」 「つい先日、唯一の放送部員が辞めた……」 「放送部がないと、学園としては何かと不便」 「連絡関係の放送くらいは流さないと……」 「その理屈はわかるんですけど……」 「何でまた先輩が水泳部を辞めてまで、やるんですか?」 「父に入れって言われて」 「へ? 先輩のお父さん?」 「ん」  頷く。 「何でまた先輩のお父さんがそんなこと……」 「私の父、ここの学園長」 「――はいっ?!」  目を見開いて、先輩を見る。 「マジっすか……?」 「マジっす」  とマジな目で見返される。 「……」  先輩、お嬢様だったんだ。  うわー、ショック。ますます俺と先輩との差が開いた。  あ、いや、今はそんなことよりも。 「あの、先輩」 「ん?」 「やめてよかったんですか?」 「どうして?」 「水泳部のホープだって聞いてましたけど」  確か鬼藤先生がそんなことを言っていた。 「好きでなったわけじゃないから」 「そんなに水泳に興味があったわけじゃない」 「それに水泳も、元々父に勧められてやっただけ」 「そうだったんですか……」  あれだけ速く泳げるのに、本人はまるで水泳に執着してなかった。  そのことが、何故か俺には少しだけ寂しく感じられる。 「それで、沢渡くん、話は戻るけど」 「あ、はい」 「放送部は今、私一人」 「そうなりますね」 「基本的には、職員からの連絡事項を流すだけだけど……」 「それでも、私一人だと大変」 「でしょうね」 「かといって、たいていの学生はもう他のクラブに入ってる」 「ですよねぇ」 「じー」 「え?」  先輩から鋭い視線が。 「――沢渡拓郎くん」  先輩は居住まいを正す。 「は、はい」 「君は世界を狙える器だと、私は思う」 「放送部で」 「いや、意味わかりませんから」  意外とお茶目な人である。 「貴方の隠れた才能をこのまま埋もれさすのは忍びない」 「ここは、私に全てを委ねてほしい」 「キリッ」 「口でキリって言われても」  前言撤回。  めちゃくちゃお茶目だった。 「貴方が望むなら、私はスクール水着で放送部の仕事をしてもいい」 「いやいやいや! 望まないんで!」  先輩の中で俺はそういうキャラなのか?!  泣きそう。 「冬は寒いから夏限定だけど」 「先輩、俺の話聞いてない?!」 「その代わり、沢渡くんも水着着用」 「羞恥プレイすかっ?!」  その後、俺達は図書部員にうるさいからと追い出される。  廊下を歩く間じゅう、先輩は熱心に俺を勧誘した。  結局、昇降口にたどりつく頃には、OKした。  嬉しかった。  こんな俺でも、先輩の役に立てるんだ。  そばにいてもいいんだ――  ――現代 「――うおっ?! あ痛っ!」  イスから転げ落ちて、目が覚める。 「タクロー?」  部室の隅で、トランスミッターのマニュアルを読んでいた先輩がこっちを見る。 「平気……?」  わざわざ席を立って、やってきてくれる。 「あ、はい。全然平気っすから」 「タクロー、寝てた?」 「すみません」 「タクロー、めっ」  微笑んで言う。  少しも怒ってない。 「……今日は、皆遅いっすね」  夏休み初日。  でも、我が部は学園祭の準備で午後から集合である。  俺以外はただいま買出し中だが。  窓の外からセミの声。  のぞくと、ここからでもプールが少し見える。  学園指定の水着を来た、生徒達が楽しそうにはしゃぎ泳いでいる。  夢に見た1年前を、先輩と出会った頃を思い出す。 「タクロー、妄想中?」  寄ってきた先輩が、同じようにプールの方を見る。 「いえ、妄想はしてませんけど」 「どの子で?」 「だから、してませんって。昔のこと思い出してました」 「昔? 楽しいこと?」 「楽しいって言うか……」 「とても大切なことです」  貴方とのことですから。  本人の前で言うのは照れくさいけど。 「でも、切なそうな顔をしている」 「そうですか? そんなことないですよ」 「……」  しばらくじっと見つめられる。  心の奥底まで見られてしまいそうな、そんな目だった。 「ぎゅっとする?」  先輩は両腕を広げる。 「え、いや、その……」 「遠慮しときますっ」  照れくさいから。 「誰もいない」 「だから、恥ずかしくない」 「たとえ脱いでも」 「いや、そこは恥ずかしがりましょうよ!」  うろたえる俺。 「もちろん、冗談……」 「南ちゃん、めっ」 「ふふ」  いつもと役割が逆転した。  俺と二人きりの時の先輩は、皆といる時の先輩と少し違う。  ちょっと隙を見せるというか――リラックスしてる感じだ。  二人だけで放送部を回していた頃の先輩に戻る。 「そんなわけで」 「はい」  まだ両腕を広げていた。 「いやいやいや!」 「もうすぐ皆戻ってくるし……」 「……」 「何故、涙目に?!」 「タクローが、他の子で妄想してるから……」 「妄想してませんよ!」 「私の妄想ならいつでもいいよ」  さあ、どうぞとばかりにまだ腕を広げてる。  諦めるしかない。  またあの天国で地獄なプレイをするしかなさそうだ。 「じ、じゃあ、ちょっとだけ」  先輩の方に寄っていく。 「ダメ、たくさん」  あ。  予想外に強く抱かれた。 「タクロー、いい子いい子……」  ぎゅっ  先輩の豊穣なお胸の感触がっ!  ふおおおおおおおおっ!  理性が! 理性が決壊する!  思わず抱き返したくなる。  全身で先輩を感じたい。 「ん……」  でもダメ。  おそらく先輩は拒まないだろう。  だから、ダメなのだ。  先輩を傷つけないように、耐えろ、俺!  可愛い後輩を演じ続けるんだ。 「タクロー……」 「好き……」  先輩として――  言外の意味を読み取り、自分に言い聞かせた。 「俺も好きですよ」  俺は答えた。  後輩として、と心で付け加えながら―― 「ああ……」 「あああ……!」  次の日。  屋上に上がると、なんと。 「朝から三咲が悶えていた……!」 「マジで?!」 「なかなか意外な展開ですね」 「何かの発作かよ?! ヤバくね?」 「悶えてなんかいないっ!」 「あ痛たたたたたたっ!」  ジャブ攻撃を全身に浴びる。  口は災いの元である。 「で、何で悶えてんだよ? 三咲」 「不謹慎は禁止……」 「だから、悶えてないっ! あれを見て感動していたんだっ!」  三咲はビシッ! とアンテナを指差す。  フォールデッドダイポールアンテナ。  学園祭で大活躍する予定の素敵アイテムである。 「おお! 新品になってるな!」 「昨日で、業者の工事が終わったんだ! どうだ、立派だろう?!」 「あの、朝陽を浴びてそびえ立つ姿! あれぞ、まさに――」 「私達の青春の象徴だ!」  三咲は超興奮していた。 「確かに新品のアンテナ見るとテンション上がるなっ!」 「だろう? 田中くんもわかるだろう?!」 「おうとも!」 「ああ……!」 「ああ……!」  悶える女子が増えてしまった。 「私には、まるでまったくこれっぽっちも理解できません」  そんな二人にナナギーが冷ややかなコメントを送った。 「だよなぁ」 「うーん、私はちょっとだけわかるかな」 「え? そう?」 「うん、そそり立つってトコがポイントなんじゃない?」 「あー」 「そそり立つじゃない、そびえ立つだっ!」  真っ赤になって反論する。 「あ、間違えちゃった」 「てへ、ぺろっ♪」  舌を出して、お茶目を演じる計。 「うわっ、ムカつく」 「可愛いだけに、余計イラっとしますよね……」  不評である。 「えー」 「可愛いのにムカつくって、どうすればいいでありますか?」 「あざといのが見え見えなのがダメなんじゃね?」 「うむ、計は計算でやってるからな」 「計なだけに!」  ドヤ顔で渾身のギャグを披露する。 「……」 「……」 「……」  でも、何故か皆は急に無言になる。  そして、夏なのに北風が吹きすさぶ。  屋上に取り返しのつかない空気が流れた。 「すんませんした――っ!」  その場で土下座を敢行した。 「タクロー」 「どんまい……」  先輩の優しさが身に染みた。  全員でアンテナの復活を確認した後、部室に戻る。  早速、今後に向けての会議を始める。 「学園祭に向けて、設備の準備はほぼ整いました……」 「ですねっ!」 「これでもう勝ったも同然だっ!」 「三咲さん、いえーい」 「うむっ!」  計と三咲がハイタッチする。 「いやいや、待てよ、二人とも」 「まだハード面が整ったってだけだろ?」 「そうですね。肝心のソフト面が全然です」 「何を放送するのか、まるで決まってません」 「ん」 「それを今から決めましょう」 「タクロー、ホワイトボードの準備、お願いしていい?」 「少々お待ちを!」  すぐに立ち上がって、奥から運んでくる。 「では、司会も俺がしますから」 「部長様は、ご着席してごゆるりとしていてくだされば!」  先輩のためにイスを引く。 「いいの?」 「へい!」 「先輩のお美しい、白魚のような指が汚れるといけやせんからっ!」 「是非、あっしにお任せくださいっ!」  下っ端の岡っ引きのように振舞う俺。 「兄さんは、どこまで南先輩に対して低姿勢なんですかっ?!」 「……ここまで来ると感心すらする」 「タク、完全に調教されてんな……」  先輩以外の女子全員に、侮蔑の視線を向けられる。 「違う! 調教とか言うなっ!」 「敬愛する先輩に対しては自然にこうなっちゃうんだよ! 普通だよ!」 「男は誰もが素敵な姫様の前では、家臣のように傅くしかないんだよ!」  ホワイトボードを叩きながら、力説する。 「うむ、それはわかるぜ、拓郎」 「男は本当にいい女のためなら、何だってやれるモンだからなっ!」  唯一、修ちゃんだけが俺の味方だった。 「わかるか! 親友!」 「わからいでかっ!」  二人で親指立ててサムズアップ。 「南先輩、一言どうぞ~」  計がマイクに見立てたボールペンを先輩の方に向けた。 「……ノ、ノーコメント……」  さすがの先輩も照れていた。 「そっかそっか~」 「じゃあタクと神戸は、私の言うことも何でも聞いてくれんだよな?」 『HAHAHAHAHA!』  同時に笑い飛ばす。 「ちょっ! 何でだよ?!」 「流々、ナイスアメリカンジョーク!」 「アメリカンでも、ジョークでもねぇよ!」  流々はテーブルを叩いて遺憾の意を表した。 「いいから、ほら、また脱線してるぞ、沢渡くん」 「そろそろ放送について話し合いましょうか、兄さんこの野郎」 「ういー。では、意見のある人ー」  三咲と七凪ににらまれつつ、本題に戻る。 「はーい!」 「ほい、計」 「沢渡拓郎観察日記の朗読!」 「そんなもんねぇよ!」  即座に却下。 「いえ、私がつけてますけど」 「マジっすか?!」 「はい、ちゃんと前の方に伏線が」  伏線って言わないで七凪さん。 「ご希望とあらば、ご提供しても」 「是非!」 「了解です」 「うん、笑いはとれそうだな」 「俺を犠牲に笑いを取るのはやめてっ!」  ひどい部だ。  でも、意見として出た以上、ホワイトボードには書く。 「おう、拓郎! いいの思いついたぜ」  修二が挙手。 「よし修ちゃん、一発頼む!」  超期待する。  このままだと俺の観察日記の公開が決定してしまう。 「俺と拓郎の24時間ライブ、生放送っ!」  おい。 「何だそれは? 沢渡くんと神戸くんが24時間、歌うのか?」 「ああ!」 「えー」 「電波の無駄使いじゃねーか」 「新品のアンテナが不憫ですね」  あからさまにダメっぽい意見である。  でも、一応それも書く。 「はーい、では他に意見がある人ー」  ないと困る。  この中からは絶対決められない。 「……はい」  先輩がすっと手を上げる。 「是非それでいきましょう!」  即座に賛同した。 「おい、沢渡くん、まだ南先輩は何も言ってないじゃないか?!」 「どこまで盲目的なんですか?!」 「贔屓! 贔屓!」 「贔屓! 贔屓!」  シュプレヒコールの波が押し寄せてくる。 「うっさいわ、この小娘どもがっっっ!」  くわっ! と目をむく。 「南先輩様の御意見が、俺観察日記や、俺と修ちゃんライブより悪いわけないだろうが!」  唾を飛ばす勢いでまくし立てる。 「さあ、南先輩! こいつら下っ端部員どもに聞かせてやってください!」 「先輩の知性あふれる、御意見をっ!」 「ん」  こくんと頷き、 「タクロー観察日記……」  な、なんだってーっ?! 「――というのは冗談……」  その一言にホッとする。 「もう! 先輩のお茶目さんめっ♪」  上機嫌で優しくツッコむ。 「ふふっ」 「私の時と態度が全然違うですよ、沢渡さん!」 「……諦めろ。タク的に、計も私と同じカテゴリーの女なんだよ……」 「流々と同じとかありえないっす~!」  計が泣き伏す。 「何でだよっ?!」  女の争いが勃発した。 「ふ、醜いヤツらめ……」  鼻で笑う。 「いや、キミのせいだろ?」  三咲がジト目になる。 「もういいですから、早く南先輩の御意見を伺いましょう」 「それがダメなら、兄さん観察日記、めぐりあい体育倉庫編を一般公開です」 「それ、微妙に気になるな……」 「気にしなくていい! さ、南先輩、さくっとお願いします」 「以前に言ったけど、今回の学園祭は私にとって最後の学園祭」 「可愛い後輩と楽しい思い出を作りたい」  先輩は静かに言葉を紡ぐ。  決して押し付けがましくはない。  でも、そこにこめられた想いの強さは、充分感じられる。  皆、自然に居住まいを正した。 「だから、全員で参加できるモノ」 「ラジオドラマがいいと思う」 「ラジオドラマとは……音だけで構成する舞台劇みたいなモノだな」 「そう」 「全員に役を与える」 「確かにそれなら皆で参加できますね」 「いいんでない?」  概ね好評。  さすがマイ女神の意見である。 「あー、でも全員は難しいかもな」 「機材の操作をやる人間もいるし」 「それは交代でいいと思う」 「常に全員が演じてるわけじゃないだろう?」 「でも、いったんドラマ始まったらブースに出入りはできねーぞ」 「マイク雑音拾っちゃうだろ?」 「ああ、そっか」 「いや、ドラマの間に短いインターバルを置いて、その間に入れ替わればいいんじゃないか?」 「演劇にだって、幕はある」 「ああ、それならできるな」 「どうしても難しい時は、鬼藤先生にヘルプを頼みましょう」 「だね。顧問だし」 「てか、『私にも役をよこせよ、しゃわたりくん!』って言うんじゃね?」 「俺に言われても」 「兄さんが一番仲がいいじゃないですか」 「小豆ちゃん担当ってことで」 「タクロー、部長承認したから」 「勘弁してくださいっ!」 「ふふ」  先輩はあいかわらず柔和な笑みを浮かべ、俺達のやりとりを見守ってくれていた。  昼食をはさみつつ暑い中、熱い会議は続いた。  もう皆汗だくだ。  でも、楽しい。 「――じゃあ、配役はオーディションで決めるっと……」 「とりあえず、こんなもん?」  ペンを持ったまま仲間達を見渡す。 「あ、沢渡くん、脚本担当はどうするんだ?」  三咲が俺を見て尋ねる。 「あー、そっか。じゃあ、やりたい人ー!」 「はーい!」  計が元気に手を上げる。  やる気に満ち溢れた顔をしていた。 「おお、計、やってくれるか?」 「沢渡さんを強く推薦しますっ!」  おい。  俺を推薦する気に満ちていたのか。 「異議なーし!」 「異議なーし!」  えー。  賛成の声の渦にうろたえる。 「タクロー……」 「私も、タクローが書いてくれた脚本を読んでみたい……」  ぱあああああああっ! とおなじみのミラクルが発生する。 「わかりました!」  すぐに快諾する。南の先輩を裏切るような沢渡拓郎ではないのである。 「拙者に、お任せあれっ!」  胸を叩きまくった。 「いいのか? こんなに安易に決めて……」 「本人がやる気を出してますから」 「そうそう~」 「よし、こんで予定は全部決まったな!」  うむ。  この通りやっていければ、学園祭はばっちりのはずである。 「南先輩」 「ご承認をいただけますか?」 「ん」  小さく頷く。 「ぱちぱちぱち」 「よく出来ました……」  拍手をもって承認された。 「決まったな! 皆!」 「この予定なら余裕で間に合うぜ! しゃあっ!」 「しゃあ!」  全員の士気があがる。  いい雰囲気だ。 「おーし、このままの勢いで一気に準備を終わらせて――」 「えー、少しは遊びませんか、沢渡さん」 「へ?」  上げかけた腕を止める。 「結構余裕あるってわかったし、海行こう~。海~」 「海ですか……。日焼けが心配なんですけど」 「いいじゃん、ナナギー、私がサンオイル塗ってやんよ~!」 「前も後ろも丹念に……」 「うひょひょ、うひょひょひょ……」  手をわきわきさせながら、恍惚とした表情になる。  ただの変態だった。 「ひっ……!」 「兄さーん!」  怯えた妹は俺の背後に身を隠した。 「田中は危険だし、置いていこうぜ」 「流々はお留守番なっ!」 「冗談だよ! やだよ! 連れてけよ~!」  と言いつつまだ手はわきわきさせていた。  イマイチ信用できなかった。  ともあれ、海か。 「どうします先輩?」 「……タクローは行きたい?」  問い返される。 「え? そりゃ――」 「自分、先輩の水着超拝みたいっす! 写真に撮りたいっす!」 「――え?」 「そして、夜はその写真を使って一人プレイ――そ、それ以上は言えないっすよ! 先輩! エッチッチ!」 「タクローが私の写真で一人プレイ……?」  首まで赤くする先輩。 「何勝手に言っとるんじゃー! こらーっ!」  速攻、俺の背後にとりついていた幼馴染ーズを追い払う。  俺はそんなキャラじゃねー。 「せっかく、気を利かせてやったのに~」 「タクの胸の内を代弁してやっただけだろ?」 「代弁してねーよ!」  失礼な。  俺がマイ女神様を、そんな汚らしい欲望の捌け口にするわけがないのだ! 「……行きましょう」  頬を紅潮させながら先輩が答えた。 「やったー!」 「楽しみだな!」  皆はいっせいに盛り上がる。 「いいんすか? 先輩」 「いい……」 「皆、喜んでる……」 「だから、いい……」  にこにこにこ  あいかわらずの聖母っぷりである。  先輩がそう言うなら、もう俺は何も言うことはない。 「明日が楽しみ……」 「そうっすね!」  先輩の泳ぐ姿が久々に見られる。 「タクロー」 「……私の写真撮ってもいいから……」 「ぶっ?!」  吹いた。 「……タクローなら、使ってもいいから……」  何に?!  一夜明けた次の日。  本日も夏の太陽はガンガン気温を上げまくっていた。  なので予定通り、我が放送部は―― 「緑南海浜センターにやってきましたー! 海水浴でーす!」 「早速、遊びに来てる皆さんにインタビューしてみましょ~」  海パンを履いた俺はリポーター風に、架空のマイクを部員達に近づける。 「こんにちは~。そこのお嬢さんちょっといいですか~」 「いいっすよ~」  ノリのいい計が早速、合わせてくれる。 「大変素敵な水着ですね? どこで買ったのですか?」 「ダ○エー、新松○店です!」 「さすが、ダ○エー! 長ランだけじゃなく、こんな可愛らしい水着まであるんですね~」 「もちろんですよ! お買い物に迷ったらとにかくダ○エーですっ!」 「貴重な御意見、ありがとうございます!」 「いえいえ~」 「……田中くん、また沢渡くんと真鍋くんが妙なコトを……」 「あー、海に来て、本能が目覚めたんじゃね? 小芝居の本能」 「兄さんと真鍋先輩は、どんな生物なんですか……」 「おう! 拓郎! まだこんなトコいたのかよ! お前もさっさと泳ごうぜ!」  一足先に海に出ていた修二が、眩しい笑顔でやってくる。  眩しい股間もやってくる。 「ちょっ?! お前またその海パンかよっ!」  一歩後ずさる。 「――なっ?!」 「げっ」  女子の皆さんは三歩後ずさる。 「ん? 別にいいじゃねぇか」 「あれほど今年は女子率が高いから、ノーマルのにしろと口を酸っぱくして言ったのに!」 「そんな猛々しいモノを一般公開しやがって……」  修ちゃんの股間を、震える指で指差した。 「神戸、へんたーい」 「こんなトコで、興奮すんなよー。膨らますなよー」 「え? じゃあ、神戸先輩は今……」  七凪がみるみる頬を赤くする。 「こ、神戸くん! 私を見ないでくれっ!」  三咲は腕で胸を隠していた。 「しまえよー、もっとコンパクトにできるんだろ?」 「これ以上、コンパクトにできるかっ!」  涙目で俺は小さくないと訴える修二。  ちょっとだけ可哀想だった。 「いいから、先輩が来る前にそれを隠せ!」 「先輩が怯えるだろうがっ!」  修ちゃんの股間に砂を投げる。  水着の股間部分にだけ砂がついた。  もっと目立ってしまった。 「わははははは!」 「何笑ってんだ! こらっ!」 「兄さん、これは根本的な対策をしないと無理ですよ!」 「うむ! こいつそのものを隠そう。流々!」 「おーし、皆、神戸埋めんぞー!」 「らじゃー!」  計の掛け声とともに、女子全員が修ちゃんの身体に砂を投げる。  砂嵐だった。 「ちょっ?! 待て! こらっ!」 「今だっ!」  修二がひるんだスキに俺がタックルをかます。 「うおっ?!」  俺も倒れたが、修二も倒れる。 「よっしゃ! 砂かけろっ! 超かけろっ!」 「はい」 「えいえいっ!」 「砂風呂、砂風呂~!」 「こーらー!」  怒涛のごとく押し寄せる砂に修ちゃんは、あっという間に埋まる。  で、俺もいっしょに埋葬される。 「――って、俺もかよ?!」  俺と修二は首から下を全部砂山の中に。 「親友だろ? 付き合ってやれよ~」  にまにまと笑いながら流々は砂山を足でつつく。 「お似合いのカップルだな、沢渡くん」  カップル言うな! 「相合傘書いといてあげるね~」  計は嬉々として砂山に『神戸×タク』と指で書く。 「ひどいよ、真鍋さん!」  それ相合傘じゃないし。  つーか、相合傘より嫌なんですけど。 「兄さん、受けなんですね……」 「違うわっ!」 「!? 攻めですかっ?!」 「違う! それ以前の部分で違うからっ!」  妹の思考が残念すぎて、泣きそうな俺である。 「……うっ」 「うおりゃあああああああああっ!」  気合とともに修二は、怪力で砂山から脱出した。 「てめぇらも埋めてやるーっ! ごらああああっ!」 「きゃー! ヘンタイ復活ーっ!」 「一時撤退だーっ!」 「七凪くん、逃げるぞっ!」 「は、はいっ」  四人の女子がきゃーきゃー言いながら、渚へと駆けて行く。  修二は「待てー」と追っていく。  何か青春してた。  一方、俺だけはまだ砂山に埋まっていた。 「こーらー!」  ご無体な。  このくそ暑いというのに、いつまでも埋まっていられるか。 「ぬおおおおおっ!」  気合を入れて、身体を起そうとする。  でも、無理だった。砂が重過ぎる。 「ノオオオオオオオオオォッ!」  誰か助けて!  テレパシーを飛ばす。できないけど。 「タクロー?」  俺の目の前に女神様が降臨した。  息を飲む。  大迫力のスーパーエクセレントなボディに。  あ、そんなに前かがみになったら! 谷間が!  谷間に落ちちゃう! 落ちたいけど! (思考力低下中) 「せ、先輩、どうもっす」  とりあえず挨拶する。 「ん、こんにちは」  微笑する。  犯罪的なボディなのに、表情は純真な少女そのもの。  ギャップがっ!  ギャップ萌えキタ――っ!  悶える。 「ところで、タクロー」 「は、はい」 「どうして埋まってるの? 趣味?」 「いやいやいや!」 「そんな特殊な趣味はないですよ! 皆にふざけて埋められたんです」 「む」  形のいい眉がちょっと上がる。 「私のいない間に、タクロー女の子と遊んでた……」 「タクローのイジワル」  拗ねた。  えー?! 「違いますよ! 全然遊んでませんって」 「どっちかというとイジメられたんですっ!」 「どうだか」  つーん、という擬音が聞こえてきそうな拗ねっぷりである。  二人きりの時の先輩モード。  可愛い先輩に胸の鼓動が強くなる。 「ウチの部の子、皆可愛いから……」 「どうせ私じゃ、太刀打ちできない」  へ?  何を仰るのか、このお人は。 「そんなことないですって! 先輩もメチャ魅力的ですから!」 「思春期男子は、先輩を一目見ただけでイチコロっすよ!」  必死に主張する。  この人は自己評価が低すぎるので、ちゃんと理解させないといけない。  そのせいで色々とトラブルを生むことだってあるのだから。 「――本当?」  のぞきこむように顔を近づけてくる。 「本当ですって」  こくこく頷く。  今は首しか動かせない俺。 「私、思春期男子イチコロ?」  ずいっ  さらに顔が至近距離に。 「そ、そうっす」  言いつつ焦りだす。  だって、先輩の顔すごく近い。  唇の形がはっきりとわかるくらいに。  艶っぽい。思わず吸い込まれそうになる。 「タクローも、イチコロ?」  ずずいっ  息のかかりそうな距離。  微かに濡れた瞳をしていた。  先輩ダメ!  俺の男の子の部分が色々とダメっ! 「せ、先輩……近いですよ……?」  顔をそらしつつ声を出す。 「ふふ、タクローは今動けない」 「私の思うがまま……」  ふっと耳に息を吹きかけられた。 「はわわわわわっ?!」  不意の攻撃に全身が総毛立つ。  でも、1ミリも動けない。 「ふふ、タクロー、顔真っ赤……」 「可愛い……」  先輩嬉しそう。  めっちゃ嬉しそう。 「せ、先輩、もう悪ふざけはそのへんにして……」  このままじゃどうかなってしまう。 「ダメ」 「こんなチャンスはめったにない」 「ちゅ」 「のわわわわわっ?!」  首スジにキスを?!  何ともいえない感覚が全身に走った。 「先輩ダメダメダメっ! もうダメっ!」 「そんなとこに口つけたら、汚いからっ!」 「? タクローが汚いわけない」 「ちょっとしょっぱかったけど、好きな味……」  しっかり味わわれていた。  恥ずかしいです。  泣いちゃいそう。 「もう勘弁してください……先輩……」  少女のように恥じ入る。  今日の南ちゃんは大胆すぎです。 「大丈夫」 「お姉さんにすべて、委ねなさい」 「……ちなみにこれから何を俺にするおつもりで?」  おずおずと尋ねた。 「んー……」 「まずはキスとか」  あっさりと。  ちょっ?! 「いやいやいや! さすがにそれはマズイでしょ!」  男の俺の方がうろたえる。 「タクロー、大丈夫」  優しく俺の髪を撫でながら言う。 「な、何でですか?」 「外国では挨拶だから」  ええー?! 「こっちを見て……」  ぐいっと顔を少し強引につかまれた。 「あっ」 「タクロー……」  じっと見つめられる。 「せ、先輩……」  ごくんと唾を飲む。  いいのか?  いや、でも待て。それはやっぱり。  どうして? これも単なる友愛の情の表現なのか?  先輩の真意がわからない。 「タクロー、私……」  先輩の顔が、唇が、俺に迫る。  ――ダメだ。  もう、俺は拒みきれない。  俺はそっと目をつむる。  すると。 「ナナギーソルトウォーター!」 「ぐわっ?!」  掛け声とともに、海水を顔面に目いっぱいかけられた。 「ごほっ! ごほっ! ごほっ!」  咳き込む。 「何を先輩とイチャついてらっしゃるのですか、兄さんこの野郎」  でっかいライフル型の水鉄砲を抱えた妹が、仁王立ちで立っていた。 「いや~、タクは動けなくてもエロエロですな~」  同じく水鉄砲を手にした計もニヤニヤと笑ってこっちを見ていた。 「動けないからって、先輩にご奉仕させてたのか? タクやるじゃねーか」  流々は両手にハンドガンっぽい型のモノを持っていた。 「そんな事させてないっ!」  俺は潔白だ。 「ウソをつきなさい、兄さんこの野郎」 「先輩の方からタクにせまるわけないじゃん」 「どうせ弱みでもにぎって、エロ行為を強要したんだろ?」  ひどい言われようである。 「み、皆、違う……」  おろおろと先輩が慌てふためく。 「部長殿! こんなエロ魔人庇わなくてもいいっすよ!」  チャキっと水鉄砲を構える計。 「兄さんを塩水で清めましょう」  ナナギーも俺に狙いを定める。 「――タク、若さゆえの過ちを認めるがいい!」  流々は他の二人より距離をつめてくる。  そんなそばで撃ったらいてーよ! 「じゃあ、タク」 「何か言い残すことは?」 「俺は何も悪く――」 「撃て!」 「せめて全部言わせろよ?!」 「あだだだだだだだだだだだだたっ?!」  夏空の下、俺の刑が執行された。  海水が口に、鼻にと入って大騒ぎ。  この夏、俺のまさにしょっぱい思い出となった。 「あ、ひりひりする……」 「どったの? 三咲さん」 「日焼けしたとこがちょっとな」 「おいおい、日焼け止めくらい塗っとけよ」 「三咲先輩、肌キレイなのに無頓着ですね」 「はい……」  先輩が三咲に何かを手渡した。 「これは……?」 「私が使ってる化粧水……」 「とってもいいから、試してみて」 「あ、ありがとうございます!」 「あー、いいな、あたしにも使わせて」 「私も私も!」 「私にも見せてください」 「明日、皆の分も持ってきてあげる……」 「やったーっ!」 「明日はホームランだっ!」 「田中くん、驚愕するくらい古いなっ!」 「ふふ」  10メートルほど前方で、女子達がかしましい。  俺と修二、男子二人はその後を歩く。 「こうして見ると」  前を見ながら修二が口を開く。 「ん?」 「やっぱ、南先輩は他の女子と違うな」 「ああ」 「他の女子の姉っていうか、大人っていうか」 「俺達にとっても、頼れる人だしな」 「ああ。でもよ、拓郎」  急に修二が真面目な表情になる。 「何だ?」 「たまに俺、先輩結構無理してんじゃねぇかって思うんだよな」 「……」  修二の言葉に俺は黙り込む。  それは、俺も感じていたことだからだ。 「お前さ」 「ん?」 「先輩の相談とかのってやってくれよな」  俺の肩を叩きながら言ってくる。 「そりゃのるけど。だけど、俺だけじゃなくてお前ものれよ」 「そうしてーけど、俺じゃ無理だ」 「何で?」 「壁がある」 「壁?」 「ああ、先輩は優しいけどよ、何ていうか……本当の本音は俺には見せてくれない感じがする」 「悔しいけどな」  ポツリと言葉を落とした。 「そんなことないだろ」 「先輩は、修二のことも好きさ。後輩のこと、皆、等しく」 「お前は特別じゃね?」 「んなことねーし」 「てか、拓郎、お前さ」 「何すか、修ちゃん」 「先輩に何で告らねーの?」 「ぶっ?!」  吹いた。 「急に何言ってんだお前はっ!」  修二めがけてパンチを放つ。 「いや、お前先輩好きなんじゃねーの?」  軽くスウェーで避けながら、まだ聞いてくる。 「お前だって、好きだろーが!」  もう一発。 「好きだけど、俺は脈ないしな~」  またさくっと避けられる。 「脈なら俺もねーよ!」  ちょっと捨て鉢気味に言った。 「あ? んなことねぇだろ?」 「お前だけ特別仲いいじゃねーか」 「あやかりたいね、っと!」  今度は修二からの攻撃、俺もフットワークを駆使してかわした。 「……なあ、修二」  修二とボクシングごっこをしながら会話を続ける。 「ん?」 「お前だから言うけどさ」 「ああ、何でも言ってみな」 「俺、1年前、」 「先輩にフラれちまった――」  ――再び1年前。  放課後。  俺は先輩に連れられて、放送部の部室の前までやってくる。 「どうぞ」 「お、お邪魔します」  恐縮しつつ中へ―― 「ダメっ」 「――ぐおっ?!」  入る前に襟首をつかまれて、無理矢理停止させられた。 「な、何がダメなんすか?」  喉元を撫でながら尋ねる。 「ここはもう沢渡くんの部室」 「お邪魔します、は変」 「リテイク」  睨まれた。  しょうがないなぁ。 「えーと……」 「こ、こんにちは~」  フレンドリーさを醸し出しつつ、部室の扉を―― 「違う」  開ける前に、また襟首をつかまれる。 「まだ固い」 「よそよそしい」 「テイクスリー、スタート」  俺の頭の中でカチンコの音が鳴り響く。  難しいなあ。  まるで新人役者にでもなった気分である。 「ち、ちゅーす!」  体育会系のノリでやってみた。 「んー……」  先輩はあごに右手の親指と人差し指をあてながら考える。 「ギリギリOK」 「明日はもっといいのお願い」  橘監督、マジ厳しいっすね。  ようやく中に入る。  思ってたよりもキレイに整理されていた。 「どこでもいいから、座って」 「はい」  一番そばのイスを引いて、腰掛けた。 「では、早速」 「放送部についての説明ですか?」 「ううん」  ふるふると首を振る先輩。 「まずはお互いの呼び方を決めます」 「はっ? 呼び方? 俺と先輩のですか?」 「ん」  こくんと首を縦に振る。 「今まで通りで別にいいんじゃ――」 「それは、あまりお勧めできない」 「よそよそしい」 「壁を感じる」  橘先輩はパントマイムのような動きで、壁を表現する。  何気に上手い。器用だ。 「はあ。じゃあつけてもいいですけど……」  要はニックネームだ。  計はタクって呼んでるけど、これでいいかな。 「俺はタクでいいですよ」 「タク?」  きょとんとされる。 「拓郎なんで」 「んー……」  先輩は少し渋面になる。 「実は沢渡くんの呼び方はもう考えてきた」 「あ? そうなんですか?」 「とても沢渡くんにぴったり」 「きっと気に入る」 「できればこれで」  ヤケに推してくる。  先輩がそこまで言うなら、断る理由もない。  それに先輩にニックネームつけてもらえるなんて、ちょっと嬉しい。 「わかりました」 「先輩がせっかく考えてくれたんですから、そっちでいきましょう」 「いいの?」 「いいっすよ」 「……嬉しい」 「沢渡くんに最大級の感謝を……」  ぱああああああっ!  俺の目の前に眩しい光が射す。  ちょ?! ミラクル?!  何か部室でミラクル起きてない?! 「と、とにかくですね」  奇跡をスルーして話を戻す。  俺はスルー力には定評があるのだ。 「先輩の考えたニックネームを教えていただいても、いいですか?」 「ん」  先輩が力強く頷いた。 「実はとても迷った」 「そうなんですか?」 「いいのが浮かびすぎて」 「サワッタリーノも、サワノスケも良かったけど」 「いや、それだとたぶん俺が泣いちゃいますから……」 「でも今朝、閃いた」 「沢渡くんの顔を思い浮かべたら……まるで天啓のように」 「答えはこんなにもすぐ近くにあった……」  またミラクルが起こる。  やはり先輩は聖女様なのかもしれない。 「沢渡くんのニックネームは――」 「ニックネームは?」 「是非、鬼○郎で」 「すんません、マジ勘弁してください」  妖怪退治をするつもりはない。 「なら、次点のタクローで……」  とても残念そうだった。 「じゃあ、次は先輩ですね」  早目に話題をチェンジさせる。  これ以上話して、タクロー以下にはしたくない。 「私のは……」 「できれば、タクローが考えてほしい」 「マーべラスなのを」  えー。 「俺、女の子の愛称とかつけたことないんですけど」 「なら、是非私をタクローの最初に……」 「初体験は私で」 「――ごふっ?!」  がごっ!  俺は盛大に顔面をテーブルに打ち付けた。 「先輩、女の子がそーいうこと言っちゃダメ!」  額を撫でながら言う。 「? どうして?」  小首をかしげて、純真な瞳を向けられる。 「ど、どうしてってですね……」 「へへへっ、わかんないなら、お前の身体に直接教えてやるぜっ! うらあっ!」 「ああ、タクロー、何を……」 「さあ、南ちゃん、俺といっしょに大人への階段を登るんだっ!」 「あーれー! いーやー」 「ご慈悲を~」 「そんなこと言っても身体は(以下略)」  こんな妄想が一瞬の内に俺の脳裏に展開される。  はい、立派な変態ですね! 「――って、馬鹿っ!」  がごっ! がごっ!  自らテーブルで額を強打する。 「タクロー?」 「死んでしまえ! こんな薄汚れた俺なんか死んでしまえ!」  泣きながら自らに罰を与える。 「どうしたの?」 「やっぱり俺はダメなんやーっ! どうしようもない下衆な男なんやーっ!」 「こんな俺は南ちゃんのそばにいたらアカンのやーっ!」  汚れちまった悲しみに涙する俺。 「――南ちゃん?」 「私、南ちゃん……」  恍惚とした表情で先輩が三度奇跡を起こす。 「橘先輩?」 「タクロー、ノンノノン」  ちっちっと人差し指を横に振る。 「私は南ちゃん」 「もしかして、俺にもそう呼べと?」 「当然」 「南ちゃんは南ちゃんなのだから……!」  めずらしく先輩がドヤ顔だった。 「えー、でも年上をちゃんづけなんてできませんよ」 「ウソ」 「タクローは最近、鬼藤先生を小豆ちゃんと呼んでる」 「すみません、彼女は特別枠なんで」  合法なアレなんで。 「しゅん……」  と口で言っていた。 「じゃあ、間とって南先輩でどうですか?」 「んー……」  考える。 「南ちゃん先輩なら……」 「いや、それは……えーとですね……」  今後この人とやっていけるのか、ちょっと不安な俺だった。  こうして、俺と南先輩二人だけの新生放送部は活動を開始する。  やることは昼休みに曲をかけることと、学園からの連絡事項を流すことの二つだけである。  ぶっちゃけ余裕だ。 「――と思ってた時期が俺にもありました!」  専門用語だらけのマニュアルを泣きながら読む。訳わかんねー!  連絡事項の放送で噛みまくる。泣きてー! 「タクロー、これ」  先輩から連絡事項が記されたメモ紙が渡される。 「この通りに読めばいい」 「あのー」 「ん?」 「南先輩、俺噛んじゃうし、先輩の方が声キレイだし」 「先輩が読むなんていう選択肢は……」 「出ない」  笑顔でさくっとずばっと言われる。 「苦手だからと言って逃げていては、上達しない」 「タクロー、ファイト」  励まされる。  言い方はソフトだが、南ちゃんはスパルタなのであった。  つまりソフトSですね!  ……すみませんすみませんこんな主人公ですみませんっ! 「タクロー、始めましょう」 「う、ういっす」  マイクの前に座る。  まずはアナウンスの前の告知音を。 「お、お知らせします」  緊張しつつメモを読む。 「鬼藤先生、鬼藤先生、学園長がお呼びです。お説教するそうです。至急――ぷっ」  いかん。  ツボに入ってしまった。  だって、小豆ちゃんまた叱られてる! もう俺何度もコレ読んでる!  マジ受ける! 「し、ぷっ、至急……ぷぷっ……!」  必死に耐える。  身体がぴくぴくと痙攣する。  苦しい。でも耐えねば。 「し、至急、が、学園長室まで、お、お越しくださいっっっ!」  つっかえながらも何とか読む。 「繰り返します、鬼藤先生、学園長がお呼びです。お説教するそうです。至急、学園長室まで、お、お越しくださいっ!」  放送終了。  よし。  上出来とは言えないが、最低限のことはやった。 「はぁ……」  脱力して頭を垂れる。 「ん」 「タクロー、グッジョブ」  先輩が後ろから肩を揉んでくれる。 「ど、どうもっす」 「大分慣れてきた」 「あと一息」 「そ、そうですかね?」  苦笑する。 「私が保証する」  先輩がそう言ってくれるとちょっとだけ自信がつく。 「ただ……」  先輩がそっと俺から視線をそらす。 「? ただ、何ですか? 先輩」 「最初にマイクスイッチを入れていたら、もっといい……」  何いいぃぃぃぃぃっ?!  今までの放送されてねー!  意味ねー! 頭を抱えてのけぞる俺。 「タクロー、ドンマイ……」  頭を優しく撫でられる。 「いっそ、このクズ野郎とののしってください……!」  俺はめそめそと顔を手で覆って泣く。  前途多難である。  新生放送部は色々と大変だった。  でも、先輩と二人だけの部活は楽しい。  好きな人と二人きりでいられるんだから、それは当然だ。  先輩は思ってた以上に無防備な女の子で、スキを見せるといきなり後ろから抱きつかれたり、俺の顔を胸に押し付けたりしてきた。  俺は日々どんどん身も心も先輩色に染まっていく。  先輩をどんどん好きになっていく。  そして、それは俺の日常生活にも多大な影響を与えるわけで―― 「――兄さん」 「私の愛する前髪が残念な兄さん、ちょっとこっちに来てください」 「前髪残念言うな」  と言いつつも妹の前に座る。 「兄さんに、確認したいことがあります」 「いいけど、何?」 「ここ最近、兄さんはとても元気です」 「――何故ですか?」  ずいっとテーブル越しに身を乗り出して訊いてくる。 「おいおい、元気なら別にいいじゃん」 「七凪も元気になったし、俺も超元気! 何も問題ナッシングじゃ~ん♪」  身体を横に揺らしてご機嫌な俺を表現する。 「確かに元気なのは大変結構です」 「私が長く入院してたせいで、兄さんまで荒れてしまってた頃は私も辛かったです」 「ぶっちゃけ私、おわびに兄さんに色々捧げちゃおうかと思ったくらいですから」 「ナナギー、兄ちゃん何をとは聞かないからね? ツッコまないからね? 話広げないからね?」  あえて地雷を踏む勇気はない。 「……まあ、今だけはそれは置いといて」  今だけなのかい。 「最近の兄さんは元気すぎます」 「正直、浮かれてます。見てて恥ずかしくなるくらいに」  えー? 「俺、そんなに浮かれて――」 「浮かれてます」  ぴしゃりと言い切られる。 「たとえば昨日、兄さん鼻歌を歌いながらお風呂に入ってました」 「1時間23分も」 「しかも、全部ラブソング。デレデレした声で悦に入って。絶対変です」 「……あのー、七凪さん」 「何ですか?」 「何故に俺の入浴の様子をそこまで正確に把握して……?!」 「――え?」 「え、えっと、それは……その……ちょっと兄さんの下着を拝借――い、いえ!」 「今はそんな瑣末なことはどうでもいいのです!」  キッとにらまれる。 「瑣末じゃないよ! ていうか俺の下着に何してたの?!」  俺はすでに涙目だった。 「とにかく、兄さん勝手に学園でラブしちゃってますね、この野郎!」  強引に話を進めるナナギー。  ごまかし気味のせいか『この野郎』のキレがちょっと悪い。 「いいじゃん、俺だって思春期だしラブさせてくれよ! 見逃してください七凪さん!」  兄は今ここに独立を宣言した。 「――?! 兄は妹以外と結婚できないというのに、兄さん何をっ?!」 「そんなわけねー!」 「でも、ここはそういう世界観なのでは?」  ナナギー、世界観って言っちゃダメ。 「どうせ兄さんは最後には、泣きながら私の元に帰ってくるんですから」 「無駄な抵抗は最初から止めた方が」  七凪はふぅと息をつくと、やれやれと両腕を広げる。  ムカつく仕草である。  くそ、このままでは兄の沽券にかかわる。  ならば。 「よし! 今度、彼女作って家に連れてきてやるっっ!」 「はぁ? マジですか?」  ナナギーが果てしなく疑わしいぜこの野郎、という目をしていた。 「この沢渡拓郎の名にかけて!」  さよなら、寂しい昨日までの俺。  こんにちは、先輩とラブラブな俺。 「ふ」 「鼻で笑わないで、妹よ!」  マジ泣けるから。  そんなわけで、ついに先輩に告白することを決心する。 「やっぱり直接言うのがいいよな!」  これしかない。  正々堂々正面突破だ。  メールや電話で告白?  は! 女子供じゃあるまいし。 「自分、男ですからっ!」  男の中の男をきどりつつ、明日の段取りを考える。 「部活の時、部室で言うことになるけど……」  いつ言うべきか。  先輩が来てすぐ言うか?  いや待て。 「あのせまっくるしい部室で告白ってどうよ?」  はっきり言ってムードはない。  ロケーションも大切だ。  なら、どこがいいのか? ムーディな場所だ!  彼女がうっとりするような素敵恋愛スペースを探すのだっ! 「よし、早速、ぐぐってみっか!」  PCを起動して、検索エンジンにかけることに。  まずはネットで検索が基本。 「自分、現代っ子ですからっ!」  いつもエロサイトくらいしか見ないPCで『ムードのある場所 女の子 告白』で検索開始。  すぐ表示される。  『夜景のキレイなレストラン百選!』  『西海岸 高級リゾートホテルで優雅なアバンチュールを!』  『ウォーターベッドに彼女も超興奮!』 「学生には無理ですっ!」  速攻PCを停止する。  つーか、最後のラ○ホじゃねーか。  どう考えても告白の後の話である。 「やっぱ部室しかないか……」  ふりだしに戻る。  意味がなかった。 「自分、不器用ですからっ!」  もう場所はいいや。  何て言って、告白するかを考えよう。 「できたっっ!」  5時間かけて、先輩に贈る愛の言葉が完成する。 「はっきり言って、コレは泣ける……!」  先輩と出会ってから、好きになるまで。  その過程で俺がいかに先輩を想っていたかが、切々と綴られている。  これを聞けばどんな女性も感動すること間違いなし。  そのへんのケータイ小説なんて真っ青の出来である。 「レポート用紙100枚分の俺の想い! キミに届け!」 「――って、こんなん暗記できるかっ!」  レポートを天井にぶん投げる。  ――紙ふぶきのように、俺の想いがひらひらと舞う。  詩的だった。  役には立たないけど。 「……やり直しだ」  もっとコンパクトにまとめないと。  今夜は徹夜になりそう。  まったく、何をしているのやら。 「自分、マジ不器用ですから……」  たぶんそれが今日の結論だった。 「……」  私は部活をするために、休日の学園に足を運ぶ。 「違う……」  今の放送部は休日に出なければならないほど、熱心に活動はしていない。  本当は家にいたくないだけ。  服だって、制服じゃない。  着替えることさえ頭になかった。  私はここに逃げてきたのだ。 「私は……」 「あの頃も、ずっとここに通ってた……」 「突撃! 緑南放送局ーっ!」 「あ……」  楽しい時間が、やっと始まる。  学校が終わって、お父さんの仕事が終わるまでの間の唯一の楽しみ。  この学園でやってるお兄さん、お姉さん達の放送だ。  少し遠くに離れてしまうと聴こえない。  この時間帯、この学園にいれば聴こえる。  そんな、とても狭い範囲の、ローカルな放送。 「この間、先生に進路指導室に呼び出されたんですよ~」 「へー、山下君、成績いいのに、どうして?」 「いや、俺、この学園好きじゃないですか」 「ライクじゃないですか。ラブに限りなく近い」 「いや、ネタはいいんで続けて」 「だからですねー、言ったんですよ」 「何て?」 「もう一年、三年生やりますって」 「そりゃ、呼び出されるわっ!」 「くすくす……」  自然に笑顔がこぼれる。  とっても楽しい。  そして、楽しそう。  お父さんの学園の生徒さんは皆楽しそう。  なのに、どうして、お父さんはいつも家ではあんなにつまらなそうなんだろう。  毎日のように、お母さんとケンカして。 「……」  気持ちが落ち込む。  でも、泣きはしない。  大人しく、いい子で、お父さんを待っていないといけない。  何で待つのだろう。  怖くて身勝手なお父さんなのに。  毎日、少しでもそばにいたいとこんなトコに座って、お父さんの帰りを私は待っている。 「お父さん……」  私はまだお父さんが好きなのか。  怖いのに、好きなのか。 「わからない……」 「わからないよ……」  夏空を見上げて、言った。  もちろん、空は何も答えをくれない。 「やっぱり学食で一番、美味いのはコロッケカレーラーメンじゃないですか」 「え? そんなんメニューにあったっけ?」 「オバちゃんと仲良くなった者だけに提供される裏メニューですから」 「マジっすか?!」  明るい声がうらやましい。  私もあんな風におしゃべりできたら。 「……お母さん」  ああ、でも今は無理。  昨日、ついにお母さんはいなくなってしまった。  そう。  お母さんは私を捨てたのだ。  私とお父さんを、まとめて。  もう、いらないと。 「ぐすっ……」  お父さんはいつも怒っている。  お母さんは私を捨てた。  誰にも――好かれてない。  いらないんだ。  いや、私がいることすら忘れてしまったのかも。 「ぐすっ、あっ、うう……」 「うわっ、あっ、あああ……」  涙が勝手にこぼれ落ちる。  どうしようもなく、寂しくて。 「でも、この緑南放送局って超マイナーじゃないですか」 「何を今さら、加藤さん」 「たまに思うんですよね~。もしかしたら誰も聴いてないんじゃないかって!」 「それを言っちゃあ、おしまいだよ?!」  聴いてる。聴いてるよ。  ここにいる。そう伝えたかった。  この放送を最後に、この学園の放送は突然終わった。  父が『くだらない』と、やめさせたと知ったのは、つい最近だった。 「……お父さん」  父は私から大切なモノをどんどん奪う。  母と離婚した。  好きだった放送は中止。  水泳もやめさせられた。 「……もう、奪われない」 「奪わせない」  呪詛のようにつぶやく。  休日だというのに、部室へ向かいながら。  あそこにしか、私の居場所はない。  それに、タクローがいるかもしれない。  彼も私と似ていた。  仲間だ。  彼だけが、きっと味方。 「ん?」  足を止めた。  めったに鳴らない私の携帯の着信音が、廊下に響く。  相手を確認。  父だった。  出たくない。でも、出ないと後でもっと嫌な思いをするだろう。 「……もしもし」  仕方なく出た。 「私だ」 「はい」 「今日は、休日だろう? ドコに行ってるんだ?」 「部活に……」 「放送部が休日にまで活動する必要があるのか?」 「あります」  平気でウソをつく。  父になら心は痛まなかった。 「必要ない。戻って受験勉強をしろ」 「……」 「だいたい、もう一人部員が入ったのだろう? なら、もうお前が続けなくてもいいんだ」 「必要最低限のことさえできればいい。お前はもう、放送部にはいなくてもいい」  ――いなくても、いい。  それは―― 「それは、いらないってこと?」 「私が、もう放送部に、いらないってこと?」  自然に語気が強くなる。 「ああ、そうだ」 「お前は、もういらない」  会話を途中で打ち切り、携帯の電源を切った。 「……」  唇を噛む。歩き始める。  早く、部室に行かないと。  あそこが、私の唯一の場所なのだから―― 「あ……」 「あ、お、おはようございます」  先輩の顔を見るなり、俺の心臓が飛び跳ねる。 「……タクローも来たの?」 「あ、はい。ええまあ、その」 「ちょっと用事があって」  ちょっと先輩に告白するために来ました、とはさすがに言えない。  それに今はまだ準備ができてない。  まさか、こんなに早く先輩も来ようとは。 「あ、今日は休みだから、私服なんですか?」  何とか話題をそらしてみる。 「……レポート、書いてたの?」  俺の問いには答えず、先輩は俺の手元に放置されているレポート用紙を注視する。  昨夜、徹夜しても結局、書き上がらなかった。  今日の告白のための要である。  いかん。これを今見られたら段取りがめちゃくちゃだ。 「課題?」  南先輩が勝手にいい方向に解釈してくれた。 「え? ええ、まあ、そんなもんでして」  ウソじゃない。  俺の人生的に今一番の課題ではある。 「ま、まあ、先輩はお気になさらず――」  そそくさとしまおうとする。 「見てあげる」 「へ?」 「タクローの課題、見てあげる」  すっと先輩が座ってる俺に近づいてくる。 「あ、いや、これはいいんで!」  近づく先輩から、レポート用紙を遠ざける。  見られたら計画が台無し。  まだ心の準備ができてない。 「どうして?」  先輩はまだ手をのばしてくる。 「こ、こんなことで、先輩のお手をわずらわすわけにはっ」  俺は用紙を上に上げて、先輩の手を回避する。  何とかごまかさないと。 「見せて」  先輩はさらに俺に近づいてくる。  身体を押し付けるようにしてきた。  ぬおおおっ?!  先輩の胸が顔に?! 「私が手伝ってあげるから」 「見せて」 「ちょっ?! せ、先輩、くっつきすぎ?!」  胸の感触がっ! 「タクローが、私にかくしごとをするから……」 「いやいや!」 「俺にだって、その、どうしても言えないことというかですね」  南先輩、本人だし。 「これだけは先輩抜きで、やらないと……」 「……」 「タクロー、それは……」  あれ?  先輩の様子が急に……。 「私が、いらないってこと……?」  え? 「私、いらない……?」  突然、先輩に強く抱かれる。 「い、いや、そんな……」  心臓の鼓動が早鐘のようになる。  当然だ。好きな女の子に抱きしめられているのだから。 「タクロー、私をいらないって、言わないで……」 「先輩、俺――」 「んっ」  いきなり唇を奪われた。  俺の手から、レポート用紙が落ちた。 「ん、んっ……」 「ん、んっ、んんっ……」  先輩の甘い吐息と、柔らかな感覚が即効性の毒のように俺に回る。  まともな思考ができない。 「南先輩……!」  俺は先輩の身体を抱き返した。  もう止まれない。 「……っ……ちゅ……」  南先輩の求めに応えるようにキスを返すと、先輩は嬉しそうに目を細めた。 「タクロー、もっと私を求めて……」 「……求めてますよ」 「うそ」  グッ、と先輩の腕が俺を強く抱きしめた。  露わになったブラジャー越しに胸が当たる。 「嘘じゃないんですけど……信じてもらうには、どうすれば?」 「…………」  熱い吐息が唇に触れる。 「キス……」  もっと、っていうことですか。  先輩がまた自ら動きそうな気がしたので、俺はかぶせるように薄く開いた唇を奪った。 「んっ、んぅ……ちゅ、ちゅく……」 「……先輩、なにかあったんですか? 変ですよ」 「……」 「……変じゃない」  声が震えている。  なにかつらいことがあって、俺にこんなことをしている、と考えるべきだろうか。 「ちゅっ……ん、んっ……はぁ……」  俺の言葉を塞ぐように、また南先輩は求めてきた。  流されていいのかという迷いが、大好きな先輩とキスをしているという高揚感で掻き乱されていく。 「……んっ……タクロー、口、開いて……」  まるで口の中に言葉を送りこまれたみたいに感じて、言う通りにしていた。 「はぁぷ……んっ、ちゅく、ちゅぷっ……んぅっ」  舌が入りこんできた。つつかれて、舌先で反応するともっと出てきてという風に絡みついてくる。 「……タクローの舌と……っ……私のが……ぢゅくっ……ちゅっ……溶けてくっ……みたい……は、ふ……」 「身体が熱くなってきます……」  まさにひとつになっていくかのような感覚だった。 「……私が欲しい?」 「……はい」  糸を引きそうになった唾液を拭ってあげると、先輩は安心したように唇を離した。 「ありがとう、タクロー……」  言って身体を摺り寄せて甘えてくる。  先輩が俺なんかに甘えてくれるのか。 「先輩……!」 「あ」  先輩を抱く手に力が入る。 「貴方、すごくどきどきしてる……」  心臓の音を聞かれた。 「先輩とくっつけば、こうなりますよ」 「そう? どうして?」 「先輩みたいなキレイな人とこんなことすれば、当然ですよ」 「……タクローから見て、私はキレイ?」 「誰から見てもそうですよ」 「……貴方に聞いてる」 「キレイです……」 「嬉しい……」  胸を押しつぶすかのような勢いで、抱かれる。 「ぁっ……」 「どうしました?」  南先輩がもぞもぞ動いた。動いたのは下半身だ。 「固い……」 「うっ」  見ると、ちょうどお互いの股間が重なっていた。  いや、さっきまではそんなことはなかったような……俺が自覚していなかっただけか?  ていうか、そんなスリスリこすりつけたら……。 「……すごいね、タクロー」  赤い顔をしてそんなことを言われてしまうと余計にすごいことになってしまう。 「すみません……キスがあまりにも気持ちよくて、しかも相手が先輩だから、興奮度が半端なくて……」 「私だから?」 「先輩だから、です」 「……この身体が証明」 「ですね……」 「ふふ……」  ゾクゾクするような微笑。  先輩は俺の大きくなった股間を撫でた。 「――!?」  俺のズボンのボタンを外した先輩が、ジッパーまでもおろしていった。  ぶるんっと飛びだした俺のモノを、先輩が優しく見つめ握りこむ。 「せ、先輩、まさか、その……」 「タクローはなにも気にしなくていいから……私にさせて」 「でも……外から触るのと、直に触るのとでは、全然違う」 「……押さえつけるものがなくなりますからね」 「閉じこめられてて苦しかった?」 「いや、そこまでは……」 「大きい時にぎゅうぎゅうだと、痛くないの?」 「ぴったりのジーンズとか履いてたらそうなりますけど、制服だったら余裕ありますしね」 「じゃあ、こうやって握られるのも、痛くない……」 「そんなことを聞くということは、こんな大胆なことをする割に……」 「こんなことするのは、はじめてだから」  どこかでホッとした自分がいた。  告白すらしていないのに、もう独占欲があるのか。 「嫌だったり、変だったりしたら言って」 「そんなことはあり得ないと思います……先輩に握られてるだけで……」 「すごく硬くなった……」 「こうすると、気持ちいい?」  先輩がゆっくりとシゴキはじめた。 「あ、ああ……いいです」  思わず腰を突きだしたくなるのを我慢して、先輩の与えてくれる快感に全神経を集中させる。 「ごめんね。悪い先輩で」 「え?」 「タクローにこんなに甘えて……」 「先輩に甘えてもらえるのは嬉しいですから」  根本からゆっくり裏筋を撫で上げられて、鈴口に珠のような先走りが漏れ出た。 「これ……男の子も濡れるんだ?」 「濡れると言っていいのかわかりませんけど、先走りとか我慢汁とか……みたいな言い方をします」 「こうやって……擦ったらいっぱい出てくるもの?」  言葉通り、ペニスを握りこんだ手が何度も往復をはじめた。  自分の手じゃないその細い指の感触や、力の入り具合がたまらない。 「い、いっぱい出る前に、射精してしまいそうです……」 「しゃせー……」 「あ……すみません。生々しい単語が思わず」 「いい、遠慮しないで、射精して。射精するタクローを……私に見せて」  力一杯『はい!』と答えそうになって、なんとか我慢した。 「その……先輩……」 「なに?」 「顔、見せてくれませんか? してる先輩の顔が見たいです」 「…………」  ……指だけが動き続けて、先輩が俺の方を振り返ることはなかった。 「ダメ、ですかね」 「多分、いやらしい顔してる。だから……」 「そ、そうですか。俺はそれも見たいですが」 「先輩命令で却下」  まさかの命令だった。 「続きを……」 「ふぁっ!」 「……ふふ、女の子みたいな声出た」 「ヤバイ、です……」  背筋がぶるぶる震える。 「これで間違いないんだ……」 「……はい」  少しずつ、クチュクチュと鳴る速度があがっていく。  握り方もしっかり逃がさないようになってきている気がする。 「はぁはぁっ……は、うぁっ……先輩……南先輩っ」  名前を呼ぶと、先輩の気配に今までにないざわついたものを感じた。 「熱い……これ熱いよ。タクロー……」 「南先輩が、いっぱいこするから……はぁっはぁっ……あっ、みな、み……先輩……っ」 「……私が……こうしてあげれば、タクローは……ここに、いてくれる……」  先輩がなにか呟いた。気持ちよさの方がまさって、うっかり聞き逃してしまった。 「な、に……先輩」 「私が射精させてあげる」 「うあっ!」  キュキュッとカリから亀頭に不意を衝く刺激が来てから、一気にフィニッシュへと向かわせるような速度になった。 「せ、先輩っ……あ、あっ!」 「タクローの反応を見てるから。タクローが気持ちよくなれなきゃ、私……」  またなにか、引っかかる物言いだったように思えたが、射精の前兆がはじまっていて、とにかく出したかった。 「もう、出る……出ます、南先輩……!」 「うん、出して……タクローの射精……見せて」 「うっあっあっ!」 「ふわっ!?」  先輩の頭越しに高く噴き上がった精液が見えた。  降り注ぐ白濁液の軌跡を、先輩は見たんだろうか。 「すごい……噴水みたいだった」 「……はぁ……はぁ……はぁ……」  噴水って……反論する気力はなかった。 「タクロー、気持ちよかった?」 「……はい。……とんでもなく」 「よかった」  横たわった先輩の腰がもぞもぞと蠢いた。  まだ俺のモノを握ったままの手が、ゆっくり、グチュ……グチュ……と音を鳴らす。  だが、それとは別に、先輩の股間からも湿った音が聞こえた気がした。 「んっ……はぁ……」  目をこらすまでもなく、パンツの中心部には、かなり目立つ沁みができていた。 「南先輩、濡れてる」 「見える?」 「はい」 「動くと音がするくらい、もうぐっしょり……こんなになるの、はじめて……」  その揺れる尻が、すごく蠱惑的に見える。 「……先輩、俺……」  俺という言葉の後に、なにを言おうとした? 自問など欺瞞か。  続きを求める言葉だ。  それが伝わったのか、先輩の背中からも緊張が伝わってきた。 「まだ、すごく硬いね」 「すみません……」 「もっと、出したい?」 「……はい」  グチュ……グチュ……言葉の代わりに精液が泡立つ音が部室の中に響く。 「…………」  先輩が脚をこすりあわせると、パンツが割れ目に食いこんで、じゅく……と愛液がパンツの生地を越えてぬめりを見せた。 「…………私の中に」 「タクローの、私の中に、入れさせて……」 「……南先輩」  俺は、その強烈な誘惑に抗うことはできなかった。 「やっぱり……先輩の顔を見ながら、したい」 「……わかった」  先輩は、俺の顔をしっかり見つめて、腰を沈めてきた。  一瞬、亀頭に抵抗が加わり、すぐ堰を切るようにぶちゅっと根本まで埋まりこむ。 「んっ……!」  微笑んではいるが、痛みがあるんだろう。目には若干張り詰めたものを感じた。 「タクローの、……入っちゃった……」 「痛く、ないですか?」 「痛い」 「う……すみません」 「……でも、我慢できないほどじゃないから、安心して」  俺が気を遣いすぎないようにということかもしれない。  先輩はぽむぽむと俺のおなかを叩いた。 「私が動くね。……というかタクローは動けない」  動こうと思えば動けるが、ここは素直に先輩に任せよう。 「ん……ふっ……。……はぁっ、あっ」  じゅっ、じゅっ……と、こすれる音に汁気が混じっていく。 「ぁっ、あっ……んぁっ……タクロー、そんなにじっと見たら……」 「あ……つい、その……出たり入ったりしてるのが、すごく、エロかったので……」 「初めてで……はっ……ぁっ、そんなこと、観察する余裕があるなんて……んぅっ!」 「でも、そんなの見えたら目が離せなくなるじゃないですか……」 「……だったら、しっかり覚えておいて……ね……っ……は、ぅあっ!」  言われなくても忘れない。  いや、忘れようがない。 「痛くないですか?」 「痛いけど……っ……自分で動けるから、だいじょうぶ……今、気持ちいいとこ、探してるの……っ……」  実際、そんな探るような動き方だった。 「タクローは、気持ちいい……? っ……んっ……」 「入れてるだけで、なんか締めつけながら舐められてるみたいで、いいです……すごく……」 「っ、ふふっ……よかった」  少し上気した顔で言われて、それがすごくエロく感じる。 「ん……こうすると、割と平気……」  腰の沈め方が、段々とひとつの動きに集約されていく。 「……あっ……ふっ、く! ……ごめんね、タクロー……」 「なにが、ですか」  いきなりこんなことをして、ということだろうけど、俺としてはあんな風に求められて断れるわけがなかった。 「私……んっ……ん、あっ……あぁっ」  俺がどう思ったかもわかったんだろう。少し迷った先輩が、多分思っていた言葉を引っこめた。 「……私のおつゆでびしょびしょにしちゃって」 「それは、むしろ嬉しいので」 「っ……タクローのえっち」 「今の光景をパッと見たら、先輩の方が何倍もえっちだと思います」 「ふぁっ! あっぁっ……はっ、ぅ……!」  奇しくも俺の言葉の証明みたいに、先輩が今までよりも高い声をあげた。 「ぅ、っ……んぅっ、んっんっ! こ、ここ……ひぁっ! ……ふ、ぁ、あぁっ……見つけちゃった、かも……んんんんっ!!」  気持ちいいスポットを、ということだろうか。 「よかった……」 「……んっ……どうして、タクローがよかったって……?」 「だって、先輩のはじめてが痛いだけで終わったら嫌ですし。俺は入れた瞬間からすでに気持ちいいけど」 「ありがと……でも、こんなの覚えちゃったら……っ、んはっ……ぁっ、あっ! うあっ!」  少しずつ、速度があがっていく。 「はぁはぁっ、タクロっ……タクローっ……あ、あっ! く、ぅあっ! いいよ、気持ちいいっ……! ひぁ、あっ……あっ!」  少しだけ、腰を押しあげてみた。 「んあああぁぁぁああっ! ふかっ……深いぃぃっ! っ……んはっ! ぁ、あっ……あぁぁっ……!」 「タクっ、ひぅっ! ……ひ、響く、のっ……うぁっ! あっあっぁっ……ふあぁっ!」  深すぎて苦しいか、と腰の位置を元に戻したら、南先輩は自分からより深くなるよう陰部全体を押しつけてきた。 「んぉあっ!」 「いい? っ……タクロー、いい? 私、これっ……んぁっ! すごく……ぁ、あっ……いいのっ……!」 「先輩……南先輩っ……俺、もうっ!」 「うん……うんっ……いいよ、いつでも……っ、ぁっ、あっ!」  すべて受けとめてくれる。そう思うと腹の底から熱くなってきた。 「んっ! んっ! んぁっ! い、いちばん……奥ぅっ! んあああぁぁぁっ!!」  ぐちゅぐちゅぐちゅっと速いテンポで膣の肉がペニスをしごきおろしてきて、猛烈な射精感が爆発した。 「うああぁぁっ!」  びゅぶるるっ! びゅくっ! ぶぴゅ! 「んぁう! あっ、あっあっ! すご、いっ……くっううぅぅっ、びゅるびゅる出てるっ! あっあっ、ああああぁぁぁぁっ!!」  すごい勢いで精液が噴きだす。亀頭はもう膣の天井に届いているみたいで、亀頭のまわりに精液が溜まっていくのがわかった。 「ひっ……あっ……あくっ! ……っ……っ……!!」  息もできないくらいに身体を強ばらせた先輩が、ビクッビクッと何度も震える。 「……南先輩……イッてるの……?」 「くっ……ふっ……っ……んんっ! これ……これがっ……っ……そう、なの……?」 「わからないけど、先輩のなか、何度も締めつけてきてる」 「はぁ、はぁ……ん……」  先輩はビクンビクンと震えた。 「はぁ……はぁ……精液出た瞬間……すごく、気持ちよかった……」 「俺も、です……」  先輩はゆっくりと腰を動かして、ぐちゅっ……じゅぷっ……とわざと音を鳴らした。  中出しされた、ということを再確認しているみたいだ。  南先輩はゆっくりと、自分の身体、俺の身体を眺めて、そして視線を合わせて唇を開いた。 「……セックス、しちゃったね」 「しちゃいました……」 「はじめてでこんなに気持ちよくなっちゃったら、この先困っちゃうかも……」  この先もずっと俺が責任を持って……と言いたかったが、それには先に確かにしなければならないことがある。  順序がまるで逆だが、告白して先輩を俺の彼女にしたい……彼女に、なってほしい……そう思った。 「先輩、俺……」  ぴた、と先輩の人差し指が俺の唇を押さえた。 「もう少し、このままでいていい?」 「え、ええ……」 「肌を合わせるのって、あったかい……」 「んっ、んっ! はぅっ……出そうに、なったらっ……言って」  少し腰を浮かせた先輩がクッと恥骨の位置を高くした。 「はぁはぁっ、はぁっ、あっあ、あっ! っ……ぅああぁっ!」 「先輩……で、出るっ……もう出るっ!」  そう叫んだのに……先輩は俺のモノを入れたまま激しく腰をうねらせた。 「ふああぁぁっ! タクローっ……タクロー! んっ、あっ、あっ、ぁああっ!」  もうダメだっ――! 「ふああああぁぁぁぁっっ!!」  尿道を精液が駆け上がった瞬間、ペニスが跳ねあがって外気に晒された。  びゅるっ! びゅぅるるるっ! 「ぅあっ、あっ、あっ! ……かけて……タクローっ……!」  俺は先輩の白い肌にありったけの白濁液をぶちまけた。 「……っ……っ……はっ、あ、ぁっ……」 「……南先、輩……」 「……はぁっ、はぁっ……ふ、ぁ……ぁ……」  そのまま倒れてしまうんじゃないかというくらい先輩の身体はふらふら揺れていた。 「ありがとう、タクロー……」 「どうして、お礼を……?」 「どうして、も……」  先輩は、垂れ落ちていく精液を指ですくい、ちゅぷっと口に含んだ。 「タクローの味がする……」 「……それ、ヤバイです」  南先輩はゆっくりと、自分の身体、俺の身体を眺めて、そして視線を合わせて唇を開いた。 「……セックス、しちゃったね」 「しちゃいました……」 「はじめてでこんなに気持ちよくなっちゃったら、この先困っちゃうかも……」  この先もずっと俺が責任を持って……と言いたかったが、それには先に確かにしなければならないことがある。  順序がまるで逆だが、告白して先輩を俺の彼女にしたい……彼女に、なってほしい……そう思った。 「先輩、俺……」  ぴた、と先輩の人差し指が俺の唇を押さえた。 「もう少し、このままでいていい?」 「え、ええ……」 「肌を合わせるのって、あったかい……」  どれくらい二人で部室で寝転んでいただろうか。  わからない。何だか感覚がふわふわしてる。  俺、先輩と……。  実感がない。気だるい気分のまま横たわっていた。 「……タクロー」  衣服を整えた先輩が立ち上がる。 「……先に帰るけど……」 「あ、えっと、その」  俺、先輩に―― 「……」 「……ごめんなさい」  いきなりの謝罪に機先を制された。  それって……。 「ごめんなさい。貴方に本当に甘えてた」 「……今日のことは忘れてほしい」 「……明日からは、またちゃんと先輩して振舞う」 「だから、明日からも来てくれると嬉しい」 「後輩として」  後輩として。  その言葉が、俺の胸に突き刺さった。 「――さよなら」 「あ……」  声をかける間も与えられず、先輩は逃げるように部室から去っていった。 「……」  無言のまま、床に散らばったレポート用紙を集める。 『……今日のことは忘れてほしい』 『だから、明日からも来てくれると嬉しい』 『後輩として』 「まあ、何つーか……」 「せめて、告白してからフラれたかったかな……」  俺は集めたレポート用紙を全部、破る。  ゴミ箱に捨てた。  もうまとめて。  恋心も。  感傷も。  ややこしいもの全部まとめて捨てた。 「それでいい」  先輩は後輩として、俺に残れと言ってくれた。  それで上等。  それ以上は望まない。 「あー、畜生ー!」  俺は夏の夕空に向かって吼える。  ――その声は少しだけみっともなく震えていた。  海水浴に行ってから、一週間が経過した。  俺達はいよいよ学園祭でやるラジオドラマの練習を始める――  はずだったのであるが。 「ナナギー、見て見てこの雑誌! ほら、この服可愛いでしょ?」 「これは要チェックですね」  計と七凪はファッション雑誌を見て談笑し、 「駅前に出来たカレー屋の激辛50倍ってのが鬼辛くてよ……」 「それより今日皆でつけ麺屋行こうぜ。学園来る途中、割引チケットゲットしたんだ♪」  修二と流々はご近所グルメの話に花を咲かせていた。 「……ダレ気味」 「……まったくです」  その様子を見て、部長閣下と青春娘が嘆く。 「まあまあ、二人ともそう言わないで」 「練習したくても、まだ肝心の脚本ができてないしさ! しょうがないじゃん」  二人のお怒りを静めようと試みる。 「……それはそうだけど」 「脚本担当のキミが言うのか……?」 「すみませんでした!」  90度の角度で頭を下げる。  そうなのだ。  まだ俺が書くと約束した脚本があがってないのだ。  ぶっちゃけ全部俺が悪かった。 「〆切は3日前だぞ? どこまでできてるんだ?」 「ちょっと見せてくれ」 「あ……!」  書きかけの原稿用紙を取り上げられる。 「……おい、沢渡くん」 「な、何でございましょうか?」 「まだ三行しか書いてないじゃないか?! 一週間あってこれなのか!?」  がくがくと肩をつかんで揺すられる。 「あーでも、三咲ちゃんは、そんなこと言うけどさ~」 「何てつーか、のらないって感じぃ? インスピレーションがビビっと頭に来なくてさ~」  大仰に肩をすくめる。 「どっかの芸術家かい!?」 「ド素人のくせに、態度だけは大家の先生ですね……」 「おら、そんなに頭に刺激欲しけりゃ、くれてやんよー!」 「は?」  いつの間にか流々が俺の背後に。 「オラオラオラオラオラオラッ!」 「あたたたたたたたたたたたっ!」  流々のラッシュ攻撃をもろに受ける。 「ビビッと来たろ?」 「ゴゴッと来たよっ!」 「〆切守れないヤツは人間やめちまえ!」 「田中さんマジ鬼編集ですねっ!」  泣きそう。 「なあ、他のヤツが書いたほうが良くね?」  へ? 「今度ばかりは神戸先輩に同意ですね」 「異議なし」 「仕方ないかも……」  えー?!  完成前に更迭のピンチが訪れる。 「え、そんな、ちょっと待ってくださいよ、編集長!」  書きかけの原稿を持って、編集長(南先輩)にすがる。 「タクロー?」 「確かに、時間はかかってますが内容を見てください! スピードでなく俺はクオリティ重視なんで!」 「なるほど……」  とっても素直な先輩が理解を示してくれる。 「いや、でも三行じゃん?」 「三行じゃクオリティも何もねーだろ?」 「あるよ! この華麗な出だしを見てくれよ!」 「先輩、読んでもらえますか?」 「――我輩はテト○トである。名前はまだにゃい」 「パクりじゃねーか!」  一行目で否定された。 「違うよ! パクってないよ! オマージュなインスパイアだよっ!」  必死で弁明する。 「ていうか、名前言ってんじゃん」 「兄さんはアホですかっ。一行で二重にアホですかっ」 「こ、ここまで文才がないヤツもめずらしいな……」  フルボッコだった。 「でも、『にゃい』のところとかセンス感じない? ねえ、先輩!」  逆風の嵐の中、マイ女神を見る。 「……」 「……タクロー」 「今だけは、こっちを見ないで……」  視線を逸らされる。  その手からは、はらはらと俺の珠玉の作品(未完)が落ちていく。  女神にさえ見限られた。  超切ない。 「……一週間、無駄にしてしまったな……」  三咲が深いため息を吐く。 「ウチの兄が本当にすみません……」  ナナギーが、皆に頭を下げて回っていた。 「やめて! いっそいつもみたいに、この野郎って罵ってくださいっ!」  精神的にちくちくイジメられるのはツラすぎる。 「もう済んだことはいいけど……これから、どうする?」 「あたしも脚本とか書くの無理だよ?」 「まあ、いきなりスラスラ書けるもんじゃねーよな」 「もう原作つきで良くね?」 「既存の有名作品を演じるのかい?」 「その方が早いし、確実だろ?」 「でも、それはつまんないだろ? せっかく俺達の晴れ舞台じゃん」 「ここはやはりオリジナルで!」 「タクのはパクリだけどな」 「インスパイアなオマージュなのっ!」 「どうしましょうね……」  全員が思考の壁にぶち当たった。 「……」  部員達の視線は自然に南先輩に集中した。 「私としては、タクローに最後までやってほしい……」 「な、何っ?!」 「マジすか?!」  三咲と計が驚きの声をあげる。 「いったん頼んだことを安易に取り上げるのは良くない……」 「イエス! さすが先輩わかってらっしゃる!」  先輩の言葉に俺は復活を遂げる。 「いや、先輩の考えは立派だけどよ……」 「こいつ一週間でテト○トしか書いてないんだぜ?」  修二と流々が俺を『やってもできない子』を見る目で見ていた。  ひでえ。 「そう」 「私もこのまま拓郎だけに、任せるのは危ないと思う」 「だから拓郎はこれから毎日部室に通うこと。そして部室で脚本を書く」 「私がそれを毎日チェックする」  へ? 「つまり脚本が完成するまで、俺に毎日、ここに来て書けと?」 「ん」  こくんと頷く。 「そんで、先輩もチェックするために毎日通うと?」 「ん。ん」  こくこくと二回首肯する南先輩。 「なーるほど、つまり拓郎をカンヅメ状態にするわけだ」 「ああ。なかなか書けない作家に編集者がずっとついてるという、アレか」 「すげえ! 流行作家みたい!」  テンションがあがってくる。 「内容テト○トだけどな」  うるさいよ。 「う~ん、南先輩がチェックしてくれるなら、クオリティはいいけど……」  ちらっと計が俺と南先輩を見る。 「二人っきりはやっぱりマズイんじゃないですか、沢渡さん」 「それはそうだな」 「タク、海で先輩にエロ行為してたしな」 「してないよ!」  机を叩いて無罪を主張する。 「皆さん、それなら大丈夫です」 「私がお目付け役として、兄さんに同行します」  妹さんは俺を監視する気満々だった。  まさに目を光らせている。 「いやいやいや! 何もそんなことしなくても! 七凪さん!」 「俺が書き終わった頃、先輩が来ればいいんだし、そんなに長く二人きりじゃないから」 「そんなにって……具体的にはどのくらいなんですか?」 「せいぜい10分くらいじゃないかなぁ」 「不許可です」  即断だった。 「10分あればデキるじゃないですかっ!」  何がっ?!  怖くてそう問えない俺である。 「それに執筆時間中、タク一人だと絶対怠けるよ」 「私も激しくそう思う」 「ん」  放送部内での俺の信頼度は恐ろしく下がっていた。  テト○トのせいなのだろうか? 「他にも準備あるし、全員出れば良くね?」 「賛成の反対!」  どっちだよ。 「じゃあ、いっそ合宿しようぜ。小豆ちゃんに許可取ればいいんだろ?」 「夏合宿ですね」 「夏合宿! いいな!」 「青春ど真ん中って感じだ! 私は参加するぞっ!」  三咲が諸手をあげて賛成していた。  何かオーバーなことになってきたな。 「タクロー」 「は、はい」 「多数決を取りましょう……」 「わかりました。じゃあ、皆、多数決なー」  先輩に即されて、皆に呼びかける。 「まず、俺と南先輩だけで脚本書けばいいって人ー」 『……』  誰も手をあげない。 「じゃあ、全員で夏合宿して、学園祭の準備を――」 『はーい!』  全部言い終わる前に答えが出た。 「……じゃあ」 「明日から、皆で夏合宿決定……」  南先輩が笑顔で採択する。 『わかりました!』  皆、嬉しそうに速攻で同意する。  こうして俺達の夏合宿が決まった。  脚本書くのは大変だけど、青春風味満載で楽しそうではある。  ひょうたんから駒とはこのことか。  ――ありがとう! せーしゅんの神様!  ――ありがとう! テト○ト!  合宿初日。  何故か俺は変なTシャツを着た小豆ちゃんに呼び出される。 「うっさいわ! ね○にゃん超かわいいよっ!」 「小豆ちゃん、また寝癖で俺の思考を読むのはやめてくださいよ」 「小豆センサーだっちゅーに。しゃわたりくんは、失礼だな」  小豆ちゃんの発言に同意するかのように、ぴこぴこと寝癖が上下運動した。  自律してるのか? 「んで、早速話なんだけど」 「はい」 「夏合宿はいいけど、あくまでも遊びじゃないんだから規則を守ってね」 「校内での活動中は基本的に制服着用。まあ、夜とかはいいけど」 「とにかく、問題は起さないようにっっ!」  ずいっと小豆ちゃんが顔をズームアップさせる。 「もちろん起こす気はないですけど、どうして俺にだけ念押しを?」 「そりゃ、一番問題起しそうだからじゃん」  笑顔で『お前問題児なんだよ、察しろよ』と言われる。  えー。 「俺が一番すか?! 修二とかは?」 「神戸はあんがいマトモじゃん」 「顔はヤクザだけど」  容赦ない人だ。  小豆ちゃんは辛辣なのである。 「その点、沢渡くんは狡猾そうじゃん? 裏で糸引いてる感じ?」 「それ敵側の中ボスクラスじゃないすか……」  一番人気出ないタイプだ。  ただのやられ役。 「うん、人質とか取りそうなタイプだよね!」 「俺、めっちゃ卑怯者っすね!」  最悪な人物評価をいただいた。 「だから、問題起さないでよ、しゃわたりくん!」 「私にはキミの狡猾さも通用しないからね!」 「小豆ちゃんは、人質取っても平気で攻撃してくるタイプですからね……」 「え? それ普通じゃね?」 「小豆ちゃん、俺よりもタチ悪いっすね……」  そんなこんなで。 「ちゅーす!」  あの日以来、クセになってる挨拶で部室へ。 「おはよう」  爽やかな先輩スマイルが出迎えてくれた。  が。  あれ? 「あの、他の皆は?」 「まだ」  ふるふると首を横に振る。 「七凪ちゃんは?」 「今朝はあいつちょっと熱出して」 「来るって言ってましたけど、今日は休ませました」 「ん。それがいい」 「七凪ちゃんは頑張り屋さんだけど、頑張りすぎるところがあるから」 「タクローがそこは抑えてあげて」  何とも優しいお言葉である。  普段から周囲を気遣う人でなければ言えない。 「ありがとうございます。微熱程度なんで大丈夫ですよ」 「後でメールも送っとく」 「お気遣い感謝です」 「他の子達はちょっと遅くなるって、つぶやいてるから」 「たぶんもうすぐ来ると思う」 「了解っす。まあ、俺は先に始めてます」  イスに座って、原稿用紙を取り出す。  ちなみに、前の三行はボツになったので真っ白である。 「わかった」 「迷ったら、何でも相談して」 「私はタクローのそばにいるから」  と言って、俺の真横に座る南先輩。  肩が触れるくらい近い。  ていうか、触れていた。 「あ、あの」  先輩、近すぎっ。 「タクロー、早く書かないと」  こつんこつん  肩を肩で叩いてくる。 「いや、書きますけど、その」  何故にこんなに密着を?  落ち着かないんですけど! 「もう悩んでるの?」  じっ  無垢な瞳で見つめられる。  うっ。  離れろとか言えねー。  そんなこと言って、先輩を万一傷付つけてしまったら、俺は明日を生きる資格がないのだ。 「い、いえ、書きます!」  キリっと顔を引き締めて、シャープペンシルを握りしめる。  集中だ。 「タクロー、真剣な顔……」 「カッコいい……」  そっと俺の左腕に触れてくる先輩。  素肌と素肌がっ!? すべすべの感触がダイレクトに!  かきあつめた集中力が一気に先輩の方に傾いた。  ノーッ! こんなんで脚本書くとか無理です、南ちゃん! 「あ、あの、先輩?」  やんわりとお話しようと、先輩の方を向く。 「ん?」  きょとんとしていた。  邪念の欠片もない、純朴な少女の表情であった。  言葉を飲み込む。 「タクロー? どうしたの?」  その瞳は一点のくもりもなく、澄んでいた。  ああ、俺はなんて汚れた存在なのだろう。  先輩はただ普通にコミュニケーションしてるだけなのだ。  ボディタッチは友愛の証。他意などはない。 「な、なんでもないっすよ! あははははは!」  このままの体勢で書き続けることを選択する。  少年はあえて茨の道を突き進むのだ。 「あ」  不意に南先輩がさらに身体を寄せてきた。 「へ?」  ふにっとした感触に先輩の方を見る。 「タクロー、この出だし」  南先輩がたわわに実ったバストを無造作に俺の肩に押し付けてきていた。  うおーい!  南ちゃん、無防備すぎやでー!  動揺して関西弁で心の内を表す俺。 「いきなりモノローグで始まるより……」  困惑する俺をヨソに南先輩は、胸をどんどんくっつけてくる。  感じる!  衣服を通してもハリのあるお胸様の存在をっ! 「台詞で始まったほうが、聴いてる人を引きつけられる……」  いや、もう俺は目いっぱい先輩に惹きつけられてます。  トリコと化してます。 「? タクロー、聞いてる?」 「あ、は、はい!」  先輩の声にちょっとだけ我を取り戻す。 「直すのイヤ?」  ずっと顔を近づけてくる。  甘いような匂いが、ふわっと漂った。  先輩、近い! 近い! 「い、いえ、すぐ直します!」  消しゴムで最初の一行を消す。  手が震えていたせいで、すごく時間がかかってしまった。 「タクロー、何て台詞にするの?」  そんなことを言いながら、先輩は俺の肩を抱いてきた。 唇と唇の距離は約20センチ。  ぬおおおおおおおっ!  キスされるー! キスするー!  どっちやねーん! (セリフツッコミ) 「先輩、そのですね……」  そろそろ俺の理性が危険で危なくてピンチである。  離れていただかなくては。 「んー?」  きゅっと俺を抱きつつ、優しい笑顔。  天使の微笑み。  とろけそうだった。 「え、えっと、あ、あんまりくっつくのは……その……」 「くっつく?」 「は、はい」 「んー……」  考える南ちゃん。  その間もひしっと抱いて俺を離さない。 「そんなにくっついてないと思う」  ええー?!  何でそんな結論に?! 「いやいやいやいや!」  高速で首を横に振る。 「めっちゃくっついてますよ!」 「ぶっちゃけ、俺、後ろから抱擁されてます!」 「小豆ちゃんとかに見つかったら、確実になぐられます!」 「タクロー、それは違う」  ふるふると俺に抱きついたまま首を横に。 「え? ですが」 「男女の抱擁イコールイヤらしいみたいな考え方は、偏見」 「この狭い島国にだけに蔓延する土俗的な発想」  そうかなぁ。 「タクロー、私達は若い」 「もっとグローバルな視点で、物事を判断すべき」 「は、はあ」 「理解してもらえた?」 「わ、割と」  何か言いくるめられた気がしないでもないけど。 「なら、もっとそばに」  ちゅ  先輩の唇が俺の頬に触れた。  接触した。  要はキスだった。 「うおおおおおいっ!」  先輩にチューされたー!  わーい!  はしゃぐ。 「――はしゃいでどうする!」  俺は激しく狼狽していた。 「落ち着いて、タクロー」 「いや、でも先輩、今……」 「頬へのキスは親愛の情を表す……」 「普通の行為」  えー。 「いやでもですね……」 「普通の行為」 「常識の範囲」 「日常のありふれた光景」  たたみかけるように言われる。 「タクロー、グローバルな視点を忘れてはダメ」 「頬へのキスはグローバルスタンダードな挨拶」  世界標準だと言い切った。 「り、了解です」  納得できないけど、とりあえず受け入れる。  俺は先輩には逆らえないのだ。 「……」 「タクロー」 「は、はい」 「1年前のことだけど……」  1年前って。  え? ちょっと待って。  それは、お互い忘れるんじゃ―― 「ういっすー」 「新しい朝ですね、皆の衆!」 『!?』  幼馴染ーズの登場に先輩は俺から素早く身体を離した。 「おはよう」  すーぱーすぺしゃるに爽やかな挨拶を二人に送る。  この間0.2秒。  驚愕の加速力である。 「遅れてすまない!」 「ワリイワリイ、準備に手間どっちまった」  続いて三咲と修二も姿を現す。  これでもう南先輩と世界標準的な挨拶は交わせなくなった。  ホッとするような、惜しいような。 「……」  ちらっと隣の席を見る。 「……」  南先輩はいつも通り、静かに書き物をしていた。  でも、頬は微かに赤く染まっていた。  時計が12時を回った。  作業をいったん止めて、昼食を摂ることにする。  せっかくなので、外に出る。 「おお~。今日は風吹いて涼しいよ!」 「涼しいけど、磯くせーっ!」 「海風だからな」 「さあ、食べるとしよう」  皆、コンビニで買ってきたパンとかである。  俺も七凪が寝込んでるから同じだけど。 「タクロー」 「はい?」  先輩の声に反応する。 「タクロー、カム、ヒア」  ベンチに座った先輩が例のおいでおいでをしてくる。  いっしょに食べようということか。  どうする?  いっしょに食べたいのは山々だけど、最近先輩はヤケにくっついてくる。  理由はわからないけど、そんなところを仲間達に見られたら社会的に死亡するような。 「タクロー」 「ちょっ?!」  口調は同じだが、手の振り方が高速化した。  これでは行かないわけにはいかない。 「今行きます!」  ダッシュで向かう。 「隣にどうぞ」 「あ、あざーす!」  素直に座るしかない。  ボディタッチ系攻撃が来たら、それはうまく避けよう。  そう固く決心する。 「タクロー、あ~ん」  な、なんだって――っ?!  いきなり、それなのか?!  南先輩は予想を超えて、真正面から来るお方だった。 「あ、あの……」  だらだらと汗を流しながら、目の前の先輩を見る。 「あ~ん」  でも先輩はあくまでも眩しい笑顔であった。 「……」 「にこにこ」 「…………」 「にこにこにこ」  どこから見ても一点の曇りもない愛くるしい笑み。  まるで三歳くらいの女の子に「はい、お兄ちゃんにこれあげるね!」と言われているようである。  絶対断れねー!  かくなる上は―― 「――」  俺は目だけを動かして、周囲の様子をうかがう。  部員達は今メシに夢中でこっちに気付いていない。  今だっ! 「いただきますっ!」  そう言って、すぐオカズを口の中に納めた。 「タクロー、一口……」  先輩が驚く。 「おなかすいてた?」 「ふぉうえふね」  咀嚼しながら『そうですね』と答えた。 「そう……」 「じゃあ、もっとあげる……」  えー?!  しまった。そういう展開になるのか。  また食べる以上、再び周囲に気を配らないと――  俺は他の部員達の姿を視界に捉える。  よし、全員が今はこっちを見てない――む。 「……」  ち、三咲がこっちを見た。  今は食べれない。 「……」  視線を外した! 今なら――あ。 「……」  く、今度は流々か。  ん?  俺を見ていきなり食い物を背中に隠した。  取らねーよ!  食い意地の張ったヤツめ。 「……」  また三咲と話を始めた。  よし、これでようやく全員――ん? 「……」  計がじっとこっちをにらむ。  半眼で。  まるで何かを俺に問い詰めるような目をしていた。  マズイ。  こいつは何気に勘が鋭いからな。  と、思ってたらおもむろに立ち上がった。 「……」  笑顔で不思議な踊りを始めた。  何でだよ?!  俺の理解を越えた女だ。  MPでなくHPを大きく削られた。  でも、とにかく踊りに夢中で俺を見ていない。  食べるなら今だ。 「い、いただきます!」 「ん」  ぱくっとまた一口で頬張る。 「美味しい?」 「ふ、ふあいっ」  また食べながら返事する。 「ふふ」  嬉しそうに笑ってくれた。  ああ、この笑顔だ。  この笑顔を向けられると、もう何をされても許してしまう。 「じゃあ次は……」 「あ、いや、先輩、もういいです」  先輩の手を押さえる。  さすがにこれ以上、ステルスで食べ続けるのは無理だ。 「まだあるのに」 「先輩の分がなくなっちゃいますから」 「お母さんはいいから」  母親のフリをされても。 「ちゃんと食べないと、先輩暑さで倒れちゃいますよ?」 「でも……」  南先輩はまだご納得いかないようだ。 「俺、南ちゃんのことが心配なんです!」  切り札を出す。 「南ちゃん……」 「タクローが、私を南ちゃんと呼んで……」  天から神々しい光が降り注ぐ。  おなじみの南ミラクルが展開された。  動じない。  慣れていく俺である。 「わかった」 「タクローに心配をかけるわけにはいかない……」 「おわかりいただけましたか、お嬢様……!」  老齢の執事のような気持ちで、ホッとする。 「ん。どのみち、今日から合宿だし」 「タクローに食べさせるの、毎食できる」 「毎食っすか?!」  聞いた瞬間、凍りつく。 「南ちゃん、楽しみ……」 「神様、幸福をありがとう……」  恍惚となって天に感謝の意を表す先輩。 「…………」  俺はその隣で、どんよりとした灰色のオーラを背負っていた。  作業に集中している間に空が朱色に染まる。  七凪が心配なので、俺だけ今日は帰ることにした。 「ただいま」 「おかえりなさい、兄さん」  きっちりと私服に着替えた七凪が台所からやってきた。 「夕食、もうすぐできますから」 「おいおい、熱あるのにそんなことするなよ」 「もう下がりました」 「私も明日から合宿に参加します」 「まだ脚本できてないから、そんなに慌てなくてもいいんだぞ?」 「一人で部屋に閉じこもっていてもつまらないですから」 「それに、私がいないと兄さんが嫌がる南先輩にまたアレなイタズラを」 「しないし!」  速攻で訂正した。 「冗談です」  微笑する。 「本当のところ、兄さんは変態ですが、女の子の嫌がることはしないと信じてます」  変態なのは前提なんですか妹よ。  ちょっと鬱になる。 「おみそ汁作っちゃいますね」  今日も母さんは遅いので、七凪と二人で夕食を摂る。 「そう言えば、兄さん」 「ん?」 「私、最近思うんですけど、南先輩って」 「南先輩どうかした?」 「ヤケに兄さんにからんできませんか?」 「どうかな。先輩大人しそうだけど、結構人好きだから」 「誰にでも、ああなんじゃない? ――ごちそうさん」  ことんと茶碗を置いて、手を合わせた。 「そうでしょうか?」 「少なくとも南先輩が無防備に近づくのは、兄さんだけだと思います」 「そんなことないよ。皆も、もちろん七凪も同じだって」 「いえ、壁があります」  パントマイムぽく壁を表現するナナギー。  いつかどこかで見たような光景だ。 「1年くらい前、兄さん彼女を連れてくるって行ってましたよね」 「……連れて来れなくてすみません」  兄の古傷をえぐらないで、妹よ。  俺はテーブルにつっぷして、よよと泣く。 「あ、いえ、別に兄さんを落ち込ませたいわけじゃありません」 「ちょっとお聞きしたいことが」 「何?」  顔をテーブルにくっつけたまま、妹を見る。 「その時の彼女さん候補って、南先輩ですか?」 「……」  すぐには答えられない。  もう1年経つのに。  俺は未だにあの時のことを笑い飛ばせないのか。 「……そうですか」  俺の沈黙を肯定と受け取った七凪はぽつんと言葉を落とす。 「もしツラかったら」 「え?」 「ツラかったら辞めてもいいと思いますけど」 「放送部のこと?」 「はい」 「どんな理由があるにせよ、自分をフった人といっしょにいるのはツラいと思います」 「もう部員は何人もいます。辞めても誰も兄さんを責めません」 「違う、それは違うよ、七凪」  顔を上げて、俺は姿勢を正す。 「兄さん……」 「俺は放送部の活動が楽しいし、先輩には感謝してる」 「1年前、バカやってた俺が毎日楽しくやれるのもあの人のおかげだ」 「フられたって、その事実は変わらない。そうだろう?」 「……」 「七凪にも、俺のそういう考えはわかって欲しいんだ」  じっと妹を見る。  七凪は俺の視線を受け止めて、眉根を寄せた。 「兄さん、まだ惚れてますね」  えー?! 「何でそうなる?!」 「だって、南先輩のことかばってるじゃないですか」 「事実を言っただけなの!」 「自分の気持ちにさえ気付いてないんですか? 兄さん恋愛スキル低すぎです」 「それではフラグは立ちません」  フラグ言うな。 「これなら、まだ私が攻略できそうです」  舌なめずりをする妹が正直怖いです。 「……もう寝る」  色々と劣勢っぽいので逃げることにする。 「お休みなさい、兄さん」 「ああ」 「……」 「……頑張ってくださいね、兄さん」 「……この野郎」  まだ早かったけど、本当に寝床に入った。  当然まだ眠れない。 『兄さん、まだ惚れてますね』 「ぐわっ」  布団の中で悶えた。  七凪に言われてはっきり自覚した。  俺はまだ先輩が――好きだ。  異性として。 「でもなぁ……」 『……ごめんなさい』 『……今日のことは忘れてほしい』 「ぐわわわっ」  布団の中を転げまわった。  キッツイことを思い出してしまった。 「……はぁ」  嘆息するしかない。  先輩があんまりにも無防備に慕ってくれるから。  また誤解してしまいそうで怖い。 「……少し距離を置いたほうがいいのかな」  このままじゃ俺は一歩も前に進めない。  先輩のことを好きなまま、他の子を好きにはなれないのだから。 「だけど、放送部やめるとか無理だしなぁ……」  来年、先輩は卒業だ。  そこで俺の気持ちも決着がつくのだろうか。  だけど、それは違う気がする。  決着は自分でつけたい。  せっかく本気で好きになったのだ。  実らずとも、納得はしたい。 「もう一度告るしか、ないのかなー」  薄暗い闇の向こうの天井を眺めながらつぶやいた。  それもなかなかにハードルが高い。  あれだけはっきり言われたのに、しつこいと思われる。  先輩には嫌われたくない。  というより、失望させたくない。  実はしょーもないヤツだったんだと、がっかりさせたく―― 「――?!」  未来視。  久し振りの感覚に、緊張する。  何もないはずの暗闇に勝手にイメージが浮かぶ。  星空。  海。  海岸にうずくまってる―― 「先輩?!」  跳ねる様にして、ベッドから降りた。  正確な時間帯はわからなかった。  でも、先輩は半そでを着ていた。そんなに先の未来じゃない。  今、こうしてる間にも―― 「くそっ!」  考えるのは後だ。  とにかく、このまま何もせず、もしあの人に何かあったら俺は一生俺を許さない。  あの海岸に行く。最速で。  10秒で着替えて、俺は部屋を飛び出した。 「南先輩――っ!」 「――タクロー?」  堤防の先に立っていたのはやはり南先輩だった。  よかった。  まだ何も起こってない。 「? どうしてここに?」  きょとんとしていた。  それはそうだ。  ここは学園ならまだしも、俺の家からは結構な距離がある。 「えーっとですね……」  言い訳を考える。 「お散歩?」 「そ、そう! 散歩です!」  また、でまかせを、と心の中で思う。  未来視が絡むといつも俺は嘘をつかなければならない。  それが、本当に辛かった。 「タクロー」 「え? あ」  ぎゅっと抱かれた。  あまりにその所作が自然で、反応できなかった。 「――辛いことあった?」  ぽんぽん、と背中を叩かれながら訊かれた。 「な、ないですよ」 「どうしてですか?」 「んー……」  俺と密着しながら考える。 「タクローは辛い時、一瞬だけうつむく」 「今、そうしたから」 「……」  驚いて、つい言葉を飲み込む。  俺自身でさえ気付いていないクセを、先輩は知っていた。  知っていてくれた。  俺を、見ていてくれたのだ。 「ありがとうございます……」 「でも、本当に平気ですから……」  しばらくして、ようやくそんなありきたりな言葉を口にした。 「そう」  すっと身体を離す。 「先輩こそ、どうしたんですか?」 「星を見に」  言われて初めて気が付いた。  今夜は随分、星がキレイだ。 「座る?」  下から手を引かれる。  先輩はすでに俺の真横で座っていた。 「タクローのために、ハンカチ敷いたから」 「それ男の役目ですよ」 「気にしない気にしない」  くいくいと手を引かれる。  ちょっと駄々っ子気味。 「はいはい」  言われるがまま、先輩と並んで砂浜に腰掛けた。  いい感じの雰囲気。  傍目から見たら、恋人同士に見えるだろうか。  無理かな。つりあい的に。 「タクロー」 「はい」 「1年前のことだけど……」  とくん  その言葉に、自然に心臓が脈を打った。  手のひらに汗がにじむ。 「1年前っていうと、ちょうど今頃、修二達が入部しましたよね」 「――え?」 「あ、その後、男ばっかだといけないって計もすぐに誘って」  気がついたら、こんなことをしゃべっていた。  話題をそらしている。  だって、あまりに急すぎるから。  今はまだあの日のことを話題にするのは、避けたい。  もう一度、先輩に告白する勇気が持てるまで。 「タクロー」 「逃げてる」  しかし、お隣の南ちゃんはさくっと俺の意図を読んでいた。  やはり心理戦でこの人に俺が敵うはずもない。  むーと愛らしく唇を尖らしている。 「いや、その……」 「逃げてるっていうか、その、戸惑ってます」  ダメだ。  この人に未来視以外でウソはつきたくない。  正直になろう。俺は腹をくくる。 「先輩の言ってる、1年前のことって、その、えっと、俺と先輩が――したことですよね?」  直接的には言えず、こんな言い方になってしまう。 「……覚えてる?」 「忘れてないです」 「……あの時、忘れてって言ったのに」 「ごめんなさい。さすがにそれ無理です」  だって、貴方が俺の初めての人なんだから。 「……怒ってる?」 「何故、怒るんですか?」 「突然、あんなことをしたら、普通怒る」 「人を一時の感情で、モノみたいに扱った……」 「……優しかったです」 「え?」 「先輩はあの時も、いつもと同じように優しかったです」 「俺は――」  あの時、振られてはしまったけれど。 「あの時のこと、いい思い出だって、ずっと思ってきましたし」 「これからだって、思います」 「タクロー……」 「あの時、何か辛いことがあったんですよね?」 「いいじゃないですか、たまには先輩が甘えたって」 「俺でよかったら、甘えてくださいよ」 「超大事にしますから」 「あ……」 「ていうか、逆に先輩が他のヤツに甘えた方がショックなんですけど、俺」 「そう……」  目を細める。 「そ、それで、あの、先輩は、どうして」 「急に、あの時の話を?」 「……それは」 「忘れてってわざわざ念を押したのに」 「……不安になったから」  不安? 「タクローが、もしかして勘違いしてないかって」  勘違い? 「私が忘れてほしかったのは、あの時の勝手な私の行為のこと」 「だって、貴方に嫌われたくなかったから」 「――でも、たとえ何があろうと」 「貴方でなければ、私はあんなことはしなかった」 「え……」  それって。 「その私の気持ちまで――忘れられたら困る」 「私は、タクローのことを――」  先輩の細い指が、すっと伸ばされる。  触れる。  俺の頬に。 「が、外国の挨拶ですか?」  どもってしまう。 「……」  先輩は小さく首を二回振る。  横に。 「これは――」 「愛情表現……」  小さな声だけれど、きっぱりと言い切った。  俺は身体を硬直させた。  緊張で動けない。 「先輩と後輩の……ですよね……?」  近づいてくる先輩に、問いかけた。  ぴたっと先輩が止まる。 「タクローは、それがいい?」 「いいえ、俺は――」  言おう。  そう決心した。  その時、突然俺の耳に未来からの先輩の声が届いた。 『……ごめんね』 『――さよなら』  ?!  先輩からの別れの言葉。  俺、また振られるのかよ。  だったら、やっぱり言うべきじゃないのか。  怖い。  本気で好きな相手に拒絶されるのは、どんな男だって怖い。  だけど、  だけど、俺は先輩に対する愛しさをもう抑えきれない。  また振られたって、いいじゃないか。  ――この人になら、また傷つけられてもいい。 「せ、先輩!」  俺は両手で先輩の両肩をつかむ。  強く。 「あ……」  微かな震えを手に感じる。  いや、俺が震えているのか?  思えば、俺の方から先輩にキスしたことってなかった。 「俺、ずっと先輩のこと――」  尊敬していて、  守りたくて、  そして、 「大好――」 「――あっ」  いきなり吹いた横からの風に先輩が表情をゆがめた。 「あ、痛っ……」 「だ、大丈夫ですか?」  先輩は左眼を押さえて、ずっと下を向いたままだった。  目に砂でも入ったのかもしれない。 「大丈夫……」  と真っ赤な目で言っていた。  全然痛そうである。 「せ、先輩、どこかで目を洗いましょう」  慌てて立ち上がる。 「ん……あ、タクロー」 「コンタクト、落とした……」 「視界、超ぼんやり……」  砂浜で屈んだまま南先輩は言った。  先輩がうずくまってたのって、これかー!  思いっきり脱力して、俺もその場にうずくまった。  次の日の朝。  今日から七凪も復活し、我が放送部の本格的な合宿が始まる。 「んなわけで、今後の予定の確認したいし」 「午前中は会議をやるぞ、いいな気合入れろよ野郎ども!」  ホワイトボードの前に立つ流々が、テーブルについた部員達に鋭い眼光を投げかけた。 「ふぁっ、ふくふひほうふぉのっ!」  『はっ! 副部長殿!』と計は言っているらしい。 「ひふんふぁ、ひあいひゅうふんふぇふぁりまふ!」  『自分は、気合充分であります!』と言っているようである。 「計、菓子食いながら話すなよ! 萎えるだろっ!」  副部長はしょっぱなから憤慨していた。 「いや、副部長、真鍋はまだマシだ……」 「ですよね……」 「まったくだ……」  三人がじろりんと俺と南先輩の方に尖った視線を向ける。 「いやいやいや! 皆、これは違うからっ!」  俺は左手をぶんぶん振る。 「?」  一方、南先輩は俺の横で小首をかしげていた。  俺の右腕を両腕で抱きながら。 「朝からなんでイチャラブ展開なんですか、兄さんこの野郎」 「沢渡くん、もっと節度というものをだな……」 「リア充ですね、沢渡さん」 「ごふっ?!」  仲間の非難と皮肉が胸に突き刺さる。  目に見えない鮮血がほとばしる。  ここは戦場だった。 「違うから! これはしょうがないの!」  先輩につかまれた腕をあげて、弁解する。 「さっきも話した通り、先輩、今コンタクト無くて目がほとんど見えないのっ!」 「だから、俺がこうしてそばでサポートしてですね……」 「――拓郎」  俺の発言を途中で修二が遮る。 「な、何?」 「し、式には呼んでくれよな……」 「お前になら、俺は、任せられるからっ……!」  親友は感涙していた。  超早合点である。 「ご成婚すか!?」 「マジですかっ?!」  そして早合点が光の速さで伝染する。 「んなわけねー! 俺の話を聞け! つーか今までの聞いてなかったのかよ?!」 「いや、聞いてはいたが……」 「単なる視力のサポートにしてはくっつきすぎじゃないか?」  三咲の視線は南先輩がひしっとしがみつく俺の右腕に注がれる。 「おめーの彼女なんだから、ちゃんと言えよ」  彼女って。  周囲にはそう見えてしまうのか。 「タク、最初が肝心だよ」 「あー、うん」  とにかくこのままでは色々とよろしくない。  先輩にはもう少し距離を取っていただこう。 「先輩、その、もう少し、離れていただければ……」  俺にくっついてご機嫌な南ちゃんに話しかける。 「んー……」 「でも、離れると不安になる……」 「こうしてるとホッとする……」 「できれば、このままで」 「現状維持をご提案」 「――そんな感じです!」  全員に『無理でした』と宣言。 「弱っ」 「もう彼女の言いなりなんですか?!」 「沢渡くん、男ならもう少し自分というものを持ってだな……」  三人の女子が呆れていた。  今の俺、超カッコ悪い。 「あー、もう、タクボンのせいで会議始められねー」 「もう、仕事全部、担当タクでいいや」  きゅ、きゅーと『仕事→全部タクでいいんじゃね?』と書く副部長殿。 「ご無体な!」  涙目で抗議する。 「異議なし!」 「いいかもですね」  でも世情は流々に流れていた。 「んじゃタク、後はいい感じで!」 「そんな指示で動けるかっ!」  お前はどっかの使えないプロデューサーかっ。 「じゃあ、いったん解散ってことで」 「暑いですし、どっかに涼みにいきましょう」 「そうだな」  次々に部員達が席を立つ。 「ちょっ?! 待ってください、おのおの方!」  遠ざかる背中に必死に呼びかける。 「大丈夫だ、拓郎!」 「あ、修ちゃん!」  俺の心の友だけは残ってくれていた。  ありがたい。  男同士の友情に感謝。 「俺は絶対、式には参加するからなっ!」  心の友はまだ早合点したままだった。 「……?」  その隣で南ちゃんは首を傾げた。 「皆はどうして、あんなに興奮してたの……?」 「それは先輩が、ずっと俺にくっついているからなんですけど……」 「私とタクローは仲良し」 「だから、平気」  笑顔で言い切っていた。  本来なら子供かよっ! とツッコむところであるが、先輩にはできない俺である。 「あー、いや、でもですねぇ」 「一応、俺達もそれなりのお年頃の男女ですから」 「そのへんの事情を考慮してですね……」  説得を試みる。 「んー……」  考える。 「わかった……」  こくんと頷く。 「おわかりいただけましたか!」  俺はホッとした。 「ん。タクローがそこまで言うなら」 「予備のコンタクト使う」  あっさりケースを取り出す。 「最初から使って、南ちゃん!」 「えーと、じゃあ仕切りなおして会議再開な」  30分後。  全員にジュースをおごる約束をして何とか席に戻っていただく。  南先輩も拝み倒して、普通に座ってもらった。 「まず今後の予定から」 「タクロー」  先輩が早くも手を上げる。 「はい、先輩」 「必要なものは脚本とそれにそった練習」 「あとはミニFMの機材に習熟すること」 「この二つを抑えて、計画を立てて」 「了解です!」  先輩が今後の方針を手早くまとめてくれた。  これで会議がやりやすくなった。  さすが先輩は天然なのをのぞけば頼りになる。 「はい、タク質問!」  続いて計が挙手。 「はい、真鍋さん」 「タクの脚本はどれくらい進んでいるのでありますか?」 「おう、さすが真鍋さん! なかなかに鋭い意見だね!」 「――はい、他に意見がある人!」 「スルーかよ?!」 「タク、お前まだ進んでないな?!」 「昨日、一日の成果を見せてみろ、沢渡くん」 「だな」  いきなり窮地に立たされる俺。  ちなみにできているのは三行だけである。  ヤバイ、これがバレたら今度こそ更迭されてしまう。  何としても隠し通さねば! 「……最新の原稿はここ」  そうこうしている間に、先輩があっさりテーブルに原稿用紙を置く。  南ちゃん、空気読んでないよっ! 「い、1枚だけ……」 「それも、まだ三行だけなんですけど……」 「更迭だっ!」  10の瞳ににらまれる。 「違うんだ皆待ってくれ! ここからだから!」 「昨日までは発想を得るための準備期間だったんだよ!」  必死で続投を懇願する。 「いや、しかし……」 「いつまで経っても三行じゃなぁ……」 「ちなみに、何て書いてあるんだよ?」 「読んでみましょう」 「え? まだ途中だし、まだそれは早いんじゃあ――」 「――国境の長いトンネルを抜けると、そこはね○にゃんだった」  でも南ちゃんはするっと朗読する。 「またパクリじゃねーか!」 「まるで成長してないっ!」  幼馴染ーズが目を丸くする。 「いや、むしろ退化してないか? どうしてトンネルを抜けるとキャラクターがいるんだ?!」 「そこがシュールでいいんじゃん! なんかわけわかんないけど、いい感じに高級っぽいじゃん?」 「目が覚めたら虫になってたみたいに!」 「この人、世界的作家と自分を同列扱いですよ!」 「マジ文才ないな……」 「もう他の人に交代しましょう、兄さん……」 「もうこれ以上、自分を傷つけないでください!」  どうして泣くんだマイシスター。 「くそ! やっぱり天才は理解されないものなんだな……」  ホワイトボードにもたれて、嘆息する。 「いや、おめーはただパクってるだけだから」 「インスパイアでオマージュなのっ!」  肩をいからせて主張する。 「皆」  すっと南先輩が手をあげる。 「昨日は私もいっしょにチェックしたけど、結局上手くいかなかった」 「私が思っていた以上に、タクローのセンスは独特」 「他人が意見したところで、大きな改善は難しい」 「だけど、時間は限られている」  先輩の話の流れからしてやはり俺の降板は確定か。 「タク、短い夢だったな……」  流々に爽やかな笑顔で肩を叩かれる。 「やめて! リストラされるみたいな気分になる!」  まだ学生なのに。 「でも、」 「ん?」 「かと言って、ここまで頑張ってくれたタクローをないがしろにしたくはない……」 「おおっ!」  今度は残留の方向に話が傾く。  チャンス到来! 「いや、先輩こいつ大して頑張ってないっしょ」  だが、修二が余計な真実を口にする。 「そんな言い方! ひどいよ修ちゃん!」 「テト○トとね○にゃんだしね」 「そんな要約の仕方はやめて!」  ほぼ全てだが。 「タクローをないがしろにしたくないから……」 「ないから?」 「全員で書きましょう……」 『はあああっ?!』  全員が驚きの声をあげる。 「マジすか、先輩」 「マジ」 「大マジ」  こくんと頷く南先輩。 「それって、全員別々で書いて、いいのを使うってことですか?」 「いえ……」  先輩はふるふると首を横に。 「全員でひとつの物語を書く」 「話し合って」 「確かにそれなら、全員が納得のいくものになりそうだな……」 「タクも参加するし、降板でなくなるね」 「いや無理だろ、まとまんないって」 「ちゃんと誰かが舵取りをすれば大丈夫じゃね?」 「舵取りを誰がするか次第なんじゃないですか?」 「よし、舵取りなら俺に任せろーっ!」  なんとなく財布を開く。 「やめて!」  何でだよ。 「私は南先輩がいいと思う」 「タクを制御できねーといけないしな。私も賛成」 「あたしも」 「同意します」 「俺が反対するはずはないっ!」 「沢渡くんも、いいだろう?」 「先輩ならOKだ!」  諸手をあげた。 「ちなみに流々なら?」 「やめて!」 「なめんな! 財布ダサイくせにっ!」  ほっといてくれ。 「まあ、何はともあれ」 『先輩、よろしくお願いします!』  全員でお願いする。 「はい……」  先輩は嬉しそうに笑んで、引き受けてくれた。  一時間後。  先輩が用意したあらすじに対して、全員が意見をレポート用紙に書き込む。  それをまた回収して、先輩が目を通す。  全員の意見を反映した、たたき台となるあらすじを先輩が再度書く。  これを繰り返して全員が納得する素案を作り出すという寸法だ。 「んー……」  悩みながら読んでいた。  たぶん全員が好き勝手な事を書いてるはずなので無理はない。  ここは、俺が助太刀せねば。 「先輩、先輩」  立ち上がっていそいそと先輩のそばへ。 「ん? タクロー?」 「良かったら、俺がまとめるのをお手伝いしても――」 「こらーっ! タクボンは手出すなっ!」 「兄さんは先輩を手伝うの禁止です」  俺と先輩の間に、流々とナナギーが割り込んできた。 「えー、何でだよ」 「沢渡くんが手伝うと、確実に効率が悪くなるからな」 「タク、いい子だからお外で遊んで来なさい! お外で!」  さらに番人が増えた。  完全にいらない子状態だった。 「いやでも――」  元はと言えば俺のせいである。  何もしないで遊んでなどいられない。  だが。 「きしゃーっ!」 「ふーっ、ふーっ!」  この気の荒い猫のように俺を警戒する女子がいる限り先輩に近づけない。 「まあ、待てお前ら」  困ってるところに修二がやってくる。 「しゃ、しゃーっ!」 「ふかーっ!」  すると二匹は今度は修二を威嚇し始める。  猫のまま。 「ちっとは拓郎の気持ちをくんでやれよ」 「要は脚本作るのに、直接拓郎が手を出さなきゃいいんだろう?」 「しゃっしゃっ!」  そうだ! と言わんばかりに計が鳴いた。  つーか鳴くなよ。 「お茶淹れるとか、肩がこったらマッサージするとかなら拓郎がやっても良くね?」 「ああ、なるほど」 「確かにそれなら、いいですけど……」  修ちゃんの提示した妥協案に、女子達の態度が軟化した。 「わかりやした!」  そうと決まれば、俺の行動は早い。  早速、最高のお茶を求めて移動する。 「ちぃーす」 「おう、しゃわたりくん! どったの?」 「いえいえ、大したことではありません!」 「どうぞ、拙者にお気遣いなく!」  ぱっと開いた手のひらを小豆ちゃんに向ける。 「そう? あー、お茶うめ~。ずずっ……」  お茶を堪能している小豆ちゃんの横を俺は華麗に横切る。  で。  持ち込んだ水筒に職員室のポットからお茶(過去の調査から高級玉露と判明)をなみなみと注ぐ。 「こりゃりゃーっ!」 「うおっ?!」  フタを閉めたところで小豆ちゃんに怒鳴られた。 「きさん、何、堂々とお茶チョッパっとるか――っ?!」 「ち、バレたか」 「堂々とやれば却って怪しまれないと思ってたのに!」 「そんな手に引っかかるか――っ! 返せ、戻せ!」  小豆ちゃんが子供のように俺の周囲をぐるぐる回って騒ぎ出す。  長居は無用だ。 「またな、とっつあん!」  某三代目をきどって、速攻逃げる。 「ぬおおおおっ! ヤツはとんでもないものを盗んで行った――っ!」  そんなアホなやりとりをして部室へ帰還。 「――お嬢様、粗茶でございます」  先輩に玉露を供する。 「……」 「美味しい……」  南先輩が微笑んだ。 「ありがとうございます!」  うやうやしく頭を下げる。  執事のような俺である。 「兄さん、何かすごく高級そうなお茶ですね……」 「《・》高《・》級玉露ですからっ!」  高級をわざと強調して言った。 「すごっ」 「あいかわらず尽くす時の沢渡くんは徹底してるな……」 「へー、タクボン、私にも一杯くれ」 「自分で淹れろよ」  スーパーの特売で買った番茶のパックを差し出す。 「てめえ、態度変わりすぎだ、この野郎!」 「サブを笑うヤツはサブに泣くんだぞっ?!」  何の話か。 「タクロー」  お茶を飲み干した南先輩が俺を見る。 「少し肩が……」  頬を染めながら、ちらっと俺を見る。 「はっ、すぐにお揉みいたします!」 「ん」 「失礼いたします!」  先輩の肩にそっと触れる。 「あ……」  ぴくっと先輩の身体が微かに震えた。 「え? な、何かダメでした?」  焦る。 「沢渡くん、キミはこんなところで何を……!」 「マッサージのフリして、セクハラですか、沢渡さん!」  女子全員がにらんでくる。  ひどい。冤罪だ。 「ち、違う……」  先輩がぶんぶん首を振る。 「タクローが触ってくれて」 「ちょっと嬉しかったから……」  えー?!  恥ずかしい!  でも、それ以上に嬉しい!  悶えそう。 「ごめん、つい……」  南先輩の頬がぽっと染まる。  可愛い。  ああ! もうこの人はっ! 「先輩、また俺の心をわしづかみましたね?」 「わしわし……」  俺に肩を揉まれながら、先輩も両手を閉じたり開いたり。  やっぱり俺は南先輩が好きだ。  御奉仕するぜっ!  気合を入れつつも、痛くないようにマッサージする。 「あ、ん……」  吐息混じりの声が、何となく艶かしく。 「力具合はこんなもんで……?」 「ん、ん……」 「もうちょっと、強くても……」 「こんな感じで?」  少しだけ力を入れる。 「ん、あ、ん……タクロー、もう少し前も……」 「は、はいっ」  言われるがまま両手を前に。 「あ、んっ、い、いい……」 「ここで、いいですか?」 「ん、い、いい……」 「もう少し強くしても」  俺は指先をそっと、先輩の素肌に。 「あ、ダメ、タクロー」  南先輩の肌は微かに汗ばんでいた。  でも、俺はそのしっとりと濡れそぼった彼女の身体に興奮する。 「先輩、もっと良くしてあげますから……!」 「ああ、そんな、タクロー……」 「あ、んっ、は……」 「ああっ……!」  俺の指の動きに彼女は如実に反応した。  もう俺は溢れる想いを抑えきれない。 「先輩、先輩!」  俺は激しく先輩の弱いところを責めた。 「んっ、あっ、タ、タクロー……!」 「先輩、先輩――!」 「妹ナックル!」 「ごふっ?!」  渾身の力をこめたナナギーの拳が俺の顔面で弾けた。  そのまま後方にふっとぶ俺。 「沢渡くん、キミは何をやってるんだっ!?」 「この変態がっ!」 「エロスの権化!」 「――ちょっと頭冷やそうか?」  一瞬で取りかこまれる。 「ちょっと待って! 皆、落ち着け!」 「いいから、もう殺っちゃいましょう……」  妹があっさりと俺の死刑を宣告する。 「あ痛たたたたたたたたたたたたたっ!」  全員にフクロにされる。  どうしてこんな目に?! 「ノーッ! 俺は何もしてないのにっ?!」 「普通に肩をマッサージしてただけだっ!」 「ウソをつくんじゃありませんよ、沢渡さん!」  俺の背中を踏みながら、計がふんと鼻を鳴らす。 「ムーディーな曲が流れてただろうが? ああ?」 「それは俺の責任じゃないよ!」  ひどい。  これはきっと神なる何かの陰謀だ。  助けてを求めて、先輩をチラっと見る。 「タクロー……」 「エッチ……」  真っ赤になって顔を背けられた。  これまた可愛い仕草。  でも、先輩もさっき微妙にノッてたよね? 「もうタクには先輩のマッサージはまかせられないね」 「当然です」  えー?! 「そんな! やっと先輩の役に立てると思ったのに!」 「ご慈悲を!」  目の前の妹にすがる。 「ならば、これを」  例の四次元ポシェットから手袋を取り出す。  皮製の分厚いヤツだった。 「これをはめてなら許可します」  えー。  この真夏にこんなんはめたら蒸れ蒸れじゃないですか。  手がかぶれそう。 「何だ? 沢渡くん、先輩の役に立ちたいんじゃなかったのか?」 「嫌なら、無理しなくてもいいんだぜー?」 「ですね。その代わり、私の肩なら好きなだけマッサージさせてあげます」  七凪さんが俺に早速背中を向ける。 「――え? 七凪は肩凝らないだろ?」  流々がナナギーのシンプルなラインの胸を見る。 「――な、何を言ってるんですか?! 凝りますよ! 凝りまくりです!」  うきーっ! とばかりにナナギーが腕を振り上げる。  でも胸はまったく微動だにしない。 「……」 「……」  思わず三咲と計がそっと視線を七凪から外した。  憂いを含んだ表情だった。 「三咲先輩、真鍋先輩! どうして私から目をそらすんですか?!」 「ほら、もっと自分の後輩を見てくださいよ!」  妹さんは胸を張って、二人の前へ。 「え、い、いや、別に私は……」  三咲は未だにナナギーを見ていない。 「そんな哀しいモノをあたし達に見せるなっ!」  泣きながら叫ぶ。 「どんな胸なんですか、私の胸はっ!」  ナナギーはさらに憤慨した。  もはや収拾がつかない。 「タクロー」 「は、はい」 「マッサージはもういい……」 「了解です」  まあ仕方ないか。 「でも、私は結構凝るから」 「またお願いしていい?」 「もちろんですよ!」 「七凪とは違って、きっと先輩は大変でしょうから――」 「妹スクリューアッパー!」 「あべしっ?!」  全部言い終わる前に、ナナギーに吹っ飛ばされる。  口は災いの元である。  そう学んだ、夏の日の昼下がり。 「ふいーっ! 気持ちいいぜっ!」 「昨日は寝苦しかったからな……」  合宿3日目の朝が来た。  修二と二人、水飲み場で上半身裸になって水浴びをする。  というか、実はパンイチです。  男の子にしか出来ない技である。 「あ~っ、もう全裸になって水浴びたいぜ!」 「そこまでやるならいっそ、プールで泳ぎたいよな」 「いいな、今度やるか!」 「いいけど、修ちゃんと二人でやるのはなぁ……」  妙な噂が立つと嫌だし。 「ああ、二人ともおは――うわああああっ?!」  ん?  振り返る。 「さ、沢渡さん、破廉恥禁止ですよっっ!」  三咲と計が真っ赤になって慌てふためいていた。 「いや、俺達ちゃんと下はいてるぞ?」 「うん、海水浴の時と同じだよな?」  男二人は平然としていた。  水浴びを続ける。 「み、水着と下着は違うだろう?!」 「早く服着ろ! 可及的速やかに! 最速で!」  二人は俺達に背中を向けたまま叫んでいた。  普段は下ネタも割りとOKな計も、実物はダメらしい。 「わかったよ、おら、修ちゃんも」  仕方なく服を身につける。 「あいよ」  修二もめんどくさそうにしながらも従う。  こいつも女子には基本紳士だ。 「ほら、もう着たぞ」 「こっち見ていいぞー」 「う、うむ」 「あー、びっくりした~」  三咲と計がようやくこっちを振り向く。  まだちょっと顔は赤い。 「二人とも水道使うんだろ? 俺達もう終わったから」 「じゃなー」  修二と二人、校舎へと足を向ける。 「あ、ちょっと待って、タク」 「え? 何?」 「好きです!」 「どこが?」 「さっき見た股間に一目ぼれです!」 「身体目当てかよ」 「わかりやすくていいじゃないですか、それより」 「ちょっとは動揺してくださいよ、沢渡さん」 「計じゃ無理だな」 「なめんな、シスコン」  眩しい笑顔でののしられた。 「すげー会話だな……」 「幼馴染とは大したものだ……」  修二と三咲は俺達のウイットに富んだ会話についていけないようだった。 「で、マジで何?」 「南先輩がタクに用事だって」 「何っ?! 何故それをもっと早く言わん、小娘!」  ダダっと駆け出す。 「行動早いな……」 「まるで飼い主に呼ばれた子犬みたいだぜ」 「……はぁ~あ」 「――こん畜生め」 「ギャグにしちゃうしかなかったですよ、沢渡さん!」 「おはようございます、先輩、お呼びでしょうか?」 「おはよう」 「うん、呼んだ」  たおやかな笑顔を向けられた。  今日一日の活力になるスーパー南ちゃんスマイルである。 「なんなりと、私にお申し付けください!」  笑顔の主の前に跪く。 「脚本の第一稿ができた……」  レポート用紙の束を渡される。  早っ! 「皆の意見をなるべく反映したつもりだけど」 「まずタクローにチェックしてほしい」 「ダメな所があったら言って」 「俺でいいんですか?」 「タクローはすごく書きたがってたから」 「まずはタクローの意向を知りたい」  何とも優しいお言葉。  こういう気遣いができる人って、本当に尊敬できる。  憧れる。 「あ、ありがとうございます!」 「謹んで拝読させていただきますっ!」  ずっしりと重い紙の束を手にして、まずは一礼する。 「ん。お願い」 「では」  読む。 「ふむ」  さらに読む。 「ふむふむ」  読み進める。 「…………」  夢中になって、がんがん読む。 「うおおおおんっ!」  読み終わる頃、俺は感動の嵐の中にいた。  今、全俺が泣いている。 「どう?」  少し不安げにこっちを見る。 「傑作ですよ!、先生!」  涙でぐちゃぐちゃになった顔で答えた。 「俺もこういうのが書きたかったんですっ!」 「そう」 「良かった」  にこと笑む。  しかし、何でもできる人だ。  水泳もできるし、成績もいいって言うし、その上文才もあるのか。  南ちゃんハイスペックすぎ。 「これなら、皆も納得ですよ! 俺が保証しますっ!」 「ふふ、ありがとう」 「でも、テト○トの人に褒められても却って不安かも」 「南ちゃん、ひどいっ!」  今度は別の理由で泣きそうである。 「冗談……」  朝食の時間。  今日は学食が開いていたので、そこで食べることにした。  さすがにメシは売ってなかったが、冷えたジュースが買えるだけでも良しとしよう。  全員でコンビニで買ったパンを頬張る。 「……これは」  先に食べ終わった七凪が、先輩の書いた脚本を読む。 「……面白いです」 「……感動しました」  七凪はそっと涙をハンカチで拭う。 「え? そんなにすごいの?」 「はい」 「特に兄が妹をかばって、銃弾に撃たれるシーンは涙なしには読めません」 「ああ、あの主人公が改造された妹と対峙する前のシーンな!」 「その後未来人の恋人が、実は義理の妹だったとわかった時のインパクトも素晴らしいです……!」 「妹ばっかじゃん!」 「ど、どんな世界観なんだ……?」 「ストーリーはともかく、設定はかなりぶっとんでそうだな……」  三咲と流々が南先輩の方を見る。 「全員の意見を取り入れたら、こうなった」 「要望は後でどんどん反映していく方向で」  南先生はあくまで謙虚だ。 「いや、俺も読んだけどマジで面白かったぜ」 「後は微調整くらいでいいんじゃね?」 「そっか~。やっぱ南先輩にまとめてもらって良かったね!」 「一時はタクボンがテト○トとか書いて、どうなるかと思ったぜ」 「うるさいよ! テト○トなめんなよっ!」  口の中のパンのカケラを飛ばす勢いで叫んだ。 「とにかく、これで脚本は安心だ」 「あとは、配役を決めて演技の練習をすればいい」 「夏休みはまだあるし、余裕だな!」  修二の言葉に全員が笑顔で首肯した。  朝の食卓に和やかな空気が流れる。 「よし、じゃあ今夜はお祝いですよ、皆の衆!」  お祭り好きの計が、がたっと音を立てて立ち上がる。 「え? また宴会ですか?」 「ノンノン! ナナギー」  ちちち、と人差し指を振る計。 「パーティーです! 脚本完成記念パーティーなのですよ!」 「ん? それは具体的には何をやるんだ?」 「食べて飲んで飲んで食べます」  いつもの宴会と変わりなかった。 「そして疲れたら、冷凍マグロのようにその場で眠ります」 「……気持ちいいくらい欲望に忠実な女だな……」 「要はいつも通り騒ぎたいだけなんだろう? 別に無理に今日じゃなくてもいいんじゃ……」 「じゃあ面白い企画も考えとくから~、ね~やろうよ~、沢渡さ~ん」  くねくねとクラゲのように身体をくねらせて、計はまた不思議な踊りを踊った。  やめて! HPが削られるからやめて! 「南先輩、どうします?」  隣の先輩に尋ねる。 「やりましょう……」 「時間がある時は、皆で楽しく過ごしてほしい……」 「それが、部長としての私の願い……」  ああ……!  南ちゃんは何てお優しいお人なんだっ……!  南先輩に神々しいまでの光が降り注ぐ。 「わかりました!」  部長の言葉を受けて、俺はただちに全員に向き直る。 「――諸君、今夜は放送部部長様のご意向を受けて、宴会を実施する運びとあいなった!」 「本来なら、脚本の執筆が終わったばかりで大変お疲れのところを、敢えて、」 「あ・え・て! 我々のような下々の者とともに行動したい、との仰せであらせられる!」 「わかったら、全員とびきりのかくし芸でも用意しておきやがれ、この野郎!」  最後はナナギー風にしめる俺。 「かくし芸? そんなモノが必要なのか?」 「急に言われてもな~」 「私もそんなのありませんけど」  全員がおよび腰だった。 「いや、お前達これから社会に出たら絶対必要だってかくし芸」 「今から準備しておいた方がいい」 「会社入った時とかやらされそうだよなあ。あー、ウゼーなー」 「神戸は顔怖いから、面接でガスガス落とされるんじゃね?」 「じゃあ、かくし芸いらないじゃん」 「顔で落とされてたまるかっ! 俺は立派な保父さんになるんだよっ!」  えー。  修ちゃんは敢えて茨の道を行く漢だと今判明した。 「タクロー」 「はい」 「今夜のために買出しに行きたい」 「ついて来て」 「ラジャーですっ!」  先輩に言われるがまま、駅前までいっしょに来た。  だが。 「……ぺとっ」  二人きりになったら、またもや南ちゃんは『くっつきモード』に変化した。 「タクローの腕、安心する……」  ふにふに  胸が触れるのなんて、まるで気にしていなかった。  顔が熱い。  夏とか関係なく、熱い。 「せ、先輩、そんなにくっつかなくても……」  ちょっとだけ離れようと試みる。 「ダメ」  ひしっとつかまれる。 「離れたら、私、歩けなくなる……」 「へ?」 「コンタクトをしてないから……」  えー。 「どうしてそんなことを?!」 「どうしてって……」  南先輩がめずらしく逡巡していた。 「内緒」 「秘密」 「トップシークレット」  次々と機密を保持するための言葉が飛び出す。 「でも、別にタクローとくっつく口実がほしかったわけじゃないんだからね」  最後に棒読み気味に、ツンデレを気取る。  お茶目である。 「いや、別にキャラは変えなくていいんで」 「そう?」 「そのままの先輩でいいです」 「だけど、それだと飽きられるかもしれない」 「タクローが、そういうプレイをしたいなら私は構わない」 「何なら、毎朝起こしに行っても」  ありがちな幼馴染キャラを提案される。 「いやいやいや」  謹んで辞退する。 「真鍋さんがいるから、もういらない?」 「アイツ、俺起こしたことなんてないっすよ」 「じゃあ、田中さん?」 「俺より、七凪を起こしに行きそうですよね、アイツ」  アイツは色々な意味で残念なのである。 「うーん……」  先輩は眉根を寄せる。 「難しい」  さらに腕に入れる力を強くして言った。 「な、何がですか?」  弾力のある感触に戸惑いつつ聞き返した。 「……わかってて聞いてる?」  先輩がちょっと拗ねてしまった。  わかって――いるのだろうか。  先輩は俺のことを好きになってくれたのだろうか。  先輩は俺からの言葉を待っているのだろうか。  ……拓郎、あの夜一度は腹をくくったじゃないか。  よし!  俺は歩く足を止めた。 「? タクロー?」 「せ、先輩、あの……」  言ってやる! 「あ、あの、この間の夜……」 「え……」  ぴくっと先輩の肩が震えた。  その震動が腕を通して、俺にも伝わってくる。 「1年前、あんなことがありましたけど、俺、本当は、あの日」  今度こそ、告白してやる! 「先輩にどうしても、伝えたいことがあって!」  そして、玉砕してやる! (←微妙に弱気) 「迷惑かもしれないけど、聞いていただけますか?」 「は、はい……」  みるみる先輩の顔が紅潮していく。  でも、たぶん俺の顔はもっと赤いはず。 「俺は先輩のことが好――」  スマホが突然鳴った。 「……」 「……」  お互い顔を見て、微妙な表情をする。  気がそがれた。  ガッテム!  俺は無言でスマホを手にする。 「――もしもし」  超不機嫌そうな声で、電話に出た。 『もしもし、あ、俺俺! 早速だけど今から言う口座にすぐ振り込んで――』  詐欺だった。 「てめえ、電話会社に確認して個人特定した後、コンクリ抱かして海ん中沈めんぞ、ああっ!」  キレた俺は修ちゃんよりもヤクザだった。 『ひぃーっ! すいませーん! 勘弁してくださーい!』  悪人は泣きながら電話を切った。 「タクロー、どうしたの?」 「今、社会的悪をひとつ成敗しました」 「?」  南先輩は首をひねる。 「そ、それより、先輩」  俺は顔を引き締める。 「ん」  先輩も再び俺をまっすぐに見つめる。 「俺、1年前から、南先輩のことが、」 「は、はい」 「ずっと、好――」  スマホがまた鳴った。  少しは空気読めよっ!  俺は心の中で血の涙を流す。 「――もしもし」  怒気をはらんだ声で、電話に出た。 『もしもし、あ、タクボン? 俺俺!』  流々を装った詐欺だった。 「ふんっ!」  黙って切った。 「タクロー、今のは?」 「流々を装った詐欺だったんで、気にしないでください!」 「そ、そう?」 「えーっと、それより、先輩――」  コンチクショウ!  どいつもこいつも俺の恋路を邪魔しやがって。 「――もしもし」  苦虫を噛み潰したような顔で、電話に出た。 『もしもし、あ、タク? 俺俺!』  今度は計を装った詐欺だった。 『装う方が逆になってますよ、沢渡さん!』 「ち」  切る前に止められた。  さすが勘がいいヤツだ。 「何だよ?」 『買い物終わった?』 「これからだ」  俺の告白もこれからだ。 『悪いけど、すぐ帰ってきて。できれば光の速度で』 「無理言うな」 『学園祭の放送、配役のことで揉めてるの』 「は? 誰かが我がままでも言ってるのか?」 『うん、小豆ちゃんが』 「小豆ちゃんかよ」  脱力した。 『しゃわたりくんを呼べ! ってうるさいの』 『泣く子には敵わないじゃん?』 「わかったわかった」  一番大人のはずなんだけどなあ。 『買い物は後でもいいから、すぐにね~』 「はぁ……」 「タクロー?」  先輩が心配そうな顔で俺を見ていた。 「すんません、すぐ戻らないといけないみたいです」 「そう」 「なら、そうしましょう」  皆のことを第一に考える先輩は、すぐにそう結論を出した。 「はい」  俺の告白は宙に浮いたまま。  二人で再び並んで歩く。  今はもう腕は組んでいなかった。 「ノド、がらがらだぜ……」  缶ジュースを手に、校庭のベンチに座る。  早速、プルタブを開けた。 「んくっ、んくっ……」 「はぁ……美味い……」  ついさっきまで、ラジオドラマのオーディションをやっていた。  全員が全部の役を演じた。  その出来栄えを見て、投票で役が決まる。  俺も演じた。超熱演した。  結果、村人Bの役を見事に射止めた! 「しゅん……」  体育座りをしながら、落ち込む。  ちなみに村人Aは修ちゃんだ。  ヤツも今頃、屋上で夕陽に向かって馬鹿野郎とか叫んでいることだろう。 「だけどまあ……」  セミの声を聞きつつ、夕風に前髪を揺らしながら空を眺めた。 「俺、今、すげーせーしゅんじゃね?」  そんな風に思う。  部活で汗かいて、  仲間達と合宿やって、  先輩に恋をして。  どこからどう見ても、青春ど真ん中。 「しゃあっ!」  腕を振り上げて声を上げる。 「頑張るぜっ! 突っ走るぜっ!」  未来視に振り回されてた俺。  どこか冷めてた俺はもういない。  それが、何とも誇らしくて嬉しかった。 「ん?」  視界の先にいつの間にか人影が入る。 「先輩……?」  誰もいないグラウンドに南先輩が濃い影を落として歩いていた。  部室棟の方に向かっていた。 「みーなーみーせーんぱーい!」  俺は立ち上がって、駆け出した。 「タクロー」  先輩は俺に気がついて、すぐ振り返った。 「一人でどうしました?」 「ハシゴを取りに」 「何でまたそんなものを」 「アンテナの配線をちゃんと記録しておこうかと思って」 「そういう資料があれば、後々役に立つかもしれない」  なるほど。  さすが先輩。先のこともきちんと考えている。 「でも、女子一人でハシゴは無理ですよ」 「そーいう時は、俺を呼んでください」 「メールひとつで、どこへでも駆けつけますから!」  爽やかスマイルを振りまく俺。 「……ありがとう」  先輩は俺以上の爽やか笑顔になる。 「んじゃ、ちょっくら取ってきます」 「待って、タクロー」  手をつかんで引き止められた。 「慌てなくてもいい」 「一緒に行きましょう」  俺の手を握る先輩の手に力が入った。  微かに汗ばんでいる。 「わ、わかりました」  少しだけ迷ってから握り返した。 「あ……」 「い、いいですよね?」  恐る恐る尋ねた。 「もちろん」  微笑して頷く。  俺が先に進んで、先輩がついて来る。  手をつないで。  まだ明るいのに。緊張してしまう。  でも、離したくない。  どこかでセミがうるさく鳴く。  まるで俺達を冷やかすように。 「あれ?」 「ない……」  ハシゴがあるはずの空間を先輩と並んで見た。  空っぽ。 「誰かが使ってるんですかね?」 「そうなる」 「私達以外、使う人が思い浮かばないけど……」 「ですよねぇ……」  独特のすえた匂いに顔をしかめつつ、息を吐いた。  色々なモノがあるが、どれも全部痛んでいた。  あんまり使ってるとは思えないようなモノばかりだ。  体育倉庫というより、単なる物置だな。 「アンテナのチェックはまたにしましょうか?」 「ん」  簡単に今後の方針が決まる。  また明日来て、のぞいてみよう。 「帰りましょう」  と言って俺は扉のノブに手をかけた。  開ける。  いや開かない。 「あ、あれ?」  何度もノブをひねって引っ張る。  金属の擦れるような音がするだけで、扉は微動だにしない。 「タクロー?」  ひょいと先輩がのぞきこんでくる。 「す、すみません。何か開かないっぽいです」 「入る時は簡単に開いたのに」 「変ですよねぇ」  両手で試すも、やっぱりダメだ。  しまったな。  入って閉めた時、鍵がイカレたっぽい。 「仕方ない」 「電話で助けを呼びましょう」  先輩はそう言ってケータイを手に、 「あ」  しなかった。 「どうしたんですか?」 「制服に着替えた時、持ち忘れた……」  あー。  買い物は私服で行ったもんな。 「タクローに期待」 「お任せください!」  俺は元気に返事をすると意気揚々と、スマホを取り出す。 「良かった」 「実はタクローも忘れてるオチだとばかり」 「はっはっはっ! 俺は南ちゃんの期待を裏切ったりしないでガンスよ!」  ふわさっ! と前髪をかきあげて気取ってみる。 「さすがタクロー」 「素敵」  南ちゃんは俺にすっかり心酔していた。  俺の時代がやってきた。 「いえいえ、このくらい! ではさくっと修二でも呼んで――」  言いながら華麗な指さばきで真っ暗な液晶画面を叩く。  バッテリーが切れてた。 「すみませんでした!」  その場で土下座した。  俺の時代などなかった。 「気にしないで、タクロー」 「そのうち、誰か見つけてくれる」 「元気出して……」 「は、はい……」  先輩の優しさが今だけはちょっと痛い俺だった。 「うおおおおいっ!」 「夜だよ! 夜になったのにまだ見つけてくんないよ!」  俺達の期待をよそにとっぷりと日が暮れた。  何てこった。  俺と南先輩、こんなとこで二人きりだ。 「タクロー、落ち着いて」 「まだ2時間くらいしか経ってない」 「それはそうですけど……」 「ほら、こっちに座って休んで」  ぽすぽすとマットを叩く先輩。  先輩が座ってる隣だ。 「は、はあ」  確かにここに立っていても仕方ない。  俺は言われた通り、腰掛けた。 「暑いね……」  先輩は汗ばんだ頬をハンカチで拭く。  火照った顔が色っぽく見えた。 「窓は一応あるんですけど、開きませんもんね」  夜じゃなかったら、きっともう汗だくだ。  俺も額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。  こつん 「あ」  その拍子に先輩の肩に俺の肩が触れた。 「す、すみません」  ちょっとだけ離れる。 「ううん」 「タクローが触れるのは、別にいい……」 「でも、今は汗かいてるから恥ずかしい……」 「匂いとか」  そう言って先輩は少しだけ俺から離れた。 「変な匂いなんかしませんよ」 「そう?」 「はい」 「……じゃあ」  すぐまた寄ってきた。  おいおい。  南ちゃんはまたそんな可愛いことを……。  また惚れちゃうじゃないですか、この野郎。  と、いうか。  今、告白のチャンスだ。 「……」  そう思ったとたんに、心臓が勝手に速く動き出した。  でも、言わなきゃ。  言わないと、俺は前に進めない。  でも、振られたら?  俺は南先輩がすっごい好きだから、すっごいツラいんだろうな。  1年前のあの時の痛みがまた胸に蘇る。  怖い。  本気で好きな相手に拒絶されることは、とても怖い。  だけど、たとえ振られるにしても、好きだって自分の口から伝えたい。  それができる男でありたい。  よし。 「せ、先輩っっ!」  ありったけの勇気をかき集めて、俺は―― 「タクロー……」 「私、貴方が好き……」 「先に言われてる――っ!?」  俺はショックのあまりに後ろに倒れた。  南ちゃん、後ちょっと待ってくれれば!  何か負けた気分。 「? タクロー?」 「どうしたの?」  きょとんとしたお顔をされていた。 「あ、あの、ですね……」  上体を起こしながら、声を出す。 「今、俺の方から言おうと思ってたんですよ……」 「え……?」 「まさか先を越されるなんて……」 「そ、それは」 「つまり……」 「はい」 「私で、いいの……?」 「何で、そんな謙遜をするんですか」 「南先輩は、ずっと俺の憧れでした」 「俺、貴方が好きです」 「……」 「……」 「……ぐす」 「えっ?! ちょっ!? な、何で泣くとですかっ?! お嬢さん!」  激しく狼狽する。 「だって……」 「私はタクローに嫌われてるって思ってた……」 「何でですかー?! そんなわけあるはずないじゃないですかーっ?! 嫌だーっ!」  さらに激しく狼狽する。 「俺、すっごく先輩のこと大切にしてたつもりなのに……」 「確かにそうだけど……」 「タクローは誰にでも優しいから……」 「嫌いな相手にも優しいかもって……」 「先輩を嫌う理由がないじゃないですかーっ! 嫌だーっ!」  頭をぶんぶん振って苦悩を表現する俺。 「1年前のこと……」 「あれで、私はタクローをきっと、とても傷つけたはずだから……」 「貴方の初めてを、あんな風に……」 「……」  そうか。  ようやく先輩の気持ちがわかった。  あの時のことが、そんなに気になっていたのか。  それはそうかもしれない。  だって、先輩はあの時すでに俺が先輩を好きだって知らないのだし。 「ごめんなさい……」 「先輩、俺、前にも言いましたけど」 「あの時のこと、いい思い出だって思ってます」 「だから、そんな風に謝られると、逆にツラいです……」 「タクロー……」 「先輩」 「あ……」  俺の腕は自然に先輩の肩を抱いていた。 「先輩が最初の人で、俺良かったです」 「本当……?」 「本当です」 「……良かった」 「……先輩は、俺で良かったですか?」 「……あ、えっと」  もじもじする。 「……初めてなのわかった?」 「え、ええ、まあ」  先輩もあの時ぎこちなかったしな。 「……必死にリードしたのに」 「努力が水の泡」  肩を落とす。 「いやいやいや! 初めてのが俺は嬉しいんで」 「でも、私先輩だし」 「そんな時にまで、気を遣わなくてもいいです」 「いいんですよ、もっと甘えて」 「先輩を守りたいんです。お願いですから、もっと甘えてください」 「……」 「……タクロー、カッコいい……」  南ちゃんは目を輝かせていた。 「好きです」 「もう聞きましたけど」 「また言いたかった」 「じゃあ、俺も先輩が好きです」 「ん……」  こてん、と頭を俺に預けてくる。  心地いい重み。  強く先輩の肩を抱く。 「あ、ん……」 「タクローの手が、微妙にエッチに」 「え? すみませんすみません」  無意識に触り方がエロくなっていたのか。  自分、思春期ですから。 「謝らなくていい……」 「ちゅ」 「あ」  先輩が頬にキスをしてきた。 「ん、んっ」  何度も、何度も唇をくっつけてくる。  あう。  そんなことされたら、マズイかも。  さっきから先輩の髪の匂いとか嗅いで、かなり興奮しちゃってるのに。 「タクロー……」  先輩はくいくいと、俺の肩を引っ張った。  瞳を閉じて、顔をあげる。  軟らかそうな唇をつい凝視してしまう。 「先輩、その……」 「……何?」 「こんな状態で、その……キスしたら……俺……」 「たぶん、そこで止まれません」 「……」 「……いい」  今、身体全体が鼓動した。  先輩の言葉が、俺の中のタガを外した。 「先輩――」 「んっ、ん……」  ゆっくりと、でも深く先輩と口づけを交わす。 「んっ、ちゅっ、んっ、んん……」 「んっ、んっ、ちゅっ、んんん……」 「タクロー、んっ、ちゅっ、んっ、ちゅっ、ん……」 「先輩、先輩――!」 「あ、きゃっ」  少し強引に先輩を押し倒した。 「先輩、もう、俺とまれません……」 「……いい」 「貴方なら、いい……」 「来て……」 「先輩……」  俺は先輩を後ろから抱きしめる。 「あ……」  ぴくっ、とすぐ反応する。  その様子が何とも可愛らしい。1年前の感覚が蘇ってくる。 「あ、んっ、タクロー」 「手が、もう……」 「胸を……ああっ……!」  俺の腕の中で先輩は身体を震わせる。  制服の上から、胸を愛撫する俺の手に戸惑っていた。 「先輩、1年前より大きくなった気がする……」 「え? そ、それは……」  一瞬、逡巡して、 「なった……」  恥ずかしそうに答えた。  南ちゃん、素直。 「先輩、ちゅ」  首筋にキスをしながら、胸をちょっと大胆に揉む。 「あ、ああ……!」 「タクロー、タクロー……!」  先輩が身体を揺らす。  その動作でお尻が俺の股間に何度も触れた。  興奮度が増した。 「タクロー……」  先輩は少し身をよじって、俺を見た。 「……できれば、シャワー浴びたいけど」 「この倉庫の中には、ないですよね」 「私、汚いかもしれない」 「先輩の身体で汚いところなんてないです」 「それは女の子に幻想抱きすぎ」  あ、ちょっと笑った。 「んんっ」 「ひゃんっ」  項に顔をうずめるようにして大きく息を吸いこんだら、先輩は一瞬身体を跳ねさせた。 「いい匂いです……」 「うそ。汗くさいだけ……倉庫の中、ずっと暑かった」 「正直、香水とかよりは、こういう生の……先輩そのものの匂いの方が好きですよ」 「タクロー……エッチい」  エッチいて言われた。 「たいていの男はそうじゃないかなと思います」 「素直に今すぐしたいから、匂いなんて気にしてる場合じゃないって言えばいいのに」 「今すぐしたい。匂い気にしてる場合じゃない」 「即答すぎ」 「必死なんです」 「…………許可」  言われてすぐ、ブラ越しに胸を揉みあげて、首筋にキスをした。 「あっ……ふ……」  そのまま覆い被さるように顎のラインを舐めあげて、耳たぶを口に含んだ。 「……っ……はぁっ……ぁっ!」  先輩が気にするのも確かにわかる。  興奮からか触れている部分がさっきより熱くなって、むわっと蒸したような空気が二人を覆った。  それをまた、吸いこむ。 「や……わざと嗅いでる……っ……んぅっ」 「南先輩を何もかも全部、俺のものにしたい」 「していい」 「します、超します」  言って胸を揉む。 「んっ……おっぱい、揉むたびに……」 「あんっ、あああっ!」 「あ、痛いとか?」 「……痛くはないけど……ブラジャーとって」 「俺がとってもいいんですか?」 「ん……」  俺は背中に手を回して、ブラに手をかけて上にめくりあげた。  うしろから垣間見える部分だけでも、頬が赤くなっているのがわかる。 「キレイだ……」 「タクロー、じっと見すぎ……」 「でも、これは見ないわけには」  言いつつ触る。 「あ、もう、触って……」 「触らないわけには」  気がついたら触っていた。 「ふぁっ! ……ち、乳首……っ……んっ、うっ……!」  きゅぅっと二本の指で乳首を揉みこむと、途端に先輩の腰が砕けそうになった。 「強すぎましたか?」 「っ……」  ふるふるっと首が振られた。心なしか下半身まで震えている。 「ただ単に気持ちよかった?」 「……うん」 「支えてますから、力抜いても大丈夫ですよ」  そう言って、より深く股間に手を差しこむ。太腿を抱きこむような感じだ。 「それは支えてるとは言わない……」  太腿からパンツの際、土手の膨らみへと指を移動させていく。  少しパンツを奥へ押しこむと、乾いていた生地がぐちゅっと湿った感覚になった。 「南先輩、濡れてる」 「……言わないで」 「先輩、濡れてます」 「どうして言うの?」 「恥ずかしがる先輩が可愛いんで」 「恥ずかしがる私を見て、興奮……」 「タクローは私が思ってたより、変態だった……」 「すみません、すみません」  口では謝っているが、愛撫する手は止めない。 「あっ、ああああっ!」 「ダメ、そこ、んっ!」  濡れたパンツの中からぐちゅぐちゅとイヤらしい音がした。 「先輩、すごい……」  俺は濡れたぱんつを前後にこすりはじめる。 「っ!? ……あっ、はっ……ふぁっ! やっ、ぁっ……あぁっ! 染みが広がっちゃう……んんっ!」 「あとで俺が洗ってあげますから」 「そういうことじゃ、なくて……んはっ!」  クリトリスを下からすくいあげるように、指を何度も往復させると、先輩の息づかいから余裕がなくなってきた。 「……はっ、ぁっ……ふぁっ! あ、あっぁっ! はげし……よっ……ふあぁぁっ! タクロっ……ん、くっ!」 「な、なんか……んっ、んく! ……ふぁっ! なってる、ぅっ……!」 「じゃあ、もうちょっと奥まで……」 「んっ……!」  じゅぷ、と指が膣の中に沈みこむ。 「やっぱり濡れて……」 「やっぱり濡れてるとか、言っちゃダメだから……んぅっ……!」  先手を打たれた。 「深いのと浅いの、どっちがいいですか?」 「……ふか……っ……両方……」 「…………」 「両方っ」  二度も言われてしまっては期待に応えねばなるまい。 「う、あっ! あ、ぁっ! は、あぅ! す、すご……んぁっ! じゅくじゅくいってる……よっ……んく! タクロー……っ!」 「……っ……ん! 指っ、二本の指っ……別々に、はんっ! 動いて……っ! んあああぁぁっ!」  手のひらに密着する粘膜の感触が気持ちいい。  刺激を変えるたびに下半身がくずれそうになるから、思い切りべっちゃり汁気と共に張りついてくる。 「はっ……ぁっ、あっ! タクローのっ……指、すごいのっ……んはっ! あ、あっぁっ! ふぁああっ!」  なんとなくの感触だが、先輩が気持ちよさを自分から捕まえにいこうとしている気がする。  俺の指がどうこうより、先輩がえっちな気分、というか……でも、そうなってくれるのなら当然嬉しい。 「あれから、時々……んっ! 自分で、してたっ……んぁう! でも、自分じゃダメで……ぁっあっ、ふぁあっ!」 「今っ、た、タクローの指で、はっ、はぁっ……わた、私っ……イッちゃう!」 「ふぁっ! あっ、あっあっぁあっ! タクロっ……じゅぼじゅぼしてっ!」  願い通り、二本の指を大きく出し入れする。 「うああぁぁっ! イクッ、イクッ……! ふあああああぁぁぁぁああああああっ!!」  ビクビクビクッと身体を揺らして、先輩は本当に絶頂を迎えたみたいだ。 「……ッ……あ、あっ……ふぁっ……っ……っ……」  大きく声を出したあとは身体を固くして、縮こまっている。全身の感覚を味わっているのか。 「っは……く、は……っ……はぁ……はぁ……っ……」 「先輩? 大丈夫?」 「…………だ、だいじょうぶ……」  先輩が視線をさまよわせて、マットを目に留めた。 「私だけ……イッちゃって、ごめんね」 「いえ、すごいものを見せていただきました。感動してます」 「か、感動……?」  しまった。言葉のチョイスを間違えたか。 「横になりますか?」 「うん……」  先輩の身体をマットに横たえて、改めて胸を露わにした。  正面からたっぷり味わいたかったのである。  息が整うのを待って、ゆっくりおっぱいを両手で包みこんだ。 「先輩、もうおっぱい撫でても平気?」 「……た、たぶん」  さわ、と手のひらを這わせる。 「はぅんっ! ……っ……ま、まだ……敏感みたい……」  一瞬躊躇してから、だが、屹立した乳首に吸いついた。 「ひぁっ……あっ、あんっ!」 「こんなにぷっくり膨らんじゃってたら、敏感ですよね」 「うあぁぁ……言わないで……っ……んあっ! あっ!」  口の中で乳首を下で転がすと、言葉を続ける余裕がなくなったようだ。 「先輩、先輩……」  甘えるように、吸い付いた。 「んっ、んっ! んくっ! な、なんか、タクロー……ふぁあぁ! 舌の、動かし方……っ……うまく、なってる……っ」 「そんなことないと思いますけど、あれ以来ほかの誰かとなんてこともありませんでしたし」 「でもっ……ほんとに……んぁっあっああっ!」 「先輩が以前より求めてくれてると、俺の都合のいいように解釈してもいいですか?」 「……いっ、いい、よ……ふぁあっ、あ、あっ! ……はひっ……じ、実際……そんな気が、する……っ……くふっ!」  声も、口調も、少し甘えた感じが出た気がする。 「自分でさわっても、こうはならない?」 「はぁはぁ……はぁ……ならない……タクローに、されてるから……んぅっ……」  乳首の上に、濡れた指を順々に通過させていく。小指から、人差し指へ……胸の膨らみを撫であげていく。 「ひっ、あっあっあぁあっ! 続けて、弾いたらっ……」  少し戻して、人差し指と中指の間に乳首を挟んだ。 「っ……っ、っ! くりゅくりゅしちゃ……んあぁっ!」  もう片方の乳首を口に含んで、乳輪ごとじゅるるっと吸いあげた。 「ふあぁああぁあぁっ!」  先輩の身体が跳ねあがる。軽くイッたのかもしれない。 「先輩、エロいです。ヤバイくらいに」 「はぁ……はぁ……っ、はぁ……」  先輩が俺に視線を向けた。 「ねぇ……」 「……はい」  南先輩の手が、俺の股間に伸びて俺のモノをきゅっと握りこんだ。 「……タクローの……ほしい……」  それだけで、射精しそうだった。 「んぁっ……!」  静かな汁気のある音を立てて、ペニスが膣の中へ呑みこまれていく。 「っ、はっ……はぁっ、ぁっ! た、タクローの、久しぶり……んっ!」 「……はっ、ぁっ、すごい……中に、いっぱい……」  一年振りの結合。 「一度は諦めた南先輩と、こうしてまた繋がれるなんて、夢みたいだ」 「タクローはずっとこうしたかった?」 「ええ……。先輩は、やっぱり違いま――」 「……私も、したかった」 「えっ!?」  驚いた。 「それは、なんというか……嬉しいような、必要なら言ってほしかったような……」 「そんな快楽のためだけに求め合い続けたら、私たちはダメになっちゃってたと思う」  まぁ、そうだと思いますけど。 「まさか一年越しでそんな告白を聞くことになるとは思ってませんでした」 「えっちな先輩だって、幻滅した?」 「いえ。幻滅なんてしません。むしろ……」  グッと亀頭を奥へ進める。 「あんっ……っ……むしろ? えっちな方が……はっ、ぁっ……嬉しい?」 「ええ、高まります」 「う、んっ、固い……っあ!」  少し先輩の腰を持ちあげて、下から突きあげるようにしながら出し入れの角度を変えていく。 「ぁ、あっ……中で、いろんなとこ、コツコツしてる……っ」 「先輩のこと、隅々まで知りたいんです」 「……わかるの?」 「全神経を集中してますから」 「……恥ずかしい。奥まで覗かれてるみたい……」 「さすがにそこまで性能よくないですけど……。先輩の反応見ながら……」 「ふぁっ!」 「ここが気持ちいいのかなっていうのを探しだすので精一杯」  以前、反応のよかった場所を亀頭でつつくと、先輩は目に見えて反応した。  一年経っても基本的に変わってはいないみたいだ。 「それ、すごく……いいっ……くはっ! ……た、タクロー……そのまま、お願い……」 「もう少し、速くしてもいいですか?」 「うん……うんっ……」  お許しを得て、連続的な突きあげの体勢に入る。 「うっ、あっあっ! ひっあ! タクローっ……すごいっ……んっ、あっ……く、ぅっ!」  先輩が何度も結合部に視線を向ける。なにか確認したがっているようだが……。 「つらいですか?」 「ううん……そうじゃ、なくて……っ……タクローの、前より大きくなった?」 「えーと……計ってないので、なんとも……自分でびっくりするくらい大きくはなってないです」 「そ、そう? なんか……すごい存在感……だからっ……んっ、んふっ! 成長期、なのかなって……」  特にもっと大きくなりたいとも思ってないから、成長期でグングン育たれても困るが……。 「先輩が喜んでくれるならそれに越したことはないです」 「あんっ! ……う、動き方、かも……っ……はっ……そうやって、わたっ……私の、気持ちいいところ、揺さぶって……っ」 「タクローが、すべてだって思わせようとしてくる……のっ……んぅ!」 「そんな恐れ多いことは考えていなかったけど、先輩が、そう思ってくれたら、嬉しくて射精しちゃいそうです」 「んっ……ふふっ、射精はどっちにしろ、いっぱいする……はぁう! ま、まだまだ、出そうなんでしょう?」  それは、まったく反論できない。 「うぁ! っっっっ! タクローっ……タクローっ! んっ、ぁっ! あっ!」 「ひぁっ……タクローのその目……いいっ……あっ、あっ! ふああぁぁっ!」  どんな目をしているのか、そんなことを聞いている余裕は俺にはなかった。 「っ、あっ、ぁっ……んああああぁ! タクロー、顔……見ながら、ふっ、くっ! い、イキたいっ」  膣の中では亀頭と子宮の入り口もこすり合わせた。 「ふぁっ、あっあっ! ぁああぁあっ!! わたしっ……もう、もうっ……!」  ビクッ、ビクッと膣の収縮がはじまっている。ほんとにイクんだ……。 「先輩っ、南先輩っ!!」  先輩の絶頂する声が射精のトリガーになったみたいに、一気に身体の奥から精液が噴きだした。 「うあああぁぁっ!」 「ふああぁぁぁあっ、あっあっ! あっ! 出てるっ……出てるっ!」  狭い膣内の一番奥で、行き場を求めて熱い精液が愛液と混ざって濁流となる。 「中に、いっぱぁぁいっ! んあっ、あっ! ぁああっ!」 「はぁ……はぁ……はぁ……」  ゆっくり、先輩がさっき撫でたあたりに手を置くと、それだけで先輩はビクンッと震えた。 「……見えないのに、すっごい量だってわかるよ……」 「すみません……量は制御できないというか……」 「妊娠しちゃうかもしれない」 「……もし、そうなったら、俺ちゃんと――」  クスッと笑った先輩に唇を押さえられた。 「あっあっぁ! ……イクッ……っっっ……イッちゃう!」 「ああぁぁっ! ……くっ……あああぁああぁぁぁあああっ!!」  先輩がイクと同時に、俺にも限界が来て、ペニスを抜いて思い切りしごいた。 「くっう!」 「ひぅっ……っ……ぅ、ぁっ……あっ……」  狙いなど定まらない。  射精の気持ちよさに任せて、先輩の身体のあちこちに精液をぶちまけた。 「はぁっ……はぁっ……く、はっ……」 「……はぁ……はぁ、はぁ……やっぱり、いっぱい出た」 「……ですね。あ……」  いきなり力が抜けてしまった。 「くす……タクロー、頑張った」 「タクローの愛を感じられたから、嬉しい……」 「俺もすっごい嬉しいですよ、先輩」  お互い笑う。  一年分の想いをこめて。 「すー、すー」  俺と身体を何度も重ねた後、先輩は眠ってしまった。 「……」  黙って先輩の寝顔を見る。  窓から差し込む月明かりに照らされた先輩の姿は、どこか神秘的な雰囲気をかもし出す。  汚してはいけない芸術品のような。 「……本当にキレイな人だ」  容姿も、そしてそれ以上に心も。 「1年前のことずっと気にしてたんですね……」  そんなこと問題にならないくらいあなたは俺にたくさんのモノをくれたのに。  一人で学園のはみだし者をやってた俺に居場所をくれた。  ここに居ていいと言ってくれた。  優しくしてくれた。笑顔を取り戻せた。 「あなたが、救ってくれたんですよ?」  たとえ、先輩になら何をされても許せると思う。 「俺の方から、もっと早く好きだって言うべきだったんですね」  なのに、俺は先輩が好きと言いつつも、どこか距離を置いて。  ごめんなさい。  何度でも、はっきりと言えば良かった。  大好きだって。  一人の男として、先輩が大好きなんだって。 「すみませんでした……!」  俺は先輩に小さな声で謝った。 「すー、すー」  ――静かに眠る先輩を起さないように。  次の日の朝。  陸上部の連中が倉庫にやってきてようやく救助される。  がしかし。 「部員皆に心配かけといて、兄さんは先輩とイチャラブ展開ですかこの野郎」 「ふざけてるよな……」 「タクのエッチッチ!」  部室に戻ったら、皆さんは大変ご立腹であった。 「まさか体育倉庫に先輩を連れ込むなんてな……」 「沢渡くん、いくら恋人同士でも強引すぎるのは良くないと思うぞ」  ちょっ?!  いつの間にか俺が先輩を無理に誘ったことに?! 「兄さん、サイテーです」 「タイヘンなヘンタイめ!」 「何で、お前まだ息してんの?」  女子三人の敵意に満ちた視線が痛すぎる。  俺達は仲間じゃなかったのかっ?! 「み、皆、違う……」  先輩がおろおろとしながら間に入ってくれた。  おお! やっぱり南ちゃんは優しい。  俺の素敵なステディーで、彼女で、恋人だっ! (意味重複しまくり) 「南先輩、何が違うんですか?」 「実は恋人ですらなかったとか」 「それだとタク、もっと悪人じゃん?!」 「兄さん、自決してください」  さらに状況が悪くなる。  何故?! 「そ、そうじゃなくて」 「タクローは悪くない」  ふるふると両手を振って釈明する先輩。 「えー、でもなぁ」 「どう考えても、タクが先輩に強制エロ行為をしたようにしか」 「え、えっと……」 「ん、んー……」  真っ赤になりながら先輩は考える。  どう説明すれば、皆が納得するのか。 「タクローは……」 「沢渡くんは?」 「とっても……」 「とっても?」 「優しかったから……」 「ぶふっ?!」  思わず吹いた。  先輩、その言い方は誤解を招きます!  いや、誤解でもないんだけど。 「タク、てめー、テクニックで先輩を篭絡かよ?!」 「沢渡さん、テクニシャンすか?!」 「……沢渡くんは危険な男だったんだな……」 「どこで、そんなもの磨いちゃったんですか兄さんこの野郎!」  さらに逆風が俺に吹く。 「そんなんねーよ!」 「だいたいまだ二回しか経験して――あっ」  つい興奮していらないことをカミングアウトする。 「あ? そうなのかよ?」 「南先輩と乱れまくった愛欲の日々を送っていたものとばかり」 「ち、違う、七凪ちゃん、違うから……」  先輩が真っ赤になった顔をぶんぶん横に振る。 「じゃあ、昨日はタクが先輩を誘って、いけないレッスンしちゃったんじゃないのか?」 「本当に偶然閉じ込められたのっ!」  テーブルを叩いて真実を主張する。 「そ、そうだったのか」 「私は誤解していた。すまなかった沢渡くん」  三咲が俺に頭を下げた。やっと一人の誤解が解けた。 「うーん、イマイチ信じらんねー」  でも流々はまだ疑っているようだった。 「信じていいんじゃない? タクもそんなに経験ないみたいだし」 「先輩を無理矢理、テクニックで篭絡とか無理じゃん」 「経験じゃなくて、俺の人格とかで信じてくださいよ、真鍋さん……」  ちょっと切ないんですけど。 「ま、そっかな~」  流々の態度がようやく軟化する。 「経験も神戸より二回多いだけみたいだしなー」 「田中、俺が未経験って決めつけんなよ!」  修ちゃんは泣きながらキレていた。 「とにかく、昨日は皆に心配をかけた……」 「ごめんなさい」  先輩が深々と頭を下げた。 「あ、先輩はそんなにしなくていいですからっ!」 「ご無事でなによりです」 「健康に支障はありませんか? 何なら保健室で休んだ方が」  皆が先輩を気遣う言葉を口にする。  これも人徳か。 「皆、俺も心配かけて済まなかった!」  遅ればせながら俺も謝った。 「タクは土下座百回な」 「俺、マジ人徳ないっすね!」  その場でよよと泣き伏した。 「皆いる?! あ、いた!」  ん?  俺が床を涙で濡らしていると、御幸祥子さんがやってきた。 「久し振りー!」 「今日は生徒会も登校なのかい?」 「何もないけど、せめて麦茶でも――」  紙コップにペットボトルのお茶を注ぐ。 「え? あ、そんなありがとーって、違うよ! 沢渡くん、大変なんだよ!」 「早く! 早く屋上に来てっ! 南部長も!」 「御幸さん、どうしたの……?」 「アンテナが、アンテナがっ……!」 「――え?」  祥子さんに引っ張られるようにして、俺と南先輩は屋上へと移動する。 「早く! 早く!」  訳もわからず、開け放たれた扉を先輩とくぐった。  そこには。 「あ」 「……アンテナが」  俺と先輩はしばらく無言でその場に立ち尽くした。  目の前にあるモノを見て。  フォールデッドダイポールアンテナ。  俺達が先輩方から受け継いだ、アンテナ。  学園祭で10年振りに復活するミニFMの要。  ――その残骸。 「……どうして?」  先輩がぽつりと言葉を落とす。  感情のこもっていない声だった。  うまく状況を認識できない。  感情と行動が上手くリンクしないような感覚。  俺と同じで。 「……事故……」 「じゃないですね……」 「ん……」  それは誰の目にも明白だった。  たとえ強風が吹いたとしてもこんな風に、折れたりはしない。  誰かが故意にやったんだ。 「……く」  折れ曲がったアンテナを見ながら、唇を噛む。  努めて感情が高ぶらないようにした。  本気でキレそうだったから。  理不尽な悪意の残滓を振り払うように、今にもそこらのモノに当たりそうだった。  そんな姿を先輩には見せたくない。 「やっと追いついた~。うわっ?!」 「え、ええ?!」 「ア、アンテナが……」 「これは、どういうことだ……?」  仲間達がぞくぞくと到着する。  元気だった仲間達の表情が一瞬で暗くなる。  それが、たまらなくツラい。 「ど、どうした……?」 「誰がやったんだ! ふざけんなよっ!」  修二がネットを蹴った。  乾いた音が虚しく屋上に響く。 「私が朝来たらもう倒れてたの……」 「倒れてるだけじゃない、何箇所も折られてるじゃないか……」 「……誰かが故意にやったってこと?」 「そうなりますね……」 「ひでぇ……そいつ絶対、絶対許さねー……」  あの流々まで泣き出してしまった。  くそ。  誰だか知らないが、俺達の仲間を泣かしやがって。 「……タクロー」 「はい」  先輩の肩は微かに震えていた。 「私は、」 「……」  先輩は、いったん言葉を飲み込む。  逡巡してるようだった。 「何でも言ってください」 「遠慮なんて、放送部には無用じゃないですか」 「……ん」  こくん、と頷く。 「タクロー、いえ、皆」 「アンテナがこうなってしまった以上、このままでは放送はできない」 「修理しなければならないけど、もう予算はない」 「私達自身には修理する技術もない」 「そして、残された時間も限られている」 「……」 「……」  皆は黙って先輩の言葉を聞いている。  並べ立てられる厳しい現実。 「……」 「……」  諦めるしかないのか?  誰も何も言わないが、そんな空気になる。  悔しい。  俺はツメが食い込むくらい拳を握った。 「でも」 「でも、私はこれで終わりにしたくはない」  ――え?  俺は顔をすぐに上げた。  目の前には、唇を真一文字に引き結んだ先輩の顔があった。 「大変だと思うけど」 「私について来て欲しい」  言った。  今、はっきりと。  まだ終わっていないと――! 「タクロー」 「は、はい!」  凛とした声に俺はすぐに返事を返す。 「いつもの通り、多数決をとりましょう……」  静かな笑みを浮かべながら言う。 「わ、わかりました!」  必死で俺は気持ちを持ち上げる。  ――落ち込んでなんかいられないでしょ?  目の前の人の瞳が、そう告げていたから。 「皆、よく聞いてくれ!」  俺の声に全員が表情を引き締める。  もう誰も下を向いてはいない。 「見ての通り、アンテナが壊された!」 「このままでは学園祭までにミニFMの開局は望めない!」 「部費もない! 直す技術もない!」 「修理できる目算は何も立っちゃいない!」 「それを踏まえた上で、よく考えて手を上げろ! 今回ばかりは俺も強制なんかできない!」 「途中で抜けたって、絶対責めたりしない! きっとすごく大変だからだ」 「だけど、」  だけど―― 「できることなら、先輩も、俺も、お前達とこのまま――」 「もう前置きはいいって、拓郎」 「おう、神戸の言う通りだぜ」 「私の気持ちはもう決まっている」 「早く手をあげさせて」 「ほら兄さん」 「お前ら……」  皆の気持ちが嬉しかった。  泣きそうだ。 「……おし」  涙がこぼれないように空を見上げる。  で。  俺は声を張り上げる。 「こんな状況だけど――」 「死んでも学園祭でミニFM開局したいっていう――」 「素敵な馬鹿野郎どもは挙手しろ、この野郎!」 『はい!』  全員の声が夏空に響いた。  俺は、その時少しだけ泣いた。  ありがとうって、心の中で思いながら。 「――放送部のアンテナが壊された?」 「はい、会長!」  俺と先輩は祥子さんの勧めで生徒会室に来た。 『事情が事情だし、臨時で予算が下りるかもしれないよ』 『私も援護射撃するから、掛け合ってみようよ!』  ――と言ってくれたのだ。  祥子ちゃんはやっぱり眼鏡が素敵なあんちくしょうである。 「橘、本当なの?」 「ん」  会長の問いに先輩はすぐさま、首肯して答えた。 「事故で壊れたって感じではありません」 「まだそのままにしてあるので、何なら直接見てください」  一応、事件現場ということでそのままにしておいたのだ。  刑事ドラマを観て得た知識がこんなところで役に立った。 「先生方には?」 「備品の破損という形で、顧問の鬼藤先生には報告済み」 「そう……」 「そ、それでですね、会長!」  祥子さんが席を立って、身を乗り出した。 「アンテナの修理代をもう一度何とか工面できませんか?」  俺達が言う前に、自分から言ってくれた。  ええ子やん! 「祥子ちゃんマジ天使!」  俺は思わず祥子さんを拝んだ。  生徒会役員を味方につけたのは大きい。  もしかしたらイケるかも。 「大感謝……」  先輩も手を合わせていた。 「無理」  だが、現実は非情だった。 「ナナカちゃんには失望した」  吐き捨てるように言った。 「誰がナナカちゃんですのっ?! ていうか沢渡、態度変わりすぎっ!」 「でも、俺達今回は被害者じゃないですか」 「もっと前向きに検討してくれてもいいと思いますけど」 「確かに、今回の件には同情します」 「だけど、現実にもう予算はないの」 「今回の貴方達のアンテナの修理代だって、20万円もしたわ」 「学園側がモタモタしてたから、結局生徒会が肩代わりしたの」 「本来、ひとつの部にここまでの予算は計上しないわ。これでもかなり無理をしたのよ」 「そ、そうだったんですか?」 「そんなこと知らなかった……」 「湯川、ありがとう……」 「うっ。そんな風に言われるから、言いたくなかったですのにっ」 「ナナカちゃんも天使やったんや……」 「か、感謝してほしくてやったんじゃありませんわっ!」 「別にあなた達のためじゃないんだからね!」  会長は実はわかりやすい人のようだった。 「湯川、そっちの事情はわかった……」 「これ以上、貴方に無理は言えない」 「ありがとう。タクロー行こう」  先輩はそう言って、席を立ち上がる。 「わかりました」  俺もすぐに続く。 「ちょっと待ちなさい、橘、これからどうするの?」 「どうするかは決めてない」 「――また諦めたりはしないわよね? 水泳部の時みたいに」 「ん」  先輩はすぐに頷く。 「今度は諦めない」 「そう……」  会長はそこで微かに口元を緩めた。  で。 「沢渡、誰がアンテナを壊したかはわかっているの?」 「いえ、わかってません。わかってたら、そいつに弁償させますよ」 「そう! それよ、沢渡!」 「へ?」 「今回の件、私が思うに犯人はきっと学園内部の人間よ」 「それも、きっと学生」 「あ……」  会長の言葉に先輩がはっとした顔をする。 「会長どうしてですか?」 「考えてもみなさい。何かを盗むわけでもないのに、警備員の目を盗んで校舎に不法侵入する?」 「そんな無意味でリスキーなだけの行為、実行する外部の人間がいる可能性は低い」 「一方、イタズラ目的で学生がやる可能性は、まだある……」  会長の言いたいことを理解した先輩がすぐに補足する。 「沢渡、お前をやっかんでる男子は結構いるって聞いてるわよ?」 「そいつらっすか」 「可能性は高いというだけ。でも、犯人の学生が特定できれば修理の請求を堂々とできるでしょ?」 「そいつ、そんな金持ってますかね?」 「親が出すわよ。穏便に済ますためにね」  ニヤリと会長がイヤらしく口の端を曲げて笑う。 「怖っ!」 「会長も実は悪っすね」 「あのねえ! 私は貴方達のため――じゃないんだからね!」  面白いなこの人。 「冗談ですよ。現実的でいい対応だと思います」 「でも、タクロー」 「犯人が誰かはまだわからない」 「それは、俺を嫌ってるヤツらを片っ端から――」  ぽきぽきと指を鳴らしながら言う。 「沢渡、お前の方がよっぽど悪じゃないの……」 「沢渡くん、ケンカはダメっ!」  良識派の祥子さんが唇をとがらせる。 「えー、でもなー」  正攻法ではダメな事もあるんだが。 「タクロー、めっ」 「すみませんでした!」  すぐに陳謝した。 「沢渡くん、態度変わりすぎっ?!」  すまん先輩は俺にとって神なんだ。 「沢渡、お前が問題起したら放送部にも累が及ぶわよ?」  うっ。それは確かに。 「わかりました。問題起さずに犯人見つければいいんですよね?」 「そうだけど……」 「できるの?」 「ひとつ考えがあるから、それを試してみるよ」 「じゃあ、準備あるんで! 会長、祥子さんどうもでした!」  俺は生徒会室を小走りで出た。 「橘、あの子しっかり見てなさい。無茶したら止めるのよ」 「わかってる。ありがとう、湯川」 「橘、放送部は楽しそうね」 「うん」 「……そう、良かったわ」 「さよなら」 「……」 「楽しいか……」 「頑張りなさいよ、沢渡……」  アンテナを壊した犯人を見つけて、修理代を払わせる。  このミッションをコンプリートするために、俺は屋上に舞い戻った。  早速準備に取り掛かる。 「タク、日曜大工?」 「? 兄さん何をしてるんですか?」  カナヅチやペンチで金属棒を加工する俺を見て、七凪と計が首をひねる。 「何となく私にはわかってきたぞ……」 「私もだ……」  三咲と流々はそう言って顔をしかめた。 「修二、お前はこっちの針金切ってくんない?」 「いいけどよ……。拓郎、マジで何やってんだ?」 「ふふふ」  不敵に笑う。 「聞いて驚け! 何とこれはアンテナだっ!」  ビシッと地面に転がってる金属棒を指差した。  ドヤ顔で。 「はああ?」 「な、なんだってーっ?!」 「や、やっぱりそうか……」 「このバカチンがっ!」  流々がアッパーカットを俺に放つ。  結構クリティカルだった。  俺は後ろにきりもみ回転しながら吹っ飛んだ。 「田中さん乱暴じゃないですかーっ! 嫌だーっ!」  顎を押さえながら、起き上がって流々に抗議する。 「嫌なのはこっちだ、アホタクがっ!」 「素人の私達がアンテナなんて作れるわけないだろう! そんなんやる前にわかれよ!」 「だよね~」 「タクロー、さすがにそれは無謀だと思う……」 「沢渡くん、意気込みだけは買うが……」 「ウチの兄がすみません……」  味方は一人もいなかった。  孤立無援である。 「違う! 俺もこのお手製アンテナで電波飛ばせるなんて思ってねーよ!」 「は? じゃあ、何で作るんだよ?」 「こいつはダミーアンテナだ」  再びビシッと組み上げた金属棒を指差す。 「つまりニセモノですか?」 「イエス!」 「ますます意味わからねー」 「そんなの立てたって、放送できねーだろ?」 「保健室に行きましょう、沢渡さん」 「水分をこまめにとらないからだぞ、沢渡くん」  計と三咲に腕を引かれる。  そして、保健室へと連行―― 「違う! 暑さで頭がおかしくなったんじゃないっ!」  される前に振りほどいた。  俺はちゃんと正常です。 「タクロー、説明をして……」 「はい」 「このダミーアンテナは、要するにトラップだ」 「こいつでアンテナ壊した犯人をとっつかまえる」 「は? どういうことだ?」  修二が空中に?マークを漂わせる。 「どうして、これで犯人を特定できるんですか?」 「いやいや、できねーし。意味わかんねーし」 「病院に行きましょう、沢渡さん」 「普段から妄想ばかりしてるからだぞ、沢渡くん」  再び計と三咲に腕を引かれる。 「俺は妄想癖のある危ない人じゃない!」  速攻、振りほどく。  あいかわらず俺達は話が進まない。  これが放送部クオリティー。 「これがトラップ……」 「もしかして、犯人をおびきよせる……?」 「そうです! さすが先輩!」 「どこで鳴ってるんですか、この効果音は?!」  ナナギー気にしたら負けだ。 「どういうことなんだ?」 「つまり、アンテナを壊した犯人は、放送部の個人か全体に対して嫌がらせがしたいんだよ」 「だから、わざわざハシゴ使ってまでアンテナを壊したんだ」 「まあ、そうなるよね」 「ヒマなヤツらだぜ……」 「そんな人達が、もし数日も経たずにアンテナが復旧してると知ったら……」 「あ……」 「なるほど、そういうことか!」 「そう! 犯人はきっとまた壊しにやってくる」 「そこを見張ってて、お縄にするんだっ!」 「おとり捜査ってわけか。いけるかもな」 「だから、見た目だけそれっぽくなってればいい。それなら俺達でも作れるだろ?」 「おー、タクにしては上出来だっ!」 「たまには素直に褒めてよ、田中さん!」 「タク、久し振りに頭使ったね!」 「計って、実は俺嫌いなんじゃね?!」  俺の幼馴染達は友愛の精神が足りないと思う。 「タクロー、考えはいいと思う。でも……」  先輩がくいくいと俺の制服の袖を引く。 「少し危険……」 「大丈夫ですよ、見張りは俺と修二がやりますから! 女子は今まで通り台本の練習を」 「そうすっよ! 俺と拓郎ならたいていのヤツなら半殺しっすから!」 「それはやりすぎだぞ神戸くんっ?!」 「南先輩は兄さん達より犯人を心配してるんですよ」 「ん」  こくんと頷かれる。  えー。 「わかりましたよ! 犯人見つけても紳士的に対応しますから!」  先輩を不安がらせるつもりはない。 「はあ? 紳士的だあ? おい、俺はそんな自信ねぇぜ」  修二が後ろ頭をかきながら、憮然とする。 「アンテナ壊したヤツ、マジ許せねぇしよ」 「今度ばかりは、私も神戸の気持ちわかるぜ……」 「いいぜ、神戸。お前のその怒りをストレートに犯人にぶつけなっっ!」  流々が修ちゃんの背中を押す。 「だよな?! 田中、お前わかってるじゃねーか!」 「おうとも!」  がしっ! と二人が固い握手を交わす。 「停学になっても、後のことは心配しなくていいからな!」  こともなげに言う。 「やっぱりオチがつくのかよ?!」  修ちゃんは握手した手をハンカチで拭っていた。  ただのコントだった。 「んじゃあ、全員でとっととダミー作っちゃおうよ」 「それと犯人が気付くように、アンテナがもう直ったと学園に噂を流しましょう」 「ふっ、なかなか私達も悪知恵が働くようになったな」 「はい、兄さんのおかげです」  笑顔で妹にお前は悪人だよと言われた。  ちょっぴり兄ショック。 「おーし、犯人見てろ~。顔が変形するくらいボコってやんよ~」  流々が軽やかなフットワークを踏みつつ、シャドーを始める。 「ワン、ツー! ワン、ツー! ダンプシーロール!」  計もマネをする。  でも、ダンプじゃないから。 「ぼ、暴力はダメ……」  先輩はらはら。 「大丈夫ですよ! 皆の怒りは修ちゃんがまとめて――」 「おめーも、俺の停学フラグを立てんなっ!」  そんなわけで全員でダミーアンテナを作る。  遠目にそれっぽく見えればいいので、そんなに技術はいらない。 「できたーっ!」  夕方には完成する。  俺と修二でさくっと設置した。  見た目的には完全復活である。 「ひゃっほーっ!」 「しゃあっ!」  俺と修二と流々で、アンテナの下、マイ○マイムを踊る。  勝利のダンス。 「ダミーにしては上出来ですね」 「立派すぎて、かえって怪しいくらいだな!」 「え? それはダミー(ダメ)なんじゃない?」  計のお寒いギャグが飛ぶ。 「歯を食いしばれ!」 「すみませんでしたっ!」  幼馴染ーズがはしゃいでいた。  皆、すっかり元気を取り戻していた。 「ふふ」  先輩もそんな俺達を嬉しそうに見守っている。  さて。 「犯人をおびき寄せるエサは用意できた」 「あとは現場を押さえるだけだ」 「俺と拓郎で隠れて見張るってわけだな。どこに隠れる?」 「給水塔の陰とかでいいじゃん。さ、張り込みだっ! 行くぜ修ちゃん」 「おう」  二人で歩き出す。 「待って、タクロー」  先輩に呼び止められる。 「何ですか?」 「見張るとなると、かなりの長時間」 「場合によっては夜も寝ずにやることになる」 「タクローと神戸くんだけでは負担が大きすぎる」 「ですね。交代制にすべきです」 「私も交代制に賛成だ」  女子達が全員、挙手をしていた。  交代制か。  でも、それだと女子を危険な目に合わせるかもしれない。  そこが気になる。 「そんな心配しなくても、大丈夫だって」  修二も同じ考えなのか、交代制には異を唱える。 「ああ、俺と修二は体力ありあまってるし」 「どうしても交代制にこだわるんなら、俺と修二が二人でシフトを組もう」 「えー、一人で見張るのはもっと危険じゃん」 「犯人、二人以上だったら逆にボコられるぞ?! それは止めとけって」  意外に女の子達は慎重だ。  うーん、でもなぁ。 「二人一組はくずしたらダメ」 「タクローと神戸くんにそれぞれ補佐の女の子をひとりずつつける」 「補佐は固定メンバーでなく持ちまわりで」 「相手が男の二人組み以上かもしれないっすよ?」 「犯人と最初に接触するのは男子だけ」 「その間に隠れてる女子は皆にケータイで知らせる役」 「その後、犯人には全員で当たる」  なるほど確かに補佐だな。 「うーん、本当は女子には大人しくしててほしいんだけど……」 「何カッコつけてんだ、タクボン」 「本当は女子と二人きりになれて、ラッキーとか思ってるんだろう?」 「嫌だ、タク不潔」 「へ、変なことはするなよ、沢渡くん」 「思ってねーし、しねーよ!」  俺は自身の信頼性のなさに落涙した。 「では、とりあえず最初は誰と誰が見張るか決めましょう」 「あ、俺、夜やるわ、修二」 「いいのかよ? 大変だぞ」 「いいよ。犯人、俺関係のヤツらの可能性高いしな」  なるべく皆の負担は減らそう。 「じゃあ、今から12時までは俺やるわ」 「わかった。俺は12時から、明日の朝イチまでな」  男のシフトはあっさり決まった。 「次は補佐の選出だね」 「ヤクザ顔とエロ男の二択かよ~」 「おい、そんなこと言われたらどっちも選べないじゃないかっ!」 「私は兄か、兄上のどちらかで」 「それ、どっちもタクロー……」  喧々諤々。  女子はなかなか決まらない。 「おい早くしろよ、時間がもったいねーぞ」 「もうじゃんけんか、くじで決めろよ」 「あ、いいね! あみだくじにしよう!」  計は取り出したメモ帳に、線を引く。 「ハズレがタクで、大ハズレが神戸な」 「どっちにしろ、ハズレなのかよ!」 「大ハズレ言うなっ!」  男子達はそろって、地団駄を踏む。 「わ、私はこれだ」 「私はこれで」 「じゃあ、私はこれでいいや」 「私は残ったので」 「なら、あたしはこれにしますから、南先輩はこっちですね」 「ん」  全員が決め終わる。  いよいよ運命の時。 「……私は、誰でもない」 「私もです」 「あたしも~」  三人の結果が出た。  と、言うことは。 「……私が、タクローと」 「しゃああああああっ!」  俺は両腕を天につ突き上げる。 「不束者ですが……」  まるで嫁に来るかのような挨拶をされる。 「いえいえ、こちらこそ!」  デレデレしながら、答える。  その横で。 「…………なあ、ヤクザ顔」 「何だよ?」 「私と見張ってる間に欲情すんなよ? ずっとコンパクトにしとけよ?」 「何をだよ?!」  二人がみにくい争いをしていた。 「おーい、交代だー」 「お疲れ様……」  あっと言う間に12時近くになる。  俺は先輩といっしょに真夜中の屋上へ。 「おーう」 「早いな、もうそんな時間かよ」  流々と修二が給水塔の向こうから、顔をのぞかせる。 「見事なくらいヒマだったぜ。なあ、神戸」 「ああ、おかげでこいつと語り合っちまったぜ」 「ほほう、何を?」  もしかしてお互い好感度を上げ合ったのか? 「タクの前髪について」 「ほっとけよ!」  ずっと俺の話かい。 「二人とも、部室に冷たい飲み物を用意しておいた」 「寝る前に良かったら」 「あざーす!」 「さすが部長!」  二人とも一気にテンションが上がった。 「修二、お前今日どこで寝るんだ? 部室は女子がいるぞ」 「どっかの教室にでも転がりこむさ」 「寝袋ありゃ、別に校庭だってかまやしねーよ」  さすが修ちゃんは野生児だ。  疲れた様子はまるでない。 「じゃあな」  元気に出口へと移動していく二人。  扉を開けて、振り向く。 「んじゃ、朝まで頼むぜー!」 「おー!」 「タクも、息子さんコンパクトにしとけよ~」 「!」 「田中さん、下ネタ禁止!」  残された俺達が気まずくなるじゃないか。 「きゃははは、じゃーなー」  扉を閉める音が消える。  同時に世界は静寂に塗りつぶされた。  先輩と星空の下、二人きり。  ロマンチックではあるが、やっぱり緊張してしまう。 「タクロー」 「は、はい」 「座りましょう」  そう言うと先輩は流々達が残していったレジャーシートの上に腰掛ける。  海に行った時に使ったのと同じ物だ。  犯人からは目立たないように四つ折で使う。 「失礼します」  すぐそばに腰掛けた。  肩がもう触れている。  だって、狭いから仕方ないのだ。  決して、先輩のお身体を感じたいとかそういう邪まな考えは断じてない!  ……はず。 「ふふ」  南先輩は微笑して、頭を俺に持たれかけた。  とってもいい女の子の香りが漂う。  肩にかかる心地いい重みに、顔が上気しだす俺。 「……」  唾を飲み込む。  すみません、もう邪まな考えが浮かんでしまいました。  俺は性的な誘惑に弱すぎる。  その事実にちょっぴり凹んだ。 「タクロー?」 「は、はい!?」  くいっと腕を抱かれて、飛び跳ねるように反応した。  ああ、ダメ先輩! ここでそんなにくっついたらダメ!  俺の愚息がコンパクトで居られなくなるから! 「どうしたの?」 「へ? な、何がですか?」 「タクロー、しゃべらないから」 「無口をきどってる?」 「いや、俺は本来、無口な男ですから」 「普段は皆を楽しませようと、あえて道化師を演じてるんですよ」  ていうか、そういうことにしたい。 「ふふ、そういうことにしたい?」  軽く看破された。  ダメだ。俺では底が浅すぎて先輩とは太刀打ちできない。 「タクロー」  俺の腕を抱きながら、先輩は夜空を見上げる。 「はい」  俺も先輩にならって、網膜に星を映す。 「今は、楽しい?」  え?  既知感。  前にも、同じことを先輩に尋ねられたはず。 「楽しいですよ」 「南先輩のおかげで、毎日楽しいです」 「ありがとうございます」  同じ答えを返す。 「そう」  満足そうに笑む。  その笑顔を見て、俺は一瞬胸が熱くなった。  ああ、何でこの人は。  どうして他人のことでこんなにも嬉しそうに笑えるのか。  憧れる。  その優しさに、俺は無条件で降伏する。  この優しい人をずっと守りたい。  優しいままでいて欲しいから。 「……先輩」 「ん?」 「先輩は、」  楽しいですか? と同じことを尋ねようとした。  その時。 「……し」  先輩の声に俺は無言で頷いた。  出口の方を注視した。  人影が二つ。  姿でわかった。  部員の誰でもないと。 「……生徒だ」 「……ん」  闇に蠢く人影をじっと観察する。  制服は着てないが、明らかに俺達と同世代っぽい。  二人はハシゴが立てかけたままにしてあるアンテナの方へと歩いていった。 「……先輩、ケータイで一応連絡してください」 「俺はどっちかがアンテナに触れたら、飛び出します」 「……平気?」 「二対一でも、俺負けたことありませんから」  そう言って静かに立ち上がる。 「無理はしないで……」 「了解です」  極力足音を立てずに、物陰から物陰へと移動する。 「ねえ、危なくない?」 「ちゃんと、足元照らしてくれよ」  犯人達は作業に夢中で俺にまるで気付いていない。  声から男と女のペアだとわかった。  男がハシゴに上り、女が下から懐中電灯で照らしている。 「……」  俺は息を殺して二人に確実に近づく。  ケータイを握りしめた。  あらかじめカメラの起動はしてある。 「ち、まさかこんなに早く直すなんてな……」 「早く壊しちゃってよ!」 「待ってろよ、こんなのすぐ――」  男がハンマーのようなモノを取り出したのが見えた。  ぎりっ、と俺は唇を噛んだ。  こいつらが、俺達のアンテナを―― 「また折れちまいな!」  男のハンマーがアンテナに当たった瞬間、シャッターを切った。 「な……?!」 「だ、誰?!」  二人の視線が同時に俺を捉える。  もう隠れる必要はない。  こちらも口を開いた。 「そのアンテナの製作者」 「ああっ?! 何だてめぇ?」  男がすごんだような声をあげる。  声の感じから、一瞬にして空威張りなのがわかった。 「そいつは本物じゃねーよ、俺達が昨日一日がかりで作ったニセモノだ」  俺は距離をつめていく。 「く……」 「てめぇらだな、俺達のアンテナ壊したの」  歩きながら問い詰める。 「さ、さあな? 何のことだ?」 「こいつ、何言ってるの? マジ受けるんですけど!」 「はあ? ここにてめえが今壊そうとしたれっきとした証拠あるんだぜ?」  俺のケータイを見せた。 「器物破損で、警察行くか?」  さらに近づく。 「……」 「……」  俺達の間の空気が変わる。 「何でこんなことした?」 「う、うるさい! あ、あんたには関係ない!」 「ふざけんな!」 「ひっ……!」 「俺は放送部の沢渡だ! 放送部のアンテナ壊されて関係ないわけないんだよ!」 「――そ、そうか」 「お前が、あの沢渡か……くそ……」  もう至近距離にいる女の顔が悔しそうに歪む。 「もう一度聞く」 「何でこんなことした?」 「きっちり話してもらうぞ?」  俺はさらに一歩踏み出す。 「こ、こっち来んなっ!」 「くそっ!」  ハシゴの上から男が飛び降りた。 「っ!」  こいつ女置いて逃げる気かよ。  馬鹿が。  俺はすぐに反応して、男にタックルを食らわした。  男はあっけなくぶっ倒れた。 「畜生! 放せっ!」 「放すかよ!」  男ともつれ合う。 「タクロー!」  先輩が声を上げた。  もう連絡は終わったのだろうか。  何とか修二が来るまで、こいつらを逃がさないように。 「二年がいきがってんじゃねぇぞ!」  相手はケンカ慣れしていないのか、やみくもに腕を振り回してくる。 「暴れんじゃねぇよっ!」 「うるせえっ! 放せよっ!」  動きを封じ込めようと俺は男の襟首をつかむ。  本当ならこのままぶんなぐって大人しくしてやるとこだが、怪我をさせるとマズイ。  問題を起こすつもりはない。  俺はそのまま胸倉を引き寄せるだけにする。 「俺達のアンテナ、弁償しろよ……」 「うるせぇ! 野郎っ!」 「ぐっ……」  腹に思い切りねじ込んできた。  くそ。 「い、いいかげんにしないと、俺マジでキレるぞ」 「はぁ? キレたら何だってんだ? ああ? おら殴り返してこいよ!」  今度は二発顔にもらった。  口の中が切れて、血の味がする。  それでもこっちからは殴らなかった。 「タクロー! もういいから!」 「せ、先輩、心配しなくても平気ですから!」 「なんだ? 二年の沢渡っていやケンカが強いって有名だっのによ」 「一発も返してこないぜ。とんだ腰抜けだな!」 「ぐっ……! う、うるせえよ!」 「俺の拳は、てめえのみてぇに安くねぇんだよ!」  殴られながらも決して、ヤツの胸倉は放さない。 「おらあ、殴るんなら殴れや、この野郎!」  さらに相手の男を引き寄せる。 「な、なんだ、こいつ、キモいんだ――」  男が腕を大きく振りかぶる。  また殴られちまうのかよ。そう思った。  だが。 「――おっと、俺のダチ、イジメんのはそこまでだぜ」  修二が男の腕をつかんでいた。 「――あ?」 「苦労してるみたいだな、拓郎」 「てめぇ、遅いんだよ……」  悪態をつきながらも、俺は笑う。 「なんで本気出さねぇの?」 「俺らが問題起こすと、放送部にも影響するんだよ」 「そっか。じゃあ、こいつどうする」 「羽交い絞めにでもしとけ」 「あいよ」  修二があっさりと男の動きを封じる。 「くそっ! 放せよ! 放せっ!」 「お前がどこの誰かわかったら、すぐにでも放してやるよ」 「アンテナの修理代と拓郎の治療費、きっちり請求させてもらうぜ」 「ち、畜生!」 「痛っ……。好き放題なぐりやがって……」 「せっかくのイケメンが台無しだ」  俺は腫れた頬を撫でる。 「大して変わってなくね?」 「うるさいよ」  それはそれで問題があるじゃないか。 「兄さん!」 「沢渡さん! 女の方も確保したであります!」  視線を移すと、例の女子は三咲と流々に両腕をしっかりと捕まえられていた。  計と七凪も注意深く、女の方を見ていた。  四人がかりじゃ、あの女も逃げられないだろう。 「タクロー!」 「タクロー、馬鹿……!」  先輩が抱きついてきた。  え? 「せ、先輩、その、今はっ!」  先輩のやわらかな身体を感じながら、焦る。 「無理はしないでって言ったのに……」 「あんなに、殴られて……」 「馬鹿……」 「す、すみません」 「もう絶対無茶しないで……」  泣かせてしまった。  切ない気分になる。  この人に泣かれるのは一番嫌だ。 「本当にすみませんでした……」  俺は先輩をそっと抱き返す。 「タク、イチャラブは後にしろよ……」 「ああ、ムカつくからよ! 俺もお前殴りたくなるからよ!」 「あのな」  修ちゃんは自分に正直すぎである。 「そうだよ! この人達、早くリンチしないと!」 「ひっ……!」 「や、やめてくれよ!」 「いや、リンチはしないぞ、真鍋くん」 「尋問ですね」 「リンチはその後な」 『ひいっ!』  流々の言葉に男と女が震え上がった。  暗くてイマイチ表情は見えんが。 「話聞かせてもらおうか」  俺はケータイを取り出すと、その光で二人の顔を照らした。 「……!」 「おい、お前ら知ってるか?」 「全然」 「少なくとも1年生ではないですね」 「や、やめろ!」 「……く」  俺もどっちも知らない顔だった。  やれやれ。  俺は知らないヤツらにまで恨みを買っていたのか? 「おい、お前ら、俺の何が気に入らないんだ?」 「違う」 「あ?」 「私もこいつも、あんたのことなんか何とも思っちゃいないよ」 「ああ……」 「何?」 「俺達が恨みがあるのは――」  男の視線が―― 「春日くん、桐里さん……」  先輩に注がれた。 「先輩……?」 「この人達、水泳部の人……」  先輩の知り合い? 「橘、水泳部から消えてせいせいしてたのに……」 「今度は放送部で、後輩達はべらして女王様気取り? うらやましいね!」  は?  先輩がそんなこと一度でもしたかよ。見たことあんのかよ? 「それは――誤解」  先輩は戸惑いながらも反論する。 「はあ? 誤解だあ?」 「水泳部でも学園長の贔屓で、毎回選手に選ばれてたじゃねぇか……」 「それで水泳飽きたら、次は放送部で好き勝手か?! 何様なんだよ、お前!」  おい。  馬鹿なのか、お前達? 「……お前、何言ってんの?」  俺は気がついたら男の胸倉をつかんでいた。 「先輩は、誰よりも速く泳いでた。俺は見てたから知ってる」 「速いんだから、選手に選ばれるのは当然だろう?」 「何、セコイ嫉妬してんだ? 自分が情けなくないのか?」 「う、うるせぇよ! お前に水泳の何がわかんだよ!」 「タイム競ってんだろう? 誰だってわかる」 「お前らは先輩より遅いから選ばれなかっただけだろうが?!」 「ふ、ふん! だいたいこいつは生意気なんだよ!」 「ああ、あれだけハブにしても、毎日出てきやがって……!」 「……」  二人の言葉に先輩が辛そうに目を伏せる。  どうして、何も言い返さないんですか? 俺はそう問おうとした。  でも、やめた。  わかってる。この人は優しいのだ。  自分をこんな目に合わせたヤツらにさえ――  ギリッと、奥歯を噛む。 「――ハブにした? お前らが南先輩ずっと苦しめてたのか?」 「ただ、たまたま学園長の娘に生まれただけで、正当な評価もせず」 「お前らの幼稚な感情の捌け口にしたのか――!」 「ぐわあっ?!」  俺の放った一発で男は修二の手を離れて吹っ飛んだ。 「うっ、ぐっ、あっ……」  地面で男が嘔吐した。 「タクロー?!」 「兄さん! いけませんっ!」  誰かの止める声が聞こえた気がした。  でも、俺は許せなかった。  こいつら、先輩からいったいどんだけ奪ったんだ。  楽しかったはずの時間を奪い、  友人になれたかもしれない人達を遠ざけ、  取り返しがつかないことをしやがった。 「おら、立て、こんなもんじゃ終わらないぞ?!」 「ぐはっ! あっ! うぐっ!」  馬乗りになって、顔面をめった打ちにした。  先輩から奪ったモノを返せっ。  返せよっ! 「沢渡くんっ! 冷静になれ!」 「タク、もうやめて!」 「神戸、タク完全にキレてる、止めろ!」 「拓郎、もう止めとけっ!」  修二が俺の肩をつかむ。 「放せ! 修二! こいつらだけは許せねぇ!」  俺は修二の制止を強引に振り切り、まだ男を殴り続けた。 「ひ、ひいっ……!」 「タ、タクロー、ダメ!」  今度は先輩が俺の腕を取る。 「だって、先輩、こいつら……!」 「それ以上したら、嫌いになる……!」 「――!」  先輩のその言葉に、俺は振り上げた拳をようやく止める。 「畜生……!」  俺は地面のコンクリを殴った。  拳から血が流れた。  でも痛くない。  悔しすぎて、感覚が麻痺してるような。 「こらーっ! キミ達、何やっとるかーっ!」  小豆ちゃんの声を聞いて、ようやく俺は少しだけ冷静になった。  大きく息を吐く。  今夜はお説教か。  長い夜になりそうだ……。  一夜明けた次の日。  放送部全員が職員室に呼び出される。 「失礼します」 「し、失礼します……」 「ど、どうも~~……」  顔じゅう絆創膏を貼った俺を先頭に、ぞろぞろと部員達が入っていく。 「……」  南先輩は一番最後に入った。  あれ以来ずっと元気がなくて、心配だ。 「おう、来たね」 「小豆ちゃん、本当に迷惑をかけてすみませんでした」  ぺこっと頭を下げる。  何のかんのといって小豆ちゃんはウチの顧問だ。  お咎めなしということにはならないだろう。本当に申し訳ない。 「あ~。私はいいんだよ」 「男の子だしさ、ケンカくらいやるだろし、そこは、ね」 「そうすっよね! さすが小豆ちゃん!」  修二が嬉しそうな声をあげる。 「うん、私はそう思うんだけど……でも……」  小豆ちゃんがいつもと違って歯切れの悪い口調で話していると、 「鬼藤先生は、どうも生徒に甘すぎるようですな」  この学園の学園長――つまり、南先輩の親父さんがやってきた。  不機嫌そうな靴音とともに。 「うわ、あのいかついおっちゃんが先輩の父親かよ」 「似てないよね……」 「似なくてよかったかと」 「静かにしたまえ!」 『ひっ?!』  学園長が小声で話す女子を一喝して、黙らせた。 「……学園長」  そんな学園長に少しもひるまず、先輩は前へと踏み出す。 「……何だ?」 「私が放送部の部長です」 「放送部に問題があるなら、まず私と話してください」 「……部長か。そうらしいな」  学園長は大きく息を吐く。 「まだやめてなかったのか。南」 「来年進学だというのに、どうして私の言う事を聞かない」  学園長は鋭い視線を先輩に投げかけた。 「それは私が判断することだと思います」  先輩は正面から、学園長の視線を受け止めた。  そこには温かみはまるでなかった。  まるで敵と対峙しているような、そんな風に見えた。 「ふ、まあそのことは後でいい」 「まずは沢渡拓郎、君と話がしたい」  鋭い目線が今度は俺へと移動する。 「はい」 「学園長、だからまず私と――」 「黙っていなさい!」  また怒鳴って先輩の発言をやめさせる。 「……」  先輩が悔しそうに唇を噛む。  自分の意にそぐわないものは力で黙らせる――そう言うタイプの人のようだ。 「君は水泳部の三年――春日良平を一方的に殴打したと聞いている」 「間違いないか?」 「――なっ?! そんなわけねーだろっ?!」 「兄さんの顔の怪我を見れば、一目瞭然じゃないですか?!」  すぐに周りが反論する。 「黙らないか! 私は沢渡と話しているんだっ!」  また声を荒げる。 「一方的に殴打された後、一方的に殴打しました」 「ただ俺より、春日……春日先輩の怪我の方がひどいのは事実です」 「やりすぎたとは思います。そこは反省してます」  俺は淡々と事実を述べた。 「つまり自分の非を認めるということかね?」 「ちょっと待ってください!」  もう我慢できないという様子で小豆ちゃんが割り込んでくる。 「まるで沢渡くんだけが悪いみたいに誘導しないでください!」 「――なっ?! 私はそんなことはしておらん!」 「してるよ! 今、沢渡くんが認めたら、沢渡くんだけ処罰して終わりにするつもりだったんでしょう?!」 「県大会出場が決まっている水泳部に、不祥事があったなどと公にできるか!」 「私だって自分の生徒、一方的に悪者にされて黙ってられるか! このハゲっ!」 「黙りたまえ!」 「うっさい! ここで黙ったら、私はこの子の担任じゃないよ!」  小豆ちゃんが懸命に俺を守ろうとしている。  ありがたかった。 「学園長、そもそもの発端は水泳部の春日先輩達が、アンテナを壊したことだ」 「そうだよ! それについてどうして意図的に無視するんですか?」 「最初から、放送部が悪いって決め付けてます。おかしいです」  全員が口々に学園長に反論する。 「発端はどうあれ、沢渡が春日に怪我を負わせた事実は消えん」 「そして、放送部全体がこの件に関与した、これも確かだ」 「よって、放送部の合宿は即刻中止」 「沢渡は二学期開始から一週間、停学とする」  ち。  心の中で舌打ちをする。  停学か……。  沢渡の家に迷惑をかけてしまったな。 「おかしい! 一方的すぎる!」 「なんで、水泳部はお咎めなしなんだっ?!」 「アンテナ壊したのは無視かよ?!」 「兄さんだって、怪我させられてます! 納得できません!」  部員全員が頭に血をのぼらせている。  そんな様子を見て、逆に俺は冷静になった。  今のこの状況はマズイ。  このまま学園長にかみついたら、こいつらだって停学になりかねない。  それはダメだ。  馬鹿は俺一人で充分だ。  止めないと。 「皆、ちょっと待っ――」 「ふざけないで!」  俺の声を遮るように、先輩が激昂した。 「せ、先輩?」  驚く。  こんなにはっきりと怒った先輩を俺は初めて見た。 「南、貴様、私に向かって――」 「今の貴方に、払う敬意など私は持ち合わせていない」  はっきりと学園長に、父親に向かって言う。  容赦のない言葉を。 「貴方は教育者のはず」 「なのに貴方がやっているのは、何?」 「まるで事なかれ主義の役人のよう」 「軽蔑に値する」 「お、お前……」  先輩の迫力に気圧された学園長は目を見開き、呆然としていた。  きっとこの人も知らなかったのだろう。  南先輩の内にこれだけ激しい感情があったことを。 「私は違う、貴方とは違う」 「この子達の先輩として、放送部の部長としての責任を果たす」 「拓郎は決して停学にはさせない」 「アンテナの修理代も、壊した人達に正々堂々と請求する」 「そ、そんなことができるとでも思っているのか?」 「できる」  冷ややかな声が部屋に響く。 「アンテナの破壊は犯罪行為。しかるべき処置をとればいいだけ」 「拓郎の停学については、全校生徒に訴えかける」 「貴方の取った処置は果たして正しいのかと」 「――きっと貴方は勝てない」 「今度は貴方が窮地に立たされる」 「すごっ……」 「すげー、先輩って怒らすとマジ怖いな……」  周囲にいる全員が先輩の迫力に圧倒されていた。  この俺でさえ。 「お、お前、私を脅す気なのか?」 「……本当はこんなことはしたくない。でも、」 「私はこの子達を守りたい」 「そのためなら戦う」 「南先輩……」 「す、すごい人だ……」 「私だけなら、いくらでもお父さんの言うことを聞いてもよかった……」 「でも、この子達はダメ」 「全力で、守る」  決意をこめた目で父親を睨む先輩。 「……」  学園長は視線を逸らす。  先輩の目をまっすぐに見られないようだった。 「……処分についてはしばらく保留にする」 「……以上だ。全員戻りたまえ」  学園長は一度出した処分を撤回した。  いや、先輩が撤回させた。  何て人だ。  俺は息を飲んだ。 「……次は私とまず話しましょう、学園長」 「ああ……」 「――失礼します」  対決は一応の決着を見た。 「タクロー、戻りましょう」  先輩は俺を見る。  もういつもの優しい笑みをたたえていた。 「は、はい!」  思わず背筋を伸ばす。 「皆も……」 『は、はい!』  皆も俺と同じだった。 「皆、本当にごめんね……」  小豆ちゃんの勧めで全員いったん自宅に戻ることになる。  処分が確定するまでは、合宿もいったん中断という形にしたいということだった。 「いや、小豆ちゃん――いえ、鬼藤先生は悪くないんで」  納得はいかないが、これ以上ゴネてこの人の立場を悪くしたくはない。 「おう、小豆ちゃ――いや鬼藤先生もすげーカッコ良かったぜ!」 「鬼藤先生、マジリスペクトします!」 「鬼藤先生、サイコー!」  全員で持ち上げる。 「え? いやいやいや! 私だってムカついただけだし!」 「ていうか、小豆ちゃんて呼べよ! くすぐったいよ! 照れるだろっ!」  右往左往しだす。  先生言われるのに慣れてないのか。 「いやいや! やっぱり鬼藤先生だろう!」 「鬼藤先生!」 「鬼藤大先生!」 「鬼藤@合法○リ先生!」 「合法言うな!」  グーパンチを何度も頂戴した。  やっぱりこっちのが、俺達らしい。 「じゃあ、残念だけどいったん解散しますか~」 「あれ、南先輩は?」 「あ、忘れ物だそうです」 「先に帰ってほしいと、さっきつぶやきがありました」 「そうか。ふむ……なあ、皆」  一番後ろに立っていた三咲が、俺達の背に声を投げた。 「これから作戦会議をしないか?」 「作戦会議?」 「ああ、いったん処分は保留になったが、はっきり言って我々の置かれた状況はまだ予断を許さない」 「今後のことについて、全員の考えをまとめて対策を立てておくべきだ」 「ああいいな、それ」 「南先輩だけに頼りっきりじゃいけないもんね」  幼馴染ーズがすぐ賛同する。 「俺もその話のるぜ、拓郎もだろ?」 「ああ、俺が一番当時者だしな」 「何を言ってるんだ、沢渡くん」 「もう私達は一蓮托生だ。全員当事者さ」 「もし、キミが停学になったら私も自主的に停学するつもりだ」 「え? それは嬉しいけどダメだって」  三咲の履歴にまで傷をつけてしまう。 「いいじゃないですか、沢渡さん」 「こうなったら私達は反学園派なのです。ろっくんろーるなのです!」 「そこんとこ、夜露死苦!」  たぶんロックをよく理解していない計が、無意味に俺にメンチを切る。  でも、ただのジト目だった。 「皆で真夜中に校舎の窓ガラス割るか~♪」  いつの時代の不良か。 「んじゃ、駅前のファミレスにでも行ってダベるか」 「ダベりじゃなくて、作戦会議だぜ! 神戸、俺達ハンパじゃないぜっ!」  アウトローをきどる計がちょっとウザい。 「じゃあ、先輩にも来てもらおう」 「つぶやいて知らせときます」  七凪がつぶやいて、ファミレス集合の旨を先輩に伝える。 「ほい、じゃあ行こうかーっ! 夜露死苦!」 「へ? 小豆ちゃんも来るんすか?」  先生なのにいいのかよ。 「あったり前だろ! 俺達チームじゃねーか! ぶっちぎりだぜっ!」 「そうだぜ! 全開バリバリだぜっ! な、七凪?」  流々と計が七凪の肩を抱く。 「へ? え、えっと、よ、夜露死苦だぜ?」 「……」  ウチの女子達の将来が若干心配になる俺だった。 「とにかく、アンテナの修理、それと沢渡くんの停学阻止。これは絶対条件だ」 「それはわかってっけど、そこから話が進まねーなー」  学園を出てから三時間ほど経った。  でも、議論はちっとも決着がつかない。  ドリンクバーだけで、粘るのもそろそろ限界か。 「ふぃー、もうメロンソーダで飲みすぎて、おなかたぷたぷ」 「結論出ませんね」 「やっぱ、こういう頭脳戦は先輩いないとな~」  修二の声に全員が同時に頷く。 「そう言えば、南先輩遅いね」 「電話してみるか?」  三咲がケータイを取り出す。 「いや、もう皆疲れてるだろ」 「いったん解散して、今日は皆休め」 「先輩には俺から、連絡しとく」 「えー?! 作戦は早く必要じゃん?」 「私もあんまりのんびり構えているのは反対だな」  計と三咲が唇をへの字に曲げる。 「のんびりはしないよ、明日また集まれるヤツはここに集合しよう」 「疲れた頭じゃいい考えも浮かばないって」 「うん、皆朝からお説教くらったし、今日はそうしなよ」 「大丈夫。何か動きがあったら私が教えてあげるから!」  小豆ちゃんがどん! と薄い胸を叩く。  ちょっとモノ哀しい音がした。 「そうか、俺達には女スパイがいたか!」 「おお! 女スパイか! なんかそれかっこいいな!」 「無駄にナイスバディな感じが、エロチーック!」 「ル○~ン」 「小豆ちゃん、やめて! キャラ的に対極だし! そんなに自分を傷つけないで!」  無謀な人を止めた。 「では、明日の午後イチくらいにここに集合しましょう」 「うむ」 「了解!」 「さて」  俺は駅前で急用を思い出した事にして一人、皆から離脱した。  再び学園に向かう。  皆には内緒にしてたが、先輩からのメールが届いていたからだ。 「暑っ……」  合宿の荷物を抱えたままとんぼ返り。  急いでここまで来たせいで、汗だくになった。  夏休みは半分くらい過ぎていたが、まだまだ夏は続く。  セミの合唱に耳を傾けながら、約束した場所へと歩を進めた。 「タクロー」  常緑樹の作り出した木陰の片隅。  そこに先輩は立っていた。  いつもの笑顔にホッとする。  何故かとても久し振りに会ったような気がした。 「遅くなってすみません、先輩」  昼間の激しい暑さの片鱗を残す夕陽を避けて、俺も木陰へ入る。 「急にごめんね」 「全然いいですよ」 「呼び出したのは他でもない」 「決着がついたから、それの報告」 「え? 決着って……」 「もちろん、放送部の処分についての話」 「アンテナやタクローのことも含めて」 「もう話がついたんですか?」 「ん」  こくんといつもの頷き。 「貴方は何も心配しなくていい」 「貴方も、貴方の仲間も誰一人傷つかない」 「まず、それを報告したかった」 「すごっ……」  感心した。  いったいどうやって、あの学園長を説得したのか。  それもこんな短時間で。 「あ、ありがとうございます! お疲れ様でした!」  頭を下げた。 「ふふ、安心して」  南先輩は俺の頭を優しく撫でた。 「俺、皆にも知らせます!」  ゆっくりと頭を上げて、そう伝えた。 「あ、待って、タクロー」  ケータイに触れようとした俺の腕を取る。 「少しの間だけ、皆のことは忘れてほしい」 「へ?」 「今から、二人きりでお互いのことだけを考えていたい……」 「ダメ?」  南先輩が俺の両手を握る。  汗ばんだ手の感触と、暑さで上気した先輩の顔が艶かしい。 「いいですけど……」  承認以外できない。 「ふふ、ありがとう」  微笑する。  そして。 「――今から、二人で涼もう」  南先輩に手を引かれて、学園のプールに来る。  誰もいないがまだ水は張ってあった。 「ふふ、制服でここにいるのなんだか変」 「ですねぇ」  浮かんだ数枚の葉っぱが、水面の上で揺れていた。  涼しげな光景。 「何だか泳ぎたくなってきましたよ」 「タクロー、怪我してるから無理じゃない?」 「こんなん、平気ですよ」  もう汗ではがれかけてた顔の絆創膏を剥がした。 「もうそんなに腫れてないでしょ?」 「ホント」 「タクロー、頑丈……」  頬に手をあててまじまじと観察される。 「んっ……ちゅ」  突然キスされた。  不意打ちだった。 「くす、ついしちゃった」  頬を染めて目を細める。 「うおおおおおおんっ!」 「南ちゃん、萌え――っ!」  夏空に向かって吼えた。 「心わしづかみにされた――っ!」 「わしわし……」  素で可愛いあいかわらずの南ちゃんである。 「この萌え彼女さんめ!」 「あ」  誰も見ていないのをいいことにぎゅっと抱きしめた。 「ふふ……」 「タクローから抱いてくれるのってめずらしい……」 「そうでしたっけ」 「ん、いつも私がせまってたかも」 「はしたない子……」  うつむいて恥ずかしがる様子にまた萌える俺。 「今日は俺もいっぱいせまっちゃていいですか?」 「んー……」 「いいけど、まず」 「まず?」 「泳ごう」  そう言って先輩は破顔した。 「すげー、気持ちいい!」 「ふふ」  合宿の荷物の中の水着を取り出して、二人だけでプールを占有する。  貸切状態だ。 「先輩、競争しましょう!」 「本気出すけどいい?」 「望むところですよ!」  威勢よく言って、勝負する。  自由形で10回やった。  見事に全敗した。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  俺はプールから上がると、大の字になって寝転ぶ。 「し、死んでしまう……」  冷凍マグロのようにぐったりと動かない。  疲れすぎた。 「タクロー、大丈夫?」  一方、南先輩は息ひとつ乱れていない。  文字通り涼しい顔をしていた。 「完敗です」  寝転んだまま言った。 「でも、タクローも速かったよ」 「スジはいい」 「そ、そうすか?」  あれだけ圧倒的な差を見せ付けられると、その言葉も素直には喜べない。  まあ仕方ないか。  本来、水泳部のトップを張るはずの人に俺が敵うはずもない。 「くす、今日はもうお疲れ?」 「あ」  俺のそばに屈んだ先輩が、俺の腹を指先でつつく。 「タクロー、筋肉ある」 「触っていい?」 「いいですけど、もう触ってますよね?」 「ん、事後承諾」  言いつつ撫で続ける。 「このお茶目さんめ!」  俺も負けじと先輩の腹に手を―― 「あ……」  もろおっぱいをつかんでしまった。 「あ、あの、これはわざとでは……」 「本当はお腹を触ろうと思ったんです! でも、先輩がちょっと動いて……」 「エッチ……」 「めっ」 「すみませんすみません」  謝ってる間もまだ触っていた。  ごめんエロでごめん。 「あ、ん、ん……」 「ん、タ、タクロー……」 「先輩……ん」 「んっ、んん……」  先輩の胸を愛撫しながら、身体を起してキスをした。  微かに香る塩素の匂い。  つややかな髪と少しだけ冷たい肌。  勝手に水着の下のモノが反応して、硬度が増す。 「んっ……タクロー、苦しい?」  唇を離した後、先輩は俺の股間に手を添える。 「く、苦しくはないですけど……」 「けど?」 「今、たまらなく、先輩が欲しいです……」 「……」  先輩は俺に濡れた瞳を向けたまま、 「いいよ……ん」  優しく俺にキスしてくれた。  ギシッとフェンスが軋んだ音を立てた。 「先輩……綺麗だ」  夕映えでオレンジに染まる先輩の裸身は、いっそ神々しくさえ思えた。 「ありがと。でも、本当にここで?」 「脱いでからそれを言いますか」  もう胸の膨らみのすべてが晒されてしまっている。 「脱がしますよって言ったら、コクンって」 「確かにしたいと言ったのは私だけど……」 「実際に肌を晒すと、躊躇する……」 「そう、ですか……」  おなかのあたりにたわんだ水着をつまんで、上へ引っ張ろうとしたら、その手を先輩の手が押さえた。 「……誰も、来ない……よね」 「そもそも夏休み中ですしね」  俺は水着を放して、両手を南先輩の肌に這わせた。 「っ……!」  誰かに見られたらという緊張で、普段より敏感になっているのかもしれない。  ぷるんっと震えた乳房がたまらなくかわいく見えた。 「目がやらしい……」 「先輩の身体を見て、いやらしい気持ちになるなというのが無理な相談です」 「それじゃ私が悪いみたい」 「ある意味では」  胸の曲線を少しずつ変えながら、撫でていく。 「……はんっ……わ、私が、タクローを……っ……狂わせてるってこと?」 「夢中になります。こうやって、どこでもやりたくなるくらいに」 「……女としては、喜んでいいのかな」 「ほかの男にも魅力的に見えるでしょうから、そうなると若干焦るかもしれませんけど」 「タクローは、独占欲が強いの?」 「そうかもしれません。先輩がほかの誰かにっていうのは、考えたくないです」 「……独占して」 「はい、喜んで……」  乳首に触れるか触れないかのところを指先でなぞる。 「んっ、ぅっ……乳首、かたくなっちゃう……」 「どんどん硬くしてください」 「直接、触ってくれれば、もっと……はやく……ふ、ぅっ……」  期待の眼差しを受けて、口を近づける。  だが、温かい息をかけるだけにして、反応を待った。 「んん! いじわる……ぅ……」 「そういうつもりじゃないんですけど、ごめんなさい」  大きさはそれほど変わらないが、ふにふにの状態から張りのある状態に変化していくのがわかった。 「もう……ジンジンしてるよ」 「じゃあ……」  舌を伸ばしてひと舐めしてから、ちゅぷ……と口の中に乳輪ごと含んだ。 「はぅんっ! 舐めっ……てっ……」 「タクロー、たくさん、舐めて……んぁっ! ぁっ! あっ!」  ガシャッとフェンスが揺れて、先輩が背筋を反らした。  必然、おっぱいが口に押しつけられてくる。 「んむっ!?」 「タクローが……私をこんなにえっちにしたんだから……っ……」  それは嬉しい一言だが、きっともともと素質があったんじゃないかと俺は思う。 「えっちになってしまった先輩は、どうしてほしいと思ってます?」 「……吸ってほしい、のっ」  お望み通り、音を立てて吸いあげ、口の中で転がした。 「んっ、今日……泳いでる間も……ずっと……タクローにこうしてもらうこと、想像してた」 「じゃあ、もしかしてこっちももう?」  水着の股間部分に手を伸ばした。指に生地を引っかけ、横へずらす。 「きっと……ぬるぬるしてる。自分でわかるくらい……」  その言葉を確かめるように、割れ目に沿って指を滑らせていくと、膣口のあたりは確かにぬめっていた。 「寒くないですか? そろそろ濡れた水着が冷えてきてるかも」 「うん、寒さは平気……身体が熱くなってるから。それより……誰も、いない?」  フェンスを背にしている先輩は向こう側の様子が気になるようだ。 「大丈夫。俺が見てますから」 「タクローは興奮すると夢中になるから、そこはちょっと信用できない……」 「あう」  反論できない。 「……でも、夢中でしてほしい。私だけを見てほしい……」 「そんなこと言われたら、ほんとにそうなっちゃいますよ」 「うん……」  頬を染めた先輩が、少しだけ俺の方に股間を突きだした。 「はぅっ! っ……んっ! そこも、おっぱいみたいにくちゅくちゅ吸って……っ」  指で剥いたクリトリスに口を寄せた。  何度かキスをして、ゆっくり、ゆっくり刺激に慣れるように舌を這わせた。 「ふ、ぁっあっ! タクローの舌、今日は優しい……っ……ぁっ……ぁあっ」 「先輩が大きな声を出すのを我慢できるようにと思って」 「……んっ……く! 無理……出ちゃう……っっ……」  徐々にクリトリスが勃起してきた。吸って、放して、吸って、放して、と繰り返すと先輩の場合大きくなりやすいみたいだ。 「はっ、あっあっ……ぁはぅ! た、立って……いられなくなっちゃうよ……」 「じゃあ、口じゃなくて、手で支えますから俺に体重預けていいですよ」 「はぁはぁ……手? っ……」  立ちあがって股間にしっかりと手を当て、指を二本、膣の中へゆっくり潜りこませる。 「んぁっ!」 「これなら崩れ落ちないでしょう」  何度か入れた指を広げると、とろりと愛液が溢れ、太腿を伝っていく。 「っ……別の意味で、落ちちゃう……タクローの、ほしくなっちゃう……」 「俺も入れたいですから大丈夫ですよ。外で身体が緊張してるみたいだし、もうちょっとほぐしましょう」 「うん……」  ずっちゅ……ずっちゅ……と一定のリズムで指の出し入れをはじめる。  先輩はギュッと金網をつかむ手に力をこめた。 「っ、あっ! あっあっ! ……た、たくっ、あ、ぁ、あっ!」  腰が一段落ちて、本当に体重を預けてくる感じになる。 「背中、フェンスにつけちゃダメですよ。先輩の綺麗な肌に傷なんてつけたくないですから」 「そんな、ことっ……んぁ! 言われてもぉっ……ぁっ、あっ! ふぁっ!」  グッと股間を持ちあげた時に、先輩の身体を俺の方へ傾けた。 「ひぅっ! お、奥ぅ……指が、根本まで……っ」 「んっ、っ! そんなっ、中でぐちゅぐちゅされると……ぉ、おぉっ……!」  先輩の身体ががくがく揺れはじめた。  もう、限界が近いらしい。 「タクローっ……っ、あっ、私っ……もう! ぁ、あっ……」  目の前で揺れる乳首に吸いついて、同時に先輩が一番好きだろうと思う部分を膣の中で揺さぶった。 「あっあっぁあっ! い、イクッ……イクッ! んああぁぁぁっ! イッちゃぁあぁああう!」 「ふあああぁぁぁぁああああああっ!! ……っ! っ! ふ、ぅっ! ぁっ……っ……」  倒れる寸前でビクンッ、ビクンッと絶頂を迎える先輩。  快感に素直に酔っていた。 「いいですよ。もたれかかって」 「……はっ……ぁっ……あっ……」  小さく首を振った先輩が、フェンスをつかみ直した。 「まだ、抜かないで……」  荒い呼吸に合わせて、腰が上下しているような気がする。 「南先輩、余韻を味わってます?」 「……うん」  素直に認められてしまった。 「今度は私が……してあげる」 「……すごい眺めだ」 「タクローにはもっとすごいの、いっぱい見られてるよ?」 「なんていうか、非日常の最たるものというか」 「好きな女の子のおっぱいで挟まれるとか、男の夢の世界です」 「夢……なんだ」 「はい」 「だからこんなに固く……」  谷間から顔を覗かせているペニスをマジマジと見られた。  さすがにもう見られて恥ずかしいということはない。 「そういうことです」 「じゃあ、がんばる」  先輩が少し身体のポジションを調整して、上半身全体を使いはじめた。 「……っ」 「優しいのと、強いのと、どっちがいい?」 「……どっちも」 「欲張りさんだ」 「先輩のしてくれることは、全部体験しておきたい、ので」  納得したのか、先輩はまず『むにむに』をたっぷりしてくれる気になったようだ。 「んっ……んっ……」 「タクロー、気持ちよくなってる?」 「いいです、とても……」 「私のおっぱいでいけそう?」 「このまま続けてくれれば間違いなく」 「お口も使った方がいいのかな……」  パイズリさせた上にフェラまでとか、俺から望んだら鬼畜極まりない気が……。 「なるほど」 「な、なにがなるほど!?」 「南ちゃんはお見通し」  先輩が俺の考えをばっちり見抜いた。 「えーと……」 「れろっ……」 「はぅっ!」  ぬるりと舌が鈴口のあたりを舐めていった。 「ふふっ……」  攻守逆転してすっかり余裕を取り戻している。 「その笑い方、すごくえっちです……」 「そう? 別に意識してはいない」  と小悪魔ちっくに笑う。  いつもの先輩と違う表情に背筋がぞくぞくしてきた。 「……もっと、舐めてくれますか」 「はぁい」 「ちゅっぷ……ちゅっ……れろっ、れろろろっ……しょっぱい……んっ、んっ……ちゅっ、ぢゅるっ」  一気に激しくなった。  唾液が垂れるのもお構いなしで、むしろ谷間にそれが塗り込まれてぬちゃぬちゃと音を立てはじめた。 「ぷちゅっ、ちゅぅっ……んっ……タクロー……おっぱいの中で、すごく動いてる……」 「ヤバイ、です」  先輩がおっぱいの動きをシゴキに近いものに変えてきた。  多分俺が腰を小刻みに前後させてしまっていたのに合わせてくれたんだろう。 「はぷっ、んっんっんっ……ぢゅちゅっ……るるっ……んっ……ちゅっ、ちゅくっ! ビクビク、してりゅっ……んぅっ!」 「んっ、んくっ……ぢゅぅるるっ! ……はぁはぁっ……んっ、んぷっ、ちゅくっぢゅくっ! たくひゃん、らひて……っ」  本当にヤバイ……気持ちよすぎる。  先輩、このまま射精させる気なんだ……。 「ん、ふっ……ぢゅっぢゅっぢゅぷるっ! っ、はぷっ……んっんっんっんっんっ!!」 「せ、先輩……南先輩っ! で、出そう、だからっ……」  口を離してと言おうとしたが先輩は逆に深く、くわえ込んできた。 「ぢゅぢゅぢゅぅっ!」 「うっああぁあっ! 出る!」  びゅるるっ! と噴きだした瞬間、先輩の歯をこすりあげてペニスが飛びだした。 「んあっ! ……っ……はぁっ……はぁっ! けほっ!」  噴きだす精液が顔にかかるように、先輩は自ら角度を変えたように見えた。 「はぁ……はぁ……あ、はぁ……すごい……おっぱいとおしゃぶりだけで……こんなにいっぱい、出た……」 「はぁはぁ……はぁ……そりゃあ……出ますって……」 「ゆっくり……とろとろ垂れてく……」  顔の上を精液が流れていく様を、まるで褒めてもらいたいのではないかと錯覚させる表情で見せつけてくる。  先輩が手を動かして、挟んだままのチ●ポをおっぱいでこねまわした。 「まだこんなに硬い……」 「そりゃあ、挟んだままそんな風にされたら……」 「もっとしたくなる?」 「はい」 「ふふ、タクロー、素直」  悪びれもせず微笑した。 「ねぇ……私のおっぱい気持ちよかった?」 「ええ……びっくりするくらい、本当に気持ちよかった……です」  それを聞いて先輩は、満足そうな微笑みを浮かべた。 「じゃあ、ご褒美……いい?」 「っ……!」  甘えたその声にクラッと来た……。 「ご褒美、というと?」 「ん~……タクローが決めて」  そ、そう来ますか。 「……正直に言うと、今俺の頭の中、エロいことしか考えられないんですが」 「受け止めるから」 「そ、そうですか……じゃあ」  俺は南先輩にお尻を向けさせた。  入れやすいように水着をずらす。 「あっ! ……っ……ずぶずぶ……入ってくる……っ……んっ!」 「気持ちいい、です……うねりに呑みこまれてくみたいだ……」 「タクローを受けとめたいって思ってるから……」  ずりずりとペニスをギリギリまで引き抜いたせいか、先輩は背筋を震わせて仰け反った。 「あっ! んぅっ!」  再びズズッと亀頭で肉を掻き分けていきながら、後ろから乳房を揉みしだいた。 「外で、緊張してるから、かな……んっ……タクローのが動くの、わかる……っ……は、ぁ……ぁっ」 「後ろから入れてるのもあるかもしれませんね」 「んっ、ふぁ……そういうもの、なの?」 「姿勢的に、こっちの方がググッと突っこまれてる感が出るのかもですね」 「あっ、ああっ!」  言ってる間にも、攻めつづける。 「んっ、あっ、ダメ……」 「そんなに激しいの……」  先輩は腰を振る。  無意識なのだろうか。  でも、それが俺に新たな刺激を与えてくる。 「先輩のが、絡み付いてくる……」 「やだ……そんな言い方……やらしい……」 「あうっ」  ぎゅううぅっと締めつけられた。 「タクロー、めっ……」  こんな時にまで叱られた。 「すみません、お詫びにいっぱいがんばりますので」 「……えっ? あ!」  しっかりと腰を掴んで、力強くペニスを送りこんだ。 「んぁん! あああっ!」 「先輩、先輩!」  先輩にたくさん、俺を感じて欲しい。  その一心で腰を動かした。 「あ、あっ! あぁっ!」 「でも苦しかったら言ってくださいね」 「苦しく、ないっ……でも、いっぱい……っく! タクローで、いっぱいになってる……っ」 「あっ、あっ……ずちゅっずちゅって……鳴ってるの……ふっぁっ、あっ!」 「もう白く濁ってますよ」 「タクローが……そうした……っ……はぁっ、あっ! あっ! 私だけじゃ、こんなには……」 「くひっ……ぃ……いい、よ、タクロー……気持ち、いいっ……んぁう! タクローのいいのっ」  突き入れるたびに南先輩が、腰の動きに微妙な変化をつけてくる。  それが刺激になって、俺の方も気を抜くとヤバイと感じるほど気持ちいい。 「あっ、あっ……んぁっ! っっっ! そ、そこっ……ふぁああっ!」 「こっ、こうすると……先っぽが、当たって、ああっ!」  言葉よりも感触で伝わってきた。  腰の突きだし方を、亀頭が子宮口にあたるところへ合わせようとしてきている。 「タクローはっ、どんな……んっ……感じ? っ……ぁっ、あっぁああっ!」 「私の、気持ちいい?」 「ええ……すごく。ゾクゾクして来ます」  先輩が小さく笑いながら、背筋を震えさせた。 「タクロー! タクロー!」  その言葉が嬉しくて、ぐちゅぐちゅいわせる速度を上げていった。 「ぁっ、あっ! ひぁっ! そこっ、いっぱい突いてっ……んっ、んんんっ! っ……ぁ、あっあっあっふぁあっ!」 「くふっ! ぅっ、ぁっああぁっ! せーしっ……タクローの、ほし……んああぁっ!」 「で、出ますよ、先輩……っ!」 「うんっ、うんっ……いっぱい、ちょうだいっ!」 「私もっ、イッ……イクからっ、あっぁっ……っ……ふああっ!」 「タクロっ……タクっ、あっあっ! もう……もうっ……ふぁっ! あっ! ふあああぁぁぁあぁあっ!!」  一足先に、先輩が絶頂を迎えた。  その膣の収縮に引きずりこまれるように、射精感が一気に膨らむ。  先輩の身体を抱きしめて、ペニスを根本まで埋めこんだ。一番奥にびゅるびゅると精液が注ぎこまれていく。 「ふああぁぁっ! 入って、くるっ……いっぱい、奥まで……ぁっ、あっ! んああぁっあああっ!」 「奥の……奥まで……貴方に……ああ……」  精液が膣に収まりきらず溢れだした。 「あっ、ぁっ、ぁっ……考えただけで……イッちゃう……」  少し息遣いも落ち着いた先輩が微笑んだ。 「……タクロー」 「はい」 「……良かった?」 「そりゃあ、もう……」 「先輩は魔性の女ですから……」 「ふふ、貴方にだけ、そうかも……」 「もう少し、こうしてていいですか」 「……うん」  ペニスを引き抜いて、先輩のお尻めがけて大量の精液をぶちまけた。 「あっ……あっ……あぁぁあっ……びしゃびしゃ、かかって……るぅ……んっ、くっ……」  一滴残らず搾りだすつもりで、俺のモノをしごく。 「く、うっ……」  大量の精液で染まったお尻を、水着ごと撫でまわす。 「ひぁんっ」  ビクビクッと先輩がまた小さくイッた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」  ゆっくり、ゆっくり、感触を楽しんだ。俺の手が動く度に、先輩は感じているみたいだ。 「……っ……あの時、こうするって決めてたんだ?」 「ええ。すごく、エロいです、先輩……」 「ふふ……タクローがそう望んだから……」 「もう少し、こうしてていいですか」 「……うん」  先輩と身体を重ねた後、二人で学園を出た。  途中で俺を含める放送部の部員には一切お咎めがないことを教えてもらった。  アンテナは学園が修理代を出すという。  ただ泊り込みの合宿だけは、自粛せよとのことらしい。  それくらいなら大した問題ではない。  ほとんどこっちの要求を学園側が飲んだことになる。ほぼ完全勝利と言っていい結果だった。 「台本の練習は、時間を見てまた集まってやることに」 「それでも間に合うと思うから」 「ですね。皆には俺からメールで連絡しときます」 「ん」  いつもと同じ仕草で頷く。 「じゃあ、また」 「はい、お疲れ様でした!」 「お疲れ……」  先輩は微笑して、駅の改札をくぐり人ごみの中へ。  俺は先輩の姿が見えなくなるまで、見送った。 「メール、メールと……」  すぐに皆に結果を報告した。  全員、すべて丸くおさまったことを喜んでいた。  『やっぱ正義は勝つんだなっ! BY るーるるー』  『南先輩マジすごいです、本気で尊敬します BY ナナギー』  『先輩、抱いてー! BY お計さん』  陽気なつぶやきが、どんどん流れていく。 「はははは!」  読みながら笑った。  よし、憂いは排除した。  夏休みはまだ半分残ってる。 「先輩とこいつらと、もっともっと楽しむぜ!」  『今度また、皆で遊ぼうぜ』  そんなことを俺もつぶやいた。  その言葉通り、俺は残りの時間を力いっぱい遊び倒した。  先輩や仲間達と、思いっきり楽しんだ。  楽しい時間はいつだって短い。  八月は速攻で走り去っていく。  二学期が来た。  そして。  ――俺は自分がいかに能天気で馬鹿なガキかと思い知らされる。 「何でこんな暑いのに二学期始まるんだよ……」 「まったくだな……」  始業式の後。  短いホームルームがすぐに終わり、俺達は解放された。  暑さにまいった流々と修二が机につっぷしてる。 「お前らもっと暑い海岸ではあんなに元気だったじゃないか」 「ほれ、元気出せ」  計が流々の頬をむにーと引っ張る。 「ひゃめんひゃ~」  顔を変形させながらも、ダレた流々は机につっぷしたままだった。  お嫁入り前の娘さんとは思えない醜態である。 「すげー、百年の恋も冷める顔だ」 「それでも、あたしは愛してますよ、田中さんを!」  流々の頬を引っ張ったまま計は高らかに愛を宣言する。 「女は顔ではないのです!」 「じゃあ何なの?」 「胸っす!」  満面の笑みだった。 「ひぇいひひはれるふぉふをふくっ!」  計に言われるとムカつく、と言ってるらしい。 「ほら、皆ダレてないで部室に行くぞ」 「練習はまだ残っているんだからな!」  いつでもキリッとした三咲さんは、今日も元気はつらつだ。 「だな。おい、行くぞ、修二」 「がー」  熟睡していた。 「ふんっ!」  延髄に体重を充分にのせたエルボーをかます。 「ごふほっ!?」  顔面を机に強打していた。 「よし、修ちゃんも起きたことだし、部室行くとすっか」  皆に呼びかける。 「あいよ、あんさん!」 「だり~」 「馬鹿野郎! 死んだらどうすんだっ!」 「いや、すごく元気そうだぞ神戸くん……」  5人で廊下を歩く。  始業式の後の校舎は弛緩した空気が流れていた。  それに感化されたように、どことなく俺達の動きも緩慢だ。 「あーあ、夏休み終わんの早かったよな~」 「楽しかったよね~」 「ああ、私もあんなに楽しかった夏休みは初めてだ」 「特にタクと神戸を埋めたのは、いい思い出だよ!」 『それかよ!』  修二と同時にツッコんだ。 「まだ暑いし、海もう一回くらい行けるんじゃね?」 「さすがに無理だろ。もう9月だぞ」 「きっとクラゲがいるだろうな」 「アレ避けながら泳ぐのはちょっとな……」 「じゃあ、秋の行楽を何か考えておきましょう、沢渡さん」 「いいけど、学祭終わった後な」 「ああ、まずはそっちに全力――」 「そんな待ってくださいっ!」 「――え?」  三咲が途中で言葉を飲みこむ。  ちょうど俺達が部室の前に着いた時、扉の向こうから七凪の声がした。  感情的な声色。 「七凪?」  気になってすぐに扉を開く。 「兄さん、皆さん……」 「タクロー……」  テーブルのそれぞれの定位置に七凪と南先輩が座っていた。  でも、二人の様子が少しおかしい。  七凪は瞳に涙を溜め、先輩はうつむいている。 「どうした? 七凪」 「今、叫んでたみたいだけど……」 「そ、それは……」 「おいおい、南先輩困らせたりすんのはなしだぜ?」 「そうだよ~。ナナナギー♪」  重苦しい空気を察してか、計と流々がわざと明るい声を出す。 「……」 「……」 「う」 「あうあう……」  でも、その気遣いは徒労に終わった。 「……何かあったのか? 七凪くん」 「え、あの、それは……」 「何でも言っていいんだぜ? 七凪ちゃん」 「……は、はい、えっと……」 「七凪ちゃん」 「私から話す……」 「いえ、私が話さないといけないこと」  先輩が静かにイスから立ち上がる。 「先輩……?」  いったいどうしたんだ? 「皆に言わなければならないことがある……」 「南先輩……?」 「ど、どうしたんですか……?」  部室の中の空気がいつもとまるで違った。  皆、緊張する。 「私は今日かぎりで、放送部を引退する」 「!?」  一瞬の言葉の意味が理解できなかった。  今、先輩は何て……? 「ええーっ?!」 「う、ウソですよねっ?!」 「……ウソでこんなことは言わない」  あくまで静かに先輩は答えた。 「ち、ちょっと待ってくださいよ……」  あの修二が動揺していた。 「そ、そりゃ、先輩は三年だし、いずれ引退するのはわかってたけどよ……」 「何で、今日なんすか?! おかしいっすよ!」 「そうですよ! 先輩は私達と思い出を作りたいと言ってくれたじゃないですか?!」 「それなのに、どうしてその前に?!」 「せめて学園祭までは、いっしょにやりましょうよ!」  部員達は必死に先輩に食い下がった。  女子達は皆、七凪と同じように涙を目に浮かべ、  修二でさえ声が震えていた。 「……」 「……ごめんなさい」 「……本当にごめんなさい」  先輩は何度も俺達に頭を下げる。  本当に何度も何度も。  でも、理由は何ひとつ語ってくれない。 「アンテナはもうすぐ、直る」 「頑張って……」  『頑張って』  その言葉にこめられた感情に俺はたまらなく傷つく。  もう、自分は一切関わらない、そう言っているとわかったから。 「タクロー……」  呆然としている俺に先輩はいつもの微笑を浮かべて言った。 「次の部長は貴方を推薦します……」 「あとをお願い……」 「皆、今までありがとう……」  そう言い残して、南先輩は俺達に背を向けて、部室を後に。 「――ま、待ってください!」  俺は俺の横を通り過ぎようとした、先輩の肩をつかんだ。 「訳を言ってください」 「……」  先輩はうつむいて何も言わない。 「……もしかして、これが条件なんですか?」 「学園長は先輩を辞めさせたがっていた」 「アンテナの修理代も、俺が処分なしなのも」 「先輩が放送部を辞めるのが条件で……」 「……」  先輩は唇を噛み締めたまま首を横に振った。  でも、俺にはすぐわかった。  ウソだ。  この人は俺を、放送部を救ったんだ。  自分だけを犠牲にして。  それで、全部終わらせようとしてるんだ。  そんなの―― 「そんなの……そんなの、絶対ダメだっ!」 「この放送部を始めるために、先輩は自分を犠牲にした」 「本当は続けたかった水泳を諦めて、自分を殺して放送部を始めた。まったくのゼロから!」 「違う……」 「私は元々そんなに水泳に固執は――」 「それはウソだ。俺にはわかりますよ」 「タクロー……」 「1年もブランクのある人が、今でもあんなに速く泳げるわけないじゃないですか?!」 「今でも練習してるんでしょう?」 「……」 「そこまで好きなモノを捨てて」 「そんな思いまでして、立て直したこの部をこんな風に去るなんて……そんなの……」  悲しすぎるだろう?  俺はそんなの認めない。 「仕方がなかったの……」 「理由はどうあれ、水泳部に怪我人を出してしまった」 「放送部がペナルティなしなのは、相手の保護者が納得しなかった」 「それなら、俺が停学でいいじゃないですか!」 「タクロー、馬鹿を言わない」  南先輩が表情を引き締めて、俺をにらむ。 「この先貴方が社会に出た時、その履歴の傷がどう影響するかわからない」 「私の引退は別に傷にはならない。これが一番被害が小さい」 「それにアンテナの修理代も出なくなる。貴方だけが我慢すればいいというわけじゃない」 「く……」  ミニFMの開局。  それは確かに放送部全員の希望だ。 「大丈夫」 「同じ部じゃなくても、私は貴方の彼女だから」  それはそうだけど。  でも、それは違う。  ここで、この場所で。  皆で。 「タクロー、私は嬉しいの」  先輩はあのいつもの笑顔を浮かべる。 「……え?」 「私が作った放送部が、貴方に、いえ、貴方達にとって」 「大切な場所になったから……」 「だから!」  そこには先輩も。 「もう行く」 「……行かないでください」  俺の声は震えていた。  あと少しで泣きそうなくらい、みっともなく。 「タクロー……」  先輩が俺の手を取る。  優しく。 「貴方は、もう私と二人だけで放送部を始めた頃の貴方じゃない」 「皆がいる」 「一人じゃない」 「そのことに感謝して、頑張って」 「どうか貴方はその場所を大切に……」  手が離れる。  南先輩は背を向ける。  ――その時、俺はようやく知る。  1年前、先輩は手が足りないからと俺を放送部に誘った。  そうじゃなかった。  最初から、俺のために。  俺に居場所を作ってくれるために、誘ってくれたのだ。  俺は馬鹿だ。  そんなことに、ようやく今さら。  俺はもう何も言えなかった。 「待ってください!」 「行かないでください!」 「先輩!」  後輩達の必死の呼びかけ。 「……ごめんね」 「――さよなら」  でも、先輩はもう脚を止めることはなかった。  無機質な扉の開閉音を最後に、先輩は放送部を去った。 「拓郎! 追え!」  俺の背中に修二の声が飛ぶ。  俺はうつむいたまま、首を振る。 「何でだよ?! 追えよ! お前の彼女だろうが!」  修二は俺の正面に回ると、胸倉をつかんできた。 「先輩、本当はやめたくなかったのわかんねぇのかよ!」 「わかるよ……」 「わかんないわけないだろう?!」  乱暴に修二の腕を振り払う。 「じゃあ、行って来いよ! 行って、止めてこいよ!」 「言えるかよ!」 「俺の、俺達のためにって、先輩がやってくれたこと」 「全部チャラにしてくださいって、言えるかよ!」 「う……」 「先輩の気持ちがわかるから、行けないんだよ!」 「……っ」 「……畜生っっ!」  まるで破るような勢いで修二が俺の制服を引っ張った。  やり場のない感情をどこにぶつけたらいいのかわからないのだ。 「……こ、こんなのって、あるかよ……!」  流々が唇を悔しそうに噛む。 「……」 「……」  計と三咲もまるで言葉を忘れてしまったかのように押し黙った。 「ひっく、うっ、う……」 「うっ、あっ、う……」 「うわあああああああああああああっ!」  七凪の痛々しい泣き声だけが、部室に響いた。  先輩が放送部を辞めて、一週間経った。  それから俺達は、はっきり言って死んでいた。  何もせず、ただ時間になったら、ここに集まって無言でダラけていた。  生きる屍状態の6人。 「沢渡さん……」  机につっぷしていた計が顔だけ角度を変えて、俺を見た。 「ん?」 「ノックの音してる……」 「副部長出ろよ。俺ダルい」  イスにだらしなく背中を預けたまま声を出す。 「嫌だよ。おめーが一番ドアに近いだろ、新部長」  新部長。  その言葉がちくりと俺の胸に刺さる。  嫌でも今は先輩はいないというのを実感してしまう。 「しゃーねーな」  机にのっけていた足を下ろして立つ。  誰だよ。  どうせロクでもないことだろう。メンドーだな。 「――誰?」 「ひっ?! あ、沢渡くん」  祥子さんだった。 「ど、どうしたの? 何か怖いよ?」 「え? あ、ごめん」  知らぬ間に不機嫌な面を向けてしまっていたようだ。 「ち、ちょっと寝起きだったもんで。マジごめんね」  手を合わせる。 「あー、部室で寝てたんだ。ふふ、いいね。放送部自由で」 「良かったら、入る?」 「ふふ、嬉しいけど、生徒会があるから無理かな。あ、そうだ」 「これこれ。この連絡お願い」  メモ紙を渡される。 「また連絡放送か……」  渋面になる。  やっぱりロクでもないことだったな。 「嫌がらない嫌がらない。スピーカーから聞こえる沢渡くんの声、結構好評だよ!」 「淡々としゃべってるだけなんだけど」 「そろそろ女子にチェンジしたいんだけど、皆やりたがらないんだよね」 「あー、何か恥ずかしいからね。噛んじゃうと嫌だし」 「もう俺は噛んでも平気だけど」 「あはは、慣れって怖いね! じゃあ任せたから!」 「ういー」  笑顔の祥子さんに手を振って別れた。 「さて……」 「連絡入ったから、誰か付き合ってくれー」  机でダレてる全員に呼びかける。 「学園の仕事なんかしたくねーぜ……」  修二がぶすっとして答えた。 「だが、これをやらないとまた睨まれるしな……」 「アンテナ直してくんなくなるかもなー」 「はぁ……。まるで人質を取られたみたいですね……」 「タクー、あたし付き合ってあげる」  計がダルそうに挙手をする。 「おう、頼む。あ、」 「たまには計、読んでみる?」 「自分不器用ですから!」  男らしく断ってきた。  まあいいや。 「じゃあ、機器の操作頼むわ」 「あいよー」 『二年B組の荒川良子さん、二年B組の荒川良子さん』 『ご自宅からお電話が入ってるそうです。至急、職員室に――』  言われたことだけをただこなすだけ。  放送部は今やただの無気力集団である。  台本の練習も、やらなければと思いつつもまるで進んでない。  ぶっちゃけ、もう俺はやりたくない。  先輩抜きでのラジオドラマを、先輩に聴かすなんて残酷すぎないか。  俺には――できない。  皆も何も言わないが、きっと思いは同じなのだろう。 『――以上、お知らせでした』  本日のお役目終了。  俺はさっさとブースを出る。 「あれ? どっか行く?」 「風当たってくる」 「もう皆帰っちゃうかもよ」 「俺が閉めるから、部室の鍵は開けといて」  言い残して、外へ。 「はぁ……」  嘆息しつつ歩く。  先輩に会いたいな、とふと思う。  あれから電話やメールはしてるけど会ってない。  別に避けられてるわけじゃない。  どちらかと言えば、俺が躊躇している。  助けられてばかりの俺が、どのツラ下げて会うんだと。 「あ……」  水音が耳に届く。  何気なく、視線をプールに。  名も知らぬ水泳部の部員達が練習していた。  何だか懐かしい気持ちになる。  もう1年以上前、ここで初めて先輩を見た。  こうして、この場所に立って。  ただ一人、凛と振舞う彼女に見惚れていた。  あの頃、俺も彼女も孤独だった。  だけど、俺は孤独に押しつぶされて荒れていたのに、彼女は負けていなかった。  見事なまでに強く、キレイだった。  だから、俺は彼女に憧れたんだろう。 「ずっとこうして、俺、見てたんだよな……」 「そうでしたわね」  背中に声が投げかけられた。 「湯川会長」  意外なところで意外な人に。 「沢渡、ちょっといいかしら?」 「いいですけど、会長は何でここにいるんですか?」 「水泳部、練習してますけど」 「今日はサボりましたわ」  気持ちいいくらいあっさりと言い切った。 「いいんすか? 大会近いんじゃ……」 「大会なんか、どうでもいいですわ」 「……そうすか」  どこか投げやりな言い方が少しだけ引っかかった。 「沢渡、橘は放送部を辞めた?」 「はい」  短く答える。 「そう……」  俺の隣に立つ湯川会長は大きく嘆息した。 「沢渡、橘はね、水泳部ではかなり浮いていたの」 「知ってます」 「……本人から?」  会長は少し驚いた顔をする。 「まさか。春日って、例のアンテナ壊した三年からです」 「先輩は自分の弱いところなんて、絶対話しませんよ」 「一人でずっと我慢しちゃう人ですから」  言ってから、俺は唇を噛む。  それを知っていながら、俺は……。  不甲斐ない自分に腹が立った。 「……随分、あの子のことを理解してますのね」 「やっぱり彼氏ですわね」  ふっと会長が微笑する。  優しい表情をしていた。 「私はね、沢渡」 「あの子が水泳部を辞めるのを、とても止めたかった」 「でも、できませんでしたわ」 「何故ですか?」 「皆があの子を不当に攻撃するのを、私は止められなかった」 「何度も注意したけど、結局止められなかった」 「そんな場所に、彼女に残れなんて言えませんでした……」 「そうだったんですか」 「……ありがとうございます」 「え?」 「一人でも、先輩の味方が水泳部にも居て、良かったです」  心からそう思う。 「……そんなこと」 「きっと、橘は私のこと軽蔑してます……」 「違いますよ」 「先輩、会長のことを俺に『お友達』って言って紹介しました」 「南先輩は、会長のこと友達だって思ってます」 「だから、会長も先輩の友達でいて欲しいです……」 「……沢渡、よくそんなことまで覚えて……」 「先輩のことですから」  窓の外の風景を眺めながら、俺は笑った。 「――今回の水泳部の件、私は学園側の対応が正しいとは思えません」 「こんなことをして大会に出て勝っても、ちっとも嬉しくないわ」 「いっそ、ボイコットしたいくらい」 「それやると、南先輩が悲しむんでやめてください」 「わかってますわ! だから仕方なく出場はします!」 「是非その線でお願いします」  しばらく黙って会長と水泳部の練習を眺めていた。  やり切れない気持ちになる。  本当は先輩はあそこにいたはずなのに、理不尽な理由で追い出された。  その後、ようやく作り上げた居場所からも追われた。  先輩の気持ちを考えると、胸がたまらなく痛む。 「……部室に戻ります」  これ以上見ていられなくて、立ち去ることにした。 「沢渡!」  そんな俺の背に、会長が声を投げた。 「橘を、いや南を」 「助けて!」  足を止める。  振り返って見た。  先輩の友達を。 「あなたは、私みたいになってはダメ!」 「あの子は何も言わないかもしれないけど! いつもニコニコ笑ってるけど!」 「本当は心で泣いてるはずだから……!」 「こっちから、手を差し伸べないとダメ!」 「このまま、放送部を辞めさせないで!」 「あの子を――」 「私の友達を助けて! 沢渡!」  悲痛な叫びが廊下に響く。  ああ……。  先輩、貴方にはこんなにいい友達がいたんですね。  過去のいたらなかった自分をずっと悔やみ、見守っていた。  こんなに素敵な友達が。 「湯川会長、いえ、先輩の友達の湯川先輩」  未熟な俺に何ができるのか。  それはわからない。  それでも、バトンが今渡されたと言うのなら―― 「わかりました」  他に言うべき言葉など無かった。  俺は乱暴に扉を開く。 「皆! 良かった、まだいたか!」  弾む息を整えながら部室を見渡した。 「兄さん?」 「どうしたんだよ、そんなに慌てて」  皆いつもの自分の席について、何をするわけでもなく、ただそこに居た。  先輩の席は今も空いている。  誰もイスを片付けようとはしなかった。  それが、皆の気持ちなのだ。 「七凪、計、流々」  一人、一人の顔を見る。 「修二、三咲」  全員がきょとんとした顔で俺を見る。 「一生のお願いだ!」  俺はその場に膝をついた。 「? ど、どうしたんだ? 沢渡くん」 「お、おい、タク?」 「立ちなよ、止めてよ、タク」  皆の戸惑った声。  俺は床に額をこすり付けるようにして、皆に頼んだ。 「皆の今年の学園祭を――俺にくれ!」 「――え?」 「学園祭くれって……」 「ど、どういうことだよ? 拓郎」  俺は土下座したままの状態で声を上げる。 「俺、やっぱり先輩が放送部辞めさせられるのを何としても止めたい!」 「こんな風に諦めて、仲間を失うのは絶対に嫌だっ!」 「だから――」 「だから、何をするつもりなの?」 「明日、対決する」 「学園長と」 「お、おい、ちょっと待て! キミは何か無茶なことをやるつもりだな?!」 「やる」  短く言い切る。 「それをやると、君だけの責任で終われないようなことをやるつもりなんだな?」 「たぶん、アンテナは直せなくなる」 「ミニFMの開局もできなくなる」 「今までのお前達の苦労も、今年のお前達の学園祭もつぶすことになる」 「だけど」 「それを承知で、お願いする! いや、お願いします!」  床に頭突きをするように、何度も頭を下げた。  こいつらに対して、他に何もできないのだから。  何も渡せないのに、くれと言うのだから。  無力な俺はただ頭を下げるだけだ。 「何度でも頼む!」 「七凪は身体弱いのに合宿に付き合ってくれた」 「感謝してる!」 「兄さん……」 「計は女なのに重い機材を文句も言わず運んでくれた」 「感謝してる!」 「タク……」 「流々はド素人の俺達に色々教えてくれた」 「感謝してる!」 「タクボン……」 「修二はクソ暑い中、俺とハシゴを持って何度も屋上に上がってくれた」 「感謝してる!」 「拓郎……」 「三咲は――お前が一番、学園祭の参加を楽しみにして、積極的だった」 「雑用はほとんどお前が全部やってくれた」 「感謝してる!」 「沢渡くん……」 「いちいち口にはしなかったけど、お前達がどんなに頑張ってたのか俺は知ってる」 「知ってて……あえて、頼む」 「お前達の今年の学園祭を、いや青春を――」 「俺に、くださいっ!」  叫んだ。  声をからして。  何とか、何とか皆にわかってもらいたくて。 「――この大馬鹿野郎っ!」  ごすっ! 「ぐわっ?!」  修二に背中を思い切り踏まれた。 「何で、お前は頭下げてんだよ! 馬鹿かっ! マジで馬鹿なのかっ?!」  修二に胸倉をつかまれて、無理矢理顔をあげさせられた。  ――え? 「神戸先輩の言う通りですね」 「兄さんはアホですか、この野郎」  ――え? ええ? 「何て顔をしてるんですか、沢渡さん」 「こいつ、絶対わかってねーな。顔に書いてあるぜ」 「な……え?」  訳がわからない。 「沢渡くん」 「皆の気持ちを私が代弁してやろう」 「先輩に止めてほしくないのは、キミだけじゃない」 「土下座なんて水臭いマネなんてするな、この野郎――ということだ」  三咲が笑顔で解説した。 「い、いいのか? お前ら」  全員の顔を見る。  全員が即座に首肯した。 「拓郎!」  修二に強く背中を叩かれる。 「俺のせーしゅん、くれてやるよ」 「おう、私もだ」 「私もですよ、兄さん」 「持ってけ、ドロボー!」 「キミに託そう、沢渡くん」  次々に声があがる。 「皆、ありがとう……! ありがとう……!」  何度もお礼を言った。  くそ、マジ泣きしそう。 「よーし、何か盛り上がってきましたよ! 皆の衆!」 「だな! 学祭の準備より燃えるな!」 「ところで沢渡くん、具体的には何をするつもりなんだ」 「あ、ああ、明日さ――」  俺は考えていた具体案を皆に説明する。  皆はさすがに驚いていたが、最後には賛成してくれた。  さて、ここからは俺達のターンだ。  俺達の仲間を取り戻す。  ――絶対に。 「準備OKですよ、沢渡さん」 「さんきゅー」  次の日の昼休み。いつものごとく適当な曲を校内に流す。  昼食中の生徒達、教諭達のBGM。  いつもは部員達で持ち周りでやるルーチンワークだ。  だが。  今日は放送部部員が全員そろっていた。  いや、違う。  一人だけ足りない。  ――取り戻す。 「さあ、一発やってやるかー」  指をこきこき鳴らす。 「まるでケンカの前だな」  修二がニヤニヤ笑う。 「実際、ケンカじゃね?」  俺も口の端をつりあげる。  たぶんさぞかし邪悪な笑みを浮かべていることだろう。 「ケンカを売るのは良くないが……」 「今回は仕方ない」 「いえ、元々は売られたケンカですよ」 「そーだぜ、七凪、いいこと言った!」  皆も不敵な面構えをしている。  皆たくましくて何よりだ。 「そろそろ曲終わるよ!」 「ういーす」  ブースの繋がる扉に手をかける。 「兄さん、しっかり」 「了解!」  可愛い妹である。  俺はサムズアップしながら、きらーんと歯を輝かせた。 「こんな大事な時に噛んだら、夕ご飯抜きですよこの野郎」 「……り、了解」  俺の妹がこんなに可愛いわけはなかった。  曲が終わる前に、ブースに入ってイスに座る。  マイクの位置を調整。 「ん、ん……」  ノドの調子を整える。  曲が終わる。  一瞬の間。  すぐにキューランプが点滅した。 「先輩……」 「もしかしたら、怒らせて……いえ、たぶん怒ると思うけど……」  それでも最後には笑って欲しいから。  俺達といっしょに笑って欲しいから。 「いっ、けえええええええ――っ!」  俺は力強くキューランプを押した。 「……」  一人で昼食を摂るのはもう一週間になる。 「……ふぅ」  以前はタクローや放送部の子達と食べていた。  でも、やっぱり今は誘いづらい。  向こうもそう思ってるのか、誘われることもない。  溝ができてしまった。 「はぁ……」  一人の食事はこんなにも味気ないものだということを思い出す。  アンテナを直すため、タクローの停学を阻止するためとはいえ、強引にことを進めすぎただろうか。 「だけど……」  一刻も早く結論を出さないと、修理は間に合わなくなる。  皆の努力をつぶしてしまう。  それは絶対に避けたかった。 「……以前に戻っただけ」 「……元は一人だった」 「だから、平気」  そう言い聞かせる。  タクローとも、もしかしたらこれでダメになるかもしれない。  たとえ、そうなっても後悔は―― 「しなくもないって、思わなくもないかもしれない……」  どっちなんだ。  自分でもわからない。  だけど、ひとつだけ、これだけは自分を褒めてあげたい。  私は、タクローの居場所を作った。  彼にはもうたくさんの仲間がいた。  以前のように、寂しそうに一人で私を見ていた彼はもういない。 「……良かったね」 「……一人じゃないよ」  彼が寂しくないなら、それでいい。  ――それで、いい。 「……ごちそう様」  半分以上残ったままの皿をトレイにのせて、席を立った。  トレイを返して、一人で出口へと向かう。 「教室に――」  戻ろう、と思った。  その時、BGMと入れ替わるようにして、 『お呼び出しを申し上げます』  彼の声がした。 「呼び出し?」  思わず視線を食堂のスピーカーに移す。 『橘学園長、橘学園長』  ――え?  今、誰の名前を……。 『俺こと二年の沢渡拓郎が話がありますので、至急放送室まで来やがってください』 「?!」  立ち尽くす。  それまで談笑していた生徒達も、いっせいに静かになる。  全員が呆気にとられた顔をしていた。  あの子、いったい何を―― 『繰り返し連絡します』 『橘学園長、橘学園長』 『至急放送室まで』 %46『さっさと来やがれ、この野郎!』%0 「あ、あれ? 沢渡じゃねーか、何だおい?」 「水泳部とモメたって噂の……」 「え? でも誰も処分されてないし、ガセだって……」 『それから、この放送をお聞きの皆さん!』 『俺は夏休み、水泳部のとある先輩とガチでケンカしました! お互い怪我しちゃいました!』 「……!?」  噴出しそうになる。  どうしてキミは自分で言っちゃうの?! 「ガチだってさ……」 「マジっすか……」  ほらもう広まり始めた。  何て馬鹿なことを。 『俺、割とケンカとかしょっちゅうだったし、男同士だし大したことないじゃんって、軽く考えてました!』 『でも、周囲の人達に迷惑をかけてしまいました! 心配もさせました! その点は申し訳なかったと猛省しております!』 『不肖、沢渡拓郎、逃げも隠れも致しません!』 『どうぞ皆さん、浅はかな男と笑ってやってください!』 「笑えない……」  少なくとも私は。 「何だ、面白いじゃん、こいつ」 「まあ、ケンカ両成敗で良くない?」  生徒の皆は概ね好意的に、彼の話を受け止めていた。  少しだけホッとする。  でも。 「どうして、こんなことを……?」 『――そんなわけで、悪いのは全部俺なんです!』 『だから、橘学園長さんよ……』 『南先輩、責めてんじゃねぇよ! ざけんなっ!』 「……!?」  再び噴出しそうになる。  キミはまさか。  私のために? 『俺なら停学処分だって受ける!』 『謝れというなら、とある先輩に頭だって下げる!』 『アンテナだって直さなくたっていい!』 「アンテナ? 何それ?」 「何でも放送部のアンテナを水泳部の人が壊して、それが原因だって噂だよ」 「えー、何それ、放送部悪くないじゃん!」  生徒達がざわめき出す。  これは大事になる。  ――止めないと。 『繰り返します』 『俺と話をしろ、学園長!』 『南先輩返せ! この野郎!』  彼が叫んでいた。  私のために。 「タクロー!」  私は駆け出した。 「沢渡! 貴様、今の放送は何だっ?!」 「に、兄さん!」 「わわっ?! ホントに来ちゃいましたよ、沢渡さん!」  ガラス窓の向こう。  真っ赤な顔をした学園長のご登場である。 「ホントに来てくれなきゃ、困る」  俺はブースから飛び出す。  すぐに学園長の前に立つ。  対峙する。 「沢渡、貴様……!」 「悪いっすね。でも、こうでもしなきゃ、俺の話なんかまともに聞いちゃくれないだろう?」 「この馬鹿者がっ! せっかく、保護者の方々と話をつけて丸く治めたというのに……」 「丸く治めた? 違うね、あんたは騒動を恐れて身内を犠牲にしたんだ」 「てめぇの娘を犠牲にしたんだっ! ふざけんなっ!」  俺はそばにあったパイプイスを蹴リ飛ばした。 「お前に何がわかる?! 学園を運営していくことの何がわかる?!」  学園長は興奮して俺の胸倉をつかんだ。  いいぞ。  学園長の顔じゃない。  男の顔になった。  これで本音の話ができる。 「運営だあ? 経営の間違いじゃねぇの?」  もっと煽る。 「貴様……!」  ギリギリと締め上げるように力がこめられる。 「てめぇの娘が犠牲になってる分には、誰も文句言わないとでも思ったか?」 「あいにくだったな、俺は南先輩のためなら停学くらい屁でもないんだよ」 「事なかれ主義のオッサンの犠牲になんかこれ以上させるかよ。ナメんな!」 「沢渡いいいぃぃっ!」  学園長の拳が俺の頬にめり込んだ。 「――ぐっ」  思ったより力強い。  あっと言う間に口の中に血の味が広がった。  痛い。でも俺は何故かおかしくなってくる。 「へー、意外だ」 「あんた人殴れるんだ」  俺は折れた奥歯を吐き出した。  床が俺の血で赤く染まる。 「タク!」 「拓郎!」  周囲の皆が俺と学園長との間に割って入ろうとする。 「誰も近づくな!」  一喝した。 「俺は今このオッサンと話してるんだよ、邪魔しないでくれ」 「どうした? 殴り返してこないのか?」 「ケンカなんてしょっちゅうなんだろう? ん?」 「は、その手は食わねぇよ」 「それをネタに退学にするつもりなんだろ?」 「ふん、そこまで私も姑息ではない」 「私に言いたいことがあるんだろう? なら私をねじ伏せてでも語ってみろ」 「社会には思い通りにならないことが、いかにたくさんあるか」 「私が直々に教えてやる!」  学園長はネクタイを緩めて身構えた。  本気らしい。 「手加減なんてできねぇぞ」 「いらん」 「上等だ! 話の続きだ!」 「ぐっ……!」  今度は俺の拳が学園長の腹を打つ。 「ち、ちょっと待て! 沢渡くんっ!」 「あいつ、学園長殴りやがった……?」  全員が驚く中、俺と学園長の《・》話は続く。 「先輩はなあっ!」 「本当は水泳続けたかったんだよ! でもあんたが困ってるからって、自分の気持ちを押し殺したんだよ!」 「先輩はイジメなんかに負ける人じゃないっ! あんたのためなんだよ!」 「それを何だこの野郎、次は放送部辞めろだあ?!」 「ちったあ、娘の気持ち考えろ、このクソ親父がっ!」 「ち!」  俺の腕を学園長が掴んだ。 「……効いたぞ、沢渡」 「言いたいことは、言えたか?」 「まだ10分の1も言ってねーよ……」 「次は私の番だ!」 「がふっ……?!」  学園長の拳がアッパー気味に俺のアゴを捉えた。 「水泳部を辞めさせたのは、私の都合だけではないっ!」 「がふっ?!」 「酷いイジメを受けていると聞いていたが、あの子は一切それを認めなかった! 水泳部の連中をかばっていた!」 「私も立場上、公私混同はできなかった! 証拠がない以上、部員を注意できなかった!」 「だが、一人の親として娘がこれ以上辛い目に合っているのを黙って見てはいられなかった!」 「だから、やめさせたんだ!」 「……何だと、てめぇ……」  口元の血を拭いながら、目の前の男を睨む。 「南先輩の、ために、やったって、言うのか……?」  息を荒げながら訊く。 「そうだ」 「……」 「……ふん、そうだとしてもやっぱあんたはダメだぜ」 「――何だと?」 「先輩と話もせずに勝手に押し付けたことには変わりねぇ。やっぱり勝手なんだよ、あんたは」 「私のせいで、あの子から母親を遠ざけてしまった……」 「たとえあの子に憎まれようと、たった一人の親であるこの私があの子を守らねばならん!」 「貴様のような青二才にそんな男親の気持ちがわかるかっ!」 「わかってたまるか! この身勝手野郎!」 「このガキっっ!」 「黙れ、オッサンっっ!」  俺と学園長の話し合いは果てしなく続く。  お互い床に倒れ、馬乗りになったりなられたり。  もうどっちがどんだけ、拳を入れたのかわからない。 「ま、マズイよ! 神戸止めてよ!」 「お、おう! おい、どっちもいいかげんに――」 「タクロー! お父さん!」 「……南」 「……あ」  俺と学園長は同時に拳を止めた。  ほんの一週間会わなかっただけ。  たったそれだけなのに、俺の視界はもう滲み出した。 「何をしてるの……」 「どうして、二人が殴り合ってるの?」 「意味がわからない」  嘆息する。  呆れ顔になる。  そんな様子さえ、懐かしく感じた。 「南先輩……!」  立ち上がった俺はふらつく足で先輩の方へと近づく。 「タクロー、危ない」  コケけそうになった俺を、先輩が支えてくれた。 「南先輩……!」  俺はそんな先輩を引き寄せて、強く抱いた。  包み込むように優しく。 「あ……」  俺の腕の中で先輩は戸惑う。  俺はそのまま先輩に気持ちを伝える。 「――戻ってきてください」 「お願いします。一生のお願いです」 「俺達と、放送部、やってください……!」  嗚咽まじりの声を搾り出す。  懇願した。  必死だった。 「で、でも……」 「アンテナ、要らないです」 「――え?」 「停学になっても、いいです」 「先輩が望むなら、もう二度とケンカもしません」 「タクロー……」 「俺、先輩にたくさんたくさん優しくしてもらったのに……」 「何ひとつ返せてない……」 「こんなんじゃ彼氏失格だ」 「そ、そんなこと」 「先輩が許しても、俺が、俺自身が許せないんです」 「……」 「先輩、部室を出る日、言いましたね」 「もう俺は先輩と二人だけで部活をやってた頃の俺じゃないって」 「一人じゃないって」 「ん……」  俺の腕の中で先輩が頷く。 「だけど、それは先輩だってそうじゃないですか?!」 「貴方だって、もうあの頃の貴方じゃない」 「ここにいる全員が――貴方の後輩で」 「仲間なんじゃないんですか?!」 「……」 「貴方だって、一人じゃないんだ」 「勝手に自分は一人だなんて、決めつけていなくならないでください……」 「どうか、いなく、ならないで……」  すがるように、抱いた。  ずっと憧れていた人に。 「私からもお願いします!」 「あたしも、先輩の仲間って認めて欲しいですっ!」 「わ、私もだ!」 「もちろん私もな!」 「俺もっすよ! 南先輩!」  全員が先輩を取り囲む。  まるで『もう逃がさない』というように。 「皆……」 「み、皆……!」  先輩の頬を涙がつたう。 「アンテナ、直らないよ?」 「いいです!」 「どうせ、私もうすぐ卒業するよ?」 「卒業する時は、皆で送り出したいです!」 「学園祭で青春できなくなるよ……?」 「それも私達らしい青春ですよ!」 「……いいの?」 「……私、本当にここに居てもいいの?」 「居てくださいっ!」  先輩を抱きしめながら、俺は泣いて言った。  まるで駄々っ子のように。  母親にすがる小さな子供のように。  ただ、行かないでくれと。 「……学園長」 「……ごめんなさい」  先輩は学園長に頭を下げた。 「私は、放送部の活動を継続します」 「退部は撤回します」  凛とした声が、部屋に響いた。 「あ……」  息を飲む。  取り返した。  そう思った。 「……」 「……そうか」 「ならば、沢渡と春日の両名は一週間の停学」 「水泳部は一ヶ月の大会出場停止、放送部も一ヶ月の活動停止だ」 「アンテナの修理代も今年度は学園からは出さん。来年度あらためて予算を生徒会に申請しろ」 「……沢渡と春日、そして放送部と水泳部、双方に傷がつく」 「それでも、いいんだな?」  その声は今までの威圧的なモノではなかった。  放送部と水泳部。  どちらも先輩にとって大切だった場所。  この人はこの人なりにそれを守ろうとしたのかもしれない。 「その処分が本来の形だと思います……」 「私も、この子達も受け入れます……」 「……お前が納得しているなら、いい」  どこか安堵したような声色だった。 「私は帰る」 「――お父さん」 「……何だ?」 「いっしょに保健室へ」 「いらん」 「沢渡といっしょにお前の手当てなんか受けたくは無い」 「もう……」 「俺は後で行くから、お父さんが先輩と行ってくればいい」 「そんで、色々話してくれば、お父さん」 「誰がお前の父親だっ!」  今まで一番強く怒鳴られた。 「お前には絶対、娘はやらん!」 「ここは『お前に任せたって』いう流れじゃ」 「停学するようなヤツに南を任せられるかっ!」  自分で停学にしておいてひどいオッサンだ。 「だよなー」 「タク、諦めれ」  計と流々に肩を叩かれた。  ひどい仲間達だ。 「ふふ」 「お父さん、それじゃあ、行こう」 「ああ……」  先輩に腕を取られて、学園長は照れたように顔をそむけた。  父親とは色々複雑なんだな。 「皆」 「また後で……」  見慣れた優しい笑顔を残して、先輩は部屋を出た。 「……やった」  突然、力の抜けた俺はその場にへたりこんだ。 「に、兄さんっ!」 「大丈夫か? 沢渡くん!」 「ははは……」  笑う。 「やったよな? 俺達やったんだよな?」  笑うと腫れた頬がすごく痛い。  でも、自然に笑みがこぼれてしまう。 「おいおい、何笑ってんだよ」 「停学になって喜んでる人、発見」 「アホだな」 「お前達だって、一ヶ月活動停止なのに笑ってるじゃん」 「くすくす、それもそうだな! 私達は皆変だ」 「ですね、ふふ」 『あははは!』  全員で声を出して笑った。  色々と失ってはしまったけれど、それでも俺達の心は晴々としていた。  間違えなかったから。  一番大切なモノを、見失なわなかったから。  仲間を取り戻したから―― 「うおおおおっ?! あたしのキャラもう瀕死ですよ!」 「真鍋、下がれ下がれ!」 「計、俺にまかせろ!」 「俺がひと思いにお前も狩ってやるっ!」 「コークスクリューブロー!」 「がふっ?!」  計の鋭いパンチが俺のテンプルに炸裂した。 「ひどっ! ゲーム内のトラブルをリアルに持ち込まないで真鍋さん!」 「仲間を狩ろうとしたヤツに言われたくないですよ、沢渡さんっ!」 「……まったく、キミ達はいつも元気だな……」  手にした雑誌から顔を上げて、三咲がため息を吐く。 「ふふ……」  俺の停学が終わってから2週間後、学園祭の当日。  放送部にはいつもの日常が戻っていた。 「おーい、ジュース買ってきたぞー」  両手に缶ジュースを抱えた流々と七凪が帰ってきた。 「皆さんの席に置いときますから」  七凪がそれぞれの定位置に缶を。 「サンクス!」  計が早速、ブラックコーヒーを手にする。 「――って、それ俺のやん!」  慌てるがもう遅い。 「――んく、んくっ……」  計は一気に缶をあおった。 「ぷはぁ~~……」 「タク、これ苦い!」 「勝手に飲んだのにキレるなよ!」  はた迷惑なヤツである。 「あたしの代わりにあげるから~」  差し出された缶には『濃縮! スーパー甘味1000%バナナオーレ』とあった。 「いらん」  突っ返す。  胸ヤケしそう。 「はぁ~っ、やっぱ学祭中にダラダラしながら飲むウーロン茶はサイコーだぜ」 「そうだな。学祭中にクロスワードを解きながら飲むオレンジも最高だ」 「超ダラケた発言ですね」  七凪はポリポリと計の持ち込んだポテトチップスをかじる。 「いや、でもこれはこれでせーしゅんっぽいぞ、七凪くん」 「くす、ですね」  皆それなりに楽しそうである。  怠惰な青春。  それもまた良しか。 「俺、ジュース買ってくる」  皆が飲んでるのを見たら、余計にノドが乾いた。 「行ってら~」  計が明るく手を振る。  こいつ自分のせいなのまるでわかってねー。  今度ゲームでリベンジしてやる。 「タクロー」  俺の隣の先輩も席を立った。 「私も付き合う……」 「え? でも」  先輩のダージリンはちゃんと机の上にある。 「いいから……」  きゅ、とさりげなく手を握られた。  皆からは死角になっていて見えない。  上級恋人テクニックである。 「り、了解です」  声が震える俺は恋愛初心者だった。 「ん」  先輩は笑って首肯した。 「意外と外は静か……」  学食の自販機でコーヒーを買って、すぐ校庭に出た。 「皆、校舎の中に引っ込んでますからね」  ウチの学園祭は運動部の連中は特に何もしない。  だから、クラスの出し物の方に参加する生徒が多い。  喫茶店やら、お化け屋敷やらの定番ばかりだが。  校舎の中はにぎやかだ。 「散歩しよう」 「はい」  並んで閑散とした校庭を歩く。  今、同時期に同じ学園の生徒達は祭の喧騒の真っ只中にいる。  なのに、俺達はだだっ広い校庭をたった二人で。  不思議な感覚。 「タクロー」 「はい」 「学園祭、出れなかったね」 「ですねぇ」 「哀しい?」 「うーん、哀しくはないです」  それを言ったら、先輩を犠牲にする方がずっと哀しい。 「寂しい?」 「それも違うかな……」  先輩がいるし、寂しいはずはない。 「なら……」 「悔しい?」 「あー、たぶんそれですね」  元々は三咲の青春熱に俺も感化されただけだったけど――  あいつに、もっと文字通りの青春を、過ごさせたかった。  それだけが心残りか。  だけど。 「――悔しくても、いいです」  俺はまだ微かに夏の名残を残す秋空を見上げる。 「どうして?」 「ままならねー、のも青春ですからね!」  苦笑しながら、言った。 「ふふ」  セミの声はいつの間にこんなに弱々しくなったのだろう。  季節は変わっていく。  夏の熱気は、そろそろ終わり。  ――のはずであるが。 「ここ、暑いっすね!」  直射日光はまだまだ厳しい。  制服の下は汗だらけだった。  やっぱりまだ夏なのか。 「もう、戻りましょうか?」 「んー……」  先輩は可愛らしく例の仕草をして、 「なら、涼みに行きましょう」 「え?」  先輩に手を引かれてプールに連れてこられた。  まだ水泳部が使っているから、水はたまっていた。  手を入れてみる。 「おー、ひゃっこい。気持ちいいー」  水温は意外に低い。  やはりもう夏じゃない。 「そう?」  先輩も隣で同じことをする。 「んー……」  手をつけたまま考える。 「そんなに冷たくない」 「泳げそう」 「――泳ぎたい」  俺の顔を見る。  いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。 「タクロー」 「はい」 「泳ごう」  真剣な目で冗談を言う。  それが南ちゃんクオリティーである。 「水着があれば、俺もそうしたい――」 「――ってドボンって、南先輩何してるんすか?!」 「泳いでる」 「そりゃ見ればわかりますけど!」  冗談じゃなかったのか。  まだまだ俺にはこの人は計りきれない。 「ふふ」  気持ち良さそうにすいすい泳ぐ。 「アホですか、南ちゃんは」  笑う。 「泳ぐ阿呆に見る阿呆」 「同じ阿呆なら、泳がないと」  理由になってねー。 「タクローも、ほら」 「ほらと言われても」 「貴方は1年前の貴方とはもう違う」 「あの窓から私を見ていた、貴方とは違う」 「あの頃、ずっといっしょに泳ぎたかった」 「もう見てないで」 「いっしょに」  手を差し伸べる。  ああ、もう。 「まったく……」 「先輩はズルイ」 「そんなこと言われたら、泳ぐ以外ないじゃないですか」  腹をくくって、スニーカーを脱いだ。 「タクロー、素敵」 「はいはい」  俺は頭からプールに飛び込んだ。 「あはははは!」 「タクロー、本当に飛び込んでる」  先輩はめっちゃ笑っていた。 「何じゃ、そりゃーっ!」  ショック。 「南ちゃんのイジメっ子!」 「きゃっ!」 「もう、お返し!」 「ちょっ?! 今、鼻に?!」 「ふふっ」  水しぶきを飛ばしまくって、先輩とはしゃいだ。  今、思えばプールでこんなに楽しそうな先輩は初めて見た。  ――ずっと、ずっとこんな貴方が見たかったんだ。  1年前からずっと。 「先輩!」  水をかけながら、叫ぶ。 「何?」  先輩も水をかけながら、応えてくれた。 「もう見てるだけじゃありませんから!」 「知ってる!」 「好きです!」 「それも知ってる!」 「1年前から!」 「それも知って――え?」  ついでのように1年前に諦めた告白を今かました。 「タクロー……」 「馬鹿」 「めっ」  水面に浮かびながら、優しく叱る先輩。  ずっと遠くから眺めるだけだった先輩。  孤高だった君。  そんな人と今は並んで泳いでる。  眺め憧れるだけの存在から、共に進む存在に。  1年前とは、もう違う距離。 「タクロー、競争しよう」  そのことが、ただ誇らしくて。 「望むところですよ!」  俺はすぐ隣にいる貴方に笑んで見せた―― 「ここは、あえて計を選択する……!」  俺はビシッと幼馴染を指差す。 「あえてとはどういう意味ですか、沢渡さん」  計は憮然とする。 「な、何っ?!」 「いや、ダメだろ。お前達二人なんてありえねーだろ」 「沢渡さんと真鍋さんですからね」 「おい、沢渡くん、生徒会でコントを披露しても仕方ないぞ」 「ん」  他の部員達も俺達コンビが政治的駆け引きに参加することに異を唱えた。 「めちゃくちゃ逆風っす!」 「あたしの評価、ここまで低かったの?!」 「マイ、ガッ!」  床に膝を折って、orz。  そういうところがダメなんだが。 「いや確かに、俺も計といるとつい遊んじゃうけどさ」 「兄さん、わかってるなら日頃からもう少し真面目に……」  妹が大きなため息を吐く。 「何故、真鍋くんなんだ?」 「タク、考え直せよ」 「お前ら二人だと、アホ度が10倍くらいになるからなー」  クラスメイト全員がジト目だった。  信頼ゼロである。 「く……、タクがアホなせいで、言われっぱなしだよっ! あたしイロモノ扱いですよ!」  床を叩いて嘆く計。  まだその体勢だったのか。 「いや、アホなのはお前もだろう?」 「そんなコトないもん! あたしはタクに付き合ってアホを演じてるだけやけんなっ!」  ドコの方言なんだよ。  絶対、好きでやってる。 「タクロー、もし予算が取れないと、アンテナの修理が難しくなる」 「真面目な話をしないといけないし、生徒会長のコは弁が立つ」 「そのへんは、大丈夫……?」  南先輩がおずおずと尋ねてくる。 「そうなんですよ! 相手は普通に議論しても、なかなか勝てる相手じゃありません」 「なので、まず計に相手をかく乱させてもらう」 「どうやってかく乱するのですか?」 「うーん、たとえばいきなり踊るとか」 「あたしどんなキャラですかっ?!」  そんなキャラだ。 「そんで、相手の思考力が低下した隙をついて、俺が予算を通させるって作戦で」  まともに戦っても勝てないなら、トリッキーに攻めるべきだろ。 「う、う~~ん……」 「やってみる価値はあるような……」 「まるで、ないような……」  クラスメイト達は悩みだした。 「いや、あたし普通にお話するよ! 踊らないからね! 絶対踊らないからね!」  言いつつ、すでに手足が奇妙な動作を。  芸人の性なのか。 「……わかりました」 「時間がもったいないですし、ここは真鍋先輩のキャラクターに賭けてみましょう」 「真鍋さん、頑張ってかく乱してきて」 「先輩、そんな期待の仕方はやめて!」  涙目だった。 「よし、計行こう」  相方の手を引く。 「うう……。行くけど、納得できないよ、沢渡さん……」  計はしょんぼりと肩を落として歩き始めた。 「こんちはー」 「こ、こんにちはー」 「ちょっと、お話したいことがあるんですけどー」  計と二人で生徒会室の前に来た。  ノックをしてから、扉の向こうに声を投げる。 『はーい、ちょっと待ってね~』  知った声が返ってきた。 「おお、誰かと思ったら、沢渡くんと真鍋さん」 「わーい、みゆみゆだー♪」 「まなまな、やっぽー♪」  意味なくハイタッチしていた。 「で、今日は何か相談? 旦那さん連れて」 「うん、ウチの宿六、稼ぎが全然少なくて……」  計の表情が急に生活苦に苛まれる女将さんのようになる。  誰が誰の宿六か。 「旦那さん、もっとしっかりしないと」  笑いながら叱られた。  しょうがないな。 「けっ、江戸っ子は宵越しの銭は持たねーんだよ! さあ、お計、金出しな!」  とりあえずのっかる。 「ああ! お前さん、それは熊吉(息子らしい)の給食費だよぉっ!」  カミさん役の計が俺にすがる。 「そんなもん今時払ってる親なんかいねーぜっ! じゃあな、これは借りてくぜ!」  架空の給食費を奪う旦那の俺。 「沢渡くん、モンスターな親だね! 社会風刺も入ってる! 深いよ!」  祥子さんは俺達の小芝居に夢中だった。 「……あなた達は、何をしてるんですの?」  背後から声。  振り向く。  例の女会長だった。 「うう……熊吉、ダメな母ちゃんを許しておくれ……よよよ……」  でも計はまだ小芝居絶好調である。 「ま、まなまな!」 「計、後ろ後ろ!」  お約束の台詞を言う羽目に。 「――え?」  計も後ろを振り返る。 「――?!」  驚きのあまり、完全に沈黙する。 「御幸さん、これは何の騒ぎですの……?」  会長は計の肩越しに、祥子さんを見る。 「え、えっと、放送部のお二人が相談があるそうで……」 「給食費なら、自分で払いなさい」 「いやいやいや! それはただのネタなんで!」  高速で顔の前に立てた右手を振る。 「す、すみませんけど、是非あたし達の話を聞いてほしいです!」  我に返った計がわたわたと、慌てる。 「……まあ、いいでしょう」  会長は海より深いため息をつく。  話す前から、すでに暗雲が立ち込めていた。 「――と、そんなわけでして……」 「是非是非、我が放送部にも部費を!」  会長と祥子さんに、放送部の現状と要望を伝える。 「――部費ねぇ……」  会長は思いっきり渋面だった。 「か、会長、やる気になったのはいいことですよね!」 「生徒会としても、そういう部は応援する方向で――」  普段は大人しい祥子さんが頑張って援護射撃してくれる。  ありがたい。 「祥子さん、素敵!」 「眼鏡っ子、復権!」  そんな祥子さんに俺達はおしみのない声援を送った。 「え? いや、そんな~」  シャイな祥子さんは真っ赤になって照れた。 「結婚して! 抱いて!」 「えー?!」  だんだんセクハラ気味に。 「こらーっ! みゆみゆはあたしんだーっ!」 「きーっ! あんたなんかに渡すもんですかーっ!」  愛憎劇が始まった。 「あーっ! おやめなさい! あなた達はっ!」 「あ痛っ?!」  会長がスナップを効かせて投げたチョークが俺の額に直撃する。 「あなた達はアホですか?! 小芝居なら外でやりなさいっっ!」 『しいましぇん……』  そろって反省した。 「――それで、ミニFMをやるとのことですが、私はその方面に詳しくありません」 「本当にやる価値があるのか、確認するためにもどんなモノか説明してください」 「わっかりました!」 「おお~、大丈夫ですか、沢渡さん」 「おうとも!」  胸を叩く。  何だ聞く耳は持ってるじゃないですか。  ここはミニFMの素晴らしさを俺の華麗なトークで―― 「もちろん、技術的なことから、何もかも全部ですわよ」  へ?  ぴたりと俺の勢いが止まる。 「ぎ、技術的なこともっすか?」 「それがわからないと申請された予算が妥当か判断できないでしょう?」 「うう、おっしゃる通りです……」  計も焦りだす。  ぶっちゃけこの間までルーチンワークをこなしていただけの俺達には技術的なスキルはない。 「今、俺達にあるのは情熱だけなんだ……!」  拳をにぎりしめて、憤る。 「いい感じに言っても、ようは素人ってことだよね……」  その通りである。  計と顔を見合わせる。  俺達ピンチ。 「何ですの? やりたいと言いつつ、実は何も調べて――」 「しばし、お待ちを!」 「ウチの機関長を連れて来ますゆえ!」  計と同時に立ち上がって、速攻駆け出す。 「機関長って……」 「……船でも運航してるのかしら……」 「田中様っ!」 「田中様はいずこ?!」  飛び込むように部室へ。 「兄さん」 「おー、タクボン、計、予算取れたか?」  流々は七凪といっしょにトランスミッターのマニュアルを読んでいた。 「田中、お前の出番だっ!」  左腕をがっしとつかむ。 「へ?」 「あたし達といっしょに世界を救うんだ!」  計は右腕を。 「は? お、おめーら、何言って……」  流々は俺達に両腕をつかまれ、目を点にしていた。  今、つかまった宇宙人のようなポーズである。 「真鍋くん、連行だっ!」 「了解であります!」  計と二人がかりで、流々を引きずって行く。 「ちょ?! まっ! 何か、知らねーけど、拉致られる~~っ!」 「嫌じゃああああああっ! 改造されるうううっ!」  しねぇよ。 「やめろおおおおおおっ! ぶっとばすぞおおっ!」  流々の叫び声が夏空に響く。 「――あなたが、機関長なの?」 「誰が、何のだよっ!」  当然の問いではあった。 「た、田中さんだったんだ……」 「とにかく落ち着け、技術部長」 「ちげーよ! 副部長だろっ?! だから、いちいち変えんなよッ!」 「流々、実はかくかくしかじかで」  計が超簡略して説明する。 「え? かくかくしかじかなのかよ? それを早く言えよ~」 「はぁ……。かくかくしかじかじゃあしょうがねぇなぁ……」  あっと言う間に伝わった。  便利だ。 「んじゃあ、説明してやんよー」 「技術的なことから、魅力まで全部なっ!」  流々が黒板の前に立ち、目を光らせる。 「おお~!」 「あら、なかなか頼もしい部員が入ったのね……」  ツカミは上々のようである。 「田中さん素敵! 結婚して!」 「抱いて! そして認知して!」  俺達もせめて心のこもった声援を送る。 「てめーら、うるさい」  でも、にらまれた。  流々のプレゼンはめちゃくちゃ熱の入ったモノで1時間にも及んだ。  だが、あっと言う間の1時間。それくらい興味を引かれ面白かった。  何より自分自身が今までやってきたことなのだから、熱意がすごい。  それに加わる様々なエピソードは経験者ならではのモノ。  プレゼン終了後。 「――あなた達の放送を楽しみにしてますわ」  会長はその場で部費の申請を承認してくれた。  俺達はその結果を、皆に報告した。  絶賛の嵐が吹き荒れた。  そのまま宴会に突入して、馬鹿みたいに皆としゃべりたおした。  しゃべりすぎて声が枯れかけた頃、ジュースを買いに部室を出る。  戻る途中、校庭に出て少し涼む。 「暑い」  ここで缶を開けて、冷えた液体を口に。 「うめー」  痛いくらい枯れたノドに心地よい。 「沢渡くん」 「お、三咲か」  背中への声に振り返る。 「お前もジュース買いに?」 「ん。まあな」  やわらかく笑む。 「それと、ついでにキミと話をしたかった」 「ついでっすか」  苦笑する。 「いいじゃないか。こうして女子がキミと話がしたくて追ってきたんだ」 「ついででも、喜びたまえ」 「はいはい。あざーす」  笑いながら答えた。 「沢渡くん」 「ん?」 「――ありがとう」 「キミのおかげで、今年は有意義な夏が過ごせそうだよ」 「三咲のためだけじゃないさ」 「俺も、今年はせーしゅんしたかったんだ」 「ふふ、そうか」  三咲が微笑した。 「――何か不思議だ」 「ん? 何がだ?」 「俺、本当はこんなに熱心に部活やったりする人間じゃないんだ」 「いや、部活だけじゃない。全部かな」 「……それは、未来視のせいか?」 「ああ」  未来を視ることで、俺は結果を先に知ってしまうことができた。  それはつまり、もうあらゆることの結果が決まっているということ。  それなら努力に何の意味がある?  そんな風に考えていた。  でも。 「馬鹿だなキミは。前にも言ったろ、沢渡くん」  俺の隣でニヤリと笑うこの子を見てると。 「未来は変えられるんだよ」  もしかしたらって、思えてしまう。  ん? 待てよ。  そうなると。 「? どうした沢渡くん、私の顔に何かついてるか?」  こいつと結ばれるっていう未来は、どうなんだろう。  それも変わるのか。  そうすると、俺は―― 「あ、いたいた」 「二人ともなかなか戻って来ないから、心配したぜ」  計と流々が二人そろってやってくる。 「ああ、すまない」 「ちょっと、今、沢渡くんと口では言えないようなことを」  おい。 「秘めごと?!」 「秘めちゃったのかよ~。タクあいかわらずエロ大将だな~」 「計、気をつけないと、今晩のオカズにされちまうぜ?」 「いやっ! タク、あたし達をそんな目で見ないで!」 「視姦禁止!」 「見てねーし、お前らにそんなことしねーよ!」  知り合いにそんなことできるか。  つーか、女の子が視姦言うな。 「なんだと、しろよ!」 「タクボンは失礼なヤツだな……」  しなくてもダメなのかよ。  どうしろと。 「ははは、キミ達の会話は聞いていて、本当にうらやましくなる」 「幼馴染とはいいものだな」 「どこがいいんだよ、こんなんだぞ?」  げっそりとした顔で計と流々を指差す。 「だって、何でも言い合える異性の友達なんて、そうはいないだろう?」 「異性を意識し合う前から、知ってる仲だからこそだ」 「んー、そんなことないと思うけど」 「三咲さんも、結構言ってない?」 「さすがに、男子相手に視姦とかは言えないぞ」 「それは流々だけですから! いやー、いっしょにしないでっ!」  計が流々から距離を取った。 「何でだよ! 計も確実に私と同じ側の女子だろ?」  流々がすぐに詰め寄る。 「いやー! 来ないでー!」 「守ってください、沢渡さん!」  俺の肩をつかんで背後に回る計。  胸がちょっと当たってる。  めちゃ気になるけど、なるべく気にしないことにした。  こいつ、絶対俺を男だと思ってない。 「知らん。暑い。離れろ」  そ知らぬ顔で、部室に向かって歩き出す。 「うわーん、見捨てるな~」  さらにしがみついてくる。  また背中に計の立派なお胸様が。  こいつはっ。 「タク、計をかばうってなら、私の敵ってことか……」  流々が俺の前に立ちはだかった。 「かばってないかばってない」 「どうぞ、ご自由に」  後ろを向いて、計の背中を流々の方に向ける。 「ぬおおおっ?! あたしの無防備な背中が流々にさらけ出されて?!」 「この安産型め!」  流々は背中でなく、計のお尻を撫でていた。 「ひゃあああああっ?!」  計は俺にしがみついたまま悶絶した。 「沢渡さん、今、あたしお尻撫でられてますよ!」 「何故、俺にいちいち報告するんだ?」 「ウチが悪いんちゃう! このおケツがウチの男を狂わせるんや~」  叫びながらぐにぐにと揉んでいた。  お前、一応女だろうが。 「いやあああああっ!」 「沢渡さん、あたしちょっと感じちゃってます!」 「だから、そーいうことを言うなよ!」  マジ困るから。 「ふ、もっと声出してもいいんだぜ?」 「あはーん」 「馬鹿だろ、お前達絶対馬鹿だろ?」  胸を押し付けるのをいい加減やめてくれ。 「本当にキミ達は仲がいいな……」 「う、うらやましいよ……」  と言う割には三咲の声は若干引き気味だった。  今日も誘われて、学校帰りいつものように道草を食った。 「きゃはははっ!」 「わははははっ!」  そして、今日も両隣の計と流々は上機嫌だった。 「何がそんなに楽しいんだ」 「特には」 「うん、特にねーなー」 「じゃあ、何で笑ってるんだ? アホか」  呆れる。 「でも、笑った方が楽しいですよ、沢渡さん」 「そー、そー」 「意味もなく笑えるわけ――」 「あははははは!」 「わはははは!」 「ひゃはははっ?!」  笑っていた。  二人が同時に脇をくすぐってきたからだ。 「ちょっ! まっ、ひゃははははははっ!」  悶えるようにして笑う。 「ひゃはははははっ! ら、らめええっ!」 「おー、らめぇって素で言ってるヤツ初めて見たぜ~」 「あたしも~」 「らめえぇぇぇぇぇっ! きゃはははっ!」 「らめえぇぇぇぇぇっ! あはははっ!」  馬鹿な子供だった。  そして、傍目には俺もその馬鹿の一人なのだ。 「や、やめっ、ひゃはははははっ!」  俺は笑いながら鬱になった。 「――なあ、タク、計」 「ん?」 「おめー達に、折り入って聞きたいことがあるんだ……」  アホな遊びを終えた後、流々がヤケに深刻そうな声を出す。  芝居がかっていた。 「おお~、流々、真剣っぽいよ、沢渡さん!」 「騙されるな、計。どうせまたアホなことだ」 「誰が、いつもアホなこと言ってるんだよっ!」 「あいたっ」  流々のパンチがフック気味に決まる。  あいかわらず乱暴な女だ。 「まったく、今度は真面目な話だってのによ……」 「そうなんだ、マジなんだ……」 「ああ、わたしは今までこんなに真剣になったことはない……」 「シリアスだね!」 「おうとも!」  女の子二人がパン! とハイタッチ。 「計、信じるなよ。お前は素直すぎだっての」 「んなコトねぇって。本当に大事なことなんだよ」  流々は譲らない。 「じゃあ、言ってみろよ」 「うんうん、あたしと沢渡さんが何でも答えてあげるよ!」  おい、俺をまきこむな。 「お前達さ、チューしたことある? チュー」  流々が唇を尖らせて言う。  やはりアホなことだった。  俺はがっくりと頭を垂れる。  が。 「うん」  あっさりと計が衝撃のカミングアウトを。 『な、なんだってー?!』  流々と声を揃えて驚いた。  計は俺が思っていた以上にアダルトな子だった。  今日から、計さんと呼ばせていただこう。 「毎日、お父さんが帰ってきたら、ホッペにしてる~」 『お前には失望した』  流々と二人で計にダメだしをする。  計は思ってた以上にお子ちゃまだった。  計のままでいい。 「え~? 何で何で?」 「計、家族はノーカンだ」 「そうそう」 「だから、タクもナナギーとしてるのはノーカンな」 「してねぇよ! するかよ!」  たまにされそうになるのは黙っとこう。 「わたしの姉貴がしたんだってさ~」 「え? 瑠奈姉ちゃんチューしたの?」 「マジで?」  確か師匠と同じくらいの歳だったよな。  すげーキレイな人だ。  ちょっとショック。 「でさー、わたしに自慢すんだよな~」 「それがウザくてさ~」  なるほど。  こいつ何かと瑠奈姉ちゃんと張り合ってるからな。 「でも、瑠奈姉ちゃんはあたし達よりずっと大人だし、しょうがないよ」 「だよな」  そんな感じで結論が、 「んにゃ、それじゃあ、納得できねーし」  出なかった。 「瑠奈姉ちゃんに出来たんなら、わたしにも出来るはずじゃね?」 「相手いないとできないぞ。なぁ」 「そうそう」  計と二人で顔を見合わせた。 「――そこで、タクに相談がある」  ぽんと肩を叩かれた。  また無意味に芝居がかった声を出していた。 「なあ、二人とも知ってるか? 地球って微妙に楕円なんだぜ」  俺は遠い目をして語った。 「へー」  計は感心した。 「あからさまに、話題変えてんじゃねー!」  しかし、流々はごまかせなかった。  くそ、もう少し計の素直さを見習えよ。 「タクボン、わたしとチューしてみようぜ!」  嬉々としていた。  まるで理科の実験をするくらいのノリで言ってやがる。 「何故、俺……」 「だって、計だとマズくね?」  そりゃマズいが……。いや、俺のがマズいのか?  混乱する。 「えー、そんなことしたら、ダメだよっ!」 「エッチなのはいけないんだよ! 先生にしかられちゃうよ!」  計が俺と流々の間に割って入る。  基本真面目だからな、こいつ。 「大丈夫だって! すぐ済むし」 「いや、悪いが俺には心に決めた人がいるから」  と心の中にブルマ師匠を思い浮かべる。 「は? 何だよ、それ」 「ふ、俺はお前達と違って、もう運命の人に出会ってしまっているのさ」 「俺の身も心も、もうあの人のモノなんだ……」 「ブルマししょおおおおおおおおおおおおっ!」  夕陽に向かって、少年(俺のこと)は叫ぶ。  愛しき人の名を。  淡い恋心を、その胸に抱き――  感動的なシーン。 「ださっ」 「タク、ヘンタイさんだね!」  畜生、師匠が名前教えてくれないからっ!  泣き伏す。 「いいから、タク、わたしとちゅーしよ、ちゅー」 「あ? ま、ちょっ、こらっ!」  泣き伏してる隙をついて、押し倒された。 「いやあああああっ!」  俺の純潔が!  大事にとっておくはずのアレやコレやがっ! 「いやー、タク、逃げてー!」 「減るもんじゃないし、いいじゃねーか」 「それは男の台詞だろーがっ!」  じたばたじたばた。  子猫同士のじゃれあいのよう。 「ちゅ」 「?!」  こいつ、マジで唇にしやがった。  これが俺のファーストですかそうですか。  ちょっと軟らかくて、いい匂いがして、気持ちいいとか思った自分が情けない。  ひどい話である。  それから3日後。  流々は俺達に何も言わず、突然転校した。 『おーい、タク~』 『朝だよ~。起きて~』  ……ん?  まだぼんやりとした頭で周囲を見渡す。 「あふっ……」  ゆっくりと上半身を起こす。 「誰か、呼んだような……」  見渡す。気のせいか。  だよなあ。 「俺には起しに来てくれるような、可愛い幼馴染は――」 『沢渡さん、すみませ~ん』 『五分間でいいんで、貴方のために祈らせてくださ~い!』 「……」  宗教の勧誘をかたるような幼馴染は一人いた。 「間に合ってますので」  断った。  そして、再び寝床へ。 『いやいやいや、すみませ~ん♪』 『間違えちゃいました~。てへぺろ☆』  扉越しでやられてもあんまり可愛くない。 『沢渡さん、ここ開けてくださいよ~。決して怪しい者じゃありませんからっ!』  再チャレンジするらしい。 「マジですか、でも何か怪しいですよ?」  ノッてみる。 『えー、いやだなー、ちっとも怪しくないですよ~』 『この澄んだ瞳を見てくださいよ~』 「そー言って、扉を開けさせる気ですね? その手には乗りませんよ!」 『……ち』  舌打ちかい。 「もし怪しい者じゃないと言うのなら、合言葉がわかるはず」 『もちろん、わかります! 言ってみてください!』 「今から考えるから、ちょっと待って!」 『色々おかしいけど、あえて了解です!』  素直である。 「えーと、山!」 『もちろん、川!』 「星に願いを!」 『あたしにお金を!』 「隣に塀が出来たってね?」 『かっこいいー(囲い)!』 「計、おはよう」  扉を開ける。 「最後のダジャレじゃん!」  ちゃんと答えてから、ツッコむのがこいつのいいところである。 「で、こんな朝から、何の用?」 「もちろん、タクを起しに来たのであります!」 「え? マジ? 幼馴染みたいじゃん!」  驚く。 「あたし、タクの幼馴染だよっ!」  ムキーッと両手を振り上げて怒っていた。  そこへ。 「兄さん、おはようございます。朝から女を連れ込みやがってこの野郎」  目が三角に尖った妹さまがご降臨される。 「連れ込んでないよ! 計が自分から来たの!」 「確かに玄関は開けましたけど、私まったく気付きませんでした……」 「忍び足で来たから♪」  明るく言うなよ。 「――つまり、まとめるとこうですね」 「朝からお盛んな兄さんが、真鍋先輩に」 「妹に見つからないようにデリバリーしてくれよ、うへへ」 「とか言って、夜這いならぬ、朝這いを依頼――」 「ナナギー、それ、ちっともまとまってませんから!」  ほとんど捏造だ。 「計からも何か言ってくれよ!」 「え? えーと……」 「今日からお義姉さんとお呼び?」  計は火に油を見事に注いだ。 「――ご成婚ですか?!」  妹は激しく動揺していた。 「二日者ですが」 「不束者だろ……」  額を押さえて言う。  ツメの甘いヤツである。 「起きたばっかりなのに、もう疲れた……」  俺はもう一度、寝床に入ろうかと思い始める。  この過酷な現実を夢にしたい。 「まったく、兄さんのせいで朝の爽やかさが台無しです……」  妹はぷりぷり怒っていた。  兄のせいじゃないですよ。 「兄さんだけ、朝食はパンの耳でもかじっていればいいのです」  妹に厳しいことを言われる。 「ナナギー、超愛してる!」  兄は即座に愛の告白をする。 「そ、そんなこと言っても、フォアグラとキャビアくらいしか出しません!」 「用意してきます」  上機嫌の妹はスキップしながら、俺の部屋を出た。 「何とか、パンの耳は回避した……」  朝からフォアグラとキャビアは重い気もするが。 「タク、ナナギーの扱い上手いよね……」  俺の隣で、計は感心していた。  沢渡家のわりといつもの朝の光景だった。 「はい! 諸君!」  体育館で終業式を終えて、教室に戻る。  小豆ちゃんの話が終われば、俺達は晴れて夏休みに突入だ。  今、教室にはクラスメイト達の「早く終われオーラ」が漂っていた。 「皆さん、今、めっちゃ浮かれてると思いますが、どうしても話しておかないといけないことがあります!」 「かなり厳しい話をするけど、私の本音を聞いておけ!」  ヨメでも貰うのかい。 「えー、さくっと終わってくれよ、小豆ちゃん」  修二がクラスメイト皆の声を代弁した。 「うっさい! そーいう態度のヤツが非行に走るんだよ! 黙って私の話を聞け!」 「私はお前のような生徒のために、今から心を鬼にして話すんだよ!」 「聞いておかないと、神戸はこの夏を乗り切れないぞっ!」  小豆ちゃんの真剣なまなざしが修二を捉える。 「わ、わかったよ」  修二も小豆ちゃんの態度に気圧されたのか、姿勢を正した。 「いい? 夏になると、皆、色々期待するよね?!」 「神戸だって、素敵な異性に巡りあえるんじゃないかって、恋人できちゃうんじゃないかって、期待するよね?!」 「そ、そりゃまあ……」 「はっきり言おう!」 「それは幻想だっ!」 「幻想?!」  小豆ちゃんはいきなり若人の夢と希望を打ち砕いた。 「季節が変わったくらいでモテたら、誰も苦労しねーよ!」  小豆ちゃんはやさぐれつつ言い放つ。  ひでぇ。 「そんなわけで、神戸も過度な期待はせず、淡々と夏休みを過ごせよな!」 「ホッといてくれっ!」  修ちゃんは机につっぷして泣いていた。  後で慰めないと。 「では、皆、良い休暇を!」  小豆ちゃんは眩しい笑顔を振りまくと、教室を出る。 「俺の夏を返して、小豆ちゃん!」  修ちゃんの嘆きが、教室に悲しい色を伴って響いた。 「俺、大人しく受験勉強でもしてよう……」 「俺も……」  そして、残された生徒達の大半は、大きなため息を吐くのだった。  昼食の後、田中副部長の呼びかけで放送部の面々は屋上に集まる。 「アンテナは業者の人が直してくれるけどよー」 「やっぱなるべく安く済ませて、他に予算回したくね?」 「それはそうだな」 「同じ予算でも、効果的に使いたいですよね」  流々の意見に全員賛同する。 「だから見積もりは複数の業者さんで取ろうぜ。そのためにも壊れたトコはこっちから事前にだいたい伝える」 「その方が正確な見積もりが出てくるだろうしな」 「流々、ちゃんと考えてるじゃん」  ちょっと感心した。 「副部長だからな!」  ウインクしてきた。  ちょっと可愛いかもと思ってしまう。 「素敵です、副部長!」 「お肩をお揉みします!」  手をわきわきとしながら計が流々の背後に。 「そう言って、計はまた脇くすぐるんだろう? しなくていい!」 「ならば、お胸を」  遠慮なしに流々の胸を揉んでいた。 「こらああああああっ!」 「あー、それなりですねー」 「計に言われるとムカつくー!」 「流々姉さん、気持ちはとてもとてもわかります……」  七凪が流々のためにはらはらと涙を流す。  切ない光景だ。 「え、えっと」 「そろそろ、アンテナのチェックを」  先輩が脱線しつつある俺達を引き戻す。 「了解です。危険な作業は俺と修二、流々は指示出しでいこう」 「ういー」 「ういー」  さて、我が放送部、ついに本格的に始動だ。  はりきっていくぜっ! 「…………暑い」  10分で萎えた。  汗が出すぎて気持ち悪いわ、ノドは乾くは最悪である。  炎天下の作業はまるで地獄の責め苦だ。 「楽しいな、沢渡くん」  一方、三咲は涼しい顔で仕事をしていた。  青春娘の体力は無尽蔵なのか。 「そう? すげー暑くてだるいんだけど……」  うんざりした顔を三咲に向けた。 「さすが若年寄りの沢渡くんだ」 「見事なまでに覇気がない」 「ほっといてくれ」 「汗で透けた真鍋くんのブラの線でも見て、元気を出したまえ」  つい三咲の指差す方を見た。 「ぎにゃーっ! す、透けてる?!」  計の背中がぴん! と伸びる。 「ふむ、その太めの線は……スポーツブラっぽい?」  あごに手をあてて観察する。 「吟味はしないでくれますか、沢渡さん」  さすがに恥ずかしいのか、計が俺から距離をとった。 「なかなかスポーティなスポーツブラ」 「スポーティじゃないスポーツブラなんてあるの?」 「うむ、いいところに気がついたな沢渡くん、私の経験によると――」 「男子を交えてスポーツブラ談義ですか、皆さん女性として大切な何かを失ってませんか?」  唯一の一年生が、先輩女子達を見る。  若干冷ややかな目で。 「……」 「……」  先輩女子達は結構落ち込んだようだ。 「それにしても真鍋先輩のサイズでも、スポーツブラなんてあるんですね」 「いや、これサラシだし」 「マジかよ、姐さんかよ」 「サラシちゃうわっ!」  計は激しく憤慨していた。  大きめの胸が上下に揺れる。  ちょっと眼福。 「それにしても、スポーツブラなんて……」 「ふ」 「な、何で、ナナギーが上から目線で鼻で笑うのっ?!」 「真鍋先輩の趣味が子供っぽいので、つい」  と腰に手をあてて、ない胸を張る。  色々ツッコミたかったが我慢した。妹のために。 「だって、動きやすいんだもん! でも七凪には言われたくないよ!」 「ナナギーはまだしてないからな……」 「……七凪くん、どんまいだ……」 「七凪ちゃん、まだ希望は残されているから……」  皆がナナギーに同情した。 「皆さん、そんな気の毒そうな目で私を見ないでください!」 「ていうか、ブラくらいしてますよ! 見ますか?」  取り乱した妹が制服のリボンに手をかける。 「脱ぐんじゃない!」  慌てて止める。 「うう、兄さーん」 「巨乳どもが私を迫害します」  妹は俺にすがりめそめそと泣く。  先輩女子全員を「巨乳」でひとくくりにしていた。 「はいはい、いい子だから泣かない」  それにしてもひどい会話だ。  放送部全然関係ない。 「おい、そろそろ作業に戻ろうぜ」 「暗くなったら、チェックできなくなるぞ」 『ういー』  おっぱい談義は置いておき、作業を再開する。  夕方になって、ようやくちょっと涼しくなる。  だが、作業はまだてんこ盛りに残っていた。 「あれ? ここんトコのチェックしたのは誰だよ?」  田中技術部長がアンテナの図面を見ながら、周囲に声を投げる。 「ん? あ、俺だけど」 「あたしも手伝った~」  計と二人で図面をのぞきながら、答えた。 「字がキタネー。やり直し」 『えー』  同時に不満の声をあげた。 「6か0かわかんねーし、1か7かも読みづらい」 「寸法は大事なんだよ。ちゃんとやれよ」 「えー、フツーに読めるじゃん」 「うんうん、流々が読めないのがおかしいんだよ」 『ねー』 「おめーらは、こんな時ばっかり息ぴったりで……」  流々のこめかみあたりに怒りの漫符が浮き上がる。 「じゃあ、ここの38センチっつーのは――」 「いや、それ33センチだって」 「何?! この字3なのかよ?!」 「違う違う、これは88センチですよ、沢渡さん」 「はあ?!」 「え? そうだっけ?」  自分でもよくわからなくなってきた。  計としばらく話し合う。  その結果。 「すまん、もっかい計りなおしてくる!」 「ごめんごめん!」  計と二人で後ろ頭をかきながら苦笑い。 「このアホどもがああああああっ!」  副部長が激怒した。 「ひいいいっ!?」 「魔神様のお怒りだああああっ!」  計と二人で流々から逃げ出す。 「待て、この野郎――っ!」 「放送ナメンな――っ!」  魔神様は追ってくる。  屋上を駆け回る三人。 「おい、七凪くん、キミの兄さんと幼馴染達がまた妙なことを」 「いいです。三咲先輩、スルー推奨です」  三咲と七凪は俺達を一瞥するとすぐ作業に戻った。  またかよ、という感じである。 「タク、流々の顔、マジ怖いっ!」  一方、俺達はまだ走り続ける。 「捕まったら、食べられそうだよっ!」  計は本気で怯えていた。 「目が血走ってるよなっ!」  かくいう俺も結構マジで走っていた。 「てめぇら、何、手繋いで逃げてんだ、ごらあああああっ!」 「せーしゅんか? 明るい男女交際か? イチャついてんじゃねぇぞ、あ゛あ゛っ?!」  副部長のガラは超悪かった。  怒りのポイントがズレてるぞ。 「七凪くん、何だか痴話ゲンカのようだぞ?」 「いいですから、気にしたら負けですから」  三咲達はまた作業に戻る。  ほとんど空気のように扱われる。 「ほらほら~! おっぱいがデカイ分、計は遅いぞ~♪ 追いつくぞ~♪」  見ると今にも流々の手が、計の肩に触れようとしていた。  このままでは俺達が捕まるのは時間の問題である。 「タ、タク!」 「な、何?」 「あ、あたしを置いて逃げて!」 「――な?!」 「あたしはもうダメ! タクだけでも逃げて……!」  涙声で訴えかける。 「だ、だけど、お前を置いていくなんて……!」  ついノッてしまう小芝居好きな俺。 「あたしのことはいいから、早く……!」 「早く、コックピットへ……!」  妙な設定が追加された。  パイロットかよ。 「うらーっ! 計ゲットおおおおおおっ!」  アホなことをしている内に、流々が計に後ろから抱きつく。 「にゃあああああああああああああああっ!」 「この《ちち》乳《うえ》上の秘密をしゃべれ~」  計の胸を弄び、嬉しそうにセクハラしていた。 「ま、毎日の牛乳です!」  本当にしゃべるなよ。 「マジですか?!」 「本当に効果があるんだな……」  女子二人がそこはスルーしなかった。 「お前ら、本当におっぱい好きだな……」  呆れ気味に言う。 『好きなのは、お前達だっ!』  女の子達がキレ気味に叫んだ。  お説ごもっとも。  アホなことやりつつ、チンタラ作業は進む。  でも、さすがに疲れた。 「タクロー」 「休憩しましょう……」 「了解です」  女神の慈悲を遠慮なく受けることにする。 「おおーい! 皆、休憩だ――っ!」  アンテナ周辺でへばっている仲間に手を振る。 「助かったぜ……」 「ノドが乾きました……」 「どこか、涼しいところに移動しよう……」  皆で学食へ移動する。  もう夏休みとあって、さすがにガラ空きだ。  放送部で窓際のテーブルをひとつ占拠した。 「んくっ、んくっ、んくっ……」 「ぷは~~~~~~っ! 美味いっ!」 「ふぅー、夏は炭酸に限るよなっ!」 「ですねー」 「炭酸に乾杯!」 「ぷろーじっと!」  並んで座った俺と計はカン! と互いの缶をぶつけた。 「あー、私のアイスティー、イマイチだ……」 「タクボン、交換してくれよ」  正面の席の流々がにゅっと身体をつきだしてくる。 「イマイチと聞いたら、それはできんな」  きっぱりと拒否。 「えー? 何だよ、冷たいなー」 「私と間接キスできるいい機会じゃねーか」  にまにまと笑う。  こやつはいったい何を言っているのか。 「娘、よく聞け。拙者、そのような機会は金輪際いらぬわ!」  武士のように断った。 「ケチケチケーチ! それからシスコーン!」  子供のような悪口を言われる。 「ケチでもシスコンでもないっ!」 「何ですって兄さんこの野郎」  妹が怒ってしまった。 「何だよ、タク、私とキスした仲なのによ~」 『ごふっ?!』  三咲と修二が同時に咳き込んだ。 「タクロー、それは……」 「兄さん、いつの間に流々姉さんとそんな仲になっちゃったんですかこの野郎」  ナナギーの尖った目線が怖い。 「なってないなってない! なるはずがない!」 「この沢渡拓郎、そんな軽はずみなことは天地神明に誓ってするはずがない!」 「俺は潔白です! 無罪なんです!」  強くテーブルを叩いて主張する。 「私と付き合うのは犯罪行為なのかよ?!」 「だいたいキスしたのはマジじゃねーか!」  幼馴染2号も興奮してテーブルを叩く。 「お前が無理矢理してきたんだろっ?!」 「な、何っ?!」 「田中さん、積極的すぎ……」  三咲と先輩が半分放心状態に。 「んにゃ、あの時タクボンは本気で抵抗すれば逃げれたね!」 「本当は私とキスしたかったんだろ~?」 「――なっ?!」  一瞬だけひるむ。 「マ、マジですか……」 「お前ら、随分進んでたんだな……」  七凪と修二も固まってしまう。 「いやいやいや!」 「皆さん、誤解してますよ、子供の頃のことですから! 10年くらい前の話ですよっ!」  それまで無言だった計が、弁明してくれた。 「そ、そうか……それはそうだよな……」 「びっくりした……」  ようやく空気が弛緩した。 「その頃、私には結局一度もしなかったのに、ふざけんなですよこの野郎」  でも妹さんだけはまだ怒っていた。 「だから、無理矢理されたの! 嫌だったの!」 「そうそう、嫌よ嫌よも好きのうち! だよな~」 「違うわっ!」  お前はオッサンか。 「――っと、油断してるタクから、炭酸ゲット!」 「あ、こら!」  流々が俺から缶を奪取した。 「んくっ、んくっ、んくっ……」  まったく躊躇せず、一気にあおっていた。 「ぷは~~~~~~っ!」  あー、こいつ全部飲みやがった。 「ふぅ……懐かしいタクの味がするぜっ♪」 『ごふっ?!』  今度は全員が咳き込んだ。  あっさりと恥ずかしいことを言うなよ……。  その日、アンテナチェックは全部終わらず明日に持ち越すことになった。 「ナナギー、行くぜ~」 「いやー! 兄さーん!」  七凪は流々に強引に自転車に乗せられて、夕暮れサイクリングに出発した。  なので。 「……むー」  空いている帰りのバスは俺と計の二人きり。 「……むー、むー、むー」  でも、何故か幼馴染はご立腹のようであった。 「あの、真鍋さん?」  ちょっと気を遣いながら隣の計に声をかける。 「――何っ?」  むすっとした顔で答えられる。  こいつがこんな風になるってめずらしい。  いつも能天気すぎるくらい明るいのに。 「何をそんなに怒ってらっしゃるんで?」 「怒ってなんかいないよ、イライラ」  と言って感情を表す擬音を口にする。 「イライラしてるやん!」  肩を軽く叩いてツッコミを入れる。  ちゃんとボケてくれるから、からみやすい子だ。 「怒ってるっつーかー」 「う~~ん……」 「沢渡さんが、よくわかんなくって憤ってる? そんな感じかな」  計はチラっと俺を見る。  ちょっとにらんでるようにも見えた。 「何がわからないのですか、真鍋さん」 「わかりやすくご説明するのは、やぶさかではありませんが」 「えっとね、その、アレですよ、沢渡さん」 「アレって?」 「う……それは口にするのは、ちょっとはばかられると言いますか、恥ずかしいと申しましょうか……」 「察しろよ!」  逆ギレかい。 「わかったよ、もうブラチラ見ないようにするから」  とりあえず、心当たりを謝罪した。 「それじゃないよ! 見えちゃったものはしょうがないし!」 「え? オフィシャル的には見てもいいの?」 「よくないよ!」  どっちなんだ。  女の子は複雑である。 「そっちじゃなくて、アレだよ、その、流々キスの方ですよ、沢渡さん」  真っ赤になって言う。  流々キスって。 「今さら10年前のことを責められても……」  げんなりとする。 「え? いやいやいや! タクを責めてるんじゃなくて」  ぶんぶん首を振る。 「だよなぁ。責められるべきは流々だよなぁ」  俺の大切なアレやコレやを奪いやがって。 「別に流々を責めてもいないけど」 「え? そうなの?」 「真鍋さんは、親友を責めたりはしないのですよ」  えっへんと胸を張る。  大きなバストがまたたゆんと揺れた。  目のやり場に困る。 「でも、俺はたまに責められてる気が……」  計の胸をなるべく見ないようにして、答えた。 「タクは敵と書いて、テキと読むから!」 「まんまじゃねーか」  泣きそうですよ、真鍋さん。 「まあ、そんなわけで、あたしはタクも流々も責めてるわけじゃないのです」 「でも、不機嫌なんだよね?」 「あー、タクと話してたら、もうよくなってきたかも」  何じゃそりゃ。 「たださー」  計は視線をバスの天井に移し、声を落とす。 「タクはあのキス、カウントしてたんだなってわかったら」 「ちょっとモヤっときたのですよ」 「絶対、ノーカンだと思ってたのに」 「ノーカンはダメだろ」  俺も計と同じように天井を見上げる。 「事実は事実だし、そこをちゃんと踏まえないと」 「今の俺さえあやふやになる」  ただでさえ、未来に対して逃げ腰なのに。  過去さえも無視したら、「今」も維持できなくなる。 「そっか~」 「流々、いいなー」 「え?」  驚いて視線を計に戻す。 「お前、俺と……したかったの?!」  キスを、とは恥ずかしくて言えなかった。 「え? いやいやいやいやいや!」  紅潮した顔をぶんぶん振る。 「誤解したらダメですよ、沢渡さん!」 「自意識過剰ですよ! 思春期ボーイですね! 俺様サイコーですか?」  ひどい言われようだ。 「た、ただ、あたしはですね」 「流々はファーストキスの相手として、ずっと沢渡さんの記憶に残るじゃないですか」 「それが、ちょっといいなって思っただけなのです」  あわあわと慌てながら、説明する。  そういうことか。  女の子は思い出に残るとか、そういうの気にするものだしな。 「それなら、大丈夫だ、計」  微笑しながら、計の肩を叩く。 「お前も、タクローメモリアルにはちゃんと残ってるから!」 「マジですか、沢渡さん」  計の瞳がきらきらと輝く。 「お前は俺が初めてブラチラ見た女の子なのですっ!」  勇気を出してカミングアウト。 「そのメモリーを今すぐ消去しろっ!」  ぐーぱんちで叩かれた。 「もっといいかんじのファーストメモリーを寄こせええっ!」  ドタンバタン  俺達は車内でもつれあう。 「は、初めて、パンツ見た!」 「却下だっ!」  ドタンバタンドタン 「初めて、着替えを――」 「それ、最近じゃん! こん畜生――っ!」  ドタンバタンドタンバタン  馬乗りになって叩いてくる。  スカートなのに、平気なのかよ。 『ご乗車の皆様、大変危険ですから車内でちちくり合わないようにお願いしますこの野郎』  バスの運ちゃんにナナギーっぽく叱られた。  反省。  次の日。  夏休みの初日だが、俺達は当然のように活動する。 「おっはよー」 「おはようございます」 「おーっす」  三者三様の挨拶をかわしつつ合流。いざ学園へ。 「おいっす!」  チャリにまたがった流々がやってきた。 「おいっす! 今日も自転車か!」 「おうともよ!」  俺の真横を通り過ぎる瞬間にハイタッチした。  朝からハイテンションな俺達。 「流々、おはよー」 「ひいいいっ!」  普通に挨拶する計の背中に七凪が隠れる。 「はよ~。つーか、何でナナギーは怯えてんだよ?」  流々はいったん自転車から降りて俺達と並ぶ。 「昨日、自転車で私を拉致したのを忘れたんですか?」 「ひっでーなー拉致してねーよ」 「お姉さんとサイクリングを楽しんだだけだろ?」 「自転車で激しく峠を攻めるのはサイクリングとは言いません!」  そんなことしてたのかよ。 「昨日は楽しかったよな~。カッコだけの走り屋達をがんがんカモにして」 「どんな脚力してんだよ……。この健康優良児め」 「何だと?! タクだってガキの頃、私とよく川原でモトクロスしたじゃねーか」 「あー、やったね。何度も川に落ちたよね~」 「そ、そんな危険なことを……」 「タク、あん時、自転車と溺れかけた計の両方引っ張って泳いでたじゃねーか」 「あん時はマジ必死だったぜ」  あれはなかなかデンジャーだった。  さすがに死にかけたし。 「おめーのが体力ありまくりの健康優良児なんだよ! 体力バカ!」  と、再びチャリに乗った体力バカにバカにされた。  ムカつく。 「とう!」 「うおっ?!」  俺は流々の背後に回るとひらりと後部座席に。 「よし、行け!」 「流々、リフトオフ!」  某人型決戦兵器のように起動してくれ。 「リフトねぇよ!」  言いつつも走り出す流々は実はいいヤツだった。 「あー、あたしも乗りたーい」  計が併走してついてくる。 「おー、乗れ乗れ」 「流星号はサイコーだぞ!」 「勝手にダサい名前つけんなよっ!」 「つーか、もう乗るトコねー……」 「わーい♪」 「って、ドコ乗ってんだよ?!」  計はカゴに乗ってはしゃいでいた。 「月にだって行けそう!」 「私達を月に連れてって!」  俺もはしゃぐ。 「行けねーよ! さすがに危ねーよ!」  流星号は蛇行し始める。  さすがに超遅い。  それでも止まらないのは女の意地か。 「……」 「……兄さん達は生粋のアホですね……」 「おはよう」 「おせーぞ、10分遅刻だ」  学園につくと俺達三人以外はもう全員そろっていた。 「会議始まりますよ」  バスに乗った七凪にも知らぬ間に抜かれていたらしい。 「悪い悪い」 「ごめ~ん」 「ったく、タクと計にはまいったぜ」  パタパタと上靴を鳴らして、計と流々は定位置に着席。  司会役がデフォルトの俺はホワイトボードの前に移動する。 「皆」  南先輩が静かに席を立つ。 「夏休みの初日から、ご苦労様……」 「田中さんの活躍で、アンテナ修理の方は、ある程度目処が立った……」 「なので、次は放送内容を決めましょう」 『わかりました!』  南先輩の意見に全員が即座に、同意した。  まさに鶴の一声である。 「タクロー、続きを」  先輩はまた静かに席に座る。 「了解です。じゃあ、やりたいことある人ー」  皆に問いかける。 「はい!」  早速、三咲が手を上げる。 「はい、三咲」 「青春を感じさせることをしたい!」 「なるほど、具体的には?」 「ここにいる全員で楽しめるモノで!」 「ふむふむ、で、具体的には?」 「一生の思い出に残るような!」 「素敵ですね、で、具体的には?!」 「今から考える!」 「是非、そうしてくださいこの野郎!」  こいつは青春がからむとちょっと暴走するな。 「普通に考えると、朗読とかドラマとかじゃね?」 「後はおしゃべりしながら、音楽かけるとか」 「本当に普通ですね。それで大丈夫でしょうか?」 「それでも、今までに比べればずっといい……」 「今までは音楽を流して、たまに連絡事項を流すだけだったから……」 「奇をてらう必要もないのかな」  俺はホワイトボードに、『何かの朗読』、『ラジオドラマ』、『普通にDJ』と書く。 「だけど、今回は電波にのって、外にも放送流れるんだぜ?」 「学園ネタばっかのトークしても、外の人は面白くなくね?」 「あー、そうだね」 「とはいえ、学園の存在をまるで無視したらここでやる意味がないだろう?」 「緑南放送部の放送なんだ」 「だよなー、まあ一番いいのは」 「学園ネタ交えつつ、社会一般の話題を華麗に展開する――」 「そんなトークをタクボンがやるのが――」 %36「さりげなく俺に丸投げかよ?!」 %0「ち、気付いたか」  こいつ油断ならねー。  俺はホワイトボードに『DJは田中ガール』と書く。極小フォントで。 「おめーも、私に丸投げじゃねーか?!」 「ち、バレたか」  仕方なく消す。 「まったく、とんでもねー野郎だぜ……」  お互い様である。 「これと言ったネタがねーなー」 「企画というのはなかなか難しいモノだな……」  全員が悩みだす。  思考が停滞しだした。 「田中さん」  そんな中、南先輩が流々に声を。 「? 何? 部長」 「前にいた学園では、何をしていたの?」 「あ、なるほど」 「そうだ、流々は元々やってたんじゃ~ん」 「参考にしよう! 模倣しよう!」 「パクろう!」 「沢渡くん、キミはぶっちゃけすぎだ……」  三咲が額を押さえていた。 「い、いや、私の前んトコはそんなに大したことはしてねぇって」 「やっぱウチらはウチらで、考えた方が――」  流々は何故か焦りだす。 「またまたご謙遜を」 「能ある鷹は爪を隠す、ですね」  流々の態度が却って部員達の期待をあおる。 「隠してないから! ウチら鷹じゃねーし、トンビだし! いや雀だし!」  ヤケに反対するなぁ。 「参考にするだけだから、そんなに気を遣わなくても」 「ですよねぇ」 「いや、だからさウチのなんてつまんない――」 「流々の居た学園のホームページ、見つけましたよ、皆の衆!」  計が高々とスマホを掲げる。 「おー、見せて見せて」  皆が計の周囲に集結する。 「のおおおおおおおおおおおっ! 見るなあああああっ!」  流々は必死の形相で止めに来る。  が。 「えーと、放送部、放送部……あ、これこれ、ポチっとな♪」  無情にも計のスマホの画面には、放送部の紹介ページがさくっと表示される。 「何、何……週一回の放送は大変ご好評いだだいているのですが……」 「その人気の秘密は副部長、田中流々の軽妙なトークであり……だそうですよ」 『ええーっ?!』  俺達は流々の隠された過去を知ってしまった。 「く……バレちまったか……」  流々が思いっきり渋い顔になる。 「流々、お前……」  そんな流々に俺は静かに話しかける。 「あっちでも、副部長だったんだな……」 「そっちに驚いたんですか?!」  ナナギーはショックを受けていた。 「いやいやいや、そっちじゃありませんから、沢渡さん」 「今は目の前の小娘が実はDJやってたってトコが大事なんですよ! 空気読んでくださいよ!」  幼馴染にダメ出しされる。 「流々、お前……あっちでDJやってたんだな……」 「いや、やり直さなくてもいいぞ、沢渡くん……」  三咲に軽くツッコまれる。 「何だよ、経験者いるじゃねーか」 「これは更に心強い……」 「やっぱ、コレでいいんじゃん」  俺はホワイトボードに『DJは田中ちゃん』と書いた。極太フォントで。 「そうなるのが嫌だったんじゃあああっ!」  しかし、流々が来て速攻で消した。 「えー、やってよ、田中ちゃ~ん」 「田中ちゃ~ん」  計と二人で擦り寄る。 「転校したばっかで学園トークできるか、ボケええええっ!」  流々は脱兎のごとく部室から逃げ出した。 「ああ! あたし達のDJが逃げましたよ、沢渡さん!」 「逃がすかああああっ! 計、俺について来い!」 「はいな、あんさん!」  俺と計も流々を追いかけて、部室を飛び出す。 「追ってくんな――っ!」  追尾してくる俺達を見て、流々はそのまま廊下を疾走する。 「待ってよ、DJ!」 「しゃべってよ、DJ!」  面白がって追いかける俺達。 「うっさい! DJ言うな――っ!」  流々は叫びながら、走り続ける。 「怒らないで、DJ!」 「笑ってよ、DJ!」  俺達も追い続ける。 「いいかげんにしろ――っ!」 「DJ! DJ!」 「DJ! DJ!」  夏休みの校舎を子供のように駆け回る。  なんか楽しい。 「こりゃりゃ――っ!」  最後尾にはいつの間にか小豆ちゃんがいた。 「待て――っ! この三馬鹿――っ!」  その後、俺達3人はこってりしぼられたのである。  三馬鹿トリオがここにめでたく復活した。  してどうする。  夜の帳が落ちかけて、今日の部活は終わる。  俺は七凪と買出しに駅前に来た。 「兄さん、今日の夕食のリクエストは?」 「何でもいいけど」 「その返事が一番困るんですよね……」  ふぅと息を落とす。  何か言ったほうがいいのか。 「じゃあ、七凪が得意なモノで」 「特に不得手な料理はありませんけど」 「さすがハイスペックシスターですね、七凪さん」 「ふふ、だって、兄さんの妹ですから」  にこっと笑って、腕を組んできた。  天使モードのナナギーである。  こうなるとお兄ちゃんとしては、もう逆らえない。  恥ずかしいと思いつつも、そのまま歩く。 「あ、あれを見てくださいよ、田中さんっ!」 「あそこに妹を彼女化してる変態さんがいるであります!」 「何? よし、ステルスモードで追跡だっ!」 「ステルス!」  計は電柱の陰に。 「ステルス!」  流々はナナギーのスカートの中に。 「きゃあああああっ! アホですかっ!」  妹は容赦なく、先輩を足蹴にした。 「うおおおっ! 私のステルスモードがっ?!」  アスファルトの上で悶絶しながら、叫んでいた。  確かにアホである。 「こんばんはー、沢渡兄妹♪」  一方、計はもうステルスモードは解除していた。 「ちゅーす、あいかわらず仲良すぎだぞ~、おめーら」  流々はあっさりと復活した。  驚きの頑丈さである。 「お前らこんな時間にどうしたんだ? 夕飯は?」 「今日、ウチと流々んトコ親いなくて」 「二人でファミレスとか行って、ついでに遊んでくつもりだぜ」  なるほど。  幼馴染で旧交を温めるのもいいだろう。 「……それはいいですけど、あんまり遅くならないようにしてくださいね」 「女性二人だと、色々と危険ですから」  七凪が真剣な口調で話す。  日頃の態度とは裏腹に、こいつは計や流々にかなり懐いている。  本気で心配なんだろう。 「じゃあ、ナナギー、タク貸してくれよ」 「は?」 「おお~。タク、ボディガード!」 「私を守って!」 「兄貴は俺達の中で最強じゃん」 「乙女の私に、兄貴言うなっ!」 「あ痛たたたっ!」  興奮した流々にヤクザキックをくらった。  この乙女怖い。 「……やっぱり心配はいらないかもしれませんね」  七凪は俺達のやりとりに呆れていた。 「いやいや、あたしはちゃんとか弱いですよ?」 「それに、タクが一緒に来たいというのなら、真鍋さんは全然ウェルカムなのです!」  両腕を広げていた。  歓待ムード。 「七凪はファミレスでもいい?」  行くなら七凪も一緒じゃないとな。 「私は構いませんけど」 「ナナギーもか! いいな! あ、じゃあ、ファミレスやめて、タクん家にしようぜ!」 『はあ?』  兄妹そろって意外な展開に声を上げた。 「ナナギーのご飯の方が絶対美味しいし、それは名案だね!」 「おい、ちょっと待て。しばし待てそこの娘達」  俺は幼馴染ーズに開いた手のひらを向ける。 「むむ、あたし達をナンパですか、沢渡さん」 「茶しばきに行かへんか~」  いつの時代のナンパなんだ。 「違う。お前らは、ウチに来るとフリーダムすぎるから、来ちゃダメですっ!」 「えー」 「だって~」 「だってじゃなく、ダメなのっ!」  夏休み前の流々が転校して来た日の悪夢を思い出す。  散々イジられて、部屋でめそめそしてたぞ俺。  切ない夏の思い出である。 「大丈夫だって、フツーにご飯作って食べるだけじゃーん」 「そうそう、タクボンは心配しすぎだっつーの」 「お前達、ついこの間俺をあんだけイジっておいて――」 「沢渡さん家にレッツ・ラ・ゴー!」 「ナナギー、今日はいっしょに寝ような~」 「え? また泊るんですか?」  女子3人はすでに10メートル程前方へと移動していた。 「俺の話を聞いてくれえええっ!」  仕方なく3人の後を追う。  やはりツラい夜になりそうだった。 「…………ち、」 「……………………超絶に疲れた……!」  扉を開けてすぐ床に座り込んでしまう。  ひどい夕食だった。  いや、もちろん七凪の作ったメシは美味かった。  が。 「あ~、美味しかった~」 「ナナギーはやっぱ料理上手いよな~。ヨメに来てくれよ~」 「ありがとうございます。行きません」 「じゃあ、俺はもう部屋に――」 「おっと、待て、タク」 「しばし待たれい!」 「何だよ? 放送事故?」 「意味わかんねーこと言ってんじゃね-って」 「それより、せっかくだし、ガールズトークに参加しろよ」 「俺はボーイなんですが、その辺はどうなってるんですか田中さん」 「今から、好きな子の名前言い合おうぜ」 「修学旅行かよ?!」 「マジ?!」 「兄さんの好きな方が、ついに今白日の下に……」 「言わねーし、いねーよ!」 「ウソつけー! 思春期のくせに生意気だぞっ」 「せめてタイプだけでも、言っちゃってくださいよ、沢渡さん!」 「学園では誰が一番なんだ? ん?」 「妹ですよね!」 「ノ――ッ! タクはやっぱり変態なのか――っ?!」 「やっぱり言うなっ!」  ――こんな感じだった。 「やっぱり前回と同じじゃないですかー! やだー!」  俺は床に膝を折った。  その時。 「泣くな! 元気を出したまえ! 拓郎くん!」 「キミには、ブルマがあるじゃないか……!」 「し、師匠……!」  俺の心に初恋の人からの応援メッセージが!  前と同じパターンだが。 「よーし、久し振りにパパ、画像見ちゃおうかな~」  いきなり元気になった俺は、ルンルン気分でPCを起動―― 「えーっと、ググれ、カスッ、と」 %36「ちょ?! 何やってるんすか、真鍋さん?!」 %0 いつの間にか幼馴染が俺のPCを我が物顔で操作していた。 「あっ、タク復活した」 「ちょっとパソコン借りていい?」 「それは使う前に言うべき台詞ですっ!」  涙目で言う。  気が気じゃない。  あのPCには神フォルダとか絶対神フォルダとか、決して他人様には見られてはいけないモノがっ。  見られたら、切腹するしかない危険なブツがっ! 「大丈夫、大丈夫だって」 「ちょっと、某掲示板の情弱な子にアドバイスしてただけだし」 「ネットの向こうの皆様に、ケンカ売るなよ!」  この怖い者知らずめ。 「おりょ、何だコレ?」 「タク、大変! あたし偶然にも、超越神フォルダとかいうのを見つけちゃいましたよ!」 「それ一番深い階層ですから! 絶対偶然に見つかりませんからっ!」 「○○○の贈り物?!」 「仕様のわけねーっ!」 「とっても気になります!」 「気にしないで!」 「ふふ……でも、あと二回クリックすれば、すべてはあたしの眼前に……」  カーソルがスルスルと俺のトップシークレットに近づいていく。 「失礼します!」 「にゃあああっ?!」  計を背後から羽交い絞めにする。  ギリギリで俺のプライベート(と社会的立場)は保たれた。 「は~な~せ~」 「もうちょっとで、タクの性癖がわかると思ったのに~」  わかってどうするつもりか。 「もういいから居間に戻れ」  そのままの体勢で、計をずるずると引きずる。 「うわあああん! タク放してよ~」 「超越神フォルダ、超気になる~」 「気にしなくていいの!」 「いやあああああっ! タク放して~っ! あ~れ~」 「お~た~わ~む~れ~を~♪」 「妙な声を出すなっ」  ご近所にめっちゃ体裁悪い。 「はっ?! もしかして、真鍋さん、このままタクの部屋でひと夏の経験ですかっ?!」  なんでやねん。 「せめて、シャワーを浴びてから……!」  嬉しそうに頬を染めていた。 「一人で浴びろ、そして、一人で寝ろ」  無下に言い放つ。 「なんだとー?! 少しは動揺しろーっ!」  じたばたじたばた  計が急に暴れだした。 「計、転ぶ転ぶ、危なっ――」 「あ」  計が案の定、足を床で滑らせた。 「計!」  慌てて支える。  が。 「ぐはっ?!」  フラつく計のヘッドバッドをあごにくらう。  結構クリティカルなダメージが脳に。 「お、俺が死んだら」 「ハードディスクは必ず物理的に破壊してくれ……」 「見たら、呪う……」  今わの際に最も大切なことを伝える。 「がくっ……!」  そして、俺はそのまま床に崩れ落ちた。 「タク~~~~っ!?」  薄れゆく意識の中で、幼馴染の叫び声を聞く。 「超越神フォルダ見たいいいいいっ!」  ……ダメ絶対ダメ。 「あ痛たた……」  後ろ頭を撫でながら、夜道を歩く。  あの後、一人で部屋のベッドに寝かされていた。  きっと計が七凪や流々を呼んでやったんだろう。 「……部屋で、エロフォルダ見られそうになって、頭打って気絶かよ……」  タクロー、カッコ悪い。  頭を冷やそうかと思って、外に出た。  夜風に吹かれて、ちょっと落ち着いた。 「タク」 「ん?」  振り返ると1メートルくらい後ろに計が。 「どうした? コンビニ?」 「う、ううん、買い物じゃないよ」 「玄関で音がしたから、タクかなって」 「何か用事? 頼みごと?」 「んー、まあ、そうかな」  もじもじと逡巡していた。  計らしくない。 「何でも言っていいよ?」 「え? 何でもですか、沢渡さん」  少し驚いていた。 「金はないけど、それ以外なら」 「本当ですか? でも、あたしが、もしとんでもないこと言ったら困るじゃん?」 「そりゃ困るけど、何て言うか……」  ちょっと考える。 「お前なら、許せるかなって思うし」 「……」 「……不意打ちですか、沢渡さん」  にへらっと笑う。  何が嬉しいんだ。 「なかなかのテクニシャンですね!」  笑いながら駆けてくる。  俺の隣に並ぶ。 「それで、何?」  いっしょにサンダルを鳴らして歩き出す。 「さっきは、ごめんって、言いたくて」  ぺろっと舌を出す。 「あれ? 気にしてたの?」 「き、気にしてますよ! いくらなんでも人を気絶させて、平気な顔してる真鍋さんではないのです!」  むーと口を曲げる。  何で俺がまた怒られてるんだと思いつつも苦笑した。  こいつとは、いつもこんなんだ。 「はいはい、わかったよ」 「なら、いいけど。ごめんね」 「ダメです。決して許しません」 「タク、さっきと言ってること矛盾してるよっ?!」  計が両目を見開いた。 「あれ? そうだっけ?」 「さっき、あたしなら何でも許せるって言った!」 「言いまくりました!」 「計、それは幻聴だ」 「さっき言ったこと、もう撤回?!」 「マニフェストなんて、しょせんそんなモノだ」 「汚い! 大人って汚いよ!」  ぽかぽかと肩を叩かれる。 「んじゃ、今からコンビニ行ってアイスおごってくれたら許す」 「夜中に買い食い……太りそう」 「計は食べない?」 「うう、今月はお小遣いがピンチで……」 「じゃあ、お前のは俺がおごってやるよ」 「……くす」 「それ、あんまり意味ないですよ、沢渡さん」 「え? そう?」 「なら、あたしのはハーケンダッシで」 「何気に一番高いのですか、真鍋さん……」  二人分のアイスを買って、コンビニを出る。 「ちょっとだけ、遠回りしようよ」  計の提案に同意して、アイスを食べながらぶらぶらと夜道を並んで歩いた。  食べ終わる頃、川べりに着く。 「ここ暗いな」 「周りに店とかないからね」 「ああ、あたし、タクにこんな暗い人気のない場所に連れてこられて……!」 「連れてきたのはお前です」  こんな場所に男女二人きり。  なのに、まるでムードはない。 「懐かしいね」 「ああ」 「流々とタク、3人でよくここに来たよね」 「毎日のように来てたよな。何かここが落ち着いたんだ」  俺達の秘密基地的な場所。  雨の日でも来るくらい好きだった。  でも、ある日を境にピタリと来なくなった。 「ここ、あたし好きだったんだけど」  計の足が止まる。 「去年まで、ずっと避けてたんだよね」 「お前もそうだったのか」 「タクもなの?」  二人で顔を見合す。  そして、苦笑。 「流々が急にいなくなっちゃったから」 「ここに来たら、思い出しちゃって、あたしツラくて」 「あいつ、何も言わずに転校したもんな」 「うん、あれは本当に驚いたよ」 「さよならも言わずに、ある日突然仲の良かった友達が消失ですよ!」 「当時のあたしは、そりゃー泣いたさ」  こつん、と小石を蹴って計が眉根を寄せる。 「アレはキツかったよな」 「だよねー、軽いトラウマだよ、マジで」 「あん時、どうして転校したか、計聞いた?」 「聞いてないよ。タクは?」 「俺も聞いてない」 「……つーか、聞きづらい」 「だよねー」 「いつか話してくれるかな~」 「計なら、話してくれるんじゃないの? 親友だろ?」 「タクだって、親友じゃん」 「どうかなー、微妙っすね」  男と女じゃ、その辺の距離感が難しい。 「もしかして友達じゃなくて、ステディーな関係を狙ってますか?」 「狙ってない狙ってない」 「なんだよ~、隠すなよ~」  肘でこづかれる。  まったく、女の子は恋バナ好きだな。 「隠す気なんかないよ」 「もし、恋人できたら、俺も流々も真っ先に計に言うに決まってる」 「え? そ、そうなの?」 「ん? お前は教えてくれないの?」 「……」  俺の言葉に計は一瞬黙る。  そして。 「――できれば、教えなくても知ってほしいかな」  微笑して言う。 「また難しいことを」 「難しくはないよ」 「俺、そっち方面結構鈍いから」 「それはとてもとてもよくわかってます」  とても2回かよ。 「そんな鈍い沢渡さんでも、わかるくらい」 「わかりやすい状況を真鍋さんは望みます」  えー。  ややこしいことを言う。 「悪い。自信ない」  逃げるように計に背を向けて、再び歩き出した。 「何故ですか?! 今のはスペシャルヒントでしたよ、沢渡さんっ!」  背中にエルボーを入れてくる。  がすがすと音が鳴る。 「ちょっ?! 本気で攻撃してないですか、真鍋さん?!」  走って逃げる。 「おのれー」  追ってくる。 「ごめん、ギブギブ!」 「ギブすんな! 諦めんなっ!」 「恋は待ったなしなのですよ、沢渡さんっ!」 「意味わかんねー!」 「わかれー!」  星空の下、女子と追いかけっこ。  すごく青春ちっくなような。  計だし、幼馴染だし、そうでもないような。  ――複雑ですよ、真鍋さん。  夏休みが10日過ぎた。  つまり我が放送部の活動も10日経過したことになる。  八月に突入した。  が。 「兄さん、まだ放送内容が決まってませんよこの野郎」  ナナギーに叱られた。 「妹よ、兄だけを責めないで……あ、流々、そこのペットボトル取ってくんない?」  汗をだらだら流しながら、机に頬をくっつけたまま言う俺。 「ん? ……ったく……」  俺の隣でぐんにゃりとしていた流々が顔を上げて、ペットボトルに手を伸ばす。  でも、届かない。  あと三センチほど足りなかった。 「……めんどい、自分で取れ」  流々は再びただのスライムになる。 「何だよ~、ケチ~」  俺は机につっぷしたまま、腕だけを動かして流々の後頭部をつつく。 「タク、うぜー、よせよ~」  流々も俺と同じような動きで応戦してきた。  怠けながらケンカする。 「……二人ともアホですかっ」 「お前ら、せっかく部活来ても寝てるだけかよ……」 「最近だらけてるぞ、キミ達……」  そう言う修二と三咲もイスに座って、ひたすら下敷きで扇いでいる。  俺達とそんなに差はない。  最近、暑すぎる。 「ただいま……」 「補給部隊、ただいま戻りました!」  コンビニに買出しに行った計と先輩が帰ってくる。 「待ちかねた!」  がばっ! と起き上がった流々がダッシュで計のところへ移動する。 「私に清涼飲料水を! ただちに爽やか系の飲み物をくれっ!」  速攻でコンビニ袋を物色していた。  さっきまで半死状態だったのに、現金なヤツ。  俺はそんな元気もない。もう半分脳が溶けかけている。 「ほら兄さん、私達も何かいただきましょう」 「拓郎、冷たいモン、飲んでシャキっとしようぜ」  ナナギーと修二に強引に起される。 「わかったわかった」  俺も涼を求めて、フラフラと移動する。 「――はぁ、美味い……!」 「やっぱり、夏は冷たい緑茶に限る!」  さすが三咲、渋いチョイスだ。 「お計さんや、俺にも何かくれ」 「ほーい」  がさごそと計が袋に手をつっこむ。 「スポーツドリンクとウーロン茶の二択だけど」 「ウーロンで」  即断した。 「はい。タク、ウーロン茶好きだったんだ」 「いや、好きというか」 「スポーツドリンクは、今日もスポーツブラが素敵な計に譲ろうと」 「振り子打法!」  計はペットボトルをバットに見立ててフルスイングする。 「ぐおっ?!」  俺の股間をクリーンヒット。  俺はしゃくとり虫のようなポーズで床にうずくまる。  身体をぶるぶる痙攣させていた。 「タクロー、セクハラ禁止……」 「自業自得だな……」 「タクのボールが二つ、右中間に飛んだな!」  流々のネタもセクハラだった。 「ごめん、タク、大丈夫?」 「あんまり、手ごたえなかったけど、そんなに痛かった?」 「手ごたえないって言わないで……!」  今、心まで痛くなった俺である。  全員が水分を補給し、ようやく人心地つく。 「しかし、今年の暑さは異常だな……」 「しかも節電ですし」 「まあ、元々この部室には冷房ないけどな」  修二の言に皆、ため息を吐く。  その息にさえ熱気がこもっていた。  セミの声に窓の向こうをのぞく。  校庭のドコかで、彼らは懸命に夏を叫んでいる。  入道雲。青と白のコントラストが目に痛いくらいまぶしい。  夏だった。  わかってはいたけど、今は圧倒的に夏なのである。 「なあ、お計さんや……」  夏空を眺めながら、右隣の幼馴染に話しかける。 「ん? 何?」 「何故、僕達はもっと自然と調和して生きていけないんだろう……?」 「今、そんな根源的な疑問ですか、沢渡さん?!」 「に、兄さん、暑さでアホになったんですか……?」 「タクロー、熱中症とか……」 「皆、立ち止まる勇気もそろそろ必要な時期なんだっ!」  世界に対する提言をぶちかます。 「おい、沢渡くんしっかりしろ!」  三咲に肩をつかまれて、がくがくと揺さぶられた。 「は?! 俺はいったい何を言って……」  ようやく思考回路がマトモになる。  でも、また暑さですぐショートしそう。 「しかし、この暑さじゃマジで頭働かないよな……」 「10日も出てるし、ちょっと休み入れるか?」 「気分転換も必要だよな~。そうすっか?」 「いいかもね~。あたしもホントはちょっとバテ気味だし~」  方向性が決まりつつある。  すると、皆の視線は自然に南先輩に集中した。 「……わかった」 「1週間、お休みにしましょう」 「その間、個人個人で放送内容のアイデアは出しておくこと」 「いい?」 『わかりました!』  俺達の声に応えるように、風鈴が涼やかな音を鳴らした。  やれやれ。  これで1週間はゆっくりできそうだ―― 「タク~っ!」 「タクボン~っ!」  ん? 「起きて~っ!」 「起きろ! 起きろ!」  はっ?  久方ぶりに惰眠をむさぼっている俺を、やかましい女子達が激しく揺さぶる。 「……はっ? え、な、何?」  睡眠状態を強引に解除された俺はまだ状況を把握しきれていない。 「ほらほら~。幼馴染が起こしに来てあげたよ~!」 「しかも、二人だぜ! タク、これでお前も立派なテンプレ主人公だな!」  何を言ってるんだ、こいつらは……。  ていうかテンプレ言うな。 「う~ん、むにゃむにゃ、もう食べられないよ……」  言いつつ超テンプレな台詞を吐く俺。 「く……まだ目を覚まさない……!」 「軍曹殿! このままでは沢渡二等兵の命が……!」  誰が二等兵か。 「眠るな! 眠ったら死ぬぞ!」 「あ痛たたたたたたたっ!」  雪山で遭難したかのような扱いを受ける。  さすがに覚醒した。 「やめんか!」  流々に枕を投げつける。 「キャッチ!」  しかし、容易く受け止められた。 「うわー、タクの枕、汗くせ~っ」  匂いを嗅いでいた。  変態かっ。 「こーらー!」  取り返そうと手を伸ばす。 「流々、こっちこっち」 「おりゃ!」  流々はマイ枕を計にチェストパスの要領で投げた。  枕は難なく計の手元に。 「くんかくんか!」  躊躇なく計まで匂いを嗅いでいた。  俺の幼馴染はみんな匂いフェチなのか。 「何か、甘酸っぱいですよ、沢渡さん」 「報告しなくていい!」  怒りながら枕を取り返す。  絶対今日洗濯しよう、と心に誓った。 「え? 今日、四人で海にですか?」 「おうとも!」 「せっかく休みだし、行こうよ!」  なし崩し的に四人で朝食のテーブルを囲むことになる。  母さんはまだ寝てるのに、朝から騒がしいことこの上ない。 「俺はパス」  目玉焼きにしょうゆをかけながら答えた。 「えー、どうしてですか、沢渡さん」  計が唇を尖らせる。 「やかましい幼馴染ーズの付き添いなんて、ごめんでござる」  言ってから、がつがつと茶碗のメシをかきこむ。 「はあ? 計はともかく、私はやかましくねーよ!」 「……!?」  流々の発言に七凪の箸がピタッと止まる。 「――ふ」  そして鼻で笑う。 「ナナギー、今のリアクション、マジむかつく!」 「罰として、貧しい胸が大きくなるまで、もみもみする刑だっ!」 「え? それは是非お願いしま――じゃなくて失礼ですねこの野郎」  願望とプライドの間で妹は揺れていた。 「えー、あたしってそんなにやかましいですか、沢渡さん」 「いや、流々ほどじゃない」 「ウチの部の女子だと何番目ですか?」 「二番目」 「100テラショック!」  古いんだか新しいんだかわからないリアクションだった。 「おい、それ、私が一番、やかましいってことじゃねーか」 「タクボン、お前、女見る目ねーなー」 「きっとお前将来、変な女に騙されるんだろうな……」  可哀想な男を見るような目を向けられる。  失礼なヤツだ。 「だって、あとは七凪と南先輩と三咲だぞ?」 「どう考えても、お前が一番だろ?」 「タク、普段の私はな、仮面を被ってるんだよ……」  流々は俺に憂いを秘めた横顔を見せる。  深刻ぶってるつもりなのか。 「本当はお淑やかな乙女なんだけど、あえてアホを演じて周りを明るくしてる……それが――」 「――それが、本当のいい女じゃなくって? おほほほほ!」  手の甲を口元に寄せて高笑いをしていた。 「……どうして口調がセレブっぽいんですか?」  今度はナナギーが流々に可哀想な人を見る目を向ける。 「流々、本当は乙女だったんだ……」 「計、アレはただのネタに決まってるから。信じるな」 「何だと?! んじゃあ、今日はタクに乙女な私を存分に見せてやんよ!」  ビシッと人差し指をつきつけられる。 「――海で!」 「何故、海?!」 「――渚で!」 「いっしょだろうがっ!」  どうしても俺を連れ出す気か。 「だから、俺は行かないって――」 「まあまあ、沢渡さん」  言いかけたところに、計が俺の腕をちょいちょいと突く。 「ここは行った方がお得ですよ?」 「何で?」 「だって、行くとあたしの」 「計の?」 「ステキビキニが拝めます!」  計はドヤ顔だった。 「七凪、ごちそうさん」  箸を置いてさっさと席を立つ。 「うわああああん! スルーするなーっ!」  計は俺にすがりつく。  ふにふに  あ、こら。こいつはまた胸をくっつけて! 「放さんか!」 「パパ海行こうよ~~~~っ!」  ふにふにふに 「パパ言うな!」 「行くって言うまで離れないいいいいっ!」  ふにふにふにふに 「こーらー!」  必死に引き剥がそうとするも、計も必死にくっついてくる。  俺が男だという意識はないのかい。 「兄さん、あんまり騒ぐとお母さんが起きてしまいます」 「ていうか、色々ムカつきますのでやめてくれませんかこの野郎」  俺が理不尽にも妹ににらまれる。 「あーもう、わかったよ、ちょっとだけ泳いですぐ帰るぞ」  折れる。  幼い娘のわがままをしぶしぶ聞き入れた父親の心境である。  マジ、パパだった。 「やった! パパ好き――っ!」  娘ははしゃいで、さらに胸を押し付けてきた。  ふにふにふにふにふに 「決してこの感触に破れたわけじゃないんだ……!」  ……たぶん。 「はーい、超久し振りにあたし達幼馴染ーズ四人集結でーす!」 「しかも、海っ!」 「ナナギーのスクール水着がマニアックでいい感じですっ!」 「ホッといてくださいっ」  朝のテンションを更に上げた感じの計に引きずられるようにして、海水浴場に到着した。 「ぐわ……。マジ暑いな」  今日はひたすらダラダラしようと思っていた俺は、ローテンションだ。  その辺でテキトーにのんびりしていよう。  俺はハイテンション少女達を放置して、海の家の方へと歩き出す。 「あ、待って、拓郎くん」 「女の子を置いていっちゃうなんて、ダメだぞっ♪」  は?  聞き慣れてるけど聞き慣れてない声に振り返る。 「――ふふ、海風がとっても気持ちいいね、拓郎くん!」  可憐な美少女を装った幼馴染が、柔和な笑みを浮かべていた。 「え? 何、そのプレイ」  思わず指を指す。 「ん? 何言ってるの? 拓郎くん」 「乙女な私を見せるって、言ったじゃない。もう忘れちゃったの?」 「やっぱり、拓郎くんはお馬鹿さんだよね! シスコンでロリコンだし! ふふっ!」 「乙女の割りに口が悪いな……」  やっぱり駄馬は駄馬であった。 「もういいから、元の駄幼馴染に戻ってくれ」 「そのキャラからみづらい」 「ん? からみづらいんじゃ、しょうがねぇな」  流々は芸人気質だった。 「おーい、何をやってますか、沢渡さん」 「幼馴染1号もかまってくださいよ~」  計が小走りでやってくる。  胸が上下に揺れてる。気になる。 「見せつけるなーっ! 来るな――っ!」  流々が眩しいものを見るように、顔の前に両手をかざす。 「見て見て! あたしを見て――っ!」 「バストフラッシュ!」  悪乗りした計が胸をそらした。  夏の陽光を浴びて、キラキラと輝く計の胸の谷間。  ※サンオイルが塗ってあると予想。 「くそーっ! 敵の戦力は圧倒的だ!」 「一時退散! 貧乳同盟のナナギーと合流するっ!」  流々は砂浜で寝転がっているナナギーの方へと駆け出していく。  遠くで妹の「誰が何の同盟ですかこの野郎」というクレームの声が聞こえた。 「せっかく海に来たのに、俺達、普段と変わらなさすぎだな……」  ブレないにも程がある。 「それなら、あたしといつもと違う感じで遊びましょうよ、沢渡さん」  計は俺の手を取って、引く。  海に向かって走り出す。 「え? 何やんの?」  仕方なく俺も走る。 「うふふ、あたしを捕まえてごらんなさいよ!」  渚の恋人を演出していた。  要は小芝居かよ! やっぱり変わってないよ! ていうか、お前、俺の手握ってるよ!  ツッコミどころしかなかった。 「待て~っ!」  でもノッてしまう。  俺も芸人気質なのか。 「えいえいえい!」  膝まで海につかるところまで来た。  今度は水遊び。 「やったなーっ♪」 「きゃーん♪」  馬鹿ップルかよ。  そう思いながらも、計と夏の海で戯れる。 「おい、あいつ、あんな可愛い子とあんなことやってやがるっ……!」 「リア充爆発しろっ!」  いわれのないそしりを受ける。  いやいや、リア充じゃないですよ、俺。  こいつは、ただの小芝居好きな幼馴染―― 「――ごふっ?!」  海水が鼻に?! 「きゃははははは! 油断してるからですよ、沢渡さん」 「女の子といっしょの時に、余所見は厳禁なのです」 「ほら、タク、あたしだけを見て!」 「あたしだけを愛して!」 「そして、貢いで!」  オチをつけないと気がすまないのか。 「この男の敵は~~っ!」 「くらえ!」  両手いっぱいに海水をすくって、計を攻撃する。 「きゃあんっ!」 「タクが、あたしにいっぱいぶっかけた~」 「顔にぶっかけた~♪」 「嬉しそうにぶっかけた言うな!」  こいつ絶対わざと言ってる。 「幼馴染に顔射なんて」 「沢渡さんも鬼畜ですね~♪」 「このエロス魔人め!」  計からの反撃がくる。 「どっちがだよ!」  当然やり返す。 「何だと~、あたしはエロくないもんっ!」 「タクなんて、あたしに何度もお医者さんごっこしたくせに!」 「ガキの頃の話じゃねーか!」 「スカートの中に顔何度もつっこんだっ!」 「お前だって、俺のズボン脱がそうとしたことあるじゃん!」 「え~~っ、アレは流々ですよ、あたしじゃありません!」 「そばで見てただけ!」 「真鍋さんは自ら手は汚さないのです!」  陰の黒幕かよ。 「お前のがタチ悪いよ!」  あの頃は真面目なヤツだと思ってたのに。  衝撃の真実である。 「タクはあたしのことまだまだわかってないよね!」 「ちょ?! お前激しすぎ!」  計からの攻撃がどんどん激しくなってくる。 「もっと、わかれよ!」 「理解しろよ!」 「そして、受け止めるんだっ!」  意味がわからなかった。  もう周囲の目がイタいのでやめにしたい。  リア充でもないのに、嫉妬する目で見られるのは納得いかない。 「はーい、カップルごっこ終了~」  手を叩いて、終わりの合図。 「えー」  計は不満げである。 「せっかく、憧れのリア充気分を楽しんでいたのに……」  悲しいことを言う子だ。  目頭が熱くなる。 「おーい、タク、計~」  流々が手を振りながらやって来る。 「もうリア充ごっこは終わったか?」  俺達のアホなところはしっかり見られていた。 「もうちょいやりたかったけど、沢渡さんが付き合ってくれなくて中断です」  計が憮然としつつ報告する。 「えー、何だよタク、それくらい付き合ってやれよ~」 「お前だって、リア充に憧れてんだろ?」 「いやいやいや、そんなごっこやっても虚しいでしょ、やめようよ」  さんさんと太陽が照りつける夏の海に、少年少女が集まっているというのに。  俺達はいったいドコで道を間違えたのだろう……?  ブルーな気分になる。 「まあ、いいや。海の家行って、昼メシにしよーぜ」  ぐい 「お、おお」  今度は流々に右手を取られる。 「むむ」  ぐぐい 「へ?」  気がつくと左腕は計が腕をからめてきていた。 「な、何?」 「何が?」 「もうリア充ごっこは終わりだろ?」 「ごっこ言うな!」  ぎゅうううう!  計が胸の谷間をもろに俺の腕に押し付けて?!  素肌の感触がダイレクトに伝わってくる。 「ま、真鍋さん、さすがにくっつきすぎです!」  俺は慌てて、うろたえて、狼狽した。 「何でですか、沢渡さんっ!」 「流々とだって、ごっこじゃないのに、手を繋いでるじゃないですか?!」 「それなら、あたしが沢渡さんと腕を組むくらい、無問題ですっ!」 「えー、でも」  どうしてキレ気味なんだよ? 「何ですか? 言い訳ですか?」 「沢渡さんのくせに、生意気ですっ!」  スーパーガキ大将理論を展開する幼馴染。 「いやいや誤解してますよ、真鍋さん」 「い、今のままだと、その、真鍋さんの胸がですね」 「あたしの胸に何か問題でも? いやそんなモノはあるはずがありませんっ!」 「サイズも、形状も、そして、感度も良好であります!」  感度言うな。 「そうじゃなくて、お前の胸がずっと俺に当たってるの!」 「お前も女の子なんだから、悪いなって思ってですね……」 「……へ?」  俺に指摘された計の顔はみるみる赤くなる。 「――く、またタクのエロスの罠に、あたしはまんまと……」  悔し涙を流していた。  ちなみにまだ腕は組んだままである。 「俺、ちっとも悪くないよ! ていうか、だったら放せ!」 「つーん」  頬を染めながらもまだくっついている真鍋さん。 「流々! 計がちょっと変だっ! 何とかしてくれ!」  俺の手を引きながら先頭を行くもう一人の幼馴染にヘルプを依頼。 「うーん? 別にいいじゃん」 「どうせもうすぐナナギーに見つかって、タクが叩かれてオチがつくんじゃね?」 「それが嫌なんだよ!」  そんなお約束は脱したい。 「ナナギーが来るまえに、なんとしても……」 「すみません、もう来ました」  気がつくと、妹様が俺達の前にすでにいた。  仁王立ちだった。 「兄さん可愛い妹を放置して、お二人と夏の海を満喫ですかこの野郎」 「幼馴染なのをいいことに、必要以上にボディタッチしちゃったりして、エロエロ三昧ですね死ねばいいのに」 「まるで口をはさむ余地がない!?」  兄はまるで信頼されてなかった。 「まったく、見てる方が恥ずかしいくらいイチャイチャと……!」  三白眼でにらまれる。 「いや、別にイチャイチャなんてしてない……」 「イチャイチャ~」 「イチャイチャ~、イチャラブ~」  幼馴染ーズがこれ以上ないくらいわかりやすく、俺にイチャイチャしていた。 %48「マイ、ガッ!」 %0 俺は神に救いを求めた。 「妹アターックル!」 「のおおおおおおおおっ!」  七凪渾身のタックルをくらって、俺は海に沈む。  ああ、神はいなかった……。 「――で、学園祭は何とかなりそう? あ、はいお茶」  放送部の休暇明け。  俺は廊下で小豆ちゃんに捕まって、職員室に連れてこられた。 「あざーす。そうっすね……」  冷えた玉露を一口、口にした後答える。 「アンテナが直った以外は停滞中……ですね」 「おいおいおい」 「お金使って直したのに、放送つまんないじゃカッコつかないでしょ?」 「最低でも、全米ナンバーワンヒットくらいじゃないとマズいよ」 「ハードル高すぎです」  映画じゃないし。 「大丈夫だよ、全米ナンバーワンヒットなんてごろごろあるから」  あいかわらずぶっちゃけすぎの人である。 「とにかく、他の先生方も、今年の放送部は張り切ってますね! とか無駄に期待高いから」 「頑張ってくれないと困るんだよ! 私がっ!」 「小豆ちゃんの都合かい」 「――そんなわけで、小豆ちゃんにもはっぱかけられちゃったし」 「夏休みも残り半分。そろそろやることを決めようと思う」  俺はホワイトボードの前に立って、皆に現状を説明する。 「確かに夏休みも半分過ぎてしまったな」 「早いよな~」 「光陰矢のごとし……」  1週間ぶりに顔を見た部員達がこくこくと頷く。  皆少しだけ日焼けしていた。 「やっぱり、流々のDJが聴きたいな~」  計が手をあげつつ意見を言う。 「あ、私もそれがいいです」 「やっぱ、それだよなー」  ホワイトボードに『田中さんDJインマイ人生』と書く。 「だーかーらー、やりたくても私はこの学園に詳しくないっての!」  流々がずっと言い続けてきたことをまた口にする。 「他所モンがテキトーなこと言ったら、皆ムカつくだろ? やれないって」 「いや、他所モンってことはないって」 「うん、田中さんはもう立派な緑南の生徒なのです! 真鍋さんが保証します!」 「制服もまだできてねーのにかよ」 「何なら、あたしの貸しますよ」 「真鍋のだと、田中、胸んトコ、だぼだぼだろ?」 「神戸死ね!」 「ぐふっ?!」  流々が修二の側頭部に、俺のスマホを投げつけていた。 「――って、俺のかよ?!」  いつのまに奪ったんだ?! 「ん? 自分のだと壊れたら困るじゃねーか」  悪びれずに。  マジヤクザである。  俺は床に落ちたスマホを拾って、涙目で動作チェックする。 「流々姉さんに、サポートというか、アシスタントをつけたらどうですか?」 「ん、名案」 「それだっ!」  立ち上がった計が『スーパーアシスタント、タク水産!』とホワイトボードに。  たぶん推参の誤字である。 「おい、勝手に決めんなよ」 「いや、拓郎がいいんじゃね? 付き合い長いんだろ?」  スマホが当たったところをなでながら修二まで同調する。 「付き合いなら、計も同じだ」  『放送が受けなかったら計が脱ぐ! アートな感じで』とホワイトボードに書いた。 「脱ぎませんよ! 三流バラエティーかよ!」  『受けなかったら、タクが頭丸める』と書かれた。 「二人とも、ホワイトボードで遊ぶのはやめてくれ……」 「流々姉さんに指名してもらうのが、いいんじゃないですか?」 「あー、確かになー」 「私以外で」 「自分だけちゃっかり、逃げ道確保かよ?!」  修ちゃんは世渡り上手な妹に驚愕する。  ナナギー、たくましい子に育ってくれて、兄ちゃん嬉しいけど微妙に残念な気もするよ。 「田中さん……」 「ん? 部長、何?」 「私もできれば田中さんにお願いしたい……」 「やってくれるなら、部全体でサポートする」 「でも、無理強いはしない」 「皆、楽しく、が前提だから……」  南先輩が微笑を浮かべて、流々を見る。  そして、他の部員も流々に視線を移す。 「はぁ……」 「しょうがねーなー」 「やってくれるのか?」 「部長にここまで言われたら、やるしかないだろう?」 「おお!」 「DJ田中、爆誕!」  俺の声と同時に、部室に部員達の拍手が鳴り響く。 「DJ!」 「DJ!」 「ありがとう」 「おめでとうございます」 「協力すっからよ!」 「何でも言ってくれ!」  全員でDJの誕生を祝う。 「あーあ、予定が狂っちまった……」 「こっちの学園じゃ、大人しい小動物系の美少女キャラでいくつもりだったのによ……」 「えー」 「それは無理だろ、初日からすでに違ってただろ?」 「流々は自分をわかってないよ!」 「く、いきなりタクボンと会ったのが最大の失敗だった……!」  俺のせいかよ。 「それで、流々姉さん、アシスタントはどうしますか?」 「もちろんつける。二人」 「ん? 3人で放送するつもりなのか?」 「ああ、前の学園でも3人だったからな」  言いつつ、流々はペンを手にしてホワイトボードに、  『受けなかったら、タクボンと計は丸坊主で脱ぐ』  と書いた。 「やっぱ俺達かよ!」 「マイ、ガッ!」 「ありがとう」 「おめでとうございます」 「協力すっからよ!」 「何でも言ってくれ!」  同じように祝福される。  どこまで行っても3人いっしょの三馬鹿だった。  時計が12時を回った。 「兄さん、はいお弁当です」 「妹、さんくす!」  昼食の時間である。 「あー、いつもコンビニ飯じゃさすがに飽きるぜ」 「ん? たまには弁当でも持ってきたらどうだ?」 「ダメダメ、ウチのお袋、仕事の時間不規則だからよ」 「早く起きて、弁当作れなんて言えねーよ」 「修二、俺のおかず食え」  七凪お手製の唐揚げやサラダを分けてやる。 「ん? いや、せっかく七凪ちゃんがお前のために」 「いいんですよ、神戸先輩」 「兄の意志は私の意志ですから」 「だそうだ。ほら」  改めて勧める。 「沢渡兄妹、マジ感謝!」  思い切りかっくらう。  喜んでくれて何よりだ。 「タクロー、私の分あげる」  俺の分が減ったのを心配してか、南先輩が弁当箱をこっちに。 「あ、でも」 「遠慮はいらない」 「今日は少し作りすぎたから……」 「あざーす!」  礼を言って、箸をのばす。  カボチャの煮物をいただいた。 「美味いです」 「よかった……」  優しく笑む。それはまるで聖母のような慈愛に満ちた笑みだった。  すーぱー癒された。 「こんなに美味い煮物つくれるなんて、先輩って家庭的な女性ですよね」 「世間で言うところのお嫁さんにしたい女性っていうか……」 「女の子のなりたい職業NO.1、キタコレ!」 「タク、メシ足りねーの?」  それまでひたすら栄養摂取に集中していた幼馴染ーズが反応した。  で。 「タク、これ食べて!」 「タク、これ食えっ!」  いきなり寄って来て、おかずを突きつけられた。 「――は?」  俺は目を白黒させる。 「ほら、ぱくっと!」 「遠慮すんなよ!」  箸をずいっと近づけてくる。 「お前ら、急にどうした?」  頭を後退させながら尋ねた。 「いやいや、ヨメと聞いては引き下がれませんよ?」 「真鍋さんは、これでも家庭的な女の子を目指してるのです!」 「そうだったのか?」 「はい! 今の時代、三食昼寝つきの職業は他にありませんから!」  旦那に寄生する気満々だった。 「家庭的っつーたら、私も黙ってられねーな~」 「ぶっちゃけ私はこの部でもトップクラスのはずだぜ?」 「えー」  思わず声が上がる。 「えー、って言うなよ! この弁当だって手作りなんだぞ」 「マジかよ、流々母作じゃないのかよ?」 「バーカ、今は家族のメシは全部、私がメンドーみてるっつーの」 「へー、すごいじゃん」  素直に感心した。 「むむ、あたしだって、週に一度はやってますよ! 充分家庭的ですよ、沢渡さん!」 「ふ、週一程度じゃ、まだまだだな~」 「く、何気に上から目線ですね、田中さん!」 「おうよ! 胸以外では計に負ける気はしねーよ」 「胸は諦めたんだ」 「うっさい! 遺伝はしょうがないだろ!」 「貧乳DNAなんて、流々、可哀想な子!」 「同情すんな! 胸なんて飾りなんだよ!」 「お前達、俺のそばでアホなケンカはやめろ」  食欲がみるみる減退する。 「あ、そうだった」 「タクにエサをあげないとな!」  エサっすか。  しょんぼりとする。 「そんでもって、『流々って案外女の子らしくね? 田中ー! 俺だー! 結婚してくれー!』って展開にしねーと♪」 「な、なんですとー!?」 「ならねーよ!」 「『真鍋ー、俺だー、結婚してくれー!』はないのですか? 沢渡さん!」 「そんなことをここで問うなよ!」  皆がいるのに。 「あ、べ、別にタクと結婚したいわけじゃないんだからね!」  何故かツンデレを演じていた。 「ほら、タクボン、あ~ん」 「タク、あ~ん」 「同時にするなよ!」  ていうか、あ~ん、はやめてくれ。 「私の先に食ってくれよ、タクボン……」  ウソ泣きはよせ。 「うう、タクのために夜なべして作ったのに……」  お前までそんなウソを。 「どっちかひとつにしろ! いっぺんに二つは無理っ!」 「なら、あたしのを!」 「なら、私のを!」 「む」 「むむ」 「むむむ!」 「むむむむ!」  お互い顔を見合わせて張り合っていた。  張り合う理由など何もないのに。女の意地なのか。 「よし、タク、私の先に食べたら、チューしてやる!」 『ごふっ?!』  流々の発言に計と同時に咳き込んだ。 「ん? 初恋の私とまたキスしたいだろ? この思春期男子め!」 「うるさいよ!」  お前が初恋じゃないというのに。 「そ、それなら、あたしは――おっぱいを触ってもいいよ!」  対抗した計が過激なことを言い出した。 『がふっ?!』  今度は流々と同時に咳き込む。 「流々のを!」 「私のかよ?! 勝手に決めんなよ!」 「あたしのは切り札だから、まだ出すのは早いんだよ!」 「アホかああああああああああああああああああっ!」 「二人ともアホだっ!」  こいつらとDJとかできんのかな。  少し不安になる俺だった。 「ナナギー、私と帰ろうぜ~っ!」 「いやー! 兄さーん!」  七凪がまた流々に拉致られたので、計と二人でバスに乗る。 「しゅん……」 「しゅしゅしゅん……」 「落ち込んでますね、真鍋さん」 「わかりますか? 沢渡さん」 「そりゃ、まあ」  口で言ってるし。 「何かイヤなことあった?」  隣で肩を落とす幼馴染に尋ねた。 「今日のお昼ごはんの行動」 「あたし、めっちゃイタい子ですよ……」 「超自己嫌悪ですよ~~っ! 皆引いてたよ~!」  頭を抱えて、苦悩していた。 「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」 「皆、別に引いてないって」 「そ、そうかな?」  計がパッと顔を上げて、俺を見上げる。 「いつもの計とそんなに変わんないって」 「それ、普段からイタい子ってことじゃないですかー! やだーっ!」  肩をぽかぽかと小突かれる。  慰め方が悪かったか。 「めそめそめそ……」  今度は両手で顔を覆って泣いていた。  ウソ泣きっぽいが。 「流々と悪ふざけなんて、しょっちゅうだろ」 「そーいうの楽しくていいって。皆もきっと好きだよ」 「悪ふざけ……」  ぴたっと計が泣くのをやめる。 「沢渡さん的には、今日のあたしふざけてただけに見えましたか?」 「――え?」  戸惑う。  隣の計が思いの外真面目な顔をしていたから。 「その中に隠された意外な真実とか、すぐそばにあった幸福とか、そんな系統のモノに気付いちゃったりしませんでしたか?」  見つめられる。  微かに潤んだ瞳をしていた。 「そんな大層なモノあったかな……」  まるで思い当たらない。 「タクにはがっかりだ」  計はやさぐれた調子で、視線を窓の外へと移す。  スネたようだ。  最近の計はたまにわかんないことを言う。  これが難しい年頃というヤツなのか。 「あ、ひとつだけ気付いたことあった」 「――え?」  俺の声に計はすぐにこっちを向く。 「流々って、意外に料理上手いよな」 「こん畜生めっ!」  また肩をぽかぽかと小突かれる。  さっきより力が強くなっていた。  ……本当に難しいですよ、真鍋さん。  次の日。  俺と計は部室ではなく、自分達の教室にいた。  祥子さんといっしょに。 「ごめんね、役員でもないのに手伝わせて」  選挙ポスターの下書きの手を止めて祥子さんが俺達を見る。 「いや、これくらい平気だから」 「アンテナの時、お世話になったしね~」  俺達は祥子さんのそばで、山積みになった資料を整理していた。  今まで行われた選挙についての資料らしい。  さすが10年分だと結構ある。 「生徒会室なら、扇風機はあるんだけど、今会議中でね」 「それは祥子さんは出なくてもいいの?」 「平気平気。会長にお任せだよ」  ささっとイラストを描きながら答える。  あれはド○ラか?  フキダシに「清き一票を!」とか書いている。結構上手い。 「みゆみゆは今、書記だよね? 来期はどうするの?」 「うーん、特には考えてないけど……」 「生徒会の仕事結構好きだし、また下っぱ役員でもなれればいいかな~」 「いや祥子さんならもっと上を狙えるって」 「いっそ会長立候補しちゃえば? 俺、超応援するよ」 「いいね! 放送部で応援CM流しちゃうよ!」 「ええー?」 「ナナギーが『一票入れないとぶちますよこの野郎』とか言えば、結構票集まりそうだよな」 「妹好きで、M属性の人のね♪」 「二、ニッチすぎないかな……?」  結構いそうな気もするが。 「しゃわたりくん、見っけた!」  何だかぷんすかしてる小豆ちゃんが教室に入ってくる。 「小豆ちゃん、どうしたんすか? ご機嫌ナナメっすね」 「どうしたじゃないよ! 今、生徒会長の子と話してたんだけど」 「放送内容を顧問が知らないなんて、おかしいなんて、おかしなことを!」  いやおかしいだろう。 「小豆ちゃん、一昨日、ちゃんと報告したじゃないですか……」 「ちゃんと三咲が清書した報告書も渡したでしょ? それどうしたんですか?」 「記憶にございません」  お前は昔の政治家か。 「とにかく、あの子、先生の私より偉そうなんだよ! 私じゃ太刀打ちできないよ!」 「いっしょに来て! そして私の代わりにさくっと説明して!」 「してくれたら、今晩は魅惑のプライベートレッスンしたげるから! ひしっ!」  気がついたら腕にしがみつかれていた。 「えー」 「沢渡くんと鬼藤先生って、そんな仲だったんだ……」  クラスメイトの女子二人に疑惑のまなざしを向けられた。 「違う! 俺的に小豆ちゃんはストライクゾーンを下に外れてます! ちょっと無理です!」  必死で釈明する。 「何っ?! しゃわたりくん狭すぎだよっ?! ギリギリで入れてよ!」 「うんうん、もう少し大人になってからね?」  幼児を愛でるように、頭をなでてやる。 「てめーより、ずっと大人だっ!」 「ぐふっ?!」  幼児が腹パンしてきた。  結構効いた。 「はいはい、行くならもう行こうよ」 「湯川会長はせっかちだから。時間に厳しいよ」  祥子さんも席を立つ。 「あれ? 祥子さんまで行くの?」 「会長なだめるの得意だから、行ってあげるよ」  優しい言葉が心に染みた。  眼鏡をかけた天使を俺は見た。 「小豆ちゃん、ほらこのお姉さんを見習って、ね?」  微笑しつつ、肩を叩く。 「だから、私のが年上なんじゃーっ! アダルトなんじゃーっ!」 「あ痛たたたっ! じ、じゃあ計、行って来る!」  速射砲のようなラッシュを背中に受けつつ出口へ移動する。 「あいよー、行ってら~」 「まなまな、1時間くらいはかかりそうだから、部室戻ってていいよ~」 「はーい」  そんなわけで、計を教室に残して生徒会室へ。 「だから、いくら学生主導といえど、顧問が何も知らないのは問題だと言ってるんです!」 「まあまあ、会長抑えて抑えて。会長の仰る通りだと俺も思いますし……」 「先生は忙しいんじゃーっ! だから秘書のしゃわたりくんにみんなまかしとるんじゃーっ!」 「まあまあ、先生抑えて抑えて。先生の仰る通りだと俺も思いますし……」 「だいたい、鬼藤先生は――」 「まあまあ」 「そーいう、生徒会だって――」 「まあまあ」 「×▲◎¥*&@っ!」 「まあまあ」 「▽○%♯&@*っ!」 「まあまあ」 「沢渡くん、めちゃくちゃ日和ってるよ!」  こうしてあまり実のない会議は進行していく。 「まなまな、1時間くらいはかかりそうだから、部室戻ってていいよ~」 「はーい」 「……」 「ふぅ……」  一人残された教室で、私こと真鍋計さんは息を吐きます。  何ていうか、テンポを戻すためですか。  やかましい人達が一気に消え去ったせいで、ギアチェンジが必要なのですよ。 「くす……」 「タクといっしょにいると、いつも騒がしいから……」  騒がしいのが嫌いというわけじゃない。  むしろ、嬉しいです。楽しいから。  ――沢渡さん、あなたといると楽しいんですよ、あたしは。 「だから、タクといるのが、好き……」  ううん、違う。 「タクが好きだから、かな……?」  ああ、言っちゃいましたよ。  今日は大胆ですね、真鍋さん。  教室で告白ですか、青春ですね。 「一人だけどなっ!」 「意味ないじゃん!」  セルフツッコミも忘れません。  ごめんなさい、あたしたぶん変な子なんです。  こんなあたしですみません、沢渡さん。 「だけど……」  自然に足が向く。  タクの席の方に。 「変な子だけど、あたし……」  沢渡さんがいないのをいいことに、座っちゃいました。 「沢渡さん、沢渡さん……」  そんでもって、机に頬ずりの荒業です。 「すりすりすりすり……」  思いっきり擦りつけてる。  タクの胸板を想像しつつ。  変な子を通り越してしまいそうです。 「くんかくんか……」  匂いを嗅いでいた。  まぎれもなく変態です。  おめでとう、あたし。  すみません、両親。 「タク、ん……」  何もない空間に、キスしてみました。  エアキスです。虚しいです。 「ん、ちゅっ、ん……」  それでも、沢渡さんの席でやってると思うと興奮してきます。  どきどきです。 「うう、でも……」  流々は本当にキスしたんだよね。  しかもファーストをかっさらって行った。  ズルイ。  あたしだって、タクとキスしたいのに。  10年前からしたかったのに。 「タク、ん、タク、好き……」 「気付いて、よ……あたし、ずっと待ってるのに……」  あ。  自然に手が胸に。  愛撫しちゃってる。 「あ、ん、ダメ、ダメ……」  タクの腕の感触を思い出しながら、自分の胸を揉んでみる。  タクの肌の感触はいつでもすぐに思い出せる。  そのために、しょっちゅうわざと胸を擦りつけてる。  プチ誘惑のつもりもあります。  階段ではわざとパンツ見せたり。 「うう……」 「あたし完全に変態ですよ……」 「どうしてくれるんですか……沢渡さん……」 「あたし、貴方が好きすぎて、変な子街道まっしぐらですよ……」 「責任、とってくださいよ……」 「責任とって、タクのお嫁さんにしてください……」 「タク、タク……ん、ん……」  はぁはぁと息を荒げながら、タクの机につっぷす。 「好き、タク、好き……」 「抱いて、タク……あ、ん……」 「あたしを、タクのモノにして……」  タクにどうしても、して欲しい。  あたしは席を立つ。  タクにしてもらうために。 「あ、ん……」 「タク、あ、うん……」  いけないよ。  こんなの、いけない。  誰かに見つかったら、あたし恥ずかしくて死んじゃう。 「あ、ん、んっ、タク、あ、んん……」  だけど、もう止まれない。  だって、タクが、ずっと好きな人が抱いてくれるのに。  やめられるわけないよ。 「あ、ん、ちゅ、んん……」 「好き、大好き、タク……」 「好き、好き、好き……!」  胸を愛撫しながら、また想像のタクと唇を重ねた。  心臓の鼓動がすごい。  速い。はっきりわかるくらい、どきどきしてる。 「あ、だ、ダメ、タク……」  タクがあたしのおっぱいを揉んでくる。  後ろから、抱きしめられながら。  エッチな指使いで、愛撫してくる。 「あ、ん、いやん……」 「そ、そんなにしちゃ、ダメ……」  乳首が勃っちゃうから。 「あ、ん、ちゅっ、んん……」  おっぱい触られながら、ちょっと強引にキスを。  しかも、あたしのお尻に股間をそんなに擦り付けて。 「も、もう……」 「タクのエッチ……」  本当はあたしがエッチなんだけど。 「あ、ん、ああ……」  あたしは、こすこすと股間にタクの机の角を擦り付けた。 「あ、あああ……っ!」  ビビッときた。  タクの固いのが押し付けられたみたい。  わかんないけど、本当はさわったことないから固さとかわかんないけど。 「あ、んっ、はぁ、はぁ……」  身体をよじるように動かす。  ぐりぐりと角を下着越しのあたしの、  あたしのヴァキナに……。 「ダメ、そんなの、あっ、こんなところじゃ……」 「ん、いやっ、あっ、あん、んっ、んんんんっ!」 「あんっ、やっ、タク、そ、そこ……はぁっ……!」  下着の上から、タクの固くなったペニスを何度も、何度もこすり付けられる。  でも、まだ入れない。  焦らされてる。 「あ、ん、タク、じ、焦らしてるの……?」  我慢できなくなって上着を着崩した。 「あ、やっ、また、おっぱいを、あっ、やんっ、ダメ、ちゅちゅしないで……」 「好きだからって、あんっ、でも、ここ、教室……ああ!」  大胆な沢渡さんに、あたしはもうめろめろになる。  身も心も全部、タクにあげちゃってる。  好き。 「好き……」  好き好き好き。 「好き好き好き……!」  言いながらタクをぎゅっと抱くことを想像する。 「タク……」 「あなたのこと、初めて出会った時から……」 「ずっと、見てたよ……」 「何度も、冗談っぽく好きって、言ったけど……」 「みんな、本気だったから……」 「バレンタインのチョコも義理じゃないよ……」 「義理で毎年、手作りしないよ……!」 「気付いてよ……!」 「あたしからは、これ以上は無理なんだから……!」  涙ぐんで、タクの胸を叩く。  鈍感ヤローの胸をポカポカと叩く。 「馬鹿、タクの馬鹿……!」 「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!」 「あたしが、好きだって気付いてよぉ……」 「切ないよ……」 「いつもそばにいるのに……」 「優しくしてくれても……」  すがりつくようにして、タクに身を寄せる。 「あたしのこと、女の子だって、タク思ってないよぉ……」 「タク、このままいつか誰かと付き合うの……?」 「誰かと付き合い始めて、あたしに彼女を紹介するの……?」 「ぐすっ、うっ、あっ、うう……」 「そんなことされたら、あたし再起不能だよ……」 「毎日泣いて暮らすしかないよ……」 「タク、タク、お願い……」 「好きなの……」 「あたしが女の子だって」 「あなたのこと大好きな女の子だって」 「気付いて……!」  あたしはポロポロと涙を流しながら、タクの机で自分を慰め続ける。  もうやめないと。  頭ではわかってるけど。  タクに抱いてほしくて、タクに感じさせてほしくて――止まらない。 「タク、タク……!」 「あっ、んっ、はぁっ、んっ、んんっ……」 「好き、タク、大好き……!」  タクのモノがそっと、あたしの入り口を押し広げる。  くちゅっ、と音が鳴る。 「はぁ、んっ、あっ……」 「タク、んっ、あっ、き、来て……!」 「タクのが欲しいの……欲しいよ……」  おねだりする。  タクは優しくあたしを抱きながら、ゆっくりと入れていく。 「ああああああっ!」  机をつかむ。  タクの身体だと思って。 「あんっ、んっ、はぁっ、んっ、あああ……」 「あっ、やっ、タクの、あっ、ああん、んんっ!」 「ダ、ダメ……か、感じちゃうよ……」  あたしは自ら腰を動かす。  タクのが欲しくて、エッチに腰を振るの。 「あっ、んっ、あっ、はぁっ、んん……」 「やっ、あっ、うっ、激しいよ……タク……」 「ん、あっ、キスして、タク、キスぅ……」  甘える。  何もない空間に、好きな人の顔を思い描いて。 「んっ、ちゅっ、ん、んん……」 「はぁっ、んっ、ちゅっ、んん……」 「ちゅっ、んっ、はぁ、んっ、ちゅっ……」 「あん、んっ、ちゅっ、好き、好き、タク……」  ギシギシと机が軋む。  静かな教室にあたしのエッチな声とエッチな音が響く。 「は、恥ずかしい……」 「あ、あたし、いつも勉強してる、友達といる場所で、こんなことしちゃってる……」  もし誰かに知れたらどうしよう。 「も、もし、タクに知られたら……」 「もう、タクの顔、まともに見れない……」  それどころか、生きていけない。  タクにエッチな子だってバレたら、生きていけないよ。  タクに嫌われたら、あたしはもう生きていけない。 「はぁ、んっ、ああっ!」  でも、想像の中のタクは「エッチな計も好きだよ」なんて言ってくれる。  優しい。  胸がきゅんとなって、泣いちゃいそうになる。  本当に言われたわけじゃないのに。 「はぁっ、んっ、あっ、んんんんっ!」  胸の切なさを振り払うように、腰をもっと速く動かした。 「あっ、はぁっ、んっ、んっ、あっ、やっ、んっ!」 「んっ、あっ、はぁっ、やっ、あっ、ああああっ……!」  あたしの身体の奥で、じんわりと温かいものが広がってくる。  もうすぐ、だ。  あたし、もうすぐイっちゃう。 「はぁ、んっ、あっ、んっ、あっ、ああああ……!」 「んっ、あっ、はぁっ、んっ、あっ、んっ、はぁっ、んん……!」 「タク、タク、タク……!」 「す、好き、好き、好きっっっ!」 「あ……」  ぴくっ、とあたしの背中が反り返った。  今、あたしの中で、タクが――  あたしは、タクの机をぎゅっとつかんだ。 「ああああああああああああああっ!」  がたん、がたん  机が大きな音を立てる。  それが、タクの声の代わりだった。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  快楽の余韻が徐々に引いていく。  現実に戻る。  タクに抱かれてなんかいない、ただのあたしに。  幼馴染の真鍋さんに。  凹んだ。  一人エッチの後はいつも凹む。  身勝手に好きな人を汚した気がして……。 「あ……」  太ももをつたってあたしの液が、流れていた。  タク、ごめん。  机汚しちゃった。 「うう……」 「あたし、本当に変態さんだ……」 「ぐすっ、うっ、もう、あたしダメダメだ……」  一生懸命、タクの前ではノリのいいあたしを演じてるけど。  もう無理かも。  好きすぎて、あたしはもう平常心でタクと接するの無理かも。  いつかいきなり抱きついて、キスしちゃいそう。  真鍋さん、性犯罪者ですよ。  さすがに、それは避けたい。  あたしは衣服を整えながら、しょんぼりした声を出した。 「ぐすっ、あたし、ダメなのかな……?」 「タクのそばにいたら……本当はいけないのかな……?」  あたしが半泣き状態でそうこぼした時、 「そんなわけあるかっ!」  前ぶれもなく扉が開いて、血相を変えたタクが駆け込んできた。 「――え゛っ?」  あたしの思考は急停止した。 ――10分前―― 「あー、やっと解放された……」  会長と小豆ちゃんの二人を何とかなだめて事なきを得た。  大人びた生徒と子供そのものの先生では水と油だ。 「これからも揉め事をおこさないように注意はしないとな」  間に入って、ひたすら「まあまあ」と言うだけだが。  中間管理職の気分。 「あ」  階段付近で足を止める。  部室に行くか教室か迷う。 「計はもう部室に戻ったよな?」  でも、もし教室で待っててくれたら悪いな。  あいつは変に律儀なトコがあるし。 「一応、先に教室のぞくか……」  階段を上らず、教室に向かう。 「ダメ、そんなの、あっ、こんなところじゃ……」  ――え?  扉を開きかけた手を止めた。  妙な声が。  ていうか計のエロっぽい声が。 「いやいやいや!」  ぶんぶんと首を振る。  そんなわけないよ。幻聴ですよ。  計がこんなところで、そんなまた、ご冗談を―― 「ん、いやっ、あっ、あん、んっ、んんんんっ!」 「のおおおっ!」  何とか日常に回帰しようとした俺に、再び計のエッチッチな声が届く。  もう目は背けられない。  ここには計が居て、何か淫らな行為が展開されている。  だが、待て、しかし。  いったい―― 「あんっ、やっ、タク、そ、そこ……はぁっ……!」  は?  俺は自分の耳を疑う。  俺?  俺、ここにいるよ?  俺以外の俺が計とエロ行為してるっていうのか?  混乱してきた。  いけないと思いつつ、そっと扉を開ける。  状況を確認したい。 「あ、ん、タク、じ、焦らしてるの……?」 「あ、やっ、また、おっぱいを、あっ、やんっ、ダメ、ちゅちゅしないで……」 「好きだからって、あんっ、でも、ここ、教室……ああ!」 「――?!」  あまりの衝撃映像に叫びそうになる。  口を手で押さえて必死で耐えた。 「け、計…………」  幼馴染の自慰シーンを凝視してしまう。  めっちゃエロいし……可愛い。  グラビアアイドルなんて、そこのけである。  鼻血が出そう。 「真鍋さん、すごいです……」  失礼と思いつつ見とれてしまう。  あ。  いかん、もうやめないと。  着替えを間違えて見ちゃったのとは比較にならないくらいイケナイものを見てしまった。  早急に扉を閉めて、見なかったことにしないと。 「ご、ごめんなさい……」  謝りながら扉をゆっくりと閉めかける。  と、 「好き……」  え? 「好き好き好き……!」  ええ? 「タク……」 「あなたのこと、初めて出会った時から……」 「ずっと、見てたよ……」  な、何?! 「何度も、冗談っぽく好きって、言ったけど……」 「みんな、本気だったから……」  ええええええっ?! 「………………」  扉を閉めるのも忘れて放心した。  でも、すぐに。  思いっきり心臓の鼓動が速くなった。  ヤバイ。  顔がみるみる熱くなってきた。  計が俺を好きなの?  友達じゃなくて? 男として好きなの?  待ってくれよ、そんなの急だろ。  いつも、沢渡さんってふざけて遊んでて。  不意打ちすぎないか? 「バレンタインのチョコも義理じゃないよ……」 「義理で毎年、手作りしないよ……!」 「気付いてよ……!」  すみませんでした!  俺は心中で計に土下座した。  ごめん、マジごめん。  そうか、計、俺のこと想ってくれてたのか。  俺は―― 「そりゃ、俺、計好きだけど」  大好きだけど。  可愛いなって、ずっと思ってたさ。  いつもさりげなく気を遣ってくれるいい子なのも知ってるさ。  いちいち言わないだけで―― 「……く」  顔の筋肉がだらしなく緩むのがわかった。  ああ、俺嬉しいんだ。  嬉しい。  計に、想われて、すごく、嬉しい。 「タク、タク、タク……!」 「す、好き、好き、好きっっっ!」  好きと言われるたびに、どきどきする。  計をすぐにでも抱きしめたい。  計が求めてくれるなら、今すぐにでも―― 「さすがに、今は出て行けないけど」  デバガメがバレてしまう。  なんて間の悪い。  お互い好きなのに、切ない。 「あ……」 「ああああああああああああああっ!」  そうこうしてる間に、計が絶頂を迎えてしまう。  結局、最後まで観賞してしまった。 %16「……すみませんでした!」 %0 小声で心からの謝意を表す。  さあ、もう立ち去ろう。  それで、タイミングを見計らって、俺から計に言おう。  好きだよって。  そう思いつつゆっくりと扉を閉め―― 「ぐすっ、あたし、ダメなのかな……?」  計のえらく落ち込んだ声が聞こえてきた。  ちくり、と胸が痛む。 「タクのそばにいたら……本当はいけないのかな……?」  そんなわけないだろう?  計がいなくなるなんて、絶対嫌だ。 「そんなわけあるかっ!」 「――え゛っ?」 「あっ……」  気がついたら踏み込んでいた。 「…………」 「…………」  お互いしばらく顔を見合わす。  ほんの数秒のはずのそんな時間が無限のように長く感じられる。 「……タク?」 「……タクですか?」  計は震える指で俺を指差すと、俺にそんなことを尋ねた。 「はい、俺です……」 「不肖、沢渡拓郎でございます……!」  礼をして答えた。 「……も、もしかして……」 「――見た?」  首から上を沸騰させた計が俺を見る。  涙目だった。  ――その目は、わかってるだろうな? わかってるだろうな? と俺に何度も念を押してくる。  大丈夫だ、計。  この沢渡拓郎、決して女の子に恥をかかせたりはしない!  紳士的かつごく自然に何事もなかったように対応してみせよう! 「エ? ナ、ナンノコトカナ?」  めちゃめちゃ不自然だった。 「何で、日本語カタコトですか――っ?! 沢渡さん、やっぱり――」  うるうると計の瞳が潤む。 「いやいや! 計、俺はマジに何も見てないですよ?!」  慌ててフォローに入る。 「本当ですか? ウソだったら、あたしは今ここで――」 「い、今ここで?」 「涅槃に」 「旅立っちゃダメ! そんなことで死んじゃダメ!」  そうとう思いつめてる。 「だってだってだって――っ!」 「こんなの女の子として最悪じゃないですか?!」 「いや最悪なんて」 「ウソだ――っ! 沢渡さんはあたしに気を遣ってウソをついてます!」 「好きな男の子の机で、オナヌーしてた女の子なんて――」 「何で、自分で言うの?!」  頭を抱える。  俺の苦労が一瞬で水泡に帰した。 「え? あ、あ……」 「あ、あ、ああ……!」  計は肌という肌を紅潮させて、 「嫌アアあああああああああああああああああああっ!」  空に向かって叫んでいた。 「ごー、とうー、ねはんっ!」  そして、窓枠から身を乗り出す。 「旅立っちゃダメっ!」  後ろから抱きついて計を止める。  ともあれ。  夏休みの折り返し地点である今日、俺と計の関係は、大きく変化しようとしていた。 「放してくだされ、沢渡殿!」 「真鍋殿、殿中でござる!」  ……変わるんだよな?  夏休みも昨日で半分終わった。  私がこの町に戻ったのも、夏休み直前だから――まあだいたい3週間は過ぎたことになる。  あっという間だった。  ったく、タクボンと計といると時間がすぐに経つな。  楽しくて――  お。  前方に沢渡兄妹と計、発見。  私はペダルをこぐ脚に力をこめた。 「おいっす!」  ウイリーを決めながら、3人に声を投げた。  三人はすぐにこっちを振り向く。 「おはようございます」  あいかわらず激キュートなナナギーがまず私に挨拶を。 「あ、お、おはよう」 「よう、流々」  ん?  タクボンと計の反応がなんか変じゃね?  何が、ってわけじゃないけど。何となく。 「タクー! 計ーっ!」  いつもより広めに開いてるタクと計の間の空間に自転車を滑り込ませて、ブレーキを踏んだ。 「どうした? お前ら、空気微妙じゃね?」  二人を交互に見る。 「な、何を言ってるのですか、田中さん!」 「いつもと何も変わりなどありませんっ! 今日も平和な日常なのですよ! ね、沢渡さん」 「そ、そうですとも、真鍋さんの言う通りです!」 「俺達は平常運転ですよ! 呆れるくらいいつもと同じっす!」 「そうかあ? 何か元気なくね?」 「そう言えば、昨日の午後からちょっと」 「ファイトー!」 「いっぱーつ!」  二人がわざとらしく、元気をアピールしだす。  崖でもロッククライミングしそうな勢いだった。  アホなのはいつも通りか。 「ナナギー」  私は自転車を降りて、3メートルほど後方を行く沢渡妹の方へ近づく。  そして、少し声のトーンを落として、 「タクと計ってケンカした?」 「いえ、どうもケンカではないみたいです」 「ギスギスした感じはないので」  そうか。ナナギーがそう言うならケンカじゃないな。  良かった。  でも。 「何かあの二人、変じゃね?」 「はい、変ですね」  やっぱりナナギーもそう思ってたのか。  変なのは確定なんだ。 「よそよそしいっつーか、気まずい感じじゃん」 「まったく、その通りだと私も思います」  こくこくとナナギーは頷く。 「ケンカしてないのに、よそよそしいって、どういうことなんでしょうね?」 「うーん、ごく普通に考えると」 「考えると?」 「タクが計に告ってフラれた」 「マジですか、ありがとうございます!」 「何故、ナナギーがお礼を言う?」 「フラれたばかりの男性は落としやすいと、最近読んだ雑誌に――」 「このバカチンがっ!」 「あう?!」  ブラコン妹に愛の修正パンチを与える。 「兄貴を落とすんじゃない! 背徳すんなっ!」 「うう……。流々姉さんは、今きっとたくさんの人達を敵に回しましたよ」  何の話か。 「あと、もうひとつの可能性として、計が――」 「真鍋先輩が?」 「――いや、これは……」  言いかけて止めた。  このパターンは嫌だ。  私が納得いかない。 「これは要調査だな!」  私はふん、と鼻息も荒く宣言する。 「ですね、私もするつもりでした」 「たぶん、すげー下らないオチだと思うけどな!」 「私も実はそれが一番可能性が高いと」  だよなあ。  タクと計だもんな。 「タクが自家発電してるとこ、計が見ちゃったとかな!」 「じ、自家発電……」 「タクがオ○ニーしてるとこ、計が見ちゃったとかな!」 「言い直さなくても、いいですからっ!」  真っ赤になったナナギーが慌てだした。 「そんで、ネタがすげーマニアックだったんじゃね?」 「た、確かにそれは気まずいですね……」  ――そんなわけで。 「計、ちょっとトイレ付き合ってくんない?」 「あいよー」  まどろっこしいことが嫌いな私は、計をあっさりと罠にかける。 「おらおら、もう素直に吐いちまいな!」 「ひいぃぃぃぃぃっ?!」  夏休みの昇降口は人気が少ない。  だから、尋問するには格好の場所なのである。 「どうして、トイレ行くはずが、あたし親友にいきなり責められてますかーっ?!」  計はまだ状況が飲み込めていないようだった。  私は計の頬を指でピタピタと叩きながら、刑事口調で言う。 「ん? まだシラを切る気かい? 姉ちゃん……」 「ナ、ナンノコトカナ?」  計が私から視線を逸らす。  こいつ、ごまかす気か。 「昨日、お前とタクに何かあったことはわかってるんだぜ……?」  ぴく  私の言葉を聞いた瞬間、計の肩が微かに揺れた。  ふ、未熟者め。  口では何とでも言えるが、やはり身体は正直だな! (※決してイヤらしい意味じゃありません) 「やっぱり隠してるなこの野郎!」 「な、何を証拠に?」 「タクって言った時、反応したじゃねーか! 肩が揺れた! 乳も揺れた!」 「私とナナギーを差し置いて、一人だけそんなに育ちやがって――っ!」 「論点がズレてますよ、田中さん!」 「うっさい! 昨日、タクと何があったか吐け! ついでに巨乳の秘密も吐け!」  両脇に手を入れて、くすぐる。 「きゃははははははははははははははっ!」 「や、やめっ、きゃははははははははっ!」 「ええか、ええのんか~。最高か~」  オヤジっぽく計を責める。  ちょっと楽しかった。 「わ、わかったよ! 言うよ! 言うから!」 「よーし」  手を止める。 「も、もう、流々のエッチッチ……」  軽くにらまれた。  くそ、可愛いじゃねーか。  私が男だったら絶対ヨメにしてた。 「じゃあ、言ってみそ」 「毎日の牛乳です」  まずはそっちかよ。 「そっちはついでだっ! タクと何があったか話せよ!」  牛乳も試すけど。 「あー、えーと、うーん」  計が赤くなってうつむく。  もじもじしだす。  ん? 何だ? マジで告られたのか?  計の態度を見て、私の胸が少しだけ鳴ったのがわかった。 「あ、あのね」 「うん」 「る、流々なら言ってもいいけど……」 「親友だもんな!」 「だけど、恥ずかしいから他の人には絶対内緒ね?」 「いいけど……ナナギーもダメか?」 「ナナギーもダメっ!」 「叱られちゃうかもしれないし……」  叱られる?  やっぱりタクに告白されて断ったのか?  ……ちょっと待って。それは待って。  そうなると、私の予定が狂う。 「な、何があったんだ?」  気になる。  私は計の両肩をつかんで、顔をのぞきこむ。 「ナナギーにも内緒だよ?」 「……いずれタクからバレると思うけど……わかった。私からは言わない」 「う、うん、あのね」 「実際にはね、そんなに大したことじゃないんだよ?」 「ん? そうなのか?」 「うんうん! 皆、きっとしてることだと思うし!」  なんだ。  案外大したことじゃないのかもしれない。  私は胸を撫で下ろす。 「流々、あたしね」 「うん」 「タクにね」 「うんうん、タクに?」 「昨日、教室でオナヌーを見られて」 %36「大したことじゃねーかっ!!」 %0 私はム○クの叫びのようなポーズになる。 「えー、そこは、軽く流してよっ! 本当は気にしてるんだから!」 「流せるかっ!」  このアホ娘はっ。  私の予想のナナメ上を行く展開だった。 「おめーら、期待を裏切らなさすぎっ!」 「そ、それほどでも」 「褒めてねーよ、そこで照れんなよっ!」  マジ天然なのか、そうなのか。 「しょぼん」  口で言うな。 「はぁ~~っ、それが原因でタクと気まずいのかよ~~……」  がっくりとうなだれる。  本当にくだらなさすぎだった。 「ま、まあ、半分くらいは……あ」  言った瞬間、計が口を押さえた。  しまった、という顔をしていた。 「半分?」  私はもちろんそんな計の表情を見逃さない。 「じゃあ、まあ、そんな感じで!」  明るく片手を振りつつ、離脱しようとする計。 「待て待て、オナヌーガール」  肩をつかんで引き止める。 「泣くぞっ!」  すでに涙目だった。 「残り半分も言ってみそ」 「えーっと、それは……」 「ひみちゅ☆」  舌を出してウインクする。 「今さら可愛い子ぶっても遅いんじゃああああっ!」  肩を揺する。 「のおおおおっ! 許してつかーさいっ!」 「全部吐けや、ごらあああああああっ!」 「いーやー!」 「あと半分て何だーっ?! あとオナヌーのネタも教えろーっ!」 「ネタって言うなーっ!」 「オナガーのくせに、気取るなーっ!」 「略すなーっ!」 「ああん? 誰だ? 芸能人か? スポーツ選手か? それとも身近なヤツか? タクボンとかか?」 「!」  ぴくく  あ。  今、こいつ……。 「な、何よー、まじまじ見ないでよー」 「芸能人」 「……」 「スポーツ選手」 「……」 「タク」 「!」  私がタクと言った時、計の顔が瞬間沸騰した。 「――タクかよ?」 「はうう……」  幼馴染で親友の女の子が目の前で、肩を落とした。 「ごめんなさい……」 「? 何がだよ? 私に謝ることないじゃん」 「だ、だって……」 「流々も、タク好きじゃん……」  ちょっと拗ねるように言う。 「は? な、何でそうなるんだよ?」  今度は私が少しうろたえる。 「私が、タクボン好きなわけ――」 「キスした」 「こ、子供の頃の話だろ!」 「でも、子供の頃だって、好きでもない男の子とキスなんてしないよ!」 「ふざけてただけだって」 「信じて欲しいんだけど、抜け駆けするつもりはなかったんだよ……?」 「いやだからさ」  私はタクと付き合う気はないってのに。 「タク、流々といる時、すっごい楽しそうだったから……あたし、もうダメかなって思ってたし……」  そんな風に思ってたのかよ。 「計といる時だって、タク楽しそうだって」 「それは……沢渡さんは、誰にでも優しいじゃないですか」 「あたしは、たぶんその他大勢です」  しゅんと頭を垂れる。 「おいおい、んなわけないっての」 「タクは計のこと好きだって」  計に好かれてるって知ったら喜ぶに決まってる。 「そ、そんな様子はカケラもないですよ!」 「今までそれとなく、気のあるそぶりを見せても全然でしたよ! 全滅です! 玉砕です!」 「それはいつも最後にオチをつけるからだろ……」  小芝居ばっかりしてるから本気と思われないんだよ。 「だから、あたし最近決心してたんですよ!」 「何を?」 「だから、タクは流々に譲って」 「あたしは人知れず、二人を温かく見守って……」 「んで、自分はたまにオナヌーして我慢するってか?」 「――はい」 「認めんなよ!」 「あうち!」  アホで思い込みの激しい幼馴染の頭を小突いた。  好きな男譲るなんて言うなよ。  人良過ぎだろ。 「でも、あんな風に沢渡さんを思ってオナヌーしてるの見られて……」 「あたしが好きなのバレてしまって……」 「最悪です」 「確かに恋の告白としては最高にかっちょ悪いよな」 「言わないでくれよっ!」  めそめそと泣き伏していた。  なんだかなぁ。 「うう、せっかく、流々にならって、納得してたのに……」 「二人を祝福しようって、決めてたのに……」 「勝手に祝福すんなっ!」 「うわあんっ!」  アホで思い込みが激しくてお人よしの幼馴染の頭を2回小突いた。 「いいか、計、よく聞けよ」 「私はタクには全然、恋愛感情は持ってない」 「――え?」 「もし、タクが告ってきてもゴミのように捨てるね!」 「ゴ、ゴミのようにすか……」  驚愕していた。 「だから、計を応援してやる」 「ええー?!」 「安心しろ、すぐくっつけてやるよ」  ほっといてもすぐくっつきそうだけど。 「いやいやいやいや!」 「それは無謀というモノですよ!」 「何で?」 「だって、あたしは今、沢渡さんにオナガーと思われているであります!」 「評価最悪状態ですよ! 挽回は不可能です!」 「んなことタクが気にするかよ」  ていうか自分でオナガー言うな。 「心配すんな」 「タクは、計のことをちゃんと好きだって」  笑って頭を撫でてやる。  子供の頃、泣き虫だった計をよくこうしてやったのを思い出した。 「……流々」 「流々――っ! うわあ~ん!」 「あー、よしよし、泣くな泣くな」  計を抱きながら、私は苦笑した。  あんまりにも変わってなくて、苦笑した。  計も。  ――そして、私も。 「南先輩、以前の学園祭の資料を知りませんか?」 「奥にあるからいっしょに……」  アンテナの修理も終わり、学園祭に向けて我が放送部は着々と準備を進めていた。 「ん? 神戸くん、このダイヤルは、いったい何だ?」 「マニュアルには載ってねーなー。とりあえずイジってみっか!」 「おいおい壊さないでくれよ」  裏方班の皆は楽しそうに作業をしている。 「この写真、5年前の鬼藤先生ですか?!」 「今とまるで変わってない……」 「何? それは興味深いな!」 「見せてくれよ!」  ささいなことに一喜一憂し、 「ふふ」 「くすくす」 「あはは!」  大声を出して笑い合う。  これぞまさに文化系青春の1コマといえよう。  ――なのに。 「……」 「……」  俺達DJ班はまったく静かなモノであった。  今、トーク用のネタ出しの真っ最中である。  が、二人とも黙々とノートにネタを書き込むだけ。  会話ゼロ。空気が重い。 「――」  ちらっと計を見る。 「……」  ひたすらノートとにらめっこをしていた。こっちをチラリとも見ない。  まいった。話かけることが躊躇われる。  これじゃあ、計に告白どころではない。 「いっそ、メールで呼び出すか……?」  ぽつりと独り言を言う。  でも、こんな雰囲気じゃ来てくれないかも。  あー、くそ、計と話したい。今朝、流々にカマかけられた時以外、今日全然話せてねーよ。 「ていうか、流々いねーし……」  ドコに行ったんだ?  あいつがいればちょっとは空気が変わるのに―― 「悪い、待たせたな!」 「流々姉さん、おかえりなさい」 「おう!」  マジ待ってた!  そんな思いで、俺は入ってきた副部長を見る。 「よーし、タク、計」  流々はパタパタと上履きを鳴らしてこっちに来た。 「今からDJ会議をやる!」 「ネタ帳持って、集合!」 「は、はーい」 「わ、わかった」  俺も計も平静を装いつつ、パイプイスを持って移動する。  三人で輪になる。 「……」 「……」  すぐそばに計がいる。  それだけで、俺は内心気が気ではない。 「……」  あ、今、計がこっちを。 「!」  でもすぐに赤くなって、うつむいてしまう。  俺があんなトコ見ちゃったから恥ずかしいのか。  それはわかるけど――寂しい。  たった1日、計と話せないだけで俺はこんなに寂しいんだ。  その事実に俺は愕然とした。 「おい、こら、タクボン」 「何、計ばっかジロジロ見てんだよ?」 「え……?」 「あ」  流々の声にハッとなる。 「タク、私の親友、視姦すんなよ」 「な?! そ、そうなのですか、沢渡さん?!」 「ご、誤解ですよ、真鍋さん!」  慌てる。  でも、計に話しかけられてちょっと嬉しい。 「んじゃアレじゃね? 計のそのなまめかしいボディラインを目に焼き付けて――」 「今晩のオカズは、計たんに――」 「しねぇよ!」  流々が全部言う前にツッコんだ。  ていうか、今、計にそのネタはヤバすぎるのに。 「ぬ、ぬおおおおおおおおおっ!」  計が頭を抱えながら立ち上がる。 「生まれて、すみませ――ん!」  そのまま走り去ってしまった。  やはりトラウマになっていたようだ。 「追え、タク!」 「言われなくても追うよ!」  お前はまったくロクなことしない。 「計っ!」 「? 真鍋くんと沢渡くんはどうしたんだ?」 「流々姉さん、何をしたんですか?」 「ん? いや、たださ」 「やっぱ追うのは男の役目じゃね? って思っただけ」 「はあ」 「意味わかんねーぜ……」 「さて」 「……上手くやれよ、計」 「生きてて、すみませ――ん!」 「止まってください、真鍋さん!」  意味不明なことを言いながら、疾走する計を追いかける。  あいつあんなに脚速かったか?  錯乱したせいで、潜在的パワーが発揮されているのだろうか。 「仕方なかったんやーっ!」 「悪いことって、最初は知らなかったんやーっ!」 「何を言ってるの?!」  計がどんどんアレな感じに。  マジで早く止めないと! 「最初は、机の角が自然に擦れただけやったんやーっ!」 「自然に目覚めたんや――っ! わざとやないんや――っ!」  どうやら自慰行為に目覚めた経緯を語っているようだった。 「でも、気持ち良かったんや――っ!」 「言わなくていい!」  後で絶対後悔するぞ。  早く止めないと、計の社会的立場が危うい。 「沢渡さんのことを思いながらしたのは――」 「ノーッ! 頼むから正気に戻って、真鍋さん!」  校庭まで追っかけるハメになる。  周囲には運動部の連中がいて、俺達を物珍しそうに見ていた。  確かに今の俺達はそうとうレアなカップルではある。  悪い意味で。 「教室以外にも、タクの手を握っちゃった日とかは――」 「こらこらこら!」  マズイ。マジにマズイ。  このままじゃ、後で計が可哀想なことになる。  こうなったら、多少荒っぽくなっても、止める! 「指の匂いをかぎながら――」 「計、ごめん! 妹アタックル!」 「ひゃうっ?!」  ナナギーの技を借りて、計の腰を両腕でつかまえた。  俺は計を後ろから倒すようにして、芝生の上に倒れた。 「あ痛たたた……」 「ご、ごめん、計」 「――え? タ、タク?」  上半身をひねってすぐそばにある俺の顔を見る。  どうやら正気に戻ったようだ。 「ど、どうして、あたし、タクに後ろから押し倒されてるのっ?!」 「押し倒してないっ! 計を止めたのっ!」 「うわーん!」  え? 何で泣く? 「沢渡さん的には、あたしは押し倒す価値もないですか――っ?!」 「淫らだからですかー? オナガーだからですか――っ?!」 「オナガーって何だよ?」 「言えるかああああああっ! ボケェェェェェッ!」  怒られた。  理不尽だ。 「うわぁん! こんなあたしなんてホッといてよ――っ!」 「ホッとけないよ! 俺、心配なんだよ!」  計を上からぎゅっと抱いた。 「え……?」 「俺、お前が好きなんだよ! だから心配なのっ!」  あ。  つい口走ってしまった。  ちっともムードのない告白だった。 「ええー?!」 「そんな馬鹿な――っ!」  俺の下で計がデカイ声を張り上げた。  いきなり否定かい。 「何でだよ! 信じろよ!」 「俺はお前が好きなのっ!」  計に抱きつきながら叫ぶ。 「うおおおおおっ! 耳元で言うな――っ!」 「騙されちゃうから、言うな――っ!」 「俺、騙してないよ! 俺を信じろよ! な、俺を!」 「オレオレ詐欺だ――っ!」 「アホかーい!」  沢渡拓郎、初めての告白を詐欺扱いされる。  泣ける。 「とにかく、計、落ち着いて俺の話を――」 「あ! キミ、危ないよ!」 「避けて! 避けて!」  ――へ?  離れたところから、女子の叫び声が―― 「な、何?」 「タ、タク! 上っ!」  下の計が身体をひねって、真上を見上げる。  上? 「上って何――」  俺も顔を上げて、空を見る。  結構な勢いで、ソフトボールが落下中だった。  俺めがけて。 「――はい?」  あまりに急なことに思考が停止した。  でも、当たり前だがボールは停止しない。  で。 「ぐあっ?!」  俺は額でソフトボールをダイレクトキャッチするはめに。  下に計がいるので、避けられなかった。  でも、それなら手で受ければ良かった。  ああ、意識が―― 「タク!?」 「ぱったり」  わかりやすく計に覆いかぶさったまま俺は機能を停止し始める。 「タク、しっかりして、タク!」  薄れゆく意識の中、計の声がだんだん遠のいた。 ――1年前―― 「今日という今日は付き合ってもらいますよ、沢渡さん」  運の悪いことに帰り際に計につかまってしまった。 「……」  無言で計を見る。  『ぶっちゃけ超迷惑なんすけど』  という言外の意味をこめた目で。 「いや~ん、タクのエッチッチ♪」  両腕で胸を押さえる。  まったく伝わってなかった。 「……あのな」  こいつ、どうしてくれよう。  こめかみのあたりを人差し指でおさえる。 「おう、んなトコ立ってっと邪魔――なんだ、沢渡か」  何故か神戸が俺を見て嬉しそうに笑った。  こいつはあの屋上の一件以来、何故か俺にちょっかいを出してくるようになった。  計よりウザい。 「んだよ、沢渡、こんな可愛い彼女いるんじゃねーか」 「おう、あたし可愛いでありますか、そこの人」  計が破顔する。 「ああ、沢渡にはもったいないくらいだぜっ!」 「いやーん、タク、どうしよう~」  計が軟体動物のように身体をくねらせる。 「付き合ってないから、どうもしねぇよ」 「じゃあな」  計を押しのけて、さっさと教室を出る。 「ああっ! タクちょっと待ってよーっ」 「ち」  想い出の場所に来て、俺がまずしたのは舌打ちだった。 「何で、こんなトコ来ましたかね、俺は……」  自分に呆れる。 「想い出に癒されに来ましたか?」 「情けねーなー、おい」  子供の頃、好きだった場所を歩きながら自分に悪態をついた。  ここに来たのはたぶん、久し振りに計に会ったからだ。  計と流々、そして俺。  ここは、三馬鹿達のお気に入りの場所だった。  もっとも、ずっと来てはいなかったが。  流々が転校してから―― 「沢渡さんじゃないですか」  背中にかけられた声に反射的に振り返る。 「やあやあ、奇遇ですね」  無邪気に笑う幼馴染がいた。 「……ああ」  無愛想な返事だけを返して、また背中を向ける。  川の流れに視線を移した。 「奇遇ですね」  でも、計は俺のまん前に回りこんで、また例の笑顔を向ける。 「……奇遇だな」  仕方なくそう返した。 「ねえ、あそこ行こうよ。橋の下」 「え? あ」  計が俺の手を取る。  驚いた。  今や緑南の1年では悪い意味で有名な俺。  女子はおろか、男子でさえ俺を見かければ避けて通る。  そんな俺の手をこいつは、あまりに自然に取って引く。  ――あの頃と何も変わってないよ。  まるでそう言うように。 「では、ゴーなのですよ、沢渡さん」  嬉々として歩いていく。  俺と手をつないだまま。  振り払えなかった。  振り払ってはいけない、と思った。 「かぁ~さなる、めろでぃ~が♪」 「ひ~びいてる♪」  暢気に歌を歌いながら、幼馴染は俺を橋の下へと連れて行く。  3人の場所に。 「お~っ、ここ変わってないね」 「あ、ああ……」  あまりの懐かしさに俺も思わず声を上げた。 「座りませんか?」 「制服汚れるぞ」 「気にしないし」 「気にしろよ、一応女だろ」 「いいじゃん、タク、あたしのパンツ見えちゃうかもですよ?」 「見ねーよ!」  こいつは。  見た目はすっかり女らしくなったのに、中身は変わってない。  大丈夫かよ。  変な男に騙されないか少し心配になってくる。 「ほら、お座り」  考え事をしてる間にもう計は座ってた。 「……わかったよ」  降参して、隣に腰掛ける。  しばらく二人で黙って、川の流れを見つめる。  初夏の夕陽の光が水面で踊っていた。  気分が落ち着いていくのがわかる。  こわばった心が、徐々に解かれるような。 「はぁ……」  思わず息が漏れた。  余計な力がどんどん抜ける。  今の俺は――少しだけ昔の俺なのかもしれない。 「沢渡さん」  ふいに計が声をかけてきた。 「何?」 「最近、荒れてますね」  計は川を見つめたまま、ぽつんと言葉を置く。 「あー」  一瞬だけ考えて、 「荒れてます」  素直に認めた。 「最近、ケンカしまくりらしいですね?」 「しまくりってほどでもないけど」  売られたら全部買ってはいるが。 「何故ですか? 番長でもめざしてるんですか?」 「今時、そんなもん目指すかい」  苦笑する。 「ウチのクラスの子が噂してました」 「何て?」 「沢渡さんは、妹さんが不治の病にかかって、それでヤケになってるって」 「七凪なら、もう元気だ」 「え? そうなの?」 「ああ、学校はまだだけど、もうすぐ行けるようになる」 「来年はウチを受けるって、張り切ってるよ」 「良かった……」  心底ホッとした顔をしていた。 「何だよ、連絡とってなかったのか?」 「う、うん」 「七凪はタクを通じての友達だったから」 「タクと最近話してなかったから、ちょっと連絡しづらいというか」 「要は怖かったんだけどね、ナナギーが重症だったら、どうしようって」 「連絡してやってくれ」  そんな言葉が自然に出た。 「いいの?」 「きっと、七凪は喜ぶから」 「ふふ」  にへらっと計がだらしなく笑う。 「な、なんだよ?」 「タク、変わってないじゃん」 「優しいお兄さんのままです。シスコンです」 「シスコンは違う」  憮然とする。  こいつは一言多い。 「でも、だったら」 「どうして、学園ではあんなに荒れてますか?」 「……そんなに荒れてる?」 「俺に話しかけんなオーラが出てます」 「えー……」  はっきり言われるとちょっと落ち込む。 「良ければ話してみて」 「え?」 「昔は何でも話してくれたじゃん」 「施設のこと、とか聞きましたよ」 「……」 「お前には愚痴ばっか話してたよな」  沢渡の家に引き取られて、俺は孤独だった。  それでいいと思っていた。  どうせ施設に戻るからと。  だが、七凪の兄になると決めたので戻れなくなった。  施設育ちの俺は、クラスの中では浮きまくりで、友達なんかいなかった。  ――沢渡さんはどうしていつも一人なの? ハードボイルドきどってますか?  こいつが流々といっしょに、俺にそう声をかけてくれるまでは。 「愚痴ってくれて、嬉しかったですよ」  え? 「あたし、沢渡さんの本当の友達なんだなって思えて」 「……」 「沢渡さんが、どうして片瀬さんから沢渡さんになったのか」 「あたしと流々だけには話してくれた」 「あの時は、面倒かけて悪かったな……」  一度決心したとはいえ、やはり沢渡の家に居続けることが平気になったわけじゃない。  七凪はともかく、大人達とは衝突もした。  何度も心は折れそうになった。  それを救ってくれたのは、計と流々だった。 「気にしなくていいよ」 「ていうか」 「ん?」 「今から、聞いたげるからさ」 「ほら、愚痴れよ」  幼馴染の微笑。 「お前……」  優しすぎだろ。  目頭が熱くなってくる。 「七凪が、入院してる時、さ」  震える声で、話し始める。 「沢渡さん――今の親父と話したんだ」 「日本に帰ってたんだ」 「七凪、長期入院してたんだ。当然だろ?」 「そっか」 「でも、あんまり家にいないイメージがあって」 「俺を避けてるんだよ。仕方ない」 「……そだね」  困ったようにうなづく。 「俺の両親、あ、片瀬の方の両親な」 「うん」 「事故死の原因は、今の親父が車でスピード出しすぎたからなんだけど」 「タク、前にそう言ってたね」 「その日、七凪が急に高い熱を出して、病院に連れて行く途中だったらしい」 「え……」 「つまり、さ」 「七凪が熱出さなきゃ、俺の親まだ生きてた」 「タク……」 「わかってる。わかってるよ、七凪は何も悪くない」 「理屈ではわかってる! 俺は少しも七凪を恨んでない! あいつにもこの事は一生話さない!」  俺は言葉を吐きながら、地面をなぐりつけた。  何度も、何度も。 「……」 「だけど、家に帰ってあいつの顔をまだちゃんとまっすぐ見れないんだ……」 「情けないよな? 俺、最近、全然兄貴してないんだ」 「くそっ!」 「……そんなの」 「タクが悪いんじゃないよ、自分をそんなに責めないで……」 「だけど、周囲にあたってる。そんなつもりなくても、周りのヤツらを怖がらせてる」 「……それは」 「最低だよな……」 「そんなことないよ」 「呆れないのか? 俺は未だに過去を引きずってるんだ」  そして、未来からも目を背けてる。 「呆れないよ! 真鍋さん見くびんなっ!」 「やあっ!」  ――え?  背中から、突然抱きしめられた。  温かい計の体温が伝わってくる。  吐息さえも感じる。  それくらい近い。 「け、計」  動揺する。  幼馴染に異性を感じてしまった。 「タク、もしどうしてもツラかったら」 「施設に帰っちゃってもいいよ」 「だ、だけど」 「うん、七凪は可哀想だけど、もし七凪がこのことを知ったら」 「たぶん、あたしと同じこと言うよ。あの子優しいから」  耳元で聞こえる計の声がくすぐったい。  でも。  それ以上に優しく心地いい。  こんなに誰かを身近に感じたこと、きっとない。 「だけど、ひとつだけ約束して」  俺の背中にくっついたまま、小指を差し出す。  指きりか。 「何を?」 「たとえ施設に帰っても、あたしはタクの友達だって」 「絶対忘れないって、約束して」 「何かあったら、いつでも連絡してよ」 「あたし行くよ、タクのところまで!」  その言葉が、とどめになった。  ずっと耐えていたモノが、堰を切ったように。  あふれた。  計が後ろにいて、良かった。  泣き顔を見られなくて、すんだ。 「ほい、約束」  細い小指をぴこぴこ動かす。 「ああ……でも」  自分の小指を、そっと計の小指にからめながら、言う。 「もう、ちょっとだけ頑張ってみるよ」 「無理してない?」 「してる」 「おいおい」 「無理する価値が、あるんだよ」  だってここには、お前がいるから。 「……あれ?」 「良かった、気がついたね」  目を開けて、最初に見たの破顔した計だった。 「……俺なんで、こんなとこでお前に膝枕されてんの?」  目に映る風景を見て、ここが校庭の片隅だということはわかった。 「え? 忘れちゃったの? もしかして記憶喪失ですか、沢渡さん」 「あなたは、少し前に校庭で不慮の事故に合って」  あ、そうか。確かボールがぶつかって。 「お亡くなりに」 「マジすか、ここ天国っすか」  またそんなノリかい。 「タクの莫大な遺産の半分は、妻の真鍋さんに」 「残りは半分は?」 「もちろん税金として、ぼっしゅーとです」 「世知辛いですね」  変なとこだけリアルだ。 「あー、もうコブできちゃってるよ」  撫でられる。  急に現実に戻った。 「保健室行かないとね」 「それはいいんだけどさ」 「うん」 「返事聞かせてくれ」 「……」  計の俺の頭を撫でる手がピタリと止まる。 「……返事をする前に、ひとつ聞かせて」 「いいよ」 「どうして、急に?」 「同情とかだったら……」 「違うよ」 「わかりました。身体が目的ですね?」 「なんでやねん」  言いつつ計の太ももを撫でた。 「ほら、みろーっ!」  コブの箇所を指でぐりぐりされる。 「すみません、ふざけてすみません」  心から謝罪した。 「時と場所を考えろ、思春期男子」 「マジすみません……」 「馬鹿」  また撫で始めてくれた。  優しい。  いつだって、計はとびきり優しい子だった。  憧れるほどに。 「俺、目を覚ます前さ」 「1年前のこと、夢見てた」 「1年前の何?」 「川原で、計と二人で話してた時のこと」 「お前、あの時、俺に施設帰れって」 「帰れじゃないよ、帰ってもいいって言ったんだけど」 「タクに帰ってほしかったわけじゃないよ」 「あんまり、ツラそうだったから……」 「わかってる」  俺は手を伸ばして、計の手に触れた。 「あ……」  小指に触れた。  あの時、俺を救ってくれた小指に。 「あの時、俺にもう少し勇気があったら」 「勇気があったら?」 「お前のこと、抱きしめてキスしてたかも」 「え? マジですか?」 「あの時、あたし、もうちょっとで沢渡さん落とせそうでしたか?」 「うん」 「落ちてくれればよかったのに」 「……1年、損しちゃったね」 「ごめんな」 「いっぱい待たせてごめん」 「……好き」 「俺もだ」 「……ちゃんと、好きって言って……」 「あたしは10年その言葉を待っていたんですよ、沢渡さん」 「――好きだよ、計」  計の顔を見上げて、想いを刻むように、言った。 「もっと言って」 「好きだよ」 「もっともっと」 「大好きだよ」 「もっともっともっと!」 「大好きっっ!」 「五月蠅いです」 「ひどいっすっ!」  出来たばかりの彼女に早速イジメられた。 「そんな、五月蠅い口は――」 「ふさいじゃいます……」 「え? あ」  まるで手でもつなぐような、ごく自然の所作で―― 「ん……」  計は俺にキスをした。 「――はあ? お前ら付き合うの? もう?」 「早っ」  俺と計は部活が終わって、流々を誘ってここに来た。  やっぱりまずは流々に直接報告すべきだと思ったから。 「色々ご心配をおかけしまして……」  計が照れつつ流々に頭を下げていた。 「心配って……計、流々に相談してたのか」 「ええ、まあ、色々と」  頬をぽりぽりとかきながら、苦笑気味に笑う。 「女の子同士って、どんな相談するの?」  自分が関わってると思うと気になる。 「オナガーとか」 「へ? 何それ?」 「のおおおおおおおおおおおっ!」  計が流々の背中をポコポコパンチで攻撃していた。 「言ったら、ユーのネタも調査してやるっ!」 「わかったわかった、言わねーよ」  流々は逃げるように、引いていた自転車にまたがる。 「一気に下りるぞーっ!」 「ひゃっほーっ!」 「わーい!」  計とそろって流星号に同乗した。 「またかよ! あぶねーよっ!」  そう言いつつも流々はペダルをこぐ。  とんでもない勢いで流星号は坂を下り始める。 「うきゃーっ! 怖いいいっ!」  その割には嬉しそうな声だ。 「どわああああああっ! ヤベーっ! こええええっ!」 「ジェットコースターより、こええええっ!」 「転ぶ転ぶ――っ!」 「オーバー300キロ――っ!」 「公道最速――っ!」 「きゃははは! 怖すぎて笑えるうううううっ!」  三馬鹿大はしゃぎ。  子供な俺達。 「うおおっ! チェーンが外れた――っ!」 「スリル満点!」 「俺達の明日はどっちだっ!」  身体じゅうに激しい震動を感じながら、叫んだ。  今にもコケそう。  でも超楽しい。 「ぬおおおっ! ブレーキ利かねーっ!」 「あははははは!」 「わははははは!」 「さすがに笑ってる場合じゃねーだろ?!」 「流々、ドリフトして減速しろっ!」 「チャリでできるかあああああっ!」 「流々! 川が! 川が迫ってくる!」 「このままでは、全員、緑川にダイブ確定でありますっ!」 「ちょ?! さすがにナナギーに叱られる! 流々、緊急停止!」  手綱を引くように、流々のポニーテールをくいくいと引く。 「馬じゃねーし! ブレーキお釈迦だし!」 「もうあっちの岸まで、跳ぶしかないよ!」 「計がいるから無理だっ!」 「体重40キロのあたしに何を言う!」 「こんな時まで見栄張んなっ!」  そんなアホなやりとりをしてる間にも、自転車は破滅的な音をあげつつ加速し続けた。  そして。  俺達三人の眼前に。 『川がっ!』  お約束通り、俺達は川に特攻する。  高い高い水柱が立った。 「……お、おい、二人とも生きてるかっ?」  子供の頃と違い足はつく。  俺はそばで水死体のように浮かんでいる(腹を水面で強く打ったと推測される)計と流々を助け起こす。 「な、なんとか……」 「まさか、この歳でこんな目に合うとはな……」  濡れ鼠の二人が、ゆっくりと動き出す。  特に外傷はなさそうで、ホッとした。 「早くあがって、服乾かそうぜ……」 「ういー」 「いや、待て二人とも」 「チャリ、引き上げんの手伝え」  流々が前髪をかき上げながら俺達を見た。 「それがあったな……」 「り、りょーかい……」  俺達はずぶ濡れのまま川底に沈む自転車の引き上げ作業に取り掛かった。 「ったく、おめーらはいつまで経ってもガキだなぁ……」 「お前にだけは言われたくない」 「以下同文、右に同じ!」  自転車を引き上げた後、俺達はまだ川原にいた。  俺が服乾いてから帰ると言ったら、計と流々も何故か付き合うと言い出したのだ。 「もう結構、格好つくくらいにはなったな」  下着以外は割とすぐに乾いた。  さすが夏である。 「やっぱ男のコの制服のが早いね」 「あたしまだスカートは生乾き」 「パンツは濡れ濡れ」 「ごふっ!」  計の発言に咳き込んだ。 「この天然エロ娘が~」  流々が計のこめかみを拳でぐりぐりしていた。 「のおおおおっ! 痛い! 痛い!」 「もっと優しくして! そして抱いて!」 「うっさい! エロっ子は成敗じゃーっ!」 「ひいいいっ! 沢渡さん、ヘルプ!」 「民事不介入」 「警察かよ?! いたたたたたっ!」  仲良くじゃれあう二人を見て、俺は目を細めた。  時間が巻き戻ったような感覚。  失ったモノを取り返したような気がした。  俺がいて、計がいて、流々がいる。  あの優しく穏やかだった時が、今、再現されていた。 「タク、何にやにやしてんの?」  計の声に思考を現実に引き戻された。 「計の透けた下着見て、妄想中か?」 「違うわっ!」  お下品なトコまで変わってませんね田中さん。 「三人で、こういうのって久し振りだなーって、思ってただけだ」 「あー、だねだね! 懐かしいよね! 同じだよね!」  計は俺の言葉を聞いて、ぱぁっと満面の笑みになった。 「まあ、おめー達は付き合いだしたし」 「完全に同じってわけじゃねーけどな」  流々は水を含んだスカートをしぼりながら笑う。 「いえいえ! それは違うのですよ、田中さん」 「あたしとタクが付き合おうが、あたし達が幼馴染ーズなのに変わりはないのです!」 「そこんとこ、ヨ・ロ・シ・ク!」  計が両手の人差し指を伸ばして、流々を指す。 「……ま、いいけどよ」  流々は微かに口元を歪めた。  笑おうとして、途中でやめた――そんな表情だった。 「あ、そうだ、あたし今、いいこと思いつきましたよ!」  計が突然すくっと立ち上がる。 「ん?」 「どうした? 計」  流々と同時に計の顔を見上げた。 「タイムカプセル掘り起こそうよ!」 「あー、あったな」  茶色のクッキーの空き缶が俺の頭の中に浮かんだ。  10年前、母親からもらったそれが俺達のタイムカプセルだ。 「は? どんだけ昔だよ?」 「さすがにもう失くなってるだろ」  流々が呆れた声を出す。 「結構、深く埋めたからまだきっと残ってるよ!」 「埋めた場所忘れたって」 「あたしは覚えてるよ」 「え? マジ?」 「この川原のドコかじゃん」 「範囲広すぎだろっ!」 「タク、場所覚えてない?」 「どこだったかな、橋の下のそばだったような気もするし、全然違うような気もする」  ぶっちゃけ、何を入れたかも忘れた。 「家からスコップ持ってくるね~」 「ちょ?! 今からはやめろよ!」  坂を駆けていこうとした計の肩を流々がつかんで止めた。 「タイムカプセルねぇ……」  俺はその場に寝転んで、夕方の空を見上げた。  流々が転校する直前に、埋めたクッキーの缶。  今の俺には、当時の俺がどんな気持ちでそんなことをやろうとしたのかさえわからない。 「やっぱり変わったんだな……」  同じ3人で同じ場所にいたとしても、やっぱり10年分の月日はいくつかのモノを変質させた。  容赦なく、躊躇なく、変えていくのだ。  それがいいことなのかどうかはわからないけれど。  計にせがまれて、帰り際少しだけタイムカプセルを探してみた。  当然、見つからなかった。 「たまには青空の下で食事もいいな!」 「超暑いですけどね」  数日後。  ただ今、俺達はレジャーシートの上で車座になって昼食中だ。  そこで。 「聞いてください、皆の衆!」  いち早く食物を胃に収めた計が手をあげる。 「ん?」 「どうしたの?」  部員達がいっせいに計に注目する。 「この場を借りて、皆さんに報告したいことがあります! ね、沢渡さん!」 「あ、うん」  そう。  俺と計はまだ流々以外には付き合い始めたことを伏せていた。  照れくさくてなかなか言い出せなかったが、もうオープンにしたい。  今日は二人で話そうと決めていた。 「……」  流々がチラっと俺を見る。  でも、すぐに昼食を再開した。  『もう、私は知ってるし興味ねーよ』という態度だった。 「真鍋くん、いったい何だい?」 「兄さんにも関係あることみたいですけど」  三咲とナナギーが俺と計を交互に見る。 「ナナギー!」  キリッと表情を引き締めた計が七凪の方を向く。 「はい?」 「お兄さんを、あたしにくださいっ!」  先走りすぎだ! 「な、なんですって――?!」  案の定、妹は大きなショックを受けていた。 「な、何っ?!」 「タクロー、婿養子に……」 「沢渡くん、そうなのか?」 「違う、ムコはまだ違いますっ!」  いくらなんでも展開が早過ぎる。 「タク、マ○ヲさんだな!」 「ハーイ!」 「流々も知ってて、あおるなよ!」  それにそっちはノリ○ケさんの方だ。 「兄さん私が知らない間に、何所帯持っちゃってるんですかこの野郎」  俺の隣のナナギーにガクガク肩を揺すられる。 「そんなのまだ持てないですからっ!」  落ち着けマイシスター。 「皆、いつでもあたし達の新居に遊びに来て!」 「お前も調子にのるんじゃない!」 「ハーイ!」 「やめんか!」  頭痛がしてきた。  もう俺が言おう。 「えーと、皆、聞いてくれ!」  両手を挙げて注目を集める。 「俺、計と付き合うことにしたんだ」 「マジかよ?」 「イエス!」 「だからどうってわけじゃないけど、皆とはいっしょにいる機会が多いし一応報告させてくれ」 「以上!」  最低限のことを早口で言って、サッサとしめた。  もうこれでこの話題は終了―― 「兄さん、ちょっと待ってくださいこの野郎」  できるはずもなかった。 「どうしてこうなったのか、詳しく聞かせていただきます」 「私も興味があるな」 「わくわく……」  女性陣に囲まれる。  逃げ場はなかった。  そこに。 「計たんはぁはぁ、愛してるんだ? いいだろう?」 「ああ、タク、あたし、まだ……そんな……もじもじ……」 「えーい、まどろっこしい! 俺のモノになりなっ! がばっ!」 「あ~れ~」 「ほらほら、もう俺から離れられない身体にしてやるぜ……! ここか? ここが感じるのか~?」 「いや~、堪忍して~」 「こうして真鍋計は強引に沢渡拓郎の情婦へと落ちてゆくのであった――」 「第一部完!」  誤解を招くこと甚だしい小芝居が上映された。ガッデム! 「……タクロー」 「沢渡くん、サイテーだな……」 「兄さん、腹を切ってください」  女子部員の皆さんはすっかり信じこんでいた。 「うわっ、拓郎マジかよ……」 「しゃわたりくん、あれはないわー」 「女の敵だね!」  そして男子部員といつの間にかいらしたゲスト達もすっかり信じていた。 「ちょっ?! 俺は紳士ですからっ! 付き合うきっかけあんなんじゃありませんっ!」  必死で失われた信頼を取り戻す。 「じゃあ、本当のきっかけをきっぱりはっきりと教えてください」 「わかったよ! そもそものきっかけは俺が教室で、計のオナ――」 「言うなあああああっ!」  全部言う前に、計から掌底を後頭部にもらう。 「がふっ?!」  かっくんと首が前に折れる。 「きっかけは永遠に秘密だーっ!」 「えー、聞きた~い」 「納得いきません!」  たくさんのヤツらにもみくちゃにされ、イジられた。  恋愛って大変なんだな……。  今後、計と付き合い続けることにちょっと不安を感じる俺だった。 「んじゃあ、私は家の手伝いあるから、帰るわ」  流々が鞄を持って、席を立つ。 「ああ、お疲れ」 「流々、おつー」 「原稿の草案、よろしくな。任せたぜ」 「あいよ」 「任されたぜ!」 「また明日な!」  俺達に手を振って、流々が教室を後にした。  俺と計の二人きりになる。  教室の中は急にしん、と静まり返った。 「……」 「……」  何か緊張した。  会話をしよう。  でも、何故か会話のネタが何も浮かばない。  あ、あれ? おかしい。  計と会話する時、こんなこと今まで一度もなかったのに。  意識しているのか。  してるんだろうな。  もう、計は俺の彼女なんだから―― 「タ、タク」 「え? は、はい」  結局、計から話しかけられてしまった。 「ノド乾かない?」 「あ、うん、少し乾いたかもな」  放送原稿を集中して書くために部室からここに移動したのが二時くらい。  今は五時を回っている。  持ってきたペットボトルはとっくに空になっていた。 「あたし、何か買ってきてあげるよ」  そう言って、隣に座っていた計が席を立つ。 「いやいや、真鍋さんはお座りください」  今度は俺が立ち上がって、計に言う。 「この暑い中、彼女をパシリにするようなことはできません」 「ここはどうか私におまかせを」  素敵な執事を気取って、恭しくお辞儀してみた。 「おー、何か、あたし大事にされてますよ!」 「大事だっての」  苦笑しながら、頭を撫でてやった。 「あ……」 「へへ……」  可愛く笑う。 「うへへへ……」  だけど、だんだんとだらしない笑いに。  それが計のちょっと残念なところである。 「何がおかしいんだ?」  撫でながら尋ねた。 「沢渡さんが、頭撫でてくれたから嬉しいのです」 「え? こんなんが嬉しいの?」 「もちのろんですよ」 「ずっとナナギーが撫でられてるの見てて、うらやましかったです……」 「だから、今、天にも昇る気持ちですよ……」 「計……」  いじらしいことを言う。  俺の胸に計に対する愛おしさが、あふれてくる。 「それにさっき、彼女だって言ってくれたのも、ポイント高いです」 「すごく、当たり前みたいに言ってくれて」 「胸きゅんです」  上目遣いで照れながら、そんなことを言う計。  俺の手は自然に計の肩に触れる。 「あ……」 「計、お前さ」 「う、うん」 「すっごい可愛いな」  じっと見つめながら、こっちに抱き寄せる。 「……惚れましたか? 沢渡さん」  くすくすと笑う。 「馬鹿、もう惚れてる」  腰に腕を回す。  計の腰は驚くほど細かった。 「あ……ちょっと、エッチっぽいですよ、沢渡さん……」 「計にキスしたい」 「え? でも、ここは教室ですよ」 「お前だって、校庭で俺にしたじゃん」 「う……。あ、あの時はしょうがなかったのです」 「沢渡さんが、何度も好きって言ってくれて、たまらなくなったから……」 「好きだよ、計」 「うう、今言うのはズルイのです……」 「好き、大好きだよ」  計の耳元でささやいた。  優しく抱きながら。 「は、はわっ、わわわっ!」 「計」  頬に手を添えた。 「キス……いい?」 「も、もう……あ、ん……」  計の返事を待たずに唇を重ねた。 「ん、ちゅっ、ん……」 「んっ、あっ、んっ、ちゅっ……」  少しだけの戸惑いを見せた後、計はすぐに自分から唇を求めてきた。  俺は計の身体を支えながら、計の想いを受け止める。  たまらなくなって、俺は計の胸に手を。 「あ……」 「計の胸、やっぱりいいな……」  了承も得ず触ってしまった。  それくらい俺にとって、目の前の女の子は魅力的だった。 「あ、ん……」 「タクは、そういう触り方するんだ」 「へ、変かな? 痛い?」 「い、痛くはないけど、何ていうか……」 「搾りだすぞ~って気持ちがよく表れてるというか」  確かに乳房をすくいあげて握りこんでいる。  このまま乳首の方へぎゅうぅっと搾っていけば。 「もしかして、出るの?」 「出ないよ! 妊娠もしてないのに出たら変だしっ」 「そうか。そうだよな……」 「ちょっとガッカリした?」 「しないし」  そこまでマニアックじゃない。 「う、でも、こうして教室でタクに胸を触られる日が来るなんて……」 「真鍋さんは感無量です」 「喜んでもらえて、良かったです」 「もっと触ってもいい?」 「い、いいよ、でも」 「や、優しくね?」 「わかってる。計の嫌がることなんてしない」  両手で撫でるように、大きな胸を包む。 「は、んっ……」  計の声に甘い響きが混じりだす。 「計、可愛い声を出すな」 「そ、そう?」 「うん、もっと聞きたい」  言って、ぎゅむぎゅむ、とブラの上からおっぱいを揉みこむ。 「はぁ! あ、んっ、んっ、あ、んんっ!」 「あ、タク、そんなに……ひゃっ!」  ブラの上からでも計の乳首の位置がわかった。  それくらい固くなっていた。  下着越しにきゅっとつまんだ。 「あっ! やっ、ああん!」 「そ、そこは、ダメ、先っぽは、ああっ!」  計は如実に反応した。  俺の愛撫で感じてくれてる。  それが嬉しかった。 「こんなのはどう?」 「はああっ!」  おっぱい全体を撫でまわした。 「そ、それ、タクの手の感触が伝わってきて、いいかも……」 「そうか、もっとやるな」 「あ、う、うん、いやちょっと……」 「どうかした?」  思わず手を止める。 「い、今のおねだりしたみたいで、恥ずかしくない?」 「ないよ、何でも言って、計」  もみもみ 「俺は計を誰よりも愛してるんだから……」  もみもみもみ 「計になら、何を言われても俺は許せる……!」 「あ、ありがとう、タク……」 「でも、お、おっぱい、揉みながら、だと、あんまりカッコ良くないよ……」 「ごめん、とまらなくて」 「何か、身体目当てみたいにさえ聞こえてくるのですが……」 「そんなことは決して!」  もみもみもみもみ 「あんっ! そ、そういうとこがダメなんっ、あっ、んんっ!」 「ごめん、冗談です」 「あっ、んっ、はぁん、も、もう……」 「タク、触り方がエッチすぎです……」 「でも、エッチなことをしてるわけで……」 「あ、う……。そ、そうだね……」  ブラ越しから伝わってくる計の鼓動。  すごくドキドキしていた。  こんなにドキドキしてるのに、我慢してるのか。  可愛いな、計は。  そう思うと俺の股間はさらに硬度を増す。 「計、あの、ごめん」 「え? な、何が?」 「俺、もう我慢できない」  と言って、また了承も得ずに俺は計のブラをずりさげた。 「わわわっ!?」 「脅かした……計が、あまりにもかわいかったから」 「あ、相手がかわいいとおっぱい剥く人なんですか?」 「え、いや、違う。なんかそれ見境ない人みたいで困るんですけど」 「早く計のおっぱいに、直に触れたくなった」 「そ、そう……」  今までが今までだけに、なかなか甘い感じにはいかない。  まぁそれも俺たちらしいのか。 「綺麗だ……」 「っ……そ、そんな大真面目な顔で言われると、なんかすごく恥ずかしい……」 「真面目だよ」  触り心地のいい肌に、色づいた乳首。  今まで俺に見せたことのなかった計の姿が露わになっている。 「タクの、したいように、していいよ」 「…………」  手のひらで曲線を味わうように撫でまわし、指先で乳首を弾いていく。 「んっ……」  下から揉みあげて、乳輪へ搾りだすように何度か指を往復させる。  と、計が困ったような吐息を洩らした。 「っ……あっ、んっ、また先っぽ……」 「でも、女の子はこうするのが気持ちいいって本にあったけど」 「そ、そうなの?」 「なんだか少しずつ乳首も……」  クリッと乳首をこねると、ぴくんと反応があった。 「乳首……た、勃ってきてる……」 「元々固くなってたけど、よけいなってきた」 「タク、えっちだ……。そんなとこまで観察して……」 「計のこんな姿見て、触って、えっちにならなきゃおかしいって」 「あう……そ、それ……すごく、嬉しい……」 「嬉しい?」 「だって、女の子扱いしてもらえてるってことだから」 「してるよ。子供の頃からずっと」 「あ、ありがとう……んっ、あっ!」  乳首に吸いついて、舌で舐めまわした。 「は、ぁっぁっ! ……うそ、夢みたい……っ」 「タクが、あたしのおっぱい、吸ってる」 「夢じゃないよ、計」 「あっ、ああん! ずっと想像してたことが、本当になった……」  こんなこと言ってもらえるなんて、男冥利に尽きるかもしれない。 「……はぁ……なんだろう、これ……気持ちよくて、すごく幸せな気分……」 「ひぁん! な、なに!? 急に、激しくっ……んっ、あっ! ……あっ……っ……ふぁ!」 「タクっ……どしたのっ? んっ、んんぅっ!」 「ごめん、俺もすごく興奮してきて……つい……」  計のおっぱいにもう夢中な俺。 「ああっ! ……でも、この方が……んっ、んっく! 想像してた、タクに……近いっ」 「そ、そうなの?」  計の想像では俺は激しく女の子を攻めるらしい。 「もっと強めのほうが良かった?」 「……っ……迷わなくても、平気だよ……タクになら、どういう風にされても、あたし、嬉しいから……っ……」 「甘く舐めてくれる時も、やらしく揉んでくる時も……ふ、ぁっ! じゅるじゅる……音、立てられちゃっても……」  硬くなった乳首を指で挟んでシゴきながら、もう片方の乳房が揉みこみで形を変える感触を手のひらいっぱいに感じ取る。 「どんな俺でも?」 「いろんなタクを、見たい……あたしの知らないタク……もっと、もっと……えっちなタクを……」 「すごく、計から見たら変なことするかもしれないぞ……」 「それ、あたしがもうしちゃってるから……」  やはり今後何が起きようと、あの事件は俺たちの歴史の金字塔になるのかもしれない。 「計、その、じゃあ、お尻、見せてくれる?」 「うん……」 「こ、こう?」  俺の目の前でお尻が揺れている。 「ああ、そんな感じ。目の前にあるせいか、すごく大きく感じる」 「いきなりスカートめくるとか、男らしいですね、沢渡さん」 「待ちきれなかった……」 「お尻って、そんなに気になるものなの?」 「気になるよ、男は。女の子のお尻とかそそるし」 「あたしはそそる人?」 「もちろん」 「そ、そうですか……」  急にもじもじとしだす。  可愛い。頬ずりしたくなるのを我慢する。  いきなりしたらさすがに引かれる。 「さ、触るね?」 「う、うん」 「ご、ごくり」 「口でごくりって、言うのはやめてほしい……」  そんな計の意向は置いておき、俺はゆっくりとお尻の肉をパンツの上から撫でまわした。 「っ……! な、なんか痴漢されてるみたい……」 「えー、そういうプレイがいいの?」 「や、やめてください……」  計が俺にお尻を撫でられながら、抵抗するそぶりをみせる。  こんな時にまで小芝居か。 「大きな声、出しますよ……?」 「へへ、いいのかい? そんなことしたら、今のお前の恥ずかしい姿が皆にみられちまうぜ?」 「ひ、卑怯者……ああっ!」 「ふ、そんなこと言って、本当は期待してたんだろう?」  俺もノリつつ興奮してきた。 「そ、そんなこと……」 「ほらほら、前の方も触ってやるぜ」 「いやぁっ、だ、だめ……あたしには主人が……」  教室でイメクラプレイをする俺達。  ある意味終わっていた。 「ふふ、でもここはこんなに――」  言いつつ股間に触れてみる。  くちゅ 「え? 濡れてる……?」 「け、計、その……濡れてる?」  素にもどって、聞いてみる。 「そ、そんなにはっきりとき、聞かないでよ……」  計も素に戻って、恥ずかしがる。 「計が、俺の愛撫で……!」  感動しながら、計のお尻をむにゅむにゅする。 「な、なんでそんな嬉しそうなの……っ……んっ……」 「はじめては男のロマンだから」 「は、はじめて……うう……昔の古傷が……」 「は?」 「だって、タクのファーストキス、もらえなかったし……」 「それは……ええと……ごめんなさい」 「まぁ……付き合う前だし、流々だし許してあげます」  流々だと許すのか。  やっぱ親友だな。 「じゃあ、はじめてのお尻を大切に味わいます」 「いや、その……お尻なんかより、もっと大事なところが……んっっ……はじめてだから……」 「できれば……」 「はんっ……そ、そっちにも注目してほしいかなって」 「さっき濡れてたトコだね」  指を股間の奥へ滑りこませていく。 「そ、そう……っ……あっ……今、くにゅって……」 「柔らかいな……いつまでも弄っていたくなる」 「そんなこと、されたら……ぁっ! おかしくなっちゃう……っ」 「じゃあ、おかしくなっちゃってもいいと思ってしまうくらい……俺の指でここを……」  割れ目に指を食いこませる。 「んあっ! ……ぁ、あ……びっくりして、すごい声出た……」 「つらかったら言ってくれよ」 「うん……でも、たぶん……」  パンツに食いこみ癖をつけようっていうくらい、指を押しあてて、計の敏感なところを探っていく。  どうやら割れ目と土手の際あたりが、計は弱いみたいだ。 「っ……っ……なんか、手応え、つかんでない?」 「ここがいいのかな、と思ってる」 「……ぅぅぅ……バレちゃってる……」  もう少し手を伸ばして、下から軽く揺さぶるようにクリトリスを触った。 「はんっ! そ、そこは……一番、気持ちいいところ……あっ、あっ!」  クリトリスに時折触れながら、土手中心に愛撫を加えていく。 「ちゅっ」 「わわっ!? なに?」 「お尻にキスした」 「…………」  じゅわ……とパンツに染みが浮きあがった。 「お尻にキスされて濡れた」 「……濡れたっていうか、漏れたっていうか……」 「え? おしっこ?」 「ちがっ――キスしたって聞いて、嬉しくて……恥ずかしくて……」 「恥ずかしくて……?」 「……中でぐじゅぐじゅいってたのが漏れてきちゃったのっ」 「そういうものなのか……?」 「さっき、キスをしたあと、お尻のお肉をつかんで開くみたいにしてたから……締めてられなかっただけだもん……」 「ああ……それは、申し訳ないことを……」 「いいけど、どうせ時間の問題だったし」 「じゃあ、もうパンツは諦めた?」 「濡れるのは……って、なに?」  がっしりお尻をつかんで、俺は沁みめがけて舌を伸ばした。 「あああぁっ! な、舐めっ……あぁっ、あん! 舐めるのっ!?」 「濡れてもオッケーなら、脱がす前に、ぜひやっておきたい……」 「~~~っ! ぬ、布を舐めてもおいしくないよっ」 「そういう味を求めてるんじゃない。パンツの上から、計の形を炙りだしたいんだ」 「ひゃぅっ! タクがこんなに変態だったなんて……っ……ぁっ! あっ……ほんとに、形、なぞってるっ!」  口にして恥をかいたからにはやるとも。 「あっ、あっ! どんどん濡れてくるっ……ふあぁあっ! タクの舌が、ぐちゅぐちゅしてるっ……や、やぁぁっ……透けちゃうっ」 「このパンツ透けるのか? だったら、そうなるところ見たいな……」  れろれろと唾液をたっぷりまぶして、女性器の凹凸に生地を張りつかせていく。 「すごい、エロい……」 「っ!? ……ど、どんな風に……見えてるの……?」 「残念ながら透け透けではないけど、中の形がくっきりわかる状態になってる……」 「うぅっ……ちょ、直接見られるより、恥ずかしい……っ」 「そんな計の反応もそそる……」 「エッチ、エッチ……もう、おねがい……パンツ脱がして……っ……」 「ちょっと残念だけど、了解」  びしょ濡れになったパンツに手をかけて、ゆっくり剥がすように脱がしていった。 「……これが、計の……」 「そ、そんなに、じっくり見ないで……」 「それは不可能」  無理な相談である。  好きな子が秘密にしてきた場所を初めて見るのだ。 「弄られたり舐められたりする方がまだマシというか……観察は、ほんとに……」 「わかった」 「え? わかったって……」 「じゃあ、触る方向で」 「うう……やっぱりそうなるんですね……」  パンツを脱いで恥入っていた。 「い、いいよ……」  なにもしなくても、計の股間は息づくように少しずつ蠢いていた。  股間を締めようと収縮しているのかもしれない。  開いた膣口に指を当ててみる。 「んぅっ!」  指を湿らせて、ちゅぽ、と指先を第一関節分くらい入れたところでとめた。 「俺の指、わかる?」  言いながら、ゆっくりともう少し奥へ進む。 「わかるよ、もちろん。……あのっ、そ……そこ……そこが」  計が言い淀んだ。処女膜と言いたいのだろう。  入口を少し広げて中を覗くと、そこには指ひとつ分くらいの狭まりがあった。 「タクはそんなに指ごつくないし……一本くらいなら、平気だと思うけど……」 「じゃあ、もう少し」 「あっ、あああああっ!?」  計の入り口がきゅっと俺の指をつかんではなさない。 「気持ちいい?」 「あ、ん、んんんっ!」  答えになっていない。もうあんまり余裕がないのだろうか。 「あ、やっ、んっ、ダ、ダメっ、あっ、はんっ! やん……」 「計の反応が可愛すぎる」  入口から処女膜までの短い肉の道を広げるようにゆっくりマッサージする。 「……っ……」  何度か指がキュッと締めつけられたのは、計の迷いの表れだろうか。 「タク……っ……あの……っ! っ……!」  俺に告白するかどうか、その迷いだけで計は羞恥心でいっぱいになった顔を俺に見せた。 「何?」  愛撫しながら聞く。 「き、気持ちいい……」 「い、いいけど、ちょっと、怖い……かも……」  膣口をひくひくと痙攣させながら言う。 「大丈夫だよ、リラックスして」 「俺を信じてくれ」 「し、信じてるけど……」 「女の子の股間を、まさぐりながら言われてもちょっとしょんぼり……」 「仕方ないじゃん」  エッチしてるんだから。  指でくにくにといじる。 「はぁんっ! そ、そこ、んっ!」  愛液の分泌も、先ほどから指の侵入を助けようとしていた。  もう少し大丈夫だと思い、俺はそのまま指を奥へ進めた。 「ひぅん! ……は、入ってきた……ぁ、ぁっ……」 「あ、計、ちょっと緊張してる」 「そんなこと言われてもぉ……」 「なるべく痛くないようにしたいから、ここをよくほぐそう。な?」  出し入れというよりは、凝りをほぐすようにマッサージをする。 「あああっ! それ、ぁっ、やっ、タク……!」 「んっ! ひゃうっ! ダ、だめぇ、あっ、んっ、も、あっ、ああああっ!」  計の反応が強くなった。  これ以上すると、本番に影響が出そうだ。  ていうか、俺がもう我慢できない。  ――計、が欲しくてたまらない。 「け、計、そろそろ、いい?」  つい声が上滑りになる。 「う、うん……」 「んんんっ!!」  充分にほぐしたとはいえ、指一本とペニスではまるで違う。  痛みを伴うのは当然だった。  でも、やめるわけにはいかない。  押し返されるような抵抗に亀頭をグッとねじ込んだ。 「ひぁっ! ……ぁっ! ぁああっ!」  ぐぅぅっと亀頭が変形を強いられながら、最も狭いところへ割りこんでいく。  その瞬間は、すぐに訪れた。  限界まで伸ばされた膜が決壊すると同時に、先端がグポッと突き抜けた。 「っっっっ!! はっ……は、ぁっ……あっ……く!」 「抜けたぞ。……ごめんな、痛かっただろ?」  おなかをさすりながら、計の息が整うのを待つ。 「はぁ……はぁ……だ、大丈夫……思ってたより、痛みは弱かったから、タクの……マッサージが効いてたのかな」 「だといいけど、俺には我慢してるように見える」 「そ、そんなことな……っ……くぅぅっ!」 「な、泣くほど痛い?」 「泣いてない……ッ」  反射で反論されて、それ以上の心配の言葉をしまいこんだ。 「計は強いな」 「強くないけど……それ以上にタクとエッチしたいの……」  しばらく痛みは続くだろうけど、それをもって引き下がるという選択は俺もしたくないし、計も望まないだろう。 「動くけど、いいか? あんまり痛くない角度を探すから」  一度喉を鳴らした計が、深呼吸してうなずいた。 「う、うん……いいよ」  ゆっくりと動きだす。何往復かするのを、少しずつ角度を変えながらやっていく。  裂け方によっては、もしかしたら痛む部分への刺激が比較的少ない角度があるかもしれない。  それを期待しての探り入れだった。 「はぁ……はぁっ……うっ、あっ! ……ぁっ……っ」  計の反応を見ながら、あちこち突き入れていく。締めつけが強いから、それだけでもヤバイと感じた。 「……っく……ふっ……タクの……すごい……すごいよぉ……ぁっ……あっ……」  おそらく、射精までそんなに長くは保たない。  計の負担を考えれば、それでちょうどいいくらいだ。  あたりをつけた角度で、出し入れを繰り返していくと、少しずつ計の声音に変化が見えはじめた。 「……ぁっ……あんっ! ……ぁ、ぁっ、あっ……」 「苦しくないか?」 「う、うんっ……これくらいなら……強がりじゃなくて、ほんとに……大丈夫……っ、んっ!」  おなか、胸と愛撫しながら、ペニスを送りこむ速度を徐々に上げていく。 「計の中……気持ちいい……」 「ほんと? ほんとに?」 「ああ、やみつきになりそうだ……」  計の表情に喜色が浮かぶ。ほんとに正直な感想だったから、それが伝わったんだろう。 「もっと……もっと動いても、大丈夫だよ?」 「無理するなって言いたいけど……実はそうしたくてたまらない……うぁっ」  不意に計が自ら腰をこちらへ寄せてきた。 「タクと、もっと深く繋がりたいの」 「計……」  計の脚を掴み直して、一番反応のよかった角度に調整し直して、それから腰を大きく振った。 「あっ! あっ……ぁああっ! タクのが、あたしに、繋がってるっ……ふぁっ、あっ! あっひ!」 「これ……っ……直接感じられる、これがほしかったの! ぁっ……! あっ! あっ! ふぁあっ!」 「あたしの中で……キスしてる……のっ? んぁっ! あっ! は、恥ずかしっ……よぉっ!」  頬を染めて首を振る計だったが、膣内の方はさらに俺を締めつけてくる。 「ふぁああぁっ! タクっ! ……タクが、んぁっ! あたしのはじめてで……嬉しい……あ、あっぁっ!」 「ずっと、ずっと好きだったのっ……!」  泣きそうな声で、揺さぶられながら計が改めて告白してくれた。 「……っ……ひぁっ! ずっと、結ばれるのが夢だった……っ……は、ぁっ……あっ!」 「ずっと、一緒だ。計……俺も、大好きだっ」 「うんっ……うんっ! 大好きっ! ……っっ! ぁっ! ふぁぁあ! タクっ……タク!」 「計っ……もう出そうだ……っ!」 「はぁっ、はぁっ! っ……あ、あっ、あんっ!!」  言葉にならないのか、計が何度もうなずいた。  俺は―― 「うぁあっ! 計っ!」  最初の宣言通り、一番奥までペニスを突き入れた。  それと同時に精液が噴きだし、膣の天井を叩く。 「ふぁっ! あっ! あああぁぁああぁっ!! っ……わかるっ! タク! ……出てるのわかるのっ……あぁっ!」  射精の脈動に一拍遅れるような感じで、計の下腹部が何度もギュッギュッと引き締まる。 「はひっ……いっぱい、いっぱい出てる! ……っ……っ……ふぇっ……えっ……」  涙こそ溢れなかったが嗚咽混じりの声で、計は喜びを噛みしめているようだった。 「はっ……はっ……はっ……」  もう一度、おなかを触る。 「ひぅん! ……すごく、奥でぐちゅぐちゅいってる……」 「もう出ないってくらい、たっぷり注ぎこんだぞ」 「……うん……ありがと……ありがとう……タク」 「俺も、受け入れてくれて、ありがとう」 「ふふ、タクだったらいつでもいいよ」  おなかから手をはなすと、計がその手を握ってきた。  指弄りをしながら、ちょっとおねだりするような声をあげる。 「ねぇ……もう少し、このまま繋がっていよう……?」 「ああ……」 「うぁあっ! 計っ!」  こみあげてくる射精感に、急いでペニスを引き抜いて、クリトリスに押しあてた。その瞬間、精液が噴きだした。 「ふあぁあああああっ!!」  奔流となって裏スジを駆け抜けた精液の脈動が、直接クリトリスに伝わったからだろうか、計は驚くほどの反応を見せた。 「あっ、あっ! あひっ! ……ゃっ、ああぁぁあああっ!」  ビクビクッと身をよじらせる計の身体に、精液が大量にぶちまけられていく。 「はっ……はっ……はっ……」  ものすごく、エッチな光景だった。 「はぁはぁ……ふぅ……け、計……?」  俺の呼びかけに、計がうつろになりかけた視線を寄こす。 「は、はじめてなのに……イッちゃった……」 「タク、すごいことするんだもん……」 「ふふっ、……でも、すごく気持ちよかった。一生忘れない、はじめてだよ」 「それは……よかった。うん。ホッとした」  行為の後、しばらく俺達は教室で裸のまま抱き合っていた。  ずっとそうしていたい気分だったが、さすがにそうもいかず立ち上がって衣服を整えた。 「……あ、あの、計」 「ん? 何ですか? 沢渡さん」 「今さらだけど、こんなとこで初体験とか、その」  女の子として良かったのかな。  急に不安になった。 「本当はもっとムードのあるところっていうか、そういうところに連れて行って――って思ってはいたんだけど」  情欲に流されてしまった。  反省だ。 「――大丈夫ですよ、沢渡さん」  計は肩を落とす俺を見て、ニコと笑って言った。 「夏休みはまだ続きます」 「いっぱい、これからもいっぱいデートしましょう!」 『沢渡さん、沢渡さん!』 『朝ですよ、起きてください!』  ――ん?  部活が休みの日曜日。  彼女の声が惰眠をむさぼる俺を目覚めさせる。 「あふっ……計?」  目を擦りながら、稼働率30パーセントの俺はふらふらと起き出す。 『タク! 早く開けて! ナナギーに見つかるから!』  は?  七凪に内緒で上がってきたのか?  とにかく扉を開けてやる。 「おっはよ~~♪」  爽やかに朝の挨拶をする真鍋さん。 「…………」  だが俺は無言だった。 「おっはよ~~♪」  リピートしてきた。 「あ、ああ、おはよう」  何とか平静を保つ。  ていうか装う。 「部屋入ってもいい?」 「あいすみません、ネクタイをご着用でない方のご来店は……」 「高級レストランかよっ!」 「そういうお前は、浜辺かよ! プールかよ!」  やっとツッコめてホッとする。 「これには深いわけがあるのですよ、沢渡さん」 「どんな?」 「ちょっと長いけどいい?」 「理由知りたいし、ちょっとくらいなら」 「今を去ること十数年前、真鍋家にそれはそれは可愛い女の子が産まれ――」 「そこまで遡るのかよ! 出生の秘密とでも絡んでるのかよ!」 「んなわけないだろう!」  逆ギレかい。 「せっかく休みなんだし、海行こうかと誘いに来たのだ!」 「それはいいけど、普段着で誘ってくれ……」 「水着で誘ったほうが、嬉しくない?」 「嬉しくないよ! いや嬉しくもあるけどさ」  いったい何に誘っているのか。 「ナナギーに見つかる前に、着替えるから部屋かしてね~」  トートバックを片手に入ってくる。 「要は俺を驚かせたかっただけかよ」  ため息とともに言葉を吐く。 「自分、身体張ってでもウケたいっす!」 「若手芸人かよ!」  もっとフツーの恋愛がしたい。  そんなわけで、計と海に来る。  七凪も誘ったが、お邪魔虫になりますからと断られた。  気を遣わせた。帰りに土産でも買って帰ろう。 「ぶっ?!」  大量の海水が顔に?! 「はいはーい! タク、よそ見しないの!」  計からの攻撃だった。  海に来てからというものはしゃぎまくりだ。 「鼻は狙うなよ!」  やり返す。 「やーん♪」 「タク、胸ばっかり狙ってくる~♪」 「思春期汁ほとばしりまくりですね!」  どんな汁か。 「狙ってねーよ!」 「お前の大きいから当たりやすいだけだっ!」 「きゃんっ」 「やったなー!」 「くらえ、リア充アタック!」  より激しく水しぶきが飛んでくる。 「リア充ですか、真鍋さん!」  こっちも負けずに反撃。 「そうですよ! あたし達今リア充ですよ!」 「ただいま人生有頂天!」 「普通に頂点と言えっ!」 「そうそう、あたし達は今人生の最盛期なのです!」 「確かに!」 「輝いてます!」 「ですね!」 「青春です!」 「いやっほー!」 「後は落ちていくだけですっ!」 「結局そんなオチがつくのかい」  しょんぼりとうなだれた。 「ふふ、でもタクといられれば、真鍋さんはいつでも楽しいですよ!」 「う」  急に可愛いことを言う。  そういうのは反則だ。 「おお、タク、照れましたね!」 「萌えました!」 「今から、ユーを攻略してやるっ!」 「攻略言うな」  計とさんざんリア充ごっこをしてから、海からあがった。 「少し休んでから、海の家で昼メシにするか」 「えー」  俺の腕につかまった彼女から不満げな声があがる。 「え? 何で?」 「昼食はやはり高級シーサイドホテルで、豪華ディナーを!」 「そんなホテル近所にないし、ディナーは昼食じゃないし、第一、金がない」  否定する材料ばかりである。 「あ、お金ならあたし、お小遣い入ったから平気」 「沢渡さんにおごってあげますよ、えっへん」 「だから、ファミレスくらいなら平気です」 「いや、女の子におごってもらうわけには」 「何でですか?! タクは男性が女性におごってもらうのカッコ悪いとか思ってますか?!」 「封建的です! 男女差別です! おごらせろーっ!」  計が両腕を振り上げて、シュプレヒコールを。 「差別とかじゃなくて、単純に計に負担をかけたくないだけなんだけど」 「く、この男ちっとも彼女の言うこと聞きませんよ、シット!」  怒られる。 「でも、その優しさは大切にしろ! グッド!」  でもすぐ褒められた。 「よし、こーなったら、勝負だっ!」  はっ? 「あたしが勝ったら、タクはあたしに素直におごられることっ!」 「俺が勝ったら?」 「あ、あたしを、好きにしても、いいんだからね……」  瞳を潤ませて頬を染め、もじもじしていた。 「よし、夏休みの宿題見せてくれ」 「シット! 沢渡拓郎、シット!」  今度はマジで怒っていた。 「そんで、何で勝負する?」  面白そうなのでのっかることに。 「もちろん、ビーチバレーだっ!」  海の家で借りたビーチボールで計と遊ぶことにする。  勝負といっても、二人しかいないのでトスのやりとりを続けることになりそうだ。 「おーい。ルールは――」 「ばっちこーい!」 「タク、かもん! かもん!」  声をかけようとしたら、計はすでに俺からのサーブを待っていた。  落とした方が負けなのかな。まあ、いいや。 「いくぞ、おりゃ」  ゆる~くビーチボールを、計めがけてアンダーサーブ。 「きたっ!」 「うりゃっ!」  計からトスが帰ってきた。  だが、ボールは大きすぎる放物線を描いて、はるか後方の海に落ちる。  おいおい、アレじゃ取れないぞ。 「しゃあっ!」 「まずは1点っ!」  なにいいぃっ?! 「何で、今ので俺の負けなんだよ?!」 「だって、タク、ボール取れなかったじゃん」 「あんなの完全にラインオーバーだろう?!」 「ライン? あ、コートの範囲決めてなかったね」 「線を引きま~す」  計がテキトーな感じで、砂浜にラインを引く。 「でも、さっきはタクが取れなかったのは事実だから、1点は1点ね♪」 「セコっ」 「ふふふ、あたしは勝つためには手段は選ばない女なのですよ……」  ニヤソと笑う。  こいつは……。  ……どうやら、俺に火をつけちまったようだな、真鍋さん。  こうなったら、俺の超絶美技でここからはすべてのポイントを―― 「天井ないけど、天井サーブ!」 「――え? あ」  考え事をしてる間に、サーブを打ち込まれた。  反応しきれず落としてしまう。 「しゃあっ!」 「2点目ゲット!」  はしゃぎ回る。飛び回る。  お胸様がばいんばいんと揺れていた。 「くそ、まだ開始の掛け声もかけてないのに……」 「もちろん、だから打ったですよ……」  目が鋭く光る。  卑劣なヤツめ。  スポ根ドラマだったら絶対、敵役の方である。 「くそ、計、俺はお前をナメてた……」 「だけど、こっからは、正真正銘のガチンコ勝負だっ!」  両頬を叩いて気合を入れる俺。 「ふふ、やっと本気になったようですね、沢渡さん……」 「おうとも!」 「そんな沢渡さんに敬意を表して、あたしの必殺サーブを見せてあげましょう!」  な、何っ?  さっきまでのアレな手以外にもまだ何かあるのか? 「はああああああああっ!」  無駄に闘気を燃え上がらせた計が、気合を入れまくる。  超真剣な眼差し。  背景に龍と虎が舞っていた。 「今、渾身の力をこめて、打ち込みます!」 「来いっ!」 「沢渡さんに向けて、打ち込みます!」 「おう!」 「明日に向かって、打ち込みます!」 「お、おう」 「この一球が、世界を変えてくれると信じて、打ち込み――」 %36「いいから、早く打てよ!」 %0 引っ張りすぎだ。 「タクのもっこリに向かって、打つ!」 「え゛っ? なっ?!」  思わず下を向いて、股間を確認する。 「りゃっ!」  あ。  しまった、と思った時には計の打ったボールが俺の右ナナメ前に落ちていた。 「しゃあっ! 3点目――っ!」 「このズルっ子が――っ!」 「これぞ、必殺ささやき打法なのですよ、沢渡さん!」 「くそーっ! 負けるか――っ!」  真夏の太陽の下、恋人達の戦いは続いた。 「ほい、昼飯のヤキソバと烏龍茶ね」  さっき海の家買ってきたブツを計に差し出す。 「うう、結局負けた……」  計はレジャーシートの上で、肩を落としていた。 「俺の勝ちなんだから、諦めてコレ食っとけ」 「ファミレスはまた来週あたりに連れてってやるから」 「本当? わーい♪」  すぐ機嫌は直る。 「えへへ」  で、すぐに甘えてくる。  背中から抱きつかれた。 「あ、こ、こら」  計の生の胸の感触がダイレクトに伝わってくる。  あ、擦り付けちゃダメ!  俺の股間がマジでもっこりに! 「タク、タク~」 「ちゅっ」  首筋にキスをしてきた。  完全にもっこりしてきてしまう。 「計、その、人目もあるから」 「ん? いないよ、この辺は~。岩場だし~」 「最初から、そのつもりであたしをここに連れ込んだくせに~」  さらにぐにゅぐにゅと胸を押し付けてくる。 「お、おい、そんなにされると……」 「そんなにされると?」  いたずらっ子のような笑みを浮かべて俺の顔をのぞきこむ。 「計のこと、襲っちゃうぞ……」  計をぐっと抱き寄せて、唇を耳にあてた。 「あ、ん……」 「ああ、沢渡さんの股間があたしのお尻に……」  言って、お尻を股間に押し付けてくる 「真鍋さんこそ、大胆ですよ?」  胸を後ろから揉みつつ、首筋をぺろんと舐めた。 「ひゃうっ?!」  計の身体が揺れる。  お胸も俺の手の中で揺れる。 「それにしても、沢渡さん」 「ん?」 「……こんなとこ誰かに見られたら、あたしほんとにお嫁に行けなくなっちゃう……」 「お嫁には行けるよ」 「どうしてそんな言い切れるでありますか」 「俺の嫁さんになってくれないの?」 「…………」  一瞬黙った計が落ち着かない様子で身体を動かした。 「計?」 「うぅ~。なんかすごいことサラリと言ってる」 「けど、おっぱい揉みながら言うことじゃないと思う……」 「自然に言ってしまったな」  計の身体を愛撫しつつ、苦笑した。 「そうだよ。それに今の言い方だと俺の嫁さんになるんだから何をされても平気だろ? うへへ……って感じです」  うへへって。 「つまり、タクのお嫁さんは露出プレイを強要されるっていう……」  なんでやねん。  すごい発想の飛躍だ。 「さすがにそんなことは考えてないから、安心してくれ」 「どちらかというと、計のことを独り占めしたいと思ってるんだから、誰かに見せたいなんて思わないって」 「じゃあ、この状況をどう説明する?」 「少なくとも人がいないのを確認して、人が寄りつかない場所を選んでいる」  計の股間に伸ばしていた手をゆっくり前後に動かしだす。 「ぁっ……あっ! ……そ、そうやって気持ちよくさせて、ごまかし作戦だぁ」 「作戦じゃなくて、むしろこれが本命なんだけど」 「俺は早く計と繋がりたくて、我慢できずにこんな野外でコトに及ぼうとしているのです」  水着の上からクリトリスの輪郭に沿って、指で円を描く。 「はっ、ぅっ……そう言えばあたしが喜ぶと思ってぇ……」 「そんな計算はしてないよ」 「天然ジゴロですね、沢渡さん……あくっ!」  ちょっとだけおっぱいを搾りあげた。 「計以外とはこんなことしない。だからあんまり責めないで」 「……う、うん……ごめん、あっ、ひゃぅっ!」  股間にあててた指をこすこすした。 「あ、う……エッチっぽい手つき……」 「後ろからだと、タクの顔が見えないから、ちょっと不安……」 「あ、そうなんだ」  こすこすしたまま会話する。 「あっ、う、うん、この間の、痴漢プレイを思い出すかも……くうんっ!」 「奥さん、初めて会った時から、僕、奥さんのことっっ!」  おっぱいとアソコをイジりながら、また小芝居を始める。 「あっ、いやっ、ダメですわ……」 「し、主人が起きて、しまいます、やめて……あああっ!」  あえぎながらも演技する計は大した女優魂を俺に見せた。 「計とだと一生、エッチ楽しめそう」  言って、耳たぶをアマガミする。 「ああんっ! そ、そこは、ダメ、堪忍してっ!」 「もしかして、まだ続いてる?」 「はぁ、はぁ……あ、もういいんだ?」 「うん、今は素の計とエッチしたい」 「わ、わかった……あっ、んっ、タク、おっぱいばっかり……ああん!」  勃起しかけた乳首を水着ごしにいじる。 「計って、パッド入れてないんだな……それも驚きだ」 「た、タクがえっちするっていうから、さっきこっそり取ったんだよ……」 「それは……ありがとう」 「ふふ、いい彼女でしょ? あっ、んんっ!」  俺の腕の中で、もだえる計。  支えるようにしながら、エッチな行為を続ける。 「計、可愛い、もっとお前に触れたい」  プクッと膨らんだ乳房の頂を、指で引っ掻いた。 「はぅんっ! ぁっぁっあっぁっ!」 「き、気持ち……いぃっ……ふぁっ! あっ!」  両側の乳首を完全な勃起状態になるまで弄り倒した。 「はっ、あ! た、タクっ……そんな、本当におっぱいばっかりっ……ふあぁあぁあ!」 「計の乳首、いやらしい形になってる……」 「ぁっ……あぁ……タクが……そうしたんだよぅ……」 「見ても……?」  水着の肩に手をかけて脱がしはじめながらそう聞いた。 「うん……」  外気に晒されたおっぱいが揺れた。 「……っ……んっ……誰も、いないよね」 「ああ……大丈夫だ」 「でも……そうわかってても、こんな青空の下でおっぱい晒すの……恥ずかしい……」  羞恥に震える乳首を柔らかく摘む。 「はぅっ……どうしよう。……ねぇ、タク、どうしよう……」 「なにが?」 「……は、恥ずかしいのに……すごいの……」  徐々に、股間の割れ目をなぞる指も、深く食いこませていく。 「なにがすごい?」 「……っ……く、ふっ……恥ずかしいのに、気持ちいいのっ……」 「目を開けてみて」 「……んっ」  おそるおそる目を開けた計が、自分が今どんな状況か、改めて確認する。 「っ……や、やだ……ほんとに、やらしい形に、見える……」  自分の勃起しきった乳首に計は頬を染めた。 「俺がこんなにしちゃったんだ」 「は、ぁっ……タクだから……こんなに、なっちゃうんだよ」 「それは、すごく嬉しい言葉だ……」  グッと一回り大きくなった股間を計のお尻にすりつけた。 「あっ、これ……タクの……」 「うん、まだ触られてもいないのに、計に触れて、声を聞いて、気持ちを知って、こんなになってる」 「すごく大きくなってる……」 「このまま計がいやらしい声をあげ続けたら、出ちゃうかもしれない」 「……ゃ……そんなの……ダメだよ……」 「ダメ?」 「あ、ううん……やっぱり、いい」 「なんだよ、どっち?」  理由は多分わかったが、計の口から聞いてみたかった。 「う……た、タクなら、一度出したくらいなら、大丈夫だから、やっぱりいい」 「その前のは?」 「……それは……その……なにも、しないで出しちゃうのは……」 「も、もったいないって……っ……ちょっと思っただけ……」  水着の上から割れ目に中指を埋めこませる。  そのまま両側の指でぷにっとした土手をこすった。 「うっ、あっ……ぁっ! そ、そこに……タクのが、ほしいって……思ったからぁっ……!」 「それ、すごく嬉しい……計はかわいいな」  耳もとで囁くと、計はビクンッと身体を縮こまらせた。 「は、早く……早く、ちょうだい……」 「まだちゃんと準備しなきゃ……ここが入れても痛くないように」 「っ……嬉しい。……んぁっ!」 「もっとよくしてあげる」 「うん……。ねぇ……つきあいはじめてから……タクの指……いっぱい、いっぱい……あたしの身体、触っちゃったね」 「まだまだ知らないことばっかりだけど」 「そんなこと、ないよ……んっ、んあっ! タクは……あたしより、あたしの気持ちいいところ、多分わかってる……」 「ほんとに……ふぁっ! びっくりするんだもん……っ……んっ、んっ! どうして、気持ちいいところ、見つけられるのって」 「わかんないけど……やっぱり」 「や、やっぱり、何?」 「計が好きだから……かな?」 「あっ! 嬉しい! タク、あたしすごく嬉しいよ……」  水着の股間部分を少し浮かせると、染みこめずに溜まっていた愛液が流れだした。 「タク、あたしも……好き……ぁ、あ、あっ! ひあっ! うそっ、ぐちゅぐちゅ……音、鳴って……んああっ!」 「いっぱい濡れてる」 「……ぁ、うぁっ……やっぱり、あたしの身体……やらしくなって……っく! ぁ、あっ、あっ! タクの指……気持ちいいよぉ……」 「でも……でも……指だけじゃなくて……っ……んっ、んぅっ! ……タクの……」 「ほしくなった?」 「……うんっ……タクの……タクのが、ほしいっ……!」 「あっ、あっ! ふぁっ……あぁあぁあっ!」  愛液をすくってぬめった指で、水着の上からクリトリスを弄りまわす。 「だ、ダメっ……うぁ! あっ、あっ! あっ! タク、タクッ! あた、あたしっ……!」  指だけでイクみたいだ。  その瞬間少しでも一緒にと思って、俺は計のお尻の割れ目にペニスをこすりつけた。 「あっ、あっ! もうっ……い、いっ……く! ふあぁぁああぁぁんっ!!」 「……っ……っ……んぁっ! あっ、ぁ……っ……っ」  計の身体が崩れ落ちないように、しっかり支える。 「……はぁ……はぁ……」 「もうすっかり濡れたよね」 「ぬ、濡れすぎ……かも……」  計の股間がじゅくっと鳴った。 「背中痛いといけないから、計が上でいい?」 「うん、わかった……」 「んっ……! んっ……ふ……っ……」  計の表情に少し苦悶の色が見えた。 「まだ痛いの?」 「……ば、バレちゃった……でもちょっとだけだから平気」 「こればっかりは男にはわからないから、無理しないでほしい」 「タクがちゃんと準備してくれたから……」  たっぷりの愛液を誇示するように、計が腰を前に突きだして俺に見せつける。 「ね。タクのをちゃんと、呑みこんでるよ……」 「ああ……すごく、エロい眺めだ」 「入れたり……出したり……しちゃうよ?」  言葉通りに動いて、多分平気だということをアピールしているんだろう。 「はぁぁぁ……ゆっくり動くと、タクの形、よくわかる……」 「俺も、計のがここでいったん引っかかるんだとか、よくわかる」 「……えっち」 「お互いさまだって」 「んっ……ここ……ここわかる?」 「……もしかして」  子宮か? 「ふふ……タクのが、あたしの奥までキスしに来てる……」  まるで子宮が意思を持っているみたいな言い方だ。 「うぁっ」  ほんの一瞬……。 「……今の……」 「ああ……」  ほんの一瞬だったが、本当に亀頭がぎゅぷっと吸いつかれた気がした。  実際に子宮口がハマッたのかといえば、そんなのはわからない。  が、キスされたような感覚だったのは間違いない。  計の腰の動きが徐々に大胆になっていく。 「はぁ、ん、あっ、ああっ、んん……んっ、ふぁっ!」  計が俺の上で一生懸命、腰を振る。 「どう? タク、気持ちいい?」 「う、うん」 「すごく、にゅるにゅるしてる感じがして、気持ちいいよ」 「はぁはぁっ……あ、あたしの中……にゅるにゅるなんだ……ぁっ! あっ……! っく! ぁっ!」 「ああ……すごく、いい……」 「う、れし……んぁっ! もっと、がんばるから……もっと、気持ちよく……っ……なって……!」 「……っ……あ、あっ! タク……タクのっ……すごいよぉ……っ……んっ、あっ! あっ!」 「こんなの、知っちゃったら……あたし……ひぅ、あっ! いつも……いつもこれがほしいって思っちゃう……」 「計が欲しいなら、俺も頑張るよ」 「ふぁっ! あっ! いち、にち……じゅうっ……んぁっ! あんっ!」 「す、すごいな」  俺の彼女はとてもエッチになってしまった。 「やぁっ、冷静に返さないでよっ……」 「こ、こういうのはノリで返して」 「ごめん、今、俺も余裕なくて」 「……ぁっ、あっ! あっ! も、もう、あたし、変になっちゃいそうで……っ……」 「俺も、お前の動きがすごすぎて、もう負けそう……」 「ぁっ、あっ……じゃ、一緒に……一緒に! んああっ! あっぁ! タクっ……タク!」 「くうっ!」  さっき当たった子宮口へ向けるように、びゅくびゅくと精液を注ぎこむ。 「うあああぁぁぁああああっ! きてるっ……一番奥に……ぁっ! あっ! タクのいっぱい、びゅるびゅる出てるっ!」 「っ……あっ……ぁっ……っ……く! ……はっ……はぁっ……はぁっ……」  計が快感を抱きしめるようにしている。 「やっぱり、計の中で出すの……気持ちいい」 「……うん……っ……あたしも。……タクの匂いが染みついちゃいそう」  微笑する彼女がめちゃくちゃいじらしい。  思わず抱きしめる。 「あ、ど、どうしたの?」 「だって、お前が可愛すぎるから……」 「え? ええ?」  すでに硬度をとりもどした俺の股間に彼女は目を丸くする。 「……計、そこに、横たわってくれる?」 「……こう? かな?」 「ふわっ……」  計の身体の下から差しこんだ手で、胸を揉みしだきながら、亀頭で膣内の具合を探った。 「なんか、変な気分……横向きになって、こんな姿勢で入れるっていうのも、アリなんだね」 「誰かがアリ・ナシを決めてるわけではないと思うよ」 「それは、そうだけどぉ……」 「顔が見えないから嫌?」 「今は、ぴったり身体が、くっついてるから、これはこれでいいなって思う……」 「タクとくっつくの好きなあたしなので……」  またそんな可愛らしいことを。 「動くよ」  グッと奥へ進むと膣内から汁が溢れた。 「あ、あん、脚上げてないと……ダメ?」 「つらい? 俺の脚に引っかけていいけど」 「つらいわけじゃなくて……は、恥ずかしい……」 「それは……うん、それならむしろ大きく開いておく」  計がイヤイヤをするように身体を揺らした。 「ううっ、タクが意地悪なこと言うぅ~」 「でもその方が、きっと気持ちよくなると思う」 「だ、だから、困るんだってば……変になって、お、大きな声、あげちゃうかもしれないし」 「ちょうど声は遮られる感じに隠れてる場所だから」  揉みこんだ胸がいろいろと形を変える。  ぷっくりと膨らんだ乳首をくすぐる。 「はんっ……両方したらっ……」 「どっちからも気持ちいいのが来て、わけわかんなくなっちゃうよぉっ、ぁっ、ふぁっ!」 「計、すごくかわいい」  首筋に舌を這わせながら、腰を振る。  計の膣内は俺にあちこち突かれて、不規則に収縮を繰り返していた。 「……ぁふっ! ぁっ、あぅ! ……ふぁっ、さっきのが続いてて……んっ! きゅんきゅんしてるのっ」 「何度も小さく締めつけてきて……すごくそれわかる」 「ぁっあっ……ひぁっ! もう、タクにあたしの中、ぜんぶバレちゃってるよぉ……」 「まだまだ、知らないことはいっぱいあるよ」 「どこが気持ちいいか、これから二人で探していこう」 「っ……はぁっ……はぁっ……あ、あたしの、気持ちいいところ……?」 「そう。こんな感じで」  後ろから、恥骨の方へ向けてペニスを突き入れた。 「あぁあんっ! そ、それっ……ぁっ! なにっ……!」  あ、あれ? ほんとに掘り当てた? 「金脈発見?」 「やっ、あっ! あっあぁっ! な、なんでっ……なんでここっ……こんなに、ふゃっ!」  計自身も把握していなかった感度の高いポイントというわけか。  これは、興奮する。 「耐えられそうな刺激?」 「っ……うんっ……も、もっと……もっとほしい……っ」 「うん、わかった」  一度大きく腰を引いて、さっきの場所めがけてペニスを送りこむ。  定めた狙いに一定のリズムで打ち込む。 「はぁう! あっあっ! あくっ! ……ひゅっ……ひゅごい……うっ、あっぁっ! タクっ……タク! んあああぁぁっ!」  密着している計の背筋がブルルッブルルッと何度も震える。  多分、今までにない快感なんだ。 「はっ、あっ……はひゅっ! あ、ぁ、あっ……らめっ、きちゃうっ……!」 「いいよ、我慢しなくて」 「やらっ! やぁら! あっ! あひぁ! 我慢っ、すうっ……こんなのっ……んああっ! あっ、あっ!」 「く、ぅっ!」  膣の方まですごい締めつけになり、俺のモノに襲いかかった。 「はっ、あっ! あ、あんっ! もう、あらひっもうっ……んあっ! あっ! あぁっ!」  計がイクところまで登り詰めようとしている。  身体の各所に予兆が出ていた。  俺も、一緒に――! 「計っ……計!」 「ふああぁぁ! おねがっ……タク、おねがいっ……ぎゅって、してっ!」  望み通り、胸ごと抱きしめた。 「あっ、あっぁああっ!! もっ、あ! イクっ! イッちゃう! ぁっ、っ……あっっ! ふああぁぁぁあああ!!」 「ひぁあああああっ!!」  膣内はもはや汁溜まりになっていて、射精した精液も半ば水中で発射したかのような感触だった。 「ひぅっ……っ……ぁっ、あっ……ふぁぁっ……」  どんどん体積を増していく精液と愛液の混合液を、何度もキュッキュッと奥へ送りこむような動きを計の膣は見せた。 「……っ……くっ、ふ……っはぁ、はぁっ……たぷたぷになっちゃう……タク……すごすぎるよぅ……」 「ごめん……」 「いっぱいの方が……いいから……いいの」  肯定の方のすごすぎるだったのか……。とはいえ限度があるよな。 「計の中が気持ちよすぎるから、多く出ちゃうんだと思う」 「そっか……よかった……」 「ひぁあああああっ!!」  思いっきり抜いたチ●ポが反動で跳ねあがって、計の割れ目を叩いた。  計の股間から噴きだすような感じで、身体に、シートに、精液が飛び散っていく。 「ぁ、はっ……っ……っ! はっ……! っ……っ」 「ご、ごめん! 今の、痛かった!? あんなに跳ねあがると思わなくて」  プルプルと首を振った計が、どうにか悶絶を収めていく。 「……はぁ……はぁ……はぁ……」 「ほんとにごめん。大丈夫か?」 「な、なんか……星が飛ぶってほんとにあるんだね……」 「ありがとう、ゆっくり休んで」  俺は計の隣に寝転ぶと、髪を撫でながら言った。 「ねぇ、タク」 「ん?」 「たまには外もいいかも……」 「また、やろうね……」  マジすか?! 「――ごちそう様でした」 「美味かった?」 「ええ、とっても満足ですよ、沢渡さん」  週が明けて、約束通り計とファミレスで昼食を摂る。  あいかわらず食べてる時は幸せそうだ。  俺もそんな計を見るのが嬉しい。 「でも、本当にちゃんとおごってくれたね」 「約束したじゃん」 「何か要求したみたいでちょこっと悪いかなーって、今思ってる」 「気にしないでくれ、ここは安い」 「あ、デザートも何か頼もうか」  店員さんの呼び出しブザーに手を伸ばす。 「いやいや! そこまでは!」  計に腕をつかまれる。 「本当に気にしなくてもいいのに」 「いやいやいや! あっしをそこまで甘やかさないでください、沢渡の旦那!」  あっしって。  また小芝居モードか? 「男は好きな子には甘えて欲しいものなんだよ」 「うぐぅ!」 「タクの不意打ち、ジゴロ台詞キタ――っ!」  両手で頭を抱えて悶絶していた。  うぐぅはやめようよ。 「ジゴロちゃうって」  言いつつブザーを押す。 「ああ! 禁断のスイッチを押してしまいましたね?!」 「今のあたしにスイーツをおごったら、ダメなのに――っ!」 「え? 何で?」 「え、えーと……」 「ち、ちょっとだけ、体重が気になるお年頃的な最近の真鍋さんなのです」  恥ずかしそうにごにょごにょとしゃべる。 「少しくらい太ったって、計は可愛いって」 「はわわ~!」 「ジゴロ台詞第二弾キタ――っ!」  はわわ、も出来たらやめていただきたいです真鍋さん……。  駅前で遊んだ後、特にすることもない俺達は散歩モードに突入する。  とはいえ、暑いのは少しでも回避したい。  俺達は涼しげな木陰を求めて神社に来た。  と、 「あ、あれ? タクと計かよ」 「流々」 「おう」  偶然、もう一人の幼馴染と会う。 「何だよお前達、デートでこんなシケたとこ来てんのか?」 「こんなトコ何もない……あ」 「ナニするなら、ありか? タクボン」 「俺に問うなよ!」  一応女子なんだから。 「ナ、ナニって何すか?!」  計が真っ赤になって尋ねていた。  その顔でもうわかっているのはモロバレなんだが。 「タク、もうちょっとマシなトコ連れてってやれよ」 「釣った魚にもエサは必要なんだぜ?」 「あたし、タクに釣られましたか?」  釣竿で一本釣りをするマネをしていた。  あいかわらず芸人気質だ。 「駅前で遊んできた帰りに寄っただけだって」 「駅前かあ……。この辺だと他に行くトコあんまないよな」 「お前ら、いっつもドコでデートしてんの?」 「駅前以外だと……あとは海くらいかな?」  計を見て言う。 「うん、後はお互いの部屋とか」 「このエロカップルめ!」  両手の人差し指で、指される。 「な、何を根拠にそのようなっ!」 「この計の前より、大きくなったオパーイが証拠だっ!」  叫ぶと同時に、計に抱きついていた。 「タクに何回くらい揉まれたのか、言え~」  ふにふに  そう言ってお前も揉んでるじゃないか。 「200回以降は数えてません!」 「ちょっ!? 真鍋さん、何言っちゃってるんですかっ!?」  途中までは数えていたのかい。 「畜生~。計の胸は私だけの聖域だったのに……」 「なんでやねん」 「あーあ、イチャラブカップルと居たら気分悪くなったから帰るか」 「じゃあな」  大仰な動作でため息を吐いて、流々は俺達に背を向ける。 「あ、流々」  計が流々の背中に声を投げた。 「ん?」  振り返る。 「明後日、ここでお祭じゃん。一緒に回ろうよ」 「あ、そんなモンもあったな」  この閑散とした神社が年に一回、人でにぎわう日だ。  久し振りに3人で回るのも楽しそうだ。 「パース」  でも、流々はツレない返事を返した。 「えー? どうして?」 「ラブラブ馬鹿ップルと居たって、つまんねーし」  えー。 「俺達、そこまで人前ではイチャついてないよ!」 「そうですよ、今の発言の即時撤回を要求します!」 「何なら、その日は流々にタクをレンタルしますよ! 300円で!」 「安っ」  屋台のタコヤキ並みの値づけかよ。 「たけぇし、いらねぇし」 「タコヤキに負けた!?」  その場でがっくりと膝を折る。 「その日はさ、ウチも忙しいんだよ」 「だから無理」 「そ、そっか……」  計が目に見えて、落ち込む。  こいつ、流々好きだからな。 「二人で楽しめ。じゃあな」  俺達に手を振って、流々は鳥居をくぐって階段を下りていった。 「うう、10年振りに縁日で遊べると思ってたのにな……」 「あいつん家、今何やってるんだろうな」 「あ、そう言えばそうだね」  思い起こせば、流々は自分から家のことを話さない。  子供の頃から、俺も自分から積極的に聞こうとはしなかった。  聞かれたくないこともきっとあるだろうと。  それが施設育ちの俺なりの気遣いであり、配慮だった。 「何かミヤゲになりそうなもんでも買ってやろう」  肩を落とす計の頭の上にぽん、と手のひらを置いた。 「う、うん」 「いっぱい買い込みますよ! 屋台ごと買い占めます!」 「沢渡さんのブラックカードで!」 「そんな戦車を買えるようなカードは持ってないよ!」 「くすくす」  ようやく計が目を細める。  その笑顔を見て、俺も微笑した。  お祭り当日。  俺と計とナナギー、それに三咲で神社にやってきた。 「では、ここで私と三咲先輩は兄さん達とは別行動ということで」 「うむ、そうだな」  鳥居をくぐった瞬間から別行動かよ。 「ど、どうして?」 「四人で回ろうよ」  さっさと先を行こうとする二人を引き止める。 「ダメだ、ここからは私と七凪くんのデートタイムだからな」 「そうです。兄さん邪魔しないでくださいこの野郎」  二人の女子が眉根を寄せる。 「え? え? 二人はいつからそーいうご関係で?」 「計、ご関係って言わないで」  ユリーな方向に誤解するじゃないか。 「いえ、私、前から三咲先輩のことは好きでしたよ?」 「マジすか?! ドコに惚れましたか?!」 「とっても男前だと思います」  妹は一点の邪気もない笑顔で言っていた。 「そ、それは喜んでいいのか微妙だな……」  三咲がちょっとどんよりとした。 「そんなわけで、私は三咲先輩と楽しんできますから」 「兄さんと真鍋先輩も、とっとと人ごみに消えて『そして、二人は……』みたいになっちゃってください」  三点リーダの後が、とても気になる終わり方だ。 「沢渡くん、今日は私が七凪くんを全力で可愛がるからな!」  三咲がナナギーを背中から抱きしめる。 「は、はう」  ナナギーの頬が朱に染まる。 「後でキミが会う七凪くんは、もうキミの知ってる七凪くんではなくなっているだろう……」 「ああ、私変えられてしまうのですね……」  七凪が三咲に身をまかせるように寄り添う。 「ちょ! 俺の妹に何する気?!」 「――ふ」 「そこで不敵に笑うなよ!」  余計不安になるじゃないか。 「行こうか、七凪くん」 「はい。さよなら、兄さん」  妹とクラスメイトは人ごみにまぎれて消えていく。 「ああっ! ナナギー、カンバーック!」  必死に叫んでももう兄の声は妹に届かない。 「ああ、俺の可愛い妹が禁断の世界に旅立ってしまった……」  とめどもなく流れる涙で、前が見えません。 「いやいやいや、冗談だから。大丈夫だから。百合展開ないから」 「システム的に」  安心したけどシステム言うな。 「あたし的にはアリだけどな!」 「知らないよ! もう俺達も行くぞ!」  計の手を引いて、歩き出す。 「は~い」 「ふんふんふ~ん」  計と屋台のハシゴをする。  彼女と二人でお祭りデートなんて絵に描いたような青春模様だ。 「沢渡さん、ちょっと買い物いいすか?」  くいくいと腕を引っ張られる。 「うん、何買うの?」 「やっぱりここは定番のワタアメです」 「アレおっきくて、お得だよね!」 「実際には空気ばっかで、あんまりお得じゃないけどな」 「無粋なことを言うなよ、ボーイ」  にらまれた。 「とにかく買ってくるねー。沢渡さんのも」 「あー、俺は別に……」  引き止める前に行ってしまった。 「お待たせ~。はい」  笑顔で俺の分を差し出してきた。 「さんきゅ。いくらだった?」  言いながら財布に手を伸ばす。 「いえいえ、このくらいはおごりますよ」 「前回のお返しということで」 「そうか? じゃあ遠慮なく」 「どうぞどうぞ」 「一息にかぶっと」 「このデカさでそれは無理」  ちぎって口に入れる。  チープな甘味が口に広がった。  でも懐かしい味。 「美味しいね」 「うん」  嬉しそうに笑う計が可愛い。  素直な反応に保護欲をかき立てられる。 「? 何故、急にあたしの頭を撫でるのですか?」 「あ、ごめん」  まるで小さな子を愛でるように可愛がってしまった。 「おー、あっちにも魅力的な品々が」 「行ってくるであります!」 「あー、おい、走って転ぶなよ!」  鉄砲玉みたいなヤツ。  父親のような気持ちで、様子を見守る。 「うん、美味ひ~い♪」 「ひゃっぱりひぇんひちで、ひゃこやきふぁふぁふへまへんふぁね、ふわぁふぁりふぁんっ!」 「食べながら話さないの」 「きゃはははは!」  タコヤキを頬張りながら、水風船で遊んでいた。  マジで小さな子供だった。 「あんまり食いすぎて、腹壊すなよ」  俺の発言も保護者っぽくなってくる。  ちなみに、ここに来る前に夕飯は摂っている。 「ふぉんなふぁとひってもひいふぇんにふいっふぁいのふぃふぁいふぁし、ふぁんふぉうひいふぁいとふぉったひふぁいふぉっ!」 「何言ってるのか、まるでわからない」  まるで暗号だ。 「――っくん、あ、あっちにも必須アイテムが!」 「真鍋さん、ダッシュ!」 「そんなに持って走ると危ないって」  もう完全におてんば娘を心配する父親の心境である。 「沢渡さん、お祭り楽しんでますか?」 「まあ、それなりに楽しんでるよ」  絶対お前には敵わないが。 「それなりですか~」 「いけませんね、もっともっと楽しまないと」 「人生はカーニバルなのですから!」  計の名(迷?)言キタコレ。 「あー、まあ、楽しいんだけどさ」 「何ですか? 何が不満なのですか? 沢渡さん!」 「もうちょっと、こう、計と」 「あたしと?」 「色々見ながら、静かに歩いてみたい」 「お前、すぐどっか飛んでっちゃうから」 「もう少し、いっしょにいる時間が欲しいな、なんて思った」  照れながら頬をかいた。 「そ、そうでしたか……」 「あたし、沢渡さんに寂しい思いをさせてしまいました……」 「彼女失格です」 「超しょぼんです」  うずくまって、指先で地面の蟻をつつく。  めちゃわかりやすく、落ち込んでいた。 「いや、そこまで思いつめなくてもいいからっ!」  思い込みの激しい子だな。 「――決めました!」  計がガバッ! と立ち上がる。 「ここからのあたしは、全部タクに捧げます!」 「もう、沢渡さんの好きにしちゃってください!」 「マジですか、真鍋さん、そんなこと言っちゃってもいいんですか?」 「男はみんなオオカミなんですよ?」  なんて言いながら、肩を抱く。 「……」 「い、いいよ……」 「タ、タクがオオカミさんになるとこなら、見てみたい……」  顔を寄せて耳元でささやかれた。 「――!?」  ふざけただけのつもりが、計の言葉で火がついてしまう。  計が欲しい。  肩を抱く手に自然に力が入る。 「し、静かなとこ、い、行く?」  声が震えてみっともない。 「うん……」  こっくりとうなずいた計が、たまらなく愛おしい。  俺はつい早足になっていく。 「そして、二人は……」  計、オチいらない。 「あ、んっ、んん……」 「計のここはやっぱりキュートだなぁ……」  木にもたれた計の股間を俺は上機嫌で、いじっていた。 「ね、ねえ、沢渡さん」 「ん?」 「あたしたち……どんどんダメな方へ行ってる気がしませんか……?」 「え? それはまた、どうして?」 「だ、だって、んっ、こ、ここも神社だよ? 神聖な場所だよね?」 「う、裏手ということで許してもらうとか……」 「この前の海より誰かに見られる確率があがってる気がする……」 「でも、計、あの時また外がいいって」 「えっ!? あ、あたし、そんなはしたないこと……?」 「うん」 「あたしってヤツは……」  落ち込んでいた。  ここは彼氏として慰めないと。 「計、慰めてやるから」  言って鼻先を計の股間にすりつける。 「え?」 「あ、あん、こら、タク、エッチ……」  すりすりと太ももを撫でながら、鼻で計のアソコを撫でた。 「あ、ああん、んくっ、あっ、はぁん……」 「ダメ、そんなに、したら……あっ、ひゃっ、ああん!」 「いや、んっ……!」 「いやよいやよも好きのうち?」 「ち、違うもんっ……」  と言った割には、パンツの隙間から指を差しこんで確認した股間は、もう水気を帯びていた。  垂れてくるほどではないが、今までの最初の状態より、濡れていると言って差し支えない程度には潤っている。 「もっと感じていいよ」 「そ、そういう……こと……言って……」 「計のもっと乱れた姿を見たい」 「……う……タ、タクがそう言うんなら、いっぱい……見てほしい……して、ほしい……」  素直だ。  どんどん快感を求める子になっている気がしないでもないが。 「指でくにゅくにゅしてほしい……」 「ああ……」  リクエスト通り、パンツの上から指でヴァギナの肉を揉んでいく。  いつ触ってもいい感触だ。 「っ……タクの指、どうしてこんなにやらしいの……?」 「それはおまえをたくさん喘がせるためさ……って赤ずきんのオオカミですか」 「……本当に、オオカミさんになったね……あ、んっ!」  確かに。 「ここって、声出したら気づかれちゃうのかな」 「少なくとも、神社に常駐してる人はいないんじゃないかな?」 「……っ……じゃあ、もっと、指……」 「大胆になってきてる……」 「タクのせいだよ……」  指でパンツを食いこませながら、こすりあげ、揺さぶりを繰り返していく。 「はっ……あっ……っ……ふあっ!」 「おっぱい眺めながらしてもいい?」 「まだ、ダメ……めっ」  おあずけを喰らってしまった。 「……出てきた」  指先に明確なぬめりが感じとれた。  見ればパンツに染みができている。 「これも、タクのせい……」 「わかってるよ」  さらに強くこすってみる。 「ん、あああっ……ああ……んんっ!」  計の反応が予想より大きい。 「あ、ごめん、やりすぎ?」 「いい、よ……もっとタクの手で、あたしのこと、おかしくして……」  今度はお許しが出てしまった。  なら、がんばらなければなるまい。 「な、なんか目の色変わった……?」 「女の子から『おかしくして』なんて言われて燃えない男はいない」 「……っ……あ、ぁ、あっ! そこやるの!?」  敢えて触っていなかった部分に手をかけた途端、計は慌てた。  俺の様子と、そこでの刺激を掛け合わせた結果、本能的にヤバイと思ったのかもしれない。 「パンツの上からなら、大丈夫」 「あ、あたし今、敏感になって……ぁっ! ぁっ……ぐいんぐいん指まわしちゃ……あ、あっぁっひ!」 「ふっぁっ! くりっ……クリトリス……ひっ、あっ! こ、こねまわして……そんなっ……ふぁっ! あっ! ぁ!」  普段より感じ方が大きい。  やはりこういう場所でやっているということが影響しているんだろうか。 「……くっ、ふっ! タクっ……タクっ! ぁっ、あっ! パンツ、びしょびしょになっちゃうっ……」 「んっ……ぁ! 履いて帰れなく……なっひゃっ……んああぁぁあっ!」  パンツの染みは確かに広がっていく。  それどころか、ぢゅくぢゅくと汁気が通り抜けてきている。 「俺がぜんぶ舐めとってあげるから」  舌を出して、パンツの繊維を乗り越えてきた愛液をすくいとっていく。 「ひぁあああぁっ! それじゃ余計にっ……あっ、あっ! クリ、弄りながらっ……舐めたらっ……くふぁっ!」 「まだパンツ越しだって」 「ま、まだ……!?」 「これから、直接触って、直接舐めてあげるから……」  パンツに手をかける。股間から引き剥がす時、愛液がにちゃぁっと糸を引いた。 「……ぁ、あ……ぁっ……」  一度、計の顔をじっくり見ると、一見怯えているようでいて、その瞳の奥にこれから与えられるものへの期待がはっきりと見て取れた。 「なんか、てらてら光ってる……」  ごくんと唾を飲む。 「うう……、てらてらって言わないで……描写しないで……」 「……なら、黙って、黙々と舐めます」 「うう、それはそれで……恥ずかしいよ……」 「キレイだよ、恥ずかしがらないで」  そっと指で、花弁を触る。 「あ……!」  くちゅ、とそれだけで音が鳴る。 「計、ほらびしょびしょ……」  指の腹の部分で、円を描くように撫でた。 「あっ、ああ……!」 「あんっ、あっっ、タク、のが、あっ、ああああっ!」 「感じてる計、可愛いな」 「ちゅ」 「ひゃんっ!」  アソコに直接キスをした。 「あん、あっ、もう、またそんな、さ、沢渡さんは、エッチすぎることを……!」 「でも、計に感じてほしいから……」  舌で計の愛液をなめながら、言う。 「あ、ひゃっ、そ、そんなことまで、しなくても……」 「計、可愛い声、もっと聞かせて……」 「あっ、ひゃっ、だ、ダメっ、そんなことまで……タク、汚いよ……」 「汚くないよ、可愛いよ、計の全部」 「で、でもそんなことまで、あっ、させたら、わ、悪い気もするし……」 「好きだから、気にしない」 「あ、ん、ああああっ!」  さっきよりも顔を密着させて、頬がべったり愛液で濡れるのも構わず、計の股間に潜りこんだ。 「はっ、あっ……タクが、お口で……くちゅくちゅ舐めてる……っ……んっ、あんっ……ぁっ、あっ!」  まずは満遍なくクリトリスから土手から、割れ目の奥まで舐めまわす。 「うっ、くっ! ……そんなに、したらっ……タクが汚れちゃう……あ、あっ……はぁっ!」 「気にするな」 「ッ……!」  ゾクッと計が反応したのがわかった。こういうのを言われると、すごく興奮が高まるらしい。  一通り舐め取った愛液も、また溢れだしていた。 「もっと……ぐちょぐちょになっちゃっても、大丈夫……?」 「うん」 「あ……たぶん……いっぱい出てきちゃ――ひぁぅ!」  クリトリスを口の中に入れて吸いついた。 「あ、ぁあっ! お、奥からっ……クリトリス……す、吸い出されちゃう……やっ、ぁっあっぁああぁ!」  舌先でクリトリスの包皮を剥き、吸引する。 「んああああぁああっ!! ……とれひゃうっ……クリ、とれひゃうっ! あっ、あっ! ひあぁぁああっ!」  そこまで強引にはしていないが、今まで以上にクリトリスが勃起する感覚がそう思わせているのかもしれない。  俺の口の中で計のクリトリスは確かに大きくなった。 「はっ……はっ……ひはっ……!」 「ちゅ」 「っ……ひゃっ、またキス……っ……!」  言葉とは裏腹に、計の腰はグッと俺の方へ迫りだした。  舐めてということだ。 「っ! うっあっ……ああぁぁぁああっ!! ……っ……響くっ……響くのっ……ひぁっ! あっ! あっ! あふ!」 「っ……んぉぉぉっ! ……メっ……ダメっ! い、くっ……あっ、あ! ひぁっ! イクッ!」 「んあああああぁぁああああっ!! あっ! ひっ……! っ……っ! んんんっ!」  ビクンッ……ビクンッ……と計が身体を震えさせる。 「はぁ……はぁ……はぁ……やっぱり、イッちゃった……」 「うん、イッちゃったね」 「タク……」 「今度は、あたしが……してあげる」 「え?」 「こ、こういう感じ……かな」  計が何をしてくれるのだろうと思っていると、計は俺の興奮しきったモノをその立派なお胸に挟んだ。  これは――予想外の幸福だ。 「ああ……いいな……すごく、いい……膝、痛くない?」 「うん。平気……」  一応下に荷物を敷いたが、ひざまずかせているという状況に若干申し訳なさもある。 「こういうのって、濡れてた方がやりやすいのかな」 「まぁ、よく滑るようにはなると思うけど……唾液とか?」 「それでもいいけど……」  と股間へ手を伸ばした計は粘ついた愛液をすくい取って、胸の谷間にすりこんだ。 「……い、いくね」 「よ、よろしく」  気合入ってるな。 「ん、んっ」  俺のペニスに直接、計のバストの感触と体温が伝わってくる。  ダイレクトに。 「ふ、ふおっ!」  快感についのけぞる。 「ど、どうしたの?」 「ご、ごめん」 「気持ちよすぎて、ビビってしまった」  情けないけどしょうがない。 「そ、そんなにいいんだ……」 「計の胸は、ポテンシャルが高いからな」  言いながらちょっと手を伸ばして、乳首を触ったりする。 「あ、こら、エッチ」 「今はあたしのターンなの……んっ」  計が再び俺のペニスを胸の壁で愛撫しだした。 「あ、くうっ!」  思わず声が出るくらい、いい。 「い、今、思いっきり、跳ねあがろうとしたよ」 「良すぎる……すぐ果てそう……」 「そ、それほどに……」 「でも、続けるのです、沢渡さん」  計は動きはじめた。  ぬるぬる感の中におっぱいのすべらかさが感じられて、実に心地よい。 「……んっ……んっ……結構、ちゃんとシゴくの、大変かも……」 「無理しなくても、これで、充分です……」 「でも、せっかくだし……」 「たまには、あたしがもみもみします」  計が胸の揉みこみを大きくしていく。 「あっ、今のすごっ……!」 「はっ……んっ、んっ……ふぅっ!」 「タ、タク、気持ちいい?」 「いいけど、計はすごく大変そうだな」 「タクが好きだから、平気……」 「……この萌え彼女め」  パイズリされながら、計の頭を撫でてやった。 「ふふ」 「タクのを強く感じるから、こういうのも嬉しいのかな……んっ……」  谷間の中でもみくちゃにされるペニスと、一生懸命な計の表情を見て、そこに精液をたっぷりかけたい衝動に駆られる。 「こうしているだけで、いいの?」 「ああ……いいけど、もしできれば……そのまま舐めてほしい」 「と、届くかな……」 「はぷっ……れひら……じゃあ、いふお……」  亀頭にキスをするような形で計がしゃぶりはじめた。  それがヤバイくらいに気持ちいい。合わせ技がこんなにすごいとは……。 「ちゅるっ……ちゅぷ……っ……んっ……ぢゅるっぽ……ぢゅぽっぢゅぽっぢゅぽっ!」  くわえられる距離が短い分、吸引で刺激しようと工夫しているみたいだ。 「んっ……ちゅぷっ、ぐぷるっ……っ……はっ……ぢゅうぅうぅる! ぽんっ」 「あっ……!」 「ふふっ……。ぢゅっぷ、ぢゅっぷ、ぢゅぽんっ……んっ……ぷぢゅるっ……ひもひー?」 「あ、ああ……いい……そんなに、保たないッ……」  うなずいた計がパイズリおしゃぶりに集中しはじめる。  揉むことでずれていく亀頭を口でもとに戻したりと、 「んっんっんっ! ぢゅぷぅっ……ぢゅるぷっ……んぽっ……んっ、く……ぢゅるるっ!」 「ぢゅっぽぢゅっぽぢゅっぽっ、ぷぁっ……あ……れろっ……ちゅぷっ、ぢゅちゅるっ……るるっ……」 「あ、ああ……っ……計っ! 出るっ!」 「んあっ! ……っ……っ……」  一瞬目こそ瞑ったものの、計は至近距離からの発射をすべて避けずに受けとめた。 「はぁ……はぁ……計……すごく、よかった……」 「ふふ……沢渡さんの精液でいっぱい、汚されちゃったですよ」  垂れ落ちていく精液が卑猥な模様を作っていく。 「おっぱいにもいっぱい……」  俺のモノを挟んだままのおっぱいを支える計の手が、糸を引く濃い精液を塗り込んでいく。 「でも、やっぱりまだまだ元気だね」 「あ、ああ……」  うなずいた計の微笑は、溺れてしまいそうなほど魅力的だった。 「んっ……! こ、この姿勢……すごくえっちな気がする……」 「お尻を突きだしてるから?」 「たぶん、そうかな……」 「き、教室でしちゃった時のこと……今思い出しても、恥ずかしい……」 「イメクラごっこのこと?」 「イ、イメクラ、ちゃうわっ!」  やってる最中に叱られた。 「ごめん、お詫びの意味もこめて頑張るよ」  計のお尻を大胆にわしっと掴んだ。 「へっ……あっ!」 「っ、あんっ! 急にっ――!」  俺が腰を動かしだすと、計がふるふるとお尻を振った。  扇情的すぎる。また固くなった。 「ゆ、ゆっくり慎重にやった方がいいか?」  計は俺のモノをきゅぅっと締めつけて、首を振った。 「そのままで、いい……いっぱい……突いて、いいよ、タク……」 「ありがとう……」 「お礼って、変だよ……んぁ!? ……ぁっ、あっ! あっ!」  ペニスを刺し込むたびに、計の身体が押されて揺れる。  木にしがみついている状態だから、あまり負担をかけないようにしないと……。 「こ、この体勢って、」 「普通より、深く入れられそう……」 「ふえっ、そ、そう、なの?」 「あ、あたし、よく、わから……あっ、んっ!」  計がお尻を俺に押し付けるようにしてくる。  パンッと二人がぶつかった。 「はんっ! あ、赤くなっちゃうよぉ……ぁっ! あっ! でもっ、変なとこ、当たるっ……ひぁっ!」 「無理はしなくていいよ」 「はぁ、はぁ……もしかして、だいぶ気を遣ってる?」 「う、いや、それなり」 「ふふ……優しいね。でも、思いっきり突いて、くれた方が、あ、あたしは嬉しいかも……」  計にそう言われて、腰の動きを速くしてみる。 「ふわっ! ……っ……ぁ、あっ……また、感じが変わった」 「あっ……あんっ! そこっ、いいっ!」 「ここ?」 「うんっ……ふ、ぁっ……あぁぁあ! ま、また……タクに新しいところっ……んぁっ! 見つけられちゃうっ……!」 「タ、タクに恥ずかしい子、だって、思われちゃうっ……!」 「そ、そんなことないって」 「あんっ、くっ、あっ、はぁっ、で、でもっ!」 「エッチで可愛い俺の彼女が恥ずかしいなんてことないよ」 「やぁっ……」 「タク、タクが優しいの……」 「好き、好き……!」  身体全体を震わせる。  刺さっているペニスが左右に振りまわされる。 「あ、くっ!」  すっぽ抜けないように、思わず奥まで突き入れる。 「ひゃん! っ……はっ、ふぁっ! ああん……!」 「こ、こんなの初めて……!」 「計、計」  俺は手を伸ばして、計のたゆたゆと揺れるおっぱいもつかむ。  こりこりとした乳首を軽くつまむ。 「あっ! お、おっぱい、ダメ、らめっ、今、つまんひゃっ、らめっ……!」 「気持ちよくないの?」  胸とアソコを同時に愛撫しながら尋ねた。 「……気持ちいいよ、き、きゅんきゅんして、る……」  計の腰が蠢きはじめる。  虜にされそうな快楽が俺に注がれる。 「……タクので、イキたいよ……」 「二人一緒に、な」 「うんっ」  緩やかな動きだったのを、再びシフトチェンジするみたいに徐々に速度を上げていく。 「ぁっ、あっ、あっぁぁああっ! ……っ……や、やっぱり……んぁっ! タクのが動くと……っ、あ!」  計が気持ちいいのを味わっているのと同様、俺もぬめる膣内の感触に痺れそうになっていた。 「んくっ! そ、それっ……ぁ、あっ! んああぁぁあっ! 先っぽのっ……出っ張りが……っ……引っかかって……ぁ、あ、ぁっ!」  カリで掘り返すような動きになるのは、俺もたまらなかった。  射精感がせりあがってくる。 「タクっ……タク! あたし、全然声っ……我慢できてない……んんっく! い、今思いだした……んあぁっ……」 「計、あと少しだからっ」 「いいのっ? ……このまま、イッちゃって……いいのっ!? ぁっ! あっ! ふあぁ……ぁっ!」 「ああ、一緒に……計と一緒にっ」 「うんっ……うんっ! ぁ、あひっ! すごいよっ、あたし、ほんとに……んああっぁああ!」 「もう……ダメ……みたい……っ……くっふ!」  その言葉に、どうしようもなく俺も高まった。 「ぁあっ! あっ! い、イクよっ……タク! んぁぁああっ! あたし、イッちゃうからぁっ……ぁ、あっ、あっあっ! タ、クっ!」 「ふああぁぁあああっ!! イッ、く――っ! ……っ……っ! ぁ……ぁっ! ~~~っ!!」  どぷどぷと注ぎこまれる精液と、押し寄せる快感に計が悶絶する。  もう俺……計なしではいられないんだろう。 「……っ……はぁ……は、ふ……っ……」  そのことに、幸せを感じた。 「……中から溢れてきた」 「はぁ、はぁ……」 「タクの、いつも、熱い、ね……」  計の絶頂が弾けだした直後、俺はペニスを抜いてお尻の上に敢えてビタンッと置いた。 「はぅっ!」  その衝撃で射精がはじまる。  びゅるびゅるとお尻の全体が精液で白く染まっていった。 「……はぁっはぁっ……はぁっ……」  木にしがみついた計が崩れ落ちそうになるのを支える。 「あっ、やっ、敏感になってる……」  ビクンッビクンッと計が跳ねた。 「……はぁっ……はぁっ……はぁぁぁ……」 「落ち着いた?」 「……まだ、無理……ずっと、小さくイッてる……」  衣服を手早く整えて、俺達はまた縁日の立ち並ぶ場所へと舞い戻った。 「計って、だんだんエッチになるよね?」 「それをあなたが言うのですか、沢渡さん」  お説ごもっとも。 「ねね、沢渡くん、夏休みは計とどうしてたの?」 「部活以外でも、毎日のように会ってたんだよね?」 「――は?」  夏休み明け初日。  ホームルームを終えて、部室に行こうとした俺をクラスの女子達が取り囲む。 「な、何故、そんなことをキミ達は――」  知ってるんだ?  放送部のヤツらをのぞいたら、俺達がつきあってるのを知ってるのは祥子さんくらい――  そう思いつつ、たまたまそばを通り過ぎようとする祥子さんを見る。 「?」  こっちを見た。  ――皆に、話した?  と目で尋ねる。 「――」  無言でふるふると首を横に。  だよな。祥子さんはそんなに口の軽い子じゃない。  と、なると。 「?」  修ちゃんをにらむ。 「――」  ――俺じゃねーよ、言わねーよ、つーか、忘れてたよ!  そんな感じに、にらみ返される。  忘れんなよ、と思いつつ他の部員達をサーチする。 「?」 「?」 「!」  3人を視界に捉える。  ――お前達は、俺に内緒でしゃべっちゃいましたね、この野郎!  という視線を送る。 「――」  ――いやいや、沢渡くん、私はそこまでおしゃべりじゃないぞ!  と、三咲は憮然とし、 「――」  ――あたしだって、タクに内緒で話さないってば、信じて! そして、抱いて!  と、計は目でモノを言った。後半はウソだが。  すると。 「――」  ――てへぺろ☆  流々は舌を出して笑った。 「貴様かっ!」  俺はおしゃべり娘を捕まえんと、周囲の女子をかき分けて流々の方へ。 「やべっ!」  流々はダダッと廊下へ駆け出していった。 「待て、こら――っ!」  俺も続いて教室を出た。 「……まったく、沢渡くんもしょうがないな」 「彼女置いて、他の女の子と追っかけっこだもんね」 「いえいえ、あれでいいんですよ」 「ん? どうしてだ?」 「あたし達は元々いつでも3人いっしょだったし」 「タクと流々が仲いいの、あたしも嬉しいから!」 「……そういうものなのか?」 「いや~。男の子の幼馴染がいない私にはさっぱりわかんないね~」 「……同感だ」 「ふふ」  週末になって、学園祭用の原稿が完成した。  アンテナの修理も終わり、試験放送では電波がゆんゆん飛んでいる。  あとは俺と計、そして流々で、いかに面白トークして盛り上げるかにかかっている。  頑張らねば。 「いよいよ来週からトークの練習ですね、沢渡さん」  学園帰り、道草をくってここに来た。  最近よく来る。  計にせがまれるのだ。 「そうだな、でもあんまりかっちり決めると逆に面白くなくなるから」 「あくまでも、ネタ合わせ的な感じでいいんじゃない?」 「でも、あたしはアドリブで面白いこと言えないから」 「少々不安があるのです」 「いや、計は練習なしでいけるんじゃない?」 「それはあたしが、普段からおもしろゆかいな子ってことっすか?!」  驚いたことに計は驚いていた。 「うん」 「100ペタショック!」  計のネタは進化していた。  やっぱり面白い子である。 「ん?」  突然の着信音。  俺じゃない。 「あ、ごめん、あたし」 「もしもし、お母さん、どうしたの?」 「ふんふん」 「いやいやいや、それはダメでしょ奥さん」 「結婚しても、お化粧はちゃんとしないと。そうそう、夫婦でも緊張感を持って」 「倦怠期って歳でもないでしょ~」  いつの間にか、人生相談風になっていた。  ていうか、母親と話してたんじゃないのか? 「わかった。じゃね~」 「そんなわけで、夕飯用にコロッケを買って帰ることになったよ」 「どんなわけで?!」  真鍋家の会話は摩訶不思議だ。 「あたし、駅前寄って帰るよ」 「あ、付き合おうか?」 「いいからいいから、たまには早く帰ってナナギーとたくさんお話してあげて」 「タクには、あたしの彼氏なだけじゃなくて、お兄ちゃんの責任もあるのです!」 「わかったよ」 「またね~」  手を振って、駆けていった。  すぐに背中は小さくなる。 「元気なヤツ」  笑って歩き出す。  計にも言われたし、今日は早く帰って妹孝行でも―― 「ん?」  視界の端に、人影が入った。  地面に屈んで、何かをやっている。  俺の足は自然に、そいつの所へと向いた。 「流々」 「ひゃっ?!」  俺に背中を向けて懸命に土を掘ってる幼馴染に、声をかけた。 「タ、タクか」  振り向きながら、背中に小さなスコップを隠す。 「何してんの?」 「な、何が?」 「地面掘ってたじゃん」 「ち、見てたのか」  小さく舌打ちをして、スコップを持った右手を出す。 「ひょっとして、タイムカプセル?」 「ああ」  仕方ねーな、という風に短く答えた。  で、また俺に背を向けて作業を再開する。 「お前、あん時、大して興味なさそうだったのに……」 「あの後、思い出したんだよ」 「何を?」 「中に入れたモノ」 「ほほう」 「ぜってー、お前や計に見せるわけにはいかないんだ……」 「だから、見つけて処分するっ!」  流々は鋭い視線で俺を突きさしてくる。 「てめーは、もう帰れ!」  スコップで上の道の方を指す。 「いや、手伝うって」 「アホか、おめーに見られたくないって言ってんのに、手伝わすわけねーだろっ」 「何でそんなに必死なんだよ」 「ていうか、何入れたんだ?」  答えるわけないか。 「……」 「……算数のテスト」  ぼそっと答えた。 「そんなに悪い点だったのかよ?」  10年前だし、もう時効だろ。 「うっさいな、アレは私の人生で唯一の汚点なんだよ」 「ぜってー、見つからない場所だと思って、入れたのによ……」 「計のヤツ、覚えてやがんの」 「まあ、だいたい埋めてもそのままだよな」  俺は流々の隣でやわらかい土に手を。 「ああ、それなのに計のヤツ――って、何掘っとるんじゃあああああっ!」  遠慮なしの前蹴りが飛んできた。  当たる直前で避けた。 「お前、ミニスカートで蹴りはやめろよ!」 「うっさい! 帰れ、帰れ!」  前蹴り連発。 「パンツ見えるぞ!」 「見んな! タダで見んなっ!」 「20円くらい?」 「ふざけんなあああっ!」 「田中さんや、なかなか見つからないなぁ」 「そうだな……」 「――って、どうして、まだお前が手伝っとるんじゃあああああっ!」  土を投げてくる。 「あ、こら、やめんか!」  投げ返す。 「さっさと帰って、ナナギーメシ食って寝ろ!」 「だって、俺もすげー気になりだしたんだよな」 「お前がどんだけヒドイ点取ったのか」 「ほっとけよ!」  しばらく、互いに土を投げまくる。  泥遊びに興ずる子供のようだった。 「だけど、こんなただ広いとこ、お前一人で探してたらいつまでかかるかわかんないって」 「お前が入れた物は見ないから、手伝わせろよ」 「……本当に見ないか?」 「おうとも! 俺を信じてくれよ、田中さん!」 「この澄んだ瞳を見て!」  純真な少年のまなざしを幼馴染に向ける。 「死んだ魚みてーな目だな」 「グレてやるっ!」  盗んだバイクで走りたくなった。 「あー、わかったよ。じゃあ、明日の土曜、また手伝ってくれよ」 「もう暗くて、今日は作業無理だしな」 「明日の何時?」 「朝の8時くらい。早起き嫌なら無理しなくてもいいぞ」 「ちゃんと約束は守るって」 「言っとくけど、タク一人で来いよ? 他言無用だぞ」 「了解!」 「間違っても、計連れてくんなよ? いいな! 絶対連れて来るなよっ!」 「わかってるっての」 「この沢渡拓郎、常日頃からそのへんの空気はちゃんと読んで行動してますから!」  ふふん、と鼻を鳴らして、胸を張る。 「ホントかよ……」  一夜明けて、土曜日の早朝。  俺は流々との約束を果たすために、再び川べりに向かう。 「真鍋さん、参上!」  連れて来た計が土手で変身ヒーローのようなポーズをとる。 「何でじゃああああああああああああっ!」  朝っぱらから、流々は上流に向かってシャウトしていた。 「タク、てめぇ約束守れよ!」  胸倉をつかまれる。 「え? だって、ちゃんとお約束を守ったつもりだけど……?」  押すなよ!? 絶対押すなよ! 的な。 「そっちのお約束じゃね――っ! このアホタクがああああっ!」  流々の鋭いジャブの連打を受ける。 「すみません! 田中さんすみませんした!」  どつかれながら、コミュニケーションの難しさを再認識する俺。 「あー、これこれ、そこの娘」 「あまり沢渡さんをイジるでない」 「もう、海に逃がしてやりなさい」 「亀かよ」  それにここは川だし。 「まったく……ホントにタクボンはしょうがねーなー……」 「流々、タイムカプセルは3人の物だよ」 「一人占めはいけないのです! ぷんぷん」  計が口で立腹を表現した。  あんまり怒ってるようには見えない。 「……そりゃ、そうだけどよ」 「見つかったら、まずお前に渡してやる」 「そんで、お前の見られたくない物だけ先に取り出して処分していいからさ」 「うん、それでいいよ」 「真鍋さんも、流々に恥をかかせるつもりは、わずかしかないのです!」 「わずかにはあるのかよ! 完全に失くせよ!」  今度は計の背中をポカポカと叩いていた。 「うわぁ~ん、タク~」  逃げてきて俺の後ろに隠れる。  あいかわらずコントばかりの俺達である。 「わかったよ。でも、タクも計もさっきの約束ちゃんと守ってくれよ」 「タイムカプセル勝手に開けんなよ? 絶対勝手に開けんなよ!」 「お約束的な意味で?」  一応確認する。 「言葉のまんまの意味だっっ! このバカチンがっ!」  幼馴染に頭ごなしに叱られた。  ちょっとブルーな気持ちになった。 「全然見つかんないね……」  スコップを置いて、計が額の汗を拭う。 「埋めそうなトコはみんな掘ってみたんだけどな」  俺も掘り返した場所を戻しながら、息を吐く。 「子供の頃だし、そんなに深くは埋めてないはずなんだけどな……」 「やっぱり10年の間に誰かが見つけて持ってったのかな」 「川に捨てられたってのが有力な気はする」  誰も持ち帰りたくなるような高価な物なんて入れてないはずだ。  当時集めてたゲームのレアカードとか、未来の自分宛ての手紙とか。  俺はそんなもんを袋につめて、缶に入れたと思う。 「まあ、見つかんないなら、私はそんでいいけどよ」  元々、中身を隠すことが目的だった流々はスコップを地面に投げ出して、伸びをした。 「むー、もうちょっと頑張ってみようよ~」  だが、計はまだご執心のようだった。 「でも、もう心当たりないしな……」  ちょっと俺も諦めムードだ。 「こんにちは」  三人で相談してるところに、七凪がやってきた。 「おう! ナナギー、今日も可愛いな!」  上機嫌で手を振り、 「ヨメに来ないか!」  求婚していた。 「ありがとうございます。行きません」 「ち」  やさぐれて、スコップでアリの巣を壊し始める。  当たるなよ。 「お昼ごはん用意したので、家にいったん戻りませんか?」 「あ、もうそんな時間なんだ」 「流々、暑いしメシ食って少し休もうぜ」 「ああ」  流々もスカートの土埃を掃いながら、立ち上がった。 「ところで、兄さん」 「ん? 何?」 「兄さん達は、タイムカプセルを探していたんですよね?」 「そうだよ」 「確か、青いクッキーの缶でしたよね?」 「そそ、軽いけど丈夫そうな大きいの」 「――あんな感じのですか?」  と、言って妹は川の方を指差していた。 「へ?」  見ると、対岸側にうち捨てられた自転車があった。  そのカゴの中にそれっぽい缶が。 「あ、あれか?!」  流々が目を見開く。 「すごーい! まだあったーっ!」  計がその場でぴょんぴょん跳んではしゃぎ回る。 「ダーッシュ!」  向こう岸に渡るため、橋に向かって駆け出した。 「あ、タク、てめぇ、最初は私だろ!」 「あ、あたしも行く~っ!」  流々と計もすぐついてきた。  ――こうして苦労の末、タイムカプセルとおぼしき薄汚れた缶を俺達はゲットした。  だが。 「ぬおおおおおおおっ!」 「くおおおおおおおっ!」  元の場所に戻ってきて、流々が開封を試みたのだが、 「めっちゃ、固くて開かね~」  真っ赤になった右手の指に息をふー、ふー吹きかけていた。 「流々姉さん、兄さんに開けてもらった方が」 「そうだよ、ツメ折れたりしたら大変だよ?」 「え~、タクボン~?」 「でもな~」  『おめー、絶対中見るだろう?』という疑惑の視線が俺に突き刺さる。 「大丈夫だって、ぜってー見ないって」 「そうだよ、タクは本当に人が嫌がることはしないよ、流々」 「10年前に入れた時だって、全員見ないようにしてたじゃん。タクも約束守ったでしょ?」 「……」 「……わーったよ、タク頼む」  計の言葉を聞き、流々は俺に例の缶を手渡した。 「おう、まかせろ」  受け取って、すぐに俺はフタに指をかける。  流々のあの様子ではかなり固く閉まってるっぽい。  最初から全力でいく。 「うりゃああああああああああああっ!」  男のメンツをかけて、俺はフタを思いっ切り上に――  すぽっ 「――え?」  拍子抜けするくらい簡単に開いた。 「あ痛っ?!」  力をこめすぎた俺はまるでバックドロップを決めるかのように、身体をえびぞらして後方に倒れた。 「兄さん!」 「タク、大丈夫?!」  地面に俺達3人の想い出が転がる。  時代遅れとなったカード。  古ぼけた人形。  黄色く変色した便箋。  そんなモノが無造作に―― 「ん?」  身体を起した俺の顔に一枚の紙キレが落ちてくる。 「あ……」  つい手に取って見てしまった。  流々のテスト用紙を。 「これ――」  そして、俺は流々がどうしてこれを俺達に見せたくなかったのか一瞬で理解した。 「――っ!」  俺がテスト用紙を見てしまったと悟ると、流々は土手を駆け出していく。  まるで逃げるように。 「あ、待てよ!」  流々のテスト用紙を手にしたまま、俺は彼女を追った。 「ど、どうしたの? タク」 「兄さん?」  計と七凪の声を背中で聞きながらも、足は止めず土手を全速で登る。 「流々っ!」 「あ、くそ、自転車かよ」  ようやく登りきった土手の上。  俺は遙か先を自転車でぐんぐん加速していく流々の姿を見た。  追わないといけない。  すぐに話をしないといけない。  そして、謝らないといけない。 「待てよ、おい!」  それがわかっていた俺は無理と知りつつも自転車を追うことを選択した。  残暑厳しい9月初旬。  俺は汗だくになりながら走って、流々を追った。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  遠ざかる流々の背中を何とか視界に捉えたまま、俺は夏の歩道を駆ける。  真上から照りつけてくる太陽光。  アスファルトから立ち上る熱気。  吐き出す息が熱を持っているのがわかった。  殺人的な暑さだ。 「こんな日にマラソンかよっ!」  額を流れる汗を拭いながら、ヤケクソ気味に叫ぶ。  それでも、足は止めない。  止めるはずもない。 「待てってば、流々!」  少しでもあいつに近づきたくて、足を運ぶ。  流々は振り返りもしない。  俺が追ってることに気付いてないのだろうか。  それとも、俺から逃げたいのだろうか。 「流々っ!」  あいつと話がしたい。  もし、傷つけてしまったのなら、謝りたい。  その一心で、俺は走り続ける。 「はぁ、はぁ……」  どれくらい走ったか。  体力測定の持久走を10回はやったくらいの疲労感を感じる。  走りたいが、走れない。  焦る気持ちとは反対に、身体は休息を強く求めてきた。  流々の姿は、とっくに見失った。 「はあ、はあ……」  ケータイでつかまえるか。  そう思って、ズボンのポケットに手を伸ばす。  アドレス帳から『流々』を選んで、コールする。  当然のように出なかった。 「くそ……」  避けられちまってるのか。  そんな考えに、俺は軽く傷つく。  いや、それはダメだ。  傷つけたのは、きっと俺が先だ。  俺には傷つく資格すらない。 「だけど、さ」  俺は未来は見えるけど、人の心は見えないわけで。  すべての人達に優しくしたいけど、きっとそんなことは不可能で。  きっとこれから先も、どうしようもなく人に迷惑をかけたり傷つけたりすることはあるわけで。 「どうしたら、よかったんだよ?」  わからない。  ダメだ俺。  いったい、俺は今まで何を暢気にはしゃいでいたのか。  何がせーしゅんか。  大切な友人からの厚意の上にあぐらをかいて、遊んでただけじゃないか。 「情けねー……」  肩を落とす。  と、  俺の思考を遮るように、着信音が流れた。  画面を見る。  『流々』  速攻出た。 『もしもし、えっと……タク?』 「う、うん、俺」  お互い登録してある相手なんだから、当たり前である。  ぎこちない。  それでも、流々の声を聞けて俺はいくらか安堵した。 『ち、着信あったみたいだからよ……』  たどたどしく話す。 「うん、かけた」 『さ、さっきはさ、』 『ち、ちょっと、急用を思い出しただけなんだよ!』 『マジ急用だったんだよ! だから私もヤベーと思って……』 『だから……その……』 『……ご、ごめん』  馬鹿。  なんで、お前が謝るんだよ。 「流々、今、ドコにいる?」 『え?』 「ちゃんと会って話したい」 『あ、会ってわざわざ話すことなんて、ねーよ!』 「じゃあ、言いなおすよ」 「会って、俺と話をしてください」 「お願いします」  真面目な声で、頼んだ。 『な、何だよ! 急に気持ち悪いなっ!』 『やめろよ! 全然ウチららしくねーよ』 「そうだな」 「俺もお前と軽口叩いてるのが、あんまり楽しいんで」 「ずっとそうしていたいって思ってたけど」 「それはお前が一生懸命、そういう空気を作ってくれたからじゃん」 『タク……』 「何でもかんでも、冗談にして笑って、はいお終いじゃ」 「楽しいんだけど、違うっていうか」 「なんていうか、その……」  上手く言葉にできない。 「逃げみたいな気がする」 『……』  電話器の向こうで、流々が黙り込む。  沈黙。  夏のノイズがそっと、それを埋める。 『……神社』 『……そこで、待っててやる』 「ありがとう。すぐ行く」 『……うるせぇよ』  小さく悪態をついて、流々は電話を切った。 「最速で行くぞ!」  短くそう宣言し、俺はまた走り始めた。  あいかわらず、暑い。  汗は噴出し、すぐに息はあがる。  でも、不思議と足は軽かった。 「よ、よう……」  神社に着くと、流々はすぐに見つかった。  暑いのに鳥居の真下に突っ立っていた。  首筋に薄っすらと汗が浮かんでいる。 「どっかの木の陰とかにいろよ」  少し呆れた声を出す。 「い、いいだろ!」 「落ち着かなかったんだよ!」 「おめーが、何かマジだから、木陰でノンビリなんてできなかったんだよ!」 「俺のせいかよ」  苦笑する。 「ああ、全部おめーのせいだっ! ったくよ……」  ぷい、と俺から顔を逸らす。 「とにかく、まずはこれを返す」  俺は折りたたんだテスト用紙を流々に差し出した。  10年前の流々の答案。  93点。  優秀な成績だ。見られたくないなんてことは決してないはずの答案だった。 「あ、ああ」  うつむいて受け取る。 「……」  少しだけ黙る。 「……裏、やっぱ見たんだよな?」  上目遣いで尋ねてくる。 「……悪い」  頭を深々と下げた。 「……わざとじゃないし、しょうがないけどよ」 「あーあ、だから、手伝わせたくなかったんだよなぁ……」 『未来の私へ。』 『今から書く三つのことを、何があろうとやり抜け。絶対にやり抜け!』 『一つ、必ずまたこの町に戻ってくること』 『二つ、必ずまたタクと計と友達になること!』 『そして、最後の一つ!』 『タクに好きって、絶対言うこと!』 『以上! 絶対守れよ! 未来の私!』 「――アホだよなぁ」  流々は苦笑ぎみに笑う。 「10年前の私が何考えてたんだか、今の私にはまるでわかんねーよ」  無造作に答案をポケットにねじこんだ。 「なんていうか、こんな言い方しかできないけど」 「お前の気持ち気付かなかった。ごめん」  能天気に計と付き合いだした無神経な俺のことを流々はどう思っていただろう。 「アホ」  流々が俺の頭をジャンプして軽く叩いた。 「あたっ?!」 「そーいうこと言われんのが嫌だから、見られたくなかったんだよ!」 「いいかタク、計にも前に言ったけど」 「これは10年前の話だ。まだガキだった頃の私の戯言だ」 「今はお前のこと、みじんもそんな風に思ってねーよ」  ふん、と鼻息も荒く言い切る。 「みじんもかよ」  そこまで言われるとそれはそれでちょっと切ない。 「今の私はナナギー狙いだからな!」 「えー」  それは勘弁してくれ。 「だから、お前は何も気にすることないんだよ」 「今まで通り、計と仲良く馬鹿ップルやってな」 「馬鹿ップルじゃないよ! 一応、時と場所はわきまえるように努力はしてるよ!」 「どーだか」  ニヤッと笑う。  もういつもの俺達だった。  居心地のいい空気。  俺達の居場所。 「あー、やっぱ暑いな」 「どっか涼みに行こうぜ、タク」 「そんで、何か冷たいモン奢れよ」  背中を強く叩かれた。 「わかったよ」  俺達は並んで、鳥居をくぐって階段を下りた。 「――んくっ、ん……」 「――ふぅ、結局、ペットボトルかよ~」 「シケてんな~」  海風に前髪を揺らしながら、流々が愚痴る。  でも、言葉に反して声色はどこか嬉しそうだった。  ふらふらと風に身をまかせるように、歩く。 「ここ風涼しいじゃん」  俺も飲みかけの缶を片手に下げて、全身に風を受けつつ歩を進めた。 「女、呼び出して、外でペットボトルとか、ありえねー」 「そんなんじゃモテねぇぞ、タク」 「いいんだよ、別にモテなくても」 「計がいるからか? ん?」  にまにまとイヤらしい笑みを浮かべる。  いたずらっ子のような。 「まあ、そうだけどさ」 「俺割と、女友達には恵まれてるっぽいしさ」 「だな~、三咲さんに南先輩に、あと御幸さんもいたしな~」 「ああ」 「あと、お前な」 「……」 「ふ、そんなこと言ったって口説かれねーぞ」 「俺だって、そんな気ねーよ」 「でも、俺にとって、女友達って言ったら、まずお前なんだよ」 「……」 「――計よりか?」 「……それは」  一瞬、言葉につまる。 「ウソウソ、マジにとんなって、タクボン」  ぱしぱし、と背中を叩いてくる。 「いてぇよ」  女のくせに粗暴なヤツめ。  そう言いつつも叩かれるままにしている。 「背中でかくなったな!」 「お前も見た目だけなら、大人だな!」  中身は子供ですみません。 「――なあ、流々」 「ん?」 「タイムカプセル埋める前に、もう転校決まってたんだな」  10年前の話題を振ってみる。 「ああ、まあな」 「何で、俺や計にくらい言ってくれなかったんだよ」 「計も、今でも結構気にしてるんだぞ」 「あー、ごめん、ちょっと言いづらくてさ」 「言いづらい?」 「引越しの理由が、ちょっとな」 「……聞いてもいいか?」 「お? 何かタクボンいつもと違うじゃん」 「え? 何がだよ」 「いつもは、ギリギリのとこで踏みとどまって、こっちには踏み込んでこないって感じだろ、お前?」 「あー、読まれてるな」  苦笑した。 「いいぜ、話してやるよ。お前が初めてだ」 「――夜逃げだ」 「は?」  知ってはいるが、普段使いもしない言葉に驚く。 「みっともねーけどな、親が借金作ってよ」 「どうしようもなくなって、一家で逃げたんだ」 「てか、一家離散」  笑って、とんでもないことを言い出した。 「……冗談だよな?」  俺の足が自然に止まる。 「いや、マジ」  流々も立ち止まる。 「私は北海道で、瑠奈姉ちゃんは沖縄」 「妹と弟は四国だし、親戚頼って散り散りになった」 「あ、今はいっしょに住んでるぜ。借金も返したしな」 「そうだったのか……」  あの頃、俺がのほほんと暮らしてる時に、こいつはとんでもない苦労をしてたのか。  俺が知ったからって、何ができたわけではないけれど。  友達なら、知っておくべきだった。  そして、一緒に泣いてやるくらいは。 「……あの頃、そーいう話あんまりしなかったよな」 「タクは施設のことや、その前のこと少し話してたけどな」 「俺、苦労してんのは俺だけだって決め付けて……」 「お前や計の家の話、聞こうともしなかった」 「自分が寂しいのをお前達にうめてもらうばっかで……」  どうして、もっと心配してやれなかったのだろう。  未熟な俺に嫌気がさす。 「すまん……」 「いいって! 私もお前達とはそんな暗い話したくなかったんだよ」 「家では暗いんだから、お前達とは笑って、楽しく、明るく、な」  それはそうかもしれないが。  だからと言って、当時の俺が薄情だったのは変わりない。 「流々、今は平気か?」 「は?」  きょとんとした顔をする。 「今、困ってることがあったら、俺に何でも言ってくれ」 「計の彼氏だからって、遠慮することない」 「計が彼女なら、お前は親友のつもりだ」 「……」 「何だよ、急に」 「他人のこと、気にしすぎなんだよ、お前」 「ハゲんぞ!」  笑いながら、ジャンプして俺の頭を触ってくる。 「ハゲねーよ!」  流々に肩をつかまれて身体がナナメに傾く。 「わしゃしゃしゃしゃ!」  髪をくちゃくちゃにされる。 「だから、それはやめろよ!」  真面目に心配したのに。  こいつとは、いつも最後はこんなんになる。 「んじゃ、タクん家行くか」  ようやく俺の頭を解放して、流々は反転して元来た道を辿りだした。 「え? 俺ん家行くの?」 「計とナナギーにフォロー入れとかないと」 「きっとアイツらも、気にしてっからな」  そう言って、まっすぐ前を見て歩く流々。  何だよ。  他人のこと、気にしすぎなのはお前の方じゃないか。  俺の親友は、こんなに優しいヤツなんだ。  思わず嬉しくなる。 「ん? 何笑ってんだよ、タク」 「何でもない」 「おかしなヤツ」  首をひねる流々。  その隣で俺は、流々の答案に書いてあったことを思い出した。 『一つ、必ずまたこの町に戻ってくること』 『二つ、必ずまたタクと計と友達になること!』  俺は流々に聞こえないように、そっと呟いた。 「――ありがとう」 「いよいよ、学園祭まであと一週間か……!」 「ワクワクするなっ!」 「私は少し緊張……」  タイプカプセル騒動から1週間。  学園祭がかなり間近に迫ってきた。 「アンテナや機器の方はもう心配ないですね」 「だな」  アンテナは業者の人がきっちり直してくれた。  機器の操作も流々の懇切丁寧な指導のおかげで、全員が一通りできるようになった。  つまり、あとは。 「つまり、あとはあたし達のトーク次第ということですか?!」 「そういうことになるな」 「ああっ! 緊張しますよ、沢渡さん!」 「今すぐ、踊りだしたくなるほどに!」  勢いよく席を立って、手足を奇妙に動かし始めた。 「踊んな」  それまで黙っていた副部長が計を背後から羽交い絞めにした。 「うおー、踊らして~!」 「踊らないと、上手くしゃべれないんやー! そういう性格なんやー!」 「何でだよ」  どんな性格なんだ。 「皆さんは兄さん達のトークの出来、どう思いますか?」 「まだ話し方とか固くね?」 「うむ、もっと自然な感じが出るようにしたいな」 「わかってるけど、台本があるとなかなか自然な感じにならないんだよな~」  どうしても読んでるっぽくなってしまう。 「もっとアドリブを入れてもいい」 「そのへんは、3人にまかせるから……」 「了解っす」  南部長様のお許しが出たなら、もう少し弾けてみるか。 「とにかく、練習しましょう」 「つまらなかったら、私が容赦なくダメ出しをしてあげます」  明るい声で、手厳しいことを言われた。 「ナナギーの笑顔、怖っ!」  計が小動物のように怯える。 「んじゃ、俺と計と流々はブース入って練習な」 「ういー」  俺と計はパイプイスから立ち上がって、扉の方へ―― 「あー、待て待て、そこの駄カップル」 「ひどい! 田中さん、しゃべる前にダメ出しはやめて!」 「何でも、駄ってつければいいと思うなよ!」  計と二人で超憤慨する。 「トークなんだけどさ、メンバー構成変えようぜ」 「――は?」 「本番1週間前のこの時期に?!」  ざわ……ざわ……  流々の突然の提案に俺と計だけでなく、放送部の全員がどよめきだす。 「トークが固いのって、やっぱ私がこの学園のこと詳しくなくてアドリブのキレが悪いせいだと思うんだよね~」  流々が頭の後ろで手を組んで、息を吐く。 「いや、田中くんのトークは面白いぞ?」 「ああ、自信持っていいぜ」 「私も、流々姉さんは上手だと思いますけど」  皆が流々のトークを認めていた。  だが。 「皆が、そう言ってくれるのは嬉しいんだけどよ……」 「やっぱ、私は裏方に回る」 「本番は文字通り、タクに託すぜっ!」  親指を立てて、歯を光らせる。 「ちょっ?! 何、上手いこと言ったみたいな顔をしてるんですか、田中さん!」  流々の両肩をつかんで、がくがくと揺らす。 「ドヤっ!」 「ドヤ顔になっても駄目だっ!」  こんな時期に勘弁してくれ。 「えー、流々ー、いっしょにやろうよ~」  計は流々の背後から近寄り、流々の肩にあごをのせる。 「やろうよ、やろうよ~」  流々の顔に頬を擦り付ける。 「うっ、甘えてもダメだっ、もう決めたんだかんなっ!」 「え~、そんな~、すりすり~」 「うおおっ! だから甘えんなーっ!」 「ふー、ふー」 「耳に息はやめろーっ!」 「ふー、ふー、ふー」 「らめえええええええええっ!」  幼馴染二人が絡み合っていた。 「な、なんつーか、エロいな……」 「……真鍋先輩、すごい攻撃ですね」 「しかし、田中くんも必死で抵抗してるぞ。アレはそうとう意志は固いな……」  確かにいつもの流々なら計の頼み、たいてい聞くのにな。 「タクロー、止めないと……」 「は、はい。おい、ストップストップ」  先輩の声に、俺は計を流々から引き離す。 「ぬおーっ、止めないでつかーさい、沢渡さん!」 「もうちょっとで、この小娘をあたしのとりこにできたのにーっ!」 「攻略できたのにーっ!」  じたばたと両足をばたつかす。 「ゆ、百合展開は勘弁だぜ……」  流々は赤くなった耳をこすこすと擦りながら、息を整える。 「なあ、流々」 「ん?」 「やっぱり1週間しかないし、ここは当初の予定通りに……」 「イヤだっ♪」  全部言い終わる前に却下された。  素敵な笑顔だった。 「ひどい! 副部長ひどいっす! ブー、ブー!」 「ブー、ブー!」  計とそろって副部長の横暴に抵抗する。 「田中さん、貴方の意見もわからなくはないけど」 「時間はあまりない……」 「そうだ。クオリティーを求めるにしても、時間までに間に合わなかったら意味がないぞ」 「それに、元々田中のトーク悪くないって」 「そうだっ!」  計が明るく同意する。 「むしろ兄さんと真鍋さんだけにした方が、クオリティーが著しく落ちそうですけど」 「そうだ、そうだっ!」  そこも同意ですか真鍋さん。 「だーい丈夫だって♪」  流々がひらひらと手を振る。 「今日中に、タクと計に私が華麗なトークテクニックを仕込むから」 「それなら、私がいなくても問題ないだろう?」 「今日中って……」 「それこそ、無理だろう……」  計と二人で流々を見る。 「おーし、タクと計は今から、完徹覚悟でやっぞー!」  副部長はポキポキと指を鳴らしていた。 「いやいやいや! 副部長、まだ1週間あるし、何もそこまではりきらなくても……」 「そ、そうだよ、ウチの部にそんな熱血は似合わないから……」 「うっさい、やると言ったらやるんじゃあああああっ!」 「ひいいいっ!」  メガホン(あったらしい)で激しく頭をしばかれる。  鬼コーチの誕生であった。 「おらおら、とっととブースに入れ~」  計とそろって背中を押される。 「ノーッ! 何か一度入ったら出してもらえなさそうだーっ!」 「あったりまえだ、ハンパじゃねぇぞっ!」  抵抗しても背中を強く押される。 「いーやー! お家帰る――っ!」 「うっさい! 帰れる場所はないと思え!」 「今日から、ブースがお前らの家っ!」  そんな関白なノリで宣言されてもっ! 「皆、助けてーっ!」 「ヘルプ! ヘルプ!」  俺と計はブースに押し込められながらも、皆に呼びかける。 「副部長、マジスパルタだな……」 「しかし、これなら田中くんの提案にのってみるのもアリかもしれないな……」 「効果アリそうですしね」 「ん」  俺と計の思惑とは真逆の方向に世論は動いていた。 「んじゃあ、こいつらは私にまかせて、皆、今日はお疲れさーん」  ブースに背を向けて手をにぎにぎしている流々。 「あいよ、また明日なー」 「すまないが、頼んだぞ」 「お疲れ様でした」 「よろしく……」  仲間達は談笑しながら放送室を後にする。 「ノオオオオオオオオオオオッ!」 「カンバアアアアアアアアアック!」  見捨てられた俺達は、断末魔のような叫び声を上げ、その後がっくりとうな垂れた。 「もっと、自然に次の話題に移れえええっ!」 「ひいいいいっ!」 「テンポが遅いっ! もっとわかりやすく、かつリズミカルに話せえええええっ!」 「すみましぇーん!」 「歯を食いしばれええええええええええっ!」 「田中さん厳しすぎっスっ!」  流々のモーレツしごき指導は苛烈なことこの上なかった。 「はぁーっ、はぁーっ……」 「の、ノドが……俺の美声がガラガラに……」  俺と計が精根尽き果てて、机につっぷした頃、 「うん、まあ前半はこんなもんか」  ようやく、鬼コーチが休憩を入れてくれた。 「よ、よかった……」 「こ、これ以上しゃべれそうになかったもんね……」 「オーバーなヤツらだな。ほら、立て、メシ食いに行こうぜ」  流々が俺と計の間に立って、俺達の背中を叩く。 「もうそんな時間か」  言われてみれば、すげー腹減ったな。 「どうする? 近所のどっかの店行く?」 「うんにゃ、学食でいいよ」 「寮生のために、まだやってんだろ? 行こうぜ」 「ん? でももっと美味い店あるぞ」 「特訓してくれてんだ、おごってもいいんだけど」 「そうだね、二人でごちそうしますよ、副部長!」 「ああ、いいっていいって、そんな気遣うなよ」 「私、ここの学食好きなんだよ。な、学食にしようぜ」 「お前がいいなら、いいけど」  そんなに美味い学食でもないけどな。 「本当にいいの?」 「ああ! だから学食でおごってくれよ」 「わかった。行くか、計」  立ち上がる。 「はーい。あー、お腹空いた~」  続いて計も立ち上がった。 「よし、行こうぜ!」  夜の学食は意外に盛況だった。  寮生だけでなく、俺達のように学祭の準備で残ってる生徒達が多いようだ。 「さて、計と流々は――」  とんかつ定食を手に二人を探す。 「タク、こっちこっち~」  すぐ、ぶんぶん腕を振ってる計が視界に入る。 「お父さん、こっちこっち~♪」 「パパ~♪ パパ~♪」 「とーちゃーん♪」  娘化した二人に大声で呼ばれた。  周囲のヤツらの視線が痛い。  慌てて移動。 「誰が、お前達の父さんかっ」  憮然として、計の隣の席にトレイを置く。 「二人も可愛い娘ができて、ご機嫌ですね、沢渡さん」 「計、俺の顔をもっとちゃんと見ろ」  眉間にしわを寄せて、機嫌のいいヤツなどいない。 「えー」 「流々ー、あたし達はいらん子だと言われてしまいましたよ?!」 「どぎゃんすれば、よかとですか?!」  ドコの方言か。 「アレだろ? タクはまだツン期だからじゃね?」 「そっかぁ~」  簡単に納得していた。 「ツンデレちゃうわっ!」  とりあえず俺はスタンダードに関西弁でつっこんだ。 「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ、沢渡さん」 「ほら、あんまりカニの入ってないカニクリームコロッケをあげるから」  箸で皿の隅に置かれる。 「確かにそうだけど、改めて言われると切ないな……」  学食だからしょうがないが。 「なあタク、私のシューマイ一個とそのとんかつ一切れ、交換しようぜー」 「あいよ」  お互いの皿に交換ブツをのせる。 「あー、このアジフライ美味しい~、さくさく」  隣の計が幸せそうにフライ定食を食べ始める。 「ここの全然炒めてない、炊いて作っただけの手抜きチャーハンが、私は大好きなんだよな!」  田中さんぶっちゃけすぎです。 「ねー、流々」 「ん?」 「ご飯の後もやっぱり、練習?」 「そのつもりだけどな。一応は形にはなったと思うけど……」  言ってから、流々はシューマイを箸で半分に割る。 「明日もあるし、もう今日はこのへんで勘弁していただけると……」 「そ、そうだよね~。あたし達には明日も明後日もあるよね~」  正面の流々におずおずとご提案してみる。  今日はもうスパルタはこりごりな俺達。 「明日ねぇ……」  流々はシューマイ半分を口に入れて、もくもくと租借した。 「う~ん……やっぱやる」 『えー』  同時に苦虫を噛み潰したような顔になる俺達。 「嫌がんなよ! 明日から頑張るってヤツには永遠に明日は来ねぇんだよ!」 「――じゃあ、いつやるか?! 今でしょ!」  塾講師かよ。ドヤ顔かよ。 「わかったよ! これが欲しいんでしょ! はい!」  計が流々の皿に、虎の子のエビフライを。 「要求してねぇよ!」 「食うけど」  速攻、頬張っていた。 「でも、練習はするぜ~」  鬼だ! 「のおおおおっ! あたしのエビフリャーが、無駄になったでなもだぎゃー!」  だから、ドコの方言なんだ……。 「だから、台本にそんなにしばられなくていいんだよ!」 「うーっ、でもそれだと果てしなく脱線するし~」 「そん時は、もう一人が引き戻す感じでやればさ」  3人での特訓は延々と続く。  暑い中、汗だくになりながらも3人であーでもないこーでもないと意見を出し合う。  俺達はとても親密な、居心地のいい空間にいた。  10年前の俺達が頭に浮かんだ。 「――よし、いい感じになったな!」  流々がこう言ってくれた時はもう時計は12時を回っていた。 「午前様かよ……」 「良かった~。親に流々とタクん家泊るって言っといて」 「何だ計、私と同じアリバイ工作かよ」  流々が嬉しそうに計の肩を抱いた。 「普通に学園泊るって言えばよくない?」 「いやいや、合宿でもないのに、それはさすがにマイマザーが許しませんよ」 「ウチはたぶん、何も言わないけどな~」 「いいなー、理解あるなー」 「放任なだけだって。さて」  流々は膝の上に置いた台本を鞄にしまう。 「あれ? 持って帰るのかよ?」  俺も計も置きっぱなしなのに。 「ああ、失くすと困るからな」  流々は鞄をぎゅっと、本当に大事そうに抱えた。 「さて、これからどうする?」 「帰るにしても、もうバスはないしな」  俺一人なら歩いて帰るか、いっそ部室に泊ってもいいんだが。 「私は部室に泊るぜ」 「えー、マジっすか」 「お前、さすがに女子だしそれは危ないだろ」  こいつは本当に女としての自覚が足りない。  言葉使いさえ直せば、結構可愛いのに。 「じゃあタク、いっしょに泊って、私を守ってくれよ!」 「あ、あんですと――っ?!」  流々の提案に計が目をめっちゃ見開いた。 「毛布も同じでもいいからよ!」 「あ、あのなー」  彼女の目の前で何てこと言いますか、この幼馴染はっ。 「お休みのチューしてやってもいいぞ? チュー」  やめろ! お前とのチューの話題は計には禁忌なんだっ! 「こらー、あたしの彼氏誘惑すんな――っ!」  計が流々の背中を連打する。 「あ痛たたたたっ! 冗談! 冗談だって!」 「流々は冗談のフリして、さくっとマジチューしたりするから油断ならないのっ!」  やはりまだ根に持ってるみたいだなあ。 「んだよ、昔は3人いっしょの布団で寝たこともあるのによ~」  後ろ頭をかく。 「10年前だろうが……」  嘆息しつつ言葉を落とす。 「タクもいい? もし流々といっしょに寝たら……」  計が瞳をギラリと光らせる。 「ね、寝たら?」 「色々暴露して、社会的に抹殺だっ!」  そう言って、俺の背中を人差し指でついてくる。 「色々って何だよ! 俺にはそんな後ろ指差されるような秘密は――」 「ブルマ画像……」  ぼそり、と。 「お許しを!」  すぐ土下座した。  いつの間にかバレてた。 「タク、もう計の尻に敷かれてんのかよ」 「ダッセ~」  膝を折ってる俺の髪をまたわしゃわしゃしてくる。  マジウゼ~。 「もう、流々が泊るなら、あたしも泊るですよ!」  ――は?  突然の言葉に、俺は顔を上げて計を見る。 「だって、流々、一人泊めるわけにはいかないじゃん」 「いいな! 二人で寝ようぜ、計!」 「お休みのチューしてやるから! おっぱいに」  流々は計に抱きついて、顔を胸に擦り付けていた。 「あきらかにキスする場所が変でござる?!」 「こら、流々、俺の彼女を妙な道に引き込むなっ!」  二人を引き離す。  百合展開を必死で阻止した。 「何だよー、心配ならタクも泊れよ」  えー。 「あー、三人で泊ればより安全かも」  ええー。 「決まりだな! 3人で川の字になって寝ようぜ!」 「タクは真ん中な」  えええー! 「いや、ちょっと待て! それはさすがにマズいだろっ?!」 「何でだよ、そばに彼女いるなら、さすがに野獣なタクも私に手は出せないだろ?」 「あー」 「元々、流々にそんなことしないっ! ていうか、計も納得するな!」  彼女、あんまり俺を信用してないよ?! 「それより計、タクとエロ行為すんなよ?」 「しねぇし!」  顔を一瞬で紅潮させて叫ぶ。 「見られると興奮するっつーなら、協力してもいいけど」 「そんな恥ずかしい性癖はたぶんないです!」  たぶんかよ。 「んじゃ、これから皆でお泊りな~」 「きゃっほー!」 「おい、俺はまだ承諾したわけじゃ……」 「タク、本当は嬉しいくせに~」 「美少女二人と添い寝ですよ、沢渡さん!」  俺の右腕を流々、左腕を計が、がっしりと捕まえた。  腕を組むというより、逮捕されたような気分になる。 「さ、行くか」 「らじゃー」  二人は放送室を出て、歩き出す。  そして、俺も引きずられるように移動する。 「ちょっ、まっ! 女の子二人と添い寝とか、マジ無理ですから!」  絶対寝れない。  抵抗する。 「往生際の悪いヤツだな……」 「言い訳は署で聞こう」  マジ逮捕ですか、真鍋さん。  俺の必死の抵抗もむなしく、3人で部室のお泊りが決定する。  せめて俺は別の場所でと思ったが、流々と計の強弁に押し切られた。  特に流々は、俺が添い寝を了承するまで、ずっと俺の腕をつかんで放さなかった。  何でそんなにこだわるんだよ。  おかしなヤツだ。 「おーし、じゃあ、修学旅行の定番」 「枕投げな~」 「いや、これ修学旅行じゃないし」 「それに枕ないよ?」 「おりゃーっ!」  マンガ雑誌ががんがん飛んできた。 「ちょ! 危ないだろうがっ!」  避ける。 「うおおおおっ! ホコリが舞う~っ!」 「うわっ、この雑誌カビくせーっ! 半年前のじゃねーか!」 「アイドルの水着ピンナップのページに、タクの恥ずかしいシミ発見っっっ!」 「こらー! タク――っ! またベッドの下にこんな恥ずかしいご本を!」  お母さん口調で叱られる。 「なんで、俺のシミってわかるんだよ! つーか、部室でするかっ!」  女子部員もいるというのに。 「よっしゃ、次はさらにド定番の!」 「好きな子の名前言い合うぜ、大会だっっ!」 「ドンドン、パフパフ~」 「だから、修学旅行じゃないんだよ!」 「よーし、タクから順番に右回りで告白だっっ!」  シャープペンシルをマイクに見立てて、流々が司会者を気取る。 「さあさあ、早く言っちゃって、恥ずかしがらずに、ね? 奥さん」  ミノ風かよ。 「えーと、俺、計だけど」 「沢渡さんです」  計はぴとっと俺にくっつく。 「イチャラブってんじゃねーぞー! うらああああっ!」 「ごふっ?!」  俺だけ蹴られた。  かくもこの世は理不尽である。 「じゃあ、次は田中さんの好きな人を――」 「次はさらにド定番の怪談大会やあああああっ!」  おい。 「待てや、ごらあああああっ!」  納得いかない計が、怒りの声をあげる。  極道さんも真っ青の迫力だった。 「きさんの、惚れたオスの名前、さっさと言わんかい、こんボケがああああっ!」  流々に飛び掛る。 「こちょこちょこちょこちょこちょ!」  思いっきり脇をくすぐっていた。 「ちょっ、まっ、きゃははははははははっ!」  スカートがまくれるのも気にせず、ジャレ出す女子。 「吐け、吐け~っ♪」  馬乗りになって、くすぐり続ける。 「わ、わかった、言う! 言うって!」 「おーし」  ようやく手を止める計。 「え、えっと……」 「……」 「……」  流々は逡巡しながら、俺をちらっと見る。  で。 「やっぱナナギーだな!」 「マジ百合なのかよ!」 「お兄さん、妹さんを私に――」 「やらねーよ!」  即座に却下した。 「……」 「おーい、計」 「言ったんだし、もう降りろよ。おめーし」 「重くないし!」  ぷりぷり怒りながらも、流々から離れた。  あの回答でいいのかよ。 「んじゃ、怪談、私からな~」 「マジやんのかよ……」 「うう、怖いの苦手ですよ、沢渡さん」 「ぺと」  俺の背中にくっついてくる。 「だから、イチャラブってんじゃねー! うらああああっ!」 「がふっ?!」  また俺だけ蹴られた。  本当に理不尽である。 「――え?」  まどろみの中、突然差し込まれたイメージに起こされる。 「な、何だ?」  随分久し振りの未来視――それは、俺と計が自転車で走っている姿だった。  それも何だか危なげな場所で、大声で騒いでいたような。 「……意味がわからん」  またどっかで馬鹿騒ぎでもするのだろうか。 「……その可能性は大いにあるな」  まあするにしても怪我にだけは注意しよう。  それにしてもいつの間に寝ちゃったんだろうな。  ずっと3人でしゃべってる間に、寝落ちしたのか。 「くすくす、いやあん……タク……」 「ん?」  間の抜けた声に右隣を。 「タクのエッチッチ……」  制服のまま寝こけた計が、にまにま笑いながら寝言を言っていた。  スカートめくれてパンツ丸見え。 「お前というヤツは……」  直してやる紳士な俺。 「もう、タクは、変なトコばっか触って~」  触ってねぇよ。 「ブルマはくの強要して~♪」  してねぇし。 「ふえ? 上は制服がいいの? この変態さんめ~♪」 「お前というヤツは……」  こんなに紳士な俺になんてことを。  憤る。  罰として、額にマジックで『肉』と書く。  ――のは可哀想なので、代わりに額に軽くキスをした。  おはようのキスを前倒し。 「あ、ヤバっ」  流々にこんなとこ見られたら一大事だ。  一瞬背筋が凍った。  が。 「あれ?」  部室に流々がいないことにようやく気付いた。  左隣にはさっきまで、誰かが寝てた痕跡があった。  枕代わりにした週刊誌の束がある。 「顔でも洗いに行ったのかな?」  ケータイで時間を確認。  6:32  まだ早朝だけど、腹減ったな。  俺も、もう起きるか。 「ふーっ、気持ちいい……!」  制服が濡れるのも気にせず、大胆に顔を洗った。  水が思ったより冷たい。  数週間前とは、かなり違う気がする。 「やっぱ、もう秋か」  蛇口を閉じながら、そんな独り言をつぶやく。 「それにしても、流々のヤツいねーなー」  学食行って、朝メシでも先に食ってるのかな。  それとも、着替えにいったん家に戻ったか。 「自転車置き場、行ってみるか」  流星号があるかないか見てこよう。 「あ……」  ガラガラの自転車置き場で、すぐ流々を見つける。  俺達以外、誰もいない。 「おはよう」  軽く手を振る。 「あ、ああ」  何故かバツが悪そうな顔をする。  ちょうど自転車を引いて、ここを出る寸前のようだった。 「家帰るの? やっぱ着替え?」 「え? あ、ああ」 「下着くらいは変えたいしな。風呂だって入りたいし」 「涼しくなってきたし、一日くらい良くね?」 「バーカ、男と女じゃ違うんだよ」 「そう?」 「たりめーだ、お互い子供じゃないんだし、いいかげん自覚しろよな」 「ついさっきまで、俺とザコ寝してたくせに」  呆れて息を吐く。 「い、いいんだよ、それは別腹なんだよ」 「ちょっと昔を再現したかっただけ」 「何故そんなことを……」  意味がわからん。 「と、とにかく、ちょっとひとっ走り行ってくる」  慌ててサドルにまたがろうとして、 「あ、そうだ」  動作を中断して、俺の方を振り向く。 「この自転車さ、ここに来てから買ったからほとんどまだ新品なんだぜ」 「一回、川に落ちたけどな」 「おめーと計のせいだろうがっ! ちゃんと手入れしたし、新品同然だっつーのっ!」  朝陽を浴びて、流星号はピカピカと輝いていた。 「うん、まあそれは見ればわかるけど」 「――やるよ」 「はあ?」 「タクにやる。大事に乗ってくれよな」  流々はそう言うと、さっさと自転車のスタンドを立てて自分の鞄をカゴから下ろした。 「お、おい」 「どうしたんだよ、急に? 何かたくらんでんのかよ」  突然の申し出に俺は驚く。 「たくらんでねーよ!」 「今度、原チャリ買うから、いらなくなっただけだって」 「マジかよ、ブルジョワですね、田中さん」  俺との圧倒的な経済的格差に、さらに驚く。 「んなわけでさ、ほらこれは予備の鍵」  流々は制服の胸ポケットから取り出した自転車の鍵を差し出す。 「ああ、さんきゅ」  手を伸ばして、それを受け取った。 「タク……!」 「――え?」  鍵を取った俺の手を、流々がぎゅっと握った。 「へへ」  照れくさそうに笑う。 「ど、どうしたんだよ?」  戸惑う。 「別に何でもない」 「握手くらいいいだろう? ダチなんだし」 「そ、そりゃ、いいけどさ」  何かこっちまで照れてしまう。 「おめーの手、でけーな」 「子供の頃は、私のがデカかったのに」 「よく覚えてんな、お前、そんなこと」 「たりめーだってーの」 「転校した後だって、おめーや計のことを思い出さなかった日はねーし」 「お前ら、辛くねーかな、泣いてねーかなって、気になってたし!」  そう言ってる流々の瞳から、  ポロポロと涙が。 「お、おい、流々、お前……」 「へへ、心配すんなよ」 「昔のこと思い出したら、ちょっと泣けただけだ……」 「流々……」 「また会えてよかったよ……」 「マジで、な……」  とめどもなく流々の頬からは涙がこぼれる。  どうしてだろう。  今はこうしていっしょにいるのに。  俺の胸までこんなに、痛く、切なくなるのは。 「これ使え」  俺は制服のポケットからハンカチを取り出して渡す。 「ああ、さんきゅ」  流々は俺から受け取ったハンカチでごしごしと涙を拭う。 「おめーのハンカチ、くせーぞ!」  そして、いつもの笑顔にもどっていた。 「うるさいよ! 返せよ!」  ちょっと心配したのに、もうすっかり元気かよ。 「やーだよ、これは自転車と交換だ」  俺の手をひらりとかわして、流々は駆け出す。 「タク、じゃあな!」  一度だけ振り返って、駆けていく。 「おい、家までは自転車使えば――」  背中に向かって、そう叫ぶも流々は振り返りもせず一直線に走っていった。 「ったく……」  せっかちなヤツだな。 「おはよー」 「おっはよ~」  朝練に出る生徒達が来て、少しずつ自転車置き場がうまりだす。 「そろそろ計も起こすか」  俺はもらったばかりの自転車を置いて、部室へと向かった。  あの後、計を起こしてしばらく流々を待ったがなかなか帰って来なかった。  仕方なく二人で朝食を摂って、教室に行く。 「おはよう」 「おう、DJ二人組み!」  教室にはすでに三咲と修二がいた。  当然のごとく、話題は昨日の特訓についてだ。 「何? キミ達、本当に昨日は泊ったのか?」 「マジかよ、気合入ってんな~」 「いや~、田中副部長はぶっちゃけ、鬼っすよ!」 「だな、あいつマジ妥協しない。ある意味感心した」  頑固な職人魂のようなものを感じた。 「んで、上達はしたのかよ?」 「したした。放課後の練習では絶対驚くぞ」  DJ田中も最後には納得してたしな。 「それなら、来週までに磨きをかければかなりのものを期待できるな!」 「学園祭が楽しみだっ!」 「もちろん、こうご期待ですよ!」  いえ~い、と言いながら女子達はハイタッチした。 「大したもんだな、田中はよ……」 「テキトーなノリで決めたのに、今じゃ立派なウチの副部長様だ」 「ああ、そうだな」 「そういえば、田中くんはドコに行ったんだ?」 「いっしょに泊ったんだろう?」 「ああ、あいついったん家に帰るって」 「そうか」 「それにしても遅いな、そろそろ小豆ちゃん来るぜ?」 「だよな。ちょっと、電話してみるか」  と、ケータイを取り出そうとした時、 「おっはよー」  小豆ちゃんが来てしまった。 「あちゃ、流々、遅刻確定」 「はーい、皆座って座って~」  小豆ちゃんがまだ談笑していた俺達に、着席を即す。 「しゃわたりくん、号令して」 「わかりました。――起立」  一応、委員長の俺は急いで席に戻ると声を出す。  皆が一斉に立ち上がる。 「礼!」 『おはようございます!』  クラス全員が頭を下げつつ、朝の挨拶をする。 「うん、皆、おはよ~」  小豆ちゃんも、いつもの明るい声を出す。 「着席」  音を立てて、皆が腰掛ける。 「えーっと、早速ですけど、連絡事項です」 「もう、たぶん知ってる人はいると思うけど」 「本日付で、田中流々さんが転校しました」  ――え?  一瞬、小豆ちゃんの言った言葉の意味がわからなかった。  流々が転校? え? 何? 「あ、あんた、知ってる?」 「し、知らないよ、昨日話したけど、そんな話全然――」  教室の中がざわめきだす。  当たり前だ。  こんなのはあまりにも、唐突だ。 「さ、沢渡くん? 聞いていたか?!」  HR中であることも忘れ、三咲が席を立ち俺に尋ねる。  俺は黙って首を横に振る。 「真鍋! お前は?!」 「知らないよ……」 「そんなの……あたし、全然……知らない……」 「そんな……だって、昨日、ずっといっしょにいたのに……」 「あの子、全然、そんなそぶり……」  呆然とした計が、言葉を落とす。  涙とともに。 「あの子、誰にも話してなかったの……」 「私も昨日の夜、急に電話があって、ほとんど話せなかったけど……」 「小豆ちゃん、あいつ、何で転校するって……?」  まだ半分思考がまとまってない俺は自動的に、疑問を口にした。 「何でもご両親の仕事の都合で急に決まったって」 「こっちに来たばっかりだけど、家族とはもう絶対に離れたくないからって言った……」 『みっともねーけどな、親が借金作ってよ』 『どーしようもなくなって、一家で逃げたんだ』 『てか、一家離散』 『私は北海道で、瑠奈姉ちゃんは沖縄』 『妹と弟は四国だし、親戚頼って散り散りになった』  いつかのあいつの言葉が俺の頭に再生された。  家族といっしょに暮らすことは、あいつにとって何にも変えがたい大切なことなんだ。  それはわかる。  理不尽な事故で両親を失った俺には、痛いくらいわかる。  だけど―― 「ど、どうして……?」 「どうして、また何も言わずに行っちゃったの……?」 「こんなの……」 「こんなの……!」  10年前の再現じゃないか。  言えよ。  あの時、相談にのるって、言ったのに―― 『私もお前達とはそんな暗い話したくなかったんだよ』 『お前達とは笑って、楽しく、明るく、な』  畜生。  お前、何でも一人で抱え込みすぎなんだよ。  俺は、俺達は、 『それなら、私がいなくても問題ないだろう?』  お前と青春したかったんだよ……!  皆、お前が好きなんだよ!  このまま――  このまま黙って、行かせるかっ!  せめて、最後に。  ちゃんと、伝えて―― 「鬼藤先生! 俺、早退します!」  席を立って、声を上げた。 「な、何で? まだ授業始まってもないよ?!」 「風邪気味で、フラフラなんです!」 「元気いっぱいウソつくなよ! 田中さんに会いに行く気なんでしょう?!」 「正解です!」 「いばって言うなよ!」 「あ、あたしも行く!」 「流々にいっぱいいっぱい言いたいことがあるもんっ!」  計も立ち上がる。 「ちょっと待って! それは無理だよ! 田中さんは9時の列車で、もう出てるよ!」 「沢渡くん、もう9時10分だ……」 「出ちまってるぜ……」 「――く」  今から駅に行っても間に合わない。  くそ、俺達はまたお前を見送ることもできないのかよ……? 「タ、タク……」 「タク……!」  計がポロポロと涙をこぼす。  まるで10年前に戻ったように。泣き虫だった頃に戻ったように。  ――タク、計泣かすなよ!  いつかの流々の言葉が、俺の中で響く。 「……くそ」  ギリッと奥歯を噛む。  計を泣かせたくない。  流々お前に会いたい。  そのために、俺は――  俺は――  その時。  今朝、視たのと同じ未来のイメージが。 「あ……!」  ひとつだけ、手があった。  絶対とは言えないけど。  可能性はある……! 「計、来い!」  俺は泣いてる計の腕を取り、駆け出す。 「え? タ、タク……?」  計の手を引きながら、教室を飛び出した。 「会いにいくぞ! 流々に!」 「俺達の水臭い幼馴染に会いにいく!」 「タ、タク……」 「う、うん……!」 「はぁ……」  もう何度ため息をついたか、わからない。  たったひと月ちょっと、居ただけなのに。  授業もロクに受けず、制服さえ間に合わなかったのに。  この町を去るのが、こんなにもツラい。  でも、私のそんな感傷とは関係ナシに電車は出発する。  私は一人、窓枠に頬杖をつきながら、外の景色を眺める。 「まさかタクと計の学園に転校するなんてな……」  元々二人を探すつもりだったけど、クラスメイトになれるなんて夢みたいだった。  10年前の再現。  私の願ってたことが、あっという間に実現した。  嬉しかった。  タクと計といっしょだったあの頃が、私にとって一番楽しい時だったから。  あの後、私には色々あった。  親戚に預けられた頃は、毎日一人で泣いてた。 「その度に、お前達のこと――」  思い出してた。 「ずっとずっとお前達のこと、思い出して頑張ってたんだ……!」  お前達は私の心の支えだった。  かけがえのない存在だった。  汚したくない。 「私達の間に涙とか悲しいのは、何一ついらないよな……?」  だから、また。  何も言わずに出て行くことにした。 「あ……」  あの川だ。  私達の場所だ。 「10年前も、こうだったな……」  あの時、町を去る時もこうして電車から川を見下ろしていた。  いつもは見上げる陸橋から、見慣れた景色を見慣れないところから眺めて泣いていた。 「あの時は、親達まで泣いて大変だったな……」  自分達が不甲斐ないために、すまないと。  そんなの謝られたって困る。  親にそんなことされたら、子供は何も言い返せないじゃないか。  だから、今回は一人で電車に乗ることにした。 「一人なら、泣いてもいいだろう……?」  そう言ってから気付いた。  タクからハンカチ取ったんだ。  取り出して、使う。 「あははは……」 「くせー……」 「ハンカチくらいよ、洗えよ、タクボンは……」  ああ、だめだ。  このハンカチ使ったら、余計に涙が。  くそ、アイツらに会いたくなる。  でも、もう会えるわけ―― 「――え?」  風を切る音に混じって。  風を切りながら、俺達は叫んだ。 「――タク? 計?」 「タク! 計!」  電車を追っかける俺達にようやく気付いた流々が窓を全開にした。 『流々ううううううううっ!』  全力でペダルをこぎながら、叫んだ。  心臓が破れても構わない。  ノドがつぶれても構わない。  だから、俺は神様に願いながら、叫んだ。 「流々ううううううううっ!」  どうか、どうか。  この声を届けてください、と。 「流々ううううううううっ!」 「何黙って、いなくなろうとしてんだっ!」 「結局、10年前と同じまんまかよ! 俺達!」 「ぶざけんなっっ!」 「戻れええええええええっ! 降りてこいよっ!」 「流々うううううっ!」 「ずっと、こっちに居て、」 「いっしょに、学園祭やって、」 「いっしょに、遊んで、たまに、勉強して、」 「いっしょに、卒業しようよっ!」 「勉強、たまにかよ!」  流々が涙でぐちゃぐちゃの笑顔を向ける。 「どうしても、行くのかよ?!」 「ああ、行く!」 「俺も、計も、放送部の皆も、」 「お前と青春してえんだぞ! それでも、行くのかよ?!」 「……」 「……ああ、それでも行く!」 「何でだよ?!」 「……タク、お前なら、わかんだろう?」 「生きてたら、どーしようもないことって、あるだろう?」 「何でも思い通りになんか、ならねーよ!」 「そんな中で、私なりに決めたんだよ! 文句あんのかよ!」  涙声。  悲痛な幼馴染の叫び。  胸がえぐられるように、痛んだ。 「流々……」 「……ねぇよ!」 「お前が選んだんなら、文句はねぇよ!」  そう答えるしかない。  それ以外、何もできない。  無力な俺。  無力な俺達。  それが、今の俺達のありのままの姿だった。 「だけど、な」 「何だよ?」 「悔しいっ!」 「あたしも悔しいよっ!」 「ああ、私も悔しいぜっ!」 「悔しい! 悔しい!」 「悔しい! 悔しい!」 「悔しい! 悔しい!」  3人で、悔しいを連呼した。  たとえ、今は負けても、いつかは。  そんな、気持ちをこめて、力強く叫んだ。  自転車の後輪から異音が出始めた。  もうすぐ、橋も終わる。  もう、限界か。  もう――お別れか。 「流々ううううううううううっ!」  俺の背中をつかんで、計が声を張り上げる。 「何だああっ?!」 「ひとつだけ、ひとつだけ、聞かせて!」 「何でも言えっ!」 「あんた、本当はタク、好きでしょおおおおっ?!」 『――!?』  計の言葉に俺は息を飲む。 「最後に、好きって言ってけ――っ!」 「アホか――っ!」 「私が好きっつたら、タク譲るのかよ?!」 「好きな男、譲るのかよ?!」 「譲らないよっ!」 「じゃあ、意味ねーし!」 「意味あるよ! タク、あたしよりあんた好きになるかもしんないじゃん!」 「お、おい」 「け、計……」 「あたし、死ぬほどタク好きだけど!」 「それでも、流々なら」 「あんたなら、まだ納得できるよっ!」 「言いなよ! ずっと好きだったんでしょう?!」 「このまま、さよならなんて、悲しすぎるでしょう?!」 「言っていいよ! あんたなら、いいっ!」 「計……」 「この、底抜けのお人良しが……」 「畜生……」  流々は頬を流れる涙をぐっと腕で拭う。 「流々……」 「流々……」 「タクうううううううっ!」 「何だあああああああっ?」  異音がでかくなる。震動もひどい。  それでも俺は必死でペダルをこいだ。  あいつの声を、言葉を、一言たりとも聞き漏らさないように。  1秒でも、あいつといる時間を長くしようと―― 「一度しか言わないからな!」 「おう!」 「心に刻め! 絶対忘れるなよっ!」 「ああっ!」 「……」 「――計とずっと仲良くなっ!」 「――な?」 「ぜってー、幸せにしろ! そいつは私の親友だっ!」 「泣かしたら、許さない……!」 「わかった!」 「馬鹿……」 「馬鹿、馬鹿、馬鹿あああああっ!」 「幸せになれよ! 祈っててやるからよ!」 「お前もな!」 「田中流々、死んでも、幸せになれっ!」 「タク、計、じゃあなっ!」 「さよなら……!」  俺達は終始泣きながら最後の会話をした。  でも、最後は、  最後の最後は、あいつは笑顔で俺達と別れた。  だから、俺も最後は笑顔で。  目いっぱい歯を食いしばって作った笑顔で、あいつを見送った。  自転車を止める。  体力を使い果たした俺は陸橋の上でぶっ倒れた。  計は俺の横にペッタリと座り込む。 「ぐすっ、うう……」 「う、ぐすっ、ううう……」 「流々ううううううううううっ!」  流々が去った後、俺達はしばらく放心していた。  ぽっかりと心に穴が空いている。  そこは、行ってしまった友の場所だった。  学園に戻る気にもなれない。  俺達は、いつも3人でいたあの場所に――  今は、2人でいた。 「あの子、最後まで言わなかった……」 「あたしのために、最後まで……」 「うっ、ひっく、うっ……」  ずっと泣いてる計の隣で、俺はずっと黙っていた。  言葉が何も見つからない。  この喪失感をどう、言葉にしていいのかわからない。  ただ、3人でいた場所に今は2人でいる。  それが、どうしようもなく寂しくて。  この痛みも、徐々に薄らいで、やがて消えていく。  俺はそれを経験で知っていた。  そうでないと、人はいつまでも悲しんでいなければならない。  生きていくために、人はいくらでも薄情になれるのだ。  たとえ望まなくても。  だから、  だから、胸の痛みが鮮明な、今のうちに。 「ひっく、うっ……」  計が俺の手を握り、泣く。  温かく柔らかな感触が、俺に伝わる。  次の瞬間、俺の両の目から温かいモノがあふれてきた。  今はお前のために、泣く。  計といっしょに、泣く。  絶対、こいつを幸せにするから、今だけはお前のために泣くことを許してくれ。 「流々……流々……」  いつかまた大人になった時、再会することもあるだろう。  でも、昨日までいっしょの時間を共有していたあいつとは、二度と会えない。  俺と計の中で、確実に何かが今終わった。 「さよなら……」  計は、ポツリと言葉を落とす。  頬を伝う涙と、ともに――  流々が転校して、1週間が過ぎた。  俺も計も表面上は明るく振舞ってはいたが、実際には気分はブルーのままだ。  放送部にも出ていない。あいつのいない部室がツラくて。  あいつの抜けた穴はそう簡単にうまらない。  うめたくもない気がした。  ……それじゃあ、ダメなんだろうけど。  そんな俺達に、北海道から絵葉書が届く。  差出人は流々だった。 「『前略、真鍋計様、沢渡タクボン様』」 「『お元気ですか?』」 「『落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。』」 「おいおい」 「いきなり出落ちかよ」  苦笑する。  つーか、タクボン言うな。 『北海道だから、もう超涼しいと期待してたのに全然暑くてションボリだぜ』 『まあ、メシは美味いからいいけどよ。』 『で、全然話は変わるけどよ、こっちでも放送部に入ることにした。』 「おー」 「マジかよ」 『そっち同様、こっちも素人の集まりだから』 『なんといきなり部長になっちまったぜ』  出世してるじゃねーか。 「あいかわらず、頼られてるね~」 「あいつらしいな」  二人して笑う。  こんな風に計と笑うのはたぶん、1週間ぶりだ。  あいつはいつだって、俺達に笑顔にしてくれる。  ……本当にいいヤツだ。 『当然そっちに私達の放送は届かないけど』 『私もお前達も、この空の下で同じことやってるって思うと』 『それだけで、なんか、嬉しい。』 「……」 「……」  そうか。  強いな、お前は。 『また近況書くからよ、お前達も返事くれよな』 『残暑厳しい北海道にて。田中流々』 『P.S.ちゃんとお前達も放送しろよ!』 「……」  計は流々からの絵葉書を何度も読んだ後、俺を見る。 「タク」 「久し振りに、放送部顔、出そうか?」 「奇遇だな」 「俺も今そう思ってたとこだ」  そう言って、計に微笑みかけた。 「さーて、久し振りにせーしゅんしよーっと」  笑って歩き出す。  手にはあいつから届いた絵葉書を。  意図してのことだろうか。  計の手の中にある、その絵葉書には仲良く並ぶ小さな子供達の写真がプリントされていた。  女の子二人の間に、男の子が1人。  その子達は皆、楽しそうに笑っていた。  遠い日の俺達のように―― 「流々、俺と男らしい坂を登ってくれ……」 「はっ?!」  選ばれし少女は目を白黒させていた。 「わかんないヤツだな! 俺といっしょに男になりに行こうって誘ってるんだよ! 兄貴っ!」 「私は女だっ! 兄貴言うなっ!」 「え? 流々、引っ越してる間に性別が……」 「マジっすか?! やっぱりモロッコですか?」 「手術してねーよ! ていうか計も幼馴染で知ってるだろう?!」 「てへっ☆!」 「うわっ、計のそれ、マジでイラっとする……」 「え? じゃあ、てへぺろっ☆!」 「同じだ!」  流々は大またで地団駄を踏む。  短いスカートが遠慮なしに舞う。  そういうところが男らしいんだが。 「――まあ、そんなわけで、とりあえず俺と生徒会に行くか、流々」 「行くか!」  即座に断られた。  仕方ない、他の人に頼もう。